ジャズ・ディスク・ノート

第239回2017年12月10日

チック・ウェッブ入門 第1回 1929年

ご覧いただきありがとうございます。定年オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。

12月に入ってこの季節らしい寒い日が続いています。左の写真は、先週日曜日に近所の森に、久しぶりに散歩に出かけた時に撮ったものです。僕の住む辺りの木々もだいぶ葉を落とし始め、もうすぐ冬本番だということを教えてくれるようになりました。
森の道は一面落ち葉に覆われ、踏み歩くと柔らかく、ザッ、ザッと音がします。歩きにくいけど足には優しい感じがします。
右上の写真は、花が咲いた時や緑が濃い時分によく登場する枝垂桜です。いち早く葉を落としています。早くこの木に花が咲くようになればいいなぁと冬に入ったばかりなのに願う寒さ嫌いのワタクシであります。



こんな寒い時には温まる食べ物が一番ということで、贔屓にさせてもらっている愛川町のおそば屋さんに行きました。この時期は新そばがおいしい季節ですよね。
右お蕎麦のお盆の左側には、定番の鴨肉とネギを痛めたものに熱いそばつゆをかけたものです。本当はもうもうと湯気が上がっていましたが、写真には写っていません。湯気を写すって本当に難しいです。




第239回 Chick Webb Vol.1 1929

チック・ウェッブ

今回は本邦初登場のチック・ウェッブである。チック・ウェッブについてはこれまでも何度か触れてきたような気もするが、本で読んだだけで触れてはいなかったような気もする。チックとそのバンドの登場の仕方というのは、大体地方回りをしているバンドが少しずつ実力をつけ、やがてニューヨークに進出する。そしてハーレムの「サヴォイ・ボールルーム」に出演する運びとなる。しかしそこには合戦狂のバンド・リーダー、チック・ウェッブに率いられた猛者たちが待ち受けており、悉く打ち負かされる、といったようなエピソードである。
そんな前情報を頭から追い払い、虚心坦懐にこのレコードを聴いてみて思うことは次のようなことである。
もしこの世から、ジャズに関する一切の書籍等の紙資料、Web上の資料が消えて無くなったとする。しかしこれまでのジャズ史上のすべての録音とその録音データ(日付やパーソネルなど)は完璧に残っているとする。そしてその録音とそのデータだけを用いて、マイルス・ディヴィスもデューク・エリントンも知らない、ジャズに関する一切の先入観、事前知識のない十代の若者に、ジャズの歴史を編纂させるとする。そうした場合この「チック・ウェッブ」というドラマー兼バンド・リーダーは、ジャズ史上に輝くことができるであろうか?たぶん出来まい。その他大勢のドラマーの一人としてしか名は残らないのではあるまいか思う。
などと長たらしく考えていたら、今回取り上げるレコードの解説飯塚経世氏は非常に端的に、「このレコードの前に、彼のレコードというのはほとんどなかった」と言っている。つまり名声の割にレコードが無いのである。ではレコードが無いのになぜ名声が築かれたのか?それは本などの活字資料やミュージシャンたちの話によってであろう。特に日本の評論家たちで彼の生演奏を聴いたことのある人はほとんどいないと思う。
それでも日本でもこの「伝説」が受け入れらているのは、それらのエピソードが強烈で、真に迫るものであったからであろう。

チック・ウェッブ「伝説」レコード・ジャケット

「チック・ウェッブ/伝説」“Chick Webb:A legend”(SDL 10344)

<Personnel>…ザ・ジャングル・バンド(The Jungle band)

Band leader & Drumsチック・ウェッブChick Webb
trumpetウォード・ピンケットWard Pinkettエドウィン・スワイジーEdwin Swayzee
Tromboneジミー・ハリソンJimmy Harrison
Clarinet & Alto saxヒルトン・ジェファーソンHilton Jefferson
Tenor saxエルマー・ウィリアムスElmer Williams
A third reed player不明Unknown
Pianoドン・カークパトリックDon Kirkpatrick
Banjoジョン・トルーハートJohn Trueheart
Tubaエルマー・ジェイムスElmer JamesORロウソン・ビュフォードLawson Buford

<Contents> … 1929年 ニューヨークにて録音

A面1曲目ドッグ・ボトムDog bottom1929年6月14日
A面2曲目ジャングル・ママJungle Mama1929年6月27日

まずバンド名ザ・ジャングル・バンド(The Jungle band)に驚く。前回デューク・エリントンと同じ名前ではないか。原録音のレコード会社は分からないが、デュークと同じ「Brunswick」への吹込みであろうか。

チック・ウェッブ「伝説」A面ラベル
A面1曲目ドッグ・ボトム

チック・ウェッブとジャングル・バンドによる最初の録音で、ウェッブ自身の作曲で快活なストンプ調の曲である。サウンド的にはフレッチャー・ヘンダーソンに似ているような気がする。各自の短いソロが入るが、エンディング近くのTpソロは、その後のスキャット・ヴォーカルともどもウォード・ピンケットによるものである。

A面2曲目ジャングル・ママ

パーソネルは、A面1曲目からトロンボーンの名手ジミーハリソンが抜け、ロバート・ホートン(Robert Horton)が入る。
こちらはウェッブが曲を書いたブルース・ナンバー。ジャングル・スタイルのTpソロとヒルトン・ジェファーソンの情熱的なクラリネット・ソロが入る。フランスのジャズ評論家ユーグ・パナシェはこのClソロを絶賛しているという。ラスト近くのTpソロはエドウィン・スワイジーによるものという。

この2曲を聴いて感じることは、ドラムの音がほとんど聴こえないということである。粟村政昭氏も「時に消えいらんばかりのつつましさでリズム・セクション全体の中に埋没している」ように聴こえると書いている。
彼はまた、デューク・エリントンとも一緒に仕事をしているし、ジョニー・ホッジス、クーティー・ウィリアムスといった重要なソリストをデュークに紹介したのもチックであった。これらのことは次回以降触れて行こう。

このWebサイトについてのご意見、ご感想は、メールでお送りください。


お寄せいただいたご意見等は本文にて取り上げさせていただくことがあります。予めご了承ください。

第238回2017年12月3日

デューク・エリントン Duke Ellington 入門第15回 1929年 その3

ご覧いただきありがとうございます。定年オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。

左の写真は、11月30日東京・丸の内のビル街です。街路樹も紅葉し、落ち葉となって街路に落ちてきています。11月も末になっての紅葉というのは日本では最も遅い部類なのではないでしょうか?この朝はグッと冷え込んだのですが、冷え込んだといってもまだ紅葉が終わっていない程度の冷え込みです。ただ僕は冷え症なので寒さが堪えますが。

さて、左は丸の内のシンボル的なビル「丸ビル」の1階のオープン・スペースに飾られたクリスマス・ツリーです。「丸の内・ブライト・クリスマス・2017」と銘打ってこの週の初めから飾られています。
11月末からもうクリスマスです。紅葉は遅いけどクリスマスは早くから始まります。同も年々クリスマス・イルミネーションが飾られるのが早くなっているような気がします。つまりそれだけクリスマス・セール期間が長くなっているのでしょう。
今年は天候不順などの影響で野菜などが高騰し家計が圧迫されていると報道されています。またここ何年かぶりに冬のボーナスも前年度を下回る予想も出ています。このまま行けばクリスマスもお寒い景気になりそうですが、そこをクリスマス気分で盛り上げて財布の紐を緩めようという魂胆なのでしょう。ここはグッと気持ちを引き締めて、じっくりと見極めて、少ない予算を悔いのないような買い物をしたいものです。といっても僕の場合対象はレコードですが…。でも迷っているとライヴァルに先を越されてしまうし…。悩みは尽きない定年オジサンであります。

デューク・エリントンのDVD

デューク・エリントンのDVD
Duke Ellington & His Orchestra 1929-1943
JLD-410(8160333)

僕は、レコード、CDもそれほど持っていませんが、映像物はそれに輪をかけて保有していません。それでも何枚かは持っていて、その一つがこのDVDです。1929年の映像が収録されているということと何せお値段が税込みで980円という安さに惹かれて何年か前に購入しました。うたい文句に「ヨーロッパの名門”ストーリーヴィル”が贈るジャズDVD」とあります。
観てみると完全なトーキーの映像です。デュークはしゃべり、バンドの演奏の音も入っています。
メニューは以下のようになっています。トータル時間は約50分、結構長いです。
1.Black and tan (1929)
2.Check and double check (1930)
3.Symphony in black (1934)
4.Paramount pictorial No.889 (1937)
5.The hit parade of 1937 (1937)
6.Duke Ellington and his Orchestra (1943)
今回は1929年なので、1[Black and tan]のフィルムをご紹介します。まずデューク・エリントンが初めて登場したフィルムで”Black and Tan (1929)”という画面が出ます。楽曲としてのタイトルは”Black and tan fantasy”ですが、映像では”Fantasy”が付けられていません。

オリジナルのタイトル画面は
”Black and Tan with Duke Ellington and his Cotton Club Orchestra”
です。 そして物語が始まりますが、ちょっと不思議なストーリーで19分くらいの長さです。6篇中最長です。
先ず、デュークがアパートらしき部屋で、タバコをふかしながらピアノを弾き、トランぺッター(多分アーサー・ホェッツェルではないかと思う)に吹いてもらっているようなシーンから始まります。そこに黒人のでかい男と小さい男が入ってきてピアノを運び出そうとします。そこに白人の女性が入ってきて、ピアノを運び出そうとした黒人凸凹コンビにウィスキーを飲ませ追っ払います。この辺の展開は英語が分からない僕にはよく分からないのが残念です。そしてこの女性とデュークは”いい関係”らしき雰囲気を出しています。
そして一転デュークのバンドがステージで演奏し、まず黒人5人組がその前で、ユーモラスなダンスを踊ります、ショウの1場面です。続いて先ほど登場したデュークと”いい関係”らしき女性が登場します。彼女は踊り子だったんですね。でもなんか体の具合が悪そうです。ステージの袖でショウ出番の前にステージを見ていますが、眩暈でぐるぐる回っているようです(この辺りは当時としては最新の映像効果だったのかもしれません)。
そしてついに彼女の出番となりますが、彼女は踊り終わると倒れ込んでしまいます。そしてステージ係に運ばれていきます。次の出し物が始まりますが、デュークは演奏を中断して彼女の下に向かいます。
そして場面が変わりベッドで寝ている彼女のそばで再び”Black and Tan”を演奏しますが、こちらは黒人霊歌のようなコーラスも加わります。そして曲のエンディングの有名な「葬送行進曲」のところで彼女がこときれます。ラストの映像は、彼女の目から見たデュークという感じで、デュークの顔がぼやけて行って黒くなり”The end”という画面が出て終わります。
実に暗いストーリーです。
また不思議なもあります。まだ1920年代のことです。この時代、デュークといえども黒人です。その黒人と白人女性が”恋人同士”的な雰囲気を醸し出しているのは相当危険なことではないでしょうか?なぜこんな冒険をしたのでしょうか?それともそんな気遣いは不要なのでしょうか?
そもそもこの映像は誰が企画し、誰を対象に、どんな目的で作られ、どこで映写されたのでしょうか?よく分からないことばかりです。
なお、デューク自身はこの映画について「自伝」では全く触れていません。柴田浩一氏はその著『デューク・エリントン』で、「アーヴィング・ミルズが持ってきた短編音楽映画”Black and tan fantasy”(タイトル間違えているし)でバンド演奏の初出演」としか触れていません。僕は、この作品はかなりの問題作だと思うのですが。

第238回 Duke Ellington Vol.15 1929_3

前回は40枚組CDボックスの5枚目、1929年9月10日までの録音を聴いた。今回は9月13日以降12月10日までの録音を聴いていこう。HistoryのCDボックスでは6枚目の最後の1曲と7枚目最初の1曲が同日9月13日の録音デイトである。

History盤CD40枚組

<Contents>…History、Ellingtonia…1929年9月13日 ニューヨークにて録音(Brunswick)

CD6-20.ジョリー・ウォグJolly wog
CD7-1.ジャズ・コンヴァルジョンズJazz Convulsions

<Personnel>…ザ・ジャングル・バンド(The Jungle band)

Band leader & Pianoデューク・エリントンDuke Ellington
trumpetクーティ・ウィリアムスCootie Williamsアーサー・ホェッツォルArthur Whetsolフレディ・ジェンキンスFreddie Jenkins
Tromboneジョー・”トリッキー・サム”・ナントンJoe “Tricky Sam” Nantonファン・ティゾールJuan Tizol
Clarinet , Soprano , Alto & saxジョニー・ホッジスJohnny Hodges
Clarinet , Alto & Baritone saxハリー・カーネイHarry Carney
Clarinet & Tenor saxバーニー・ビガードBarney Bigard
Banjoフレッド・ガイFred Guy
String Bassウェルマン・ブラウドWellman Braud
Drumsソニー・グリアSonny Greer

この録音からHistoryの解説では6枚目最後のCD-6-20[ジョリー・ウォグ]には、パーソネルにファン・ティゾールが記載されているが、同セッションのCD7-1[ジャズ・コンヴァルジョンズ]には、ティゾールの記載がない。これはちゃんと調べた結果加わっていないことが分かったのであろうか?それとも単なる記載漏れか?雰囲気としては後者であるが、いつもながら僕には決め手がない。
因みにEllingtoniaには両曲ともVトロンボーンにティゾールの記載がある。
状況的にティゾールがCD6-20に加わり、CD7-1では抜けるというのは考えにくいので両曲とも加わっているということで進めていくことにしよう。
バンド名は”The Jungle band”はBrunswickの録音で使われている名称だ。回も変わったので改めてパーソネルを示しておく。
SP盤時代を思い返して…などといいながら、CD6枚目の最後と7枚目の最初というのは切り替えが面倒だなと思ってしまうところが、現代人の僕のダメなところだなぁ。

6-20[ジョリー・ウォグ]

オープンで吹くTpが良いと思うのだが、まだ僕にはこれが誰なのか判定できない。

7-1[ジャズ・コンヴァルジョンズ]

これまでにないデュークの作風を示しているように思う。ソロはあるがそれはあくまでソロ、独奏ということでアドリブを意味していない。アドリブは唯一クラリネットのソロだけではないかと思う。要はペンが入るのはアンサンブルだけではなく、ソロも入る、ソロはアンサンブルの一部であるという考え方を取っていると思われる。

History盤CD40枚組 4組目ジャケット

<Contents>…History、Ellingtonia…1929年9月16日 ニューヨークにて録音(RCA)

CD7-2.ミシシッピ・ドライMississippi dry
CD7-3.ザ・デューク・ステップス・アウトThe Duke steps out
CD7-4.ハウンテッド・ナイツHaunted nights
CD7-5.スワニー・シャッフルズSwanee shuffles

<Personnel>…デューク・エリントンズ・オーケストラ(Duke Ellington’s orchestra)

 
Trumpetフレディー・ジェンキンスFreddy JenkinsOut
Guitarテディ・バンTeddy BunnIn

この録音では、Tpのジェンキンスが抜け、ギターのテディ・バンが加わっている。ジェンキンスが抜けてもTpが薄いと感じさせないところは編曲の力なのかそれぞれの演者の力量か。

CD7-2[ミシシッピ・ドライ]

イントロのアンサンブルからバンのギターが絡む。その後AsのソロやCl、Tpのソロが入るが、途中で倍テンポ風になったりよく分からないアレンジである。アレンジに手を入れ過ぎたような<感じがする。/p>

CD-3[ザ・デューク・ステップス・アウト]

これもかなり複雑なアレンジが施されている。何度か現れるホッジスのAsが後年の芸風とは異なっているが、聴き処となっている。エンディングのリトルダントはこの当時非常に珍しいのではないかと思う。

CD-4[ハウンテッド・ナイツ]

重苦しいような荘重なアンサンブルである。最初にソロを取るのは新加入のGtのテディ・バン。たどたどしいような引っ張り過ぎのようなプレイぶりだ。ガンサー・シュラー氏はこの作品は、もう一つの「黒と褐色のファンタジー(Black and tan fantasy)」を創り出そうとする試みであるとし、バンのギターだけがマイレイの演奏の単純でありながら表現力に富む味わいを再創造できていると評価が高い。

CD-5[スワニー・シャッフルズ]

ここでもイントロはバンのGtである。アンサンブルをリードするのもバンである。その後のアンサンブルは色々と工夫を施したものでホッジスのAs、ビガードのCl、カーネイの短いソロを披露される。

<Contents>…History、Ellingtonia…1929年 ニューヨークにて録音(Brunswick)

CD7-6.シックス・オア・セヴン・タイムスSix or seven times10月25日録音
CD7-7.ゴーイン・ナッツGoin’ nuts10月29日録音
CD7-8.オクラホマ・ストンプOklahoma stomp10月29日録音

<Personnel>…ザ・シックス・ジョリー・ジェスターズ(The six jolly jesters)

 
Band leader & Pianoデューク・エリントンDuke Ellington
Tromboneジョー・”トリッキー・サム”・ナントンJoe “Tricky Sam” Nanton
Clarinet , Soprano , Alto & saxジョニー・ホッジスJohnny Hodges
Banjoフレッド・ガイFred Guy
String Bassウェルマン・ブラウドWellman Braud
Drumsソニー・グリアSonny Greer

「ザ・シックス・ジョリー・ジェスターズ」という名義で3面分の録音が10月25日と29日に行われている。面子の違いは、25日の録音にはGtのテディ・バンが参加していないというのは、History、Ellingtonia共通の記載だが、EllingtoniaではTpをクーティー・ウィリアムス一人としているのに対して、Historyではフレディ・ジェンキンス一人としている点が異なり、またHistoryでは29日のベースをブルース・ジョンソンとしている点など大きく異なる。なお、29日にKazooで加わっているのはEllingtoniaではハワード・ブリンキー・ランドルフ(Howard “Blinky” Randolph)としているのに対し、Historyではハロルド・ブリンキー・ランドルフ(Harold “Blinky” Randolph)としている。
CD7-7[シックス・オア・セヴン・タイムス]はファッツ・ウォーラーの作、ノンビリした曲調で掛け合いのヴォーカルが入る。一人はソニー・グリアで、もう一人はTp奏者、つまりEllingtoniaではクーティー。Historyではジェンキンスとしている。それにしても曲のタイトルは「6回か7回」というのはどういう意味であろうか。
CD7-7[ゴーイン・ナッツ]はアップ・テンポの楽しい曲。ソロはTpやサックスではなく、Gt⇒カズー⇒ドラムとツ続くのは珍しい。グリアのソロはブラシによるもので、なかなか達者なものである。
CD7-8[オクラホマ・ストンプ]にもGtソロが入るが、9月の時はたどたどしい感じがしたバンであるが、ここでは素晴らしいソロを取っている。バンドに馴染んできたのだろうか。

History盤CD 40枚組の7枚目

<Contents>…History、Ellingtonia…1929年11月14日ニューヨークにて録音(RCA)

CD7-9.ザ・ブレックファースト・ダンスThe breakfast dance
CD7-10.ジャズ・リップスJazz lips
CD7-11.マーチ・オブ・ザ・フーディアムスMarch of the Hoodiums

<Personnel>…デューク・エリントン・アンド・ヒズ・コットン・クラブ・オーケストラ (Duke Ellington and his Cotton Club orchestra)

Band leader & Pianoデューク・エリントンDuke Ellington
trumpetクーティ・ウィリアムスCootie Williamsアーサー・ホェッツォルArthur Whetsolフレディ・ジェンキンスFreddie Jenkins
Tromboneジョー・”トリッキー・サム”・ナントンJoe “Tricky Sam” Nantonファン・ティゾールJuan Tizol
Clarinet , Soprano , Alto & saxジョニー・ホッジスJohnny Hodges
Clarinet , Alto & Baritone saxハリー・カーネイHarry Carney
Clarinet & Tenor saxバーニー・ビガードBarney Bigard
Banjoフレッド・ガイFred Guy
String Bassウェルマン・ブラウドWellman Braud
Drumsソニー・グリアSonny Greer

メンバーに関してはGtのテディ・バンが抜け、この当時のレギュラー・フル・メンバーでの録音。なのでパーソネルも改めて記載した。
CD-9、10はエリントン作で、CD-11はホーギー・カーマイケルの作品。3曲は共に明るく楽しげな雰囲気を持った曲。この日何かいいことでもあったのだろうか、このような曲を演奏したかったのではないかと想像してしまう。
久しぶりに登場の音楽家で評論家のガンサー・シュラー氏は、ヴァルヴ・トロンボーン奏者のファン・ティゾールの第2トロンボーンを加えた時、デュークは自分が扱うことができる別の音色を手にしただけでなく、状況次第で、トランペットやリード楽器と交互に使える高度に半音階的な楽器を所有することになった」とし、「エリントンの、半音階的なトロンボーンの栓の使用の初期の例は、「ジャズ・リップス」(右:譜例16)の最後の7声部編成のアンサンブル奏の箇所で聴くことができる」として例を挙げている。

<Contents>…History、Ellingtonia…1929年11月20日ニューヨークにて録音(Okeh)

CD7-12.ザ・レイジー・デュークThe Lazy Duke
CD7-13.ブルース・オブ・ザ・ヴァガボンドBlues of the vagabond
CD7-14.シンコペイテッド・シャッフルSyncopated shuffle

<Personnel>…ザ・ハーレム・フットウォーマーズ(The Harlem footwarmers)

 
Band leader & Pianoデューク・エリントンDuke Ellington
trumpetクーティ・ウィリアムスCootie Williams或いはフレディ・ジェンキンスFreddie Jenkins
Tromboneジョー・”トリッキー・サム”・ナントンJoe “Tricky Sam” Nanton
Clarinet , Alto & Baritone saxハリー・カーネイHarry Carney
Clarinet & Tenor saxバーニー・ビガードBarney Bigard
Banjoフレッド・ガイFred Guy
String Bassウェルマン・ブラウドWellman Braud
Drumsソニー・グリアSonny Greer

レギュラー・バンドから7人のピック・アップ・メンバーによる録音。ここでもEllingtoniaとHistoryではTp奏者だけ記載が異なる。僕には判断できないのでクーティーかジェンキンスとした。3曲ともエリントンの作。
CD7-12[ザ・レイジー・デューク]はブルースで、少し気怠い雰囲気を持ったリフを用いている。CD7-13[ブルース・オブ・ザ・ヴァガボンド]はブルースではないと思うのだが、Aメロはそこはかとなく悲壮感があるメロディーだが、中間部のアンサンブルのBメロは割と明るめの雰囲気である。エンディングはまたAメロに戻る。CD7-14[シンコペイテッド・シャッフル]では、リードする楽器とアンサンブルのコール・アンド・レスポンスが聴かれる。

<Contents>…History、Ellingtonia…1929年12月10日ニューヨークにて録音(Brunswick)

CD7-15.スイート・ママSweet mama
CD7-16.ウォール・ストリート・ウェイルWall street wail
CD7-17.シンシナティ・ダディCincinnati daddy

<Personnel>…ザ・ジャングル・バンド(The Jungle band)

  CD7-9〜11と同じ、レギュラー・メンバーによる。

CD7-15[スイート・ママ]とCD7-16[ウォール・ストリート・ウェイル]はデュークとアーヴィング・ミルズの共作で、心なしかポップな雰囲気がある。CD7-17[シンシナティ・ダディ]は少し遅めのテンポで、唸るウェルマンのベースと転がすようなガイのバンジョーをバックにTp、As、Tb、Clのソロ回しが見事である。

この年10月24日、29日に起こる株の大暴落は世界的な大恐慌を引き起こし、ミュージシャン受難の時代に突入していくと言われるが、この時点でのエリントンの録音状況を見る限りさして深刻な影響を受けているようには見受けられない。この後じわじわと押し寄せてくるのだろうか?

このWebサイトについてのご意見、ご感想は、メールでお送りください。


お寄せいただいたご意見等は本文にて取り上げさせていただくことがあります。予めご了承ください。

第237回2017年11月26日

デューク・エリントン Duke Ellington 入門第14回 1929年 その2

ご覧いただきありがとうございます。定年オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。

左は先週日曜日、紅葉狩りに行ってみたもののすっかり葉が落ちてしまっていた山中湖の様子です。この風景は秋というより冬ですね。気温は5度、東京だと1月、2月の真冬の気温です。
とここまで書いて思い出しました。確か去年も失敗したのでは?と昨年の拙HPをみると、何と昨年は10月30日に同じ山中湖に行っていました。そしてそこには「まだ色づいていない木もあり来週頃が見頃ですよ」と書いていました。ならば今年は11月第1週目から2週目が見頃のはず。何と学習しない人間なのでしょう。

皆さん、「東京とんかつ会議」をご存知でしょうか?BS-TBSで放送していた番組で料理評論家山本益博氏、マッキー牧元氏、河田剛氏というとんかつをこよなく愛する3人が名店を食べ歩き紹介する番組です。「とんかつ」に絞っているところがすごい!!

その番組自体は見たことが無いのですが、ネットなどで知り眺めていました。するとやはり「とんかつが食べたい」という気持ちがふつふつと湧いてきます。僕はとんかつは好きですが、何よりも好きというほどではありません。でもたまに、特にネットなどでおいしそうなとんかつを見ると食べたくなります。そこで近所といっても自転車で15分くらいのところにあるとんかつ屋さんに行ってみることにしました。
そのお店は、最近といっても約1年くらい前にオープンしたお店で、買い物の途中などにその前をよく通るので気になっていたのですが、初めて訪れました。僕がとんかつを食べるのは、拙HP7月30日にアップした「たつみ亭」以来となります。
お昼時は混んでることを予想し、午後1時くらいにお店に入りました。まず熱いお茶が出され、冷たい風の中を自転車をこぎ冷えた体がホッとします。さて、僕が注文したのは写真右下、とんかつの基本「ロースかつ定食」¥1,500です。カラっと上がっていて、衣はサクサク、中のお肉はジューシーです。ヴォリュームもあり正に満足の一品でした。
お店は家族経営のようです。年配のいかにも職人さんという方が諸々差配しますが、実際にとんかつを上げているのは20歳を超えたくらいの若い息子さんで、その仕事ぶりを厳しく見つめています。注文を聞いたり配膳係はお母さんのようです。地域の小さなお店はこういう家族経営できるのが一番良いのではないでしょうか?とんかつもおいしくお店の感じも良いのでまた行きたくお店です。

第237回 Duke Ellington Vol.14 1929_2

前回は40枚組CDボックスの5枚目、1929年3月までの録音を聴いた。今回は4月以降の録音を聴いていこう。

History盤CD40枚組

<Contents>…History…1929年4月4日、, Ellingtonia…1929年4月7日 ニューヨークにて録音(Columbia)

CD6-1.アイ・マスト・ハヴ・ザット・マンI must have that man
CD6-2.フリーズ・アンド・メルトFreeze and melt
CD6-3.ミシシッピ・モーンMississippi moan

<Personnel>…ジョー・ターナー・アンド・ヒズ・メンフィス・メン (Joe Turner and his Memphis men)

Band leader & Pianoデューク・エリントンDuke Ellington
trumpetクーティ・ウィリアムスCootie Williamsアーサー・ホェッツォルArthur Whetsolフレディ・ジェンキンスFreddie Jenkins
Tromboneジョー・”トリッキー・サム”・ナントンJoe “Tricky Sam” Nanton
Clarinet , Soprano , Alto & saxジョニー・ホッジスJohnny Hodges
Clarinet , Alto & Baritone saxハリー・カーネイHarry Carney
Clarinet & Tenor saxバーニー・ビガードBarney Bigard
Banjoフレッド・ガイFred Guy
String Bassウェルマン・ブラウドWellman Braud
Drumsソニー・グリアSonny Greer


さて、その4月に入って最初の録音はCDでは4月4日、Ellingtoniaによれば4月7日に行われた”Joe Turner and his Memphis men”名義による録音である。バンド名に”Joe Turner”とあるが、”Joe Turner”は加わっていない。ということで先ず問題なのは、”Joe Turner”とは誰かということである。普通に考えれば、ブルース・シンガーの「ジョー・ターナー」ではないかと思う。ブルース・シンガー「ジョー・ターナー」ならば、拙HP第129回「フロム・スピリチュアル・トゥ・スイング 1938年」で取り上げたことがある。ピアニストのピート・ジョンソンの伴奏で1曲だけだが、表題レコードに収録されている。
しかし不思議なのは、なぜ「ジョー・ターナー」名義の録音の「ジョー・ターナー」を加わっていないヴァージョンを収録したのかということと次に他に「ジョー・ターナー」が加わった録音もあるのか?あるならなぜディスコグラフィーに載せないのかということである。それともここでの「ジョー・ターナー」は、ブルース・シンガーの「ジョー・ターナー」ではないのであろうか?……よく分からない。ともかくこれ以上考えても実態は把握できないと思うので、エリントン・バンドの1929年4月第1回目のレコーディングとして聴いていこう。

CD6-1[アイ・マスト・ハヴ・ザット・マン]

この曲はどこかで聴いたことがあるがどうしても思い出せない。覚えやすいポップス調の曲。デューク、カーネイのソロが聴ける。ミュートTpの後に続くクラリネットのソロが面白い。いずれにしろビンビンとベースが響いてくる。

CD6-2[フリーズ・アンド・メルト]

リフのようなアンサンブルの後に続く弾むようなベースが見事で、この時代においては革新的なプレイだったのではないか。

CD6-3[ミシシッピ・モーン]

少しテンポを落とした沈鬱な調子の曲で、クラリネットが活躍する。トランペットのミュート・ソロ、ピアノの短い繋ぎがありが入り、今度はオープンのTpが入る。

History盤CD 40枚組の3セット目

<Contents>…History、Ellingtonia…1929年4月12日 ニューヨークにて録音(RCA)

CD6-4.ア・ナイト・アット・ザ・コットン・クラブ・パート1A nite at the Cotton club part1[Intro−Cotton club stomp−Misty Mornin’]
CD6-5.ア・ナイト・アット・ザ・コットン・クラブ・パート2A nite at the Cotton club part2[Intro−Goin’ to town−Harmonica interlude−Freeze and melt]

<Personnel>…デューク・エリントン・アンド・ヒズ・コットン・クラブ・オーケストラ (Duke Ellington and his Cotton Club orchestra)

4月4日或いは4月8日と同一
但しアーヴィング・ミルズのコメントが入る。
CD6-5にはハーモニカの”ハーモニカ・チャーリー(Harmonica Charlie)”が加わる。
 

これは大変注目すべき録音だと思う。アーヴィング・ミルズの紹介のコメントが入り演奏が始まる。それはあたかもラジオ放送のように感じるが、当時のアメリカ人はどう感じたのであろう?要はライヴ風の雰囲気づくりを行っているのだが、実際はスタジオであろう。そして観客らしき声などもご丁寧に入れているのである。そう考えてみるとライブ録音というものが今日では普通に行われ、その模様を録音したCDなどが普通に販売されているが、そもそもこの世で初めてライヴ録音が行われたのは一体いつだろう?拙HPで取り上げたジャズの歴史をたどる回で、ライヴ録音を取り上げたことはこれまでない。一体ジャズのライヴ録音はいつから、行われるようになったのだろう。
アーヴィング・ミルズの堂に入った紹介でバンドの演奏が始まり、途中でもう一度MCが入りもう一度演奏が始まる。このような展開なので演奏自体は短くなるのだが、聴いていて興味が惹かれるという点ではうまい演出である。

<Contents>…History、Ellingtonia…1929年5月3日 ニューヨークにて録音(RCA)

CD6-6.コットン・クラブ・ストンプCotton club stomp
CD6-7.ミスティー・モーニンMisty Mornin’
CD6-8.アラビアン・ラヴァ―Arabian lover
CD6-9.サラトガ・スイングSaratoga swing

<Personnel>…デューク・エリントン・アンド・ヒズ・コットン・クラブ・オーケストラ (Duke Ellington and his Cotton Club orchestra)

4月4日或いは4月8日と同一
 

CD6-6[コットン・クラブ・ストンプ]は、ライヴ風録音CD6-4で既に一度録音されている。そのスタジオ録音盤(CD6-4もスタジオ録音ではあるが)ということであろう。
CD6-7[ミスティー・モーニン]は、第194回に1928年11月の録音をガンサー・シュラーの解説を譜面交じりで紹介した。それから約半年後の録音である。
またシュラー氏は、CD6-8[アラビアン・ラヴァ―]を、前回取り上げた[ジャパニーズ・ドリーム]同様古めかしい異国ものでショウ向けの小曲と述べている。
CD6-9[サラトガ・スイング]は少しゆったり目のブルースで、P、オープンのTp、Asとソロが続く。こういうブルースは応用が利きやすく当時盛んに演奏されたのではないかと思う。

ソニー・グリア

<Contents>…History、Ellingtonia…1929年5月28日 ニューヨークにて録音(Columbia)

CD6-10.ザット・リズムマンThat rhythm manDuke Ellington and his Memphis men
CD6-11.ベガーズ・ブルースBeggars bluesSonny Greer and his Memphis men
CD6-12.サタディ・ナイト・ファンクションSaturday night functionSonny Greer and his Memphis men

<Personnel>
CD6-10.…デューク・エリントン・アンド・ヒズ・メンフィス・メン(Duke Ellington and his Memphis men)
CD6-11、12…ソニー・グリア・アンド・ヒズ・メンフィス・メン(Sonny Greer and his Memphis men)

CD6-10と、CD6-11、12は名義はことなるが、実質は4月4日或いは4月8日と同一。
 

CD6-10はエリントン、CD6-11、12はドラムのソニー・グリア名義の録音だが、面子は同じ。これはどういう意味合いを持つのであろうか。ソニーはとにかく音楽仲間などに顔が広く、顔が利く人物だったという。エリントンは仕事を得るうえでもソニーには大分世話になったと述べているので、恩義を感じこの辺りで少し返しておこうということだったのかもしれない。
演奏はこの時代のエリントン楽団らしいもので特にどうということも無いように思える。CD6-11はタイトル通りブラウドのベースの音が強調され、CD6-11はゆったりとしたブルースでナントンがミュートを付けずにオープンでその妙技を披露するところが聴きものか。

<Contents>…History、Ellingtonia…1929年7月29日 ニューヨークにて録音(Brunswick)

CD6-13.ブラック・アンド・ブルーBlack and blue
CD6-14.ジャングル・ジャンボリーJungle jamboree

<Personnel>…ザ・ジャングル・バンド(The Jungle band)

HistoryのCD解説では4月4日或いは4月8日つまり前回録音5月28日と同一となっているが注目は”Ellingtonia”で、この録音からトロンボーンにファン・ティゾール(Juan Tizol)が加入したと記載されている。
 

”Ellingtonia”にはこの録音からトロンボーンにファン・ティゾール(Juan Tizol)が加入したと記載されているが、『デューク・エリントン自伝』には、「彼が参加したのは1929年のコットン・クラブでだった」と記載があるが、録音にはいつから参加したかは書かれていない。音を聴けば分かるかなとも思ったが、僕の聴き取り耳の悪さは折り紙付きの上に、この2曲の音は他に比べても非常に悪いのである。もしかするとアンサンブルに加わっているかもしれないがよく分からない。
CD6-13[ブラック・アンド・ブルー]は、ブルーなメロディーで、ミュートTpにClが絡むという展開が中心で、後半倍テンポでPソロが入りアンサンブルによるエンディングとなる。
CD6-14[ジャングル・ジャンボリー]はアップ・テンポの曲で、スタート部分はBのベースがブンブン唸り、Cl、Tp、Asが32小節ずつソロを取るところが聴き処。そのアンサンブルによるエンディングに移る。

History盤CD 40枚組の6枚目

<Contents>…History、Ellingtonia…1929年8月2日 …ニューヨークにて録音(Okeh)

CD6-15.ジャングル・ジャンボリーJungle jamboree
CD6-16.スネイク・ヒップ・ダンスSnake hip dance

<Personnel>…ザ・ハーレム・フットウォーマーズ(The Harlem footwarmers)

Band leader & Pianoデューク・エリントンDuke Ellington
trumpetアーサー・ホェッツォルArthur Whetsol
Tromboneジョー・”トリッキー・サム”・ナントンJoe “Tricky Sam” Nanton
Clarinet , Soprano , Alto & saxジョニー・ホッジスJohnny Hodges
Clarinet , Alto & Baritone saxハリー・カーネイHarry Carney
Clarinet & Tenor saxバーニー・ビガードBarney Bigard
Banjoフレッド・ガイFred Guy
String Bassウェルマン・ブラウドWellman Braud
Drumsソニー・グリアSonny Greer

バンド名は「ザ・ハーレム・フットウォーマーズ」であるが、エリントンがこの名前を使ったのは初めてである。しかしこの名前はどこかで見た覚えがある。ということで振り返ってみると第211回で取り上げたシカゴ・ジャズといわれる録音「ハスク・オハーレとフット・ウォーマーズ(Husk O'Hare footwarmers)」であった。”Footwarmer”という言葉には特別な意味があるのであろうか?英和辞典で調べても「足温器」というようなそのままの意味しか載っていないが、何かスラングというほどでもないアメリカ人にはわかる意味合いがあるのであろう。いずれにしろ足元冷え症の僕には、たいへん好感が持てる名称である。
上記はEllingtoniに記載のパーソネルで、いつものメンバーからTpのクーティーとジェンキンスが抜けただけであるが、Historyではさらにホッジス、カーネイも抜けた七重奏団となっている。音を聴いた限りではHistoryの方が正しい感じがする。この場合僕にとって貴重なのは、どちらの記載でもTpはホェッツォルだけになっていることで、他の2人がいるとよく分からない彼の演奏が堪能できる。実に力強い達者な演奏ぶりだと思う。

<Contents>…History、Ellingtonia…1929年9月10日 ニューヨークにて録音(Cameo)

CD6-17.ドゥイン・ザ・ヴーム・ヴームDoin’ the Voom voom
CD6-18.フレイミング・ユースFlaming youth
CD6-19.サタディ・ナイト・ファンクションSaturday night function

<Personnel>…ザ・ワシントニアンズ(The Washingtonians)

”Cameo”に録音する時には、この「ザ・ワシントニアンズ」というバンド名を使っており、1929年3月以来の録音である。
面子の表記は7月29日と同じ。すなわち”Ellingtonia”には、トロンボーンにファン・ティゾール(Juan Tizol)が加わったことになっている。

3曲とも再演であるが、この吹込みが一番良いのではないかと思う。細かいところまで書き込まれたアレンジとそれを実行する均整の取れたアンサンブル、そこに力量のあるソロイストが揃っているのだから。粟村政昭氏が『ジャズ・レコード・ブック』で「エリントン・バンドが真の意味でビッグ・バンド・ジャズと呼び得る演奏形態を確立したのは29年ごろからではないか」と述べているが、なるほどこういうことかと頷ける演奏である。

繰り返しになるが、粟村師は、エリントン・バンドがビッグ・バンド・ジャズと呼び得る演奏形態を確立したのは29年ごろからと述べている。これからエリントンのレコードを聴くのがますます楽しみなる。

このWebサイトについてのご意見、ご感想は、メールでお送りください。


お寄せいただいたご意見等は本文にて取り上げさせていただくことがあります。予めご了承ください。

第236回2017年11月19日

デューク・エリントン Duke Ellington 入門第13回 1929年 その1

ご覧いただきありがとうございます。定年オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。

10月の後半に出かけた長野県小布施への旅行は、葛飾北斎の肉筆画を見ることとその絵があるお寺などを中心にノンビリと紅葉狩りを楽しむつもりでしたが、生憎の台風で散々な旅行となってしまったことは以前ご紹介しました。その後なかなかチャンスがなかったのですが、11月19日最後の紅葉狩りの機会と思い山梨県河口湖・山中湖方面へドライヴに出かけました。
この土日はぐっと気温が下がるという予報が出ていました。僕の住む辺りは、11月18日の土曜日は1日中ぐずついた天気で心配でしたが、翌18日日曜日は朝から晴れ上がり絶好の行楽日和となりました。但し、寒い!真冬の寒気が入ってきているそうで、河口湖、山中湖辺りは日中でも5度とか6度くらいの気温です。これは僕が住んでいる辺りで言えば1月、2月といった真冬の気温に当たります。

左のメインの写真は、もちろん富士山。休憩に立ち寄った「富士ビューホテル」から写したものです。「富士ビュー」と謳うだけあって正面玄関は富士山に面していて富士山がよく見えます。
ランチは「富士ビューホテル」の名物カレー・ライスをいただきました。以前来訪した時は普通のごはんだったのが、今回は「赤富士」と銘打って十六穀米を使い、白米を雪に見立てたものでした。僕はこれまでのような普通のカレー・ライスがよかったかな?量も少ないし…。
とはいうものの「富士ビューホテル」は昨年開業80周年を迎えた老舗の名ホテルだけあり、接客サーヴィスもよく、とても気持ちよく過ごすことが出来ました。

久しぶりに野生のモズを見ました。僕が「モズ」で思い出すのは、「モズが枯木で鳴いている。おいらは藁を叩いてる〜」というサトウハチロウの作詞の歌です。僕らの世代はフォークの神様岡林信康の歌で知っているのではないでしょうか。
とても心に沁みる歌です。ご存知の方が多い思いますが、全文を紹介します。
「モズが枯木で鳴いている。おいらは藁を叩いてる。綿ひきクルマはおばぁさん。コットン水車も回ってる。」
「みんな去年と同じだよ。けれども足りねえものがある。あんさ(兄)の薪割る音がねぇ。バッサリ薪割る音がねぇ」
「あんさ(兄)は満州に行っただよ。鉄砲が涙で光っただ。モズよ寒いと啼くがいい。あんさ(兄)はもっと寒いだろ」
同じ東北は仙台市出身のサトウハチロウの詩は、深く深く心に沁みこんできます。


第236回 Duke Ellington Vol.13 1929_1

さて今回からデューク・エリントンの1929年の録音を聴いていこう。
この年もレコーディングは数多くCD5の2曲目からCD7の17曲目まで56曲と他のジャズ・メンを圧倒する吹込み数である。

History盤CD40枚組

<Contents>…<Contents>…History, Ellingtonia…1929年1月8日ニューヨークにて録音(Brunswick)

CD5-2.ドゥイン・ザ・ヴーム・ヴームDoin’ the voom voom
CD5-3.タイガー・ラグ・パート1Tiger rag part1
CD5-4.タイガー・ラグ・パート2Tiger rag part2

<Personnel>…ザ・ジャングル・バンド (The Jungle band)

Band leader & Pianoデューク・エリントンDuke Ellington
trumpetババー・マイレイBubber Mileyアーサー・ホェッツォルArthur Whetsolフレディ・ジェンキンスFreddie Jenkins
Tromboneジョー・”トリッキー・サム”・ナントンJoe “Tricky Sam” Nanton
Clarinet , Soprano , Alto & saxジョニー・ホッジスJohnny Hodges
Alto & Baritone saxオットー・ハードウィックOtto Hardwick
Clarinet , Alto & Baritone saxハリー・カーネイHarry Carney
Clarinet & Tenor saxバーニー・ビガードBarney Bigard
Banjoフレッド・ガイFred Guy
String Bassウェルマン・ブラウドWellman Braud
Drumsソニー・グリアSonny Greer
Vocalオジー・ウェアOzie Wareアーヴィング・ミルズIrving Mills

前回取り上げた僕の持っている1928年最後の録音は、ちょっとクラシック仕立て風の不思議な「セント・ルイス・ブルース」であった。そして1929年最初の録音は、年明け早々の1月8日に行われた。特に面子に変更はないかと思っていたら、Tpにフレッド・ジェンキンスが戻り3本となっている。
この辺りの事情については、やっと入手した『A列車で行こう―デューク・エリントン自伝』』(中上哲夫訳・晶文社)を読むとよく分かる。デュークはこう書いている、「アーサー・ウェッツェルが1937年病気のために引退を余儀なくされるまで、常にバンドには彼の席が空けてあった」と。
それにしても僕が不思議に思うに思うのは、、彼の名字が「ホェッツォル」か「ホエッツェル」かということである。どうでもいいようなことだが、気になる。CDには”Whetsol”と記載してあり、ディスコグラフィーでは”Whetsel”となっている。何が正しいのであろうか?とりあえずここでは、アーサー・ホェッツォル”とした。
また、CDでは2人のヴォーカルがクレジットされているが、”Ellingtonia”には記載がない。聴いてみても全くヴォーカルは入っていない。
演奏はいずれも実に聴き応えのあるものである。後にエリントンの特徴となる柔らかなアンサンブルと個人を活かしたソロという展開がすでに行われている。”タイガー・ラグ”はニューオリンズ由来の有名曲だが、パート1とパート2ではソロイストが異なる。パート1はClが最初に長いソロを取るが、これはビガードではないかと思う。またパート2でナントンがソロを取るが、ミュートを外したストレート勝負で、これも彼の力量を感じさせる立派なソロである。かなり複雑なアンサンブルのアレンジ行い、力のある奏者にソロを委ねるという形式は、もう完全にニューオリンズ、シカゴ・スタイルを抜け新しい時代のジャズを演奏していると思う。

<Contents>…History, Ellingtoniaとも1929年1月16日ニューヨークにて録音(Brunswick)

CD5-5.フレイミング・ユースFlaming youth
CD5-6.サタディ・ナイト・ファンクションSaturday night function
CD5-7.ハイ・ライフHigh life
CD5-8.ドゥイン・ザ・ヴーム・ヴームDoin’ the voom voom

<Personnel>…デューク・エリントン・アンド・ヒズ・コットン・クラブ・オーケストラ (Duke Ellington and his Cotton Club orchestra)

前述”ザ・ジャングル・バンド”と同じ。CD5-7のチャイムはソニー・グリアがも担当している。

この辺りのエリントン楽団というのはすでに他バンドに比べると一頭地抜けた存在になりつつあったのではないか?しっかりとしたアレンジがあり、ソロも他バンドに比べて長いような気がするが、それはそれだけ力量のあるメンツが揃っていたということであろう。Tpセクションにしても、強烈なグロウル・ミュート、通常のミュート、オープンと異なった音色を組み合わせたアンサンブルと各自のソロ、Clの流れるようなソロ、個性的なAsなど各曲どれが劣るということが無いのである。
なお『デューク・エリントン』の著者柴田浩一氏はCD5-7[ハイ・ライフ]をフレディー・ジェンキンスの代表作として挙げている。

History盤CD 40枚組の2セット目

<Contents>…History, Ellingtoniaとも1929年2月18日ニューヨークにて録音(RCA)

CD5-9.ジャパニーズ・ドリームJapanese dream
CD5-10.ハーレマニアHarlemania

<Personnel>…デューク・エリントンズ・オーケストラ (Duke Ellington’s orchestra)

HistoryのCD、およびEllingtoniaには、この録音からトランペットのババー・マイレイが抜け、新たにクーティー・ウィリアムスが加わり、リード・セクションでは、オットー・ハードウィックが抜けたと記載されている。

日本人の僕には、CD5-9.[ジャパニーズ・ドリーム]などはとても気になるナンバーである。イントロなど銅鑼の音などどちらかというと中国風の味付けが随所に表れる。ポール・ホワイトマン楽団で大ヒットした”The japanese sandman”からの連想もあるであろうか?『デューク・エリントン』の著者柴田浩一氏は、アーサー・ホエッツォルの代表作として挙げている。
CD5-10[ハーレマニア]では、強烈なTpのグロウル・ミュートも聴かれるが、マイレイが退団しているので、これはクーティーなのであろうか?

<Contents>…History, Ellingtoniaとも1929年3月1日ニューヨークにて録音(RCA)

CD5-11.レント・パーティー・ブルースRent party blues
CD5-12.パドゥカーPaducah
CD5-13.ハーレム・フラット・ブルースHarlem flat blues

バンド名は再び「ザ・ジャングル・バンド」(The Jungle band)だが、2月18日の「エリントンズ・オーケストラ」と同じ。

<Contents>…History, Ellingtonia…1929年3月7日ニューヨークにて録音(RCA)

CD5-14.ザ・ダーティ・グライドThe dirty glide
CD5-15.ホット・フィールHot feelorホット・フィートHot feet
CD5-16.スラッピー・ジョーSloppy Joe
CD5-17.スティーヴドア・ストンプStevedore stomp

バンド名は「デューク・エリントン・アンド・ヒズ・コットン・クラブ・オーケストラ」(Duke Ellington and his Cotton Club orchestra)、2月18日の「エリントンズ・オーケストラ」と同じ。
CD5-15は、CDの記載では[Hot feet]となっているが、Ellingtoniaでは[Hot feel]となっている。どちらが正しいか現状僕には決め手がない。スキャットのヴォーカル入りだが、Ellingtoniaによればクーティー・ウィリアムス。次曲CD5-16もスキャット入り。こちらはソニー・グリアであるという。確かにこの2曲のヴォーカルはそれぞれ毛色が異なっている。

<Contents> History…1929年3月15日、 Ellingtonia…1929年3月とのみ記載。ニューヨークにて録音(Cameo)

CD5-18.サラトガ・スイングSaratoga swing
CD5-19.フー・セッド”イッツ・タイト・ライク・ザット?“Who said “It’s tight like that ?”

バンド名は「ザ・ワシントニアンズ」(The Washingtonians)で、HistoryとEllingtoniaでは面子が異なっている。Historyでは、Tpはフレディ・ジェンキンスが抜けホェッツォルとクーティーとしているのに対して、Ellingtoniaではクーティーのみとしている。また、ここでウェルマン・ブラウドはストリング・ベースではなくチューバを吹いている。
CD5‐18[サラトガ・スイング]は実にゆったりとしたナンバーで、[スイング]というより[ブルース]とした方が合いそうなナンバーだ。また、CD5-19[Who said “It’s tight like that ?”]は、ディスコグラフィー”Ellingtonia”ではタイトルが少し異なり、[Who said it’s “Tight like this ”?]と表記されている。
もしEllingtoniaのように“Tight like this ”が一つの塊であるとすれば、それはルイ・アームストロング1928年の畢生の名作“Tight like this ”のことかと思われるのである。ヴォーカルはクーティーが取っている。しかしここでは、特にルイとのつながりは感じられない。

<Contents> History…1929年3月18日、 Ellingtonia…1929年3月で前2曲と同一セッションと記載。ニューヨークにて録音(Okeh)

CD5-20.ヒー・ジャスト・ドント・アピール・トゥ・ミーHe just don’t appeal to me

オジー・ウェアは以前も登場した女性シンガー。バンド名は、「オジー・ウェア・ウィズ・ザ・ウーピー・メイカーズ」(Ozie Ware with the Whoopee makers)で、前々回ジャック・ティーガーデンで話題にしたバンド名” the Whoopee makers”を使用している。Historiaは3月18日と前録音の3日後としているが、Ellingtoniaでは前録音と同一セッションとしている。またメンバーに関して、HistoryはTpをホェッツォル一人としているのに対して、Ellingtoniaは同一セッションなので、クーティー1人としている。

今回はCD5-2からCD5-20まで19曲を取り上げた。これらの演奏は全般的にレベルが高く、ソロの時間も長く取っているように感じられる。すでに「エリントン・スタンダード」というものが確立されつつあった時代ではないかと感じた。

このWebサイトについてのご意見、ご感想は、メールでお送りください。


お寄せいただいたご意見等は本文にて取り上げさせていただくことがあります。予めご了承ください。

第235回2017年11月11日

ジェリー・ロール・モートン 入門12 1929年

ご覧いただきありがとうございます。定年オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。

僕の勤め先辺りも少しだけ秋めいてきました。そうれもそのはず、もう11月の半ばです。オフィス街の街路樹の葉も、少しずつ色を変え始めています。
朝晩は冷え込みますが、日中は陽射しが出れば暖かく、車をシャットアウトした路上で、ランチを取ったり、お茶を飲んだりという人がまだまだたくさんいます。

右は夜の写真。場所はほぼ同じです。もうイルミネーションが始まっています。このイルミネーションの開始に合わせて、クリスマス・セールもスタートということのようです。


さて、先週日曜日アメリカのトランプ大統領が来日しました。11月5日午前2時ころハワイのヒッカム空軍基地を出発した大統領は、同日午前10時45分頃東京の横田米軍基地に到着しました。
僕は11月5日午前9時半過ぎに家を出て、近所の森を散歩し家に帰るべく近くの住宅地を歩いていました。時間は午前10時15分くらいでした。その時航空機が頭上を割と低空で、ゆったりと北上していくのを見ました。騒音苦情対策のため、日曜日のこの時間に住宅地のこの辺りを旅客機が飛ぶことは極めてまれです。この辺りの時間に散歩に出ていることが多いのですが、旅客機が飛んでいるのを見かけたのは初めてです。
このことを全く意識せずにある方に話したら、場所から考えて、それは「エア・フォース・ワン」に間違いないというのです。
僕はただこの時間に飛ぶ旅客機が珍しいと思って写真に撮ったのですが、もしかすると本当に「エア・フォース・ワン」だったのかもしれません。ちょっと不穏当なことを言うと、余りに低空でロケット砲があれば撃ち落とせたように思われました。ヤバいかな?でも大丈夫!ロケット砲を持っていませんから!

第235回Jelly Roll Morton Vol.12 1929

「ジャズ・クラシックス・オブ・ジェリー・ロール・モートン」レコードボックス

「ジャズ・クラシックス・オブ・ジェリー・ロール・モートン」
“Jazz classics of Jelly-Roll Morton” RCA RA-9〜12 国内編集盤4枚組LP

<Personnel> … ジェリー・ロール・モートン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Jelly Roll Morton and his orchestra)

Piano & band leaderジェリー・ロール・モートンJelly Roll Morton
Trumpet(2Tp)レッド・ロシター?Red Rossiter?バークレイ・S.“ホースコラー”・ドレイパーBarclay S."Horsecollar" Draperorウォルター・ブリスコーWalter Briscoe
Tromboneチャーリー・アーヴィスCharlie Irvis
Clarinetジョージ・バケーGeorge Baquet
Soprano saxポール・バーンズPaul Barnes
Alto saxジョー・トーマスJoe Thomas
Tenor saxウォルター・“フッツ”・トーマスWalter “Foots” Thomas
Ensamble Pianoロッド・ロドリゲスRod Rodriguez
Guitarバーニー・アレクサンダーBarney Alexander
Tubaハリー・プラサーHarry Prather
Drumsウィリアム・ロウズWilliam Laws

<Contents>レコードB面 … 1928年7月  ニュージャージー・キャムデンにて録音

RecordB面3曲目コートハウス・バンプCourthouse bump7月9日録音
RecordB面4曲目ニューオリンズ・バンプNewOrleans bump7月10日録音
RecordB面5曲目タンク・タウン・バンプTank town bump7月12日録音
「ジャズ・クラシックス・オブ・ジェリー・ロール・モートン」3枚目ジャケット表面

ジェリーロール・モートンのボックスに収められた1929年最初の録音は、前回取り上げた1928年12月のセッションから7か月後に行われたものである。ディスコグラフィーを見ると、これらの録音の1日前7月8日に6曲ほどピアノ・ソロによる録音を行っている。
そして翌7月9日、7月10日、7月12日にテイク違いを含めると都合4曲ずつ「ジェリー・ロール・モートン・アンド・ヒズ・オーケストラ」名義で録音を行っている。ボックスの解説では、「リード・セクションを多くし、ピアノも2人として計12名編成に拡充している。ピアノを2人にしたのは、おそらく自分のソロ・パート以外では指揮に専念したからであろう。このセッションからは全曲収録ではなく、選曲の上抜粋したもの。メンバーに関しては諸説あったが、近年の研究の成果を記載した」と書かれている。
しかし面子を見るとあまり見知った名前が無い。色々調べると伝統のニューオリンズ・ジャズを大切に伝えるタイプのメンバーのようである。なぜこの時期にモートンは、新進気鋭ではなく伝統的なミュージシャンを起用してのレコーディングを行ったのであろうか?
僕はこの答えを知っているわけではない。ボックスの解説も全く触れていない。以下は僕の想像である。曲のタイトルには全て”バンプ(bump)”なる言葉が付いている。これらの録音はモートンの”バンプ(bump)”演奏集なのではないだろうか?そして”バンプ(bump)”を演奏するには、このメンバーが必要だとモートンは考えたのではないだろうか?では”バンプ(bump)”とは何か?英辞典で調べると、「ドスンとぶつかる」とか「揺れながら進む」という意味が書いてあるが、そういうことではなくて多分何か生粋のニューオリンズ・ジャズには存在する”ノリ”のようなものではないだろうか?全てをここで明らかにすることは出来ないだろうから、ともかく曲を聴いていこう。

「ジャズ・クラシックス・オブ・ジェリー・ロール・モートン」3枚目ジャケット裏面
コートハウス・バンプ

モートン自身の作で、収録はテイク2。解説では、モートンのビッグ・バンド化への志向はますます強くなり、指揮に力を入れ始めた最初の演奏であるという。Tp奏者は全く不明であるがかなりの腕達者だという。因みにディスコグラフィーでは、ウォルター・ブリスコー(Walter Briscoe)とボイド・ロッサ―(Boyd Rosser)と記載されている。その後の研究で明らかになったのだろうか?

ニューオリンズ・バンプ

これもモートン自身の作で、収録はテイク1。単調な進行だが、適度な変化とバケーのグロウル・プレイ、Tp奏者のミュート・プレイの面白さ、それに強調したリズム・セクションで一応の成果を上げている。

タンク・タウン・バンプ

これもモートン自身の作で、収録はテイク2。ボックスの解説に拠れば、モートンが時代に即応した演奏形態に移行していこうという意図を描いていたことがこれらのレコードでよく分かるというが、僕には、モートンは新しいサウンドではなく、敢えて古き良きニュー・オリンズ・スタイルを再現したように聴こえてしまうのだが…。ともかくアンサンブルも整然としたもので、それにしてもTp奏者は相当の腕前だと解説氏は評価している。

「ジャズ・クラシックス・オブ・ジェリー・ロール・モートン」3枚目ジャケット

<Personnel> … ジェリー・ロール・モートン・アンド・ヒズ・レッド・ホット・ペッパーズ(Jelly Roll Morton and his Red Hot Peppers)

Piano & band leaderジェリー・ロール・モートンJelly Roll Morton
Trumpetヘンリー・レッド・アレンHenry Red Allen
TromboneJ.C.ヒギンボッサムJ.C.Higginbotham
Clarinetアルバート・ニコラスAlbert Nicholas
Guitarウィル・ジョンソンWill Johnson
Bassポップス・フォスターPops Foster
DrumsPaul Barbarin

<Contents>レコードB面 … 1929年11月13日 ニューヨークにて録音

RecordB面6曲目スイート・ピーターSweet Peter
RecordB面7曲目ジャージー・ジョーJersey Joe
RecordB面8曲目ミシシッピ・ミルドレッドMississippi Mildred
RecordB面9曲目ミント・ジュレップMint julep

このセッションのメンバーは見たことがあると思ったら、またもやルイ・ラッセル楽団からのピック・アップ・メンバーであった。この時代ラッセルの楽団の実力はよほど認められていたんだなぁ。
全曲モートンの作品を演奏しているが、モートン・ミュージックにはなっていないという。それはこれだけ個性の強い演奏者の共演だと、どうしても個人芸の展開になり、アンサンブルもモートンの求める対等の練り上げられたものにするにはフロントの3人(アレン、ボッサム、ニコラス)のサウンドが余りにも強烈すぎるのである。ここはあくまでもメンバー各自の個性的なプレイを堪能すべき演奏であると解説氏はこの録音をそれほど買っていないようだが、この個性のぶつかり合いこそがジャズの楽しみなのではなかろうか?しかしそういった展開をモートン自身が望んでいたのかどうかは分からないが。
実際に聴いてみれば確かにフロン・ラインが強力なのである。ヘンリー・レッド・アレンは吹き間違いと思しきものもあり、ちょっと軽率と思われるプレイもあるが、推進力は抜群である。ヒギンボッサムもこれを堂々と受けて立つという雰囲気であり、確かにアンサンブルやピアノは霞んでしまっている感じだ。でもジャズのレコードとしてはそれなりに聴き処の多い演奏だと思う。

「ジャズ・クラシックス・オブ・ジェリー・ロール・モートン」4枚目ジャケット表面

<Personnel> … ジェリー・ロール・モートン・トリオ(Jelly Roll Morton Trio)

Piano & band leaderジェリー・ロール・モートンJelly Roll Morton
Clarinetバーニー・ビガードBarney Bigard
Drumsズッティ・シングルトンZutty Singleton

<Contents>レコードA面 … 1929年12月17日 ニューヨークにて録音

RecordA面1曲目スマイリン・ザ・ブルース・アウェイSmilin' the blues away
RecordA面2曲目タートル・トゥイストTurtle twist
RecordA面3曲目マイ・リトル・ディキシー・ホームMy little dixie home
RecordA面4曲目ザッツ・ライク・イット・オウト・トゥ・ビーThat’s like it ought to be

この回から4枚組の最後の4枚目のレコードに移る。
当時すでにデューク・エリントン楽団の主要ソロイストになっていた旧知のバーニー・ビガード(赤唐辛子楽団のセカンド・セッションで共演)を迎えて、名手シングルトンと組んだトリオ演奏で実に興味深い。
解説氏によると、ビガードのプレイは、後年の流麗なスタイルの片鱗は示すもののあくまでニュー・オリンズ派のプレイに徹している。シングルトンが実に多彩なリズムを送り出す見事な演奏ぶりで、その時その時のClの変化に応じたバッキングに名人芸的なものさえ感じられるという。またモートンも「久方ぶりに」本領を発揮したソロを取っているという。この「久方ぶり」という言葉には引っかかるものがある。一体いつ以来というのであろう。この録音のどのくらい前から「本領」を発揮していなかったのだろう。とても気になる。
ともかく実に珍しい編成の録音ではある。こういう少人数の編成の演奏はそれぞれの技量が高くないと成り立たない。そして技量では人後に落ちない名人が3人集うことで、聴き応えのある演奏に仕立てているところはさすがである。ただよくこういう録音が可能だったなぁとは思う。というのは10月末に起こった株価の大暴落で世の中は不況へと真直ぐらだった世情の中で、こういう地味な名人芸的なものは受けないと思われるからである。

今回取り上げた3セッションは実に多彩で聴いていて楽しいものだ。ビッグ・バンドあり、大型コンボ(七重奏団)あり、トリオありである。

このWebサイトについてのご意見、ご感想は、メールでお送りください。


お寄せいただいたご意見等は本文にて取り上げさせていただくことがあります。予めご了承ください。

第234回2017年11月5日

ジャック・ティーガーデン入門 その1 1928〜29年

ご覧いただきありがとうございます。定年オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。

2週間ぶりに台風ではない週末でした。近くの森は全く紅葉の気配は見えません。

連休最後の11月5日の日曜日の午前、久しぶりに近くの森まで散歩に行きました。森ではヴォランティアの方たちが森のお掃除をしていました。メンバーの中心はご年配の方々と中学生らしい若者たちです。ご苦労様です。
僕はそういったものの写真は撮らないのですが、森には実は使えなくなった壊れた電気製品や錆だらけの自転車など捨てに行くのはちょっと手間がかかりそうなものが数多く捨てられています。実に情けないことです。
では、どんな人間が捨てるのでしょうか?近所の人に聞いた話ですが、森の近辺に住んでいる人ではないそうです。夜クルマでやって来て捨てて逃げるそうです。このような森は地域だけではなく、日本のさらには地球全体の貴重な財産だということが分からないのでしょうか?さて、右下の写真は買い物ついでに立ち寄った公園で撮りました。

池の向こうに色の変わった木があります。テレビで聞いたのですが、今年の天候不順は異常で、雨が多く、気温も9月に12月並みに下がったかと思うと30度近い気温になったりしました。こういう気候の下では、木々の葉は紅葉せずに枯れてしまうことがあるそうです。池の向こうの色の変わった木は、紅葉しているのではなく、枯れているようにも見えます。

レコードの日

11月3日は「レコードの日」だそうです。お誘いがディスク・ユニオンさんから届きました。

その前に、「レコードの日」前に買ったレコードで、ピッタリ賞を記録しました。
10月30日月曜日右の3枚のレコードを買いました。左「クラーク・テリー/セレナーデ・トゥ・ア・バス」¥650、真ん中「ローズマリー・クルーニー&デューク・エリントン」¥450、「ロドニー・ジョーンズ/マイ・ファニー・ヴァレンタイン」¥1900。上記金額は消費税込み、支払金額は予算丁度の¥3000也。
右から、「ロドニー・ジョーンズ/マイ・ファニー・ヴァレンタイン」は、ロドニー・ジョーンズ(Gt)とトミー・フラナガン(p)、メジャー・ホリー(B)、Jesse Hameen(Dr)という組み合わせ、Timelessオリジナル盤でご覧の異様なジャケットに惹かれて買った。今のところ結果は外れ。全曲スタンダードというおとなしすぎる内容。
真ん中ローズマリー・クルーニーがデューク・エリントンのナンバーをその楽団と共演して歌うというもの。もちろんリシュー盤。Webで検索したところローズマリーのデビュー・アルバムという。出来は素晴らしい。
左「クラーク・テリー」は日本盤。内容は素晴らしい。1957年4月録音で、メンバーがC・テリーがTp(フリューゲル・ホーンっぽいが)、ジョニー・グリフィンのTs、ウィントン・ケリーのP、ポール・チェンバースのB、フィリー・ジョー・ジョーンズのDr。これは素晴らしい内容のレコードでした。
値段が一番高いTimeless盤が最も面白くなかった。値段と内容は伴わないということを改めて実感しました。

ということで今回は、トロンボーンの名手「ジャック・ティーガーデン」第1回です。

第234回Jack Teagarden Vol.1 1928〜29

ジャック・ティーガーデンは1905年生まれで、1920年には正式にプロとしてデビューしたというから、かなりの早熟なプレイヤーであることは間違いない。そして師粟村政昭氏はティーガーデンについて、「ミュージシャンの中にはマイルス(・ディヴィス)のように始め凡人風で次第に神格化してくる人もいるし、レスター(・ヤング)やティーガーデンのようにデビューした時すでにうまくて以後何年にもわたってその高水準を保ち続けたという存在もある」と非常に高く評価している。
粟村師は続けて「トロンボーンを真の独奏楽器たらしめた巨人は言うまでもなくジミー・ハリソンであったが、その後を受けてスイング時代に君臨したジャック・ティーガーデンは、様々なバンド歴と数多くのディキシーからスイング系のセッションを通じて、死ぬまでそのレイジーでよく歌うトロンボーンを雄弁に吹き続けた」と書いている。

ティーガーデンは、こうした巨人でありながらイマイチ日本での評価が低く、目立たない存在なのではあるまいか。なぜであろう。彼はデビューは早かったが、どちらかというと自己のバンドを率いて活躍するようになるのは結構遅く、様々なバンドに加わってプレイをすることが多かったためかもしれない。
拙HPでいつの間にか登場しているが、いつ初登場だったかというと判然たる記憶が無い。ともかく『ジャズ人名事典』によれば、1927年にニューヨークに出て初吹込みを経験したとある。そのレコードは特定できないが。
粟村師はティーガーデンのレコードについて、エピックの“King of the blues trombone”(SN-6044)を先ず第一に挙げ、ティーガーデンの華やかなソロを集めた良き時代の名演集であるとして、持つべきレコードの冒頭に掲げている。

「ジャック・ティーガーデン/キング・オブ・ザ・ブルース・トロンボーン」3枚組ボックス

レコード…“King of the blues trombone”Epic JSN 6044 輸入盤

たまたま僕はこのレコードを持っているが、最近余りレコード店などでは見かけないような気がする。右は僕の持っている“King of the blues trombone”で、LPレコード3枚組ボックスである。僕はいつ・どこでこれを入手したのかは全く忘れてしまった。たまたま運よく見かけて買ったのだろう。
ともかく安普請のレコードで、解説書はなく、ボックスの裏に書かれている。これはミルドレッド・ベイリーの3枚組と同じである。しかし原盤No.やパーソネル、録音日などはしっかり書かれている。立派な箱に入れ、やたらページ数の多い解説書を付けながら肝心の録音データを記載しないような見てくれだけご大層な”豪華な”ボックスを出して平気なかつてのわが国のボックスものに比べて、それほど売れないだろうから安普請ではあるが、基本データだけは見難くてもしっかり掲載するというかの国の再発方針とどちらが文化的か、よく考えて欲しいところである。

<Contents> … 1928年11月録音

Record1A面4.ビューグル・コール・ラグBugle call rag

<Personnel>… ウーピー・メイカーズ (Whoopee makers)

Trumpetジミー・マクパーランドJimmy McParlandアル・ハリスAl Harris
Tromboneジャック・ティーガーデンJack Teagarden
Clarinet & alto saxベニー・グッドマンBenny Goodman
Alto saxギル・ロディンGil Rodin
Tenor sax & fluteラリー・ビニョンLarry Binyon
Pianoヴィック・ブライディスVic Breidis
Banjoディック・モーガンDick Morgan
Bassハリー・グッドマンHarry Goodman
Drumsベン・ポラックBen Pollack

バンド名“Whoopee makers”はこれまで取り上げたことがると思ったが、なかなか思い出せない。これまでアップしたものを検索し直してやっと発見した。デューク・エリントン第193回である。1928年デュークとその楽団もこのバンド名で録音を行っている。
このパーソネルも見たことがある。第109回で取り上げたベニー・グッドマンが在籍していたベン・ポラックの楽団の1928年10月15日のメンバーからヴァイオリンとチェロ、ヴォーカルを除けば全く同一である。一体どういうことか?エリントンが行ったレコード会社は”Pathe recording session”となっており、ベン・ポラックのこちらは”Perfect record”となっている。ググってみると、”Perfect record”はフランスの”Pathe records”がアメリカで設立したレーベルとある。かなり乱暴な見方だが、どちらも同じレーベルで表記の違いと考えてもそれほど外れていないだろう。
まとめていえば、フランスの”Pathe records”社がアメリカで”Perfect record”というレーベルを作った。そこでは、”Whoopee makers”というバンド名でいくつかの録音を行ったが、実際には”Whoopee makers”というバンドはなく、ある時はエリントン、ある時はポラックのバンドを起用し、それぞれに”Whoopee makers”という名義で録音したということなのであろう。つまりこのバンドは当時のベン・ポラックの楽団と考えてよいだろう。

「ビューグル・コール・ラグ」は1928年1月にデューク・エリントンも吹き込んでおり、拙HP第191回で取り上げた。この演奏はベニー・グッドマンが加わっていることで、彼のキャリアにおいても重要な吹込みであろう。Tp、Cl、Tbの順でソロを取るが、Tbが少し長いようである。そして最も聴き応えがあるのはやはりティーガーデンのTbだと思う。レコード・ボックスの解説ではClソロは、マットロックとなっているが、この「マットロック」とはマッティ・マットロックのことと思われるが、パーソネルによればこの録音に参加していないことになっている。パーソネルに記載漏れかもしれないが、この録音に参加しているClはBGだけなので、BGのソロとも考えられる。

<Contents> … 1928年11月録音

Record1B面1.ディガ・ディガ・ドゥDiga diga doo

<Personnel>… グッディ・アンド・ヒズ・グッド・タイマーズ (Goody and his good timers)

Trumpetマニー・クラインMannie Klein
Tromboneジャック・ティーガーデンJack Teagarden
Clarinet & alto saxジミー・ドーシーJimmy Dorsey
Tenor sax & fluteファド・リヴィングストンFud Livingstone
Violinマッティ・マルネックMatty Malneck
Pianoフランク・シニョレリFrank Signorelli
Banjo不明Unknown
Tuba不明Unknown
Drums不明Unknown
Vocalアーヴィング・ミルズIrving Mills

[ディガ・ディガ・ドゥ]は、エリントン楽団が同じ1928年に2度も録音している当時のミュージカル・ナンバー。この”Goody and his good timers”というバンドは、”Goody Goodman”というのは、アーヴィング・ミルズが変名で用いることから、そのバンドではないかと思う。歌っているのもミルズである。
ヴォーカルの間にティーガーデンがソロを取るが、9小節目地響きのような低音を震わせる。こんなTbの音は初めて聴いた。

<Contents> … 1928年11月27日録音

Record1A面1.ウーピー・ストンプWhoopee stomp
Record1A面2.ベイビーBaby

<Personnel>… ジミー・マクヒューズ・ボストニアンズ(Jimmy McHugh’s Bostnians)

Record1A面4.”Whoopee makers”と同じ。

今度は「ジミー・マクヒューズ・ボストニアンズ」なるバンドに参加しての録音である。「ジミー・マクヒュー」は、「明るい表通りで(On the sunny side of the street)」などで有名な作曲家でアーヴィング・ミルズとも近しい人物である。その名前を冠したバンドだが実態はRecord1A面4.[ビューグル・コール・ラグ]を演奏した”Whoopee makers”、つまりはベン・ポラックのバンドと同一だという。
A面1.[ウーピー・ストンプ]、Tpのリードするテーマがあり、ビニョンのTs、BG、ティーガーデン、マクパートランドとソロが続き合奏に移って終わる。
A面2.[ベイビー]では、アンサンブルにエディー・バーグマン(Eddie Bergman)のヴァイオリンが加わる。ソロはマクパートランドとティーガーデン。

<Contents> … 1929年2月18日録音

Record1A面6.フレッシュマン・ホップFreshman hop
Record1A面7.スィーテスト・メロディーSweetest melody
Record1A面8.バッグ・オー・ブルースBag O’ blues

<Personnel>… ジャック・ぺティス・アンド・ヒズ・オーケストラ(Jack Pettis and his orchestra)

Band leader & C melody & Tenor saxジャック・ぺティスJack Pettis
Trumpetビル・ムーアBill Mooreフィル・ハートPhil Hart
Tromboneジャック・ティーガーデンJack Teagarden
Clarinet & alto saxベニー・グッドマンBenny Goodman
Pianoアル・ゲーリングAl Goering
Banjoディック・マクドナフDick McDonough
Tubaメリル・クラインMerrill Klein
Drumsディロン・オーバーDillon Ober

今度はジャック・ぺティスのバンドに参加した録音でここから1929年の録音。ジャック・ぺティスの録音についてはBGを取り上げた第112回で1929年2月8日、つまりこの録音の10日前の吹込みを取り上げている。その時のメンバーと異なるのは、Tpにフィル・ハートが加わり、Bjがディック・モーガンからディック・マクドナフに代わっていることだけである。もちろんティーガーデンも加わっている。
A面6.[フレッシュマン・ホップ]は、Tp、Cl、Tb、Bjなどの短いソロが目くるめくように繰り広げられる。
A面7.[スィーテスト・メロディー]は、BGのソロをフューチャーした少しゆったりとしたテンポの作品で、BGも心を込めてリリカルに吹いている。
A面8.[バッグ・オー・ブルース]は、BG、ムーアのTp、ティーガーデン、マクドナフのBjのソロが聴かれるが、BG、ティーガーデン、そして意外にマクドナフのソロが素晴らしい。

<Contents> … 1929年4月録音

Record1A面5.ダーティー・ドッグDirty dog

<Personnel>… ウーピー・メイカーズ (Whoopee makers)

Record1A面4.との相違
Trumpetアル・ハリストミー・タネンTommy Thunen
Drumsベン・ポラックレイ・ボデュークRay Bauduc

A面4.の録音から約5か月たっている。メンバー・チェンジな関してはTpのアル・ハリスがトミー・タネンに代わっている。大将のベン・ポラックは、BGを主体とした第112回でも取り上げたように1929年になると自らはタイコを叩かずレイ・ボデュークに任せている。
ゆったりとしたそしてしんみりとしたブルースで、ティーガーデンをフューチャーしており、ヴォーカルもティーガーデン。BGのつけるオブリガードをバックにしんみりと歌っている。Tbも抑えた中にも力強さを感じさせる力演である。

<Contents> … 1929年6月6日録音

Record1B面2.イッツ・ソー・グッドIt’s so good

<Personnel>… ウーピー・メイカーズ (Whoopee makers)

Record1A面5.との相違
Trumpetトミー・タネン不明Unknown
Alto sax & Clarinetベニー・グッドマンジミー・ドーシーJimmy Dorsey
Tenor saxラリー・ビニョンピー・ウィー・ラッセルPee Wee Russellバド・フリーマンBud Freeman

同じ「ウーピー・メイカーズ」の吹込みであるが、4月とは少し移動が多い。ピー・ウィー・ラッセルがテナーを吹くのは珍しいのではないか。これもブルース・ナンバーで、ヴォーカルもティーガーデン。そしてなんとここでは、ティーガーデンはTpでソロを取っている。現在までのところTpを吹いたのはこれが唯一だ。なかなか達者なものだ。

この1928、29年辺りのティーガーデンの録音は、先に取り上げたBGとバンドなどは重なるものが多い。しかしこれまでのところ楽曲が重なることはないようだ。やはりそれぞれ焦点を当てるミュージシャンが違うと取り上げるものも違ってくるのだろうか?

このWebサイトについてのご意見、ご感想は、メールでお送りください。


お寄せいただいたご意見等は本文にて取り上げさせていただくことがあります。予めご了承ください。

第233回2017年10月28日

ジョニー・ドッズ入門 その4 1929年

ご覧いただきありがとうございます。定年オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。


長野旅行記

10月22日と23日、1泊2日で長野へ旅行へ出かけました。1か月前も行かなかったかって?行きました。その時はテニスクラブの仲間と行きました。3週間前は御殿場へ行きました。それはテニスの合宿です。そして今回はカミサンの慰安旅行です。これは行かなければなりません。
まず、今回の目的は、去年時機を逸し果たせなかった紅葉狩りをしようそしてしばらく前から興味があった小布施にある葛飾北斎晩年の大作を見ようそして温泉でゆったりしようというものです。

1日目…10月22日日曜日

1日目10月22日は、午前中に長野市に着き、川中島の古戦場を見、昼食後善行寺参拝宿に向かう。宿は小布施温泉というものでした。
このざっとした計画は1か月以上前に決めていました。ところが、衆議院が解散となり10月22日は投票日となりました。さらに大型で強い台風21号の接近という思わぬ事態が発生しました。

10月22日は、先ず投票所へ行き投票を済ませ、ガソリン給油して中央高速道路へ乗り一路長野へ。しかし大雨による速度規制などもあり、長野市へ到着したのは既に13時過ぎていました。取り急ぎ長野博物館近くのお蕎麦屋さんでおそばを食べました。さすがに長野のお蕎麦屋さんのお蕎麦はおいしくまた量も多いので満腹になります。
左の池は長野博物館前の池です。写真ではよく分かりませんが、天気は大雨です。紅葉はまだ初に点いたばかりという感じです。とにかく大雨で道には水たまりができ歩きにくく、そしてとても寒いという最悪のコンディションでした。
右下の写真はご存知、床几に座る武田信玄に上杉謙信が馬上から斬りかかるという、有名な逸話を像に仕立てたものでとても有名なものです。実際にこのような接近戦があったかどうかは疑わしいそうですが。
本来はこの後善光寺に向かう予定でしたが、博物館見学した段階で15時を過ぎており、善光寺は明日に参拝することにして宿へ向かいました。宿は、小布施温泉「あけびの湯」というところです。「じゃらん」で検索して予約しました。宿の入り口なども撮影したかったのですが、何せ土砂降りの雨でとても無理でした。

2日目…10月23日月曜日

10月23日、明け方には台風も通り過ぎ天気の回復が期待されました。右上の写真は宿の3回から小布施町、そして北アルプスを望んだ写真です。かすかに晴れ間ものぞき虹がかかっています。ところが雨は止むことなく、時にかなり強く降り続けました。
本来は車を街中の駐車場に停め、秋のうららかな日和の中、岩松院までゆっくりと歩こうかと思っていたのですが、雨だけではなく風も強く吹き断念しました。結局クルマで岩松院まで向かいました。
左の写真は「岩松院」の山門です。「岩松院」は1472年に開山された曹洞宗のお寺で、戦国武将福島正則の菩提寺として、また小林一茶が「やせ蛙負けるな一茶これにあり」という句を詠んだお寺として有名ですが、何といっても葛飾北斎最晩年の大作「大鳳凰図」が天井に掲げられていることで有名です。僕の今回の旅の最大の目的はこの絵を見ることでした。

右は「大鳳凰図」の一部です。かなり有名なのでご存知の方が多いと思います。本来は撮影は禁止だったようですが、僕は禁止の張り紙に気づかず1枚だけ写真を撮ってしまいました。関係者の皆様スイマセン。
この絵は今から約170年前の嘉永元年(1848年)に完成された畳21畳もある正に大作であることもすごいですが、完成した時北斎は何と89歳だったそうです。なんという創作意欲でしょう。現代で言えばスペインのピカソの創造力に勝るとも劣らないと思います。そしてそのままの絵が現在も天井に掲げられているというのもすごいことです。しかも保存状態も良好のようです。僕などはとうに博物館に収蔵されているものと思い込んでいたのです。それがまだ実物が、当時のまま掲げられていると知って2,3年前から行って見たいと思っていました。今回果たせてよかったですが、欲を言えばもっとゆったりと見たかったです。
岩松院を見学した後は、小布施の多分中心部にあると思われる「北斎館」に行きました。入り口など撮影したかったのですが、なにせ雨がすごくて果たせませんでした。
葛飾北斎という人はよく分からないなぁと思いつつも魅了される人物です。彼のすべてを知るなどということは望むべくもないことですが、少しでも知りたいと思います。

北斎館を約2時間近く見学し、お昼は近くの「富蔵屋」というお蕎麦屋さんに行きました。観光案内『小布施MAP』(これはものすごく役に立った)によるとそば美学の伝道師がいるお店だそうです。平日、雨の日にもかかわらず混み合っています。僕は右写真のかき揚げ蕎麦を注文しました。ご覧の通りのヴォリュームです。かき揚げでお蕎麦が見えません。でもおいしいお蕎麦で完食、さすが長野のそばはうまいと言いながらお店を後にしました。

小布施で昼食を食べた後、長野市内の善光寺に向かいました。僕が善光寺に参拝するのは初めてです。
写真のように晴れ間が見えつつも雨が降るという「狐の嫁入り」状態でした。僕は初めてなのでよく分かりませんが、左のように参拝客が少ないのは珍しいことではないでしょうか。ともかく本堂内を一通り見学して帰路に付きました。
善光寺は本堂だけではなく、かなり広大な敷地を有する大寺院だと改めて感じました。本来で言えば、最低半日くらいかけじっくり見て歩くのが良いでしょう。
見たいと思った目標は一応すべてクリアーしましたが、雨などの影響で余裕をもってじっくり見て歩くという希望を叶えることは出来ませんでした。今度はじっくり腰を据えて…と思いますがそれが実現できるようになるのは何年先か?それよりも実現できるような日は到来するのか難しい問題です。
天候は自然の摂理によるもので、我々人間には如何ともしがたいものですが、それにしても僕等がこんなに雨に祟られた旅行は初めてです。もっともそんなに頻繁に旅行するわけではないですけどね……。

そして28・29日の土日も台風接近で雨模様のお天気です。今週もテニスは出来ず…。スポーツの秋のはずの10月、一度もテニス、スポーツができません。

第233回Johnny Doods Vol.4 1929

自身音楽家でもあり評論家でもあるガンサー・シュラー氏は次のように述べる。
「大転換の年1929年に、ジャズにおいてたくさんのものが消滅し、たくさんのものが誕生した。ドッズは、より高度なソロのスタイルが登場し、そして同時に生じたアンサンブル演奏衰退の犠牲になり始めた。多くのミュージシャンと同じようにジョニー・ドッズは忘れられ、20年代のジャズへの彼の格別な貢献は後の世代のミュージシャンたちに利用されなくなった」と。
1929年が「大転換の年」であるというのはどういうことだろうか?シュラー氏は説明していないが、9月に巻き起こった「大恐慌」のことだろうか?ともかく僕の持っているドッズ名義のレコードは、今回の1929年初めに行われた録音以後は、1938年のニューオリンズ・ジャズ・リヴァイヴァルまでない。ディスコグラフィーを見ても同じで、29年初頭でから38年まで録音は見当たらない。

「ジョニー・ドッズ/ヴィンテージ・シリーズ」レコード・ジャケット

ジョニー・ドッズ「ヴィンテージ・シリーズ」輸入盤 RCA LPV-558

<Personnel>…ジョニー・ドッズ・オーケストラ (Johnny Dods orchestra)

Clarinet & Band leaderジョニー・ドッズJohnny Dodds
Trumpetナッティ・ドミニクNatty Dominique
Tromboneオノレー・デュトレーHonore Dutrey
Pianoリル・ハーディン・アームストロングLil Hardin Armstrong
Bassビル・ジョンソンBill Johnson
Washboadベイビー・ドッズBaby Dodds

<Contents>…1929年1月30日 シカゴにて録音

A面5曲目ペンシル・パパPencil Papa
A面6曲目スィート・ロレインSweet Lorraine
A面8曲目マイ・リトル・イザベルMy little Isabel

<Contents>…1929年2月7日 シカゴにて録音

A面7曲目ヒー・ミー・トーキンHeah’ me talkin’
B面1曲目グッバー・ダンスGoober dance
B面2曲目ツゥ・ナイトToo night
B面3曲目インディゴ・ストンプIndigo stomp
「ジョニー・ドッズ/ヴィンテージ・シリーズ」A面ラベル

前回ジョニー・ドッズを取り上げたのは、第202回で1928年の録音だった。そして僕の持っている1928年最後の演奏は、1928年7月6日に行われた「ジョニー・ドッズ・ウォッシュボード・バンド」によるものであった。約半年後に行われたこの1月30日と1週間後の2月7日の録音を見ると、ピアノを除いてメンバーに移動はない。ピアノに関してもレコードでは、Charlie AlexsanderかLil Hardin Armstrongとしているのに対しガンサー・シュラー氏はLil Hardin Armstrongと決めつけている。今回はレコードの記載もLil Hardin Armstrongとしている。
1月30日の録音をA面の5、6曲目とA面8曲目、2月7日の録音をA面7曲目とB面1〜3曲目と分散させた理由は不明であるが、レコード会社のプロデューサーはこの並びの方がよいと考えたのだろう。
今回の録音でも、ビル・ジョンソンのベースがビンビン響き、曲によってはウォーキング・ベースのようなプレイをしていて、そこのところは極めて斬新である。しかしベビー・ドッズのウォッシュボードが余り効果的とは思えない。もしシカゴアンズのように、フルセットのドラムを持ち込んで叩いていたら、革命的なレコードとなっていたかもしれない。

A-5[ペンシル・パパ]はゆったりとしたアンニュイな感じのするナンバー。ナッティのTpソロ、続くドッズのClソロが聴き応えがある。ブレークでTb、ジョンソンのBの短いソロが入る。このベースも当時として斬新である。
A-6[スィート・ロレイン]は、1928年に作られ今も演奏されることがあるいわゆるスタンダード・ナンバー。多分当時のヒット曲を演奏したのであろう。イントロなど工夫の跡がうかがえる。ここでもTpそしてClとソロが続く。そしてニューオリンズ・スタイルの合奏となりエンディングに向かう。

「ジョニー・ドッズ/ヴィンテージ・シリーズ」B面ラベル

A-8[マイ・リトル・イザベル]はポップな曲調で、ドッズのClをフューチャーしている。ナッティ、オノレ―、ハーディングの短いソロも聴かれる。
A-7[ヒー・ミー・トーキン]は、ゆったりとした曲で、ハッピーな雰囲気が漂う。ニューオリンズ・スタイルの合奏が中心で、こういう演奏はお手のものだったろう。
B-1[グッバー・ダンス]は、ピアノとベースの低音とホーン系の掛け合いのようなイントロが印象的。低音部を使ったりとドッズの工夫されたClソロが素晴らしい。
B-2[ツゥ・ナイト]、この曲でも、ブレークによる各楽器のソロ回しが聴かれる。ことにベースが印象に残る。
B-3[インディゴ・ストンプ]も、高音部を使った後低音部を強調し、さらに高音部を使ったりとドッズは力演を聴かせる。

「ジョニー・ドッズ/シカゴ・メス・アラウンド」レコード・ジャケット

ジョニー・ドッズ「シカゴ・メス・アラウンド」(日本盤 Milestone MJ-7137)収録

<Personnel>…バンド名等詳細不詳

Clarinetジョニー・ドッズJohnny Dodds
Piano多分ジミー・ブライスJimmy Blythe
Guitar不明Unknown
Vocal不明Unknown

<Contents>…1929年2月録音

B面7曲目ソルティー・ドッグSalty dog

この録音はディスコグラフィーに載っていない。イントロと中間部にドッズのソロが聴かれるが、全体としてあまり面白い演奏・歌ではない。

冒頭にも記したが、これで僕の持っているドッズの20年代の録音は底をついた。
本によれば、1929年10月24日のアメリカ経済の破綻により、暗く厳しい不況の時代「大恐慌」時代が訪れる。その最も深刻な影響を被ったのがジャズ・ミュージシャンだったという。郷里ニューオリンズを後にし、シカゴで花を咲かせたクラリネットの名手ジョニー・ドッズもこの流れから逃れることは出来なかった。1938年ニューオリンズ・ジャズのリヴァイヴァル・ブームまでドッズはタクシーの運転手として家族を養っていくのである。

このWebサイトについてのご意見、ご感想は、メールでお送りください。


お寄せいただいたご意見等は本文にて取り上げさせていただくことがあります。予めご了承ください。

第232回2017年10月21日

ルイ・アームストロング入門 その20 1929年 その3

ご覧いただきありがとうございます。
定年オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。

とにかく昨今のお天気は異常としか言いようがありません。毎日12月並みの寒い日が続き、周りでも風邪をひいている人が続出です。なんとこの時期にインフルエンザで休校になった小学校があるそうです。

さて、去る6月24日にアップした第208回で<流行り目>に罹り、仕方なく大嫌いなメガネを着用していることを書きました。その後どうなっていたかというと、何とごく最近まで眼鏡を着用していたのです。つまり治りませんでした。
18歳の時に「メガネ」から「コンタクト・レンズ」に変えて45年経ちますが、眼鏡を約半年間も使わなければならなかったのは初めてのことです。それも汗をかきやすい夏場に…。
そしてこの6か月間使い続けていたのが、いつもお世話になっている近所の眼医者さんが処方した上の写真の目薬です。でも治らないなぁと思っているうちに、お医者さんではありませんが医療関係に勤務されている方から、次のようなことを言われました。「右の『クラビット』は抗菌剤なので使用するのは理解できるが、左の『リンデロン』を使うのは疑問。そもそもこの薬はかなり強い薬でよっぽどの時しか使わない。それを半年間も使い続けるというのは余りにも危険」であると。

そこで意を決して、10月7日セカンド・オピニオンをもらおうと別の眼科に行きました。そこで言われたことは、上記の医療関連の方に言われたことと同じことです。「リンデロンは高ステロイド剤で出来るだけ使わない方がよい。それよりもそんな強い薬を半年も使って効果が出なければ、そもそも薬が合っていないということ。すぐ使用を辞めなさい。」と言われ処方されたのが右下の写真です。
僕は薬の医療や薬のことはよく分かりませんが、今回言われた「強い薬を半年も使って効果が出なければ、そもそも薬が合っていない」という言葉は非常に説得力がありました。そして新たに処方してもらった薬を使うこと3日で目の違和感はなくなり、5日目からはコンタクト・レンズを装着しても違和感が無くなりました。
今回僕が言いたいことは、以前に通っていた眼科の悪口を言うことではありません。医療機関で行われた処置や処方された薬に少しでも疑問を持ったら、一刻も早くセカンド・オピニオンを受けるべきだということを身に沁みて感じました。

さてさて、気になるプロ野球クライマックス・ファイナルシリーズ。今日21日土曜日は両リーグとも第4戦。どちらも今日どちらかが王手をかける日です。しかしセ・リーグは雨で中止。いっぽうパ・リーグ楽天は、1点差で昨日に引き続き敗れました。負けは負けで仕方ないのですが、テレビで観戦していて気になったのは、楽天の打者がバットを振り切っていない、当てに行っていることです。一方ソフトバンクの選手は思い切り振りきっています。楽天の選手は、1戦、2戦を勝ち抜いたことで何か守りに入っている感じがします。勘違いしてはいけません。あくまでパ・リーグの覇者はソフトバンクです。たまたま制度上年内にもう一度挑戦することが許されただけなのです。挑戦者なのです。思い切りぶつかって行かなくてどうするのですか!すいません、ジャズとは関係ない話になってしまいました。

No.232 Louis Armstrong Vol.20 1929-3

ガンサー・シュラー氏の厳しい舌鋒は前回紹介したが、さらに続けてこう述べる。
「1929年以降における録音はいくつかのステレオタイプの枠内に収まるもので、我々は手間をかけて検討する必要はない」と。
さてこの「ステレオタイプ」という言葉は、先入観、思い込みという意味で使われることが昨今多いらしいが、もともとは同じ鋳型から打ち出された多数のプレートという意味である。ここでは本来の意味であろう。つまり型で作られ、判で押したようなワン・パターンの作品ということであろう。ともかくこれ以上は無いと思われるくらいの酷評である。
一方、日本の代表的な評論家大和明氏は律儀に、全曲を解説している。僕は日本人だからということでは毛頭なく、大和氏の方針を是とする。尤もシュラー氏もこの後、ルイを評価することを書いているのだが、それは次回1930年代に紹介しよう。
ということで今回はルイ・アームストロングの1929年の3回目、1929年のラストです。

Contents> … 1929年 ニューヨークにて録音

CD4-8.サム・オブ・ジーズ・デイズSome of these days9月10日録音
CD4-9.サム・オブ・ジーズ・デイズSome of these days9月10日録音
CD4-10.君微笑めばWhen you’re smiling9月11日録音
CD4-11.君微笑めばWhen you’re smiling9月11日録音
CD4-12.君去りし後After you’ve gone11月26日録音

<Personnel>…ルイ・アームストロング・アンド・ヒズ・オーケストラ(Louis Armstrong & his orchestra )

Band leader , Trumpet & Vocalルイ・アームストロングLouis Armstrong
Trumpetホーマー・ホブソンHomer Hobson
Tromboneフレッド・ロビンソンFred Robinson
Alto saxバート・カリーBert Curryクロフォード・ウェッチングトンCrawford Wethington
Tenor saxジミー・ストロングJimmy Strong
Violinキャロル・ディッカーソンCarrol Dickerson
Piano & Celesteジーン・アンダーソンGene Anderson
Banjoマンシー・カラMancy Cara
Tubaピート・ブリッグスPete Briggs
Drumsズッティ・シングルトンZutty Singleton
CD4-8,9サム・オブ・ジーズ・デイズ

同日の録音された[サム・オブ・ジーズ・デイズ]のCD4-8はインストゥルメンタル・ヴァージョンで、CD4-9はヴォーカル・ヴァージョンである。
CD4-8では、ルイは後半2コーラスに渡る独奏でその妙技を示す。最初のコーラスではかすかにテーマのパラフレイズを示すだけで果断にフェイクし、最後はテーマ・メロディをほとんどそのままに高音をヒットしていくという変化をつけている。これはCD4-9でも同じで、前半部のヴォーカルも独特の表現を示すのだが、ラストの2コーラスでのルイのソロは、インスト・ヴァージョンと同じロジカルな構成を打ち出している。
この辺りの演奏はBjとTuがかすかにニューオリンズ・ジャズの香りを漂わせているが、完全にディキシーランド・ジャズではなく新しい領域に達している。

CD10,11君微笑めば

翌9月11日も題材を「君微笑めば」に変えて、前日と同様にインスト・ヴァージョンとヴォーカル・ヴァージョンが録音された。
これまでの他の演奏同様、ディッカーソン楽団の柔らかく甘美なサックス・ソリにみられるように、この頃のルイの録音は会社側の要望もあって、一般受けのする伴奏やストレイトなメロディを使った高音主体のTpソロで、ますますエンターティナーとしての人気を獲得していった。だがこういった演奏スタイルは必ずしも押し付けられたものという解釈が正しくないことは、ルイがかつて自分の好きな演奏の一つとしてガイ・ロンバード楽団の名を挙げたことからも明らかであろう。
インスト・ヴァージョンではテーマ・メロディ―のパラフレイズによる短いミュート・ソロとストレイト・メロディーによる高音Fを駆使したオープン・ソロを使い分けている。またここでのズッティのリズムが実によい味を出していると共にディッカーソンのヴァイオリンもメロウなサウンド作りに一役買っている。
ヴォーカル・ヴァージョンの方はさらにポピュラーな線を狙っており、ヴォーカルもTpソロもストレイトなメロディ一本槍で勝負している。

CD4-12君去りし後

冒頭のルイによるミュート・ソロは実にリラックスした味わいに満ちたものだ。特に途中のブレイクは当時の多くのトランぺッターによって真似られたほど見事な出来となっている。

ルイは、1929年12月から30年2月にかけてルイ・ラッセル楽団と帯同して、ゲスト待遇でワシントン、ボルチモア、シカゴと巡演した。その間ニューヨークに戻って来た時に4回に渡ってこのバンドを率いて録音した。12月10日の録音はその最初の録音である。

<Contents> … 1929年 ニューヨークにて録音

CD4-13.アイ・エイント・ガット・ノーバディI ain’t got nobody12月10日録音
CD4-14.ダラス・ブルースDallas blues12月10日録音
CD4-15.セントルイス・ブルースSt. Louis blues12月13日録音
CD4-16.ロッキン・チェアRockin’ chair12月13日録音

<Personnel>…ルイ・アームストロング・アンド・ヒズ・オーケストラ(Louis Armstrong & his orchestra )

、、
Band leader , Trumpet & Vocalルイ・アームストロングLouis Armstrong
Trumpetヘンリー・レッド・アレン> Henry Red Allenオーティス・ジョンソンOtis Johnson
TromboneJ.C.ヒギンボッサムJ.C. Higginbotham
Clarinet & Alto saxアルバート・ニコラスAlbert Nicholasチャーリー・ホームズCharlie Homes
Clarinet & Tenor saxテディ・ヒルTeddy Hill
Pianoルイ・ラッセルLuis Russell
Guitarウィル・ジョンソンWill Johnson
Bassポップス・フォスターPops Foster
Drums & Vibraphoneポール・バーバリンPaul Barbarin
Vocal on 16ホーギー・カーマイケルHoagy Carmichael

CD4-13、14の2曲では、ポップス・フォスターとポール・バーバリンがニューオリンズ的感覚の力強いリズムでバンド全体を鼓舞している。特にフォスターはストリング・ベースであり、ズンズンと響く低音が魅力的だ。またCD4-12では、ルイと共にヒギンボッサムによる豪快なTbソロも聴きものであり、リズムともどもアンサンブルもさすがにジャジーな感覚にあふれ、気持ちよい。
CD4-15における奔放なエネルギーの迸りに、当時のルイの活力がいささかの衰えも無いことが感じられよう。ヒギンボッサムの大らかで豪放なTbソロも好演だし、力強いルイのヴォーカルとラスト4コーラスに渡るそれぞれに異なったリフを重ねて、ぐいぐいと引っ張っていくようにエネルギーを爆発させていくTpソロの見事な展開に圧倒される。このリフなどは完全にスイング期のものである。
CD4-16は、以前紹介したミルドレッド・ベイリーの当たり曲であるが、その作曲者のホーギー・カーマイケルがゲストとして加わり、ルイとデュオで歌っているのが一つの聴きものとなっている。しかし後年のルイのようにジャック・ティーガーデンとのコンビによるこの曲でのヴォーカルのような成熟した味はまだ出ていないとは大和氏。なお、バーバリンがドラムスと共にヴァイブラフォンも叩いている。

僕がこの時代のルイ・アームストロングを聴いて感じることは、何といってもそのエネルギーである。他のミュージシャンには見られないような圧倒的なパワーをそのプレイから感じるのである。
年代ごとに様々なミュージシャンを聴き直しているが、この人は一頭地抜けていると思う。

このWebサイトについてのご意見、ご感想は、メールでお送りください。

お寄せいただいたご意見等は本文にて取り上げさせていただくことがあります。予めご了承ください。

第231回2017年10月15日

ルイ・アームストロング入門 その1929年 その2

ご覧いただきありがとうございます。
定年オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。

週末の土・日はとても寒いとなりました。金曜日から気温が下がり、土・日は11月中旬と同じくらいまで温度が下がったそうです。また肌寒い上に雨が降ったりやんだりとぐずついた天気で気分まで落ち込んできます。
僕はちょっとした用事があり、町田天満宮の近くまで行く用事があり、ちょっと合間を見つけて神社を撮影しました。神社にはもう「七五三」を祝う家族の方がたくさんいて驚きました。「七五三」は本来11月15日のはずで、1か月も前のこの日にすでにお祝いに来られる方いるとは!混むのを避けるためでしょうか?気温は確かに11月中旬ですが…。

こう寒くなると食べたくなるのが「ラーメン」です。まぁ僕は寒くなくても食べますが…。右は大好きな相模原市二本松というところにある醤油ラーメン専門店「太尊」です。前にもご紹介しましたが、その後も何度も足を運んでいます。下の写真は僕の定番「ちゃーしゅーめん」大盛¥800です。独特のしょうゆ味でおいしいですよ。

ところで、僕は10月14日土曜日またまたヘマをやらかしてしまいました。ご存知の通り今日はプロ野球クライマックス・シリーズのファースト・ステージ第1戦です。僕の贔屓セ・リーグのベイスターズ、パ・リーグの楽天がそれぞれ3位につけ、セカンド・ステージに臨むべく2位のチームに挑む日です。
それで何がヘマかというと、僕はてっきり今日はナイターだと思い込んでいたのです。日中は少々時間がかかっても用事を済ませ、夜はじっくり贔屓チームの応援だと楽しみにしていました。ところが夕方のテレビのニュースで、ベイスターズも楽天も敗れたことを知りました。それも両チームとも完封負けです。全く打てなかったようです。
そして今日は第2戦。楽天が4対1で勝利し、ベイスターズも13対6の大勝です。ここまで来たら是非とも両チームに勝ってもらいたいなぁ。
因みに本日夕方はベイスターズ戦を見ながら、テニスの上海オープンも見るということで、結構忙しい時間を過ごしました。

ともかく気を取り直してルイ・アームストロングの1929年の続きを聴いていこう。

No.231 Louis Armstrong Vol.19 1929-2

CD解説の大和明氏は、1929年以降のルイについて次のように述べる。
ニューヨークに進出し、一層自信を深めたルイは、高らかに高音をヒットし、レコード会社側の商業政策もあり、出来立ての流行歌を次々と手がけ、トランぺッターとしてのルイとともに、歌手としてのルイを前面に打ち出してきたのがこの時期と言える。かくして彼はポピュラーな人気を獲得し、エンターティナーとしての持ち味が次第に強まってくるのである。
トランぺッターとしては、ファンによる高度なテクニックや高音吹奏に対する過剰な期待に対し、それを受け入れる余りルイのプレイは次第に25〜28年頃の誠実さが薄れ始め、演奏のラスト部分で無意味な高音の連発を繰り返すことも多くなり始めた。
だがそういった点を差し引いたとしても、当時のルイを超えるミュージシャンは、この30年代初めにはまだ出現していなかった。但し20年代半ばのように、ルイだけが一頭地を抜く存在であったのと違い、この頃になるとルイの影響を消化するとともに自分のスタイルを確立し、一つの完成された器楽奏法を示すことによって、ルイと肩を並べる巨星も出現し始めた。例を挙げれば、テナー・サックスのコールマン・ホーキンスであり、ピアノのアール・ハインズであり、その他一握りのミュージシャン達であった。
と大和明氏は非常に穏便な表現をしているが、アメリカの評論家ガンサー・シュラー氏の舌鋒は厳しい。
「1929年の初めまでには、ルイと彼のマネージャーのジョー・グレイサーは、ルイの才能を金儲けに活用するために有効な商業的手段を見出していた。その時以降、彼は当時の流行歌を利用して、彼の見せ場を提供してくれる様々なビッグ・バンド(キャロル・ディッカーソン、ルイ・ラッセル、レス・ハイト、チック・ウエッブ)のフロントで演奏することにしたのである。」
何ともすさまじい表現である。

1929年2月にニューヨークを訪れ、3月には前回取り上げた黒白混合バンドによる録音やルイ・ラッセル楽団との共演を行い、一旦シカゴに戻る。そしてルイはここに彼に従う同志たちと一大決心をするのである。それがニューヨークへの本格的進出であった。
シカゴにおいて再びキャロル・ディッカーソン楽団に参加するとともに、4月にはディヴ・ペイトンのバンドのゲストとして1週間だけリーガル・シアターに出演したが、5月に入ってルイは再びニューヨーク入りすることになる。このニューヨーク往きはディッカーソン楽団を率いてのもので、ディッカーソン自身は音楽監督の任に当たり、、バンドの人気花形スターであったルイをリーダーとすることによって、ニューヨーク公演の成功を図った。(ただし、ハインズは自己のビッグ・バンドを率いて”グランド・テラス”に出演していたので、ニューヨーク往きには参加しなかった。)
このルイのバンドは、ニューヨークの代表的なジャズ・クラブの一つである”コニーズ・イン”を本拠として演奏活動を行ったが、夏からこのクラブのためのレヴューとして「ホット・チョコレート」が上演されると、それにも出演を依頼され、ファッツ・ウォーラーがこのレヴューのために作った「浮気はやめた」を歌い、このルイの歌がヒットし、人気を高めたのであった。

<Contents>…1929年6月4日 ニューヨークにて録音

CD8-21.‘ス・ポージンS’posin
CD8-22.トゥ・ビー・イン・ラヴTo be in love

<Personnel>…シーガー・エリス (Seger Ellis)

Vocalシーガー・エリスSeger Ellis
Trumpetルイ・アームストロングLouis Armstrong
Tromboneトミー・ドーシーTommy Dorsey
Clarinetジミー・ドーシーJimmy Dorsey
Violinハリー・ホフマンHarry Hoffman
Piano & Celesteジャスティン・リングJustin Ring
Drumsスタン・キングStan King

録音の名義「シーガー・エリス」は当時大変人気があった歌手だという。白人である。いわゆる「甘く切ないポップス・シンガー」である。しかしこの歌手のイカスところは自分の人気をバックに、多分自身が興味があったのだろう、当時一流のミュージシャンをレコーディングに起用しているところである。解散してしまった”Smap”みたいである。

そんなことからか1929年ニューヨークに来ていたサッチモに声がかかったのかもしれない。そこでドーシー兄弟と初顔合わせとなった。全体としては、ルイも、こういう甘いポップス・ソングのバックでは聴こえるか聴こえないかといったプレイぶりである。黒人ブルース・シンガーのバックを務めるように吹きまくり、エリスを目立たなくしては今後の芸能活動、どころか直近の命の保証も危うかったのではないか。かといっていてもいなくても同じでは、これも今後の芸能活動に響く。といったところか、「‘ス・ポージン」中間部では、「シンギング・トランペット」と呼ばれたように実に歌心溢れるソロを繰り広げている。

「トゥ・ビー・イン・ラヴ」では、ドーシー兄弟のソロも聴かれるが、特にトミーがルイのソロに挟まれてソロを取っている。しかし歌心と言い技量と言いルイとの差は歴然で、大和明氏などは、「気の毒」とさえ言っている。

<Contents>…1929年6月10日 ニューヨークにて録音

CD8-23.ファニー・フェザーズFunny feathers
CD8-24.ハウ・ドゥ・ユー・ドゥ・イット・ザット・ウェイ?How do you do it that way ?

<Personnel>…ヴィクトリア・スパイヴィー (Victoria Spivey)

Vocalヴィクトリア・スパイヴィーVictoria Spivey
Trumpetルイ・アームストロングLouis Armstrong
Tromboneフレッド・ロビンソンFred Robinson
Tenor saxジミー・ストロングJimmy Strong
Pianoジーン・アンダーソンGene Anderson
Banjoマンシー・カラMancy Cara
Drumsズッティ・シングルトンZutty Singleton

”Spivey”という名は日本人の僕にはどう読んでわからないものがある。ある記述では「スピヴェイ」またある記述では「スパイヴィー」となっている。彼女については第227回でルイ・ラッセル楽団との録音を紹介した。取り上げたのはラッセル楽団との共演が先であるが録音はこちらが早い。
バンドの面々は当時のサッチモおなじみの面子であるが、当時ルイが在団していたキャロル・ディッカーソン楽団からのピックアップである。
CD8-23.[ファニー・フェザーズ]は、ヴィクトリアの夫であるルーベン・フロイド(Tp奏者)が結婚記念日に彼女に送った曲だという。ルイは、これまでのブルース系の歌手たちとの共演ではシンプルなフレイズの伴奏を行ってきたが、ここでは絢爛なプレイに終始している。いわゆる絶頂期に到達したルイの創造力あふれるプレイがこのスパイヴィーとの演奏から知ることができる。

<Contents> … ニューヨークにて録音

CD4-4.浮気はやめたAin’t misbehavin’1929年7月19日録音
CD4-5.ブラック・アンド・ブルー(What do I do to be so)black and blue ?1929年7月22日録音
CD4-6.ザット・リズム・マンThat rhythm man1929年7月22日録音
CD4-7.スィート・サヴァンナ・スーSweet savannah Sue1929年7月22日録音

<Personnel>…ルイ・アームストロング・アンド・ヒズ・オーケストラ(Louis Armstrong & his orchestra )

、、
Band leader , Trumpet & Vocalルイ・アームストロングLouis Armstrongホーマー・ホブソンHomer Hobson
Tromboneフレッド・ロビンソンFred Robinson
Tenor saxジミー・ストロングJimmy Strong
Alto saxバート・カリーBert Curryクロフォード・ウェッチングトンCrawford Wethington
Violinキャロル・ディッカーソンCarrol Dickerson
Piano & Celesteジーン・アンダーソンGene Anderson
Banjoマンシー・カラMancy Cara
Tubaピート・ブリッグスPete Briggs
Drumsズッティ・シングルトンZutty Singleton

この7月19日と22日に録音された4曲はいずれもレヴュー”ホット・チョコレート”のためにファッツ・ウォーラー(作曲)、アンディ・ラザフ(作詞)の名コンビが作った作品。特にCD4-4[浮気はやめた]とCD4-5[ブラック・アンド・ブルー]は、ウォーラーの代表作とされる。特に[浮気はやめた]は、スイング時代から現代にいたるまで、数多くのジャズ・マンが取り上げるスタンダードとなったが、このルイの録音は当時大ヒットし、ルイの人気を決定づけることになる。
CD4-5[ブラック・アンド・ブルー]は、人種差別に対する抗議を込めた最も初期の作品として有名であるという。イントロではピアノではなくチェレスタを用いているところがセンチメンタルな気分を盛り上げる。この録音後ルイのお得意のナンバーとなったが、不思議なことにウォーラー自身は録音していないという。
CD4-6[ザット・リズム・マン]で最も注目すべきはズッティ・シングルトンによるスインギーでリズミックなバッキングであるとは大和明氏。ルイもこのリズムに乗って気持ちよく吹いている。
CD4-7[スィート・サヴァンナ・スー]で、ルイのヴォーカルの直前に甘美なミュート・トランペット・ソロが聴かれるが、これはルイではなく、ホーマー・ホブソンによるものだという。ヴォーカルの後は、ロビンソンのTb、ストロングのTsソロが続き、最後にルイが吹いて締める。

<Contents>…1929年8月23日 ニューヨークにて録音

CD8-25.浮気はやめたAin't misbehavin'

<Personnel>…シーガー・エリス (Seger Ellis)

Vocalシーガー・エリスSeger Ellis
Trumpetルイ・アームストロングLouis Armstrong
Tromboneトミー・ドーシーTommy Dorsey
Clarinet & Alto saxジミー・ドーシーJimmy Dorsey
Violinジョー・ヴェヌーティJoe Venuti
Guitarエディ・ラングEddie Lang
Drumsスタン・キングStan King

この録音には6月の録音に加えてジョー・ヴェヌーティ、エディ・ラングという当時一流のジャズマンも加わっている。この録音がヒットしたかどうかは分からないが、バックの面子としては申し分のない顔ぶれである。
なお、CD8枚組「黄金時代のルイ・アームストロング」におけるルイがバックを務めた録音はこれが最後になる。

このWebサイトについてのご意見、ご感想は、メールでお送りください。


お寄せいただいたご意見等は本文にて取り上げさせていただくことがあります。予めご了承ください。

第1回〜第10回はこちらをご覧ください。
第11回〜第20回はこちらをご覧ください。
第21回〜第31回はこちらをご覧ください。
第31回〜第40回はこちらをご覧ください。
第41回〜第50回はこちらをご覧ください。
第51回〜第60回はこちらをご覧ください。
第61回〜第70回はこちらをご覧ください。
第71回〜第80回はこちらをご覧ください。
第81回〜第90回はこちらをご覧ください。
第91回〜第100回はこちらをご覧ください。
第101回〜第110回はこちらをご覧ください。
第111回〜第120回はこちらをご覧ください。
第121回〜第130回はこちらをご覧ください。
第131回〜第140回はこちらをご覧ください。
第141回〜第150回はこちらをご覧ください。
第151回〜第160回はこちらをご覧ください。
第161回〜第170回はこちらをご覧ください。
第171回〜第180回はこちらをご覧ください。
第181回〜第190回はこちらをご覧ください。
第191回〜第200回はこちらをご覧ください。
第201回〜第210回はこちらをご覧ください。
第211回〜第220回はこちらをご覧ください。
第221回〜第230回はこちらをご覧ください。