ライオネル・ハンプトン(ヴァイブラフォン、ドラムス、ピアノ、ヴォーカル)

Lionel Hampton (Vib、Ds、P、Vo)

ライオネル・ハンプトン

1909年4月12日(1908年4月20日という説あり)ケンタッキー州ルイスヴィル生まれ。
2002年8月31日死去。

シカゴの少年バンドでドラムスを担当したのがジャズ・ミュージシャンになる発端という。その後同地の幾つかのバンドを経て、28年にカリフォルニアへ移り、ポール・ハワード楽団に加入、翌年同楽団と初めてのレコーディングを経験した。
30年にはレス・ハイト楽団に加入、ルイ・アームストロングの録音に参加した際、スタジオに置いてあったヴィブラフォンを弾いてみるようにアームストロングから言われたのがきっかけという。
34年ロスで自己の楽団を結成したが、これを聴いたベニー・グッドマンに認められて、1936〜40年ヴィブラフォン奏者としてベニー・グッドマンのバンドに参加する。これはジャズ楽器としてのヴィブラフォンの存在を広く知らしめただけでなく、人種の壁が厚かった時代に白人の人気バンドに黒人のミュージシャンが参加したという点でも画期的な出来事であった。
このBG楽団在籍時にはたくさんの吹込みにも参加した。
BG楽団を退団翌月ニュー・ヨークからカリフォルニアへ戻り、念願のビッグ・バンドを結成テナー奏者のイリノイ・ジャケーをフューチャーした「フライング・ホーム」は大ヒットになった。
この楽団における荒まじいまでのドライヴ感トビーとの協調は鮮烈であった。その後もハンプトンは自身のリーダーバンドを率いて精力的に活動し、バンドからは多数の有名ジャズ・ミュージシャンを輩出した。
ヴァイブをジャズのソロ楽器として確立させた最大の功労者で、ドラム奏者としてもチック・ウエップ直系のリズミックなプレイが素晴らしく、ヴォーカルでも軽妙洒脱な独特の捨てがたい味を持っている。
1995年に心臓発作で倒れライブ活動を引退。2002年8月、94歳で逝去。

レコード・CD

Benny Goodman Vol.2 “The king of swing” 36AP 1416-7
「コンプリート・ベニー・グッドマン」(BMGヴィクター BVCJ-7030)CD-4
「ベニー・グッドマン/カーネギー・ホール・ジャズ・コンサート」“Benny Goodman/Carnegie hall jazz concert”CBSソニー SOPB 55007〜08