ジャズ・ディスク・ノート

第21回2013年9月9日

ビル・エヴァンス 「ニュー・ジャズ・コンセプション」

ご覧いただきありがとうございます。定年間近オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。
日曜日の朝起きてテレビをつけると、2020年のオリンピック開催国が日本に決まっていました。7年後か…若い人とは違いそうそう単純に期待が大きいというわけではありません。このまま生きていれば67歳、まだまだ元気なはずですが…。その時の日本はどうなっているのでしょう?阿部総理は原発は完全にコントロール日に置かれているので心配ないと宣言しましたが、本当にそうでしょうか?
僕は海外の方々の方が一枚上手で、オリンピックを決めるためには、原発問題を解決すると宣言するしかない、だからそう宣言するはずだ、そしてそう宣言した限り日本は本腰を入れて取り組むはずだ、という思惑があり日本に決めたような気がしてなりません。世界が見ているぞ、本当に真剣に取り組んでください。
何か他人事のような言い方かもしれませんが、原発問題は素人が何かできることがあるわけではないので、専門家が指導していくしかない問題だと思います。そこがもどかしいところでもあるのですが…。
日曜日は朝から曇り空、午後には突然雷が鳴り響き、豪雨となりました。僕は車で娘の荷物を運搬していたのですが、たくさんの人がずぶ濡れになっていました。今年は本当に突然の豪雨、雷が多い年です。


おいしいお蕎麦屋さん 突然ですが、僕はいわゆる”そば食い”でそばが大好きです。僕が住んでいる所から車で30分くらいのところですが、おいしいお蕎麦屋さんがあります。神奈川県の中央部半原の国道412号線沿いにあるお店です。「満留賀」というお店です。ここはいわゆる手打ちしてますという民芸調の値段の高い店ではありません。でもしっかりお店で「そばを打っています」。
この店を見つけたきっかけは、たまたま412号線を車で走っていて、今はありませんが以前は入口の向かって左横がガラスになっていて、中でおじいさんがそばを打っているところが見えたのです。皆さんもご存じのように暖簾に「手打ち」と書いてあっても本当にそば手で打っているお店は多くありません。ところがここはそばを打っているところを見せている、わざわざ打っているところを見せておいて、お客には出さないはずはないと思い入ってみると、香りが高い見事な手打ちそばでした。

大好物「天ざる」 今は、昔見たおじいさんではなく、息子さんが打っています。申し訳ないですが、まだおじいさんの域には達していないようですが、本当のそばの味がするおいしいおそばを出してくれます。天ぷらも注文してから揚げてくれるし、わさびもほんわさびです。田舎なので、量も多く天ざるでそばを大盛りにすればお腹も大満腹です。





先週の水曜日に、定年退職者に対する来年4月以降の会社側の意向の説明がありました。制度ととしては、定年制をなくすのではなく、定年延長制でもなく、再雇用制という制度とするそうです。これはこれまでの制度と変わりませんが、そういった説明もなく、再雇用の条件(給与)はこうだという条件提示のみでした。ちょっと不親切かな。
この制度のことなどいろいろ書こうと思ったのですが、利用する人ばかりではないことを知り、あっけらかんと書いていいものではないなぁと思っています。因みに年収としてはこれまでの約3分の1になります。でも世間相場ではいい方だと言います。だいじょうぶかな?生きていけるのかな?消費税が増税となれば本当に厳しくなるでしょう。

第21回Bill Evans "New jazz conception"

レコード…Riverside 12-223(monaural)、CD…12-223

ビル・エヴァンス 「ニュー・ジャズ・コンセプション」レコード・ジャケット

<Personnel>

ビル・エヴァンスBill EvansPiano
テディ―・コティックTeddy KotickBass
ポール・モチアンPaul MotianDrums

<Contents>

CDでは、ボーナス・トラックとしてTotal 11. ノー・カヴァー・ノー・ミニマム No cover , no minimum Take1 が追加され、本来のLPに収録のノー・カヴァー・ノー・ミニマム No cover , no minimumは12曲目に収録されている。
A面
B面
1.アイ・ラヴ・ユー (I love you) 1.スピーク・ロウ (Speak low)
2.ファイヴ (Five) 2.ワルツ・フォー・デビー (Waltz for Debby)
3.アイ・ガット・イット・バッド・アンド・ザット・エイント・グッド (I got it bad and that ain’t good) 3.アワ・デライト (Our delight)
4.コンセプション (Conception) 4.マイ・ロマンス (My Romance)
5.イージー・リビング (Easy living) 5.ノー・カヴァー・ノー・ミニマム (No cover , no minimum)
6.ディスプレイスメント (Displacement)

A3、B2,4(ソロ)…1956年9月18日
その他(トリオ)…1956年9月27日録音
1957年初めのリリース

ミュージシャンについて、最初にどの演奏を聴くかは後々に至るまで影響する非常に重要なポイントだと思う。今回取り上げるビル・エバンスというミュージシャンは、日本でも非常に人気が高い。2001年1月号で実施されたスイング・ジャーナル誌読者が選ぶ名盤ベスト100に彼の「ワルツ・フォー・デビー」が1位に選ばれている。そうなるとビル・エヴァンスを聴くなら先ず「ワルツ・フォー・デビー」という感じがするが、待って欲しい。これからビル・エヴァンスを聴こうという人には、僕は是非この初のリーダー・アルバム「ニュー・ジャズ・コンセプション」から聴いて欲しい。よく芸術家の処女作品には、その作者のすべてが入っているというが、まさにそんな感じの実にすばらしいアルバムなのだ。
なお、僕の持っているレコードはモノラル。ジャケットを見るとちょっと古めかしく、ファースト・リリースの感じがするが、ファーストはCDの方のジャケット。再販にあたって、ロバート・パーカーというイラストレイターに描いてもらった水彩画という。
粟村氏はこう評している。「ビル・エヴァンスが、クイック・テンポに乗った時のプレイも、スローに劣らず素晴らしい。実によくスイングする。そのスイングはちょっと特殊で、例にとっては悪いが、オスカー・ピーターソン流のブンチャ、ブンチャというリズムに乗った、切れるべきところで必ず切れるフレージングとは全く異質のソロ・コーラスを構成する。」どうでしょうか?アップ・テンポのエヴァンスが聴きたくなりませんか?でもこの文章のおかげでオスカー・ピーターソンを聴くのはだいぶ遅くなってしまいましたが…。

「ニュー・ジャズ・コンセプション」CDジャケット またまた、古い話で恐縮だが、現在ではこのCDは非常に容易に入手することができる。中古品のコーナーに安価で出ていることもある。しかし、僕がジャズを聴き始めた60年代の終わり頃はそうではなかった。このリバーサイド盤は、廃盤の憂き目にあっていて、入手は極めて難しかった。僕は詳しくは忘れたが、たまたま幸運が重なって入手できた。地方都市のためもあるかもしれないが、その後このレコードを見かけたことはなく、自分でもなんと幸運だったのだろうと思っている。そしてこのレコードは評論(といっても粟村氏のことだが、)に違わぬ素晴らしい内容なのである。僕は「ジャズ・レコード・ブック」を読んでいて、「ワルツ・フォー・デビー」ではなく、この「ニュー・ジャズ・コンセプション」が欲しかった。









中山康樹氏著「ビル・エヴァンスを聴け!」 そもそもこのアルバムはビル・エヴァンスの初リーダー・アルバムなのだが、エヴァンス27歳であり、地元ニュー・ジャージーでは天才の誉れも高く、“finger”というあだ名がついていたほどの割には、ちょっとデビューが遅い感じもするが、54年の除隊ご本格的な活動を行ったことを考えれば、2年で才能を認められ、初リーダー・アルバム録音にこぎつけたのはそれなりに順調だったといえるかもしれない。オリジナル曲以外はいわゆるおなじみの有名スタンダード・ナンバーである。
さて、気になるところはこのトリオの人選はどのように行われたかというところだが、ビル・エヴァンスの才能を認め、録音を決意したリヴァーサイド・レコード・プロデューサー/オリン・キープニュース(Orrin Keepnews)か、ビル自身か。ビルは同年3月にジョージ・ラッセルのレコーディングでテディ、モチアンと共演しており、やりやすい相手という判断したのかもしれない。しかし次作“Everybody digs “では、ベースもドラムも変えている。テディとの共演は、自作ではこれのみ、モチアンとは3作目以降再び共演している。テディ・コティックは特に目立ったプレイではないが、堅実なプレイが光る。ポール・モチアンのドラムについて、評論家中山康樹氏はバップ的で時代柄かアート・ブレイキーの影響を感じさせ、時代に合わせようとしているという意見はなるほどと思う。





中山康樹氏著「ビル・エヴァンスについてのいくつかの事柄」 中山康樹氏著「ビル・エヴァンスについてのいくつかの事柄」によると、このアルバムの初年度の売り上げは800枚だったという。キープニュース氏は、当時の新人のデビュー・アルバムの売り上げは大体そんなものだったと述べている。僕が持っているセカンド・リリースのレコードは、これはエヴァンスの最初の録音だったことを記し、裏面のライナー・ノーツには1958年12月録音の次作の宣伝や、先ほどの58,59年に新人・ピアニスト部門のポール・ウィナーだったことを記している。相当後になってからの再発だったことをうかがわせる。



まあともかく曲を聴いていこう。

A-1 アイ・ラヴ・ユー (I love you)
コール・ポーター作曲ミディアム・テンポで何となく小手調べ的にアルバムがスタートする。としているが、テーマの後のピアノ・アドリブ展開は、「初リーダー・アルバムでの初ソロ。行くぞ〜!」という感じで入っていく感じで、初々しい。ソロ自体もメロディーがありいい感じだ。

A-2 ファイヴ (Five)
エヴァンスのオリジナル、このアルバムのハイライト。テーマが終わってアドリブに入るが、このアドリブは斬新で素晴らしい。粟村氏の言う、「フレージングが切れそうで切れない」、小節を自由に泳ぎ回り、スリル満点のソロだ。
アルバム・タイトル「ニュー・ジャズ・コンセプション(新しいジャズの概念)」とは、大きく出たなという感じだが、こういったフレージングの自由自在さ、斬新さを感じ名づけたようだ。

A-3 アイ・ガット・イット・バッド・アンド・ザット・エイント・グッド (I got it bad and that ain’t good)
デューク・エリントンの有名なナンバー。ピアノソロで演奏される。こういった曲はほとんど同時期(1年前)のモンクの演奏などと聴き比べると面白い。
Br> A-4 コンセプション (Conception)
盲目のピアニスト、ジョージ・シアリングのオリジナル。ピアノ・ルバートで始まる。テーマの後のアドリブが素晴らしい。こういった演奏を聴いていると、一つのスタイルを築きつつあるなぁという感じがする。

A-5 イージー・リビング (Easy living)
ロビン―レインジャー作のスタンダード・ナンバー。エヴァンスのバラードのドラマティックな歌い上げの素晴らしさは 筆舌に尽くしがたい。

A-6 ディスプレイスメント (Displacement)
エヴァンスのオリジナル。これもご機嫌なスインギーなナンバー。エヴァンスが紡ぎ込んで行くフレーズはいいなぁと思う。

B-1 スピーク・ロウ (Speak low)
クルト・ワイル作。これも多くのジャズ・マンに取り上げられているナンバー。この曲はテーマをかなり崩して弾いていて、タイトルを知らずに聴いたら「スピーク・ロウ」とは分からないかもしれない。

B-2 ワルツ・フォー・デビー (Waltz for Debby)
ビル・エヴァンスの作った超有名曲。姪っ子のために作ったという。これが初録音。いわゆる小佳曲という感じだが、後にドンドン発展させていく。

B-3 アワ・デライト (Our delight)
タッド・ダメロン作のこれもバップ的な色彩の曲。後に作者のダメロンのリーダー・アルバム“The magic touch”(ダメロンは編曲と指揮に専念)で共演している。

B-4 マイ・ロマンス (My Romance)
ロジャース―ハートのこれも有名なスタンダード・ナンバー。ここではソロで弾いている。後“Waltz for Debby”などでも取り上げられたエヴァンス好みのバラッド・ナンバー。

B-5 ノー・カヴァー・ノー・ミニマム (No cover , no minimum)
タイトルの意味を評論家の中山康樹氏はジャズ・クラブのギャラの安さに対する皮肉ではないかとしている。最後はオリジナルで締めくくっている。エヴァンスとしては珍しい12小節のスロー・ブルース・ナンバー。特に明確なメロディーはなく、ヘッド・アレンジで取り組んだのではないか。エヴァンスはエモーショナルなプレイに終始している。ここでテディは長いソロ(2コーラス)を弾いているが、エヴァンスに刺激されたのか、クリシェは弾かないぞ的な意欲的なソロだと思う。

評論家のナット・ヘントフ(Nat Hentoff)氏は、ダウンビート誌で4つ星半という高評価を与えている。しかし、中山氏によると、全く売れなかった。評価の高いアルバムが良いセールスを記録するとは限らない。しかし、僕はこのアルバムが、売れなかったことがとても残念に思うのだ。

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第22回2013年9月16日

ウエス・モンゴメリー 「フル・ハウス」

ご覧いただきありがとうございます。定年間近オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。
台風18号はすごかったですね。僕の住んでいるところでも土曜日の夜から強く雨が降り続き、いったん日曜日の昼頃には上がりました。これは台風そのものの雨ではなく、台風に刺激されて活発になった秋雨前線によるものだったそうです。そして日曜の夜から強風を伴う雨が降り出しました。運よく僕の家の近辺には目立った被害はなかったようです。

台風が小枝を落とした道 今日昼頃雨が上がったので、ちょっと散歩に行こうと家を出たのですが、すぐにまた雨が降り出し引き返しました。そして、夕方改めていつもの森に向かいました。
やはり森の中は台風の影響を受け、小枝がたくさん落ちていました。大きな枝が折れているところもありました。それでもまだまだセミが鳴いています。あの嵐の中、セミはどこに避難していたのでしょう?文字通り命がけで樹木にしがみついていたのでしょうか?






季節魚サンマを焼く 宮城県気仙沼にお住いの母のお知り合いの方が、今年もサンマを送ってくれたので、さっそく焼いて食べました。ご存じのように気仙沼は、2年半前の震災で甚大な津波の被害を受けました。その方はたまたま高台に住んでいたため運よくご家族ともども無事だったそうです。
今年は、海の温度が高いためか、まだ気仙沼でもサンマは獲れていないと聞いていたのですが、日曜日にクール宅急便で届きびっくりしました。無理をなさっていなければいいのですが…。5、6年前までは七輪で火を熾して焼いていたのですが、炭が燃え出すまでに結構煙が出るので、今年はガスボンベ式のカセット・コンロで焼いてみましたが、皮が網に焼き付いて身がボロボロになりうまく焼けません。魚を焼くのは本当に難しいなぁ。



第22回Wes Montgomery “Full house”

レコード…Riverside 109561、CD…RCD-9434-2

ウエス・モンゴメリー 「フル・ハウス」レコード・ジャケット

<Personnel>


ウエス・モンゴメリーWes MontgomeryGuitar
ジョニー・グリフィンJohnny GriffinkTenor sax
ウィントン・ケリーWynton KellyPiano
ポール・チェンバースPaul ChambersBass
ジミー・コブJimmy CobbDrums

<Contents>

A面
B面
1.フル・ハウス (Full house) 1.キャリバ (Cariba)
2.あなたの面影 (I’ve grown accustomed to her face) 2.降っても晴れても (Come rain or come shine)
3.ブルーン・ブギー (Blue’n’ boogie) 3.エス・オー・エス (S.O.S)

1962年6月25日カリフォルニア・バークリー ツボ(Tsubo)にてライヴ録音。
※A面2「あなたの面影」のみ、グリフィン(Ts)が抜ける。
CDでは、ボーナス・トラックとしてB-2「降っても晴れても」のTake1ヴァージョン。B-3エス・オー・エスのTake2ヴァージョン、また当初発売されたレコードには未収録の”Born to be blue"が収録されている。

「フル・ハウス」CDジャケット
タイトル下のメインのレコード写真をを見て「?」と思われた方もいるかと多いのではないでしょうか。元々のレコード・ジャケットは右のCDジャケットと同じです。ではメインのレコード・ジャケットは間違いかというと、そうではないのです。
「The genius of Wes Montgomery」3枚組 それはまたもや恨み言を言うようだが、僕がジャズを聴きはじめた60年最末期から70年代にはこれらのリヴァーサイド盤はことごとく廃盤となり非常に入手が難しいレコードとなっていたのだ。ところが何年だったかは忘れたが、ご覧のような3枚組の1枚として発売になったのである。このレコードには簡単な日本語解説(飯塚経世氏による)によると輸入盤だというので、海外(よく見るとドイツと書いてある)で出たレコードを輸入して、日本語解説を封入し発売したというものらしい。当時3枚組で4,500円もした。貧乏な高校生にはツラかったが、何とか小遣いをためて買った。なぜこのレコードに執着したかというと、イージ―・リスニング・ジャズで大人気のウエス・モンゴメリーが実は昔素晴らしいジャズ・ギタリストだったという粟村氏の本を読んだからである。
評価としては“Incredible jazz guitar”の方が高く、今聞くと素晴らしいと思うが、初めて聞いた当時僕の心をとらえたのは”Full house”の方だった。そして今でも大好きで、これを聴くと「本当にジャズって素晴らしいなぁ」と思えるレコードなのです。





ウエスとグリフィン 最近のそれも30歳以下の若いジャズ・ファンはウエス・モンゴメリーというギタリストに対してどのような認識を持っているのだろうか。そもそも知っているのだろうか?僕がジャズを聴きはじめたころは、ウエスといえばジャズ・ギター界の寵児、大御所、右に出る者はいないという感じだった。
そして僕のまことに大雑把な認識は、デビューしたリヴァーサイド時代はジャズに取り組んだ時代、ヴァーヴに移ってかなりコマーシャル的になり、さらにA&Mになるとイージー・リスニングの人になりジャズとは無縁の人となるというものだった。僕がジャズを聴きはじめたころは、A&Mの時代でドン・セベスキーのアレンジによる弦をバックにオクターヴのブルージーな音でポップスを弾き、レコードは大いに売れていたという記憶がある。
僕の師事する粟村氏は『ジャズ・レコード・ブック』において、ウエスの天才ぶりを発揮した最高の1作はリヴァーサイドからのデビュー作“Incredible jazz guitar”(実際はデビュー作ではない)ということになっているが、ジョニー・グリフィンのテナーにマイルス・デイヴィスのリズム・セクションが加わった本作”Full house”も堂々たる出来と高く評価している。

まずこのアルバムは、ウエスもいいがウィントン・ケリーがいい。僕は彼のベスト・パフォーマンスの1つだと思う。もちろんケリーを中心とした当時のマイルス・リズム・セクションも素晴らしい。そしてテナーのジョニー・グリフィンもいいのである。僕はこのレコードで初めてグリフィンを知った。
では、このレコードが吹き込まれるいきさつはどういうものだったのだろうか?プロデューサーのオリン・キープニュースは次のように語っている。


Tsuboでのライヴ風景 私は初めてウエスを聴いた時から、ライブ・レコードを録音したいと考えていた。それも最適なセッティング、適切な場所、有能なスタッフによって行いたいと。そうした時1962年6月の初めにカリフォルニアのサン・フランシスコにいるウエスから電話がかかってきたのだ。「すべての条件は整いつつある」と。すなわち、マイルス・デイヴィスのセックステットがこの町にいる。ということはあのすばらしいウィントン・ケリー、ポール・チェンバース、ジミー・コブというリズム・セクションを起用できるチャンスだ。また、テナーのジョニー・グリフィンもこの町にいる。彼らは考え得る限り最上のメンバーだ。そしてウエスにはいくつかの新曲もできていた。サン・フランシスコ湾を渡ったところにあるバークリー市にあるエキゾチックな名前のコーヒーハウス“Tsubo”という店があり、ここはウエスは彼の兄弟たちで作ったバンドで何度か出演していた。この地域の客は演奏に対して、とても熱狂的に反応するので最適だと考えた。
そこで我々は月曜日にレコーディングすることに決めた。というのはその日は彼らのレギュラーの仕事がオフになるからだった。そして6月25日(多分月曜日なのだろう)に録音準備が開始されたのだ。

ちょっと長い引用だが、レコーディングが行われたいきさつがよく分かる。店名の“Tsubo”は「壺」のことかな?それとも「ツボを心得た」の「ツボ」かな?ともかく日本的な感じする。因みにレコード解説では、ジャケットに記載されている”Tsubo‐Berkeley”を「ツボ・ベイカリー」と訳してあり、「アメリカのパン屋は広いんだなぁ、ジャズのライヴやるなんて粋だなぁ、アメリカだなぁ」と感心していたら、「Berkeley市にあるTsubo」の間違いだった。
輸入盤に付いていた英語版の解説に載っているウエスとグリフィンの共演写真はどこで撮られたものなのだろうか?僕はこれがTsuboの店内だと思っていたが、どうもちゃんとしたコンサート会場のようにも見える。でもウエスがタバコを吸っているから違うのかなとも思う。その後購入したCDにTsuboでの演奏風景が掲載されていた。それを見ると、やはり違うようだ、ウエスの服装が違うし、グリフィンが若い。ということは二人はその後も共演を果たしたのだろう。記録を見ると、1965年ウエスがヨーロッパに演奏旅行に出た時に共演したことになっている。ドイツでも公演を行っているのでその時のものかもしれない。

また、ケリー=チェンバース=コブのリズム・セクションはマイルスのリズム・セクション時代としては最後に当たる時期である。レコードとしては、前年61年5月19日に行われた“Miles at Carnegie Hall”が最後である。62年7月からマイルスは、ギル・エヴァンスとのレコーディングに取り組むことになる。
マイルスの自叙伝によると、62年にJ.J.ジョンソン、ソニー・ロリンズ、ケリー、チェンバース、コブと素晴らしいセックステットを作ってツアーに出たと書いているので、この素晴らしいセックステットがカリフォルニアに来ていたマイルスのセックステットかもしれない。メンバーを見る限り夢のようなメンバーで、逆にこの録音がないのは痛恨事だろう。それはともかく5月の中旬にシカゴで演奏し、その後マイルスは父親の死に大きなショックを受ける。何月かは書いていないが、ニューヨークに戻り、父親のことを考えないようにヴィレッジ・ヴァンガードに出たり、とにかく働こうとした。それから7月にギルとのレコーディングを開始したというので(”Quiet night”)、6月には西海岸に行っていたのだろう。
ところで、ジョニー・グリフィンにも注目しよう。解説には「テナーのジョニー・グリフィンもいた」と軽く書いているが、他にもたくさんテナー奏者はいるのに、なぜグリフィンなのだろう。それこそマイルスと来ていたソニー・ロリンズでもいいのに…。大物すぎるのかな?
グリフィンとウエスは共にライオネル・ハンプトンのオーケストラに在団した経歴がある。ウエスは45年7月〜50年1月まで、グリフィン45年12月〜46年9月まで録音歴が残っているがなぜか2人が共演した録音は残っていない。でもやはり同じ楽団の出身ということで親近感があるのかもしれない。

まあともかく曲を聴いていこう。

A-1 フル・ハウス (Full house)
ウエスのオリジナル。トランプのポーカーからとられたものという。ご存じと思うが、同じ数のカード3枚と同じ数のカード2枚の結構強い「手」である。強引に解釈すると、マイルス・バンド出身者3人とハンプトン楽団出身2人ということかも…違うか。
実に軽快な3拍子のとても覚えやすい曲。まずウエスがソロを取るが、メロディ展開のあるとてもいいソロで、途中から得意のオクターヴ奏法が効果的だ。続いてグリフィンのソロとなる。これも速いパッセージで有名なグリフィンだがここでは、速さよりもアドリブの展開を考えているように思える。そしてウィントンのソロ、シングル・トーンのソロが実にすばらしい。本当にアドリブは作曲だと思う。

A-2 あなたの面影 (I’ve grown accustomed to her face)
原曲は1956年アラン・ジェイ・ラーナー作詞、フレデリック・ロウ作曲のミュージカル「マイ・フェア・レディ」の中で、ヒギンス教授が最後に歌う有名なモノローグだそうだ。
この曲だけウエスのチェンバースのベースとコブのブラシをバックにしたバラード。実にゆったりと美しいメロディを歌い上げていく。

A-3 ブルーン・ブギー (Blue “n” boogie)
バップの創始者の一人ディジー・ガレスピーの作ったブギ・ウギ風のジャンプ・ナンバー。まずケリーのピアノがリードしてスタート。有名なテーマがあり、ウエスが練り上げられたソロを取る。オクターヴによるソロもまことに快調である。続くケリーのソロもまことにケリーらしい。高音主体のシングル・トーンによるソロが実にスインギー。思わず指を鳴らしたくなるような逸品。そしてグリフィンがエキサイティングな大ブローウィングを聴かせる。ここは彼の見せ場で、ソロの順をトリに持ってきたのだろう。
そして、お決まりのフォー・ヴァースの交換、コブのドラムも実にすばらしい。
聴きこんでいると、あっという間にA面が終わってしまう。

B-1 キャリバ (Cariba)
ウエス作。カリプソ的なナンバー。これも覚えやすいメロディで、テーマの後まずソロを取るのは、チェンバース。かすかに声が聞こえるのもチェンバースだろう。そしてケリーのソロになるがこれが素晴らしい。まさに名人芸である。続いてグリフィン、ウエスと続くがそれぞれのソロが皆素晴らしいのである。

B-2 降っても晴れても (Come rain or come shine)
ジョニー・マーサー作詞、ハロルド・アーレン作曲のミュージカル「セントルイスの女たち」主題歌。ギターがメロディーを弾きピアノが絡むようにテーマを奏でる。そしてソロはまずグリフィンが出てくる。そしてウエス、ケリーとソロを取る。いずれ劣らぬ名演ぞろいだ。

B-3 エス・オー・エス (S.O.S)
これもウエスの作。ソロ・オーダーはグリフィン、ウエス、そしてケリー、フォー・ヴァースのソロ交換からテーマに戻る。ソロのバッキングが効果的なナンバー。

このレコードは.確かに革命的な何かを持っているわけではなく、何か目新しいことをやっているわけでもない。しかし僕はこういうレコ−ドこそ難しいと思うのだ。何が難しいかというと作るのが、である。勝負は曲とプレイヤーがどれだけいいアドリブを取るかに全てがかかっているのである。そしてそういうシチュエーションの下に作られたレコードは数限りなく存在するだろう。しかし、このアルバムはメンバー全員が奇跡としか言いようのないような名演・名ソロを次から次へと繰り出してくるのである。こういうアルバムばかりだと本当にジャズは楽しい。

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第23回2013年9月23日

サラ・ヴォーン 「イン・ハイ・ファイ」

ご覧いただきありがとうございます。定年間近オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。
このところ朝晩はめっきり涼しくなり、寝苦しさから解放されつつあるように感じます。暑さ寒さも彼岸までと言われる「お彼岸」です。僕の住んでいる地域では、昨日、一昨日の土日はかなり気温が上がり、夏に戻ったような暑い日でしたが、「お彼岸」の今日はめっきり涼しくなりました。久しぶりに長袖を着て散歩に出かけました。

森に咲いていた彼岸花 森のあちこちには、彼岸花が咲いています。森の中ではとても目立ちます。秋のお彼岸に咲くので「彼岸花」というのは分かりやすいですが、別名「曼珠沙華」というと何か曰くありげな難しそうな感じがします。





鉢で栽培 鉢で栽培されている彼岸花を見つけました。彼岸花は非常に珍しい生態で、花が枯れると、晩秋に長さ30 - 50cmくらいの線形の細い葉を地表に並べるように生やします。その葉は深緑でつやがありますが、しばらく見ていないので忘れてしまいました。葉は冬が終わり春が迎えるまで生えていますが春になると枯れてしまい、秋が近づくまで地表には何も生えていません。
彼岸花の写真を取りながら、葉ってどういう形だったかなぁと思っていました。でも鉢植えの彼岸花を見つけたので、秋が終わる頃また見に行こうと思いました。









第23回Sarah Vaughan “In Hi-Fi”

レコード…CBS SONY 20AP 1419

サラ・ヴォーン 「イン・ハイ−ファイ」レコード・ジャケット

<Contents>

A面
B面
1.太陽の東 (East of the sun) 1.春の如く (It might as well be spring)
2.ナイス・ワーク・イフ・ユー・キャン・ゲット・イット (Nice work if you can get it) 2.この気持ちから抜け出せない (Can’t get out of this mood)
3.ピンキー (Pinky) 3.今年の春は (Spring will be a little late this year)
4.ザ・ニアネス・オブ・ユー (The nearness of you) 4.ウー・ホワッチャ・ドゥイン・トゥ・ミー (Ooh , what-cha doin’ to me)
5.降っても晴れても (Come rain or come shine) 5.グッドナイト・マイ・ラヴ (Goodnight my love)
6.ミーン・トゥ・ミー (Mean to me) 6.浮気はやめた (Ain’t misbehavin’)


<Personnel>

ヴォーカルはもちろんサラ・ヴォーン
伴奏グループは5つのセッション( 銑ァ砲砲茲辰胴柔されている。

A-4 The nearness of you
1944年12月21日ニューヨークにて録音
ジョー・リップマン・オーケストラ
ビリー・バターフィールド、タフト・ジョーダン … Tp
ウィル・ブラッドリー…Tb
トゥーツ・モンデロ、ハイミー・シャーツアー … As
アート・ドレリンジャー、ジョージ・ケリー … Ts
スタン・ウェップ … Bs
ジミー・ジョーンズ … P
アル・カイオラ … Gt
エディー・サフランスキー … B
コージー・コール … Dr

B-1 It might as well be spring、B-2 Can’t get out of this mood、B-5 Goodnight my love、B-6 Ain’t misbehavin’
1950年5月18日ニューヨークにて録音
ジミー・ジョーンズ・バンド
マイルス・ディヴィス Miles Davis … Tp 
ベニー・グリーン Benny Green … Tb
トニー・スコット Tony Scott … Cl
バディー・ジョンソン Buddy Johnson … Ts
ジミー・ジョーンズ Jimmy Jones  … P    フレディ―・グリーン Freddie Green … Gt
ビリー・テイラー Billy Taylor … B
ジェー・シー・ハード J.C. hard … Dr
ただし、B-1 It might as well be springではTsとGtが抜け、B-2 Can’t get out of this moodではTpが抜ける。

A-1 East of the sun、A-2 Nice work if you can get it、A-5 Come rain or come shine、A-6 Mean to me
1950年5月19日ニューヨークにて録音
ジミー・ジョーンズ・バンド
Gtがフレディ―・グリーンからマンデル・ロウ Mundell Loweに替わり、他は△汎韻献瓮鵐弌次

A-3Pinky
1951年9月19日ニューヨークにて録音
パーシー・フェイス・オーケストラ
トゥーツ・モンデロ、ジミー・アバト、アル・フレイスタット、ラス・バンザー、ハロルド・フェルドマン … Sax
スタン・フリーマン … P
アート・ライアーソン … Gt
フランク・キャロル … B
フィル・クラウス … Dr&Vib
+ストリングス

B-3 Spring will be a little late this year、B-4 Ooh , what-cha doin’ to me
1953年1月5日ニューヨークにて録音
レコーディング・オーケストラ
レッド・ソロモン、ジミー・マックスウェル、J・ミラゾ、P・シンシロ … Tp
ウィル・ブラッドリー、ジャック・サタースフィールド、アル・ゴッドリス … Tb
バーニー・カウフマン、ジミー・アバト、ビル・ヴァーカシ、ハロルド・フェルドマン、ラス・バザー … Sax
ルー・スタイン … P
アート・イアーソン … Gt
フランク・キャロル … B
テリー・スナイダー … Dr
+ストリングス



このアルバムはサラ・ヴォーン・ファンだけではなくモダン・ジャズ・ファンとくにマイルス・ディヴィス・ファンの間でもとりわけ有名なアルバムである。というのもマイルス・ディヴィスがバックを務めるジミー・ジョーンズのバンドの一員として参加しているからである。現在では、マイルス参加アルバムとしての方が有名でそれが目当てでこのアルバムを購入する人も多いようだ。しかしジミー・ジョーンズ・バンドが伴奏しているのは全12曲中8曲で、マイルスが入っているのが6曲、ソロは2曲である。粟村政昭氏も「マイルスのソロを期待して買うとスカ屁のようなソロが少々で、当てが外れる」と手厳しい。
若きサラ やはり本来のサラのヴォーカル目当てに聞くべき1枚ということだろう。粟村氏もこのアルバムをコレクターズ・アイテムとしての価値は十分にあると評価している。
僕は勝手に、サラ・ヴォーン、エラ・フィッツゲラルド、カーメン・マクレエを女性黒人ジャズシンガーの三羽烏だと思っていた。しかし人によってはビリー・ホリデイ、エラ、サラをビッグ・スリーとする人もいるようだ。僕はビリーはちょっと別格という気がするのだが。ビリーという偉大な歌手が出て、跡を継ぐように3人が出てきたようなイメージがある。単なるイメージなので気にしないでください。彼女の声は低音部に迫力があり、圧倒的である。
そして勝手に3人のイメージを作り上げていた。エラ=とにかく歌がうまい正統派。サラには黒人の情念を感じ、カーメンは知性派という具合に。サラのイメージは、エマーシー盤の黒い(モノクロなのでそう想像してしまったが実際は違うかもしれない)セーターを着た写真からのもので、実際はレコードも持っていなかった。因みにサラは1924年3月27日生まれで一番若く、エラ1917年4月25日、カーメン1920年4月8日生まれであり、ビリー・ホリデイは1915年4月7日生まれである。



まあともかく曲を聴いていこう。

A-1 太陽の東 East of the sun(and west of the moon)
25歳という若さで夭折したアメリカの作曲家ブルックス・ボウマン(Brooks Bowman)の作。もとは北欧の民話らしいが、ボウマンが北欧民話をもとに作ったかどうかは分かりません(知識が少なく申し訳ない)。ドーシー時代にフランク・シナトラが歌っていたという。
サラはゆったりと情感をこめて歌っている。

A-2 ナイス・ワーク・イフ・ユー・キャン・ゲット・イット (Nice work if you can get it)
ガーシュイン兄弟の作曲で、ビリー・ホリディやエラ・フィッツジェラルドも歌っている映画「踊る騎士」の主題歌という。マイルスがソロを取る2曲中の1曲。出色の出来というわけではないが、歌ものに入る間奏として僕はスカ屁とは思わないのだが…。サラはスインギーに歌い進めていく。

A-3 ピンキー (Pinky)
1949年に公開された(日本では未公開)黒人差別問題を題材にした映画「ピンキー(Pinky)」の主題歌でAlfred Newmanの作。この曲だからか、黒人独特の歌い回しの全篇スキャットだけで構成する。当時としては異例の作品ではないか。

A-4 ザ・ニアネス・オブ・ユー (The nearness of you)
ホーギー・カーマイケル(Hoagy Carmichael)作のスタンダード・ナンバー。元は映画「暗闇の中のロマンス」の主題歌。これもゆったりしたバラード。サラはゆったりしたテンポのヴァースで始め、じっくり歌い込んで行く。
コロンビア時代1、2を争う傑作と言われる。

A-5 降っても晴れても Come rain or come shine
ハロルド・アーレン(Harold Arlen)作のスタンダード・ナンバー。1946年に発表されたという。これもゆったりとしたバラード。バックはエンディングを除き、リズム・セクションとサックスだけでシンプルにヴォーカルだけで勝負している。

A-6 ミーン・トゥ・ミー (Mean to me)
これもフレッド・アーラート(Fred E. Ahlert)が作曲した古いスタンダード・ナンバー。1937年5月11日テディ・ウィルソンの楽団をバックにビリー・ホリデイが録音しているのを初め、エラなども録音しているスタンダード・ナンバー。リズミックでスインギーなナンバー。
1コーラス目はスインギーにリズムに乗って歌い、1/2コーラスのバッド・ジョンソンのテナー・ソロを配し、マイルスのミュート・トランペットによるオブリガートともに2コーラス目に入るが、ここでのサラは過去におけるバッパーたちとの共演から得たアド・リブの極致を存分に披露している。


B-1 春の如く (It might as well be spring)
リチャード・ロジャース(Richard Rodgers)作曲、オスカー・ハマースタイン2世(Oscar Hammerstein 供忘郢譴離灰鵐咾45年の映画「ステート・フェア」のために書いた曲。アカデミー主題歌賞を獲得した。
この曲はマイルスのTpで始まり、サラの歌にオブリガードをつけていき、エンディングも吹いている。どうも同じようなフレーズばかりでお世辞にもいいとは思えない。マイルスはどうも歌伴は苦手なのではないかと思う。サラのヴォーカルは好調である。

B-2 キャント・ゲット・アウト・オブ・ジス・ムード (Can’t get out of this mood)
このアルバムはバラードが多いが、ミディアム・テンポの曲。1942年の映画「7日間の休暇」の主題歌。例えばこの曲はAlto sax、Flute、Tromboneとソロが続くのは。この曲だけである。そしてこれらは確かにマイルスに比べればかなりこなれているように聞こえる

B-3 今年の春は (Spring will be a little late this year)
また、春にまつわる曲で、第二次大戦中の映画「クリスマスの休暇」の主題歌。ストリングスがバックに入り、サラはじっくりと丁寧に声量を効かせて歌っている。

B-4 ウー・ホワッチャ・ドゥイン・トゥ・ミー (Ooh , what-cha doin’ to me)
フル・ビッグ・バンドのバックが付いた豪華な感じの1作。サラもスインギーに軽快に歌っていく。

B-5 グッドナイト・マイ・ラヴ (Goodnight my love)
これも映画の曲で、36年度の「テンプルちゃんの密航」の主題歌で恋人におやすみをいうスィートな曲。前曲とは一転してバラード。マイルスのイントロに続き1コーラス目をストレートに歌い、リピート部分から振幅に富んだ彼女独特のフレイジングを聴かせる典型的なサラ・ヴォーン・スタイルを聴かせる。

B-6 浮気はやめた (Ain’t misbehavin’)
ファッツ・ウォーラー作のベニー・グッドマンなどでも有名なスタンダード・ナンバー。間奏部にTb、Alto、Tp、Flが8小節づつの短いソロが入り、これを挟んでサラは軽快にフェイクして歌っていく。

このレコードはよく考えてみれば、時代的にはまだSP時代で、アルバム・トータルを意識して制作されたものではない。しかし聴いていくと、統一感があり自然に通して聴いてしまうレコードである。僕は勝手に「情念のサラ」というイメージを持ってしまっていたのだが、このアルバムを聴く限りそう外れてはいなかったと思う。

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第24回2013年10月4日

ウェザー・レポート 「ウェザー・レポート」

ご覧いただきありがとうございます。定年間近オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。
僕はこのHPを平日会社から帰宅して、少しずつ書き進め土・日曜日にまとめていたのですが、先週・今週は半期ではありますが、年度末ということで毎晩帰宅が夜10時半を過ぎる残業(もちろんサーヴィス)で全く進めることができませんでした。
そして9月の最終土・日曜日は30年来続く仲間との楽しいテニス合宿に行っていたので更新ができませんでした。まぁどうせ誰も待っていないですけど…。
そして9月の最終土・日曜(9/28・9)はとても良いお天気に恵まれた絶好のテニス日和でした。今回の写真はその合宿先の大井松田の写真としました。


遠く横浜「みなとみらい」を望む 合宿所の近くの高台から横浜市のみなとみらい地区が望めます。かなりガスっている感じですが、真ん中にうっすらと映っている高い建物が「ランドマークタワーです。
周りには見事に熟して自然に落ちている栗など秋を感じさせるものもあったのですが、全く写真を撮ることなど忘れていました。どうも僕はうっかりした性格で記録を残す役目は出来ません。



第24回Weather Report  “Weather・Report”

レコード…CBS/ソニー・レコード SOPC 57132

 「ウエザー・リポート」レコード・ジャケット

<Personnel>


ウェイン・ショーターWayne Shortersoprano saxophone
ジョー・ザヴィヌルJoe Zawinulelectric piano
ミロスラフ・ヴィトウスMiroslav Vitouselectric bass & acoustic bass
アルフォンズ・モウゾンAlphonze Mouzondrums&voice
エアート・モレイラAirto Moreira percussion
バーバラ・バートンBarbara Burtonpercussion

<Contents>

A面
B面
1.天の川 (Milky way) 1.モーニング・レイク(Morning lake)
2.アンブレラ(Umbrellas) 2.ウォーター・フォール(Waterfall)
3.セヴンス・アロー (Seventh arrow) 3.ティアーズ (Tears)
4.オレンジ・レディ (Orange lady) 4.ユリディス (Eurydice)


A-3、B-1、2、3  1971年2月16日
A-2、B-4     1971年2月17日、3月17日
A-4      1971年2月18日
A-1      1971年2月22日


1960年代末期ロック界では、クロスビー、スティルスアンドナッシュ、ブラインド・フェイスなどスーパー・グループと呼ばれるバンドが誕生し話題になっていた。それぞれバンドで腕達者と定評のあるメンバーが集まって一つのグループに結集するというもので、当然それは素晴らしいコラボレーションを発揮するものと思われた。
そんな動きと関係があるかどうかは分からないが、同じようにスーパー・グループとしてジャズ界で騒がれたのがこのウェザー・リポートであったと記憶する。なぜキャノンボール・アダレイやビル・エヴァンスに魅かれていた僕がこのアルバムを買ったかというと、当時高校生だった僕も、いわゆるオーソドックスなジャズばかりを聴くというのはいかがなものか、今はジャズは曲がり角だ、若い世代は若いジャズを聴かなくてはというような気持ちもあったからである。とはいえ、ノイズばっかりのような自称アバンギャルド作品は避けたかった。
では、何を聴こうか?
当時ジャズ専門誌の権威「スイング・ジャーナル」で選んでいた年間ベストアルバム「ジャズ・ディスク大賞」に本作が選ばれたのを見、これなら間違いないだろうと思ったのである。話は最初に戻るが、この作品は確かジャズ界にも「スーパー・グループ結成の波が…、その代表―ウェザー・リポート」的な取り上げ方だったと記憶している。しかしジャズ入門者の僕は、この時点ではほとんどメンバーを知らなかった。唯一名前を知っていたのは、ベースのミロスラフ・ヴィトゥスだけで、なぜ彼の名を知っていたかといえば件のジャズ専門誌で「ベースの天才現る」というような記事で再三紹介されているのを目にしていたからで、実際にそのプレイを聴いたことはなかった。
でも購入にあたっては、相当逡巡した。まともなジャズなのだろうか?スイング・ジャーナル誌上で「ジャズ・ディスク大賞」を獲得した時のコメントとして、何でもよしとする岩浪氏などが相当推していたからである。ちなみに、僕が絶対の信頼を寄せる粟村政昭氏はどう評価していたかというと「まぁ、サウンドがきれいだし、特別反対ではないですよ」的な評価だったような記憶がる。当時そろそろジャズも衰退期的な感じはあったのだろう、これを認めないと新しいものが認められないという感じで日本のジャズ界は停滞するだけだ、特別どうしても反対というのならしようが無いが、将来の日本のジャズ界のために何とかこの1枚を認めていただけないか的な押しで賞を取らせるべく動きがあったような印象が残っている。
「イン・ナ・サイレント・ウェイ」ジャケット さて、本作はマイルス・デヴィスのグループを脱退した2人、ウエイン・ショーター、ジョー・ザヴィヌルとベースに世紀の天才ミロスラフ・ヴィトゥスを加え、ドラムにはほとんど無名のアルフォンズ・モウゾンを加えて1970年末から71年初頭にかけて結成されたウェザー・リポートの第一作である。
このグループの結成のいきさつは、マイルスのグループで、ショーターとザヴィヌルが出会ったところから始動したといっていいだろう。まだキャノンボールのグループのメンバーだったザヴィヌルは1969年2月、マイルス一流の誘い方でマイルスとのセッションに参加することになる。その時にマイルスから何か曲を持って来いと言われ、持って行ったのが《イン・ア・サイレント・ウェイ》だったというから、その辺りだろう。
具体的なグループ結成に向けた動きは同年前年の『ビッチェス・ブリュー』後に始まった。定期的に連絡を取り合うようになっていたザヴィヌルとショーターはグループを結成するのがベストだという結論に早々に達した。ヴィトウスは1969年8月にショーターの『スーパー・ノヴァ』セッションに参加、70年のザヴィヌルの『ザヴィヌル』に参加しており最も近しいベーシストだった。一時ショーター、ザヴィヌル、ヴィトウス、ビリー・コブハムでデモ・テープを作り、CBSに持ち込んで契約にこぎつけてもいたという。さて、このグループ名”ウェザー・リポート”は日本語では「天気予報」であり、ジョー・ザヴィヌルは音楽が人々に与える影響はまさに天気が人々に与える影響と似ているからと、ネーミングの由来を明らかにしている。
レコードのB面 リーダー格のザヴィヌルは、このバンドはジャズ・バンドではないと繰り返し述べている。当時クロス・オーバーやフュージョンという言葉なかった時代、ジャズ・ミュージック出身のミュージシャンが作り出す音楽が内容とかかわりなく、ジャズといわれていた時代だった。しかしこの第1作以降ウェザー・リポートは常に、ジャズの、フュージョンの第1戦を切り開いていくバンドとしてジャズ・ファンからも、一部ロック・ファンからも注目を集めるバンドとして存在していくことになる。
ドラムスには全員一致でアルフォンス・ムザーンが迎えられた。12月、ウェザー・リポートはコロンビアと契約、ザヴィヌルはキャノンボールの下を去る
。 全般的に、ショーターはテナーを吹かず、ソプラノで通している。ザヴィヌルはレコードの解説によるとエレクトリック・ピアノとなっているが、エレピも弾いているだろうが、目立つのはシンセサイザーであろう。ヴィトゥスは得意のアコースティック・ベースだけではなくエレキ・ベースも弾いている。一番見事なのはこの当時新人といってもいい、ドラムのアルフォンズ・モウゾンで手数は多いが決してうるさくなく、エルヴィン・ジョーンズのようなへヴィーなサウンドではないが実に他の共演者を鼓舞するような素晴らしいパフォーマンスを聴かせている。


「ザヴィヌル」CD・ジャケット
1971年1月にヨーロッパに帰郷していたザヴィヌルが帰米、4週間にわたってリハーサルが行われた。この時点ではパーカッショニストは決まっておらずカルテット編成だったようだ。しかし、その当時ショーターが取り組んでいたブラジル音楽を取り入れるためかこのバンドはパーカッショニストを入れたがり、その人選にザヴィヌルがかなりこだわりを持っていたようだ。
2月、デビュー作の録音にあたって候補にあがっていた2人のパーカッショニストを試しに使うことになりドン・アライアスと、ムザーンの友人で交響楽団に籍を置いていたバーバラ・バートンを起用している。アライアスは「何をどう演奏すべきかでジョーと口論になり、レコードが完成する前に去った」とされるが、バーバラはアライアスを含む全員で「一枚のアルバムをつくった」と語っている。
バーバラによると、レコーディングのラスト・セッションの終わった日、ザヴィヌルのお気に入りのパーカッショニストであるアイアート・モレイラがスタジオに呼ばれていたのだ。その時にはすでに、コロンビアのスタジオですべての曲が完成していたのに。

「スーパー・ノヴァ」レコード・ジャケット ザヴィヌルとアイアートはふたりで曲を聴き、ザヴィヌルはアイアートに、何か付け加えられないかと尋ねていたという。アイアートは“このアルバムは完成している。私が加えることは何もない”と返事をしていた。これはバーバラも面白くなかったに違いない。ミュージシャンにとってはとてつもなく失礼なことだ。結局、デビュー作『ウェザー・リポート』(Columbia)には3人のパーカッショニストが参加したがアルバムに名前と写真を使われたのは“賛助出演”のアイアートだけだった(レコード・ジャケットB面参照)。結局バーバラも初仕事の出演料が不払いとなったことの不満から退団することになる。
僕が持っているのは日本盤で中に岩浪洋三氏の詳しい解説があり、そこにはアイアート・モレイラとバーバラ・バートンの2人のパーカッショニストの記載があるが、ドン・アライアスの名前はない。もし本国アメリカでの発売は日本のジャケットだけだとしたら、そこにはバーバラの名前もない。これはどういうことなんだろうか?


アメリカではダウンビート誌71年5月27日号でこの作品を取り上げ、編集長ダン・モーガンスターンが自ら記事を書き、5つ星という最高点を与えられ、日本でもスイング・ジャーナル誌で「ジャズ・ディスク大賞」を獲得し一応追い風を受けた形でバンドは船出するのである。。
まあともかく曲を聴いていこう。

A-1 天の川 (Milky way)
Milky wayは「天の川」という意味だそうで、当時は{天の川=ミルキィー・ウェイ}なるほどなぁと英語に感心した覚えがある。これは、アコースティック・ピアノの共鳴箱の中でホーンを吹き、その共鳴音だけを大きく取り上げたもので、どこからどう見ても曲というものではない。まぁ面白いでしょ的なお遊びだ。1か所だけソプラノ・サックスらしき音が聞こえるのがこの不可思議な音のヒントということなのだろう。

A-2 アンブレラ(Umbrellas)
Umbrelaは、「傘」で、天気予報に傘はつきものということなのだろうか。ヴィトゥス、ザヴィヌル、ショーターの共作という。8ビートのドラムで始まり、次いで出てくるヴィトゥスの歪んだ音のエレキ・ベースもロック的だ。そしてビートは16に変わる。シンセサイザーとソプラノ音が交差するが、どこがテーマなのかがわからない。最後はまた8ビートに戻る。

A-3 セヴンス・アロー (Seventh arrow)
ヴィトゥスの作品。ヴィトゥスは射手座の生まれで、この曲では矢の持つエネルギーやスピードを表現したという。彼らは「常にアドリブを展開している、しかし誰もバックではない」というようなことを言っている。つまりメンバーそれぞれによる不断のインタープレイということなのだろう。もしそれが彼らのもっとも意図するところだとすれば、最も成功した曲はこの曲だろう。お互いのインタープレイが絡まりあい、実にスリルにあふれた展開になっている。このアルバムのベスト・パフォーマンスだと思う。

A-4 オレンジ・レディ (Orange lady)
ザヴィヌルの作品。自身はもっぱら、自分のワイフのことを考えながら曲を書いたとしている。岩浪氏はライナー・ノーツで「カントリーにおける生活の幸せと都会生活の憂鬱とが交差して、一種サッドなサウンドとなっている」というわけのわからない解説をしている。
僕は、どう聴いても牧歌的なイメージしかわいてこない。ザヴィヌルの奥さんは、黒人で初めてTIME誌の表紙になったモデルで、美人で有名だ。その愛妻に送った美しい曲ということだろう。ザヴィヌルは、後にも奥さんにちなんだ曲を書いている。そちらは大ヒットした「Birdland」だ。
この曲のように、数多くのパーカッションを使って雰囲気を盛り上げていく手法は、この前まではあまり見られなかったことではないかと思う。この後は、バンドにパーカッショニストが加わる、それも2人、3人というバンドは普通になる。


B-1 モーニング・レイク(Morning lake)
ヴィトゥスの曲。さわやかな一日の美しい朝の湖が一種描写的に奏されるという、予想通りの解説が岩浪氏によって寄せられている。効果音的なエレピ、パーカッション、ベース、切れ切れのソプラノのフレーズ、僕はこういうものを曲といっていいのかどうかわからない。例えば、TVで朝の静かな湖面の映像が映り、バックにこの曲が流れたらフィットしているとは思うが、曲とはそういうものなのだろうか?

B-2 ウォーター・フォール(Waterfall)
ザヴィヌルの曲。生々としたリズム、田園的な響きのなかに、滝の持つ動的一面と自然美が捉えられているそうである。Orange ladyで吹いた一つのフレーズのモチーフを、前曲でもここでも吹いている。それほどショーターは気に入ったフレーズなのだろうか?

B-3 ティアーズ (Tears)
ショーターの作品。ライナー・ノート「涙と血と皮―これが人間だというショーターの考えに基づく」という。よく分からん。サビというか、決めの盛り上げの部分はロック的なフレーズが目立つ。

B-4 ユリディス (Eurydice)
ショーターの作品。ギリシャ神話のオルフェイスの妻のことという。「この曲でサックスを女性のセンスという形で考えて表現したという。ユリディスはすべての男性の生活の中にあるものであるが、非常に捉えがたい存在でもあるという。」という解説こそが捉えがたい。
テーマらしきものの後、ソプラノ、エレピのソロになる。リズムはジャズ・イディオムに則ったものという感じがするが、どうも感動しないのである。


しかしこの摩訶不思議なジャケット・デザインは何で、どういったことを表現しようとしているのだろうか?17歳で初めて聴き、59歳になって聴いてもよく分からないアルバムだ。若い方にとっては珍しくもないだろうが、当時は確かに新しい音、新しい響きという評価だったと思う。もし音の新奇さというものを狙った作品というものもあった時代ではあったと思う。

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第25回2013年10月12日

キッド・オリー 「キッド・オリーズ・クレオール・ジャズ・バンド/テイルゲイト!」

ご覧いただきありがとうございます。定年間近オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。
3日の金曜、4日の土曜日は雨が降り、寒いくらいの気温でした。日曜日は午前中は曇りで昼前から晴れ間が覘きだし、一挙に暑くなりました。日曜日は午前中にテニスをする予定でしたが、結構雨が降ったのでできるかどうか不安でしたが、天気が徐々に回復したので助かりました。1週間に一度はスポーツで汗を流したいものです。

秋の気配も漂う空、ちょっと逆光 金曜、土曜と天気が悪かったので、晴れて嬉しくなり空を撮影しました。空の色はちょっと秋の気配も感じさせますが、僕の住んでいる地域はまだまだ暑く、今日もテニスをしたのですが、まだまだ短パンでいけます。






木犀の香りが… 先週の新聞のコラムには木犀の花の甘い香りが漂いだしたという記事がいくつか見受けられました。僕の住んでいる地域では先週はほとんど木犀の花は香っていませんでした。今日コートに行くときには気付かなかったのですが、天気も回復したので一挙に開花し出したようです。








第25回Kid Ory's creole jazz band “Tailgate!”

Good Time Jazz L-12022

 「テイルゲイト!」レコード・ジャケット

<Contents>

A面
B面
1.クレオール・ソング (Creole song) 1.メリーランド、マイ・メリーランド (Maryland , my Maryland)
2.ゲット・アウト・オブ・ヒア (Get out of here) 2.ダウン・ホーム・ラグ (Down home rag)
3.ブルース・フォー・ジミー・ヌーン (Blues for Jimmie Noone) 3.1919・ラグ (1919 rag)
4.サウス (South) 4.オー!ディドント・ヒー・ランブル (Oh! Didn’t he ramble)
5.パナマ (Panama) 5.オリーズ・クレオール・トロンボーン (Ory’s creole trombone)
6.アンダー・ザ・バンブー・ツリー (Under the bamboo tree) 6.ウェアリー・ブルース (Weary blues)
7.ケアレス・ラヴ (Careless love) 7.メイプル・リーフ・ラグ (Maple leaf rag)
8.ドゥ・ホワット・オリー・セイ (Do what Ory say) 8.オリジナル・ディキシーランド・ワン・ステップ (Original Dixieland one step)



<Personnel>

4つのセッションが収録されている。
A1〜4 … 1944年8月 Hollywoodにて録音
キッド・オリーKid OryTrombone&Vocal
マット・ケアリーMutt CareyTrumpet
オマー・シメオンOmer SimeonClarinet
バスター・ウィルソンBuster WilsonPiano
バド・スコットBud ScottGuitar
エド・ガーランドEd GarlandBass
アルトン・レッドAlton ReddDrums

A5〜8 … 1945年8月 Hollywoodにて録音
ドラムスがマイナー・ホールに替わる他は、A1〜4と同じ。
マイナー・ホールMinor HallDrums

B1〜4 … 1945年9月 Hollywoodにて録音
クラリネットがダーネル・ハワードに替わる他は、A5〜8と同じ。
ダーネル・ハワードDarnell HowardClarinet


B5〜8… 1945年11月 Hollywoodにて録音
B1〜4と同じ。


「テイルゲイト!」レコード・ジャケットB面 日記でも付けていなければ自分が何歳の時に何をしたかはなかなか覚えていられないものだ。それほど持っているわけでもないのにいつ買ったかをはっきり覚えているレコードは少ない。しかしこのレコードについてははっきり言うことができる。1970年のことであり、自分は高校2年生だった。
なぜか?この年は大阪で万国博覧会が開催された年であり、僕は修学旅行で関西に行き博覧会にも入場し見学した。修学旅行は5泊6日くらいあったような気がするが、そのうち1日自由行動の日があった。ほとんど学生はグループ行動をしたようだ。僕も親しい連中から一緒に保津川渓谷と保津川下りに誘われたが、断った。前々から京都のレコード屋さん巡りをする計画を立てていたのだ。僕の住んでいた仙台は中古のジャズのレコードを扱う店はなく新品でも品数が少なかった。スイングジャーナル誌などを見ると京都にはたくさんのレコード屋さんがあるようで魅せられていたのだった。何軒か回った内の1軒、たしか河原町の十字屋といったような気がするが、そこで購入した。レコードの裏に「¥2500」のシュリンク・カヴァーの上に書いてあるが、その通り¥2500だったと思う。中古ではなかった。このアルバムこそ僕が生まれた初めて買ったニュー・オリンズ・スタイルのジャズのレコードなのである。
では、なぜこのレコードを買ったのかというと、これも当時僕のジャズのバイブル粟村政昭氏「ジャズ・レコード・ブック」を読んでいたからである。そのころはとにかく全頁を繰り返し読んでいたのだ。
そこにはこう書かれている。「キッド・オリー(復帰後)の最高作は”Tailgate!"(GTJ 12022)」で、(後略)」。復帰前はどうなのかとか、最高作がこれなら次作はどれなのかということはともかく、京都のレコード店で見つけて「よし、聴いてみよう!」と購入したのであった。
で、どうなのかというと、ものすごく良いのである。何が良いのか?僕は高校以降とぎれとぎれではあるが、40年以上ジャズを聴いてきた。レコード、CDもそれほど多くはないが4,000枚以上は買って聴いた。しかしこのレコードほど楽しい演奏、レコードはないのである。もしこのレコードをお持ちでない方がいたら是非見つけたら買うことをお勧めする。今では中古レコードショップで1,000円以下で見かけることもある。A面の1曲目に針を落とした瞬間から、心躍る楽しい演奏が続く。思わず口ずさんでしまう快演集だ。
もちろん上記のわが生涯最高に楽しい演奏集という評価はいささかも変わることもないのだが、この歳になるとちょっと気になることもあるのだ。僕は実はまともに聴いたことなかったくせに、このレコード購入前にはニュー・オリンズ・スタイルのジャズに対して偏見を持っていた。毎回毎回リズムも同じブンチャ・ブンチャの2ビートで、トランペットがメロディーを吹き、トロンボーンがアクセントをつける、そしてクラリネットがヒョロヒョロと徘徊する演奏の繰り返しで新しい発想も何もないと。しかし、このレコードとあるルイ・アームストロングのホット・ファイヴのレコードを聴いてそれまで持っていた偏見を失くしてくれたのである。それでその後そう多くはないがニュー・オリンズ・スタイルのジャズを聴くようになったのだ。
そういう意味でこのレコードの持つ意義は僕にとってとてつもなく大きい。しかしそういった他のニュー・オリンズ・スタイルのジャズのレコードと比べてみて気になることがあるのである。この演奏は本当にニュー・オリンズ・スタイルのジャズを代表するものなのであろうかということである。まずこのレコードは格段に音がいいのである。そしてよく見てみれば録音は1944〜45年のものである。この時期というのはジャズ界はスイング全盛ではなかったか。録音もハリウッドだ。
そしてこのスイング時代の一番のスターと言えばベニー・グッドマンであろう。キッド・オリーの人物紹介にも書いたが実はこの時代ニュー・オリンズ・スタイルのジャズは下火だったのである。かのルイ・アームストロングでさえエンターテイメントで生きていたのである。他のニュー・オリンズ・スタイルのジャズ・マンはミュージシャンを廃業し他の職業で生きていくしかなかった。でもニュー・オリンズ・スタイルのジャズが人気薄のそんな時代にこのような録音が行われたこと自体が考えてみれば大変な快挙であったろう。そしてそれは今ではあまり顧みられることもないが、ルー・ワターズを中心とする西海岸で巻き起こったニュー・オリンズ・ジャズ復興運動のおかげであったことは決して忘れていけないことだと思う。そしてこの辺りのことはもっともっと勉強しなければならないところだ。

まあともかく曲を聴いていこう。

A-1 クレオール・ソング (Creole song))
キッド・オリーの作でリード・ヴォーカルもオリーが取っている。曲がスタートすると同時に心がウキウキする。オリーのヴォーカルとバックのコーラスとの掛け合いも楽しい。ヴォーカルの合間に入るシメオンのCl、ケアリーのTpソロもいい感じで、最後はコレクティヴ・インプロヴィゼイションで終わるところがニュー・オリンズ・ジャズらしい。

A-2 ゲット・アウト・オブ・ヒア (Get out of here)
オリーとバド・スコットの共作。これも自然と体が動き出すような快演だ。アンサンブル、Tp、Clソロ・バックのオリーのトロンボーンがとても生きている。

A-3 ブルース・フォー・ジミー・ヌーン (Blues for Jimmie Noone)
オリーの作。ヌーンは1895年生まれのジョニー・ドッズと並んでニュー・オリンズ・ジャズのCl奏者の大立者だった人物。オリーとはキング・オリヴァーののバンドで一緒に演奏していた昔からの仲間でシカゴで活躍していたが、1943年カリフォルニアに移り、ルー・ワターズによるニュー・オリンズ・ジャズ・リヴァイヴァル運動で呼び出され、オリーのバンドに加わっていた。1944年4月19日オリーのバンドで演奏した後突然死蔵発作で倒れ、そのまま他界した。
この録音の4か月前のことである。多分昔から仲間の突然の死を悼んでオリーが作った鎮魂のブルースであると思われる。シメオン、オリー、ケアリーのソロも素晴らしい。

A-4 サウス (South)
ベニー・モートンとヘイズという人の作。これも実に楽しいナンバー。ブレークしてドラム・ベースもソロを取る。

A-5 パナマ (Panama)
1945年8月のセッションになる。シメオンのClソロが素晴らしい。昔小学校の運動会で流れていたような曲だ。ブラス・バンド時代から演奏されているニュー・オリンズ・ジャズの古典的名曲。

A-6 アンダー・ザ・バンブー・ツリー (Under the bamboo tree)
ボブ・コールという人の作。これはギターのバド・スコットが歌っている。

A-7 ケアレス・ラヴ (Careless love)
トラディショナル・ナンバーらしい。シメオン、オリー、ケアリーとソロが続く。

A-8 ドゥ・ホワット・オリー・セイ (Do what Ory say)
オリーの作。「オリーの言った通りにしろ」という意味だろう。リード・ヴォーカルもオリー。コーラスも楽しいナンバー。

B-1 メリーランド、マイ・メリーランド (Maryland , my Maryland)
これもトラディショナル・ナンバーという。メリーランド州出身者がメリーランドへの愛着を歌うような曲なのだろう。ちょっと行進曲風である。

B-2 ダウン・ホーム・ラグ (Down home rag)
ウィルバー・スィートマンという人の作曲。これも実に楽しい演奏。Tp、Tb、Clのアンサンブルが実に楽しい。

B-3 1919・ラグ (1919 rag)
これもトラディショナル・ナンバーという。この1945年9月セッションは音もいい。エド・ガーランドのベースがずんずん響いてくる。

B-4 オー!ディドント・ヒー・ランブル (Oh! Didn’t he ramble)
これもトラディショナル・ナンバー。ちょっと沈鬱なイントロで始まるが、オリーの宣言のような語りがあり一転陽気な演奏に変わる。リード・ヴォーカルもオリーで、バックのコーラスも楽しい。

B-5オリーズ・クレオール・トロンボーン (Ory’s creole trombone)
オリーの作。オリーのTbをフューチャーした曲。

B-6ウェアリー・ブルース (Weary blues)
アーティー・マシューズという人の作。Tpがテーマを吹き、Tbが低音を支えるようなオブリガードを吹き、Clが軽快に絡む、僕はこういう演奏に最もニュー・オリンズ・ジャズらしさを感じる。

B-7メイプル・リーフ・ラグ (Maple leaf rag)
ラグタイム・キングと呼ばれるスコット・ジョプリン作の大ヒット曲。元はピアノ曲を編曲したのであろう。

B-8オリジナル・ディキシーランド・ワン・ステップ (Original Dixieland one step)
D.J.ラ・ロッカという人の作。シメオンのClソロは実にスムースで鮮やかだ。オリーのソロもいい感じだ。

繰り返しになってしまうが僕はこれほど楽しい、レコードに針を置き音が出た瞬間から楽しい気分にさせてくれるアルバムを知らない。これはすごいことではないだろうか。革新的演奏、斬新な名盤というのは多数あるが楽しい気分にさせてくれるアルバムというのはそうそうないと思う。そういう意味で僕は名盤中の名盤だと思うのである。

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第26回2013年10月19日

マイルス・ディヴィス 「ファースト・マイルス」

ご覧いただきありがとうございます。定年間近オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。
大変な被害をもたらした台風26号が日本を襲いました。その前の森の様子です。まだまだ秋の気配は感じられません。台風の後森には行けていません。


相模原ゴルフクラブ入口
今日は10月19日ですが、本来は10月14日にアップ予定でした。写真は10月14日午前中に散歩に行った時の写真です。10月14日は月曜日ですが、体育の日で休みでした。正にスポーツの秋です。野球では巨人が3連勝で広島カープを破り日本シリーズ進出決定、セリーグでは楽天が日本シリーズ進出に王手をかけました。仙台出身の僕は何としても楽天に勝ってほしいところです。一方現在ゴルフの話題と言えば男子の日本オープンですが、先々週は日本女子オープンが近所の相模原ゴルフクラブが開催されかなりの賑わいでした。新聞受けが目立ちますね。

右のフェンスの中がゴルフクラブ 先々週は大渋滞していた道も元の静かさに戻りました。この日は季節外れの陽光を浴びながらのんびり散歩を楽しみました。三連休はやっぱりゆとりがあっていいですね。
僕は来年4月以降は再雇用に申し込みました。すると年間の有給休暇が年間で12日、そのうち5日は会社で決めた有給充当の休日として決まっているので、自分で決めて休みとれる日は7日と激減します。再雇用されるだけで充分ではないかというご意見もあるかと思いますが、もともと有給など全く取れる勤務状況ではなく、1年を占めると有給取得0、代休取得−6とか7(休日に出勤し多分として代休が取れるが消化できない分、つまり代休未消化分が6日或いは7日分ある)という生活を15年以上に渡ってしてきたので、その分返せとは言いませんが少し有給休暇は欲しいものです。




第26回Miles Davis “First Miles”

Savoy SJL1196 COCY-9822 (CD)

 「ファースト・マイルス」CD・ジャケット

<Contents>

1.マイルストーンズ (Milestones) take1/master take
2.マイルストーンズ (Milestones) take3
3.リトル・ウィリー・リープス (Little Willie leaps) 1st take/alternate2
4.リトル・ウィリー・リープス (Little Willie leaps) master take3
5.ハーフ・ネルソン (Half Nelson) alternate take1
6.ハーフ・ネルソン (Half Nelson) master take2
7.シッピン・アット・ベルズ (Shippin’at bells) 1st take/master take2
8、シッピン・アット・ベルズ (Shippin’at bells) 1st take3/alternate take4
9.ザッツ・ザ・スタッフ・ユー・ゴッタ・ウォッチ (That’s the stuff you gotta watch) alternate take
10.ザッツ・ザ・スタッフ・ユー・ゴッタ・ウォッチ (That’s the stuff you gotta watch) alternate take2
11.ザッツ・ザ・スタッフ・ユー・ゴッタ・ウォッチ (That’s the stuff you gotta watch) master take3
12.ポイントレス・ママ・ブルース (Pointless mama blues)
13.ディープ・シー・ブルース (Deep sea blues)
14.ブリング・イット・オン・ホーム (Bring it on home) 1st take
15.ブリング・イット・オン・ホーム (Bring it on home) alternate take2
16.ブリング・イット・オン・ホーム (Bring it on home) master take3

<Personnel>

2つのセッションが収録されている。
1〜8 … 1947年8月14日録音
マイルス・デイヴィスMiles Davistrumpet
チャーリー・パーカーCharlie ParkerTenor sax
ジョン・ルイスJohn Lewispiano
ネルソン・ボイドNelson BoydBass
マックス・ローチMax RoachDrums

9〜16 … 1945年4月24日録音
ラバーレッグズ・ウィリアムスRubberlegs WilliamsVocal
マイルス・デイヴィスMiles Davistrumpet
ハービー・フィールズHerbie FieldsTenor sax
テディ・ブラノンTeddy Brannonpiano
レナード・ガスキンLeonard GaskinBass
エド・ニコルソンEd NicholsonDrums


このアルバムはもともとレコードで発売されたが後にCD化されており、僕が持っているのもCDである。タイトルの{ファースト・マイルス」の意味は、初のレコーディングであるBのセッションと初リーダー吹込みであるAを1枚にまとめたからであろう。一言聴いてみてどうかというとそれほど面白い、聴き応えのある作品とは思えないが、何しろあの「帝王」の初吹き込みとしてファンには必須のアイテムと言える。マイルスは、僕がジャズを聴きだすきっかけとなったアーティストであり、パーフェクト・コレクションを目指すつもりはないが主だったものは入手し聴き込んでいこうと思っており、ここでもそれを一つの軸にしようと考えている。

今回はBのセッションから。
まずBの8曲がマイルス・デイヴィスの初レコーディングである。マイルスがビッグにならなければ、永遠に埋もれてしまったかもしれない。当時マイルスは18歳、ディスコグラフィーには”Rubberlegs Williams with Herbie Fields’ band “と記してある。主役はブラック・コメディアンのラバーレッグズ・ウィリアムスである。解説の油井正一氏は、ラバーレッグズが一流のジャズマンを伴奏者として新しいブルース歌唱を試みたものの一つとして理解すべきものと書いている。この吹込みも、ラバーレッグズ自身はディジー・ガレスピーの参加を希望したようだが、ディジーとチャーリー・パーカーの推薦によってマイルスが入ることになったという。マイルスに録音の経験をさせ少し稼がせてやろうという先輩の思いやりだろう。
つまりここでのマイルスはサイドマンであり、それも代役である。19歳の誕生日を1か月後に控えた若いマイルスは、尊敬する先輩フレディ・ウエブスターに連れられてスタジオに現れたという。しかし緊張して上がりっぱなしで、マイクが怖くてなるべく遠ざかって吹いているという。マイルス自身自伝において「消してしまいたい」と書いているくらい恥ずかしい思いを経験したのだろう。しかしテイクを重ねていくにつれ少しづつ力を発揮していく姿が微笑ましいと同じく油井氏は書いている。
ところで油井氏によるとこの吹込みメンバーは最初からこのように判明していたものではなく、いろいろな議論が重ねられてきたが、フィル・シャープがまとめた上記のメンバーが正確なものと認められたといういきさつだったようである。
実は僕はバックを務めるバンドのリーダー、ハービー・フィールズにいささか興味がある。詳しい経歴はアーティストの項に書いたが、油井正一氏はCDの解説に「フィールズのプレイは、バップが分からずバップらしきでたらめを吹いている感じで、とてもジャズの未来を担う新人とは思えない」と厳しく批判し、さらに「エスクワイヤー誌ではニュー・スターのウィナーになっているが、バップは分からない。課題された評価と自分の実力に悲観して自殺して果てたのだった。」と身もふたもなく切り捨てている。ここまで厳しい批評は珍しいのではないだろうか?ちなみにマイルが初レコーディングを経験したこの年にハービーは、エスクワイヤー誌ではニュー・スターのウィナーになっている。
ハービーは亡くなるときには、マイアミでレストランを経営し順調だったという。かつて音楽界で鳴らし、人気のレストランのオーナーで経済的にも安定している、そのような男が「バップが分からない」ということで自殺するだろうか?今更真実を突き止めようもなく、まあ人生は色々なのでそういうことあるのだろうと割り切らざる得まい。
しかし、油井氏は、バップが分からないジャズ・ミュージシャンは死んでも仕方がないくらいの勢いだが、バップとはそんなにすごいものなのだろうか?そもそもバップとは何なのだろうか?このことも今後じっくりと考えていきたい。
Aの8曲はマイルスの初リーダー吹込みである。Bの8曲からAの録音の間約2年と4か月の期間があり、マイルスはパーカーやビリー・エクスタインなどのバンドでレコーディング経験を重ねていた。そして次のリーダー作はというと1949年まで下る。つまりこの録音の後は、またパーカーのサイド・マンとして吹込みに参加していたわけで、この録音がチャーリー・パーカーも参加していながらなぜマイルス名義になったのか考えてみれば不思議な感じがする。中山康樹氏によるとパーカーが本来リーダーとなるべきだが、ダイヤル・レコードと契約していた関係でマイルスをリーダーにしたそうである。またこの録音でパーカーが全曲テナーサックスを吹いていることでも異例である。

9.ザッツ・ザ・スタッフ・ユー・ゴッタ・ウォッチ (That’s the stuff you gotta watch) alternate take
10.ザッツ・ザ・スタッフ・ユー・ゴッタ・ウォッチ (That’s the stuff you gotta watch) alternate take2
11.ザッツ・ザ・スタッフ・ユー・ゴッタ・ウォッチ (That’s the stuff you gotta watch) master take3
12.ポイントレス・ママ・ブルース (Pointless mama blues)
この時代はまだSP盤の時代であり、11.ザッツ・ザ・スタッフ・ユー・ゴッタ・ウォッチと12.ポイントレス・ママ・ブルースのカップリングで発売されたようだ。フィールズがソロを取っている。10でマイルスのミュートでオブリガードなどを吹いているが、マイクが遠いのかよく聞き取れない。フィールズはバックでは、そうでもないがソロになると俄然Honkerっぽくなる。
9、10、11は同じ曲だが、11でラバーレッグズはかなり歌い方を変えている。そしてこれがOKテイクになったようだ。

13.ディープ・シー・ブルース (Deep sea blues)
14.ブリング・イット・オン・ホーム (Bring it on home) 1st take
15.ブリング・イット・オン・ホーム (Bring it on home) alternate take2
16.ブリング・イット・オン・ホーム (Bring it on home) master take3
13.ディープ・シー・ブルースと16.ブリング・イット・オン・ホームのカップリングで発売されたようだ。14〜16のブリング・イット・オン・ホームはヒットしたらしい。マイルスも大分音が出るようになってきている。似た題名の”Bring it on home to me “はR&B歌手サム・クックが作って大ヒットさせた別曲。

Aセッション
1.マイルストーンズ (Milestones) take1/master take
2.マイルストーンズ (Milestones) take3
3.リトル・ウィリー・リープス (Little Willie leaps) 1st take/alternate2
4.リトル・ウィリー・リープス (Little Willie leaps) master take3
5.ハーフ・ネルソン (Half Nelson) alternate take1
6.ハーフ・ネルソン (Half Nelson) master take2
7.シッピン・アット・ベルズ (Shippin’at bells) 1st take/master take2
8、シッピン・アット・ベルズ (Shippin’at bells) 1st take3/alternate take4

チャーリー・パーカー・コンプリート・サヴォイ・スタジオ・レコーディングス Bセッションの録音はマイルスの初録音であるが、Aセッションはリーダー・アルバムとして最初のものであることは先に書いた。ということはこの初リーダー・アルバムの前にサイド・マンとして録音があったことになる。実際にはどうだったかと言えば、結構数多くの録音を経験している。では誰のサイド・マンだったかと言えばもちろんすべてではないが、この時期師とも仰いだチャーリー・パーカーである。1945年は11月にチャーリー・パーカー・リビバッパーズrsのトランぺッターとしてレコーディングに参加しているだけだが、1946年にはバードの他チャーリー・ミンガス、ビリー・エクスタインの録音などに参加している。
まずこの録音で意外なことでは、バードが何とテナー・サックスを吹いていることである。バードがテナーを吹いた録音はこれだけではない。しかしこの録音以前では43年にビリー・エクスタイン・ジャムセッションで吹いている以来である(この録音は未聴)。この初リーダー録音についてマイルス本人は何と言っているだろうか?自伝によると「こんなふうにバードと演奏し、52丁目に毎晩出ていたおかげで、初めてリーダーとして、サヴォイにレコーディングできるチャンスがやってきた」と書いてあるくらいである。この「こんなふうに」はどんなふうだったのかということになると結構長い記述になるがまとめると、カリフォルニアでボロボロになって何とかニューヨークにバードは戻ってきた。そこで改めてバンド組んで演奏活動を始めなくてはならない。そのバンドの仕切りをマイルスがすべてやっていたというのである。ヤクまみれアルコールまみれのバードはきっちりとバンドをまとめ上げるような男ではないのである。つまりバンドの実質的なリーダーはマイルスだったということになる。そこでサヴォイはこのまだ若いアンチャンに一発レコーディングも任せてみようかと思ったように受け取れる。「マイルス・ディヴィスの生涯」(ジョン・スウェッド著)にサヴォイのプロデューサーテディ・レイグは「フレディ・ウエブスター(マイルスの親友で尊敬していたトランぺッター)に、マイルスを助ける努力をすると約束していたんだ。(中略)マイルスはバードとの仕事で相当我慢させられてきたわけだから俺たちはあいつに借りがある。(中略)マイルスはまだ無名だったので、バードを入れることで箔が付くと思った」と語っている。バードがテナーを吹いた理由として、まだダイヤルとの契約が残っていたため、バードだとばれないためではないかという推測も成り立つが、サヴォイ側はダイヤルより先に契約しており、ダイヤルに遠慮する必要はないと主張しており、現にこの録音はリリースされたときにはバード名義であった。
テディ・レイグによれば、マイルスのこの録音にかける意気込みは相当なものだったという。まず、ミュージシャンを選び(当然この辺りバードのレギュラー的なピアニストでマイルスが大嫌いなデューク・ジョーダンは外している)、レコーディング前にみっちり2日間リハーサルを行ったという。レコーディングは4曲だがこのうち3曲はマイルスが書き、ジョン・ルイスが1曲「マイルストーンズ」を書いてきたという。
中山康樹氏は「マイルスの要求で、パーカーがテナーを吹いたのなら、パーカーも情けない…」と書いているが、どうであろう?僕の持っている本では明確にこの理由を書いているものはない。要は分からないのだ。そこで中山氏に対抗するつもりなど毛頭ないが、自分なりの推測を書いておこう。ミソは2日間の練習だ。『マイルス・ディヴィスの生涯』によるとみっちり練習した2日間、バードは誰からか借りて毎日テナーを持ってきたという。最初からテナーを吹く気だったのだ。バードのことだからみっちり練習に最初から最後まで付き合ったとは思えない。多分練習前にマイルスから譜面を入手しどんな感じにしたいかは聞いていたのだろう。それはそれまでのアップ・テンポで高音連発の激しい演奏というものを志向したものではないことを感じていたのだと思う。そこでこの演奏ではテナーを吹きめまぐるしい息もつかせぬプレイではなく、中音域を生かしゆったりした奥行きのあるプレイをしてみようじゃないかと思ったのではないか。大体マイルスに言われてホイホイテナーに持ち替えるタマではないと思うのである。
先の中山氏は実に緻密にアレンジされているがこれは当時としては珍しいものだとしている。マイルスもバードも中音域を中心に実にリラックスして演奏しており、これがクール・ジャズの発端だという人もいるという。確かに現代ではCD、レコードでもLPなどで没テイクまで続けて聴くことができるが、録音当時はSP盤の時代だった。当時の人は片面1曲ずつの分厚いレコードを買ってきて1曲ずつ聴いたわけである。発売時期は分からないが、MilestonesはShippin’at bellsとLittle Willie leapsはHalf Nelsonとカップリングで発売されたようだ(ほかの組み合わせもあった)。例えばバードの新作として、Little Willie leaps/Half Nelsonというレコードを買って聴いたならば、そのクールなプレイに驚き魅せられたろうと思う。「バード、カッコいい!イカしてる!」という感じかな。

チャーリー・パーカー・コンプリート・サヴォイ・スタジオ・レコーディングス ということでAセッション 1、2.マイルストーンズ (Milestones) take1/master take&take3
後にマイルスが作りアルバム・タイトルとなった曲とは異曲。テイク1のOKヴァージョンとテイク3が収録されている。テイク1が始まってすぐ、ストップをかけ”Hurry,hurry!"(速く、速く!)とテンポの修正をかけそのままテイク2に入る。この声は誰だろう?レコードで聞くとマイルスらしくない。プロデューサーのテディ・レイグか?しかしCDで聴くとマイルスかとも思う。マイルスはこの曲ではミュートでプレイしている。まずマイルスがソロを取り、ルイス、バードのソロとなる。バードのソロは非常に短いがさすがの存在感を示す。とてもバップ的な曲だと思う。 が並ぶ。 

3、4.リトル・ウィリー・リープス (Little Willie leaps) 1st take/alternate2&master take3
”All Gods children got rhythm"という曲のコード進行に基づいてマイルスが作曲した。 これも1stテイクを途中で打ち切りそのまま2ndへ入る。「この時副調室と若きマイルスの声が聞こえる」とCD解説の油井氏が書いているが、一人の声しか聞こえない。マイクか何かのテストだったのか”OK , one try again "(OK,もう一丁行ってみよう)といっとこうか。もう少し歳を取るとしわがれた声になるが、この頃はまだそれほどでもしわがれてはいなかったのかもしれない。すると前曲の”Hurry,hurry!"もマイルスか。2ndとマスターのテイク3を比較すると明らかにテイク3のテンポが速い。これも複雑なバップらしい曲である。
ソロはバード、マイルス、ルイスの順。バードのソロの入りはいかにもバードという感じでカッコいい。マイルスはこの曲はオープンで吹くが僕はこの時期のマイルスのミュートはあまり好きではない。1、2のマイルストーンズよりこちらの方が吹き切れている感じがする。

5、6.ハーフ・ネルソン (Half Nelson) alternate take1&master take2
ネルソンとはベースのネルソン・ボイドのことで、ハーフ・ネルソンとはプロレスの技ではない。当時19歳のネルソン・ボイドはタッド・ダメロンのバンドのメンバーだった。彼を気に入っていたマイルスがレコーディングのために借りてきたという。この曲の元は”Lady bird"という曲で、この曲はダメロンとネルソンの共作だという。つまり半分ネルソン=ハーフ・ネルソンというわけだ。
これもアドリブはバードから入る。中音域を主体としたソロで、続くマイルスもオープンで同じく中音域でソロを展開する。テーマが32小節でバード、マイルスと1コーラスずつソロを取り、ネルソンは半分の16小節のソロを取る。ということでハーフ・ネルソンのダメ押しだ。
2テイクを聴くとやはり2テイク目のマスターが聴き応えがあると思う。

7、8.シッピン・アット・ベルズ (Shippin’at bells) 1st take/master take2
題名はハーレムにあるBell's cocktail loungeから取ったもので、このラウンジの経営者ベル兄弟でマイルスと同郷で同じアパートに住んでいたためマイルスはよく出入りしていたという。マイルス作のブルースで、12小節間に18ものコードがあるという。確かに演奏するのは難しそうな曲だ。
ソロ・オーダーはバード、マイルス、ルイス。これも中音域中心のソロを取る。エンディングは凝っていてかっこいい。編曲の妙を感じる。

Bセッション1945年4月24日、Aセッション1947年8月14日、この約2年間の間にマイルスは長足の進歩を遂げたことは明確にわかるCDである。しかしAセッションで存在感を発揮するのはバードだ。このテナー・ソロなどはそれまでにないものなのではないかと思う。バップからモダンに至るアルトはもちろんテナーを含めてサックス・プレイのスタンダードを作っていったのはやはりバードなのだという感じがする。

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第27回2013年10月27日
ジャッキー・マクリーン「レット・フリーダム・リング」

10月14日森の道

ご覧いただきありがとうございます。定年間近オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。
このHPを書き始めた土日(10/19、20)は異常なくらい寒い日でした。僕の住んでいる地域でも最高気温が17度と初冬の寒さでした。また土曜日の夜から冷たい雨が降り始め日曜日は一日中雨でした。お天気は人間の意のままになるものではないですが、やはり気持ちが暗くなるので、出来れば晴れて欲しいものです。土日は所用もあり森への散歩は中止です。写真は10月14日の森の様子です。この時はまだ歩くと暑くなったのに、今は外に出ると寒いくらいです。

太尊の外観 僕は麺類が大好きです。地元でおそばが食べたいときに行く満留賀は依然紹介しました。今回は大好きなラーメン屋さんです。「太尊」といいます。ご主人がボクシングをやっていたらしく、マイク・タイソンから取ったのではないかと思います。
僕の住んでいる地域はラーメン激戦区などと言われていますが、最近豚骨系の店ばかりが目立つようになりました。僕も豚骨は好きですが、豚骨ばかりだとさすがに飽きてきます。そんな時には、いやそんな時ではなくても無性にこの店のラーメンが食べたくなります。この店のラーメンはシンプルです。麺、スープ、シナチク、チャーシュー、刻み玉ねぎ、ノリしか入っていません。何といってもスープが絶品です。

チャーシューメン大盛り¥750 そして安い。普通のラーメンは500円です。僕はチャーシュー麺大盛り(写真)を食べますが750円です。大盛りといってもそれほど量は多くなく成人男子ならちょうど良い分量だと思います。とにかくやみつきになる味です。


レコードそれともCD或いは…その1
しばらく前の新聞記事で読んだのですが、音楽の音源をレコード或いはCDというメディアで保有する人の割合は日本が世界でナンバー1なのだそうです。アメリカ始めほかの国の人はiPhoneなどにダウンロードして聴くことが多く、レコ−ド、CDというメディアで保有する率はどんどん下がっているそうです。これはどうしてでしょうか?そこでの分析でもレコ−ド、CDというメディアで保有するとそこから音楽を引き出す装置(プレーヤー)が必要になるし、保管する場所も要る。それに比べダウンロードだと…。後は皆さんお判りでしょう。そこで考えられているのは音質云々ではなく、利便性ということです。音楽を聴くのに音質よりも利便性が優先される時代になったということです。世界のこういう状況に比べ日本人は、愛する音楽を収めたメディアを大事にし保存に気を配る。とてもいい文化だと思いますが、 日本の大勢はダウンロードに向かっており、ただその率が外国に比べて低いということでしょう。
そんな状況の昨今ですが、皆さんがジャズを楽しんでいるのはレコードですか?それともCDでしょうか?
僕の場合は、ずばりレコードです。といっても音質がいいと言われるオリジナルにこだわっているなどということではありません。リイシュー盤でもCDよりも良いというのが僕の判断です。でも僕は音にこだわってCDとレコードをとことん聴き比べレコードを選んだというわけではありません。僕はそもそもCD派だったのです。場所も少なくて済み(紙ジャケが最高‐薄い)、レコードと違って擦り減らず音質が劣化しないCDの方が技術的に優れており、レコードを持ち上げる人をアナクロニズムだと決めつけていました。ところがあることがあって、CD>レコード(CDの方がレコードより良い)という考えが変わってしまいました。
今回は僕のCD>レコードという意識に×を付けたきっかけになったレコード、CDを紹介します。

第27回 Jackie McLean “Let freedom ring ”

BLUENOTE BST-84106

1962年3月19日録音
「レット・フリーダム・リング」ジャケット

<Personnel>

ジャッキー・マクリーンJackie McLeanAs
ウォルター・ディヴィスWalter Davispiano
ハービー・ルイスHerbie Lewisbass
ビリー・ヒギンズBilly Higginsdrums

<Contents>

A面
B面
1.メロディー・フォー・メロナエ (Melody for Melonae) 1.レネ (Rene)
2.アイル・キープ・ラヴィング・ユー (I' keep loving you) 2.オメガ (Omega)

「レット・フリーダム・リング」CDジャケット 僕はあまりお金がないので、一度にドバーッと切り替えることはできませんが、少しずつでいいのでレコ−ドからCDへの切り替えをしたいと考えていました。つまり現状保有しているレコードで気に入ったものと同じを毎月1枚とかのペースでCDを買いレコードは処分していこうという考えていました。そこでたまたまですが、ふと大好きで聴くたびに感動させてくれるこのジャッキー・マクリーンの「レット・フリーダム・リング」のCDをお店で見かけ、よしこれから始めようと決心したのです。
CDを家に持って帰り、CDプレーヤーにセットし、聴きました。そして聴き終った感想は、「???」でした。要は感動しないのです。僕はメカに弱く、どういう理屈によるものかはわかりません。でもテーマ、ピアノの入り、ジャッキーのアドリブ・フレーズ等聴き慣れたメロディでレコードと同じものです。ただ、なぜか感動しないのです。そこで続けてレコードをかけてみました。ここでも聴き慣れたテーマが始まり、もちろんアドリブ展開もCDと同じです。しかしいつしか他の何事も忘れ演奏を聴きこんでいる自分がいます。没頭しているのです。聴き終るといつもの感動が襲ってきます。「ああ、いいなぁ!」と思えるのです。
何故でしょうか?僕の持っているオーディオ装置のCDプレーヤーは確かに程度の低い安物です、でもレコード・プレーヤー、カートリッジ、レコード針だって程度の低い安物です。なぜかさっぱりわからずいつも間にかこのCDは一番奥のめったに聴かいないコーナーに移動していました。そしてその後聴くのはもっぱらレコードになったのです。これが僕のCD>神話の崩壊です。次いでですので、次回はレコード>CDとなった1枚をご紹介します。


さてこのアルバムについて書いていこう。

「ア・フィックル・ソナンス」CDジャケット そもそもこのレコードを聴く前からジャッキー・マクリーンのことは知っていた。レコードも持っていた、1枚だけだけど…。ではなぜこのレコードを買ったのかというと、またまた粟村氏の「ジャズ・レコード・ブック」である。氏はマクリーンの項に次のように書いている。「ブルー・ノートと契約を結んでからの彼は一躍我が国ジャズ喫茶の人気者になったが、甘い音でスムースによく歌うというだけでいま一つアグレッシヴなところのない彼のプレイは次第にファンの支持を失うに至った。(中略)しかしコルトレーンの音楽に接し本作での大飛躍によって(中略)。マクリーンは過去現在を通して決してジャズ史をリードするようなミュージシャンではなかったけれども、こうした前向きの姿勢を忘れぬ実力派ジャズメンの活躍によって初めてジャズの歴史は実り豊かなものに育っていくのである。」
ちょっと長すぎる引用だが、素晴らしい卓見だと思う。その通りだと思う。こう端的に真実をついてくれる評論家はそういない。いくらマイルスが、コルトレーンが新しいことに挑戦してもついていく人間がいなければ何も起こらないのである。天から舞い降りた天才の重要性は何物にも代えがたいが、常に前を向き新しい表現方法を模索する天才ではないが真面目に修練してきたことによる実力を貯め込んだ人間が実は歴史を作るのである。
これは僕の想像だが、この時のマクリーンは悩みに悩んでいたような気がする。ハード・バップ、モダンの一級のジャズメンとして人気、実力ともにある程度世間には通用している、しかしこのままでいいのか?自分の先輩にあたるマイルスやコルトレーンなどが新しいことにどんどん挑戦していっている、自分もと思うのだがはたしてできるだろうか?、このままでは仕事が減り、収入も減るかもしれないが無くなることはあるまい、でも失敗したら2度と立ち上がれないのではないか…。いろいろ逡巡したと思う。しかし結果として彼は挑戦の道を選んだ。その記録がこのアルバムだと思う。何度も言うがこれは僕がこのアルバムから感じたことで実際はどうだったかわからない。ところでその彼がチャレンジした新しいことは何かというと「モード手法」であろう。
さらにくだらないことですが、僕はちょっとだけ楽器を弾いてました。ベースです。アマチュアのビッグ・バンドに入っていました。下手です。本当に下手です。どのくらい下手かというと、何年たってもうまくならないのでクビになったくらいの下手さです。こんな僕にも曲によってたまにソロをやれというご下命が下ります。必死でフレーズを考え練習しますが、うまく行ったと思ったことはありません。なのでレベルは低いですが、ソロを取るということは真剣に考えたことがあるのです。そんなあるとき自分が感じていたことと、あるプロのプレーヤーが言ったことが一致して、「やはりそうなのか!」と思ったことがあります。それは、ソロを取るに当たっては2つのタイプの人間がいるというのです。1つはあるソロを取る部分にコード・チェンジがあった方がソロを取りやすいと感じるタイプとコード・チェンジがあるとそれに引っ張られ逆に弾けなくなるタイプです。マクリーンは長年の積み重ねもありまず絶対にコード・チェンジ歓迎派でしょう。
コード奏法とモード奏法の違いの楽理的なことが分からず申し訳ないですが、まず僕が受ける印象はモードで演る場合はコード・チェンジが少ないということです、というかモードなのでコードはないといったほうが良いのでしょうか?例えばアドリブ・パートはB♭一発のように。チャーリー・パーカーに憧れ、めまぐるしくコード・チェンジが行われるビ・バップで育ったマクリーンにとって正確に言えばコード展開がない、1コードのみのような状況でアドリブを組み立てるのはこれまでに経験のないことでしょう。
マクリーンの本作の前のリーダー・アルバムは左上の「ア・フィックル・ソナンス」(1961年10月26日録音)だ。こちらは、マクリーン自身がインプロビゼーションを中心に曲作りに挑戦したと語る表題曲など斬新なナンバーもあるが、ファンキーなナンバーなどもあり、イディオムは従来路線においている。本作は正にマクリーンにとっての「ジャイアント・ステップ」だと言える。


ということで曲に行こう。

「ジャッキー・マクリーン・クインテット」ジャケット A-1 メロディー・フォー・メロナエ (Melody for Melonae)
  娘のためにマクリーンが作曲したもの。ということはMelonae(メロナエ)という名なのだろうか?ちょっと変わった名なのでは?この録音当時1962年時点で6歳だったという。マクリーンには他に”Little Melonae”という曲があり、「猫のマクリーン」と呼ばれる1955年録音のアルバム(右のジャケット)に収録しているが、その時は正に生まれたばっかりだったのだろう。
この曲は13分を超える熱演で、本アルバムの目玉であろう。アルバムのライナー・ノーツを書いているジャズ評論家の本多俊夫氏は「可愛らしさを持ったメロディーである」としているが、そうであろうか?僕には娘の名前をタイトルにした割にはどうもかわいい感じはしない。ビル・エヴァンスの娘ではないが姪っ子のために作った”Waltz for Debby”は慈しむようなメロディーなのに…と思ってしまう。最初にピアノとアルコのベースで入るフレーズなどおどろおどろしい感じさえすのは僕だけ?
ピアノとベースのAメロ、続いてアルトとドラムが加わるBメロ、アルトのロングトーンが中心のCメロとすると、ABB’CA’Bと繰り返し聴きもののB♭マイナー一発ミディアム・テンポのアドリブに入る。ここに感動するのである。最初はたぶん用意してきたと思われるフレーズを繰り出し好調に始まる。そして新生マクリーンの繰り出すらしからぬフリーキー・トーンにビックリさせられる。バックは淡々と同じパターンを繰り返す、マクリーンのアドリブが勝負の全てなのだ、バックとの絡みはない。後半かなり苦しそうだ。1音とか2音のみのフレーズとは言えない吹奏もある。この辺りは僕のみの間奏かもしれないが、マクリーンは自分を追い込んでいるのである。しかし逃げずに立ち続けるマクリーン、そして終始ハードにドライヴして向かっていく姿に感動するのである。
そしてついに吹き切りテーマCAからピアノのソロになる。ディヴィスは慣れているのかピアノという楽器の特性か無理をしている感じはない。ディヴィスはこう弾こうかああ弾こうか、というアイディアがあるがすべてを一度に実践できるわけではないので今回はこうまとめてみました的な良い意味での遊びを感じさせるマクリーンとは異なった展開でこれも聞き応えがある。そしてテーマに戻り終わるのだが、聴き終ったあとには終始前を向いて前進しようとするミュージシャンの真摯なプレイに接した充実感がある。

バッド・パウエル『ジャズ・ジャイアント』ジャケット A-2 アイル・キープ・ラヴィング・ユー (I' keep loving you)
スタンダードっぽいナンバーだが、バッド・パウエル作のバラード。このアルバム唯一のオリジナルではないナンバー。 バッドは僕の知る限りでは写真掲載の『ジャズ・ジャイアント』でしか録音していなく、バッドはソロでプレイしているので、他の人の手あかが付いていないナンバーと言える。こういうナンバーはマクリーンのお得意だろう。そういえばマクリーンはバッドに気に入られ一時家によく出入りしていたという。マクリーンとバッドは縁の深い間柄だ。
ピアノのイントロからテーマに入る。マクリーンは単にテーマを吹くという感じではなく、かなり崩し気味に情感豊かに吹いていく。ここで大事にされているのはテーマというよりも、マクリーンのエモーションだと思う。別に悪いといっているわけではなく、マクリーンがそのように変わったということだ。

B-1 レネ (Rene)
息子であるRene(ルネ)のために書き下ろしたマクリーンのオリジナル・ブルースである。解説の本多氏によるとマクリーンは「通常の12小節のブルースからの離脱を試みた」と語っており正にその通りの作品と記載している。ちょっとカリプソ的な味わいのある作品だ。さらにここでは様々な試みが行われているという。解説の本多氏によれば、コード的手法とモード的手法の融合だという。インプロビゼーションを前提にして曲つくりをしたと語った前作”A Fickle sonannce"の延長線上にある作品だろう。そういう奏法的な論議はともかくとして、熱演であることには間違いない。
A-1よりもこちらの方が吹き切れている感じがするが、それはA-1よりもコード的展開に近いからだろう。ちょっと「エア・メール・スペシャル」のフレーズが出てくるところが愛嬌だ。それはA-1よりもコード的展開に近いからだろう。ピアノのディヴィスもいい感じソロをを取るこちらはバップの曲のフレーズなどが出てくる。

B-2 オメガ (Omega)
オメガとはギリシャ文字の最終文字であるが、マクリーンの母親の名前にちなんだこれもマクリーンのオリジナル。マクリーンの母の名前は、アルファ・オメガ・マクリーンというのだそうだが、アルファはギリシャ文字の最初の文字。最初の文字と最終文字を持つなんてすごい名前である。
ベースの高音部を巧みに生かしたテーマが面白い。そしてこれも前曲ルネ同様インプロビゼーションを考慮して作られた曲だろう。ベースを主体としたテーマ部分をパターン化して繰り返し、それをバックに或いは続く部分でインプロビゼーションを展開する手法で、こういう曲の作り方、展開の仕方はマクリーンにとって新しい手法と思われる。僕はこういう手法があることをウエイン・ショーターの本(『フットプリンツ』)を読んで知った。ここでも高音部のフリーキー・トーンを使ってマクリーンにとってこれまでにないアドリブ展開が顕著だ。


この作品、アルバムは名作だと思う。しかしその意味は、名演の連続例えばスタン・ゲッツの「アット・ストーリーヴィル」のように、インプロビゼーションにおいて溢れ出てくるフレーズの洪水ということではない。1人の真摯なミュージシャンが、自己の改革のために自分を追い込みもがき格闘する姿、そしてそれが見事に成功しているシーンを如実に捉え、をヴィヴィッドに記録しているというところだと思う。

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第28回2013年11月4日
アート・ペッパー「モダーン・アート」

山中湖のもみじ祭り散策路

ご覧いただきありがとうございます。定年間近オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。
日本シリーズでの楽天イーグルスの優勝おめでとうございます。僕は仙台出身なのでうれしさも一入です。寒い中、それも雨の降る中球場で応援された方大変だったと思いますが、その場にいないと体験できない感動を十二分に味わうことができたのではないでしょうか?6戦目マー君で敗れた時これでイーグルスも終わりだという人が多かったのですが僕は結果がその通りだったから言うわけではなく、それほど心配していませんでした。というのも第三戦で好投した美馬投手がいたからです。逆にジャイアンツに信頼できる先発投手が残っていないのではと思っていました。果たして、美馬投手が6回まで1安打無失点の好投、対する杉内投手が2点を取られる展開になりました。美馬投手の交代は逆に不安でしたが、則本投手、マー君で押え切りました。マー君は最後の雄姿を仙台の、東北のファンに見せたかったのだと言います。マー君が大リーグに行ってしまうのでしょうか?寂しいなぁ!
今回のシリーズは、則本投手、マー君の活躍が目立ちますが、リリーフ陣が弱体な中で目立たないけどしっかり2勝を上げた美馬投手がMVPに選ばれたのはとてもいいことだと思います。
3日の夜はうれしくてつい飲みすぎで二日酔い気味でしたが、カミサンと2人で山中湖までドライヴに行きました。この時期山中湖畔ではもみじ祭りを開催しています。実は暗くなって紅葉がライト・アップされてからの方がきれいなのですが帰りが遅くなるので写真は午後2時ごろ撮影したものです。

雲のかかった富士山 今日は天気が悪く、曇り所により雨で気温も低く寒かったです。関西地方では木枯らし1号が吹いたそうです。山中湖は山間のためか天気が変わりやすく、暑い雲に覆われていたかと思う晴れ間が見えたり、濃い霧が立ち込めたり、雨がぱらついたりととても不安定でした。クルマで行った我々はそれほど影響を受けませんですが、バスなどで来て歩いている人は困ったと思います。


道志道の駅で 「道の駅」というのは、いつの間にかいろいろなところで見かけるようになりましたが、どこでいつから始まったのでしょう?ドライヴしていて困るのはトイレで、きれいなトイレを備え、地域の名産などを売るお店などもある道の駅は、地域の方の雇用にも寄与するとてもいいシステムだと思います。どんどん増えてくれるといいなぁ。


レコードそれともCD或いは…その2
「モダーン・アート」CDジャケット この作品を最初に買ったのはCDだった。なぜこの作品を買ったのかというと、雑誌やブログなどでこの作品を激賞していることが多かったので、聴いてみようという気になったのだ。もう10年くらい前のことである。そして日本には、アート・ペッパー・ファンというのが非常に多いことも知った。CDを買って家に帰り、どんな傑作かと楽しみにワクワクしながら、プレーヤーにセットし聴いてみた。で、どうだったかというと一言”ガッカリした”のだ。細いアルトがヒョロヒョロと鳴っているだけで全くつまらない作品としか思えなかった。で、なぜこれが傑作と言われるのかが全く分からなかったのである。
その当時CDがレコードより上と信じ切っていた僕は、何回か聴いてこの作品はダメと思い、その後は全く聴かずこれもCD保管場所の最奥端にしまってしまったのである。ところがある事情がありレコードを聴く機会があったのである。
ところが、ある時この作品をレコードで聴く機会があったのである。といっても「さあモダーン・アートですよ」といわれて聴いたわけではなく、聴いていてこれはなかなかいいアルバムだなぁと思って聴いているうちに、ふとこれはどこかで聴いたことがあるフレーズだなぁと思い、ふとジャケットを見に行くと「モダーン・アート」だったのである。「あれ?」と思いすぐにレコード屋さんに向かった。そこで買ったレコードを今聴いているわけだが、日本盤でもちろん再発売ものである。「え?オリジナル盤じゃないの?」と思われ方もいるかと思うが、そもそも自慢ではないが、オリジナル盤などほとんど持っていないのである。それでもわかるこのアルバムの良さ!僕はこれ以降基本はCDではなく、レコードを聴くことに、買うことに決めたのである。

第28回 Art Pepper “Modern art ”

LNJ-70080

「モダーン・アート」ジャケット

<Personnel>

アート・ペッパーArt PepperAs
ラス・フリーマンRuss Freemanpiano
ベン・タッカーBen Tuckerbass
チャック・フローレスChuck Floresdrums

<Contents>

A面
B面
1.ブルース・イン (Blues in) 1.ダイアンズ・ジレンマ (Dianne's Dilemma)
2.魅せられて (Bewitched) 2.ストンピン・アット・ザ・サヴォイ (Stompin' at the Savoy)
3.ホエン・ユア・スマイリング (When you're smiling) 3.ホワット・イズ・ジス・コールド・ラヴ (What is this thing called love)
4.クール・バニー (Cool Bunny) 4.ブルース・アウト (Blues out)

A1、2、B2、3、4 … 1956年12月28日録音
A3、4、B1 … 1957年1月14日録音

「モダーン・アート」CDジャケット裏面 レコードとCDを比べるとCDは5曲多く、曲順に大幅な違いがある。CDぼ収録曲を見てみよう。
1.Blues in … レコード収録A面1曲目
2.Bewitched , bothered and bewildered … フル・タイトルとなっているがA面2曲目と同じ
3.Stompin' at the Savoy … レコード収録B面2曲目
4.What is this thing called Love … レコード収録B面3曲目
5.Blues out … レコード収録B面4曲目
6.When you're smiling … レコード収録A面3曲目
7.Cool Bunny … レコード収録A面4曲目
8.Diane's dilemma … レコード収録B面1曲目
9.Diane's dilemma‐alternate take … レコード未収録
10.Summertime … レコード未収録
11.Fascinating rhythm - alternate take … レコード未収録
12.Begin the beguine - alternate take … レコード未収録
13.Webb city - alternate take … レコード未収録

CDの曲順は単純で録音日順だ。 1〜5 … 1956年12月28日録音
6〜10 … 1957年1月14日録音
11〜13 … 1957年4月1日録音。ピアノがカール・パーキンスに替わる。

さてこのアルバムについて書いていこう。

「モダーン・アート」レコード帯 「モダーン・アート」レコード・ラベル このアルバムの帯がにはこのように書いてある。『イントロ原盤 「幻の名盤ブーム」に終止符!ことあるごとに蒐集熱を煽ったイントロのアート・ペッパー遂に発売なる』。ということはこのアルバムの元は『イントロ』に吹き込まれたものだが、レコードのレーベルは『ブルーノート』である。しかしCDのジャケットの下の部分には”The complete Art Pepper Aladdin recordings Volume 2”とある(僕の保有しているCDは輸入盤)。Volume 2ということはVolume 1もあるということだ(Volume 3まである)。またこのイントロとアラディンの関係はどういうものだろうということなど、詳しい方にとっては知識として当たり前のことかもしれないが、調べる必要があるだろう。因みに”Volume 1”は”The return of Art Pepper ”で、”Volume 3”は”The art of Pepper ”だが、僕の持っている”Volume 1”はブルーノートのCD、”Volume 3”はパシフィック・ジャズのCD。
この辺りに触れると長くなるので次の機会に譲るとして、今回はレコード「Modern Art / Art Pepper Quartet (LNJ-70080)」に限った内容にしようと思う。イントロ原盤、当初アメリカでの再発盤での収録曲、曲順は分からないが、当時日本での販売権を持っていた東芝EMIから発売になったものの収録曲、収録順は上記のとおりである。この曲順を見ただけで何となくトータル・アルバム的な構成を感じさせる。このアルバムがいつこのような形でリリースすることに決まったのかはわからないが、録音セッション順に収録したものではないことは、曲順と録音日を見れば明らかである。僕はこのことを悪いといっているのではなく、そういう作りのアルバムもあっていいと思う。いろいろなセッションを行って、録音された曲をこういう順に配すると演奏そのものだけではなく、1枚のアルバムを通して聴く楽しみが増すという意図と思われ、このようなことはロックやポップスでは普通に行われていることだ。これに対してCDは録音セッション順に収録しました的な意図を感じる(本当にそうかは項を改めて検証したい)。それはそれで良いと思う。


ということで構成を意識しながら曲を聴いていこう。

A-1 ブルース・イン (Blues in)
  「ブルースから入りまっせ」という感じでベン・タッカーとのデュオでのプレイで始まる。ペッパーの自作だが、明確なメロディーがあるわけではなくタッカーのベースをバックに自由にアドリブを展開するという感じだと思う。実にゆったりとしてテンポでずっしりとしたウォーキング・ベース<低>と軽快なペッパーのアルト<高>の対比の妙を狙った作品と思う。

A-2 魅せられて (Bewitched)
ここからカルテットの演奏になる。ロジャース=ハート作のスタンダード・ナンバー。これもゆったりとしたテンポである。通常”Bewitched ”というタイトルで表記されることが多いと思うがCDでは”Bewitched , bothered and bewildered”となっており曲名の全表記で、一般的な”Bewitched ”は略なのだろう。辞書を引くとBewitched=「魅せられて」、bothered=「悩まされ」、bewildered=「うろたえさせられ」という意味、つまりは「メロメロです」ということだろう。
しっとりとしたピアノの短いイントロに続いて、ペッパーのテーマ吹奏となるが、この美しい1コーラス32小節のメロディーを丁寧にしかし少し崩しながら歌い上げる。続いてフリーマンの半コーラス短いソロになり、ペッパーのソロ 8小節で残りの8小節はテーマにもどるが、これも短いが情感豊かに吹き上げている。

A-3 ホエン・ユア・スマイリング (When you're smiling)
確か「君微笑めば」という邦題が付いていたような気がするが、表記はアルバムに従うことにしよう。ラリー・シェイという人の作った古いナンバーだというが、昔の人は良く取り上げていたような気がするスタンダード・ナンバー。フリーマンのスインギーなイントロから、軽快にテーマを軽快に吹き上げる。続いてアドリブに入るが、リズムに乗ってあくまで軽快にスインギーにアドリブを展開する。続くフリーマンのソロも軽快そのものメロディアスで素晴らしい。その後アルト、ピアノによるフォー・ヴァ―スの掛け合いという珍しい展開となりテーマに戻るが最後まで軽快に歌いまくる。

A-4 クール・バニー (Cool Bunny)
ペッパーのオリジナル。これも軽快でスインギーなナンバー。この曲もテーマの後軽快でよくスイングするペッパーのソロに続き、フリーマンのソロも聞き応え十分である。ペッパー、タッカーとフローレスのリズム隊とのフォー・ヴァース、フリーマンとリズム隊との掛け合いも息があっていて快演を繰り広げる。

B-1 ダイアンズ・ジレンマ (Dianne's Dilemma)
ペッパーのオリジナルだが、ダイアンとは後にペッパーの夫人となる人物である。ということで喜んでいてはいけない。その女性のジレンマという題なのだ。ジレンマとは言わずと知れた「板挟み」という意味だ。ミス・ダイアンは板挟みになっていたというのである。何と何の板挟みだったのだろう。それは2人の秘密なのかもしれない。でもテーマの曲調を考えるとあまり深刻なことではないかもしれない。
アルトとピアノのユニゾンの形のテーマから、ペッパー続いてフリーマンのソロとなる。軽快な楽しげな曲調だ。

B-2 ストンピン・アット・ザ・サヴォイ (Stompin' at the Savoy)
スイング時代の名曲の一つでベニー・グッドマンの楽団などの当たり曲である。ミディアム・テンポで小気味よくスイングしていく。ペッパーのソロは白人らしいセンス溢れたものと解説の佐藤秀樹氏は記している。フリーマンのピアノもスインギーで、タッカーのベースもグイグイ乗せていく魅力にあふれている。

B-3 ホワット・イズ・ジス・コールド・ラヴ (What is this thing called love)
コール・ポーターの名作。ミディアム・アップのテンポに載ってペッパーは快調に飛ばしていく。細かい節回しなどいかにもペッパーらしい快演で、続くフリーマンのソロもスムースだ。エンディングはドラムとのフォー・ヴァースからテーマに戻る。この辺りのペッパーの吹奏は細かい技もピタリと決まり、彼の魅力を十分に発揮している快演と言える。

B-4 ブルース・アウト (Blues out)
A-1の入りと同じタッカーとのデュオ。どちらかというこちらの方がテンポがゆったりしていて、タッカーのベースがずっしりと響いてくる。ペッパーはエモーショナルな吹奏だがどこか憂いを感じさせるプレイである。

アート・ペッパーは日本で非常に人気が高いプレイヤーだと思う。また彼は何度も麻薬の使用で刑務所に入った経験もある。しかし彼の人気というのは、麻薬で失敗し服役しプレイを行う、しかしまた麻薬に手をだし収監される、また釈放され…。そんな中から不屈の闘志で名作を残してきたというような、人生模様などではなく純粋に、アドリブの名手として認知されての人気のような気がする。彼のプレイについてもじっくりと腰を据えて聴き込んでいきたいと考えている。

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第29回2013年11月10日
ジョン・ルイス「東経3度西経2度」

11月11日いつもの散歩道

ご覧いただきありがとうございます。定年間近オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。
前回は楽天ゴールデンイーグルスの優勝に舞い上がってしまい山中湖まで紅葉狩りに行ったことが等閑になってしまいました。今年は夏暑くその後急に冷え込んだ時期もあったので、紅葉はきれいだろうという予想だったと思いますが、先週の感じでは今年もあまり目が覚めるような美しさは感じませんでした。僕は新緑のころ、紅葉の頃が大好きに見に出かけたくうずうずしてしまいます。
昨日は東京でも最高気温が13度という冷え込みだったそうです。東京が13度なら僕の住んでいる辺りは10度そこそこだったのではないかと思います。

木々のスイング 今日は気温は昨日に比べて暖かでしたが、風が強い一日でした。午前中に散歩に出たのですが、木々が風に吹かれて激しく揺れています。写真にはうまく撮れませんでしたが、木々がスイングしているようでした。


新宿・思い出横丁 僕は何度か転職して現在の会社に勤めていますが、先週以前働いていた仲間との飲み会がありました。場所は新宿・思い出横丁といういかにも昭和の雰囲気の漂う居酒屋街外です。新宿で飲むのは相当久しぶりで、とても懐かしかった。その後は楽しくてまたまた写真を撮るのをすっかり忘れてしまいました。


レコードそれともCD或いは…その3
「マイルス・ディヴィス/ザ・ビギニング」レコード・ジャケット 「マイルス・ディヴィス/ミュージング・オブ・マイルス」CD・ジャケット
前回CDでは感動しなかったがレコードでは「いいなぁ」と思った体験があり、レコードの方がCDより音が良いと思うと書きましたが、実はその後の別の経験もあり単純に”レコード is better than CD ”とは言えないなぁと今日この頃は思っています。もともとの演奏を記録したマスター・テープから昔はカッティングなどの工程を通してレコードを作っていた訳だが、新たにCD化する場合一度レコード化された音を目指してCDのマスターリングを行うわけではないからです。第1回でご紹介したマイルス・ディヴィスの「ザ・ビギニング」を例にとると、オリジナルは”The Musings of Miles”で、僕が聴いているのは”The beginning”これは単純なセカンドなのか再発に伴いマスターリングをやり直しているのか僕には分かりませんが、”The Musings of Miles”をCD化して発売する際にマスターリングをやり直していると、録音を担当したルディー・ヴァン・ゲルダー氏が書いているからです。つまり演奏自体は同じ内容でも”The beginning”レコードと”The Musings of Miles”CDは音が違うのは当たり前ということです。この場合どちらがbetterではなく、自分はどちらの音が好みかということでしょう。
さらに再生装置によっても左右されます。正直言って前々回”Let freedom ring”、前回”Modern art”を聴いて「良くない」と判断し全くそのCDは聴いていなかったのですが、その後CDプレイヤーを以前に比べちょっとだけ高級機種(僕にとっては。一般的には全く低級品)に買い替えたので、久しぶりに聴いてみると全く悪くないのです。結局機器が悪かったのかとも思う今日この頃です。
なんかアホラシイ話になってしまいましたが、ここ数年は元々はレコードで発売され現在はCDとして発売されているものはレコードを買うことを基本方針としてきました。この場合のレコードはもちろんオリジナルに限ったわけではありません。レコードが高くてCDは低価という場合にはその差額によって決めるということにしてきましたが、それは今後続けて行こうと思っています。レコードが良いところは音だけではないからです。
さて、今回は僕が高校時代に一番数を多く聴いたと思われるアルバムをご紹介します。でもマイルスの”The Musings of Miles”と”The beginning”のように再発売するときに、タイトルやジャケットを変えるのは止めてもらいたいものです。この作品はかなりレコード盤が傷んだので、CDも欲しいと思っていたのですが全く見つからずCD化されていないと思っていたら、別タイトルで出ていたというものです。

第29回 John Lewis “2 degrees east 3 degrees west”

Pacific Jazz PJ-1217

「東経3度西経2度」ジャケット

<Personnel>

ジョン・ルイスJohn Lewispiano
ビル・パーキンスBill PerkinsTenor Sax
ジム・ホールJim HallGuitar
パーシー・ヒースPercy Heathbass
チコ・ハミルトンChico Hamiltondrums

<Contents>

A面
B面
1.ラヴ・ミー・オア・リーヴ・ミー (Love me or leave me) 1.東経3度西経2度 (2 degrees east 3 degrees west)
2.言い出しかねて (I can’t get started) 2.スカイラーク (Skylark)
3.イージー・リビング (Easy living) 3.恋をしたみたい (Almost like being in love)

1956年2月10日録音

「グランドエンカウンター」CDジャケット ジャズには、どうもコーヒーがよく合うように思う。ジャズ喫茶も黒く濃く入れた深入りのコーヒーが最も合うような気がする。ところが僕は高校時代、このアルバムに関してのみ紅茶を味わいながら聴いていた。などと言うとええとこのボンボンみたいだが、全くそんなことはなく、ぼろぼろの家の片隅で、いただいたトワイニングのプリンス・オブ・ウェールズのミルク・ティーなぞを飲みながら聴いていた。そんな高貴な香りにぴったりくるのがこのアルバムである。それ以来何度聴いても飽きないマイ・フェヴァリット・アルバムの一つだ。
これはジョン・ルイス名義の初リーダーアルバムだが、僕が高校時代には、「東経3度西経2度“2 degrees east 3 degrees west ”」というタイトルだと思っていたら、CDではGrand Encounterとなっている。どっちがオリジナルのタイトルなのだろうか。どちらでも構わないが、ややこしいので、統一してもらいたいものだ。「東経3度西経2度」は東海岸から2名(ルイス、ヒース)どちらもMJQのメンバー、西海岸から3名(パーキンス、ホール、ハミルトン)というメンバー構成をしゃれていったもの、“Grand Encounter”は大いなる出会いというような意味だろう、これは大げさだ、ちょっとしゃれた「東経3度西経2度」の方がよいのではないかと思う。


「MJQ「フォンテッサ」レコード・ジャケット さて、本作が誕生した舞台裏を見てみよう。Paciffic Jazzのプロデューサーであるリチャード・ボック氏は、当時ウッディ・ハーマンやスタン・ケントン楽団で頭角を現し始めていたビル・パーキンスを売り出そうと様々なセッティングを考えていた。その時MJQの来訪を知り、さっそく当時MJQが所属するAtlanticの了解を得、本作の録音の手はずを整えたのだという。パーキンスを売り出そうという計画を踏まえるとJohn Lewis=Bill Perkins双頭リーダーとしたかったのかもしれないが、ミュージシャンの格からしてやはりLewisの名義にすることで落ち着いたという。
さて、このアルバムは56年2月10日の録音だが、これは1月22日と2月14日に行われたMJQの代表作の一つ「フォンテッサ(Fontessa)」の合間に行われたということになる。しかしフォンテッサの録音はニュー・ヨークで行われている。そして本作はロスアンゼルスで行われた。56年には全米国内は飛行機で自由に簡単に行き来できるような状態にすでになっていたのだろうか。でも結構大変な移動である。しかしそうまでして、ボック氏はMJQのメンバーとパーキンスの組み合わせで録音したかったということなのだろう。
「ビル・パーキンス「ジャスト・フレンド」レコード・ジャケット そしてその仕上がりは?、というとこれが全く素晴らしい。僕は10年くらい前にレコードに雨降り音が目立つようになってきたので、CDを購入した。僕が特に好きなのはB面である。もちろんA面が悪いわけではない、とてもよい、でもB面は最高だ。レコード会社の思惑に応えてこのアルバムでのパーキンスは出色の出来である。パーキンス‐ホール‐ルイス‐ヒースーハミルトンの相性は抜群ではないか。
パーキンスはこのアルバムにおいて、正にレスター・ヤング直系の寛ぎに満ちた素晴らしいソロを展開しているが、これに気を強くしたのかリチャード・ボック氏は同年10月に今度はビル・パーキンスをリーダーとしたアルバム「ジャスト・フレンズ」を制作している。そしてこのアルバムも素晴らしい出来映えを示しているのである。



ということで曲を聴いていこう。

A-1 ラヴ・ミー・オア・リーヴ・ミー (Love me or leave me)
  もともとはガス・カーン(詞)、ウォルター・ドナルドソン(曲)の歌ものと思われるスタンダード・ナンバー。ミディアム・テンポのリラックスした感じで演奏する。ピアノ・トリオのイントロ、テーマから入る、1コーラストリオでテーマを演奏しパーキンスのソロになる。続いてホール、控えめにバック・アップするルイスのピアノがいい。パーキンス、ホールともによく歌っている。そしてホールとルイスの絡みからのルイスのソロへ移る。このシングル・トーンのソロがいい味を出しているのだ。そしてパーキンスがテーマを吹き、短いドラム・ソロが入る。ハミルトンのブラシュ・ワークは控えめで実にマッチしている。

A-2 言い出しかねて (I can’t get started)
アイラ・ガーシュイン作詞、ヴァ―ノン・デューク作曲のこれも歌ものスタンダード。これはピアノ・トリオで演奏される。ルイスが情感豊かに丹精込めて弾いている。歌ものとしてアニタ・オディの名唱を取り上げたことがある。 A-3 イージー・リビング (Easy living)

これも歌ものスタンダード。ビリー・ホリディの名唱が有名。このHPではビル・エヴァンスの名演を取り上げている。この美しい曲をパーキンスは実にゆったりと歌い上げていく。

B-1 東経3度西経2度 (2 degrees east 3 degrees west)
このアルバムのためのルイスの書き下ろし。テーマの後サックスのテーマをバックにベースのソロが入り、ギター・ソロでイン・テンポになる。ちょっと遅めのミディアム・テンポ。ホール、パーキンス、ルイスいずれも実に品よく歌い上げていく。

B-2 スカイラーク (Skylark)
スカイラークといってもファミレスではない。これもホーギー・カーマイケル作曲、ジョニー・マーサー作詞の歌ものスタンダード。Skylarkとは、「雲雀」のことでホールのギターをフューチャーだが、晴れた空を雲雀が飛び回っているような牧歌的な演奏。ホールの歌心あふれるギター・プレイが素晴らしい。ホールという人はむやみにテクニックをひけらかすようなプレイをしない人だが、この演奏を聴くとよい演奏とは難しいことをするのではなく、どれだけ原曲を生かし美しく発展させるかだということが分かる。

B-3 恋をしたみたい (Almost like being in love)
これもアラン・ジェイラーナー作詞、フレデリック・ロウ作曲の歌ものスタンダード。アルバム・タイトルの「東経3度西経2度」以外は全てスタンダード、それも歌もの。これはミディアム・アップの非常にスインギーな演奏。パーキンスの歌い回し、ホールのメロディアスなソロ、ルイスの間合いの抜群なフレーズ、どれをとっても素晴らしい。最後の4ヴァースもハミルトンのブラシは抑えが効いていてとてもいい感じ。

このアルバムでのパーキンスは全篇寛いだ雰囲気を崩さず泰然自若とした感じで歌い上げており、他のメンバーのルイス、ホール、ヒース、ハミルトンのプレイは「小気味よさ」をコンセプトとしてプレイしているように聴き取れてしまう。何度聴いても、いつ聴いても小気味よいスイング感抜群でいい気分にさせてくれるとてもいいアルバムだと思う。今はCDの復活シリーズで1,000円前後で買えると思う。買って損なし。


このWebサイトについてのご意見、ご感想は、メールでお送りください。
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第30回2013年11月21日
セロニアス・モンク「セロニアス・モンク・プレイズ・デューク」

11月17日いつもの散歩道

ご覧いただきありがとうございます。定年間近オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。

山は紅葉の真っ盛りかと思いますが、僕が住んでいる地域ではまだまだです。朝晩はかなり冷え込み、少し色が変わり始めた葉もありますが全体としての森の様子などを見るとこの辺りは温暖なんだなぁと思わざるを得ません。

色の変わった木 いろは変わっていますが、正直美しくはありません。今週月曜日から初めて4日ほど休みを取ってカミサンと旅行に出かけます。値段の安いツアーです。そんなこともあり先週、先々週は残業残業の連続で帰宅は毎日22時半以降、遅い日は日付が変わった1時半過ぎでした。それでこのHPのアップもできませんでした。何とか11月17日中にアップしようと思ったのですが、間に合いません。結局旅行から帰ってからのアップとなりましたが、ほとんどの箇所は11月17日に完成していたので、今回は先週日曜日まで作成した分をアップします。


題材は他のものを考えていたのですが、余りにも時間がないためアーティスト紹介ページの少ないピアノ・トリオとしました。高校生の時に購入した僕の大好きなアルバムで何度聴いたかわかりません。

第30回 Thelonious Monk“Thelonious Monk plays Duke”

Riverside RS-3015

「モンク・プレイズ・デューク」ジャケット

<Personnel>

セロニアス・モンクThelonious Monkpiano
オスカー・ペティフォードOscar Pettifordbass
ケニー・クラークKenny Clarkedrums

<Contents>

A面
B面
1.スイングしなけりゃ意味ないね (It don't mean a thing if it ain't got that swing) 1.ムード・インディゴ (Mood indigo)
2.ソフィスティケイティッド・レディ (Sophistecated lady) 2.アイ・レット・ア・ソング・ゴー・アウト・オブ・マイ・ハート (I let a song go out of my heart)
3.アイ・ガット・イット・バッド (I got it bad and that ain't good) 3.ソリチュード (Solitude)
4.黒と茶の幻想 (Black and tan fantasy) 4.キャラヴァン (Caravan)

1955年7月21日、27日録音

「モンク・プレイズ・デューク」レコード・ラベル 僕は、まだレコードを数枚しか持っていない時期毎日毎日粟村政昭氏の「ジャズ・レコード・ブック」を読み次は何を買おうかと思いを巡らせていた。この本を読んで僕が非常に魅かれた2人のピアニストがいる。1人はビル・エヴァンスでデビュー・アルバムを依然紹介した。もう一人はこのセロニアス・モンクである。といっても聴いたことはもちろんなかった。これは僕のセロニアス・モンク入門記である。
粟村氏は色々な傑作を紹介しながら、このアルバムにも触れ次のように書いている。「故オスカー・ペティフォードの入った貴重なトリオ演奏も「Plays Ellington」、「Unique」の2枚がリヴァーサイドにあるが、このうちでは大して世評を呼ばなかった前者(つまり本盤)が面白いと僕は思う。」
しかし当時はどちらも廃盤になっていた。そうこうしているうちにこの「Plays Ellington」が再発されたのである。確か日本グラモフォンからで、輸入盤に日本語の帯が付いたものだったと思う。もちろん解説はない。さらに"Electronically rechanneled for STEREO"と左上に書いてある。当時評判が悪かった偽ステというやつだろう。しかしそんなことは言っていられない、何とか発売されたものである。ラベルも右の通りで当時のリヴァーサイド再発シリーズと同じである。僕はこの作品についてレコードはこれしか持っていないし、オリジナルというのを見たことが無いのでオリジナルのジャケットを知らない。


「セロニアス・モンク「ユニーク」レコード・ジャケット 「セロニアス・モンク「ユニーク」レコード・ラベル その後東京に出た時に、もう1枚のリヴァーサイド・トリオ盤を入手した。オリジナルではないと思うが、ジャケット、ラベルなどはもともとリヴァーサイドから出た時もものではないかと思う。


さて、
「モンク・プレイズ・デューク」CD・ジャケット 「モンク・プレイズ・デューク」CD・ジャケット その後あまりにレコードに傷がついたのでCDを購入した。僕が購入したのは1996年5月29日日本ビクターからの再発シリーズの1枚として出たもので、このCDはモノラルである。その後別のシリーズでも再発され、その時のCDジャケットは右の通りである。
僕は右のCDは持っていないが、内容は左と同じだと思う。前にも書いたがなぜこういうことをするのかなと思う。非常に紛らわしい。

僕の持っているCDには、故油井正一氏がこのアルバムを巡る逸話などを紹介している。それによるとこのアルバムはモンクがリヴァーサイドに移って最初の吹込みということになる。その前モンクはプレステッジと契約していた。プレステッジは当時マイルス、MJQという売れるアーティストがおり、モンクも吹き込みはあるものの全く売れなかったらしい。そこで評論家として有名なナット・ヘントフ氏がリヴァーサイドのオリン・キープニュースにモンクと契約したらどうかと勧めたらしい。しかしモンクは当時プレステッジのボブ・ワインストック社長に108ドル27セントの借金がありそれを清算しないと抜けられないという。そこでリヴァーサイドへの移籍を条件としてその金をモンクに渡し、モンクはワインストックに返済し無事移籍が行われるようになった。その第1弾がこのアルバムである。
すると今度はナット・ヘントフ氏が噛みつくのである。「モンクの溢れるオリジナリティーを発揮した作品を期待していたら売れ線狙いのデューク・エリントンの作品集にするとは…。」と評価し失敗作と位置付けた。その影響もあってか数あるモンクの売れないレコードの中でも最も売れない1枚であろうと油井氏は書いている。
確かにヘントフ氏の批評ももっともな感じがする。しかし僕はまだまだ勉強中の身だが、モンクの作品で1曲もモンクのオリジナルが入っていないのはこのアルバムだけではないだろうか?そしてもしそのようなレコードを作るとしたらモンクにとっては敬愛するデューク・エリントンの作品集しかありえなかったのではないかと思う。
実は恥ずかしながら、このアルバムを購入した当時まだ僕はエリントンのレコードを持っていなかったのである。このアルバムでエリントンの曲を知ることになったのだ。もちろん「キャラヴァン」という曲は知っていたし、「スイングしなけりゃ〜」もどこかで聴いたことがあるとは思ったが曲名をはっきりとは知らなかった。ということでこのアルバムは僕のエリントン入門にもあたる。
先ほどヘントフ氏は、キープニュース氏によってモンクの個性が抑え込まれ、売れ線のレコードを作らされたと批評しているが実際はどうだったのだろう?もちろん僕などに当時の事情など分かるわけがないが、たった一つ推測されることがある。それはモンクは嫌々演っていないということだ。雰囲気としては大好きなエリントン作品集を鼻歌交じりに楽しげに弾いているという感じなのだ。かつて知った信頼できる共演者と大好きな曲を演奏しているだけ、そもそも売れるかどうかなど考えたこともありませんとでも、モンクはいいたげではないか。

ということで曲を聴いていこう。

A-1 スイングしなけりゃ意味ないね (It don't mean a thing if it ain't got that swing)
  短いピアノのイントロおなじみにのメロディーが始まる。日本では若手男性歌手の小林桂の歌で4.5年前にヒットした。2コーラス目はペティフォードのベースがリードを取る形となり、随所に二人の絡みが行われる。ペティフォードのベースも見事だ。

A-2 ソフィスティケイティッド・レディ (Sophistecated lady)
元歌をしっかり知っていないと、こういう曲はどこまでが元歌でどこからがモンクの創作のアドリブなのかという判定が難しい。しかしこの曲などを聴いているとそんなことはどうでもいいではないか、素晴らしい原曲のメロディーを僕なりに歌っただけですよとモンクはいいたげだ。

A-3 アイ・ガット・イット・バッド (I got it bad and that ain't good)
ピアノのヴァースで始まる。いつになくとても力強い感じがする。ぼくは全曲中この曲が一番好きである。途中で出てくるペティフォードのソロは素晴らしい。難しいことはやっていない。しかし鼻歌で歌ってしまいそうなメロディアスなソロなのだ。僕はベース・ソロの究極の1曲だと思う。

A-4 黒と茶の幻想 (Black and tan fantasy)
全体として暗い感じの曲だ。この曲にエリントンの思いを知ることになるのはずっとずっと後のことだ。エンディングはお決まりの葬送行進曲で終わる。


B-1 ムード・インディゴ (Mood indigo)
実にゆったりとしたテンポで演奏される。ちょっとした佳曲という感じだ。

B-2 アイ・レット・ア・ソング・ゴー・アウト・オブ・マイ・ハート (I let a song go out of my heart)
僕の大好きな歌であるというか、この演奏で好きになった歌。ペティフォードのソロも素晴らしい。モンクの歌がより生きてくる。

B-3 ソリチュード (Solitude)
唯一のソロ演奏。モンクはソロで演るときが一番光るという意見もあるらしい。僕はそれほど聴きこんでいないが納得できる意見のように思える。本当にモンクが紡いでいくメロディーは素晴らしい。

B-4 キャラヴァン (Caravan)
この曲のように特異なしかもはっきりとしたメロディーを発展させて新たな歌を構築していくが、その際ペティフォードのサポートは欠かせない。途中のベースソロも面白い。

この作品全体に言えることだが、この作品を聴く前はモンクの音楽は変わっていると思っていたが、このアルバムではそんな感じはしない。こういうアルバムがモンク入門盤として最適かどうかは分からない。後で別のアルバムを聴きこれはちょっと独特だ、「プレイズ・エリントン」は逆に異色の作品だったことを思い知った。

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