エディ・ラング (ギター)

Eddie Lang (Guiter)

エディ・ラング
本名:サルヴァトーレ・マサロ Salvatore Massaro 1902年(1904年という記載あり)10月25日ペンシルヴァニア州フィラデルフィア生まれ。
1933年3月26日ニューヨークにて死去。

ジャズ・ギターの父と呼ばれる。イタリア系アメリカンとして生まれる。当初11年間ヴァイオリンを学び学生時代にジョー・ヴェヌーティと共演した。後バンジョーに持ち替えスクラントン・サイレンス(ドーシー・ブラザーズの前身)やマウンドシティ・ブルーブロゥアーズに加わった頃からギターを主奏楽器とした。
24年末か25年初頭ロンドンで働いた後ニューヨークに戻り、ロニージョンソンとの二重奏、レッド・ニコルス、ジョー・ヴェヌーティらとレコーディングを行い30年にポール・ホワイトマン楽団に参加、ハリウッド映画『キング・オブ・ジャズ』に出演した。
32年ビング・クロスビーと共にホワイトマン楽団から独立、もっぱらビングの伴奏を務め、映画『ラジオは歌う』にも出演した。
33年扁桃腺手術直後に他界した。
ラングはジャズ・ギター奏者として世界的な名声を博した初めての人で、デリケートなコード・パターンと単音のコンビネーションでギター・ソロの源流を築き上げたと言われる。
オーケー・レコードに登場するブラインド・ウィリー・ダン(Blind Willie Dunn)という名前のプレイヤーはラングの変名。