ジャズ・ディスク・ノート

第271回2018年7月16日

ブルース入門 その9
1931年くらいまでのブルース 男性アーティスト

ご覧いただきありがとうございます。
定年オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。

猛暑、酷暑の日々が続いています。7月14日は、熱中症で搬送された方が1500人を超え、6人の方が命を落とされたそうです。一体いつまでこの暑さは続くのでしょうか?

僕のジャズ大冒険 … 北ルート 肩透かし篇2

この猛暑が続く中、久しぶりに僕のジャズ大冒険を敢行しました。昨年肩透かしを食らったジャズ喫茶「メグ」に再挑戦しようと思ったのです。
午後半日休暇を取得し、東京駅を12時過ぎに出発しようと思っていたら、少しばかり急な仕事の依頼が入ってしまいました。納期は来週木曜日なのですが少し準備や確認作業が必要で、東京駅を出発したのは13時を過ぎていました。吉祥寺駅に着いたのは、一日の最も暑い時間帯である、2時少し前となりました。そして本来ランチを食べたかった店は見つからず、暑いし、ランチタイムも終わってしまう時間なので、たまたま見かけたおそば屋さんで冷たいおそばを食べることにしました。第1の肩透かしです。

なぜ「メグ」に行きたいのかと言うと、何といってもあのアヴァンギャルドの音が聴いてみたいのです。ジャズ評論家、オーディオ評論家である寺島靖国氏が拘りぬいたという<音>をぜひ聴いてみたい。そんな思いで昨年7月の末に一度訪問したのですが、臨時休業でした。このことは第215回で話題にしています。ところがその「ジャズ喫茶 メグ」は閉店したというのです。このことはネットで知っていました。しかし完全に撤退したということではなく、「音吉MEG」として後継オーナーが引き継いだというのです。ネットで見る限りオーディオ装置も引き継いだようです。それなら大丈夫だろうと思い、訪問しました。右上が入り口部分、右下が店内の様子です。
入店した時にかかっていたのは、マイルス・デイヴィスがプレスティッジ時代の録音を編集したCDでした。アイス・コーヒー(¥600)を注文して、汗をぬぐい音を傾聴します。寺島氏が拘ったシンバルの音が利いていると思いますが、ベースがグングン迫ってくる感じはしません。僕の他にお客は一人知り合いの方らしき人が来て少しおしゃべりをして帰っていきました。僕は持って行った新書版の本を読みながら次に何がかかるのか楽しみにしていました。ところが全く音源が変わらないのです。2時間ほど在店しましたが、一切変わりません。CDをオートリヴァースでかけているようです。CDが3度目に入ったところで店を出ました。
ジャズ喫茶はCDではなく、レコードをかけろとは言いませんが、せっかくこういうお店に来たのですから、プレスティッジのオリジナル盤を自慢のオーディオ装置で聴かせてもらいたいものです。お店の方は愛想がよく、「またお越しください」と言ってくれましたが、多分もう行かないだろうなぁと思いながら店を出ました。
その後は恒例、ディスクユニオンで少しまとめ買いをし、と言っても僕の場合1万円以下ですが、吉祥寺駅に向かいました。ディスクユニオン吉祥寺店には新たに「ジャズ館」が出来ていて驚きました。でも「ジャズ館」ばかりではなく、本館にもジャズ・コーナーがありすこしややこしい。3枚以上買うと値札の色によって最大30%割引というセールをやっていましたが、この特典を利用するにはそれぞれの店で3枚以上買わなければなりません。2枚ずつ買って計4枚買っても一切割引なしというのはセールとしていかがなものかと思います。何故かシェリー・マンの「マイ・フェア・レディ」(Contemporary)のオリジナル盤が数枚出ていました。なぜこうまとまって出るのか不思議なものです。

残り35週

完全引退まで残り35週となりました。今回のような「ジャズ大冒険」もあと何度出来るでしょうか?今回のように肩透かしはあっても、いつ行けるかスケジュール表をにらみ、ランチをどこで何を食べるかを検討し、ジャズ喫茶はどんな音を聴かせてくれるかなど計画段階からワクワクする僕の最大の楽しみの一つであることに変わりありません

No.271 The way to blues No.9
〜1931 Male singer

ふと考えてみればブルース入門として拙HPではここのところブラインド・ブレイクしか取り上げてこなかった。今回この時期(1931年くらいまで)の僕の持っているブルース聴いておこう。実はその年度ごとに取り上げようと思っていたのをすっかり忘れていたのである。そして今回は男性版。
以前第150回で取り上げたように最も古い男性ブルース・アーチストの録音と言われるのは1926年に行われたブランド・レモン・ジェファーソンによるレコードである。 僕が持っているブランド・レモンのレコードは1枚だけである。

「ジ・イモータル/ブラインド・レモンジェファーソン」レコード・ジャケット

"The Immortal / Blind Lemon Jefferson" Milestone MLP 2004

<Contents>

B面5曲目ブラック・ホース・ブルースBlack horse bluesParamount 123671926年発売
B面6曲目コリーナ・ブルースCorinna bluesParamount 123671926年発売
B面1曲目ラビット・フット・ブルースRabbit foot bluesParamount 124541926年6月発売
B面2曲目マッチ・ボックス・ブルースMatch box bluesParamount 124741927年発売
B面3曲目イージー・ライダー・ブルースEasy rider bluesParamount 124741927年発売

僕が学生だった今から約44,5年前、日本は空前のブルース・ブームだったと思う。ブルースと言っても演歌・歌謡歌手が歌う方のいわゆる「ブルースもの」ではなく、マディ・ウォーターズやジョン・リー・フッカーといった本物志向である。と言っても独自に日本人が見つけ出したものではさらさらなく、レッド・ツェッペリンのジミー・ペイジやクリームのエリック・クラプトン、ジェフ・ベックといった白人ギターリストは、ヤードバーズ、ジョン・メイオールといったイギリスのブルース・バンド出身であり、彼らがブルースを志向していたからである。その影響で日本にもたくさんのブルース・バンドが誕生した。そんな中日本でも少しずつ、ライトニン・ホプキンスやT-ボーン・ウォーカー、ハウリン・ウルフ、スリーピー・ジョン・エスティスといったそれまで余り馴染みのないブルース・シンガーのレコードが発売されるようになった。当然音楽雑誌などもブルースの特集などを掲載することも多くなった。そんな中で最も初期のブルース・シンガーと言われ僕が興味を惹かれたのが、このブラインド・レモン・ジェファーソンであった。
日本のコテコテのブルース・バンド「憂歌団」の「シカゴ・バウンド」という曲に<盲(めくら)のレモンも死んじまった>という歌詞がある。これは直接ジェファーソンに関連した歌ではないが、こんなことからも興味を引かれた。それにマディ・ウォーターズなど多くのアーティストは日本盤が出たが、僕の記憶では当時ブラインド・レモン・ジェファーソンの日本盤というのは出ていなかったと思う。当時は少しばかり珍しいレコードで、持っている僕は少々鼻が高かった。
さてこのアルバムは78回転のSP盤から再録したもので、マイルストーン時代のオリン・キープニュースがプロデュースを担当している。

これらのナンバーを聴いた僕の感想は、良いも悪いもない、ブルースとは本来こういうものだのだというもので、それは今でも変わっていない。ともかくギターがうまい。ギターが歌の伴奏をするという感じではなく、ギターと掛け合いで、つまりはギターと共演して歌が進行するという感じだ。

「MCAブルースの古典」3枚組レコード・ボックス

「MCAブルースの古典」 MCA RECORDS VIM-20〜22 monoral ビクター音楽産業

<Contents> 1927年4月20日 シカゴ

Record1A-2スィート・パパ・モーンSweet Papa moan

<Personnel>

Vocalファリー・ルイスFurry Lewis
Guitarランダー・ウォラー
Mandolinチャールズ・ジョンソンCharles Johnson

中村とうよう氏の解説を掲げておく。「ルイスはメンフィスで活躍した人だが、ミンストレル・ショウで歌ったりブルース以外に民謡曲などもレパートリーにしていた。この曲は最初の部分がテキサスの偉大なブルース・マン、ブラインド・レモン・ジェファーソンの「ブラック・スネイク・モーン」(ジェファーソンマイルストーン盤には未収録)に似たフィールド・ハラー風でテキサスの香りがする。上記パーソネルは、ディクソン=ゴドリッチのディスコグラフィーの1982年版ディスコグラフィーによる。」マンドリンと言うのはちょっと変わっている感じがするが聴くと、それなりに馴染んでいるように思える。

<Contents> 1927年7月1日 シカゴ

Record1A-1コットンフィールド・ブルースCottonfield blues

<Personnel>

Guitar & Vocalヘンリー・トーマスHenry Thomas

ここもとうよう氏の解説から。「ブルースが最も素朴な形を割と後年まで保ったテキサス州で、特に初期の面影をとどめた録音を1927〜29年にヴォカリオン・レコードに残したのがラグタイム・テキサスことヘンリー・トーマスだった。この曲の最初の4コーラスは、彼としては珍しいくらい12小節ブルースの典型を保っているが、第5コーラスでそれが崩れる。ギターのリズミカルなパターンにも素朴な味わいがある。」確かに非常に素朴さを感じさせる演奏と歌である。

「ジ・イモータル/ブラインド・レモンジェファーソン」A面ラベル

"The Immortal / Blind Lemon Jefferson" Milestone MLP 2004

<Contents>

A面1曲目レモンズ・ウォリード・ブルースLemon’s worried bluesParamount 126221928年2月発売
A面2曲目プリゾン・セル・ブルースPrison cell bluesParamount 126221928年2月発売
A面3曲目ハングマンズ・ブルースHangman’ bluesParamount 126791928年発売
A面4曲目ロック・ステップ・ブルースLock step bluesParamount 126791928年発売
A面5曲目パイニー・ウッズ・マネー・ママPiney woods money MamaParamount 126501928年発売
A面6曲目ロウ・ダウン・モジョ・ブルースLow down Mojo bluesParamount 126501928年発売
B面4曲目ブーティン・ミー・バウトBootin’ me boutParamount 12946多分1929年発売

堂々たる歌いっぷり、迫力ある力強い歌唱、歌に見事に絡むテクニック抜群のギター・プレイ。なぜ彼が偉大なるブルース・マンと言われ尊敬を集めるのかここに収められたナンバーを聴けば十分に納得できる。特にB-4「ブーティン・ミー・バウト」などで聴かれるギター・ワークは素晴らしい。
多分彼の写真はレコード・ジャケットに載っているものしか残っていないのではないかと思われるが、彼の抱えるギターが異様に小さく感じるのだが、僕だけだろうか?ネックも短すぎる感じがする。ブラインド・ブレイクも多分この写真しか残っていないのだろうが(後で色づけしなくても良いのに)、ギターは不自然な感じはしないのだが。


「MCAブルースの古典」1枚組目 A面ラベル

「MCAブルースの古典」 MCA RECORDS VIM-20〜22 monoral ビクター音楽産業

<Contents> 1929年1月15日 シカゴ

Record1B-1ジャンプ・ステディ・ブルースJump steady blues

<Personnel>

Piano & Speechパイントップ・スミスPinetop Smith

パイントップ・スミスの1929年の録音で、拙HPでブギー・ウギー・ピアノを取り上げた音源”The Boogie Woogie masters”(AFS 1005)には未収録の音源である。パイントップはアラバマ州の出身で、南部のピアノ・ダンス・ブルースの定型であるブギーをシカゴに持ち込んで完成させた功労者(中村とうよう氏)。

<Contents> 1929年5月9日 シカゴ

Record1A-3カイロ・ブルースCairo blues

<Personnel>

Guitar & Vocalヘンリー・スポールディングHenry Spaulding

とうよう氏によれば、スポールディングは、本曲とその裏面に入っていた曲の2曲、レコード1枚分しか録音をしなかったという。しかしこの曲での魅力的なギターは古いブルースを愛する人たちの間では有名だという。スポールディングはミシシッピ州の出身だが、この曲の題名の元となったイリノイ州のカイロにしばらく住み、その後セントルイスに移動したという。

<Contents> 1929年5月9日 シカゴ

Record1B-2ストンプ・エム・ダウン・トゥ・ザ・ブリックスStomp ‘M down to the Bricks

<Personnel>

Pianoヘンリー・ブラウンHenry Brown
Guitar & Speechローレンス・ケイシー

これも中村とうよう氏の解説。「ヘンリー・ブラウンはテネシー州で生まれてセントルイスでピアニストになった。同じ町のヘンリー・スポールディング(カイロ・ブルース)と一緒に録音しに来たのか同日に録音しているが、録音順はブラウンが後だという。右手のフレーズがシンプルで落ち着いた美しさを持っていてとうよう氏が好きな1枚だ」という。ギターと共演する形式のブギー・ウギーは初めて聴いた。この形式の録音はそう多くないのではないかと思う。

「MCAブルースの古典」1枚組目 B面ラベル

<Contents> 1929年9月12日 シカゴ

Record3A-1ラスト・チャンス・ブルースLast chance blues

<Personnel>…ガス・キャノン&ホージア・ウッズ(Gus Cannon & Hosea Woods)

Guitar & Vocalガス・キャノンGus Cannon
Banjo & Vocalホージア・ウッズHosea Woods

キャノンは、ブラインド・ブレイクとも共演歴がある。またとうよう氏によると、この2人組はキャノン&ウッズともザ・ビール・ストリート・ボーイズとも名乗り、さらにノア・ルイスのハーモニカを加えればキャノン・ジャグ・ストンパーズにもなったという。メンフィスを拠点にメディスン・ショウ(余興で人を集めて薬を売りつける香具師のような大道芸人)的な感覚で活躍した。この曲ではキャノンがリード・ヴォーカル。ちょっとカントリーっぽい感じもする興味深い演奏である。

<Contents> 1929年9月19日シカゴ

Record1A-5ハウリング・ウルフ・ブルース・No.1Howling wolf blues No.1

<Personnel>

Guitar & Vocalファニー・ペイパー・スミスFunny paper Smith

とうよう氏は、「ファニー・ペイパーことJ・T・スミスはテキサスの人だが、この人の歌いぶりはこの時期のテキサス人にしては陰影と迫力に富み、ギターもうまい。この曲はかなり評判がよかったらしく、後で続編を吹き込んだ」と記載している。

<Contents> 1929年12月13日 シカゴ

Record1B-331ブルース31 blues

<Personnel>

Pianoボブ・コールBob Call

とうよう氏によれば、ボブ・コールは伴奏を担当したレコードはあるが、自分自身名義の録音はこの1曲しか残さなかった幻のピアニスト。但し戦後に再び録音活動を行ったという。かなりブギ・ウギの感覚を持っているが、この録音をブギと呼んでいいかどうかは難しいととうよう氏。ただ非常に個性的な美しさを持っており、乱暴に言えばモダンな感じさえするという。

「MCAブルースの古典」3枚組目 A面ラベル

<Contents> 1930年2月21日ころ メンフィス

Record1A-4ドー・ローラー・ブルースDough roller blues

<Personnel>

Guitar & Vocalガーフィールオ・エイカーズGarfield Akers

とうよう氏によれば、この人もSP2枚分しか録音を残していないという。ミシシッピ州最北部の出身らしい。この曲もギターの特異なパターンが印象的だが、これは明らかに「ローリン・アンド・タンブリン」として定型化されたものと同じで、ミシシッピらしい感覚がよく表れているという。

<Contents> 1930年9月19日 シカゴ

Record1A-6ジム・ジャクソンズ・ジャンボリーJim Jackson’s jamboree

<Personnel>

Vocalジム・ジャクソンJim Jackson
Guitar & Vocalタンパ・レッドTampa Red
Piano & Speechジョージア・トム
Pianoスペックルド・レッドSpeckled Red

とうよう氏は次のように解説する。「ヴォカリオン・レコードのブルース・スターたちの顔見世的なセッション・レコードで、SP両面つまり2曲分の長さになったのをここでは一続きに収録した。
ジム・ジャクソンは1927年に録音した「カンサス・シティ・ブルース」が。またジョージア・トムとタンパ・レッドのコンビは1928年に録音した「イッツ・タイト・ライク・ザット」が大ヒットして、人気者になった。またスペックルド・レッドは1929年録音の「ダーティ・ダズン」で有名なブギー・ウギー・ピアニストで拙HP第222回でも取り上げた。セッションはまずトムを中心に「タイト・ライク・ザット」、続いてトムのMCの後スペックルドのピアノに導かれてジムがピンと張った美声で歌い、再びトムがしゃべった後スペックルドが「パイントップズ・ブギー」を弾く。パイントップ・スミスが1928年に録音してブギー・ウギーの原点となった名曲である。パート2に入ってタンパが美しいスライド・ギターの弾き語りを効かせた後、タンパのギターとスペックルドのピアノの一騎打ちとなる」。聴き処の多い作品だが、とうよう氏の詳しい解説がなければ聴いていてもよく分からなかったと思う。やはりプロの解説は必要だと感じる。

「ブラインド・ブレイク」5枚組CDボックス 5枚目

Blind Blake “Remastered” JSP Records PO Box 1584(JSP 7714A〜E)

<Contents> … 1931年5月 ウィスコンシン州グラフトンにて録音

CD-E.17ファンシー・トリックスFancy tricks

<Personnel>

Guitarブラインド・ブレイクBlind Blake
Vocalローラ・ラッカーLaura Rucker

これはことのほか録音状態が悪い。元となったSP盤の状態が悪かったのだろう。ヴォーカルは名前から女性と思われるが、声が低く録音も悪く男のように聴こえてしまう。

<Contents> … 1931年10月 ウィスコンシン州グラフトンにて録音

CD-E.18ロープ・ストレッチン・ブルース・パート2Rope stretchin' blues part2
CD-E.19ロープ・ストレッチン・ブルース・パート1Rope stretchin' blues part1
CD-E.20ロープ・ストレッチン・ブルース・パート1Rope stretchin' blues part1

<Personnel>

Vocal & Guitarブラインド・ブレイクBlind Blake

CDのContentsの表記は上記の通りで誤りではない。しかしE-18がパート2でE-19がパート1までは分かるが、なぜE-20もパート1なのかは分からない。単なるCDの表記の間違いかもしれない。演奏はそれぞれ異なるが、E-18は少しフォーク・ソング的な味わいがあるがそれは、E-19、20では消えている。

最近大和田俊之氏著『アメリカ音楽史』を読んでいる。色々驚くような示唆に富んだ内容で、もう一度ブルースもちゃんと聴かなくちゃと思っている。

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第272回2018年7月22日

ベッシー・スミス入門 Vol.4 1925〜1931年
ベッシー・スミス物語第2集「エニー・ウーマンズ・ブルース」
ベッシー・スミス物語第3集「エンプティ・ベッド・ブルース」

7月22日 夕方森を散歩

ご覧いただきありがとうございます。定年オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。

7月22日 夕方の空

暑い、余りにも暑い日が続いています。7月22日日曜日、この日も朝からグングン気温が上がりました。昨日から泊りがけで遊びに来ていた4歳の孫を連れて近場のプールへ行って、しばらく遊び14時ころ帰宅して1回リビングの気温を見ると何と33度もあります。記憶では家の中の温度が33度を超えたのは初めてのことです。そういえば冬場に家の中にもかかわらずリビングが6度になっていたことがありました。年間でのこの気温の差、日本てこんな過ごしにくい国だったでしょうか?
余りにも暑く熱中症が騒がれているので、夕方に散歩に出ました。左の写真は夕方17時くらいの森の中の様子です。本当は夕焼けを狙っていたのですが、今日は夕焼けにはなりませんでした。
右上が夕焼けの様子です。雲も発達していますが、入道雲とまではいっていないようです。

山梨県産桃

右は本日親戚からいただいた「御坂 桃」、ブランド品です。ネットで見ると1個500円くらいするようです。しかし今年はこういった果物が出てくるのが早いようです。桃をいただくのは今年2回目となります。僕は桃の旬は9月というイメージがあったのですが、もう完全に熟しています。
とても甘くておいしかったです。

残り34週

7月23日(月)からの週は、完全引退まで残り34週となります。
現在のところ特に何ということも無く、通勤し仕事をするのだろうと思いますが、先週末で小学、中学、高校の公立校が夏休みになるので、通勤電車の混雑が緩和するのが楽しみです。
我ながら小さいなぁ〜!

No.272 “Any woman’s blues”& “Empty bed blues”
Bessie Smith 1925〜1931

ベッシー・スミス

前回は1930年頃までの男性ブルース・アーテイストを取り上げたので、今回は女性版をと思ったがよく考えてみれば僕はその頃の女性ブル−ス・アーチストのレコードを持っていなかった。わずかに持っているのはルイ・アームストロングとの共演盤そして今回のベッシー・スミスくらいである。ルイとの共演盤はルイの項目で取り上げた。ベッシーは僕の最も大好きな女性ブルース・シンガーであるが、これまでも書いたようにレコードは2枚組2セットとベスト盤のCDしか持っていない。
ベッシーのレコードに関していえば、僕が高校生の時にCBSソニーから出た2枚組5セット「ベッシー・スミス物語」にとどめをさすだろう。これは彼女がコロンビアに録音した全160曲(元々は180曲あったらしいがうち20曲は完全に失われたという)を網羅した優れもので、僕の持っているのはその第2集と第3集である。僕はベッシーが大好きなので全巻揃えたい、全曲聴きたいと思いレコード・ショップへ行くたびに探すのだが、第1集、第4集、第5集にお目にかかったことがない。本来は全巻を揃え、年代順に聴き直して彼女の項を書きたかったのだが、当分果たせそうにないので今回第2集の2枚目(1929年中心)、第3集の2枚目(1928年中心)を聴いていこうと思う。今後持っていないセットを見つけたら購入するつもりなので、改めて取り上げることにしよう。
前にも書いたことだが、僕は全巻を保有していないので確かなことは分からないが、このセットは変わった収録方針を取っていて、2枚組の内古い順に第1集レコード1枚目⇒第2集レコード1枚目と下っていき、第5集で折り返し、第5集1枚目⇒第5集2枚目⇒第4集2枚目⇒第3集2枚目と遡ってくる編集になっている。今回も録音の古い順に聴いていこうと思うので、順番は第3集2枚目⇒第2集2枚目となる。(どちらも1枚目は既に取り上げた)。また今回は2枚のレコードに渡るので、以下レコード表記について第2集「エニー・ウーマンズ・ブルース」をAWB、第3集「エンプティ・ベッド・ブルース」をEBBと略すことにする。

「ベッシー・スミス/エンプティ・ベッド・ブルース」レコード・ジャケット

「ベッシー・スミス物語」(Empress of the blues) CBS SONY SOPB 55032

<Contents>…EEB2枚目 1928年録音

A面
B面
1.ユースド・トゥ・ビー・ユア・スイート・ママ(I used to be your sweet mama)2月9日録音 1.イエス・インディード・ヒー・ドゥ(Yes , indeed he do !)8月23日録音
2.いっそ死んで墓に埋められたい(I’d rather be dead and buried in my grave)2月16日録音 2.デヴィルス・ゴナ・ゲット・ユー(Devil’s ganna get you)8月23日録音
3.スタンディン・イン・ザ・レイン・ブルース(Standin’ in the rain blues)2月21日録音 3.ユー・オウト・トゥ・ビー・アシェイムド(You ought to be ashamed)8月23日録音
4.イット・ウォント・ビー・ユー(It won’t be you)2月21日録音 4.ウォッシュウーマンズ・ブルース(Washwoman’s blues)8月24日録音
5.スパイダー・マン・ブルース(Spider man blues)3月19日録音 5.スロウ・アンド・イージー・マン(Slow and easy man)8月24日録音
6.エンプティ・ベッド・ブルース(Empty bed blues)3月20日録音 6.プア・マンズ・ブルース(Poor man’s blues)8月24日録音
7.プット・イット・ライト・ヒア(Put it right here)3月20日録音 7.プリーズ・ヘルプ・ミー・ゲット・ヒム・オフ・マイ・マインド(Please help me get him off my mind)8月24日録音
8.ミー・アンド・マイ・ジン(Me and my gin)8月24日録音

<Personnel>



Vocalベッシー・スミスBessie Smith

「ベッシー・スミス/エンプティ・ベッド・ブルース」2枚目A面ラベル

A面1ユースド・トゥ・ビー・ユア・スイート・ママ」
<Personnel>
Cornet…デムス・ディーン
Trombone…チャーリー・グリーン
Piano…フレッド・ロングショウ
男女の恋愛を歌ったものだが、いわゆるエロ・ソングではない。3コーラス目が「語り」のような歌い方になっているのが、珍しい。

A面2.いっそ死んで墓に埋められたい
<Personnel>
Clarinet…アーネスト・エリオット&ボブ・フラー
Piano…ポーター・グレインジャー
ベッシーの歌はいつもながら力強い。伴奏をクラリネット2本にした効果というのが見られず何を狙ったのかよく分からない。

A面3.スタンディン・イン・ザ・レイン・ブルース
A面4.イット・ウォント・ビー・ユー
<Personnel>
1928年2月9日と同じ。油井氏の解説では、録音日とパーソネルは前曲と同じというがレコード・ジャケットではパーソネルはA-1と同じとあり、コルネットが入っているし油井氏の記載ミスであろう。
どちらもバックは目立たず、ベッシーの奔放な歌唱力を際立たせるような作品だと思う。

A面5.スパイダー・マン・ブルース
<Personnel>
Clarinet & Soprano sax…エイブラハム・ホィート(Abraham Wheat)
Clarinet…ボブ・フラー(Bob Fuller)
Piano…ポーター・グレインジャー(Porter Grainger)
「蜘蛛男のブルース」という面白いタイトル。もちろん近年の映画「スパイダー・マン」とは無関係。蜘蛛のように網を張り、獲物を捕まえて飼い殺しにし、良き血を吸い続ける男のことを歌っている。

「ベッシー・スミス/エンプティ・ベッド・ブルース」2枚目B面ラベル

A面6.エンプティ・ベッド・ブルース
A面7.プット・イット・ライト・ヒア
<Personnel>
Trombone…チャーリー・グリーン(Charlie Green)
Piano…ポーター・グレインジャー(Porter Grainger)
この2曲は伴奏が意外である。トロンボーンとピアノというのは珍しい。
先ずA面6.エンプティ・ベッド・ブルースについて
解説の油井正一氏は、次のように述べる。「これはSP盤両面に吹き込まれた当時の超大作である」と。そして本収録作はSP両面を繋いで聞きやすくしている。第270回デューク・エリントン1931年録音の”Creole Rhapsody”がSP盤両面にわたる先駆作のようなことを書いたが、何と1928年にベッシーは2面に渡っての大作を録音をしていた。こういう大作にはグリーンのような名手が必要だったのであろう。
油井氏はさらに、これがベッシーの最大傑作であると評している。
このレコードは、1928年発売と同時にボストンで発禁処分となったという。理由は、歌詞の内容がエロということだった。しかしそのため却って白人が他の都市でこのレコードを買い漁ったため、ベッシーの名は一躍白人の世界にも知られるようになったのだという。
そして油井氏は注目すべき発言をする。「この曲は、恋愛を歌ったブルースの中でも出色のものと思う。私(油井氏)がポルノ・ソングで低級だと思うのが「キッチン・マン」(第2集2枚目A面3曲目)で、同じような言い回しをしながらもこちらは最高の芸術になっている。
美辞麗句の類は全くなく、素直で率直に、愛人を友達ルウに取られた女心が歌われている。
A面7.プット・イット・ライト・ヒアについて
イギリスの評論家ルディ・ブレッシはこの演奏を、ベッシーの天才の明るい面を見せた一作とたたえていると油井氏が紹介している。そしてこのストップ・タイムの技法は注目すべきものとして詳しく解説している。

B面1.イエス・インディード・ヒー・ドゥ
B面2.デヴィルス・ゴナ・ゲット・ユー
B面3.ユー・オウト・トゥ・ビー・アシェイムド
<Personnel>
Clarinet & Alto sax…ボブ・フラー(Bob Fuller)
Clarinet , Alto & Tenor sax…アーネスト・エリオット(Ernest Elliott)
Piano…ポーター・グレインジャー(Porter Grainger)
B面1.イエス・インディード・ヒー・ドゥでは、間奏にブレイクして管のアンサンブルが入るが、ベッシーの作品に間奏が入るのは珍しくまたこのアンサンブルはなかなか面白い効果を出していると思う。
B面2.デヴィルス・ゴナ・ゲット・ユーでは、ベッシーの呼びかけにアンサンブルで応答するなど工夫を凝らしている。
B面3.ユー・オウト・トゥ・ビー・アシェイムドは、バックのアンサンブルに工夫を凝らしているのは分かるが、モゴモゴしてよく分からない。

B面4.ウォッシュウーマンズ・ブルース
B面5.スロウ・アンド・イージー・マン
B面6.プア・マンズ・ブルース
B面7.プリーズ・ヘルプ・ミー・ゲット・ヒム・オフ・マイ・マインド
B面8.ミー・アンド・マイ・ジン
<Personnel>
Trombone…ジョー・ウィリアムス(Joe Williams)
Clarinet & Alto sax…ボブ・フラー(Bob Fuller)
Clarinet , Alto & Tenor sax…アーネスト・エリオット(Ernest Elliott)
Piano…ポーター・グレインジャー(Porter Grainger)
この5曲は前回のパーソネルにトロンボーンを追加してバックのアンサンブル強化を狙ったものとみられるが、効果を上げているとは思えない。しかしトロンボーンは大活躍で主要なオブリガードを担っている。ジョー・ウィリアムスというTb奏者は『ジャズ人名事典』にも載っていないが、いかなる人物であろうか?

ここからベッシー・スミス物語 第2集 Any Woman’s blues(AWB)の2枚目になる。

「ベッシー・スミス/エニー・ウォーマンズ・ブルース」レコード・ジャケット

<Contents>…AWB2枚目 B-8を除き1929年録音

A面
B面
1.アイム・ワイルド・ザット・シング(I’m wild about that thing)5月8日録音 1.ウェイステッド・ライフ・ブルース(Wasted life blues)10月1日録音
2.少し頂だい(You’ve got to give me some)5月8日録音 2.ダーティー・ノー・グッダーズ・ブルース(Dirty no?gooder’s blues)10月1日録音
3.キッチン・マン(Kitchen man)5月8日録音 3.ブルー・スピリット・ブルース(Blue spirit blues)10月11日録音
4.アイヴ・ガット・ホワット・イット・テイクス(I’ve got what it takes)5月15日録音 4.くたびれた男のブルース(Worn out Papa blues)10月11日録音
5.つめたい世間(Nobody knows you when you’re down and out)5月15日録音 5.ユー・ドント・アンダースタンド(You don’t understand)10月11日録音
6.テイク・イット・ライト・バック(Take it right back)7月25日録音 6.ドント・クライ・ベイビー(Don’t cry baby)10月11日録音
7.ヒーズ・ガット・ミー・ゴーイン(He’s got me goin’)8月20日録音 7.キープ・イット・トゥ・ユアセルフ(Keep it to yourself)1930年3月27日録音
8.イット・メイクス・マイ・ラヴ・カム・ダウン(It makes my love come down)8月20日録音 8.ニューオリンズ・ホップ・スコップ・ブルース(New Orleans hop scop blues)1930年3月27日録音

A面1.アイム・ワイルド・ザット・シング
A面2.少し頂だい
A面3.キッチン・マン
<Personnel>
Piano…クラレンス・ウィリアムス(Clarence Williams)
Guitar…エディ・ラング(Eddie Lang)
今回取り上げるLP4面分の録音の中で最も意外なのは、ここでギターを弾いているエディ・ラングであろう。ラングはもともとシカゴアンの白人である。それもソロ・スペースも与えられている。
油井氏は、このA1、2とA6の3曲は同じ曲であるというがA8の間違いではないかと思う。確かに歌詞は違うが曲は同じである。そしてA1〜3はすべてエロ・ソングである。しかし僕には油井氏のように”Empty bed blues”との違いはよく分からない。

「ベッシー・スミス/エニー・ウーマンズ・ブルース」2枚目A面ラベル

A面4.アイヴ・ガット・ホワット・イット・テイクス
A面5.つめたい世間
<Personnel>
Cornet…エド・アレン(Ed Allen)
Alto sax…ガルヴィン・ブッシェル(Garvin Bushell) Tenor sax…アーヴィル・ハリス Piano…クラレンス・ウィリアムス(Clarence Williams)
Tuba…サイラス・サンクレア(Cyrus St. Clair)
油井氏はA-5「つめたい世間」について、ベッシーの代表曲の一つに数えられるとし、彼女のの録音当時の心境はまさにこの通りのものであったという。金によって彼女はたくさんの友達を得たが、彼女が落ち目になった時誰も彼女を振り向かぬようになった。彼女はこの歌を、南部を巡業中に黒人芸人のジミー・コックスから習ったという。確かに心にしみる歌である。

A面6.テイク・イット・ライト・バック
<Personnel>
Piano…クラレンス・ウィリアムス(Clarence Williams)
僕はやはりピアノだけを伴奏として歌うベッシーが好きだなぁ。

A面7.ヒーズ・ガット・ミー・ゴーイン
A面8.イット・メイクス・マイ・ラヴ・カム・ダウン
B面1.ウェイステッド・ライフ・ブルース
B面2.ダーティー・ノー・グッダーズ・ブルース
B面3.ブルー・スピリット・ブルース
B面4.くたびれた男のブルース B面5.ユー・ドント・アンダースタンド
B面6.ドント・クライ・ベイビー
<Personnel>
Piano…ジェイムス・P・ジョンソン(James P Johnson)

「ベッシー・スミス/エニー・ウーマンズ・ブルース」2枚目B面ラベル

A-7「ヒーズ・ガット・ミー・ゴーイン」について油井氏は、「50年代に流行した白人ポップス、ロックンロールの源がここに見られるという急速調のブルースが、やがてリズム・アンド・ブルースに進み、そして白人に影響してプレスリーを始めとするロックン・ロールを創り上げたという。そこまで感じることは僕には無理だなぁ。
B-1「ウェイステッド・ライフ・ブルース」は僕が最初に覚えた彼女の曲で大好きな1曲。油井氏はベッシーの作で、当時の彼女の心境を訴えたものだが出来はA-5「つめたい世間」に及ばないとしている。歌詞がグッとくる。”I'm too weak to stand and too strong to cry”(立つには弱すぎ泣くには強すぎる自分はどうすればいいんだろう)など実に考えさせる歌詞だと思うのだが。
B-3「ブルー・スピリット・ブルース」は以前紹介した”Cemetery blues”同様昔のホラー映画まがいの出だしで始まる。これは当時の流行りであったのだろうか?

B面7.キープ・イット・トゥ・ユアセルフ
B面8.ニューオリンズ・ホップ・スコップ・ブルース
<Personnel>
Trumpet…ルイ・ベイコン(Louis Bacon)
Trombone…
チャーリー・グリーン(Charlie Green)
Clarinet & Soprano sax…ガルヴィン・ブッシェル
Piano…クラレンス・ウィリアムス(Clarence Williams)
今のところ僕の持っている唯一の1930年の録音。ずーっとJ・P・ジョンソンのピアノだけがバックだっただけにグッとにぎやかに感じる。なんか声が変わった感じがするのは僕だけか?Tpのルイ・ベイコンはルイ・アームストロングの影響を受けた人でこのころチック・ウエッブ楽団に属していたという。さらに後エリントンのバンドにも加わったことがあるが、1960年代に入って転職し救急車の運転手として生涯を終えたという。

冒頭でも述べたが、ずっとこのシリーズの他の巻を探しているのだが全く出てこない。なぜだろう?今彼女が見直され人気が出てきているなどという話も聴いたことがないから、出たら売れてしまうということでも無さそうだ。で、僕が最も危惧するのは、どうせ出しても安い値段しかつかないから出さないで、廃棄した方が手間が省けていいと考えるコレクターもいるかもしれないということである。お願いします、リサイクルで中古レコード・ショップに売ってください。見つけたら僕は買いますよ。

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第273回2018年7月29日

1930年代 ビッグバンド

キャブ・キャロウェイ & チック・ウエッブ

ご覧いただきありがとうございます。定年オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。

満開 百日紅

僕の住む辺りは、7月27日から28日に日付が変わる頃から雨が降り出しました。台風12号の影響によるものです。そして7月28日の土曜日は1日中ぐずついた天気となりました。本来この日は上の孫の保育園の夏祭りの予定でしたが、前日午後4時頃には中止が決定され、連絡が回りました。
左は嵐の前7月27日金曜日の静かな丸の内仲通り。何とはなしに湿気が多い感じが写真にも表れているように感じます。
右はここのところの暑さで満開になったサルスべりです。ちょっとアップ過ぎたかな。台風12号は変な台風で日本列島を東から西へ進むという観測史上初の動きをする台風だそうです。7月28日の土曜日は、強風が吹き荒れ、ドシャ降りになったかと思うと晴れ間が出たりとこんな風にコロコロと天気が変わるのは本当に初めての経験です。人生、そして世の中何が起こるか分かりません。

しなそば屋 つけ麺

佐野実さんのお弟子さんが作るラーメンを食べに行きました。まぁよく行くお店なんですが。食べたのは「つけ麺」(¥850)。何といっても、少しトウガラシが効いていてピリ辛のつけダレが独特でとてもおいしいつけ麺です。僕は食べ歩きをしているわけではないですが、東京・新宿の「麺屋武蔵」に次ぐうまさだと思っています。

残り33週

来週は完全引退まで残り33週となります。と言っても特段変わったところはなくこれまで通り仕事をしています。特に今は忙しく少しの時間ですが残業などもしています。まだ感慨というほどのものも湧いてきませんが、来年のこの時期にはここにいないだなぁと思うと思うと、ちょっとだけ寂しい気持ちにはなります。

No.273 Big bands in 1930
Cab Calloway & Chick Webb

さて今回は30年代に活躍した2つのバンドを聴いていこう。

Cab Calloway"The king of Hi-de-ho" Ace of hearts AH-106 MONO(輸入盤)

<Personnel>

 
Band leader & Vocalキャブ・キャロウェイCab Calloway
TrumpetR.Q.ディッカーソンR.Q. Dickersonラマー・ライトLammar Wrightリューベン・リーヴスReuben Reeves
Tromboneデ・プリースト・ホィーラーDe Priest Wheelerハリー・ホワイトHarry White
Clarinet & Alto Saxウィリアム・ブルーWilliam Blue
Alto Saxアンドリュー・ブラウンAndrew Brown
Tenor Saxウォルター・トーマスWalter “Fut” Thomas
Pianoアーレス・プリンスEarres Prince
Banjoチャーリー・スタンプスCharley Stamps
Tubaジミー・スミスJimmy Smith
Drumsルロイ・マキシーLeroy Maxey

<A面Contents>

 
4.ミニー・ザ・ムーチャーMinnie the moocher1931年3月3日録音
5.ブラック・リズムBlack rhythm1931年8月録音
6.シックス・オア・セヴン・タイムスSix or seven times1931年8月録音

キャブ・キャロウェイとザ・ミズーリアンズは1931年2月にニューヨークのコットン・クラブと出演契約を取り付ける。そして彼の名を全米中に一躍有名にした大ヒット作「ミニー・ザ・ムーチャー」(A-4)が生まれるのである。この録音では、リード・ヴォーカルのキャブが「ハイデ・ハイデ・ホー」と歌いかけるとバンドのメンバーが同じく「ハイデ・ハイデ・ホー」と応答する。黒人音楽独特の<コール・アンド・レスポンス>である。そこには呼びかけられたら答えなければならないという暗黙の掟があるようで、キャブはさらに「イニヒーニヒー」などと意味不明なことを歌いかけるとバンドも笑いながら同じく「イニヒーニヒー」と返すのである。もちろんこれはクラブで演奏する時には、キャブの呼びかけに対して客が答えるという演出になっており、キャブがいろいろな言葉で歌いかけ客席が笑いながら、場合によっては恥ずかしがりながら答えるという仕組みである。そしてこのような客席を巻き込むような演出はアメリカでは大受けだったことは容易に想像できる。このヒットによってキャブは「ザ・ハイ・デ・ホー・マン(The hi-de-ho man)」と呼ばれるようになる。そして厳しいアメリカのショウ・ビジネスを永く生き抜いていくのである。
このような歌い手=客席の<コール・アンド・レスポンス>の少し下っての例は、レイ・チャールズの「ホワッド・アイ・セイ(What'd I say)」などが挙げられる。この演出は、現代でもアメリカのショウ・ビジネスの常套手段で、ロックのコンサートなどでも行わている。
A面5曲目「ブラック・リズム」はブルースである。A面6曲目「シックス・オア・セヴン・タイムス」は「6回か7回」という変わったタイトル。アルト・サックス(アンドリュー・ブラウンか?)がジョニー・ホッジス張りの音色とソロを聴かせる。

<B面Contents>

 
1.ビューグル・コール・ラグBugle call rag1931年9月23日録音
2.ユー・ラスカル・ユーYou rascal you1931年9月23日録音
3.アゥ・ユー・ドッグAw you dog1931年10月12日録音
4.ビトウィーン・ザ・デヴィル・アンド・ザ・ディープ・ブルー・シーBetween the devil and the deep blue sea1931年10月27日録音
5.トリッケレイションTrickeration1931年10月27日録音
6.キッキン・ザ・ゴング・アラウンドKickin’ the gong around1931年10月17日録音

B面1曲目「ビューグル・コール・ラグ」は、最初1922年にN.O.R.K.(ニュー・オリンズ・リズム・キングス)が”Bugle call blues”というタイトルで吹き込んだナンバーで、以前このHPでもレッド・ニコルスとファイヴ・ぺニーズの録音を紹介したことがある。
ここでのキャブはヴォーカルというよりは、語りというか演奏及び客席を煽るような喋りを聴かせる。
B面2曲目「ユー・ラスカル・ユー」は、第269回ルイ・アームストロングの1931年の回で紹介した。ルイの録音は1931年4月28日で、こちらは9月の録音。ルイの演奏を聴いて取り上げることにしたのかもしれない。大和明氏が言うように何となくニュー・オリンズの香りがする作品である。
B面3曲目「アゥ・ユー・ドッグ」では、最後にルイとは全く異なる独特のスキャットというか叫びをキャブが披露する。
B面4曲目「ビトウィーン・ザ・デヴィル・アンド・ザ・ディープ・ブルー・シー」。ハロルド・アーレン作曲のスタンダード・ナンバー。しかしこのキャブ・キャロウェイ盤が初のレコードという。しかも初演もキャブで1931年コットン・クラブのショウ「リズマニア(Rhythmania)」で初演されたという。ということはキャブがアーレンに作曲をそしてテッド・ケヒアー(Ted Koehier)に作詞を依頼したことになる。そしてこの後サッチモやベニー・グッドマン、カウント・ベイシーらに取り上げられ、スタンダードとなっていったのだろう。
流石にここではキャブは、おふざけは控えめで真面目な歌唱を披露する。
B面5曲目トリッケレイションはキャブのヴォーカルは抑え気味でバンドのアンサンブルを聴かせる。バンド自体も一流なんだぞというアピールのような気がする。
B面6曲目「キッキン・ザ・ゴング・アラウンド」も、A-4「ミニー・ザ・ムーチャー」と同様キャブのヴォーカルとバンドのコール・アンド・レスポンスがフューチャーされている。もう一つの「ミニー・ザ・ムーチャー」を狙った感じがする。

さて今回はもう一つチック・ウェッブの1931年の録音を取り上げよう。キャブ・キャロウェイとチック・ウェッブは関係性が薄いような感じもするが、キャブはエリントン・バンドが巡業などで留守の間コットン・クラブに出演していたレギュラー・バンドであるし、チックはエリントンの自伝によれば、ケンタッキー・クラブに出演する時はチックを・バンド・リーダーにしていたと語っているように親しい間柄だった。つまりエリントンを介しての知り合いだった。ともに同じ時期ニュー・ヨークで一家(バンド)を率いた仲間であり、ライヴァルだった。

チック・ウェッブ「伝説」レコード・ジャケット

「チック・ウェッブ/伝説」“Chick Webb:A legend”(SDL 10344)

<Contents> … 1931年3月31日 ニューヨークにて録音

A面3曲目ヒービー・ジービーズHeebie Jeebies
A面4曲目ソフト・アンド・スイートSoft and sweet

<Personnel>…チック・ウエッブ・アンド・ヒズ・オーケストラ(Chick Webb and his Orchestra)

Band leader & Drumsチック・ウェッブChick Webb
trumpetシェルトン・ヘンフィルShelton Hemphillルイ・ハントLouis Huntルイ・ベイコンLouis Bacon
Tromboneジミー・ハリソンJimmy Harrison
Clarinet & Alto saxベニー・カーターBenny Carter
Alto saxヒルトン・ジェファーソンHilton Jefferson
Tenor saxエルマー・ウィリアムスElmer Williams
Pianoドン・カークパトリックDon Kirkpatrick
Banjoジョン・トルーハートJohn Trueheart
Bassエルマー・ジェイムスElmer James


チック・ウェッブ「伝説」レコードA面ラベル

チック・ウェッブについて取り上げたのは第239回で、1929年に吹き込まれた2曲についてであった。今回の録音はそれから約2年ほど後のものになる。その間録音がなかったとは思えないが、、僕が持っている2番目に古い録音ということになる。バンドのメンバーについて言うと、トランペットが全て変わり、3本になっていることとアルト・サックスにベニー・カーターが加わった他はほとんど変わっていない。
A面3曲目「ヒービー・ジービーズ」は、1926年に録音したルイ・アームストロングが史上初めてスキャット・ヴォーカルを披露したことで有名な曲である。ここではベニー・カーターが編曲を担当し、ルイ・ベイコンのTp、エルマー・ウィリアムスのTs、カークパトリックのP、名人ジミー・ハリソンのソロなどが配されている。アンサンブルが見事でヴァイブラフォンらしき音も聞こえる。後半のTpではないかと思われるロング・トーンがすごい。
A面4曲目「ソフト・アンド・スイート」はエドガー・サンプソン作のその名の通りスイートでソフトなバラード、と言ってもテンポはそれほど遅くない。この録音当時サンプソンはバンドに参加しておらず、編曲はベニー・カーターではないかと言われているという。こちらもアンサンブルが見事で、ハリソン(Tb)、ウィリアムス(Ts)、ベイコン(Tp)のソロが入る。

二つのバンドを聴くと、キャブ・キャロウェイの方は殆どジャズからは離れて、キャブの個性的なヴォーカルを武器に、熾烈なバンドの生存競争を生き抜こうとしたのに対し、チック・ウェッブの方はあくまでインストゥルメンタル中心で磨き上げられたアンサンブル、力量のあるソロイストによる聴き応えのある演奏を売りにしていたような気がする。
これは両バンドの出自によるものだという気がする。キャブはコットン・クラブというクラブでのショウが主な活躍場で、来店したお客様が食事或いは1杯飲みながら楽しめる「ショウ」という要素が最も要求されたろうし、チックの主戦場「サヴォイ・ボールルーム」はダンス場であり、いかに踊りやすいか踊りたくなるかということが求められたからではないかと思う。

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第274回2018年8月3日

1930年代 ビッグバンド

ベニー・モーテン & ドン・レッドマン 1931年

ご覧いただきありがとうございます。定年オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。

毎日猛暑が続いています。近頃ちょっとした用が続き、またこの酷暑ということもあってなかなか散歩に行けません。今回も勤め先近くの丸の内・仲通りの緑をお送りします。時間は昼少し前、たくさんの人々がランチに繰り出す前に撮影しました。
先週ちょっとした飲み会があり、久しぶりに銀座に出かけました。勤め先から銀座は歩いて15分くらいで近いのですが、普段は殆ど出掛けません。飲み会の場所が近いこととスタートまで少し時間があったので、久しぶりに山野楽器店に寄ってみました。僕は普段中古のレコード・ショップにはよく行くのですが、新譜を扱うお店にはあまり行くことがありません。しかしこういう新譜を扱うお店には、それなりの魅力があります。それは廉価で再発売されるCDです。これは逆に中古ショップには出回らないからです。知識もないし情報収集力にも乏しい僕は、たまにこういったお店に行って、「ああ、これが再発売されたのか」などと知ることになります。加えて山野楽器には独特の魅力があります。それは知識のない僕には全く聞いたことがないミュージシャン達のCDがまさしく低価格で販売されている廉価盤コーナーです。


僕は以前拙HPでご紹介したユージン・マスロフなどのCDもこの廉価盤コーナーで見つけました。さて、今回は右の3枚を購入しました。1枚800円、3枚で2400円です。失敗してもそれほど響かない金額です。しかし誰一人知っている人がいません。コーナーには他にもたくさんCDがありましたが、ほとんど知らない人ばかりです。ほとんどが多分ヨーロッパの人たちであろうと思われます。
右上がPetr Benesというピアニストが率いるクアルテットで、何曲かゲストでトランペットが加わります。そもそも”Petr Benes”の読み方が分かりません。本来は”S”の上にアクセント・マークのようなものが付くのですが、フォントがありません。発売元はベニー・レコード(Benny Records)というチェコの会社とジャケットにあります。録音は2015年8月26日と27日に行われたようです。他の4人のメンバーも全く聞いたことがなく、読み方も分かりません。収録は全12曲、すべてPetr Benesのオリジナル、つまり曲も聴いたことがないものばかりです。
聞いた感想は、非常に落ち着いたセンスの良いモダン・ジャズという感じです。特にハジケるナンバーはなく、どことなくアメリカではない、ヨーロッパだなぁと感じます。結構スイングしていて楽しく聴くことができます。
真ん中と下の2枚はピアノ・トリオものです。僕はヨーロッパのピアノ・トリオは大好きです。


何故好きかと言うと、ピアノ・プレイにヨーロッパの伝統が感じられ、そしてよくスイングするからです。このことは今や大物になった感のあるエンリコ・ピエラヌンツイを聴いて知りました。ヨーロッパのミュージシャンたちはジャズをやるということはスイングするということだと律儀に信じ込んでいる感じがします。スイングより自己主張だというようなアメリカのジャズマンよりも好感が持てます。と言ってもヨーロッパのジャズ・マンに関しても知識が全くなく、この二人どちらも初耳です。
真ん中がマリオ・ルスカ・トリオ。Mario Rusuca(ピアノ)、Lucio Terzano(ベース)、Tony Arco(ドラムス)というメンバー。1997年4月2日と3日にミラノのスタジオで録音されたとあります。ネットで検索するとディスク・ユニオンが「幻の名盤Mario Rusucaの”Caravan”(本盤)限定復刻」という広告文に出会いました。復刻販売価格は、¥2916。すぐに売り切れたようです。えっ!僕は超ラッキー?
一番下がピエロ・バッシーニ・トリオ。Piero Bassini(ピアノ)、Tito Mangialajo Rantzer(ベース)、Massimo Pintori(ドラムス)というメンバー。2001年3月11日にこちらもミラノのスタジオで録音されたとあります。この盤ではないですが、Piero Bassiniの”Nostalgia”というCDが復刻されるという広告が出ています。こちらも実績のある人のようです。
聴いた感想は、どちらも素晴らしい演奏です。MarioのCDは全10曲、PieroのCDは全8曲で、両者とも1曲を除いて自作で固めています。つまり申し合わせたように1曲だけスタンダードを入れています。
因みにMarioの取り上げたスタンダードは”Caravan”、Pieroは”Stella by starlight”です。これはいいことだと思います。オリジナルはそのプレイヤーなりの個性がよく出るわけですが、逆にスタンダードもこれまでの他の奏者の演奏と比べることができるという点で個性が際立つように思えます。因みにマリオ・トリオの「キャラヴァン」はこれまで聴いたどのキャラヴァンとも違う個性溢れるものです。しかもよくスイングしています。
一方ピエロ・トリオの「星影のステラ」ちょっとだけ遅めのミディアム・テンポを取り、原曲のメロディーが分からないくらいに崩して弾いています。高音部を多用した長いフレージングがスリリングです。
今回の新譜挑戦は、大当たりでした。でも僕などが全く知らないだけで、聴き応えのあるジャズのレコードやCDは一体どのくらいあるんだろうと思わずにはいられません。恐るべきジャズの世界の深さです。


No.274 Bennie Moten & Don Redman 1931

  「RCAジャズ栄光の遺産シリーズ 第9巻 ザ・ビッグ・バンド・エラ 第1集」レコード・ボックス

「RCAジャズ栄光の遺産シリーズ 第9巻 ザ・ビッグ・バンド・エラ 第1集」 レコード 9枚目 RA-53

<Contents> … 1931年4月15日ニューヨークにて録音

record9-A面9ヤー・ガット・ラヴYa got love
record9-A面10アイ・ワナ・ビー・アラウンド・マイ・ベイビー・オール・ザ・タイムI wanna be around my baby all the time

<Personnel probably> … ベニー・モーテンズ・カンサス・シティ・オーケストラ(Bennie Moten's Kansas City Orchestra)

Band leader & arrangerベニー・モーテンBennie Moten
Trumpetエド・ルイスEd Lewisブッカー・ワシントンBooker Washington”ホット・リップス”・ペイジ”Hot lips”Page
Tromboneタモン・ヘイズThamon Hayes
V-Tb、Gt & arrangeエディー・ダーハムEddie Durham
Saxes & Clarinetハーラン・レナードHarlan Leonardウッディ・ウォルダーWoody Walderジャック・ワシントンJack Washington
Pianoカウント・ベイシーCount Basie
Accordionバスター・モーテンBuster Moten
Banjoルロイ・ベリーLeroy Berry
Tubaヴァ―ノン・ペイジVernon Page
Drumsウィリー・マックワシントンWillie McWashington
Vocalジミー・ラッシングJimmy Rushing
「ベニー・モーテン/“Bennie Moten K.C. Orch. 1929-31/Harry Dial quartet 1946”」レコード

この2曲は以前取り上げた(第106回)。“Bennie Moten K.C. Orch. 1929-31/Harry Dial quartet 1946”の片面に収録されていたのである。今回「録音順に聴く」という流れに沿って改めて聴いたが、特段面白いものとは思えなかった。ただ時代背景を少し理解できるようになり、やはりこの不況の時代強烈なスイングというものは好まれず、ということは録音されず、まろやかな演奏が求められたのだろうと解釈している。

「ドン・レッドマン・アンド・ヒズ・オーケストラ 1931-1933」CD

Don Redman and his orchestra 1931-1933 The chronological 543(輸入CD)

<Contents> … 1931年9月24日 ニューヨークにて録音  Brunswick

CD-1トラブル、ホワイ・ピック・オン・ミー?Trouble , why pick on me ?
CD-2シェイキン・ザ・アフリカンShakin’ the African
CD-3チャント・オブ・ザ・ウィードChant of the weed

<Personnel> … ドン・レッドマン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Don Redman and his Orchestra)

 
Alto sax , Bandleader & Conductorドン・レッドマンDon Redman
Trumpetレナード・ディヴィスLeonard Davisビル・コールマンBill Colemanヘンリー・レッド・アレンHenry "Red" Allen
Tromboneクロード・ジョーンズClaude Jonesフレッド・ロビンソンFred Robinsonベニー・モートンBenny Morton
Clarinet & Alto saxエドワード・インジEdward Ingeルパート・コールRupert Cole
Tenor saxロバート・キャロルRobert Carroll
Pianoホレス・ヘンダーソンHorace Henderson
Banjo & Guitarタルコット・リーヴスTalcott Reeves
String bassボブ・イサグイアーBob Ysaguirre
Drumsマンジー・ジョンソンManzie Johnson
Vocalロイス・デぺLois Deppe

ドン・レッドマンの名前はこれまで何度も登場してきた。それはフレッチャー・ヘンダーソン楽団で、マッキニーズ・コットン・ピッカーズで、天才アレンジャーとして名声を馳せてきた。そしてここで初めて自己の楽団を率いることとなったのである。僕は彼ほどの人物が楽団を率いるのだから、それはそれは有名プレイヤーが集うのだろうと勝手に思い込んでいたら<パーソネル>を見ると本HP初登場の人が多い。有名でないから腕も二流ということはないが、意外に拍子抜けの感じがしたものだ。もしかするとレッドマンは自分の世界を表現するには個性的な、つまり名を成したソロイストよりもアンサンブルに長けた人材を求めたのかもしれない。

「ドン・レッドマン・アンド・ヒズ・オーケストラ 1931-1933」CD

この31年に立ち上げた彼の楽団の初録音が9月24日の3曲である。1曲目、2曲目はロイスのヴォーカル入りである。1曲目「トラブル、ホワイ・ピック・オン・ミー?」はこの時代らしいまろやか路線のアンサンブルをバックにしたヴォーカル・ナンバー。さすがにそのアンサンブルは、サックス・セクションが出たかと思えば、ブラスに変わり、さらにはホーンとブラスの絡みなど複雑な組立で、ハーモニーで独特である。
2曲目「シェイキン・ザ・アフリカン」は、アップ・テンポのナンバーで、ヴォーカルはロイスではなくドン・レッドマンが語りのような実に味のある声を聴かせる。アンサンブルはこれも聴き応えがある。
3曲目「チャント・オブ・ザ・ウィード」は、インストゥルメンタルのナンバーで、世紀の傑作と言われる。かの粟村師は「妖しいまでの才気」と激賞している。複雑極まりないアンサンブルは付いて行くだけで大変だ。

<Contents> … 1931年10月15日 ニューヨークにて録音  Brunswick

CD-4シェイキン・ザ・アフリカンShakin’ the African
CD-5アイ・ハードI heard

4曲目「シェイキン・ザ・アフリカン」は、2曲目の録り直し。基本的な構造は同じだが、柔らかなアンサンブルでロイスの語りが入り、イン・テンポになるとTpとTsのエモーショナルなソロが入る。語りの後の合奏が素晴らしい。実に聴き応えのある作品。
5曲目「アイ・ハード」もアップ・テンポの作品。各ソロとアンサンブルが出ては消え、出ては消えと見事なコラボレーションをしめす。こちらも語り風のヴォーカルはレッドマン。

何といってもドン・レッドマンの演奏が素晴らしい。傑作「チャント・オブ・ザ・ウィード」は後にも録音しているが、この1931年版のような緊張感には欠けるような気がする。

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第275回2018年8月11日

ジャック・ティーガーデン入門 その3 1931年

ご覧いただきありがとうございます。定年オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。
僕の今年の夏休みというかお盆休みは8月10日金曜日からです。この日は台風13号が通り過ぎ、湿度の高いうだるような猛暑が戻ってきました。今日は暑さを避けて夕方少しだけ森に行ってみました。

仙台旅行記

多分大方のお盆休みは8月11日土曜日からで、この日盆入り前の休日の新幹線や高速道路は大変な混雑・渋滞になります。僕も以前サラリーマン現役時代は、そんなど真ん中を家族連れで僕かカミサンの実家に帰っていました。自分が休みを取れないこともあるのですが、子供たちも休みであるこの期間中しかまとまった休みが取れず、長距離の旅行は出来ないのです。サラリーマンの宿命です。その時から決めていたことがありました。「引退したら絶対にこの盆休み、正月休み、ゴールデン・ウィーク期間は長距離旅行はしないぞ!」と。そんなことで今年は地元友人の都合で5月に行けなかった故郷仙台に8月3日金曜日から休暇を取得し帰ることにしました。

8月3日金曜日

出発した8月3日金曜日はカミサンが休み取れず、パートの終わった16時30分に首都圏の我が家を出発することになりました。16時半に出発して途中軽い食事(そば)をとり、休憩も取り仙台市内のホテル近辺に着いたのは22時頃。でも今回の宿泊先は始めて利用するところなので場所が分からず、ホテルの近辺をウロウロすること30分やっと22時30分にチェックインできました。
さぁ、繰り出そうという時間でもないですが、少し小腹が空いたのと運転の緊張から解放された安心感から、一杯飲みに出かけました。行った先はホテルのすぐ近所の居酒屋「おやじ」というお店です(写真右上)。そこではビールでのどを潤した後地酒で地元でとれた魚のお刺身などを堪能しました。右の写真は5点盛り(鰹、金目鯛、鱧の湯引き、烏賊、鰯)です。仙台はこの夜は湿気が少なく、ほろ酔い加減で店を出た中年夫婦に夜風が心地よく、さわやかにそよ吹くのでありました。

8月4日土曜日

この日の仙台は全国的な猛暑の例にもれず、朝から熱気が襲ってきます。この日はお盆に先駆けたお墓参りと親戚訪問の日です。遅い朝食を近所の喫茶店で取り、クルマで仙台の中心部か少し離れたところにあるドン・キホーテでお墓に供える花、線香などを購入しました後、2つのお寺と市民墓地を巡ります。
左の写真は途中で食べた昼食です。お店の名前は「おり久」(おりきゅうと読むらしい)。ここは仙台に来る度に前を通るのですが、いつも列ができている人気店のようです。ただ看板が「おり久」としかなく、「ラーメン」という文字がどこにもないので冒険のつもりで入店してみました。入ってみてラーメン店であることとどうも味噌ラーメンが売りらしいので(みんな頼んでいる)、我々も味噌ラーメン(左は野菜チャーシュウ麺¥980)と冷やし味噌ラーメンを頼んでみました。地元の仙台味噌を使ったピリ辛のラーメンでおいしくいただきました。とにかく全般的にヴォリュームがすごい!食べ応え十分です。そういえば仙台では、味噌ラーメンのお店をよく見かけます。地元の「仙台味噌」を活かした味にこだわっているのでしょう。
そして夜は今回の旅のハイライト、友人たちとの宴会です。一次会の場所は「地ビール館」で、男性4人女性2名の参加です。いつも参加している女性1人が旅行のため不参加となったのは寂しい限りですが、いつものように今回も和気藹々大いに盛り上がりました。そして二次会はいつものカラオケ。ここでも中高年パワーは健在で、実に楽しく盛り上がりました。どのくらい楽しくて盛り上がったかと言うと、カメラを持って行ったのに1枚も撮るのを忘れるほどでした(アホか)

8月5日日曜日

大宴会の翌日は、いつもながらの二日酔い。どうしてこう懲りないんだろうと思いながらも一方で1年に一度くらい良いじゃないのとも思い、結局後者に流され、結局は何度もやってしまいます。本来この日の位置づけは「仙台近郊観光」で、今回は少し早めに起きて仙石線で終点女川を目指そうと思っていました。しかし朝は起き上がれず、朝食もホテルの部屋でコンビニおにぎりを食べるという体たらくです。
どこにも観光に行かないというのも何なので、結局は昼近くにホテルを出て向かったのは、青葉区かなり西方にある「定義如来」です。まぁ仙台の人々くらいにしか知られていないお寺ですが、近年この参道のお店で作られ、販売されている身の厚い「三角あぶらげ」が少し名を知られるようになっています。二日酔いの中高年夫婦は、あぶらげ1枚を二人で何とか平らげました。
そして仙台市内に戻る途中、「大崎八幡宮」へ立ち寄りました。「大崎八幡宮」の社殿は、慶長12年に伊達政宗が建立。見事な権現づくりで最高水準の桃山式建築とされ、国宝に指定されています。しかしこの辺りから雨がポツリポツリと落ちてくるようになりました。

この後は仙台駅に向かい、お土産購入タイムです。仙台に行くというと頼まれるのは、人気のお菓子「萩の月」です。「牛タン」もおいしいのですが、なにせ日持ちしないのが欠点です。それともちろん「笹かまぼこ」。これらを相手先を考えながら総額で約1万円ほど購入しました。
そしてホテルに戻ってしばし休憩、夜のイヴェントに備えます。この日のメイン・イヴェントは夏祭りのメイン・イヴェントでもある「花火大会」です。この花火大会は、明日からの一大行事「七夕まつり」の前夜祭として行われるもので、1万6000発の打ち上げ花火は、東北でも有数の規模を誇ります。来場者も50万人と予想されると地元紙「河北新報」に書いてありました。僕が子供の頃も花火大会があったことは覚えていますが、会場まで見に行ったことはなかったような気がします。実は花火大好きの我ら中高年夫婦は、勇んで会場に向かいましたが、とても残念なことに会場まで歩いている途中から雨が降り出し、本降りとなりました。本降りの雨中をとぼとぼと歩きながら、次々と揚がる花火を見物しました。翌日の新聞によると、雨のせいか人出は50万人に届かず、45万人程度だったと報じられていました。

8月6日月曜日

8月6日は恒例の仙台七夕まつりが始まる日です。この日は関東地区にあるわが家へ帰る日ですが、朝ホテルの近くの名掛丁へ朝食を取りに行ったときに少しだけ歩いてみました。この日は朝から弱い雨がパラついています。僕は仙台市の出身ですが、七夕祭りを見るのは何年ぶりでしょうか?20年くらいは見ていない気がします。そして地元では、七夕の3が日は必ず雨にたたられるというジンクスがあることを思い出しました。この時期そんなに雨の降る季節ではないと思うのですが、昔から、僕が子供の頃にはよく聞いたジンクスです。

本当はもう少しノンビリしたかったのですが、明日8月7日火曜日は僕もカミサンも仕事があり帰らなければなりません。七夕見物は早々に切り上げ午前11時に高速道路に乗り入れました。途中、栃木くらいまでは天候は曇りで所々雨がパラつく感じでしたが、栃木県に入ると所々土砂降りの雨です。このHPの文章は8月11日土曜日に書いていますが、今日も栃木などの北関東地区は、天気が不安定で所々雷を伴う大雨が降っているようです。あれからずっと続いているのでしょうか?
8月6日の天候の話に戻ります。クルマは進んで埼玉県に入ると天候は一変し右写真のように青空広がっています。これにも驚きました。そして暑い!暑い!東北で涼しく過ごしてきた我々中高年夫婦は、一気に関東では猛暑が続いていることを思い知らされウンザリするのでした。
そしてふと休憩のために立ち寄ったのが、埼玉県の羽生サーヴィス・エリアです。ここでまた驚きです。これまで何度かここのサーヴィス・エリアには立ち寄ったことがあると思いますが、お土産やちょっとした軽食を出すコーナーがあるそれほど大きいサーヴィス・エリアではないという記憶でした。ところが、何とご覧のような江戸の町のような風情に生まれ変わっているのです。いつ変わったのでしょうか?

ちょっと立ち寄り小用を足すくらいのつもりでしたが、ついつい街並みを歩いてみました。そしてあまりの暑さに惹きこまれたのが、かき氷屋さんです。この年になるとかき氷と言うのはまず食べないのですが、あまりの暑さと街並みに惹かれて久しぶりにいただきました。と言っても二人で1杯です。こういうお店は中高年相手には儲かりませんね。いただいたのはやはり和風の「宇治金時」。しかしこのネーミングすごいですよね。かき氷の「宇治金時」は、細かく削ったいわゆるかき氷に、抹茶エキスとあずきを乗せたものですが、抹茶の名産地「宇治」からの連想で「抹茶」を、「金時」から「あずき」を連想してもらうという仕組みで、「宇治」や「金時」そのものは入っていません。これは長年日本にいないと分からないネーミングなのではないでしょうか?
そんなことを話しながら、中高年はチビチビとかき氷を食べ、啜るのでありました。

No.275 Jack Teagarden Vol.2 1931

レコード…“King of the blues trombone”Epic JSN 6044 輸入盤

<Contents> … 1931年1月録音

Record1B面5.ラヴレス・ラヴLoveless love

<Personnel>… ジャック・ティーガーデン・アンド・ヒズ・バンド (Jack Teagarden and his band)

Bandleader , Trombone & Vocalジャック・ティーガーデンJack Teagarden
Trumpetチャーリー・スピヴァクCharlie Spivakスターリング・ボーズSterling Bose
Clarinet & Alto saxギル・ロディンGil Rodinジミー・ドーシーJimmy Dorsey
Tenor saxエディー・ミラーEddie Miller
Pianoギル・バウアーズGil Bowers
Guitarナッピー・ラメアーNappy Lamare
Bassハリー・グッドマンHarry Goodman
Drumsレイ・ボーダックRay Bauduc

このボックスに収録されたティーガーデンの参加した1931年の録音は全5曲。まずは1月に録音された「ラヴレス・ラヴ」。「愛のない愛」という意味でしょうか?レコード・ボックスのソロ・オーダーにはアンサンブルをリードし、最初にソロを取るのはTpのスターリング・ボーズ、ティーガーデンのヴォーカルにオブリガードを付け、その後のClのソロはマッティ・マトロックとあるが、パーソネルにはマトロックは参加していないことになっている。ロディンかドーシーの誤りであろう。続いてエディー・ミラーのTs、そしてティーガーデンのTbソロで締める。どこかで聞いたことのメロディーで各自短いがなかなか良いソロを聴かせてくれる。

<Contents> … 1931年3月2日録音

Record1B面6.スイート・アンド・ホットSweet & hot

<Personnel>… ベン・ポラック・アンド・ヒズ・オーケストラ(Ben Pollack and his Orchestra)

Bandleader , Conductベン・ポラックBen Pollack
Trumpetルビー・ワインシュタインRuby Weinsteinチャーリー・スピヴァクCharlie Spivakスターリング・ボーズSterling Bose
Trombone & Vocalジャック・ティーガーデンJack Teagarden
Clarinet & Alto saxギル・ロディンGil Rodinベニー・グッドマンBenny Goodman
Tenor saxエディー・ミラーEddie Miller
Pianoギル・バウアーズGil Bowers
Violinアレックス・ベラーAlex Beller
Guitarナッピー・ラメアーNappy Lamare
Bassハリー・グッドマンHarry Goodman
Drumsレイ・ボーダックRay Bauduc

ベン・ポラックの楽団に参加しての録音。以前第114回ベニー・グッドマンの1931年の録音を取り上げたことがある。その時の音源はタイム=ライフ社で出した「ザ・ジニアス・オブ・ジャズ/ベニー・グッドマン」とCDの「ヤング・ベニー・グッドマン」だったがそのどちらにも収録されていない録音。“King of the blues trombone”のソロ・オーダーによるとヴォーカルはティーガーデンの他Gtのナッピー、大将のポラックも取っているという。さらにソロは、ティーガーデン、BG、ミラーの短いソロが入り乱れる形で出てくる。
またこの曲はハロルド・アーレンの作で拙HP第266回レッド・ニコルスとファイヴ・ぺニーズで、1931年1月16日録音のものを取り上げている。その時と被るメンバーはティーガーデンとBGである。ニコルスの1月の録音は同曲の初レコーディングと思われるが、その1か月半後の録音である。もしかするとBGかティーガーデン、或いは双方の推薦だったのかもしれない。

<Contents> … 1931年10月4日録音

Record1B面7.ザッツ・ホワット・アイ・ライク・アバウト・ユーThat’s what I like about you
Record1B面8.ユー・ラスカル・ユーYou rascal you
Record2A面1.チャンセズ・アーChances are

<Personnel>… ジャック・ティーガーデン・アンド・ヒズ・オーケストラ (Jack Teagarden and his Orchestra)

Bandleader , Trombone & Vocalジャック・ティーガーデンJack Teagarden
Trumpetチャーリー・スピヴァクCharlie Spivakチャーリー・ティーガーデンCharlie Teagarden
Alto saxジョー・カタラインJoe Catalyneマックス・フエアリーMax Farley
Clarinet & Tenor saxピー・ウィー・ラッセルPee Wee Russell
Baritone saxファッツ・ウォーラーAdrian Rollini
Pianoファッツ・ウォーラーFatsWaller
Guitarナッピー・ラメアーNappy Lamare
Bassアーティー・バーンスタインArtie Bernstein
Drumsスタン・キングStan King

ティーガーデンとファッツ・ウォーラーが共演した大変珍しい録音だと思う。
「ザッツ・ホワット・アイ・ライク・アバウト・ユー」は、ティーガーデンとウォーラーのヴォーカルの絡みが聴かれる。低音で落ち着いた風のある2枚目ティーガーデンに対してウォーラーは、少し3枚目的な役回りを演じているような気がする。「道化」も彼の大きな売り物だったから仕方がないことかもしれないが。そしてこの曲こそ、ロリーニのバス・サックス、C・ティーガーデンのTp,ラッセルのCl、J・ティーガーデンのTb、ウォーラーのPと短いソロが入り乱れる。3分という制約がなく録音していたらかなり面白い作品になったのではないかと思う。
「ユー・ラスカル・ユー」は、ルイ・アームストロングがこの年の4月28日、キャブ・キャロウェイが9月23日に録音しているナンバー。ここでのリード・ヴォーカルは勿論ジャックで、ウォーラーが全曲よりも明確に3枚目的に絡む役を引き受けている。ただしこの作品の注目すべき点は、ルイも、キャブも皆ニューオリンズ風の雰囲気を漂わせた作品であったのに対し、イントロこそディキシー風だが後半特にエンディングなどはスイング時代そのものを彷彿とさせるリフで締めにかかるのである。前2者に比べるとグッとスイングに近づいた感じがする。編曲が見事なのだろう。
「チャンセズ・アー」は、前2曲同様やはりストライド風のプレイに感じるウォーラーのピアノが効いている。この曲でウォーラーのヴォーカルの出番はなく、ピアノに専念している。

本来前回のドン・レッドマンとの組み合わせで一つの回にした方が良かったかなと考えている。ともかく僕が感じるこの31年のティーガーデンの録音の白眉は「ユー・ラスカル・ユー」で、これは聴き応えのある作品だと思う。理由は前述の通り。

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第276回2018年8月15日 ジョン・コルトレーン 入門第8回

ジョン・コルトレーン 「ザ・ロスト・アルバム」

ご覧いただきありがとうございます。定年オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。

僕の住んでいる辺りは、猛暑復活。本日も厳しい暑さとなりました。大気の不安定な状態が影響して雷雨になるという予報が毎日出ていますが、8月13日(月)夕方2〜3時間ほど雷鳴が鳴り雨が降ったくらいで大きな崩れもありませんでした。しかし2〜30q離れたところでは大雨、注意報が出されるなどほんの少しの違いで大きく天候が変わるというのも今年の夏の天気の特徴ではないでしょうか?
ところで右の2枚の写真は、同じ区域にある百日紅の木とその満開の様子です。2本の木は50メートル程度しか離れていません。そしてどちらも全く遮るものが無いように日当たり抜群の場所に育っています。しかしご覧いただければわかるように花の付き具合、花の色が大きく異なります。上はピンクの花が所狭しと咲いているのに対し、下の方は花は少し疎らですが、花の色が濃く紅色に近い色をしています。一体どうしてでしょうか?
よくアジサイなどでは植えてある場所の土の成分の微妙な違いが色に反映されるなどと言いますが、百日紅でそのような話は聞いたことがありません。或いは単純に種類の違いなのでしょうか?

残り31週

さて、今週は完全引退まで残り31週です。前回も書きましたがお盆のこの時期は遠出を避けて、基本的に家で大人しく過ごすことにしていました。毎日1時間の庭の雑草取りの他は、乱雑に置いてあるレコードの整理等をして過ごすつもりでした。そしてその他はジャズ聴き放題、のんびりと拙HPを進めようと考えていました。ところが現実は意に反してとんでもなく忙しい日々を過ごしています。
僕の夏休みは、8月10日(金)から8月15日(水)までの6日間です。その内孫が1泊2日で2度、日帰りで1日遊びに来ています。孫は可愛くて一緒に遊ぶのは楽しいのですが、他に何もすることが出来なくなります。このHPも孫が寝た後にしか作成することができません。その分寝るのが遅くなるのですが、朝はノンビリねてられるかというとそうは行きません。はやく寝て早く起きる孫が起こしに来るのです。「ジィジー、遊ぼう!」ああ毎日寝不足の日が続きます。

さて、前回まで僕の持っている1931年の音源を掘り起こしました。1932年の掘り起こしにかかる前に、1回別ヴァージョンを挟みましょう。僕が勝手に決めているルール、「年1回はマイスル、コルトレーン、エヴァンスを取り上げる」に従い今回はジョン・コルトレーンの巻きです。

No.276 John Coltrane Vol.8
“The lost album”

  

John Coltrane  “The lost album”  Impulse! Verve UMe 輸入アナログ盤

<Contents>

A面
B面
1.アンタイトルド・オリジナル・11383Untitled original 113835:41 1.インプレッションズImpressions4:30
2.ネイチャー・ボーイNature boy3:23 2.スロウ・ブルースSlow blues11:25
3.アンタイトルド・オリジナル・11386Untitled original 113868:38 3.ワン・ナップ、ワン・ダウンOne up , one down7:58
4.ヴィリアVilia5:32

<Personnel> 1963年3月6日 イングルウッド・ルディ・ヴァン・ゲルダ―・スタジオにて録音

Soprano saxジョン・コルトレーンJohn Coltrane
Pianoマッコイ・タイナーMcCoy Tyner
Bassジミー・ギャリソンJimmy Garrison
Drumsエルヴィン・ジョーンズElvin Jones

今回取り上げるのは、本年(2018年)6月29日に鳴り物入りで世界同時発売されたジョン・コルトレーンの発掘最新盤である。右の切り抜きは、このレコードの音源発掘とアルバム化を伝える朝日新聞の記事。6月29日発売なのに6月9日に記事が出ている。相当前から記者発表し、準備をしていたことがうかがえる。実際僕などは、待ち焦がれていた。
本来コルトレーンの録音を古い順に追っていきたいのだが、そうするとそろそろマイルスのバンドになってしまうので、最近のものからチョイスすることにした。どうせなら最新の、6月末に発売されたばかりのものにしよう。というわけで発掘盤としては4年ぶりの新作「ザ・ロスト・アルバム」である。
この音源は、2種類の形態で発売されている。1つは通常版で7曲収録されている。もう一方は、出ました別テイク集付きの「デラックス・エディション」で、こちらには4曲合計7テイクが収められたディスク2が付く。僕の作戦は、今回はどうしてもレコードで欲しかった(高いけど)ので、レコードを購入し、本当に感動モノなら「デラックス・エディション」のCDを追加購入しようというもの。因みに僕の購入したレコードは消費税込みで¥3,888だった。発売後20日ぐらいで買ったので、USオリジナルかなと思っていたら、レコードをよく見ると”Made im the EU”の文字がある。EUで発売されたものを輸入したようだ(購入したのはディスク・ユニオン)。
またこのレコードには公式サイトもある。売る気満々である。要は「コルトレーンはスゴイんだぞ!」、この「カルテットは黄金のカルテットと呼ばれたんだぞ!」、「その音源が見つかったんだぞ!」、「貴重だぞ!」、「みんな買おう!」ということだ。僕にとっては、「今までないと思われていた1963年の黄金カルテットのスタジオ録音のテープが見つかった。状態も良いので発売する」というだけで絶対に買うのだが、最近の人たちにとっては既にコルトレーンはカリスマでも何でもなく、宣伝に力を入れないと売れないと踏んだのだろう。しかし裏を返せば、レコード会社は宣伝すれば売れると踏んだということでもある。果たして売れ行きはどんな具合何だろうか?気になるところではある。

公式サイトについては直接見ていただければ良いのだが、少しだけ思う所を書いてみる。
先ず公式サイトは、このアルバムは「世紀の大発見!で「奇跡のアルバム」だという。なぜ「世紀の大発見で奇跡」なのかと言うと、次の3つの理由が挙げられている。

@マスター・テープがない

ロスト・アルバム(失われたアルバム)=当時在籍していたインパルス・レーベルには、録音の記録は残っているもののマスター・テープが存在していなかった。
なぜマスター・テープがなかったかについては、これも公式サイトが答えてくれる。
通常録音されたマスターテープは、インパルス・レーベルが録音場所のヴァン・ゲルダー・スタジオから引き上げて管理していた。コルトレーンの死後(60年代後半)、レーベルの親会社であるABCレコードはロサンゼルスへと本社を移転、インパルス関連のマスターテープもすべてロスの保管施設に移管されました。やがて70年代初頭に入り、ABCレコードの経費削減の取り組みの一環として、保管費用の節約のため、貴重なマスターテープが次から次へと廃棄された。カタログに存在する1アイテムにつき1本のテープ・コピーは保有される、という基準だったため、当時までにリリースされていなかった音源のテープは破棄されてしまったという。そんな中に今回も未発表セッションのマスターも含まれていたと思われる、とさ。
しかしこれは会社内の勝手な事情なのでどうでもよく、我々には全く関係ない話であるが、どのような経緯でテープが見つかり発売されるに至ったかについても公式サイトは詳しく書いているのでここでは割愛したい。

A過去に海賊版などでも一切世に出たことがない「完全な新作」

これも直接ファンには関係のない話である。

Bコルトレーンの絶頂期で「黄金のカルテット」と呼ばれるメンバーによるもの

だからだそうです。しかしこの頃が絶頂期というのは、誰がどう決めたのだろう?ちょっと言い過ぎではないかと思う。この通りとすると、この後は絶頂期を過ぎた演奏集ということになる。そうなのかどうかはもっと聴いて判断したい。

そもそもこのアルバムは不思議なアルバムなのである。何が不思議化と言うと

吹込み時期

カルテットが揃ってこの録音を行った翌日は、コルトレーン唯一の歌伴アルバム「ウィズ・ジョニー・ハートマン」の同じカルテットの伴奏で同じImpukseに吹き込み予定だった。この時期になぜこの録音を行ったのか?
んでいる。「ウィズ・ジョニー・ハートマン」はご存知の通り全篇スローなバラード集である。万事用意周到で万全の準備して臨むことで有名なコルトレーンが、前日にバラードの練習をするならわかるが、この日の録音において、スロー・ナンバーは「ネイチャー・ボーイ」1曲でありその曲をハートマンが歌っているわけでもない。これからもっと勉強しなければならないが、僕の知っている限り、コルトレーンは公式盤の録音前日に全く意趣の異なる公式盤の録音をしたことがない。

未発表の理由

未発表の理由は、上記@のようにマスター・テープがなかったということなのだろうが、それは年月が経って処分されてしまったと思われるということであって、すぐに発売すれば問題がなかったはずである。ではなぜすぐに発売されなかったのか?これには公式サイトが答えてくれる。
「なぜすぐ発売されなかったかという決定的な理由は分からないが、当時インパルスは、「バラード」、「アンド・ジョニー・ハートマン」、「デューク・エリントン・アンド」という企画要素の高い作品を連続して発表していた。さらに当時のコルトレーンは人気がうなぎのぼりで、かつて在籍していたプレスティッジ、アトランティックなどが在籍時に録音した音源をまるで新作のようにこぞって発売しており、史上にはコルトレーンのアルバムがあふれて混乱をきたしていたからだ」という。

「ジョン・コルトレーン/ザ・ロスト・アルバム」A面ラベル

非常に前向きな意見だとは思う。各社がコルトレーンのレコードを新作のように装いながら、再発し市場は混乱していたというのはその通りでしょう。しかしこのレコードが発売されなかった理由がそれだけとは思えない。もしコルトレーンに生前このテープをレコード化して発売しようかとインパルス側がもちかけたら、コルトレーンは何と答えたか?多分答えは「ノー!」だったと思うのである。それはこのレコードの出来具合である。ということで中身を聴いていこう。

A面1.アンタイトルド・オリジナル・11383
コルトレーンのオリジナル。割と普通のメロディーである。トレーンはソプラノを吹く。テーマの後、トレーン、マッコイのソロが続き、ギャリソンのギコギコ・ソロ(アルコ)となる。この人もアルコ・プレイは止めた方がいいと思う。そしてベースが、ピチカットでウォーキングを弾き、トレーンの短いソロからテーマに移る。
A面2. ネイチャー・ボーイ
スタンダード・ナンバー。ここでトレーンはテナーを吹く。何といってもエルヴィンのタイコが見事。
A面3.アンタイトルド・オリジナル・11386
これもコルトレーンのオリジナル。ここでの吹奏はソプラノ。メロディーは割と普通のハード・バップ風。ここでもエルヴィンの、アフロ・リズム風のポリリズムを活かした自由自在のドラミングがすごい。マッコイのソロも前半はなかなか聴き応えがある。しかし全体としてどうも消化不足の感が否めない。 A面4.ヴィリア
フランツ・レハールが作曲したオペレッタ「メリー・ウィドウ」の中の1曲。覚えやすいメロディーである。jazz方面で誰か以前に演じていなかったかググってみるとガイ・ロンバードとロイアル・カナディアンズの吹込みがあるようだが、あまり一般的ではないようだ。


「ジョン・コルトレーン/ザ・ロスト・アルバム」B面ラベル

僕はA面のコルトレーンのプレイをあまり高く買っていない。普通のサックス奏者ならまぁこんなものかとも思うのだが、コルトレーンはこんなものではないはずと思う。僕はどうしてもリハーサル・トラックのような気がしてならない。

ところが一転、B面は力のこもった入魂のプレイが続くのである。B面は全てテナーでのプレイである。

B面1.インプレッションズ
言わずと知れたコルトレーンの代表作。何度も録音しているがここまで録音されたものにはエリック・ドルフィーが入っていた。ここではワン・ホーンで簡潔なナンバーに仕上がっている。
B面2.スロウ・ブルース
コルトレーン作のブルースという。11分を越す演奏だがたるみは少しも感じさせない。マッコイのソロでは途中からテンポが倍テンポにするなど工夫を凝らしている。
B面3.ワン・ナップ、ワン・ダウン
これもコルトレーンのオリジナル。
アップ・テンポのナンバーで各自のソロが入る。何といってもすさまじいのはエルヴィンで、これでもか、これでもかと強烈なビートを叩き出してくる。余りの強烈さにマイクがちゃんと音を拾えないのではないか心配になる。

とにかくB面は圧巻で、コルトレーンを聴いたという気にさせてくれる。

現状の僕は、B面のすごさを感じつつもデラックス・エディションは買わなくてもいいかなと思っている。もしまだこのアルバムを買っていない方がいたら何かの参考になれば幸いです。

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第277回2018年8月19日

フレッチャー・ヘンダーソン入門 その12 1932年

ご覧いただきありがとうございます。定年オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。

タイ料理店エヴァン

8月18日土曜日、僕の住む辺りは気温は最高で30度と高いものの湿度が低くとても過ごしやすい陽気となりました。その日は午後からテニスしたのですが、実に爽やかで今シーズン最高のコンディションだったのではないかと思います。
テニスが終わってからはいつもの反省会と称する飲み会に参加。少々夜の帰りが遅くなったのですが、夜になると涼しさを通り越して寒さを感じるほどで、久しぶりにジャージを引っ張り出さなくてはなりませんでした。
夜寝る時もエアコンは不要で、カミサンなどは薄い掛布団を出して寝ていました。おかげでこれも久しぶりにグッスリ眠れたのですが、寝苦しさというのは気温もあるけれど湿度も重要だなということを改めて認識させられました。
とはいっても日中は暑いので、ランチは以前ご紹介したことのあるタイ料理の店「エヴァン」にうかがいました。これまた久しぶりのおいしいタイ・カレーを堪能しました。

エヴァンのタイ・カレー

写真はカレーだけですが、これにもちろんタイ米のごはん、サラダ、タイのお新香のようなものが付き、食後にはコーヒーも付いて¥880です。抜群のコスト・パフォーマンスですが、これも東京都心ではないという立地条件からくるものでしょう。
暑い時には暑い国のご飯を頂く、これ基本ですね!

残り30週

週明け8月20日から完全引退まで残30週となります。現在のところ、だからどうだということも無く、会社では来週もきっちり仕事の予定があり、特に心境の変化というものもありません。来週も通勤電車が空いているといいなぁと思うばかりです。

アレサ・フランクリンのEP
訃報 アレサ・フランクリン死去

新聞によりますと、「ソウルの女王」(昔はレディ・ソウルと呼ばれていた)アレサ・フランクリンが、すい臓がんのため8月16日、ミシガン州デトロイトの自宅で亡くなられたそうです。76歳だったそうです。
僕は、最初このニュースをNHKの19時のニュース(8月17日夜)で知り、新聞で読んで確認しました。僕のように一時R&Bに入れ込んだ人間にとっては、「アレサ・フランクリン」と言えば、看板に偽りなしの「ソウルの女王」ですが、一般的には日本で彼女の知名度はどのくらいあるでしょうか?ほとんどないと言っても過言ではないと思います。つい先日TVのクイズ番組を見ていたら、クイズ王ともいわれる漫才コンビ、ロザンの宇治原氏が人名当てクイズで、最初と最後の文字とヒット曲・ステージ写真というヒントがありながら、「ジェイムス・ブラウン」が分かりませんでした。日本でも「セックス・マシーン」という大ヒットがあるJBよりも確実に知名度は落ちると思われる彼女だけにNHKのニュースで報じられたのが意外でした。他にニュースがなかったのかな?
アレサは、1942年3月25日テネシー州に生まれ、1961年にデビューしますが当初はレコード会社がポップス・シンガーとして売り出そうとしたため全く注目を集めることはなかったと言います。そして転機は1966年のアトランティック・レーベルへの移籍後に訪れました。同社のプロデューサー、ジェリー・ウエクスラーは彼女の黒っぽさを前面に出す方針に舵を切ります。その方針は見事に当たり、移籍後第1弾シングル”I never loved man”がヒットします。そして彼女の人気が決定的になったのは、オーティス・レディングをカヴァーした”Respect”でついに全米No.1のヒットをかっ飛ばします。
その後の彼女は飛ぶ鳥を落とす勢いで、同1967年”Natural woman”が8位、”Chain of fools”が2位、68年の”I say a little prayer”が10位とヒットを連発します。因みに左の写真は僕は初めて買った彼女のレコードです。EP盤でこの4曲を網羅した優れものです。多分高校1年(1968年)頃に買ったと思います。どのナンバーも素晴らしいですが僕は特に”Chain of fools”が大好きで、後に自分のド下手素人バンドでもカヴァーしました。当時日本でもバート・バカラックに作曲を依頼した”I say a little prayer”がヒットしていたと思います。混じりけなしの名曲です。
とにかく圧倒的な声量とゴスペル・フィーリング溢れる歌いまわしで、ローリング・ストーンズやサイモンとガーファンクルのヒット曲をカヴァーしましたが、どれも彼女が歌うとソウルの名曲になってしまうという途方もない実力の持ち主でした。享年76歳、まだまだ若い!彼女にはもっともっと歌ってもらいたかった。誠に残念です。
合掌!

No.277 Fletcher Henderson Vol.12 1932

「RCAジャズ栄光の遺産シリーズ ザ・ビッグ・バンド・エラ 第1集」 レコード・ボックス

「RCAジャズ栄光の遺産シリーズ 第9巻 ザ・ビッグ・バンド・エラ 第1集」RA-45(第1面)

<Personnel> …フレッチャー・ヘンダーソン・アンド・ヒズ・オーケストラ (Fletcher Henderson and his orchestra)

Band reader& Pianoフレッチャー・ヘンダーソンFletcher Henderson
Trumpetボビー・スタークBobby Stark ラッセル・スミスRussell Smith
Cornetレックス・スチュワートRex Stewart
TromboneJ.C.ヒギンボッサムJ.C.Higginbothamサンディー・ウィリアムスSandy Williams
Alto sax& Violinエドガー・サンプソンEdger Sampson
Clarinet & Alto saxラッセル・プロコープRussell Procope
Tenor saxコールマン・ホーキンスColeman Hawkins
Banjoクラレンス・ホリディClarence Holiday
Tubaジョン・カービーJohn Kirby
Drumsウォルター・ジョンソンWalter Johnson

「RCAジャズ栄光の遺産シリーズ 第9巻 ザ・ビッグ・バンド・エラ 第1集」は、何度も言及して申し訳ないが、一切録音データを掲載していないので、パーソネルは、Web版のパーソネルを見るしかない。
そのWeb版ディスコグラフィーによれば、1932年3月10日6面分の吹込みが行われた。前回録音が1931年10月だった(拙HP第268回)ので、約5か月後のことである。バンドは6曲とも同じメンバーで、合計4人の歌手が起用されている。その内3人が1曲ずつ歌い、1人が2曲歌い、4人そろって1曲歌っている(プア・オールド・ジョー)。その全6曲の録音の内4曲が、ここには収録されている。それぞれの曲の歌手は以下の通りである。

「RCAジャズ栄光の遺産シリーズ ザ・ビッグ・バンド・エラ 第1集」 フレッチャー・ヘンダーソン レコード1B面ラベル

<Contents>…1932年3月10日ニューヨークにて録音

Vocal
record1B面3曲目ストレンジャーズStrangersジョン・ディッケンズ(John Dickens)
record1B面4曲目テイク・ミー・アウェイ・フロム・ザ・リヴァーTake me away from the riverアイキー・ロビンソン(Ikey Robinson)
record1B面5曲目アイ・ウォナ・カウント・シープI wanna count sheepハーラン・ラティモア(Harlan Lattimore)
record1B面6曲目プア・オールド・ジョーPoor old Joeハーラン・ラティモア(Harlan Lattimore)ジョン・ディッケンズ(John Dickens)アイキー・ロビンソン(Ikey Robinson) 、ベイビー・ローズ・メアリー(Baby Rose Mary)

4曲とも不況の時代を反映してか温和なポップス・チューンとなっている。ガンサー・シュラー氏はこれらの録音に一切触れていないが、それは特に語るべきことがないということだと思われる。しかしアンサンブルは見事だし、ヒギンボッサムやホーキンスの見事なソロなどを聴くことができるので、そうそう退屈な録音というわけではない。
B面3曲目ストレンジャーズ
ホーキンスのソロが聴き応えがある。Tpソロもいいが、レコード解説に拠ればスタークかスチュアートかはっきりしないという。ヴォーカルはジョン・ディッケンズ。
B面4曲目テイク・ミー・アウェイ・フロム・ザ・リヴァー

ここでもホーキンスが活躍する。ヘンダーソンのPソロも聴くことができる。ヴォーカルのアイキー・ロビンソンは、黒人で”バンジョー・アイク”という名で知られていたという。アレンジは多分ベニー・カーターではないかという。
B面5曲目アイ・ウォナ・カウント・シープ
ここでもホーキンスが活躍する。ホーキンスがバンドの重要なソロイストの地位を確立しつつあることが分かる。
B面6曲目プア・オールド・ジョー
最初にソロで歌うのはラティモアで、ラティモアは当時「黒いビング・クロスビー」と呼ばれたという。後半部で残り3人のコーラスと掛け合いで歌う。これも編曲はカーターではないかという。

さて次の録音はCD“A study in frustration”になるのだが、CD記載の録音データとWeb版パーソネルでは、記載がかなり異なるのである。
まずCDでの記載であるが、曲名は「ブルー・モーメンツ」で録音日は1932年11月3日でニューヨークにて録音されたとある。しかしWeb版では、録音日は1932年3月11日ニューヨークにて録音とある。
パーソネルでは、双方共通なのがTpにレオラ・ヘンダーソンが加わったという点で、CD解説ではその他にアルト・サックスにヒルトン・ジェファーソンが加わったとするが、Webではそれがない。レオラ・ヘンダーソンはフレッチャーの2人目の妻でTp奏者だが、サックスも吹くという。
僕にはこの問題に対する判断能力はないが、想像では多分Web版が正しいように思える。CD誤りの原因は、以前にもあったが3月11日と11月3日の取り違えで、音源を収録順に並べているのが正しいとすれば、CD3枚目2曲目の録音日が9月12日あることから、11月3日の録音が9月の前に来ていることがおかしいのである。ということでこの曲はレコードの4曲の翌日3月11日に録音されたとして話を進めよう。

「ア・スタディ・イン・フラストレイション/フレッチャー・ヘンダーソン」CD3枚組 CD3ジャケット

「スタディ・イン・フラストレイション」“A study in frustration”Essential・JAZZ・Classics EJC55511 CD3枚組 made in EU

<Contents>…1932年3月11日ニューヨークにて録音

CD3-1.ブルー・モーメンツBlue moments

<Personnel> …フレッチャー・ヘンダーソン・アンド・ヒズ・オーケストラ (Fletcher Henderson and his orchestra)

変更 Web、CD共通
Trumpetラッセル・スミスレオラ・ヘンダーソンLeora Henderson
追加 CDのみ記載
Alto saxヒルトン・ジェファーソンHilton Jefferson

前日の録音と異なりヴォーカルが入っていない。また曲名の通り少しブルーなムードを持った曲である。ここでもソロで活躍するのは、コールマン・ホーキンスである。

その他の録音データについて一致するかと言えば残念ながら一致しないのである。1932年においてはもう3曲録音されたことになっている点とパーソネルはCD解説とWebでは一致しているが、録音日については大きく異なっている。CD解説では、9月12日にCD3-2〜CD3-4の3曲が録音されたことになっている。しかしWebでは12月9日に同じタイトルの3曲が同じメンバーによって録音されたと記載されている。またまた録音日の違いである。
これも僕には確定する力がないが、今回は力強い見方がいる。ガンサー・シュラー氏である。氏は「ニュー・キング・ポーター・ストンプ」を1932年12月録音と書いている。ということで今回もWebに軍配を上げ、12月9日が正しくCDの9月12日を誤りとしておこう。

「ア・スタディ・イン・フラストレイション/フレッチャー・ヘンダーソン」CD3枚組 CD3

<Contents>…1932年12月9日ニューヨークにて録音

CD3-2.ニュー・キング・ポーター・ストンプNew king porter stomp
CD3-3.アンダーニース・ザ・ハーレム・ムーンUnderneath the harlem moon
CD3-4.ハニーサックル・ローズHoneysuckle rose

<Personnel> …フレッチャー・ヘンダーソン・アンド・ヒズ・オーケストラ (Fletcher Henderson and his orchestra)

ギター奏者を除いて3月10日の録音と同じ。

変更 Web、CD共通
Guitarクラレンス・ホリディフレディー・ホワイトFreddy White
J.C.ヒギンボッサム「ニュー・キング・ポーター・ストンプ」のソロ

前回録音から9か月たっているが、メンバーの交替はギターだけでメンバーは安定していたといえる。なかでもCD3-2「ニュー・キング・ポーター・ストンプ」は注目すべき作品ということでガンサー・シュラー氏が詳しく解説している。「1932年12月に、ヘンダーソン・バンドは「キング・ポーター・ストンプ」の華麗な「ヘッド・アレンジメント」版を創り出した。


コールマン・ホーキンス「ニュー・キング・ポーター・ストンプ」のソロ

「シュガー・フット・ストンプ」の再録音の場合と同じように、新たな版のより活発なテンポが測り知れないほど有効である。滑らかなスイング、調和の取れた4ビートのリズム・セクションもまた貢献している。骨格は、1928年の版とほぼ同一で、スタークが冒頭の旋律を反復し、装飾を加える。バンドの二人の新人Tb奏者の一人、サンディ・ウィリアムズがジミー・ハリソンがかつて吹いた短いフレーズを模倣し、他方、ホーキンスがバスター・ベイリーの昔のコーラスの代わりに、彼のそれまでで最も見事なソロの一つを披露する。かつてのジョー・スミスの出番には、レックス・スチュアートが登場して、高音のf音でこれを終了する。もう一人の新人Tb奏者のJ.C.ヒギンボッサムが一連のソロのけりをつけるのだが、その過程で、右上楽譜のような半音階的な『小フレーズ』を模倣する。これは1926年の「スタンピード」以来相当長い間ホーキンスが時折愛用していたフレーズで、「キング・ポーター・ストンプの次の録音(1933年)では、ヘンリー・レッド・アレンが利用することになるフレーズでもあった。
ホーキンスの右のソロは綿密に検討してみる価値がある。このソロにおいて、この遅咲きの芸術家は、その後何十年間彼の目印ともなった大胆な着想によって真価を認められたのだ」と。
確かにここでのホーキンスのソロは、細かい音を危なげなく吹き切るテクニックを身につけた上に、グイグイとバンドを引っ張っていく力強い牽引力が加わり実に素晴らしいソロを聴かせてくれる。そしてスタークのTp、ボッサムのTbソロも見事である。エンディングはスイング時代到来を示すノリを生み出すコール&レスポンス式のリフを配するなど見事な構成で聴き応え十分である。
CD3-3.アンダーニース・ザ・ハーレム・ムーンも見事な出来映えで、出だしのホーキンスのソロ、Tpと絡みも素晴らしい。女性ヴォーカリスト、キャサリン・ハンディ(Katherine Handy)のヴォーカルの後に出てくるTbソロも見事だ。
CD3-4.ハニーサックル・ローズはファッツ・ウォーラーの作品。この曲もエンディングをリフで締めている。
ともかくこの日のバンドは絶好調で、3曲とも素晴らしいパフォーマンスを示している。

シュラー氏によると、12月9日の録音の後の1933年8月に行われた録音においては、このバンドはホーキンス一色になっていたという。そしてイギリスの放送協会がこれらの録音を聴くや否や、ホーキンスにロンドンでの1年間の契約仕事を申し込んできたという。ホーキンスはこれに乗り、ヘンダーソンの元を離れてこの後1939年までヨーロッパに滞在するのである。これはヘンダーソンにとって深刻な打撃となったが、それはまたのちの話。

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ルイ・アームストロング入門 その24 1932年

第278回2018年8月26日

ご覧いただきありがとうございます。
定年オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。

今年は台風の当たり年のようです。左は8月23日の丸の内・仲通りの様子です。それほど風もなく嵐の前の静けさですが、この後夕方から風が吹き出し、雨も降り始め、夜半には大荒れの天気となりました。
我が家近辺でも、今年これまでにやって来た台風の中では最も影響が大きかったです。夜中風が強く吹き、雨が打ち付けます。築30年、それも安普請の我が家は屋根が飛ばされるのではないかと心配なほどでした。しかしありがたいことに具体的な被害には至らず助かりました。僕の住む辺りは、朝には台風が通り過ぎ、交通機関に影響も出ず、いつも通りの出勤しました。
何年かぶりで相模大野の中央公園で開かれる「もんじぇ祭り」に行ってみました。現在このイヴェントは「Foods & Music Festa」と銘打って開かれていますが、以前は「Music」ではなく「Jazz」としており、「食とジャズ」の祭りと名乗っていました。

その頃にはどんなジャズを聴かせてくれるのかと期待して参加していたのですが、他のジャズ・フェスでも指摘されているように、ほとんどジャズ・バンドが出ず、なぜ「ジャズ・フェス」と銘を打つのかさっぱり分から無いような状態で、行くのを辞めていました。
今年も僕は全く行く気がなかったのですが、久しぶりに行ってみようとカミサンに誘われ夕涼みがてら訪れてみました。19時頃会場についてまずは生ビールを飲み、次のステージは誰が出るのかな?つまらなかったら帰ろうなどと思っていたら、なんと出演したのは、坂田稔カルテット。幕開けの1曲目は「スピーク・ロウ」。何と予想外のストレート・ジャズの登場に、うれしくなって席を前の方に移動し、素晴らしい演奏に聴きほれました。
この日のメンバーは、尾崎一宏(Ts),30板垣光弘(P)、堀剛(B)そして大将坂田稔(Ds)でした。坂田さんの繰り出すシュアでステディな4ビートに乗って尾崎さんのテナー、板垣さんのピアノが歌う、歌う。堀さんの強靭なウォーキングも心地よい。これ!こういう正統派のジャズが聴きたいのだよ!と思わず心の中で叫んでいました。尾崎さん、良いフレーズ吹いていたなぁと思いつつ、演奏終了後CD即売会に向かいました。
そこで購入したのが、右下のCD。CDは何と15年前の2003年のもの。メンバーはPの板垣さん以外は、違うメンバーです。迂闊でした。新バンドのプロモーションのライヴではないので当たり前と言えば当たり前。CDはどうも自主製作ものらしく特にレーベルらしきものものもありません。取り上げられている曲は坂田氏のオリジナルが中心で正に坂田氏の意欲作。でも曲も演奏をおとなしめで、録音もベース、ドラムも前面に出てきません。生意気な物言いですが、もっとはじけても良かったのではと思います。

ということで今回はルイ・アームストロングの1932年の録音を聴いていこう。ここまでの音源の中心は東芝EMIから出たCD8枚組「黄金時代のルイ・アームストロング 1925−1932」。「1925-1932」はオーケーへの録音であり、それがルイの黄金時代であったということを謳っているが、それはあながち偽りとは言えない。つまり今回でこの8枚組とはお別れ。そしてこれからのルイは、ジャズのパイオニアではなくポップスの世界へのジャズ・マン進出のパイニアになっていくのである。

No.278 Louis Armstrong Vol.24 1932

「黄金時代のルイ・アームストロング 1925-1932」東芝EMI TOCJ-5221-5228 国内CD8枚組ボックス

<Personnel>…ルイ・アームストロング・アンド・ヒズ・オーケストラ(Louis Armstrong & his orchestra )

Trumpet , vocal , speech & conductルイ・アームストロングLouis Armstrong
Trumpetジルナー・ランドルフZilner Randolph
Tromboneプレストン・ジャクソンPreston Jackson
Clarinet & Alto saxレスター・ブーンLester Boone
Clarinet , Soprano sax & Alto saxジョージ・ジェイムスGeorge James
Clarinet & Tenor saxアルバート・ワシントンAlbert Washington
Pianoチャーリー・アレクサンダーCharlie Alexander
Banjo & Guitarマイク・マッケンドリックMike McKendrick
Bassジョン・リンゼイJohn Lindsey
Drumsタビー・ホールTubby hall

1931年11月6日つまり4月20日と同じメンバー

前回ルイの1931年(第269回)は、1931年11月までの録音を取り上げた。今回は1932年の録音を取り上げる。最も早い録音は約2か月後の1932年1月25日に行われたもので、メンバーは1931年11月と同じということは1931年4月の録音時と同じメンバーである。ルイはこのメンバーを率いて各地を巡演し、シカゴに戻って来るとオーケーに吹込みを行っていたという。しかしこのオーケーへの録音も32年3月の録音をもって打ち切られる。

<Contents>…1932年 シカゴにて録音

CD6-13.絶体絶命Between the devil and the the deep blue sea1月25日
CD6-14.絶体絶命Between the devil and the the deep blue sea1月25日
CD6-15.キッキン・ザ・ゴング・アラウンドKickin’ the gong around1月25日
CD6-16.ホームHome1932月1月27日
CD6-17.オール・オブ・ミーAll of me1932月1月27日
CD6-18.ラヴ , ユー・ファニー・シングLove , you funny thing1932月3月2日
CD6-19.ザ・ニュー・タイガー・ラグThe new tiger rag1932月3月11日
CD6-20.キーピン・アウト・オブ・ミスチーフ・ナウKeepin’ out of mischief now1932月3月11日
CD6-21.> ロウド、ユー・メイド・ザ・ナイト・トゥ・ロングLawd , you made the night too long1932月3月11日

CD6-13、14「絶体絶命」は、ハロルド・アーレンの作で、第273回キャブ・キャロウェイの回で取り上げた曲だ。1931年10月27日のキャブ盤が初レコーディングということなので、3か月後にはルイが取り上げたことになる。CD6-13がテイク2で、CD6-14がテイク3だという。大和明氏の解説に拠ると、テイク3はあまり出回っていない稀少テイクで、テンポがテイク2よりややゆったりしているという。歌の後に出るサッチモのソロもテンポの違いだけでほとんど同じようなフレイズだが、テイク2の方が整っているという。ミュート・ソロの出来もバランスと歌心に溢れており、ラストの12小節をオープンにして吹くアイディアが良いとしている。
CD6-15「 キッキン・ザ・ゴング・アラウンド」は、これも大和氏氏の解説に拠れば、1931年に作られたポピュラー・ソングで、ヴォーカルのサビの取り扱いがユニークで、バンジョーのリズムに乗って倍テンポで歌われるスキャットが楽しい。始めから終わりまでルイの一人舞台の演奏である。

CD6-16「ホーム」。これも大和氏の解説。「ルイのノスタルジックなヴォーカルとTpが共に心のこもった表現で、情感に満ちたフィーリングの素晴らしさを感じさせる。ただサビに出るAsが心を感じさせない表面的なムードだけで全体の雰囲気を損ねているのが惜しい。」
CD6-17「 オール・オブ・ミー」は、今でもよく演奏されるスタンダード・ナンバーであるが、1931年にジェラルド・マークスとセイモア・シモンズが作った出来立てのポピュラー・ナンバーだった。
これも以下大和氏の解説。「 ルイのTp(歌の前はミュート、後はオープン) とヴォーカルが共に絶好調であり、バックもリズム面を始めとして、そつなくこなしている。またルイ以外にソロを担当するアルバート・ワシントンのテナーも比較的無難にまとめているため、破綻なく進行する。ミュートにおけるルイの歌心は相変わらず素晴らしく、それがそのままヴォーカルにも通じている。そして後半のオープン・ソロはキーを変えて、力強く、しかも流麗に歌い上げており、会心の出来と言っていい。」

この日のセッションではもう1曲(ザ・ニュー・タイガー・ラグ)録音されたが、それは破棄され3月11日に再録音となった。出来が悪かったのだろうか?

CD6-18「ラヴ , ユー・ファニー・シング」。これも大和氏の解説。「一方残されたこの曲での、相変わらずルイのミュート・ソロは歌心に溢れ、メロディアスに歌うが、なにせバックの伴奏陣が一緒に歌っていなので致命的である。ルイもそう感じたのであろう、サビのサックス・ソリの所で思わず“Bring it out !”と叫んで、サックス・セクションにハッパをかけている。ルイは、ヴォーカルでも心温まる表現をしており、その後は例によってオープン・ソロで大らかに歌い上げる。」

オーケーへの最後の吹込みとなる。
CD6-19「ザ・ニュー・タイガー・ラグ」。これも大和氏。この曲は、31年11月録音の「チャイナタウン・マイ・チャイナタウン」と同質のルイの凄腕ぶりを見せつける形式の演奏である。そしてそれをさらに強調するためにテンポを最高レベルに早め、音楽的感性を犠牲にしてもルイのテクニックを示そうという思惑の演奏になっている。それだけに俗受けを狙ったトリッキーなプレイで、音楽的な心地よさや感動は皆無である。
CD6-20「キーピン・アウト・オブ・ミスチーフ・ナウ 」。珍奇なアルト・ソロやテナー・ソロのもたつきが演奏上の汚点となっているが、ルイのソロやヴォーカルは評価できるレベルにあると大和氏は厳しい。
CD6-21「ロウド、ユー・メイド・ザ・ナイト・トゥ・ロング」。大和氏は次のように述べる。「 最後のオーケー録音となったこの曲は、宗教的な内容を持った歌で、ルイはそうした雰囲気にふさわしい荘重さを表現し、最後のセッションを絞めている。」

この後ルイは4月に再びカリフォルニアのニュー・セバスチャン・コットン・クラブに出演しシカゴを経てニューヨークに戻る。
そしてその直後の7月から11月まで英国巡演を果たすが、これが彼の初渡欧となった。なお渡英中にイギリスの音楽誌「メロディー・メーカー」の編集長から“サッチモ”(サッチェルマウス=がま口の略)というニックネームを貰いその後その愛称が使われるようになる。
そして帰国後12月にルイは大手レコード会社ヴィクターと契約、ここにデビューからのオーケーとの関係が切れたのであった。

<Contents>…1932月12月21日 ニュージャージー州キャムデンにて録音

CD1.メドレー・オブ・アームストロング・ヒッツ パート1Medley of Armstrong hits part1

<Personnel>…ルイ・アームストロング・アンド・ヒズ・オーケストラ(Louis Armstrong & his orchestra )

Trumpet , vocal , speech & conductルイ・アームストロングLouis Armstrong
Tromboneチャーリー・ゲインズCharlie Gaines 不明Unknown
Alto saxルイ・ジョーダンLouis Jordanアーサー・ディヴィーArthur Davey
Tenor saxエルスワース・ブレイクEllsworth Blake
Piano , Banjo & Guitarウェズリー・ロビンソンWesley Robinson
Tubaエド・ヘイズEd Hayes
Drumsベニー・ヒルBenny Hill

ルイのヴィクターへの吹込みはこれが最初ではないが、僕の持っているオーケー以後の最初録音はこの1932年12月21日に行われたこのセッションとなる。また曲タイトルにパート1とあるようにパート2も録音されたようであるが、クロノジカルには収録されていない。さてこのヒット・メドレーと題して取り上げられた曲は”You rascal you”、”Nobody's sweetheart”、”When it's sleepy time down south”の3曲で、当時これらがルイのヒット曲と認識されていたということであろう。エンディングのTpソロが素晴らしい。

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第279回2018年9月1日

1930年代 ビッグバンド

ベニー・モーテン 1932年

ご覧いただきありがとうございます。定年オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。
8月最後の日、激しい大雨や雷を伴う雷雨に見舞われたところもあるようですが、僕の住む辺りは1日を通して晴れ。36度を超える猛暑でした。猛暑、酷暑の復活です。

残り28週

さて、来週9月第1週は完全引退まで残り28週となります。ついに20週台に到達です。残り28週で有給休暇未消化分が26日あります。ということで8月31日金曜日は有給休暇を取得しました。
有給を取ったこの日は、暑い暑い日でしたが、ちょっとした所用があり東京都下の町田市に出かけました。少し話が逸れますが、「東京都下」という言葉は、23区以外の地域を指し以前は頻繁に使われていましたが、最近あまり聞かないような気がします。東京都の公文書では昭和49年以降使われていないそうです。考えてみれば「23区以外=都下」なら「23区内は都上」なのか、「上下」があることを都自身が認めることに疑問が持たれたからではないでしょうか?なおこれは僕だけの推測です。


町田にいる時に、12時を過ぎたので昼食をとることにしました。最初は以前ご紹介したことのあるカツカレーのお店「アサノ」に行ってみたのですが、ウィーク・ディにもかかわらず行列が出来ています。僕は基本的に並ぶのが嫌いなので、他の店を行くことにしました。そこで思い出したのが「パイナップル・ラーメンの店/パパパパパイン」です。 僕はこの店の向かいにある味噌ラーメンがおいしい「ド・ミソ」にうかがった時に、行列ができていたので興味を持っていました。

この日はどうか?もしまた行列ができていたら諦めようと思っていたのですが、運良くすんなりとは入れました。僕が注文したのは、辛味ラーメン780円(写真)です。
辛味と言ってもそれほど辛くはありません。赤く細い物が見えると思いますが、これが辛さを出している物体のようです。肝心のお味はと言うと、美味しいです。「これほどうまいラーメンは初めて」というほどではありませんが、パイナップルの甘さが、かすかに魚介風味のする塩味のスープの交じり合い独特の味わいです。決して違和感のある味ではありません。
特筆すべきはチャーシューで、写真では小さく見えるかもしれませんが、分厚く切ってあります。もしこれから行ってみようかという方にアドヴァイスです。チャーシューはなるべく後に食べた方がいいです。分厚いチャーシューに甘辛い独特のスープが浸み込んで、他にはない実においしいチャーシューに仕上がっていきます。僕は、最初に一口チャーシューを食べてしまいました。勿体ないことをしました。
引退間近の64歳のオッサンが有給休暇を取って、こんなことで嘆いています。情けない!


さて、ビッグ・バンド・スイングのクラシックス、ビッグ・バンド・ジャズの古典的名作と言われるベニー・モーテンの1932年の録音である。レコード・ボックスの解説を担当する瀬川昌久氏も、ヴィクターに吹き込まれたベニー・モーテンのラスト・セッションで、実際には10曲の録音が行われたが、収録されていない2曲は演奏のほとんどがヴォーカル・グループであるザ・スターリング・トリオの唄で占められているので割愛したという。確かにこの録音は1932年においては一頭地を抜く特別な存在のバンドであることがよく分かる。
ガンサー・シュラー氏は次のように述べる。「1932年のモーテン楽団は、『トビー』、『モーテン・スイング』そして『プリンス・オブ・ウェールズ』などの曲のように驚異的なスイングを目指す方向が明らかだった。」

No.279 Bennie Moten 1932

  「RCAジャズ栄光の遺産シリーズ 第9巻 ザ・ビッグ・バンド・エラ 第1集」レコード・ボックス

「RCAジャズ栄光の遺産シリーズ 第9巻 ザ・ビッグ・バンド・エラ 第1集」 レコード 9枚目 RA-53

<Contents> … 1932年12月13日ニュー・ジャージー州キャムデンにて録音

record9-B面1トビーToby
record9-B面2モーテン・スイングMoten swing
record9-B面3ザ・ブルー・ルームThe blue room
record9-B面4ニューオリンズNew orleans
record9-B面5ミレンバーグ・ジョイズMilenberg Joys
record9-B面6ラファイエットLafayette
record9-B面7プリンス・オブ・ウエールズPrince of Wails
record9-B面8トゥー・タイムスTwo times

<Personnel probably> … ベニー・モーテンズ・カンサス・シティ・オーケストラ(Bennie Moten's Kansas City Orchestra)

Band leader & arrangerベニー・モーテンBennie Moten
Trumpet”ホット・リップス”・ペイジ”Hot lips”Pageジョー・ケイズJoe Keyesプリンス・“ディー”・スチュワートPrince “Dee” Stewart
Tromboneダン・マイナーDan Minor
V-Tb、Gt & arrangeエディー・ダーハムEddie Durham
Alto sax & Clarinetエディー・ベアフィールドEddie Barefieldジャック・ワシントンJack Washington
Tenor saxベン・ウエブスターBen Webster
Pianoカウント・ベイシーCount Basie
Banjoルロイ・ベリーLeroy Berry
Bassウォルター・ペイジWalter Page
Drumsウィリー・マックワシントンWillie McWashington
Vocalジミー・ラッシングJimmy Rushing
「ベニー・モーテン」2枚目B面

1.トビー (Toby)

アルトのエディー・ベアフィールドの作品で、迫力に富んだ創造的な編曲である。ブラスとリードの強烈な合奏は、後年のベイシー楽団を予知させる面もあるが、むしろジミー・ランスフォード楽団に似ているような感じもする。この時のモーテン・バンドの主なソロイストが全員登場する顔見世的なナンバー。ダーハム(Tb)⇒ペイジ(Tp)⇒ウエブスター(Ts)⇒ベイシー(P)⇒ベアフィールド(As)⇒マイナー(Tb)⇒ダーハム(プランジャー・ミュートTb)とソロが回る。
ウエブスターのソロ・バックのリフのアンサンブルも特筆もので、この頃ペイジがソロを取ると興に乗れば50コーラスも続けて吹きまくることもあったというが、そんな時リード・セクションが各コーラスごとに異なるリフを自然にバックにつけることができたと言われるほどに各セクションとも息が合って高いレベルであったという。

2.モーテン・スイング (Moten swing)

「モーテンズ・スイング」とも呼ばれるが、ベニーと甥のバスターの共作となっており、おそらくバンド全員のヘッド・アレンジの結果できたものであろうという。
瀬川氏はモーテンのラスト・セッションにふさわしいビッグ・バンド・ジャズとして一つの個性がうかがわれるという。 評論家のマーティン・ウィリアムスによれば、この原メロディーは極めて複雑高度なコード進行の上に成り立っており、今日同じタイトルで普通演奏されるのは、このごく一部のリフのところだけであるという。
瀬川氏は、スタイルとしては当時のルイ・アームストロングのビッグ・バンドにも似ているとしている。注目すべきはベイシーのPソロに聴かれるファッツ・ウォーラーからの大きな影響である。ベイシーの初期のスタイルは、ジェイムス・P・ジョンソンやラッキー・ロバーツ等のストライド・ピアノだったが、ここに聴かれるベイシーはさらに一歩進んでいるという。またホットリップス・ペイジのTpソロも傑出したメロデイックな創造力を示している。

3.ザ・ブルー・ルーム (The blue room)

ロジャースとハートの歌曲が完全なモーテン・スタイルのビッグ・バンド曲に編曲されている。オープニングは、いささか古めかしい感じもするが、ペイジの美しいTpソロとそのバックでベイシーの弾く可憐なチャイムスの音色が良いと瀬川氏は意外なところに感心している。ベアフィールドのAsソロになると、俄然アンサンブルのリフがバックで躍動し始める。そして後半のブラスとリードのスリリングなリフの交錯は、非常に完成されて魅力あふれるものであり、後年のベイシーのモデルというよりも、32年の時期における既に一つの個性的なスタイルとして特記されよう。

「RCAジャズ栄光の遺産シリーズ 第9巻 ザ・ビッグ・バンド・エラ 第1集」解説書
4.ニューオリンズ (New Orleans)

ホーギー・カーマイケルの作品をここではジミー・ラッシングが堂々たる歌唱で披露する。それ以上の聴きものはベン・ウエブスターのTsの堂々たるソロ・プレイで、40年頃にデューク・エリントン楽団で聴かせた完成されたスタイルに至る前の若き日の姿が十分にうかがわれる。

5.ミレンバーグ・ジョイズ (Milenberg Joys)

レオン・ラポロ作のクラシック・ジャズの名曲で、30年代初期に多くのビッグ・バンドで採り上げられた。例を挙げれば、ドーシー・ブラザーズ楽団やトミー・ドーシー楽団の演奏も有名である。冒頭のベイシーのPのイントロはわざと古いスタイルでユーモラスに弾いているのだろう。サックス・セクションのリフの迫力ある素晴らしさ、それをバックにしたアルトとテナー(ウエブスター)の掛け合い等抜きん出た実力が示されている。

6.ラファイエット (Lafayette)

エディー・ダーハムのオリジナルで、彼がベイシー楽団に貢献した多くの優れた作品を思わせるクリーンで迫力に富んだリフ・ナンバー。ペイジのBに始まり、ウエブスターのTs、ペイジのTp、ベイシーのP、ベアフィールドのClと第一級のソロを次々と惜しげもなく聴かせてくれる。

7.プリンス・オブ・ウエールズ (Prince of Wails)

モーテンの編曲と記されているがおそらくこれもダーハムの書いたものであろう。ここでもベイシーの力強いストライド奏法が聴かれるが、他方実に美しくメロディアスに弾くこともできる彼の優れたピアニストとしての才能も示される。 ウエブスターのTsとそのバックのペイジのB、ホットリップスのTpソロとそのバックの合奏リフ、エンディングの「トビー」を思わせるようなアレンジが素晴らしい。

8.トゥー・タイムス (Two times)

ピック・アップ・メンバーによるコンボ演奏。メンバーは、
Trumpet…ホット・リップス・ペイジ
Clarinet…エディ・ベアフィールド
Piano … カウント・ベイシー
Guitar … エディー・ダーハム
Bass … ウォルター・ペイジ
Drums … ウィリー・マックワシントン
Vocal … ジョセフィン・ギャリソン(Josephine Garrison)
瀬川氏の記述によるとおそらく専属歌手ジョセフィン・ギャリソンのヴォーカルのために臨時で録音したのであろうという。当時のビッグ・バンドにあってピック・アップ・メンバーによる演奏は珍しくはしりともいえると瀬川氏。最後に毛色の変わったこういう曲が入るとヴァラエティに富んでいて楽しくなる。

確かに傑作揃い。聴き応えがあるLP1面である。

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第280回2018年9月10日

1930年代 ビッグバンド

グレン・グレイとカサ・ロマ・オーケストラ 1931年

ご覧いただきありがとうございます。定年オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。

テニスコート隣接の野球場

9月8日(土曜日)〜9月9日(日曜日)毎年恒例のテニス合宿に行ってきました。この2日間の栃木県は雨が降ったかと思うと晴れ間がのぞくということを繰り返す非常に不安定な天候でした。でも2日間とも無事にプレイできてよかったです。
今回お世話になったのは栃木県鹿沼市にある「ニューサンピア栃木」という施設。大きなウォーター・スライダーのあるプールがあったり、野球場があったりといういわゆる総合レジャー施設のようなところです。テニスコートはオムニ・コートで5面ほどあります。そこに仲間たち合計9名で伺い2日間テニスを楽しみました。
テニスの後は、温泉で疲れを癒し、美味しい食事と仲間たちとの楽しい宴会で実に満足して帰宅しました。施設の方々もとてもやさしくフレンドリーで気持ちよく過ごさせていただきました。

祝!!大坂なおみ選手 全米オープン優勝
自分へのお土産

合宿2日目9月9日の朝、嬉しいニュースが飛び込んできました。大坂なおみ選手の全米オープン優勝です。素晴らしいです。テニスのグランド・スラム(全豪、全仏、全英、全米)のシングルスで日本人選手が優勝したのは男女を通じて初めてです。それも元女王セリーナ・ウィリアムス、大阪憧れのセリーナをストレートで破る完勝でした。見たかったなぁ!この試合のテレビ放映はWOWWOWだけで、宿舎では見ることができませんでした。んー、残念!!
僕は、彼女はいつかグランド・スラムで優勝するとは思っていましたが、まさかこの大会で優勝するとは思っていませんでした。以前からその強さは定評がありましたが、メンタル面に弱点があり、なかなかコンスタントにトーナメントで上位に食い込むことが難しかったのですが、今回はどの試合も実に落ち着いた戦いぶりが際立っていました。決勝でもセリーナが審判ともめるなど、異様な雰囲気だったと伝えられる中、全く動ぜず自分のプレイに集中してポイントを重ね、ついに女王を屈服させました。そして優勝スピーチも最高で、世界中に大坂なおみファンが急増したのは間違いありません。。


写真右下は、鹿沼市で自分用お土産として買った純米吟醸酒「鹿沼娘」です。今晩はこれで祝杯でも挙げようかな。

No.280 Glen Gray & his Casa Loma Orchestra 1931

  グレン・グレイとカサ・ロマ・オーケストラ 1931年

またまたやってもうた!1931年の録音を見落としていた。それもかなり重要で僕自身も非常に気にかけていたバンドの録音をである。1929年を終え30年代に入る時にかなり確認したはずなのに、なぜか30年代中期の録音に分類していたのである。これは歳のせいか?行く末が不安である。
さて、その重要バンドとは…カサ・ロマ・オーケストラである。僕は、高校生時代いつも粟村政昭著『ジャズ・レコード・ブック』を持ち歩いていた。おかげで本はボロボロである。毎日々拾い読みする中で、最も聴いてみたいと思った1曲はフレッチャー・ヘンダーソン楽団の“Stampede”であり、最も聴いてみたい楽団はグレン・グレイとカサ・ロマ・オーケストラであった。そして楽曲としては特に3部作と言われる“White jazz”、“Black jazz”、“Blue jazz”であった。田舎の高校生はレコード・ショップに行くたびに探し、東京に出てからも探した。しかしその影すら見つけることは出来なかった。
粟村師も、その著で「カサ・ロマ往時の名演を1枚にまとめたLPと言うのはいまだになく、独ブランズウィックから“Black jazz”や”Maniac’s ball“の入ったEP盤が1枚出ていただけのように記憶する。」と述べていることもあり、もう僕はこの傑作を一生聴くことはあるまい、1曲か2曲は聴けるかもしれないが代表作全てを聴くということはない、と覚悟していたのである。それほど入手が困難なレコードだった。
ところが今から数年前のある日、ふと思いついてネットで検索をかけてみた。すると何と普通に売られているではないか!それも何枚か出ていてすぐにネットで注文できそうなのである。それも値段は忘れたが、それほど高くないのである。驚いた、何という世の中になったものか!


カサ・ロマ・ホテル

今の若い方々に言いたい。「今はいい世の中か悪い世の中か?」僕は断言できる、「今は最高の世の中である」と。それはジャズのレコードに関する限り、ほとんど何でも手に入り、買わなくてもYoutubeで聴くことができる時代である。僕より5,6年先輩の方々などでこういうネットなどを活用しない方は、カサ・ロマ・オーケストラの“Jazz”三部作の名前は聞いたことがあるが楽曲自体は聴いたことがないという人が多いのではないだろうか?そして3曲ともSP盤を揃えているなどという人はまず稀有だと思うのである。それが今ではポチッ!で揃うのである。いい時代でないはずがない。
さて、このカサ・ロマ・オーケストラについて粟村師は非常に簡潔に成り立ちを書いている。「カサ・ロマ・オーケストラは前名を「オレンジ・ブロッサム(Orange Blossom)」と言いデトロイトでスタートしたが、4年後カナダのナイト・クラブ「カサ・ロマ」に出演契約が出来たのを祈念して改名し、1929年にニューヨークに出た時にバンドを会社組織を変えて(? 原文通りだが意味不明 バンドを会社組織にしたということか?会社組織のバンドとはどういうものだろう?)グレン・グレイを代表者に選んだ。」
さてではこのカサ・ロマ・ホテルとはどのようなホテルであろうか?右の写真がそうであるが、元々はホテルではない。カナダで、ナイアガラの滝を使った水力発電で成功を収めた大富豪ヘンリー・ミル・ペラット卿が巨費を投じて1914年に完成させた自宅です。自宅というかお城ですね。しかしペラット卿がここに住んだのは10年足らず、卿の事業の悪化と財政難のトロント市が今日の住民税を20倍に上げたことから、卿はこの城を維持できなくなり1923年に手放さざるを得なくなる。現在はトロント市が管理しているようですが、1923年以降どのくらいの期間かは分かりませんが、ホテルとして使われ、裕福なアメリカ人の社交場となっていたようです。実にセレブな場所だったわけで、ここのボールルームに出演契約が出来たということは、演奏の腕前だけではなく、立ち居振る舞いも一流であることを認められたということだったのだろう。

『ビックス・バイダーベック物語』

では、後に「カサ・ロマ・オーケストラ」となる「オレンジ・ブロッサム(Orange Blossom)」とはどのようなバンドであったのであろうか?それは以前ビックス・バイダーベックの項で何度も登場したジーン・ゴールドケット関連のバンドであった。ビックスの在籍していたジーン・ゴールドケット楽団は1926年9月自身の傘下の最強メンバーを揃えて東征の旅に出る。そして1927年マンハッタンにあった「ローズランド・ボールルーム」で当時最高のダンス・バンドと言われたフレッチャー・ヘンダーソンの楽団と今や伝説となったバンド合戦を行う。そしてゴールドケット楽団は、「ローズランド・ボールルーム」の出演契約終了後の9月24日、ゴールドケットの経営方針の変更によって解散したと「ビックス・バイダーベック物語」の解説で油井正一氏が書いている。
ところで最近興味深い本を入手した。レックス・スチュワート著マーティン・ウィリアムズ監修『ジャズ30年代』(村松潔訳草思社)である。レックス・スチュワートとは、あのデューク・エリントンやフレッチャー・ヘンダーソン楽団で活躍したTp奏者のあのレックスである。監修のマーティン・ウィリアムズはこれまた精緻な研究手法で有名な評論家である。そのマーティン氏が「私に知る限り、これまでのところ(1972年刊)ミュージシャンによって書かれた唯一のジャズ史」と述べている貴重な証言満載の本だ。と言っても今のところ買ったばかりでまだほとんど読んでいないが、冒頭の第1章がジーン・ゴールドケット楽団である。ここでレックスは興味深いことを書いている。レックス自身この時はフレッチャー・ヘンダーソンのバンドに在籍していた。そして対決でヘンダーソン楽団はゴールドケットに完膚なきまでに叩きのめされたという。しかしその後ゴールドケット楽団は解散したとは書いていない。それどころかレックスは、ゴールドケット楽団が最も素晴らしかったのは26年から29年にかけてであるとさえ書いている。
ちょっと話が逸れたが、油井氏の書くところのものとレックスの証言は、かなり食い違う。これは今後の課題としたいが、僕に真相を明らかにする能力などはないので、ただそれぞれの説を紹介するだけのものにはなるだろうが。
ところで、ゴールドケット氏は、バンド解散後直接バンドを運営するのではなく、音楽ビジネス、今で言うと日本の芸能プロダクションのようなものを組織する。たくさんのミュージシャンを集め、バンドを組んで各地のボールルームに送り出すのである。レックスは次のように記述する。「ゴールドケットが組織した楽団には、ハンク・ベニーニが指揮した「カサ・ロマ・バンド」、「スチュッドベイカー・チャンピオンズ」、「オレンジ・ブロッサムズ」、オーウェン・バートレットが率いた「デトロイト・アスレティック・クラブ」、ポール・マーツの「ブック―キャデラック楽団」がある。またマッキニーズ・コットン・ピッカーズのように既に活動していたバンドの経営を引き継いだ例も少なくない」と。???
「カサ・ロマ・バンド」と「カサ・ロマ・オーケストラ」はちがうものなのか?「オレンジ・ブロッサムズ」が「カサ・ロマ・オーケストラ」になったのではないの?これらは今後の勉強対象ということにして高校生時代から憧れに憧れた「カサ・ロマ・オーケストラ」のレコーディングを聴いていこう。

粟村師は、「カサ・ロマ・オーケストラ」がレコーディングを開始したのは改名した1929年の暮れのことだったが、折からの不況にもめげず、ジーン・ギフォードの素晴らしく手の込んだアレンジを用いて3部作と言われる“White jazz”、“Black jazz”、“Blue jazz”を筆頭に、“Casa loma stomp”、“Maniac’s ball”など歴史に残る傑作を次々に吹き込んだ。ビッグ・バンド・ジャズの創始者であったドン・レッドマンが自身のバンドをスタートさせながら、次第にコマーシャル化の道を辿らざるを得なかった当時のバンド・ビジネスの難しさを思う時、いかにカレッジ・サークルの支持があったとはいえ、カサ・ロマ楽団の硬骨ぶりは並々ならぬ情熱の裏付けが必要であったろう」と書いている。僕の持っているカサ・ロマ・オーケストラの音源はこのCDと「MCAジャズの歴史」に収録された“Casa loma stomp”(1937年)のみである。そしてこのCDは1931年からの音源を収めている。

「カサ・ロマ・オーケストラ/マニアックス・ボール」CDジャケット

Casa Loma Orchestra “Maniac’s ball”HEP CD 1051 AAD

<Contents> … すべてニューヨークにて録音

CD1アレクサンダーズ・ラグタイム・バンドAlexander’s ragtime band1931年3月23日録音
CD2プット・オン・ユア・オールド・グレイ・ボンネットPut on your old grey bonnet同上
CD3アイ・ワナ・ビー・アラウンド・マイ・ベイビー・オール・ザ・タイムI wanna be around my baby all the time1931年3月24日録音
CD4アイム・クレイジー・アバウト・マイ・ベイビー(アンド・マイ・ベイビーズ・クレイジー・アバウト・ミー)I’m crazy ‘bout my baby(and my baby’s crazy ‘bout me)1931年3月24日録音
CD5ホワイト・ジャズWhite jazz1931年3月24日録音
CD6ブラック・ジャズ Black jazz1931年12月18日録音
CD7マニアックス・ボールManiac’s ball同上
CD8クラリネット・マーマレイドClarinet marmalade同上

<Personnel> … グレン・グレイとカサ・ロマ・オーケストラ(Glen Gray and his Casa Loma Orchestra)

Band leader & & Alto saxグレン・グレイGlen Gray
Trumpetジョー・ホステッターJoe Hostetterダブ・ショフナーDub Shoffnerボビー・ジョーンズBobby Jones
Trombone & Vocalピー・ウィー・ハントPee Wee Hunt
Tromboneビリー・ローチBilly Rauch
Alto sax & Clarinetクラレンス・ハッチェンライダーClarence Hutchenrider
Alto sax & Vocalケニー・サージャントKenny Sargent
Tenor saxパット・デイヴィスPat Davis
Violinメル・ジャンセンMel Jensen
Pianoジョー・ホース・ホールJoe “Horse” Hall
Banjo , Guitar & Arrangementジーン・ギフォードGene Gifford
Tuba & Bassスタンレー・デニスStanley Dennis
Drumsトニー・ブリグリアTony Briglia
Vocalジャック・リッチモンドJack Richmond
CD1アレクサンダーズ・ラグタイム・バンド

大作曲家アーヴィング・バーリンが1911年ごろに作ったと言われる。バーリン最初のヒット曲である。覚えやすいメロディーで、いわゆるスタンダード・ナンバーである。タイトルに「ラグタイム」という語が入っているが、ラグタイムではないというがわが国でもジャズ、それもディキシー系というとこの曲などが使われることが多いのではないかと思う。ヴォーカル・ナンバーではあるがアンサンブル中心で、As、Tbのソロが入る。

CD2プット・オン・ユア・オールド・グレイ・ボンネット〜CD4アイム・クレイジー・アバウト・マイ・ベイビー

この3曲もヴォーカル・ナンバーで、時勢を反映してポップス路線を狙ったものであろう。

「カサ・ロマ・オーケストラ/マニアックス・ボール」CD
CD5ホワイト・ジャズ

ジーン・ギフォード三部作の第1作。インスト・ナンバーで初めて聴いた時に「これがギフォードか!ついに聴いたぞ!」とそれだけで感動ものだった。とにかくテンポが速い。最初のTbの後のアンサンブルがすごい!その後2度目のTbソロ、続くAs、Clソロもうまいのか下手なのか分からない、一筋縄ではいかないソロがあり、リフ風でありながら少しばかり複雑でもあるアンサンブルに移り終わる。

<Personnel> … CD6以降の移動

ダブ・ショフナー(Tp)⇒グラディ・ワッツ(Grady Watts)

CD6ブラック・ジャズ

ここから1931年12月の録音となる。メンバーが一人だけ後退したが、大勢に影響はないように思う。
三部作の第2作。イントロはフォーンがアルペジオ風でブラスがアクセントをつけるようなスタイル。ソロのバックのリズムは2ビート風である。終わり近くでカンサス・シティ―風のリフが聴かれる。

CD7マニアックス・ボール

これもインストの曲。速いテンポで複雑巧緻なアンサンブルを縫って奏されるソロもなかなか聴き応えがある。

CD8クラリネット・マーマレイド

この曲はこれまで何度か登場した。O.D.J.B.やフレッチャー・ヘンダーソンも録音している人気曲。Clソロのバックのアンサンブルがものすごく色々変化して面白い。きっとギフォードは「こんなことをやらせよう」、「あんなことはどうかな?」などニヤニヤしながら譜面を書いていたような気がする。

1931年という年は、明らかに守備範囲であるはずなのにガンサー・シュラー氏はその著『初期のジャズ』でほとんど触れていないのが不思議である。

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