ジャズ・ディスク・ノート 2019年9月22日

第365回 ベニー・グッドマン入門21 1938年 カーネギー・ホール・ジャズ・コンサート

No.365 Benny Goodman 1938 Vol.1 Carnegie hall jazz concert

ご覧いただきありがとうございます。定年オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。

1938年は年明けからジャズにとって歴史的な出来事から始まった。ベニー・グッドマン楽団のカーネギー・ホール・コンサートである。
レコード解説の油井正一氏によれば、今でこそカーネギー・ホールは、誰でも借りて出演できるようになっているが、当時は『クラシックの殿堂』として知られ、「ダンス音楽」であったジャズ(当時はスイング・ミュージックといった)を演奏することなど思いも及ばぬことであった。
「カーネギー・ホール」は、鉄鋼王と呼ばれるアンドリュー・カーネギーによって1891年に建てられたコンサート・ホールで、BG以前このホールに出演したジャズ音楽家は“キング・オブ・ジャズ”ポール・ホワイトマンだけであったと「コンプリート・ベニー・グッドマン」CDボックスの解説者モート・グッド氏は書いている。しかしカーネギー・ホールのホームページを見ると、「カーネギー・ホールで初めてジャズが聴かれたのは、1912年James Reese Europe’s Clef Club Orchestraによるアフリカン・アメリカン音楽の一部として演奏された」とある。まぁポール・ホワイトマンの音楽を「ジャズ」とするかどうか、またジェイムズ・リース楽団の場合はアメリカ黒人の音楽の一部として演奏されたようなので、完全に「ジャズ」と銘打って開催されるコンサートはこれが初めてと言っていいかもしれない。話は逸れるが、1912年James Reese Europe’s Clef Club Orchestraによるアフリカン・アメリカン音楽コンサートがどんなものであったのかには大変興味がそそられるが。

そもそもBGのカーネギー・ホール・コンサートはどのような経緯で実現に至ったのであろうか?グッド氏は、「1937年12月BG楽団が出演中だった“キャメル・キャラヴァン”の運営をしていたトム・フィズデイル・エージェンシーのウィン・ネイサンソンが、伝説的な興行師ソル・ヒューロックのオフィスを訪ね、BGがカーネギー・ホールに出演すれば大成功を収めるのではないかと持ち掛けた。ヒューロックはそのアイディアを買い、翌1938年1月16日日曜夜の出演の契約を行った」と書いている。アメリカのこういったホールの事情はよく知らないが、よく1か月前でブッキングが出来たものである。このような由緒あるホールの予約が1か月前にできるなど、現代の日本ではありえない話である。たまたま空いていたのだろうか?
ともかくコンサートが決まり切符が売り出されると瞬く間に売り切れ、シカゴから家族を呼ぼうとしたBG自身が演奏当日の前の週にも拘わらずチケットを確保できずダフ屋から買わねばならなかったという。もちろんコンサートは空前の大成功に終わった。パラマウント・ニュースでさえ、この出来事を撮影して全世界に報道したほどだったという。
当時のBGとその楽団のスケジュールは、前日1月15日(土)まで「マンハッタン・ローズルーム」に出演し、1月16日以降をボブ・クロスビー楽団に引き継いだ。そして1月16日当日の出演を終えると翌1月17日から3週間は「パラマウント劇場」に出演したという。当時のBG楽団の売れっ子ぶりがうかがえる。
さて本レコードについてである。油井氏によれば次のようなエピソードを披露している。
「誰かがBGに、あれだけのコンサートを記録として録音しなかったのは残念だったねと言った時、BGはにっこり笑って『誰かがやったろうよ」と答えたという。BGは知っていた。
ステージに立っていたたった1本のマイクロフォンは、CBS放送のスタジオにリレーされていたのである。
テープが無かったころなので、16インチの大型ディスクに同時にカットされた2組のセットが出来上がっていた。一組は国会図書館に収められ、もう一組は行方不明になって12年が経過した。
ある日BGの愛嬢レイチェルが戸棚の隅から見つけた大型ディスクを指さして、『ダディ、これ、なあに?』と訊いた。 BGは、はっと思い出した。だが彼はすぐ針を落とすことをせず、録音技師を呼び出して、ひとまず最良の状態でテープに複写することを命じたのである。」こうして我々はこの歴史的なコンサートを聴くことができることになったのである。
即ち1950年代になって、CBSからLPとして発売され、忽ちLP史上最初のベスト・セラーを記録した。

因みに僕は、このレコードを高校生のときに買った。当時偶々テレビで『ベニー・グッドマン物語』を観た。僕の当てにならない記憶では、この映画の最後はカーネギー・コンサートで、聴衆が大盛り上がりしている光景、それも映画として撮影したものではなく実際の映像、ニュース映像で終わった記憶があった。後にDVDを買って観てみるとそういうシーンはない。カーネギー・ホール・コンサートという設定だが、実際の映像ではなく、そのステージ上で「メモリーズ・オブ・ユー」を演奏し、婦人アリスにプロポーズするというシーンになっている。僕の勘違いだったのだろうか?僕はTVのコンサート・シーンを観て、レコードを買いに行ったのであるが…。
当時はマイルスが問題作「ビッチェズ・ブリュー」を出し、ジャズ喫茶店ではコルトレーンが大音響で流れ、それをうつむきながら無言で瞑想するように聴くという時代だった。もちろん僕もジャズ喫茶に行けばそうしていた。しかし家に帰れば、BGのカーネギー・ホール・コンサートに熱狂していたのである。もしかすると、ちょっとばかり変わった高校生だったかもしれない。

「ベニー・グッドマン/カーネギー・ホール・ジャズ・コンサート」“Benny Goodman/Carnegie hall jazz concert”CBSソニー SOPB 55007〜08

<Contents> … 1938年1月16日 ニューヨーク・カーネギー・ホールにて実況録音

レコード1

A面
B面
1.その手はないよDon't be that way1.ハニーサックル・ローズHoneysuckle rose
2.ワン・オクロック・ジャンプOne o'clock jump2.ボディ・アンド・ソウルBody & soul
3.ディキシーランド・ワン・ステップDixieland one step3.アヴァロンAvalon
4.私はヴァージニアへI'm coming Virginia4.私の彼氏The man I love
5.恋人が笑いかけたらWhen my baby smiles at me
6.シャインShine
7.ブルー・リヴェリ―Blue reverie
8.ライフ・ゴーズ・トゥ・ア・パーティーLife goes to a party

レコード2

A面
B面
1.アイ・ガット・リズムI got rhythm1.サヴォイでストンプStompin’at the Savoy
2.ブルー・スカイズBlue skies2.ディジー・スペルズDizzy Spells
3.ロック・ロモンドLoch Lomond3.シング・シング・シングSing sing sing
4.ブルー・ルームBlue room4.ビッグ・ジョンズ・スペシャルBig John’s special
5.ロッキーでスイングSwingtime in the Rockies
6.すてきな貴方Bei mir bist du schon
7.チャイナ・ボーイChina boy

レコードは演目順に収録されているようである。コンサートの流れに沿って聴いていこう。

先ずは中心となるベニー・グッドマンのビッグ・バンドでコンサートは幕を開ける。楽団名に「スイング」が付いているところが注目である。メンバー下記の通り。

<Personnel> … ベニー・グッドマン・アンド・ヒズ・スイング・オーケストラ(Benny Goodman and his swing orchestra)

Clarinet & Band Leaderベニー・グッドマンBenny Goodman
Trumpetハリー・ジェイムスHarry Jamesクリス・グリフィンChris Griffinジギー・エルマンZiggy Elman
Tromboneレッド・バラードRed Ballardヴァ―ノン・ブラウンVernon Brown
Alto saxハイミー・シャーツァーHymie Schertzerジョージ・ケーニヒGeorge Koenig
Tenor saxアート・ロリーニArt Rolliniベイブ・ラッシンBabe Russin
Pianoジェス・ステイシーJess Stacy
Guitarアラン・リュースAllan Reuss
Bassハリー・グッドマンHarry Goodman
Drumsジーン・クルーパGene Krupa
Vocalマーサ・ティルトンMartha Tilton

1937年12月29日からの変更点
Tenor sax … ヴィド・ムッソ ⇒ ベイブ・ラッシン Babe Russin

record1.A-1.その手はないよ

チック・ウェッブ楽団のためにエドガー・サンプソンが書いたナンバー。グッド氏によれば、この曲はBGのお気に入りの曲だったが、このコンサートの最初のリハーサルでは外されていたという。しかしBG楽団はこの曲を5日前のラジオ放送”キャメル・キャラヴァン”ショウですでに演奏していた。どのような事情で外され、どのような事情で復活したのか分からないが、結局この曲はオープニング・チューンとなりかつてない大反響を生んだ。そして1か月後の2月16日にスタジオで録音され、大ヒットとなるのである。
ソロ・オーダーは、BG⇒ラッシン⇒ハリー・ジェイムス⇒クルーパ⇒ヴァ―ノン・ブラウン⇒BG。D・ラッセル・コナーとウォーレン・W・ヒックスは、その著「BG・オン・ザ・レコード」において、「クルーパのドラム・ブレイク(アクセントをつけた1ストローク)は、その種の録音の最初のものとなった。これは業界のあらゆるドラマーたちの耳を奪い、すぐに皆が同種のフレーズを自分の聴かせ処で真似るようになった。今日ではこれは、全てのドラマーたちにとって、基本的なリズムとなっている」
憶えやすいメロディーなので、<つかみ>にはもってこいのナンバーであろう。

本来は2曲目に「サムタイムス・アイム・ハッピー」(Sometimes I'm happy)が演奏されたが、録音状態不良のためカットされた。しかし最近復刻され、完全版CDの中に収録された。

record1.A-2.ワン・オクロック・ジャンプ

ご存知カウント・ベイシー楽団が1937年に吹き込んでの大ヒットとなったナンバー。ソロ・オーダーは、ステイシー⇒ラッシン⇒ヴァ―ノン⇒BG⇒Tp(多分ハリー・ジェイムス)。油井氏はこの演奏のハイライトは、BGのソロで、ブルースに満ちた素晴らしいものとしている。この夜はステージ袖でベイシー自身が聴いていたこともあり、ステイシーのハリキリぶりがうかがえる。もしこれまでジャズを聴いたことがない人が聴いたらどう思うだろうか?カンサス・シティ仕込みのリフの強烈さに圧倒されたのではないかと思う。

ここで「ジャズの20年史」のコーナーに入る。これはこれまでジャズに縁のなかったカーネギー・ホールの客層に対しジャズへの理解を得ようという試みだったとみられる。メンバーはディキシーランドを意識して少人数(5人=クインテット)で演奏される。

<Personnel> … ベニー・グッドマン・クインテット(Benny Goodman quintet)

Clarinet & Band Leaderベニー・グッドマンBenny Goodman
Trumpetクリス・グリフィンChris Griffin
Tromboneヴァ―ノン・ブラウンVernon Brown
Pianoジェス・ステイシーJess Stacy
Drumsジーン・クルーパGene Krupa
record1.A-3.ディキシーランド・ワン・ステップ

曲名が間違っていて、本当は「センセイション・ラグ(Sensation rag)」なのだという。油井氏も「どうしたものか?」と不思議がっている。
曲は最初のジャズ・レコードを吹き込んだO.D.J.B.のレパートリーで、その頃のスタイルで再演したものという。

record1.A-4.私はヴァージニアへ

この曲はビックス・バイダーベックが有名な曲で、Tpをグリフィンからボビー・ハケット(Bobby Hackett)に替え、Tsのベイブ・ラッシン、Gtのアラン・リュース、Bのハリー・グッドマンを加えた8人編成(オクテット)による演奏である。
ハケットは、当時最も音色がビックスに似ていると言われたTp奏者だったので起用されたのであろう。

record1.A-5.恋人が笑いかけたら

A-3の「センセイション・ラグ」と同じ5人のメンバーに戻る。油井氏の解説に拠れば、この曲はテッド・ルイス(クラリネット)のナンバーらしい。テッド・ルイスと言えば若き日のBGが憧れた人物である。本当のジャズ・マンではなかったが、バンドには優れたミュージシャンを抱え、自らはトリッキーなクラリネットを吹いて最高の人気を誇ったラジオ、レコードのスターだったという。BGはルイスのスタイルをそっくりに真似て大喝采を博している。いわゆる「笑うところ」なのであろう。

続く6曲目は、最初のオーケストラのメンバーに戻る。そして演奏するのは、

record1.A-6.シャイン
この曲は1910年に作られた古い曲だが、ここでは1931年にルイ・アームストロングがレス・ハイト楽団で吹き込んだ名盤をベースにしている。ここではハリー・ジェイムスがサッチモを真似て吹いてみせ、芸のある所を示している。

そして演目は7曲目に入る。ここで注目なのは、エリントニアンがメンバーに加わることである。後の演奏ではカウント・ベイシー楽団のメンバーが加わる。ベイシー楽団は、ジョン・ハモンド氏とも深い関係があるが、エリントンとの関係はこれまで余り聞いたことがない。

record1.A-7.ブルー・リヴェリ―

<Personnel> … ベニー・グッドマン・アンド・オクテット(Benny Goodman octet)

Clarinet & Band Leaderベニー・グッドマンBenny Goodman
Trumpetクーティー・ウィリアムスCootie Williams
Alto saxジョニー・ホッジスJohnny Hodges
Baritone saxハリー・カーネイHarry Carney
Pianoジェス・ステイシーJess Stacy
Guitarアラン・リュースAllan Reuss
Bassハリー・グッドマンHarry Goodman
Drumsジーン・クルーパGene Krupa

出だしはジョニー・ホッジスの「これぞ!」というソロで始まる。ステイシーのピアノをはさみ、カーネイのソロ、そしてクーティーのグロウル・ミュートの妙技に続く。短い演奏だが、エリントン楽団のスター3人の持ち味を発揮した構成である。

A面最後は、再びオーケストラに戻る。

record1.A-8.ライフ・ゴーズ・トゥ・ア・パーティー

前年12月に録音したばかりの新曲を披露する。当時雑誌「ライフ」は最もポピュラー雑誌で、その「ライフ」がBG楽団の出たパーティーの特集号を出したのを記念して、ハリー・ジェイムスが作曲したもの。「『ライフ』がパーティーにやって来た」ということだろう。ユーモラスなタイトルだが、演奏内容は中々ハードなスイング・ナンバーだ。

B面に移り最初の演目は、ジャム・セッション。これも大注目。BGオーケストラのピック・アップ・メンバーに、エリントニアン、さらにベイシー楽団の猛者たちを加えたジャムセッションである。実に豪華絢爛たるメンバーである。

<Personnel> … ジャム・セッション(Jam session)

Clarinet & Band Leaderベニー・グッドマンBenny Goodman
Trumpetハリー・ジェイムスHarry Jamesバック・クレイトンBuck Clayton
Tromboneヴァ―ノン・ブラウンVernon Brown
Alto saxジョニー・ホッジスJohnny Hodges
Tenor saxレスター・ヤングLester Young
Baritone saxハリー・カーネイHarry Carney
Pianoカウント・ベイシーCount Basie
Guitarフレディー・グリーンFreddie Greene
Bassウォルター・ペイジWalter Page
Drumsジーン・クルーパGene Krupa
record1.B-1.ハニーサックル・ローズ

先ずベイシーが短いイントロを弾き、テーマのアンサンブルに入る。ここでリードを取るのはハリー・ジェイムス。そのスペースに入り最初はレスター(Ts)⇒ベイシー(p)⇒クレイトン(Tp)⇒ホッジス(As)⇒ペイジ(B)⇒BG(Cl)⇒ジェイムス(Tp)という豪華リレーだ。こういうジャム・セッションだからかベイシー楽団が大活躍する。やはりレスター、ベイシー、ホッジスのソロが一際秀でているように思う。そして最後はリフを中心としたアンサンブルとなるが、もうノリノリ、ノリノリである。

B面2はBGのトリオ、B面3〜4はカルテットによる演奏である。カルテットではハンプトン(Vib)が加わるのだが、ここではカルテットのパーソネルを揚げておこう。

<Personnel> … ベニー・グッドマン・カルテット(Benny Goodman quartet)

Clarinet & Band Leaderベニー・グッドマンBenny Goodman
Pianoテディ・ウィルソンTeddy Wilson
Vibraphoneライオネル・ハンプトンLionel Hampton
Drumsジーン・クルーパGene Krupa
record1.B-2.ボディ・アンド・ソウル

一転して小編成のトリオ演奏となる。この曲はトリオの第1回吹き込みでも演奏された。ノリまくるのもいいけれどこういうしっとりとしたナンバーもいいでしょ?というアピールか?

record1.B-3.アヴァロン

ここからハンプトンも加わりカルテットとなる。実にスインギーな演奏で、ウィルソン、BG、ハンプトンとも素晴らしいソロを披露する。

record1.B-4.私の彼氏

むせび泣くようなBGのCl、そしてハンプトンのソロと続く。フル・バンドに劣らぬ迫力とは油井氏。

record2.A-1.アイ・ガット・リズム

エリントン・ナンバーでアップ・テンポでスインギーな演奏を展開する。BGの張り切ったソロ、そしてハンプトン、BGとハンプトンの絡み、ブレイクの面白さと聴きどころ満載の演奏である。

コンサートでは、ここで休憩が入ったとある。休憩明けの1曲目は、「ベニー・グッドマン・アンド・ヒズ・スイング・オーケストラ」の演奏になる。

record2.A-2.ブルー・スカイズ

アーヴィング・バーリンの名曲をフレッチャー・ヘンダーソンがアレンジしたもの。ソロ・オーダーはブラウン(Tb)⇒ロリーニ(Ts)⇒ジェイムス(Tp)⇒BG。

record2.A-3.ロック・ロモンド

元はスコットランド民謡でスイング・ナンバーとして初めてうたってヒットさせたのはマキシン・サリヴァンであった。そのアレンジを担当したクロード・ソーンヒルからアレンジを買い取り専属歌手であるマーサ・ティルトンに歌わせたもの。スタジオ吹込みは37年11月に行っているので新曲と言っていいであろう。

record2.A-4.ブルー・ルーム

このコンサートのために編曲されたリチャード・ロジャースの曲。ソロはBG(Cl)⇒グリフィン(Tp)。グリフィンのソロは珍しい。

record2.A-5.ロッキーでスイング

BGのアイディアを基にジミー・マンディがアレンジしたナンバー。ソロはロリーニ(Ts)⇒BG⇒エルマン(Tp)。

record2.A-6.すてきな貴方

ヘブライの民謡を素ににしたナンバーで、BGは37年12月に2回のセッションを行い吹込みを行った。歌手はもちろんマーサ・ティルトン。

ここでもう一度、トリオ、カルテットの演奏が入る。

record2.A-7.チャイナ・ボーイ

シカゴ時代からBGが好んで演奏したナンバー。BGのバックで「もう1コーラスやれ」(Take one more , Benny)と声をかけるのはクルーパで、クルーパのバックで同じように呼びかけるのはBGだという。三者一体となった素晴らしい演奏で、特にクルーパのドラミングは素晴らしい。

record2.B-1.サヴォイでストンプ

エドガー・サンプソンがチック・ウェッブ楽団のために書いた曲。ここからハンプトンが加わりカルテット演奏となる。

record2.B-2.ディジー・スペルズ

BG、ウィルソン、ハンプトンの共作という。興が乗ればソロをいくらでも長くできるジャム・セッション向きの曲。各自のソロも通常のレコーディングの倍の長さであるとは油井氏。

そしていよいよフィナーレに移る。この日最大のハイライトを迎える。

record2.B-3.シング・シング・シング

「BGのカーネギー・ホール・コンサート」と言えば、「シング、シング、シング」と言われるほどインパクトの強い名演奏である。
最初のクラリネット・ソロが終わった後、荘重なタム・タム・ソロに乗って現れるトロンボーン・リフは「クリストファー・コロンブス」である。この曲は1936年再起したフレッチャー・ヘンダーソン楽団のチュー・ベリーがつくったリフ曲で、BGは恩人ヘンダーソンに敬意を表して、編曲者のマンディに命じて挿入したという。このリフはやがて全合奏となりなって終わり、ドラム・ソロを経て、「シング・シング・シング」のリフに戻る。
クライマックスでいったん演奏は終わり、盛大な拍手が聴こえる。これは前年1937年7月RCAヴィクターの30SPとして発売されベスト・セラーを記録しつつあったA面の終わりを示すものである。
ドラマチックな小休止があり、レコードB面と同様ソロ・パートに入る。一番手はTsのベイブ・ラッシン、続いてジェイムス(Tp)が登場し颯爽とソロを取る。次いでBGのソロとなる。これらのソロは単に興に乗って吹きまくるのではなく、「間」を活かした絶妙のものである。そしてクルーパのバス・ドラムに鼓舞されたようにBGのソロにオブリガードを付け、やがて堪えきれなくなったようにステイシーが弾きはじめる。この時起こる笑い声はBGのものだという。そしてこのステイシーのソロは、ハインズ系の名手と言われた彼の一生一代の名演で、このコンサート通じてのハイライトとなった。

record2.B-4.ビッグ・ジョンズ・スペシャル

コンサートはこの「シング・シング・シング」で幕を閉じたのだが、アンコールとして「夢が本当だったら(If dreams come true)」とこの曲が演奏された。ただ「夢が本当だったら」も録音状態が悪いということで収録されていない。但しこれも最近の完全版CDには収録されているという。
フレッチャー・ヘンダーソンの弟で、名アレンジャーの誉れ高かったホレス・ヘンダーソンの作。ハーレムの人気バーテン、ビッグ・ジョンの名を取ったものと言われる。ソロはエルマン(Tp)⇒BG⇒ジェイムス(Tp)⇒ステイシー(P)⇒ジェイムス(Tp)。

完全版CDについて

2000年に復刻された完全版CDは、これまで録音状態が良くなかったと言ってLPには収録されなかった2曲(”Sometimes I'm happy”、”If dreams come true”)をデジタル技術によって復活させただけではない。レコードでは全く聞かれなかったBGによる曲紹介やコメントなども復活させたという。つまりその日のコンサートの状況を丸ごと復活させたのである。これは大きい。僕は聞いていないがBGがベイシーやホッジス、レスターなどをどのように紹介したのだろう。非常に興味深い。ならばCDを買って聴いてから記事にしろという声が聞こえてきそうだ。実は迷った。僕はボツになっていた2曲は正直どうでもよく、知りたいのはBGのアナウンスメントである。
BGは、「キング・オブ・ジャズ」ではなく「キング・オブ・スイング」と称した。なぜ「キング・オブ・ジャズ」ではなく「キング・オブ・スイング」なのか?「キング・オブ・ジャズ」は過去にも存在した。初代と言われるバディ・ボールデン、2代目はフレディ・ケパードかあるいはキング・オリヴァーである。彼らはみな黒人である。「キング・オブ・ジャズ」と称すれば、3代目か4代目ということになり、黒人の系統に連なることになる。それは否だったのではないかと思う。
このコンサートは不思議なコンサートである。レコードを見ても”Carnegie hall Jazz concert”である。しかし自身の楽団名は「ジャズ・オーケストラ」ではなく、「スイング・オーケストラ」なのだ。
BGはジャズの歴史を紐解いて見せ、ディキシーなども演っているし、黒人バンドの雄、カウント・ベイシー、デューク・エリントン(自身は参加していないが)のスター・プレイヤーを引き連れてカーネギー・ホールに登場したのである。これは「ジャズ界の盟主」はスイング王の自分なのだということを印象付けたかったのではないだろうか?これは少し穿ちすぎだろうか?これはこれからも見つめて行きたいところである。
もしジャズ史の研究等のために聴くとしたらそれはこのCDは必須である。しかし僕は自分の楽しみのために聴くとすれば現在保有している2枚組レコードで十分だと思う。ただ完全版にもかなり興味をそそられるが…。

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ジャズ・ディスク・ノート 2019年9月13日

第364回 1937年のブルース

No.364 Blues in 1937

ご覧いただきありがとうございます。引退オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。

僕の持っているブルースの1937年の音源を日付順に聴いていこう。この年の録音で驚くことは、これまでブルースのメッカとして最も録音数が多かったシカゴでの録音が一つもないことである。一体どうしたことだろうか?

「MCAブルースの古典」レコード・ボックス

<Contents> … 1937年2月15日 テキサス州ダラスにて録音

「MCAブルースの古典」ビクター VIM-20

Record1.B-5.ザ・フライング・クロウThe flying crow

<Personnel> … ブラック・アイヴォリー・キング (Black ivory king)

Vocal & Pianoブラック・アイヴォリー・キングBlack ivory king

奏者の本名は、ディヴ・アレクサンダーというテキサス東部のピアニストだという。解説の中村とうよう氏によればテキサス東部はピアノ・ブルースの盛んな土地柄だったらしい。曲名を直訳すると「空飛ぶカラス」であるが、これは「汽車」のことだという。ピアノの伴奏、ソロが極めてユニークである。とうよう氏は駅や踏切で鳴らす鐘の音の描写を交えているのだという。

<Contents> … 1937年5月5日 イリノイ州オーロラにて録音

「RCAブルースの古典」BMG BVCP-8734

CD2-19.タフ・ラックTough luck

「RCAブルースの古典」CD・ボックス

<Personnel> … ロバート・リー・マッコイ (Robert Lee McCoy)

Vocal & Guitarロバート・リー・マッコイRobert Lee McCoy
Harmonicaサニー・ボーイ・ウィリアムソンSonny Boy Williamson
Guitarジョー・ウィリアムスJoe Williams
CD2-20.グッド・モーニン・スクールガールGood mornin’ schoolgirl

<Personnel> … サニー・ボーイ・ウィリアムソン (Sonny Boy Williamson)

Vocal & Harmonicaサニー・ボーイ・ウィリアムソンSonny Boy Williamson
Guitarロバート・リー・マッコイRobert Lee McCoy
Guitarジョー・ウィリアムスJoe Williams

同日、同場所、同メンバーでの吹込みだが、それぞれ名義が異なる。
まず「タフ・ラック」はロバート・リー・マッコイの作で歌もマッコイ。マッコイは1909年11月30日にアーカンソー州ヘレナで生まれ、本名はロバート・マッカラム。元々ハーモニカを吹いていたが、ヒューストン・スタックハウスにギターを習って、ギターに転向したという。さらに戦後名前を「ロバート・ナイトホーク」と改め、エレキ・ギターを持ちその流麗なスライド双方で一世を風靡したという。
サニー・ボーイ・ウィリアムソンは、伝説のザ・バンドの映画「ラスト・ワルツ」で、唇を血だらけにしてもハーモニカは吹くもんだと言ったブルース・ハープのリジェンド。この曲はサニー・ボーイの初レコーディング作だという。実にモダンで、カッコいいリフ・フレーズを持ち、後に白人ブルース・マン、ジョニー・ウィンターがノリノリのライヴ・パフォーマンスを聴かせたナンバー。

「ロバート・ジョンソン・コンプリート・レコーディングス」CD・ボックス

「ロバート・ジョンソン・コンプリート・レコーディングス」SME Record SRCS-9457〜8

<Contents> … 1937年 テキサス州ダラスにて録音

CD2-3通り道に石があるStones in my passway6月19日
CD2-4のたうち回ってばかりいるI'm a steady rollin’man6月19日
CD2-54時からずっと遅くまでFrom four until late6月19日
CD2-6地獄の猟犬がつきまとうHellhound on my trail6月20日
CD2-7スペードのクイーン(テイク1)Little queen of spades(take1)6月20日
CD2-8スペードのクイーン(テイク2)Little queen of spades(take2)6月20日
CD2-9麦芽ミルクMalted milk6月20日
CD2-10飲んだくれていたい男(テイク1)Drunken hearted man (take1)6月20日
CD2-11飲んだくれていたい男(テイク2)Drunken hearted man (take2)6月20日
CD2-12おれと悪魔と(テイク1)Me and devil blues (take1)6月20日
CD2-13おれと悪魔と(テイク2)Me and devil blues (take2)6月20日
CD2-14かっとなるのはよしてくれ(テイク1)Stop breakin’down blues(take1)6月20日
CD2-15かっとなるのはよしてくれ(テイク2)Stop breakin' down blues(take2)6月20日
CD2-16川辺を旅するブルースTravelin riverside blues6月20日
CD2-17ハネムーン・ブルースHoneymoon blues6月20日
CD2-18むなしい恋(テイク1)Love in vain(take1)6月20日
CD2-19むなしい恋(テイク2)Love in vain(take2)6月20日
CD2-20子牛のブルース(テイク1)Milkcow's calf blues(take1)6月20日
CD2-21子牛のブルース(テイク2)Milkcow's calf blues(take2)6月20日

ロバート・ジョンソン最後のレコーディングである。CD2-3「通り道に石がある」からCD2-5「4時からずっと遅くまで」までの3曲は6月19日に、CD2-6「地獄の猟犬がつきまとう」以降のナンバーは6月20日に一挙に録音された。すごい量だとは思うが、当時としてはブルース・シンガーを一つの場所に留め置きゆとりを持って録音するなどということは経費が掛かるのでとんでもないことだったのだろう。僕が勝手に推測するのは、ミュージシャンにやりたいだけ演奏させ、売れそうなものだけ後に発売したのではないか、ミュージシャンがもう持ち駒はないと言ったら、セッションは終わりだったのだろう。だから少しでもチャンスを求めてミュージシャンはプレイしまくったのではないかな。
この「全曲集」は、全てロバート・ジョンソンが一人でギターを弾いて歌っている。ところが略歴などを読むといろいろな人と共演したりしている。毒を盛られる1938年8月13日もハーモニカのサニー・ボーイ・ウィリアムソン兇閥Ρ蕕靴討い襦3陲錣未海箸覆ら僕はサニー・ボーイとの共演などを聴いてみたいと思う。

「MCAブルースの古典」1枚目B面

<Contents> … 1937年7月12日 ニューヨークにて録音

「MCAブルースの古典」ビクター VIM-21

Record2.A-3.ホエア・マイ・ウーマン・ユースタ・レイWhere my woman usta lay

<Personnel> … ブラインド・ボーイ・フラー (Blind boy Fuller)

Guitar & Vocalブラインド・ボーイ・フラーBlind boy Fuller

フラーはノース・カロライナ州の出身で、東海岸の伝統的ブルースの第1人者だという。いかにもこの地方らしい軽い感じが歌にもギターにもうかがえるという。名前に「ブラインド」が付く通り全盲だった。タイトルの”usta lay”とはどういう意味なのであろうか?とうよう氏は何も語っていないが。

<Contents> … 1937年8月2日 ニューヨークにて録音

「MCAブルースの古典」ビクター VIM-22

Record3.A-4.アイ・エイント・ゴナ・ビー・ウォリード・ノーモアI ain't gonna be worried no more

「RCAブルースの古典」CD2

<Personnel> … スリーピー・ジョン・エステス (Sleepy John Estes)

Vocal & Guitarスリーピー・ジョン・エステスSleepy John Estes
Harmonicaハミー・ニクソンHammie Nixon
Kazooリー・ブラウンLee Brown
Guitarチャーリー・ピケットCharlie Picket

「MCAブルースの古典」には、エステスの曲が2曲収録されている。もう1曲は1935年の作品で拙HPでは取上げ済み。ニクソンとの名コンビにカズーとギターがもう1本加わっている。カズーのリー・ブラウンは本来ピアニストだが、ここではカズーを吹いているという。メンフィスのヴィール・ストリート辺りの酒場で演奏されるカントリー・スタイルのショウ・バンド、ダンス・バンドの雰囲気が漂ってくる作品。

<Contents> … 1937年10月5日 ニューヨークにて録音

「MCAブルースの古典」ビクター VIM-22

Record3.A-6.そのリンネルを下げてくれLet your linen hang low

<Personnel> … ロゼッタ・ハワード・ウィズ・ハーレム・ハムファッツ (Rosetta Howard with harlem hamfats)

Vocalロゼッタ・ハワードRosetta Howard

これほど分かりやすい歌はない。「リンネル」は「腰巻」のことで、「その腰巻を脱ぎなよ」、「先にお金をくれなきゃ脱がないわ」というやり取り。ロゼッタはシカゴ生まれのシンガーで、バックを務める「ハーレム・ハムファッツ」はニューオリンズ出身のトランぺッター、ハーブ・モランドとミシシッピのブルース・マン、ジョー・マッコイが協力して作ったジャズとブルースの混成グループ。ロゼッタと掛け合いで歌っているのはジョー・マッコイ。このマッコイはメンフィス・ミニーとの1934年の録音では、「カンサス・ジョー」と名乗っていたという。ロゼッタは名前から見ても、この曲の役柄から見ても女性のはずだが、声はどう聴いても男に聴こえる。

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ジャズ・ディスク・ノート 2019年9月11日

第363回 ブギー・ウギー・ピアノ 1937年

No.363 Boogie Woogie Piano 1937

ご覧いただきありがとうございます。引退オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。

「The Boogie Woogie masters」ジャケット

今回は1937年に録音されたブギー・ウギー・ピアノを聴いていこう。僕が推測するに、この時代は数多くのブギー・ウギー・ピアノが録音されたと思うのだが、僕が持っているのは、<RCAジャズ栄光の遺産シリーズ>の16、「クラシック・ジャズ・ピアノの精髄」という2枚組ボックスの1面と「The Boogie Woogie masters」に収録された1曲だけである。いつものように録音の古い順から取り上げよう。

<Contents> … 1937年2月26日 ニューヨークにて録音

「The Boogie Woogie masters」(Affinity AFS-1005)

B面5.ミスター・フレディー・ブルースMr. Freddie blues

<Personnel>

Pianoメリー・ルー・ウィリアムスMary Lou Williams

「The Boogie Woogie masters」に取り上げられた唯一の女性ピアニストである。当時はアンディ・カークの楽団の花形であった。「これぞ、ブギー・ウギー!」というような演奏ではなく、ブルースをほんの少しだけブギーっぽく女性らしくエレガントに弾きましたという感じである。所々強烈な低音は響くが、男の猛者共が弾くエグイ左手に比べればかなり上品ではある。また演奏はピアノ・ソロではなくドラムとベースが加わりトリオだと思うがパーソネル表記はない。


「クラシック・ジャズ・ピアノの精髄」ボックス

ちょっとばかり脱線して「The Boogie Woogie masters」(Affinity AFS-1005)の誤りを指摘。このLPは結構ブギー・ウギーのツボを押さえた選曲でいいアルバムだと思うが、B面6曲目「Boogie Woogie」、1936年10月9日カウント・ベイシーがカルテットで演奏したとあるがこれは間違い。ベイシーはこのタイトルの同名い曲を何度か録音しているのでややこしい。
1回目…1936年11月9日Jones-Smith Inc.名義で録音。これはベイシーのオリジナルでジミー・ラッシングのヴォーカル入り。
2回目…1937年3月26日Count Basie and his orchestra名義で上記オリジナルを再録音。
3回目…1938年11月9日ベイシー、フレディー・グリーン、ウォルター・ペイジ、ジョー・ジョーンズのカルテットでパイントップ・スミス作の「Boogie Woogie」を録音。「The Boogie Woogie masters」B面6曲目に収録されているのはこれ。

<RCAジャズ栄光の遺産シリーズ16>「クラシック・ジャズ・ピアノの精髄」RCA RA-28〜29レコード1 B面

<Contents> … 1937年3月7日 シカゴにて録音

record1.B面1.ホンキー・トンク・トレイン・ブルースHonky tonk train blues
record1.B面2.ホイッスリン・ブルースWhistlin’blues

<Personnel>

Pianoミード・ラクス・ルイスMeade Lux Lewis

「ホンキー・トンク・トレイン・ブルース」は、ルイスのというよりブギー・ウギー最大のヒット曲で、初演は1929年。そして2回目は1935年、そして3回目の録音がこれ。油井正一氏は時代が下るほどつまらなくなると書いている。
「ホイッスリン・ブルース」は、1曲目「ホンキー・トンク・トレイン・ブルース」のSP盤のB面として発売されたもの。「ホイッスリン」すなわち口笛を吹きながらブルース・ピアノを弾いたというもの。

「クラシック・ジャズ・ピアノの精髄」2枚目B面

<Contents> … 1937年4月23日 ニューヨークにて録音

record1.B面3.ブギ・ウギ・マンBoogie Woogie man5月7日
record1.B面4.フット・ペダル・ブギーFoot pedal boogie6月17日
record1.B面5.ウォーキン・ザ・ブギーWalkin’ the boogie6月17日
record1.B面6.シックス・アヴェニュー・エクスプレスSixth avenue express6月17日
record1.B面7.パイン・クリークPine creek6月17日
record1.B面8.ムーヴィン・ザ・ブギーMovin' the boogie6月17日

<Personnel>

Pianoアルバート・アモンズAlbert Ammonsピート・ジョンソンPete Johnson

各々ブギー・ウギー・ピアノの名人が2人で連弾するというのだから、演奏は強力そのもの。1曲1曲がどうのこうのいうよりも、よく気の合った強力で絢爛たるブギーのリズムに身を任せて、体全体で乗りまくれば言うことなし。

これも余談ですが、現代のピアニストでブギー・ウギーを弾く人は少ないような気がする。ライヴなどの際余技でブギーを一発かませば、ノリノリになること受けあいなのだが…。


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ジャズ・ディスク・ノート 2019年9月10日

第362回 テディ・ヒル 1937年

No.362 Teddy Hill 1937

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まずこの「ザ・ビッグ・バンド・イーラ《第2集》」の立派なところは、ちゃんと録音データが載っていることである。《第1集》にも掲載されていたとは思うが、僕の持っている多分第2版以降には何故か削除されている。とんでもないことだ。
さて、このテディ・ヒル1937年の録音で注目されるのは、何といってもディジー・ガレスピーの初録音が含まれているということであろう。しかしこの録音は、同じビクターの<ヴィンテージ・シリーズ>にも収録されており、拙HPでも既に第76回で紹介済みである。
テディ・ヒルとそのバンドは1935年2月26日初録音(4曲)をバナー・レーベルに行う。そして36年4月1日(2曲)と5月4日(3曲)をヴォカリオン・レーベルに録音した。この他は全てブルーバード・レーベルへの吹込みである。ブルーバード・レーベルに行ったセッションは3月26日に6曲、4月23日に6曲、さらに5月17日の6曲と合計18曲である。
この「ザ・ビッグ・バンド・イーラ《第2集》」には、この18曲から8曲を選んで収録している。この8曲以外はほとんどがヴォーカル入りで、演奏もスイートなものであり、バンドの実力を知るには、この8曲が最適であると解説氏は書いている。

「ザ・ビッグ・バンド・イーラ 第2集」

<RCAジャズ栄光の遺産シリーズ10>「ザ・ビッグ・バンド・イーラ《第2集》」RCA RA-54〜59レコード3 B面

<Contents> … 1937年3月26日 ニューヨークにて録音

record3.B面1.ザ・ハーレム・トゥイスターThe harlem twister
record3.B面2.マイ・マリーMy Marie

<Personnel> … テディ・ヒルと彼のNBCオーケストラ(Teddy Hill and his NBC orchestra)

Band leader & Tenor saxテディ・ヒルTeddy Hill
trumpetビル・ディラードBill Dillardフランキー・ニュートンFrankie Newtonシャド・コリンズShad Collins
Tromboneディッキー・ウェルズDicky Wells
Clarinet & Alto saxラッセル・プロコープRussell Procope
Alto saxハワード・ジョンソンHoward Johnson
Tenor & Baritone saxセシル・スコットCecil Scott
Pianoサム・アレンSam Allen
Guitarジョン・スミスJohn Smith
Bassリチャード・フルブライトRichard Fullbright
Drumsビル・ビーソンBill Beason

「ザ・ハーレム・トゥイスター」。解説氏によれば、これはテディ・ヒル楽団の全レコーディング中ベストの演奏の一つという。優れたアンサンブル・プレイと充実したソロ、そして躍動感に富んだリズム・セクションが一体となって、実に活き活きとした演奏が展開される。プロコープ(Cl)の活力あふれるソロ、ウェルズ(Tb)もノッテおり、続くブラス・セクションのアンサンブル・ワークも力強いスイング感に満ちている。スコット(Ts)は豪快そのものであり、アレン(P)からコリンズ(Tp)のスインギーで軽快なソロを経て、ビーソン(Ds)の活気に満ちたプレイ、短いスコットのTsソロで演奏は盛り上がる。かなり実力のあったバンドであったことがよく分かる。
「マイ・マリー」でも、力強くスイングするアンサンブルが素晴らしい。スコット(Ts)、アレン(P)、そしてウェルズも実力を発揮したプレイを展開する、圧倒的な演奏であるとは解説氏。

「ザ・ビッグ・バンド・イーラ 第2集」3枚目B面

<Contents> … 1937年4月23日 ニューヨークにて録音

record3.B面3.ア・ステディ・イン・ブラウンA study in brown
record3.B面4.トルコの黄昏Twilight in Turkey
record3.B面5.チャイナ・ボーイChina boy

<Personnel> … テディ・ヒルと彼のNBCオーケストラ(Teddy Hill and his NBC orchestra)

3月26日と同じ

「ア・ステディ・イン・ブラウン」この時期よく登場するラリー・クリントン作の曲。明るいサウンドであると共に、グイグイと引っ張られるような力強さとスイング感に溢れたアンサンブルがすごい。コリンズ(Tp)も力強く、スコット(Ts)の出来も上々である。
「トルコの黄昏」は新しい感覚のアレンジで聴かせる。ビーソン(Ds)とスミス(Gt)によるイントロも奇抜なら、ウェルズ(Tb)らしからぬグロウルしたプレイも珍しい。ビーソンのドラム・ブレイクとスミスのGtを前面に出したリズムを中心としてキーを変化させながら進行するグロウル・アンサンブルが不思議な効果を上げている。フルブライト(B)のスラップピング的なバッキングも効果的だ。そしてスコット(Ts)のソロは前任者チュー・べり−的なノリを示すのが面白い。現代なら間違いなく「問題作」と云われるような作品である。
「チャイナ・ボーイ」。アレン(P)のよく乗ったソロで演奏は始まる。彼の3コーラスに渡るソロは各コーラスごとに変化に富み楽しい。続くニュートン(Tp)のソロも途中スコット(Bs)の短いソロをはさんで実に力強く、彼ならではの甘さとノリの良さで他を圧倒している。

「ディジー・ガレスピー/ヴィンテージ・シリーズ」

<Contents> … 1937年5月17日 ニューヨークにて録音

record3.B面6.ユアーズ・アンド・マインYours and mine
record3.B面7.キング・ポーター・ストンプKing porter stomp
record3.B面8.ブルー・リズム・ファンタジーBlue rhythm fantasy

<Personnel> … テディ・ヒルと彼のNBCオーケストラ(Teddy Hill and his NBC orchestra)

3月26日と変更点
Trumpet … フランク・ニュートン ⇒ ディジー・ガレスピーDizzy Gillespie
Tenor & Baritone sax … セシル・スコット ⇒ ロバート・キャロルRobert Carroll

この3曲を以前取り上げたのは2014年12月8日の第76回で、その時は「ザ・ビッグ・バンド・イーラ《第2集》」を所有していなかった。その時は「ヴィンテージ・シリーズ」を聴き、解説を読んで本文を書いた。今回は前回の解説に付け加えることにしよう。
「ユアーズ・アンド・マイン」は、ヴォーカル入りで歌っているのはTpのビル・ディラード。ディジーのソロが若々しいと書いた。しかし「ザ・ビッグ・バンド・イーラ《第2集》」の大和明氏の解説に拠ると、このTpソロはディジーではなく、シャド・コリンズではないかという。「ヴィンテージ・シリーズ」の解説は油井正一氏である。どちらが正しいでしょうか?
「キング・ポーター・ストンプ」について、「ヴィンテージ・シリーズ」の油井氏は余り語っていない。僕はディジーのソロは短くて、明確なソロという感じがしないとその時書いた。しかし「ザ・ビッグ・バンド・イーラ《第2集》」の大和明氏は、「若干19歳の新進トランぺッター、ディジーが初めて吹き込んだ輝かしいファースト・ソロ・プレイ。(中略)ロイ・エルドリッジのスタイルそのままにはち切れんばかりの若さを示す」と歌い上げている。改めて聴いても感想は変わらない。ただ力強くアンサンブルをリードする姿は頼もしい。演奏自体は、迫力満点で実に素晴らしい。
「ブルー・リズム・ファンタジー」について、「ヴィンテージ・シリーズ」の油井氏はここでも余り語っていない。ソロについて、Tsはロバート・キャロルではないかと思うが、原盤解説でテディ・ヒルとなっているのでそれを採る。しかしヒルのソロというのはほとんど存在しないので、判然としないが…、と書いている。一方大和氏は明確にロバート・キャロルと言い切っている。どちらが正しいのでしょう?
さて、大和氏はかなり詳しく解説している。「テディ・ヒル楽団で最もよく知られたナンバー。ヒルと共作したチャッピー・ウィレットが編曲を行っている。ヒル楽団は34年5月4日にこの曲を一度録音しているが、ここでは新進トランぺッター、ガレスピーを迎え再録音したものである。特に注目したいのは、ウィレットの編曲で、これは時代に先行した斬新でユニークな手法が使われている。アンサンブルからジョンソン(As)とプロコープ(Cl)の呼びかけと応答が浮き上がり、そのままプロコープの新鮮なソロからガレスピー(Tp)のアドリブに入る。このソロもエルドリッジのスタイルを踏襲したものであり、続くキャロル(Ts)がチュー・ベリー風のソロを取る」とかなり詳しい。意気込みが違うと言ってもいいだろう。演奏は素晴らしいの一言に尽きる。本当に実力があったバンドであることが分かる。

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ジャズ・ディスク・ノート 2019年9月8日

第361回(ベニー・カーター 1937年

No.361Benny Carter 1937

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今回は、ベニー・カーターの1937年の吹込みを取り上げる。やっと通常進行に戻った形だ。。

「ベニー・カーター1933/39」(Benny Carter 1933/39)Philips 15PJ-4(M)

<Contents> … 1937年 録音日不記載

B面1.スキップ・イットSkip it
B面2.アイ・エイント・ガット・ノーバディI ain’t got nobody
B面3.ブルース・イン・マイ・ハートBlues in my heart

<Personnel> … ベニー・カーター楽団

Band leader , Clarinet & Alto saxベニー・カーターBenny Carter

ベニー・カーター以外は不明。カーターが欧州へ行った時の録音で、現地ミュージシャンとの共演録音とのこと。

B面1.「スキップ・イット」では、カーターはAsをプレイしているという。何といっても見事なアンサンブルである。地元の力のあるミュージシャンにカーターがアレンジして仕込んだのではないかと思う。
B面2.「アイ・エイント・ガット・ノーバディ」もアンサンブルが見事。Tbソロの後Asソロが入るが、これはカーターではないという。
B面3.「ブルース・イン・マイ・ハート」。最初からAsソロで始まる。これはカーターだと思うが、解説氏は何も書いていない。

<Contents> … 1937年 録音日不記載

B面4.誰かが私を愛してるSomebody loves me
B面5.マイティ・ライク・ザ・ブルースMighty like the blues
B面6.パードン・ミー・プリティ・ベイビーPardon me , pretty baby

<Personnel> … ベニー・カーター、コールマン・ホーキンス、フレディー・ジョンソンと楽団

Trumpet & Alto saxベニー・カーターBenny Carter
TromboneG・チショルム
ClarinetJ・ウィリアムス
Tenor saxコールマン・ホーキンスColeman Hawkins
Pianoフレディー・ジョンソンFreddy Johnson

カーターが欧州へ行った時の録音で、当時ヨーロッパにいたコールマン・ホーキンス現地ミュージシャンとの共演録音とのこと。僕が持っているホーキンスのヨーロッパ時代唯一の吹込みである。

B面4.「誰かが私を愛してる」何といってもホーキンスのテナー・ソロが存在感抜群で素晴らしい。
B面5.「マイティ・ライク・ザ・ブルース」はゆったりとしたメランコリックなナンバー。最初からカーターがTpでソロを取り、ホーキンス(Ts)、再度カーター(Tp)、ジョンソン(p)そしてカーターがAsでリードして終わる。
B面6.「パードン・ミー・プリティ・ベイビー」では、カーターは最初にTpでソロを取り、中間部でAs、その後ホーキンスとフォー・ヴァ―スを演じてエンディングを迎える。

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