チュー・ベリー  (テナー・サックス)

Chu Berry (Tenor sax)

Chu Berry

本名:レオン・ブラウン・ベリー Leon Brown Berry
1910年9月13日ウエスト・ヴァージニア州ホィーリング生まれ。
1941年10月31日(10月30日という記載あり)オハイオ州コネティカットで自動車事故のために死去。

今日遺されたレコーディングに聴く彼のソロは、ミディアム・テンポに置いてはコールマン・ホーキンスのソロよりさらにリズミックであり、一方スローものにおけるソロも、常に成功であったとは言い得ないが、ホーキンス、ベン・ウエブスターに比してよりスムースでよりラプソディックな、という特徴を持っていた、とは粟村政昭氏のコメントである。スイング時代の4大テナー(ホーキンス、レスター、ウエブスター)とも称され、ビッグ・トーンの迫力あるプレイで多くのファンを魅了した。
再唱はアルト・サックスを吹いていたがコールマン・ホーキンスのを聴きテナーに持ち替えたという。
1935年フレッチャー・ヘンダーソンの楽団に参加、トランペットのロイ・エルドリッジと人気を分け合い、37年にはキャブ・キャロウェイ楽団に招かれトップ・スターとして活躍した。
主なキャリアは
1929〜1930  サミー・スチュワート(Sammy Stewart)  テナー・サックスに変える。
「チュー(“Chu “)」という仇名はこの楽団に在籍中に付いたという。 当時流行っていたイギリス人作家サックス・ローマ―が作り出した中国人キャラクター「フーマン・チュー」風のヒゲをはやしていたからとかマウスピースを噛んで(chew)演奏する癖があったからと言われている。
1932〜1933  ベニー・カーター(Benny Carter)
1933〜1935  テディ・ヒル(Teddy Hill )
1935〜1937  フレッチャー・ヘンダーソン(Fletcher Henderson)
1937〜1941 キャブ・キャロウェイ(Cab Calloway)
しかしこの他にもカウント・ベイシー、1933年スパイク・ヒューズ(Spike Hughes)、1933年ベッシー・スミス(Bessie Smith)、1933年チョコレート・ダンディーズ(The cholate dandies)、1933年ミルドレッド・ベイリー(Mildred Bailey)、35〜38年テディ・ウィルソン(Teddy Wilson)、38〜39年ビリー・ホリディ(Billie Holiday)、38〜39年ウィンギー・マノン(Wingy Manone)、39年ライオネル・ハンプトン(Lionel Hampton)などに客演している。
彼はミントンズ・プレイハウスのジャムに加わっていたミュージシャンの一人で、もう少し長生きすれば、おそらくバップ・ムーヴメントにおいて重要な役割を果たし、モダン・ジャズの発展に貢献したであろうとその早すぎる死を惜しむ人は多い。
チャーリー・パーカーは彼を敬愛して止まず長男を、彼の本名を取り[レオン]と名付けたという。

レコード・CD

「ビリー・ホリディ/ビリー・ホリディ物語」 CBS SONY SOPH 61
「コンプリート・ベニー・グッドマン/Benny Goodman The RCA years」BVCJ-7030
“A study in frustration” Essential Jazz Classics
「Classic jazz archive / Fletcher Henderson 1897-1952」Membran 221998-306 (CD2枚組)
「ビリー・ホリディ物語 第4集」(SOPH 67〜68)
“Mildred Bailey/Her greatest performances 1929−46”Columbia JC3L-22
“Cab Calloway & his Orchestra/Penguin swing” Archives of jazz 3801082
“Cab 〜 Ella & Chick” Bandstand records 7125