ジャズ・ディスク・ノート 2019年4月6日

第311回チック・ウェッブ 1935年

No.311 Chick Webb 1935

チック・ウェッブ「伝説」レコード・ジャケット

「チック・ウェッブ/伝説」“Chick Webb:A legend”(SDL 10344)

<Contents> … 1935年6月12日 ニューヨークにて録音

B面4.ダウン・ホーム・ラグDown home rag

<Personnel>…チック・ウエッブ・アンド・ヒズ・オーケストラ(Chick Webb and his Orchestra)

Band leader & Drumsチック・ウェッブChick Webb
trumpetマリオ・バウザMario Bauzaボビー・スタークBobby Starkタフト・ジョーダンTaft Jordan
Tromboneサンディ・ウィリアムスSandy Williamsクロード・ジョーンズClaude Jones
Clarinet & Alto saxピート・クラークPete Clark
Alto saxエドガー・サンプソンEdger Sampson
Tenor sax & Fluteウェイマン・カーヴァ―Wayman Carver
Tenor saxエルマー・ウィリアムズElmer Williams
Pianoジョー・スティールJoe Steele
Guitarジョン・トルーハートJohn Trueheart
Bassジョン・カービィ―John Kirby


チック・ウェッブ「伝説」B面ラベル

1934年11月19日の録音からメンバーの交替はなく同じメンバーである。

「ダウン・ホーム・ラグ」
ウィルバー・C・スゥィードマンとロジャー・ルイスの共作によるラグタイムナンバー。ウェイマン・カーヴァ―のフルートがリードする小粋なサックス隊と歯切れの良いブラス人の共演が楽しめる。ソロ・オーダーは、エルマー・ウィリアムズ(Ts)⇒タフト・ジョーダン(Tp)⇒ジョー・スティール(p)⇒ピート・クラーク(Cl)。

<Contents> … 1935年10月12日 ニューヨークにて録音

B面5.ファクツ・アンド・フィギュアーズFacts and figures

<Personnel>…チック・ウエッブ・アンド・ヒズ・オーケストラ(Chick Webb and his Orchestra)

Bass … ジョン・カービィ― ⇒ デル・トーマス Dell Thomas

「ファクツ・アンド・フィギュアーズ」
エドガー・サンプソン作のアップ・テンポのスイング・ナンバー。エルマーのTs、サンプソンのAs、クラークのCl、ジョーダンのTp、ジョーンズのTb、ウエッブのドラムなどソロが散りばめられている。

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ジャズ・ディスク・ノート 2019年4月15日

第312回アール・ハインズ 1935年

No.312 Earl Hines 1935

アール・ハインズの1935年の録音である。僕が注目したいのは、前回は第300回で紹介したように1934年9月の録音で、録音場所はシカゴであった。そして今回は約5か月後の1935年2月の録音だが、録音場所はニューヨークとなっている。しかしメンバーは5か月前と同じなのである。この時期ビッグ・バンドのメンバーは出入りが激しかったというが、場所をシカゴ⇒ニューヨークに移しても同メンバーというのは珍しいのではないかと思う。
それは何故であろうか?メンバーがこのバンドにいた方がメリットがあると判断したからであろうが、不況のこの時期定期的に仕事が得られるバンドから移るのはリスキーと判断したのかもしれないし、このバンドにいれば良いキャリアが積めると判断したのだろうか?

アール・ハインズ「サウスサイド・スイング」レコード・ジャケット

「アール・ハインズ/サウスサウド・スゥイング」“Earl Hines : Southside swing”(SDL 10351)

<Contents> … 1935年2月12日 ニューヨークにて録音

B面3.ディスアポインテッド・イン・ラヴDisappointed in love
B面4.リズム・ララバイRhythm lullaby
B面5.ジャパニーズ・サンドマンJapanese sandman
B面6.バブリング・オーヴァーBubbling over
B面7.ブルーBlue
B面8.ジュリアJulia

<Personnel>…アール・ハインズ・アンド・ヒズ・オーケストラ(Earl Hines and his Orchestra)

Band leader & Pianoアール・ハインズEarl Hines
trumpetチャーリー・アレンCharlie Allenジョージ・ディクソンGeorge Dixonウォルター・フラーWalter Fuller
Tromboneルイ・テイラーLouis Taylorandy Williamsビリー・フランクリンBilly Franklinトラミー・ヤングTrummy Young
Alto sax , Clarinet & Violinダーネル・ハワードDarnell Howard
Clarinet & alto saxオマー・シメオンOmer Simeon
Tenor saxセシル・アーウィンCecil Irwinジミー・マンディJimmy Mundy
Guitarローレンス・ディクソンLawrence Dixon
Bassクイン・ウィルソンQuinn Wilson
Drumsウォーレス・ビショップWallace Bishop
アール・ハインズ「サウスサイド・スイング」レコードB面

パーソネルは、前録音1934年9月16日と変更なし。

B面3曲目「ディスアポインテッド・イン・ラヴ」とB面4曲目「リズム・ララバイ」は、ヴォーカル・コーラス・グループザ・パーマー・ブラザーズによるヴォーカル及びコーラス入りである。「ディスアポインテッド・イン・ラヴ」はジミー・マンディの編曲で、マンディは出だしの部分で素晴らしいテナー・ソロを繰り広げる。続くヤングのTbも素晴らしい。「リズム・ララバイ」は、コーラスの後クラレンス・パーマーのルイ・アームストロングを模したエネルギッシュなヴォーカルが興を添える。
B面5曲目「ジャパニーズ・サンドマン」は、日本人としては気になるタイトルだが、これまでも何度か登場している。ハインズの長尺のソロが聴ける。アンサンブルの後ヤングのTb、シメオンのClの短いソロが入るがどちらも秀逸である。
B面6曲目「バブリング・オーヴァー」はアップ・テンポのナンバーで、ルイ・アームストロングにインスパイア―されたTpソロを取るのはウォルター・フラーだそうで、シメオンの低音から高音域まで縦横に展開するシメオンのソロが聴きものである。
B面7曲目「ブルー」は、グッとテンポを落としたナンバーで、ミュートTpソロはディクソン、ハインズのPソロが続く。エンディングの迫力あるアンサンブルなど聴き処が多い。
B面8曲目「ジュリア」は、1934年9月12日録音の「ロゼッタ」と同様Tpのウォルター・フラーのヴォーカル入りである。このフラーのヴォーカルもかなりアームストロングに似せたものになっており、如何にアームストロングの影響が大きかったかが知れるナンバーである。


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ジャズ・ディスク・ノート 2019年4月21日

第313回テディ・ウィルソン&ビリー・ホリディ 1935年

No.313 Teddy Wilson & Billie Holiday 1935

「ザ・テディ・ウィルソン」レコード・ジャケット

「ザ・テディ・ウィルソン」 CBS SONY SONP 50332-33

1968年にCBSソニーから発売された「ザ・テディ・ウィルソン」は、テディ・ウィルソンの133曲に及ぶ「ブランズウィック・レコーディング」から32曲を厳選・収録し、世界に先駆けて完成したと自賛の帯封が付いて発売された2枚組の日本編集アルバム。発売付きの『スイング・ジャーナル選定ゴールド・ディスク』を受賞している。僕も高校生の時この宣伝文句に載せられて発売されてすぐに購入した。当時の僕は殆どモダン・ジャズしか聴いたことがなく、珠玉の名演集と言われてもソロが短くてどうもあまり名演をたっぷり聴いたという気がしなかったのを覚えている。
ともかくテディ・ウィルソンのブランズウィックでの133曲のディスコグラフィーを見てみよう。1935年のレコーディング・セッションは4度、18曲がレコーディングされている。

1度目の録音については、テディ・ウィルソンがヴィクターのベニー・グッドマンの録音に参加した返礼としてグッドマンが参加しており、またビリー・ホリディの2回目のレコーディングということで既に紹介しているのでここでは割愛する。

因みに第1回目の録音は、「ザ・テディ・ウィルソン」2枚組には収録されていない。テディ・ウィルソン名義のレコーディングなのに、本人のレコードに収録されていないのは「何だかなぁ」という気もするが、「ビリー・ホリディ」名義のレコードの方が売れるような気もするし、そちらを持っている方には重複が避けられてよかったぁという気もする。これはベニー・グッドマン名義の録音なのに、チャーリー・クリスチャンが加わった録音は大概「チャーリー・クリスチャン・メモリアル」というクリスチャン名義のレコードで入手できるのと同様である。
念のためディスコグラフィーを挙げておこう。



「ビリー・ホリディ」レコード第1集

<Contents>「ビリー・ホリディ物語 第1集」A面3〜6 … 1935年7月2日ニューヨークにて録音

A面3.月に願いをI wished on the moon
A面4.月光のいたずらWhat alittle moonlight can do
A面5.ミス・ブラウンを貴方にMiss Brown to you
A面6.青のボンネットA sunbonnet blue

<Personnel> … テディ・ウィルソン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Teddy Wilson and his orchestra)

Band leader & pianoテディ・ウィルソンTeddy Wilson
Trumpetロイ・エルドリッジRoy Eldridge
Clarinetベニー・グッドマンBenny Goodman
Tenor saxベン・ウエブスターBen Webster
Guitarジョン・トゥルーハートJohn Trueheart
Bassジョン・カービーJohn Kirby
Drumsコージー・コールCozy Cole

2度目の録音は7月末に行われた。
CBS SONY SOPH 61-62 日本盤 モノラル

「ビリー・ホリディ Vol.1」レコード1A面ラベル

2度目のレコーディングは、さすがに2度目につき合わせるのは無理と判断されたのかクラリネットにはセシル・スコットが加わっている。ディスコグラフィーによれば、この日は全6曲の録音が行われたが、内3曲にはビリー・ホリディが歌手として参加している。そしてその3曲も「ザ・テディ・ウィルソン」には収録されておらず、「ビリー・ホリディ物語 第1集」(CBS SONY SOPH-61)に収録されている。
そしてビリーの加わっていない2曲の内の1曲「スィート・ロレイン」のみが「ザ・テディ・ウィルソン」に収録されている。残り2曲は、「ライザ」と「ロッゼッタ」であるが、双方とも僕は未聴である。
ビリー以外は同じメンバーなので、先ずパーソネルから紹介しよう。この企画もの2枚組レコードは解説が充実しているので、お持ちでない方はもし見つけたら(よくディスク・ユニオンなどで安価に出ている)購入することをお勧めしたい。まず、リーダーのウィルソン、ウエブスター、コールの3人はウィリー・ブライアント楽団からの参加で、セシル・スコットは35,6年当時よくヘンリー・レッド・アレンのレコーディングに参加していたという。ジェファーソンは当時はよくフレッチャー・ヘンダーソンやチック・ウエッブの楽団でプレイしていた名手だという。

<Personnel> … テディ・ウィルソン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Teddy Wilson and his orchestra)

Band leader & pianoテディ・ウィルソンTeddy Wilson
Trumpetロイ・エルドリッジRoy Eldridge
Clarinetセシル・スコットCecil Scott
Alto saxヒルトン・ジェファーソンHilton Jefferson
Tenor saxベン・ウエブスターBen Webster
Guitarローレンス・ルーシーLawrence Lucie
Bassジョン・カービーJohn Kirby
Drumsコージー・コールCozy Cole

<Contents>「ビリー・ホリディ物語 第1集」A面7〜9 … 1935年7月31日ニューヨークにて録音

A面7.こんな夜にこんな月ならWhat a night , what a moon , what a girl
A面8.涙かくして街を行くI’m painting the town red
A面9.もえている私It’s too hot for words

ビリーの加わった3曲に関して「ビリー・ホリディ物語 第1集」解説の大和明氏は「ここでも取り上げられたナンバーは取るに足らない流行歌である」と述べ、さらに「『こんな夜にこんな月なら』も『涙かくして街を行く』も、最初のコーラスをアンサンブルとウィルソンのピアノで8小節或いは4小節ずつ交互に進行していくという構成が取られ、ウィルソンのプレイを引き立たせる工夫がされている。」
曲の解説はビリーの大ファンである故大橋巨泉氏が担当している。巨泉氏はここでもビリーをべた褒めで、演奏はコーニー(古臭い)がビリーだけは新しいとしている。僕はこの時代はまだスイングの爆発前夜であり、当時としてかなり高水準の演奏だと思うし、逆にビリーのかすれた声のはすっぱな歌い方が好きではない。「すれっからし」という言葉しか浮かんでこないが、自分に正直で「かまとと」ぶっていないところが良いという感想もあるだろうとは思う。
A面7.「こんな夜にこんな月なら」は、ピアノがリードするアンサンブルの後ビリーの歌が入り、ジェファーソン(As)、スコット(Cl)、ウィルソン(P)、エルドリッジ(Tp)、ウエブスター(Ts)と続き、再度スコットのリードするアンサンブルで終わる。顔見世的ナンバーでそれなりに楽しいと僕は思う。
A面8.「涙かくして街を行く」は、最初に書いたピアノとアンサンブルの交互の進行の後、短いAs、Tpソロの後歌が入る。ここでのヴォーカルは迫力がある。そしてそれを受けたエルドリッジのTpソロも素晴らしい。
A面9.「もえている私」はタイトル通りかなり大胆で卑猥な内容で、ビリーのヴォーカルも何やら反抗的だとは巨泉氏。ヴォーカル後のAs、Cl、Ts、Tpと短いソロが続きその後はアンサンブルで締め括る。

「ザ・テディ・ウィルソン1」レコード 1A面ラベル

<Contents>「ザ・テディ・ウィルソン」A面5 … 1935年7月31日ニューヨークにて録音

A面5.スィート・ロレインSweet Lorraine

1935年2度目のブランズウィック・セッションで唯一「ザ・テディ・ウィルソン」に収録されているナンバー。またブランズウィック・セッションで初めて歌手を入れないで録音を行ったナンバーでもある。エルドリッジ(Tp)とジェファーソン(As)が第1コーラスをほとんどストレート・メロディで軽やかに演奏し、第2コーラスはリリース部分のウエブスター(Ts)のソロを挟みウィルソンがスイートでロマンティックなソロを取る。ウィルソンの後にはもう一度ウエブスターが出るが後年のウエブスター節は希薄で普通に吹いている感じがする。ベースのカービーはやはり只者ではないことが窺い知れる。

そして3度目の録音は約3か月後の10月末に行われた。この頃はベニー・グッドマンは受けに入りつつあった時期であり、スイング時代到来前夜的な時だったのではないかと思われる。
そしてここでもビリー・ホリディが歌手として参加していて、その音源も前曲「ザ・テディ・ウィルソン」には収録されておらず、「ビリー・ホリディ物語 第1集」(CBS SONY SOPH-61)に収録されている。

<Contents>「ビリー・ホリディ物語 第1集」B面1〜4 … 1935年10月25日ニューヨークにて録音

B面1.日がな一日Twenty=four hours a day
B面2.ヤンキーはショボかったYankee Doddle never went to town
B面3.イーニー・ミーニー・マイニー・モーEeny meny miney mo
B面4.君を得たならIf you were mine
「ビリー・ホリディ Vol.1」レコード1B面ラベル

<Personnel> … テディ・ウィルソン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Teddy Wilson and his orchestra)

Band leader & pianoテディ・ウィルソンTeddy Wilson
Trumpetロイ・エルドリッジRoy Eldridge
Tromboneベニー・モートンBenny Morton
Tenor saxチュー・ベリーChu Berry
Guitarデイヴ・バーバーDave Barbour
Bassジョン・カービーJohn Kirby
Drumsコージー・コールCozy Cole

このセッションで注目されるのはテナー・サックスのチュー・ベリーで、同じホーキンズ派でも前回までのウエブスターは豪放さが持ち味だが、一方ベリーは豪快な中にもまろやかなソフト・トーンを持っているとは解説の大和氏。しかし前回までのウエブスターもそれほど豪放に吹いているわけではないと思うのだが。それにTbのベニー・モーテンもいい味を出していると思うのだが…。
B面1.「日がな一日」は、いきなり出てくるチュー・ベリー、そしてモーテン、エルドリッジなど短いが素晴らしいソロの連続である。曲は愚作で、ビリーもスイングしているものの手の施しようがないと巨泉氏は書くが、インストの素晴らしさで元は取れたと思うよ。
B面2.「ヤンキーはショボかった」。これも当時はやった凡庸な流行歌の一つであるが、ビリーの独特の遅れたノリが聴きもの。サビの終わりに例のヴィブラートを聴かせてくれる。スケールの大きいモーテンのソロの方が聴きもののような気がするが。
B面3.「イーニー・ミーニー・マイニー・モー」
「これも愚曲の典型でビリーの誰も真似ることのできない「乗り」を楽しむしかない」とは巨泉氏。僕はモーテンとウィルソン、エルドリッジ、ベリーのソロ、及びバックのコールのドラミングなど素晴らしいと思う。
B面4.「君を得たなら」について、「トロンボーンのイントロを受けてのウィルソンのソロは、彼の生涯の最高の一つであろう。歌い方、乗り方、非の打ちようがない」とは巨泉氏。正確には「トロンボーンのイントロを受けて一瞬トロンボーンのつなぎがありヴォーカルの前の」ピアノ・ソロのことであろう。さらに氏は続けて「そしてああビリー!この限りない憧れをたたえた名唱をなんと表現したらいいのだろう。後半の「Yes」だけでも僕は胸があつくなる」と感極まっている。確かに熱演で内容も素晴らしいことは、僕にも分かる。

4度目のレコーディングは、12月の初めに行われた。全4曲が録音されたが、ここでも3曲にビリーが参加しており、そのナンバーは「ビリー・ホリディ物語 第1集」(CBS SONY SOPH-61)に収録されている。
また、ビリーの参加していないインスト・ナンバーも1曲あり(『シュガー・プラム』)、こちらは「ザ・テディ・ウィルソン」に収録されている。
ということで、今回もパーソネルから、とメイシーとバーバーが白人で白黒混合コンボという編成である。

<Personnel> … テディ・ウィルソン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Teddy Wilson and his orchestra)

Band leader & pianoテディ・ウィルソンTeddy Wilson
Trumpetディック・クラークDick Clark
Clarinetトム・メイシーTom Macey
Alto saxジョニー・ホッジスJohnny Hodges
Guitarデイヴ・バーバーDave Barbour
Bassグラチャン・モンカーGrachan Moncur
Drumsコージー・コールCozy Cole

<Contents>「ビリー・ホリディ物語 第1集」B面5〜8 … 1935年12月3日ニューヨークにて録音

B面5.ジーズン・ザッツン・ゾーズThese ‘n’ That ‘n’ those
B面6.つき落されてYou let me down
B面7.リズムまき散らしSpleadi’n rhythm around

ビリーの方の解説大和明氏によれば、この日のセッションはエリントン楽団のジョニー・ホッジスに焦点を合わせるように行われたという。というのは他のフロント・ラインを構成するディック・クラーク、トム・メイシーというのはあまり名の知れたプレイヤーではないからであるという。
B面5.「ジーズン・ザッツン・ゾーズ」は、ウィルソンのイントロからテーマを吹くホッジスはさすがの貫禄であると巨泉氏は書くがこの頃はまだホッジスは青二才同然だったのではないかと思う。後年のネーム・バリューで聴き過ぎではないか。
B面6.「つき落されて」は、ホッジスのドラマティックなソロを受けて歌い出すビリーは、抑えた歌唱が光っていると思う。ウィルソンのソロも良いが、バーバーのアコースティック・ギターでのソロは珍しいものであり、聴き応えもある。
B面7.「リズムまき散らし」は、当時よくあったパターンの曲であるという。メイシーのClはグッドマンによく似ている。そして続くホッジスのソロも良いが、さらに続くクラークのTpソロはエルドリッジに比べると迫力がかけるのがよく分かるという。

<Contents>「ザ・テディ・ウィルソン」A面6 … 1935年12月3日ニューヨークにて録音

A面6.シュガー・プラムSugar plum

やはりここでの聴きものは、奔放なホッジスのソロで、クラーク(Tp)やメイシー(Cl)のソロに比べるとその自信に満ち溢れたプレイぶりに驚かされる。

ということで 「ザ・テディ・ウィルソン」と「ビリー・ホリディ物語 第1集」を組み合わせて聴いていくことで、1935年に始まったスイング時代の花と言われるテディ・ウィルソンのブランズウィック・セッションは大概聴くことができる。

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ジャズ・ディスク・ノート 2019年4月24日

第314回 ウィリー・ブライアント 1935年

No.314 Willie Bryant 1935

ウィリー・ブライアントと彼のバンド

ボーっとではあるけれどジャズ・ファンを長いことやっているが、この「ウィリー・ブライアント」という名前は、前回テディ・ウィルソンの項を書いている時に初めて知った。因みに「ウィリー・ブライアント」はスイング・ジャーナル社発行の『ジャズ人名事典』に未収録で、これまで313回続けてきた拙HPでも、『ジャズ人名事典』に未収録の人物がタイトルとなるのは初めてである。これだけ長いジャズ・ファン歴の中で初めて知るくらいだから、大した人物でもないのだろうとは思ったが、まさか自分がレコードを持っているとはさらに思わなかった。
といっても単品で持っているわけではなく、「RCAジャズ栄光の遺産シリーズ 第10巻 ザ・ビッグ・バンド・エラ 第2集」6枚組の片面に収められているものである。この企画ものボックスはこれまで散々お世話になった「第1集」(まだ終わっていないが)の続編である。
さてこれからずいぶんお世話になるだろうと思われる「第2集」の概要を先ずまとめてみよう。

レコードレコード番号名義録音日
1枚目AB面RA-54アール・ハインズ1939年7月12日〜1940年2月13日
2枚目AB面RA-55アール・ハインズ1940年6月19日〜1942年3月19日
3枚目A面RA-56ウィリー・ブライアント1935年1月4日〜1935年8月1日
3枚目B面RA-56テディ・ヒル1937年3月26日〜1937年5月17日
4枚目A面RA-57ベニー・カーター1940年11月19日〜1941年10月16日
4枚目B面RA-57ドン・レッドマン1938年12月6日〜1940年1月17日
5枚目AB面RA-58ハーラン・レナード1940年1月11日〜1940年11月13日
6枚目AB面RA-59カウント・ベイシー1947年3月13日〜1950年2月6日
ウィリー・ブライアント

このようにこのブライアントのもの以外は1937年以降つまりスイングの爆発後の録音であるのに対して、このレコードのみが「爆発」前のレコーディングである。本来は「第1集」に入れるべきものだったのではないかという気がする。何となく員数合わせのような匂いもするなぁ。
さて、このウィリー・ブライアントとはどんな人物なのであろうか?詳しくはレコード・ボックス付属の大和明氏の詳細な解説からまとめたので、プロフィールをご覧ください。まず、写真から判断するとどう見ても白人にしか見えないのである。更にヴォーカルの声を聴いても白人だと思える。しかしベッシー・スミスと共演したり、”チョコレート・レヴュー”に出演していたという経歴は黒人っぽいのである。色の白いクレオールだったのだろうか?
一方バンドメンを見ると、今回が初登場で写真が見当たらないプレイヤーが多く全ては分からないのだが、ベニー・カーターやベン・ウエブスター、コジ―・コール、グリン・パクなどは黒人である。もし彼が白人だとすると、基本的には白人バンド、黒人バンドと別れていたこの時代、自分以外ほとんどのメンバーを黒人で固めるというのは極めて異例であり、もっと喧伝されていい事象だと思う。
また大和氏の解説に拠ると、彼がバンド・リーダーとなったのは、彼が人気のあるタレントだったからであり、このようなことはよく行われたという。しかし彼は、バンドを強化するためにエドガー・バトルやディック・クラーク、テディ・ウィルソン、コジ―・コールといった実力者ミュージシャンを次々と迎え入れる。これは誰の判断だったのであろうか?もしブライアント自身の決断だったとすれば、確かな耳を持ったバンド・リーダーだったと思わざるを得ない。

「ザ・ビッグ・バンド・イーラ 第2集」レコード・ボックス

「ザ・ビッグ・バンド・イーラ 第2集」ビクター RCA レコード3 RA-56

<Contents> … 1935年1月4日 ニューヨークにて録音

record3.A面1.スローイン・ストーンズ・アット・ザ・サンThrowin’ stones at the sun
record3.A面2.イッツ・オーヴァー・ビコーズ・ウィアー・スルーIt’s over because we’re through
record3.A面3.ア・ヴァイパーズ・モーンA viper’s moan

<Personnel>…ウィリー・ブライアント・アンド・ヒズ・オーケストラ (Willie Bryant and his Orchestra)

Band leader & Vocalウィリー・ブライアントWillie Bryant
trumpetロバート・チークRobert Cheekリチャード・クラークRichard Clarkエドガー・“プディング・ヘッド”・バトルEdger “Pudding head” Battle
Tromboneジョニー・ホウトンJohnny HaughtonR.H.ホートンR.H.Horton
Clarinet & Alto saxグリン・パクGlyn Paque
Alto sax & Baritone saxスタンリー・ペインStanley Payne
Tenor saxジョニー・ラッセルJohnny Russell
Pianoテディ・ウィルソンTeddy Wilson
Guitarアーノルド・アダムズArnold Adams
Bassルイ・トンプソンLouis Thompson
Drumsコジ―・コールCozy Cole

A面1.「スローイン・ストーンズ・アット・ザ・サン」
Tpのエドガー・バトルの編曲によるナンバー。解説の大和氏によれば、このバンドのリズム・セクションの素晴らしさを充分に立証した演奏とのことで、ソロはクラーク(Tp)⇒ペイン(As)⇒バトル(Tp)⇒ウィルソン(P)⇒ラッセル(Ts)の順。特にバトルのブリリアントなソロ、スインギーなウィルソン、同的なラッセルのソロが充実している。
A面2.「イッツ・オーヴァー・ビコーズ・ウィアー・スルー」
当時の典型的なハーレム・スタイルによるトーチ・ソングだという。ウィリー・ブライアントが昔コンビを組んでいたレオナード・リードとの共作。34年にはタフト・ジョーダンのTpとヴォーカルをフューチャーしたチック・ウエッブ楽団の優れた録音もあった(第300回で紹介済み)。
演奏は甘いテーマを縫ってラッセルが実に味のあるTs を展開し、リーダー、ブライアントが甘く暖かい喉を聴かせる。そしてオブリガートを付けるクラークのTpが良い。ここから楽しいリフ・アンサンブルをバックにウィルソンがアール・ハインズ風のタッチの素晴らしいソロを聴かせる。なおサビのAsはペインが担当。
A面3.「ア・ヴァイパーズ・モーン」
大和氏によれば、「Viper」とは麻薬耽溺者のことで、当時ジャズメンにマリファナが広がりつつあったことからこういう曲が出来たのだという。さらに氏は、編曲はエドガー・バトルでこの日の録音の中でもっと優れた演奏とし、先ずリズム・セクションがしっかりしており、プランジャー・ミュートをうまく使ったアンサンブルといい、ソリッドなリズムといい実に素晴らしい。R.H.ホートンのグロウルするプレイともう一人のホウトンとの掛け合いがラッセルのTsソロを挟んで行われる。ハインズ風のウィルソンの短いPソロを経て、バトルがここでも輝かしいソロを披露し、ペインのソロを経て演奏を終えている。語りは勿論ブライアント。

「ザ・ビッグ・バンド・イーラ 第2集」ウィリー・ブライアント面

<Contents> … 1935年5月8日 ニューヨークにて録音

record3.A面4.リガマロールRigamarole
record3.A面5.ロング・アバウト・ミッドナイト‘Long about midnight
record3.A面6.ザ・シーク The shiek
record3.A面7.ジェリー・ザ・ジャンカー Jerry the junker

<Personnel>…ウィリー・ブライアント・アンド・ヒズ・オーケストラ (Willie Bryant and his Orchestra)

⇒d>
trumpetロバート・チークRobert Cheekベニー・カーターBenny Carter
Tenor saxベン・ウエブスターBen Webster In

A面4.「リガマロール」
演奏はストック・アレンジによるものだという。先ずアンサンブルがシャープであり、新加入のウエブスターのドライヴ感あふれるソロが聴きもので、ホウトン(Tb)、ウィルソン(P)、ホートン(ミュートTb)、アダムズ(Gt)、ウエブスター(Ts)、バトル(Tp)とソロが続く。
A面5.「ロング・アバウト・ミッドナイト」
ピアニストのアレックス・ヒルの作で、アレンジもヒルが手掛けている。アンサンブルからホウトンのオブリガードをを伴いながらブライアントが軽快に歌う。続いてバトルのミュートTp、ウエブスター張りに豪快に吹くラッセル(Ts)、ホートンの短いソロを経てアンサンブルで締める。
A面6.「ザ・シーク」
全ブライアント楽団の録音中1,2を争う出来映えを示す。ヘッド・アレンジによって演奏は進められ、ピアノのイントロから活き活きとしたリズムに乗って、ホートンのグロウルTbソロ、ウィルソン(P)、ウエブスター(Ts)のたくましいソロ、続いてドライヴ感溢れるラッセル(Ts)とアドリブが展開する。さらにバトルの歌心溢れるソロに続きラスト・コーラスはパク(Cl)がクライマックスへと盛り上げる。
A面7.「ジェリー・ザ・ジャンカー
これは明らかにキャブ・キャロウェイの「ミニー・ザ・ムーチャー」や「キックイン・ザ・ゴーイング・アラウンド」の商業的成功を意識し、それにあやかろうとした作品。ブライアントとバンドメンのコーラスが同じような雰囲気を醸し出している。ソロはラッセル(Ts)、パク(Cl)、ウィルソン(P)と続く。パクのソロが秀逸。

「ザ・ビッグ・バンド・イーラ 第2集」ジャケット裏面

<Contents> … 1935年8月1日 ニューヨークにて録音

record3.A面8.ザ・ヴォイス・オブ・オールド・マン・リヴァーThe voice of old man river
record3.A面9.ステーキ・アンド・ポテトSteak and Potatoes
record3.A面10.ライザLiza

<Personnel>…ウィリー・ブライアント・アンド・ヒズ・オーケストラ (Willie Bryant and his Orchestra)

Band leader & Vocalウィリー・ブライアントWillie Bryant
trumpetオーティス・ジョンソンOtis Johnsonリチャード・クラークRichard Clarkリンカーン・ミルズLincoln Mills
Tromboneジョニー・ホウトンJohnny Haughtonジョージ・マシューズGeorge Matthews
Clarinet & Alto saxグリン・パクGlyn Paque
Alto sax & Baritone saxスタンリー・ペインStanley Payne
Tenor saxジョニー・ラッセルJohnny Russellベン・ウエブスターBen Webster
Pianoラム・ラミレスRam Ramirez
Guitarアーノルド・アダムズArnold Adams
Bassベース・ヒルBass Hill
Drumsコジ―・コールCozy Cole

この日のpセッションには、ベニー・カーターは参加していなという説もあり決定打ではない。

A面8.「ザ・ヴォイス・オブ・オールド・マン・リヴァー」
「オール・マン・リヴァー」を下敷きにしてハリー・”ファーザー”・ホワイトとブライアントが共作した作品。ブライアントらしい軽快な歌の後、ウエブスターの誠に素晴らしいソロが展開される。この時期の彼のベスト・ソロの一つであろうとは大和氏。その後はパクのAsソロを挟んで、ジョンソン(Tp)、ラミレス(P)、パク(Cl)がアンサンブルを縫って華やかなソロを取り、マシューズ(Tb)のソロを挟んでラスト・アンサンブルをさらに盛り上げている。
A面9.「ステーキ・アンド・ポテト」
編曲はテディ・ウィルソンだが、その手法にはベニー・カーターの影響がうかがえるという。ソロはジョンソン(?Tp)に始まり、ホウトン(Tb)、バトル(Tp)のオブリガードによるブライアントの歌に続いて、ウエブスター(Ts)、ホウトン(Tb)と展開する。
A面10.「ライザ」
これもウィルソンによる編曲。この日のセッション中ベストの出来映え。カーター風のサックス・ソロを経て、味のあるマシューズ(Tb)ソロ、ジョンソン(Tp)、再びジョンソン或いはバトルのソロを挟みペイン(As)、そしてラミレス(P)からウエブスター(Ts)とソロが展開する。

僕の保有するレコードは、初版だと思われる。というのはレコード・ジャケット裏面にレコーディング・データが載っているからである。こういう歴史的な録音の場合は、レコーディング・データ必須である。

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ジャズ・ディスク・ノート 2019年4月28日

第315回 30年代コンボ・ジャズ 1935年

No.315 Swing sessions in the 1935

「スイング・セッションズ・イン・ザ・30’s」

左は英文のレコード・タイトル”Swing sessions in the 30's”のジャケット裏面上部である。「30年代のコンボ・ジャズ」とある。少しばかり古いレコードだ。このレコードを購入したのは大分前のことであるが、ビッグ・バンド中心と言われる30年代の「コンボ・ジャズ」とはどんなものかという興味ともう一つはB面に収録されている「ジーン・ギフォード」の4曲に興味を引かれたからである。

スイング・ジャーナル社「ジャズ百科事典」

ギフォードについては後程書くとして、このレコードでふと疑問に思ったことを先に記そう。それはこの「コンボ」という言葉である。ジャズ・ファンでこの言葉を使ったことがない、聴いたことがないという人はおそらくいないであろう。「コンボ」という言葉は、「小編成のグループ」のことであり、大編成の「ビッグ・バンド」に対応する言葉だが、辞書で「コンボ」と引いて出てこないし、ググってみても『ジャズの小編成バンド』に対応するものは出てこないのである。何かの略だとは思うがそれも判然としない。ということで思い出したのが右の本。スイング・ジャーナル社が臨時増刊として発売した『ジャズ百科事典』である。発売は1972年4月、古!今から47年も前、約半世紀前に出たものだ。そこで引いてみると、ありました!
P114「ジャズ用語ABC」という項目です。
コンボ(Combo)=3名ないし10名くらいまでの小編成グループのことで、ビッグ・バンド、フル・バンドに対する編成サイズを表す呼称。”Small Combination”の略語であり、30年代のビッグ・バンドからピック・アップ・メンバーによる小編成のグループに対して使われて以来、レギュラーの小編成グループをコンボというようになった。
ずいぶん詳しく書いてある。しかし何故”Small Combination”の略が”Combo”なんだろ?

「スイング・セッションズ・イン・ザ・30’s」

「Swing Sessions in the 30's」日本ビクター RA-5325

<Contents> … 1935年5月13日録音

B面1.ニューオリンズ・ツイストNewOrleans twist
B面2.ナッシン・バット・ザ・ブルースNothin’ but the blues
B面3.スクエア―フェイスSquareface
B面4.ディジー・グライドDizzy glide

<Personnel>…ジーン・ギフォードと彼の楽団 (Gene Gifford and his Orchestra)

Bandleader & Arrangementジーン・ギフォードGene Gifford
trumpetバニー・ベリガンBunny Berigan
Tromboneモーレイ・サミュエルMorey Samuel
Clarinetマッティ・マトロックMatty Matlock
Tenor saxバド・フリーマンBud Freeman
Pianoクロード・ソーンヒルClaude Thornhill
Guitarディック・マクダナフDick McDonough
Bassピート・ピーターソンPete Peterson
Drumsレイ・ボデュークRay Bauduc
Vocalウィンギー・マノンWingy Mannone
「スクエアフェイス」SP盤

この録音の注目は何といってもジーン・ギフォード。ギフォードはご存知のようにカサ・ロマ楽団のアレンジャーとして名を上げた鬼才で、その精緻極まるアレンジメントは他の追随を許さないものがあった。そんなギフォードはどのような理由からか1934年にカサ・ロマ楽団を去る。そしてここでこのような録音を行っている。レコード裏面のライナーノートで油井正一氏はこの件に関してはそれほど深く追求していない。油井氏によれば、「ジーン・ギフォード楽団という名前で吹き込まれたものだが、もちろんレコーディングのためのオールスター編成であると述べ、、端からBGやエリントンのようにレギュラー・バンド化を狙ったものではないが、集められた面子は超一流で、それもギフォードの名声ゆえであると述べている。
まず、「30年代のコンボ・ジャズ」というレコード・タイトルなのだが、収録されているバンド名が「オーケストラ」というのが面白い。メンバーはヴォーカルのマノンを除けば9人なので、コンボと言えばコンボである。「オーケストラ」という名の「コンボ」ということになる。しかし聴いて感じることは、サウンドがビッグ・バンドっぽい分厚い音なのである。ギフォードのアレンジの妙であろう。
次に不思議なのは、ヴォーカルのウィンギー・マノンで、彼はトランペット奏者としても一流なのだが、ここではヴォーカルに徹し、Tpは吹いていないとなっていることである。左のSP盤にはマノンがTpとしてもクレジットされているが、解説の油井氏は吹いていないとしているので、どうなのだろう?聴くと確かに2Tpという個所は無いように感じる。2トランペットでもよさそうなものだが、なぜに彼には吹かせなかったのだろうか?
B面1.「ニューオリンズ・ツイスト」は、ヴォーカル無しのインスト・ナンバー。ミディアム・アップ・テンポの曲。ギフォードらしい編曲の妙が随所にうかがえる。ソーンヒルのピアノのトレモロ・プレイは時代を追って聴いてきた耳には、実に目新しく聴こえる。
B面2.「ナッシン・バット・ザ・ブルース」はブルースで、マトロック、ベリガンが素晴らしいプレイを披露する。特にベリガンが素晴らしく僕としては、初めてこのベリガンという人はスゴイなという感想を抱いた次第である。マノンのヴォーカル入り。フリーマンのオブリガートもいい感じである。
B面3.「スクエア―フェイス」もブルース・ナンバー。ギフォードとブルースというのは何となく結びつかないが、2曲も演っている。ここでもマトロックとベリガンがいい。
B面4.「ディジー・グライド」は、Gtとピアノのみにマノンのバックを務めさせるなど意表を突いた編曲である。ここでもソーンヒルのトレモロ・プレイが聴かれる。

「スイング・セッションズ・イン・ザ・30’s」B面

<Contents> … 1935年6月14日録音

B面5.バウンシン・イン・リズムBouncin’in rhythm
B面6.ハニーサックル・ローズHoneysuckle rose
B面7.ジャズ・オ・ジャズJaxx O’jazz
B面8.ナガサキNagasaki

<Personnel>… エイドリアンとそのタップ・ルーム・ギャング (Adrian and his tap room gang)

Bandleader , Bass sax and Vibraphoneエイドリアン・ロリーニAdrian Rollini
trumpetウィンギー・マノンWingy Mannone
Clarinetジョー・マーサラJoe Marsala
Piano & Vocalプットニー・ダンドリッジPutney Dandridge
Guitarカーメン・マストレンCarmen Mastren
Bassシド・ワイスSid Weiss
Drumsサミー・ワイスSammy Weiss
Vocalジーン・バーンズJeanne Burns
 

前項ギフォードのセッションの約1か月後の録音で、メンバーとしてはウィンギー・マノンだけが被っている。B面5.「バウンシン・イン・リズム」はいきなり、ディキシー風のアンサンブルが飛び出してきてギフォード楽団との差を歴然とさせる。
B面6.「ハニーサックル・ローズ」のヴォーカルはプットニーだと思うが、かなり崩しヴォードヴィル風のお笑いナンバーとなっている。始めのロリーニのソロなどは聴き応えがある。
B面7.「ジャズ・オ・ジャズ」はジーン・バーンズのヴォーカルも入りより楽しく展開する。ここで初めてロリーニがヴァイブラフォンのソロを披露する。スイング時代ギター三羽烏と言われたマストレン、マノンのTpもいい味のソロを展開する。
B面8.「ナガサキ」は、プットニーのヴォーカルがフューチャーされる。彼はキャブ・キャロウェイの影響を強く受けた黒人エンターテイナーのような気がする。

「MCAジャズの歴史」レコード・ボックス

「MCAジャズの歴史」 “Decca-MCA/History of jazz” VIM-19

<Contents> … 1935年12月20日 ニューヨークにて録音

record3.B面6.スインギン・アット・ザ・フェイマス・ドアSwingin’ at the famous door

<Personnel>…デルタ・フォア (The Delta four)

trumpetロイ・エルドリッジRoy Eldridge
Clarinetジョー・マーサラJoe Marsala
Guitarカーメン・マストレンCarmen Mastren
Bassシド・ワイスSid Weiss

3枚組のオムニバス「MCAジャズの歴史」に1曲だけ1935年録音のカルテット演奏があったので、ここで紹介しておこう。非常に珍しい楽器編成である。面子は既に登場した人ばかり。TpとClがフロントだとどうしてもディキシー風になるのかもしれない。マーサラのClが良い。シドのベース・ソロはどう聴いてもロックン・ロールのベース・ラインである。Bソロの後の集団合奏は、ロックン・ロール、ディキーが混然一体となった摩訶不思議な、興味津津たるアンサンブルを展開する。



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ジャズ・ディスク・ノート 2019年4月29日

第316回 シカゴ・ジャズ 1935年

No.316 Chicago Jazz in 1935

「マグシー・スパニア/ヘジテイティン・ブルース」レコード・ジャケット

“Hesitatin’ blues” Affinity AFS 1030 輸入レコード

<Contents> … 1935年2月20日ニューヨークにて録音

A面6.ベイビー・ブラウンBaby Brown
A面9.ノー・ラヴァーズ・アロウドNo lovers allowed
B面6.シンス・ウィー・フェル・アウト・オブ・ラヴSince we fell out of love

<Personnel>…ニュー・オリンズ・リズム・キングス(New Orleans Rhythm Kings)

Bandleader & Cornetマグシー・スパニアMuggsy Spanier
Tromboneジョージ・ブルニーズGeorge Brunies
Clarinetエディー・ミラーEddie Miller
Pianoテリー・シャンドTerry Shand
Bassボニー・ポットルBonnie Pottle
Drumsジーン・クルーパGene Krupa
Vocalウィリアム・“レッド”・マッケンジーWilliam “Red” McKenzie

まずこのバンド名に「?」と思われた方が多いのではないかと思う。ニュー・オリンズ・リズム・キングス、略してN.O.R.K.(New Orleans Rhythm Kings)は、レオン・ラポロ(Cl)、ジョージ・ブルニーズ(Tb)、ポール・メアーズ(Cornet)等によって結成された極めて初期のジャズ・バンドで、1923年のジェリー・ロール・モートンとの共演盤などが有名だが、1925年に解散したとされる。もしかするとオリジナル・メンバーのジョージ・ブルニーズがバンドを作るに当たり、この伝統のあるバンド名を付けたのかもしれない。
僕が勝手に師事する評論家粟村政昭氏は、「ディキシー系の白人トランぺッターでは一番好き」というスパニアだが、この録音ではディキシー風は封印しスイング系のサウンド作りを行っている。
A面6.「ベイビー・ブラウン」は、レッド・マッケンジ―のヴォーカル入り。イントロ部分のTpソロなど実に朗々として素晴らしい吹奏ぶりである。ヴォーカルの後はClとTbがソロを取る。もう一度ヴォーカルが出てスパニアがリードするアンサンブルで終わるが、やはりスパニアの吹奏が群を抜いている。
A面9.「ノー・ラヴァーズ・アロウド」もマッケンジーの歌入り。スパニアのミュート・プレイが聴かれる。ヴォーカルの後はオープンに切り替えてソロを取る。
B面6.「シンス・ウィー・フェル・アウト・オブ・ラヴ」は、テーマをスパニアが吹き、マッケンジーのヴォーカルが入る。全般を通してヴォーカルが入ることでディキシー風ではなく時代に合ったスイング風になっている感じがする。

「The recordings of Jimmie Noone」CDボックス

“The recordinngs of Jimmie Noone 1934−1943” JSP Records 2006輸入CD CD4

<Contents> … 1935年2月21日シカゴにて録音

CD4-2.スーンSoon(There’ll be just the two of us)
CD4-3.ルーキー、ルーキー、ルーキー、ヒア・カムズ・クッキーLookie , Lookie , Lookie , here comes cookie
CD4-4.ララバイ・オブ・ブロードウェイLullaby of Broadway
CD4-5.イッツ・イージー・トゥ・リメンバーIt’s easy to remember

<Personnel>…ジミー・ヌーン・アンド・ヒズ・オーケストラ (Jimmie Noone and his orchestra)

Bandleader & Clarinetジミー・ヌーンJimmie Noone
Trumpetジミー・コブJimmy Cobb
Alto & Baritone sax , Vocalエディー・ポラックEddie Pollack
Pianoジンキー・コーンZincy Cohn
Guitarジョン・ヘンリーJohn Henry
String Bassジョン・リンゼイJohn Lindsay
Drumsベニー・ワシントンBenny Washington

以前ジミー・ヌーンのレコードは中々見当たらない、売っていないと書いたことがあるが、何か月か前右のCDボックスを見つけて、嬉々として購入した。なにせCD4枚組のボックスである。曲はたっぷり入っているのである。拙HPでは1928年の録音までを取り上げていて(第240回)本来は、1929年まで遡って取り上げるべきであるが、それは別の機会にして今回は1935年の録音のみを取り上げる。
このバンドも「オーケストラ」と歌っているが7人編成なので、いわゆる「コンボ」に入れられるべきではある。
全般を通して聴いて思うのは、これはどういうジャンルの音楽なのであろうかということである。ディキシーではなくと言ってスイングというわけでもない。ただ狙っているのはコマーシャル路線という感じがする。曲も演奏も特に面白いところが見いだせない。
CD4-2.「スーン」には、クレジットにはないがヴァイオリンが入っているような気がするが、気のせいかな?

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ジャズ・ディスク・ノート 2019年4月30日 平成最後

第317回 1935年のブルース&ブギー・ウギー

No.317 Blues&Boogie in 1935

ご覧いただきありがとうございます。
今日は平成最後の日です。明日から元号が「令和」に変わります。
世の中祝賀ムード一杯です。こんな時にふさわしくないかもしれませんが、平成最後のアップは1935年のブルースです。
もちろんこのタイミングを狙っていたわけではなく、1935年の項の最後のアップは僕の持っている1935年のブルースにしようと思っていたら、それが平成最後と重なってしまいました。
明日からは、1936年のスイングを中心に取り組んでいきます。

僕の持っているブルース音源を日付順に聴いていこう。

「MCAブルースの古典」レコード・ボックス

「MCAブルースの古典」ビクター VIM-21

メンフィス・ミニー

<Contents> … 1935年1月10日 シカゴにて録音

Record2.B-1.ダーティー・マザー・フォー・ユーDirty mother for you

<Personnel>

Guitar & Vocalメンフィス・ミニーMemphis Minnie
Pianoジミー・ゴードンJimmy Gordon

ブルース界で活躍する女性と言えば、ベッシー・スミスやマ・レイニーなどのようなクラシック・ブルースの人がほとんどだったが、ルイジアナ出身のメンフィス・ミニーことミニ―・ダグラスは歌もギターも一級品でしかも美人だったとは、「MCAブルースの古典」の解説の中村とうよう氏。確かにこのタイプの女性ブルースは聴いたことがない。鉄火肌で姉御風のたくましいブルースである。

「RCAブルースの古典」CD BMG BVCP-8733〜8734

<Contents> … 1935年2月25日 シカゴにて録音

「RCAブルースの古典」CD・ボックス ルロイ・カー
CD2-8.ロックス・イン・マイ・ベッドRocks in my bed
CD2-9.シックス・コールド・フィート・イン・ザ・グラウンドSix cold feet in the ground

<Personnel>

Piano & Vocalルロイ・カーLeroy Carr
Guitarスクラッパー・ブラックウェル

ピアノ・ブルースである。解説の鈴木啓志氏によれば、そもそもピアノ・ブルースはギター・ブルースに比べつ数が少ないという。初期のピアニストがスコット・ジョプリンに代表されるラグ・タイムから影響を受け、そのスタイルから徐々にブギー・ウギーが生まれ、さらにシティ・ブルース・スタイルが生まれていく。それでカーは「シティ・ブルースの祖」と言われるのだという。
しかしラグ⇒ブルース・ピアノ⇒ブギー・ウギーという系譜はここでは分からない。というのも35年という年は既にブギー・ウギーが生まれレコードも発売された後だからである。もっと遡って聴かなければと思う。
CD2-9「シックス・コールド・フィート・イン・ザ・グラウンド」に聴かれる左手の動きは、4ビートではあるが動きはブギー・ウギーそのもののである。これもどちらの影響かは分からない。ただブルースには時折こういったドキッとする歌「冷たい土の6フィートの所に埋めてくれ(Six cold feet in the ground)」がある。

「RCAブルースの古典」CD BMG BVCP-8733〜8734

「RCAブルースの古典」CD1

<Contents> … 1935年2月26日 シカゴにて録音

CD1-24.ザ・スパズムThe spasm

<Personnel>…ダディ・ストーヴパイプ&ミシシッピ・サラ (Daddystovepipe & Misssissippi Sarah)

Guitar , Harp & Vocalジョニー・ワトソンJohnny Watson
Jug & Vocalサラ・ワトソンSarah Watson

ダディストーヴパイプことジョニー・ワトソンとミシシッピ・サラことサラ・ワトソンは夫婦だという。CD付属のブックレットの詳細な解説が載っている。ジャグ・バンドとしてそれほど重要性はないとしながらも最も早くレコーディングを行ったハーピストとして重要という。音はすこぶる悪い。曲はブルースではなく、古いフォーク・ソングという感じである。ジャグ=フォーク・ソングの深い関係を示している。

ビッグ・ビル・ブルーンジー

「RCAブルースの古典」CD BMG BVCP-8733〜8734

<Contents> … 1935年2月26日 シカゴにて録音

CD2-17.サザン・ブルースThe southern blues

<Personnel>

Guitar & Vocalビッグ・ビル・ブルーンジーBig Bill Broonzy
Pianoブラック・ボブ

ビッグ・ビル・ブルーンジーは1893年ミシシッピで生まれたがそのスタイルはミシシッピ・スタイルではないという。このCDボックスでもシティ・ブルースに分類されている。今日にも通じるいかにもブルースの典型といった作品である。

「MCAブルースの古典」レコード・2枚目B面

「MCAブルースの古典」ビクター VIM-21

<Contents> … 1935年4月25日 シカゴにて録音

Record2,A-2.ユア・タイム・トゥ・ウォリーYour time to worry
ブラインド・ウィリー・マクテル

<Personnel>

Guitar & Vocalブラインド・ウィリー・マクテルBlind Willie McTell

最も初期のブルースは、ミシシッピ州からテキサス州東部にかけてだったと思われるが、もう少し東のジョージア州もかなり早くからブルースの動きが見られたと言われる。そしてそのジョージアの代表的なブルース・マンの一人がこのマクテルだったと言われる。彼の特徴は何といっても、プレイするギターが12弦だったことでかなり特徴的なサウンドを作り出している。
ヴォーカルも、チャーリー・パットン、サン・ハウス等とは対照的で美声であった。




「MCAブルースの古典」レコード・3枚目A面

「MCAブルースの古典」ビクター VIM-22

<Contents> … 1935年7月8日 シカゴにて録音

Record3,A-3.マザーレス・ボーイ・ブルースMotherless boy blues

<Personnel>

Guitar & Vocalフランキー・ブラックFrankie Black
Pianoドット・ライスDot Rise

ギターとヴォーカルを担当しているフランキー・ブラックは2月25日録音のルロイ・カー(p)の相棒でギターを弾いていたスクラッパー・ブラックウェルである。コンビを組んでいたカーがこの年1935年4月に30歳の若さで死亡した。そのためピアニストのドット・ライスと新デュオを組んで、カーへの追悼曲などを録音した。この「マザーレス・ボーイ・ブルース」は、「母のない子のブルース」ということだが、相棒を失った悲しみを歌っているように聴こえるという。つまりブルースの場合こういう置き換え、相棒を失った悲しみを「母がいない」と置き換えたりすることがあったという。

スリーピー・ジョン・エステス



「MCAブルースの古典」レコード・2枚目A面

「MCAブルースの古典」ビクター VIM-21

<Contents> … 1935年7月9日 シカゴにて録音

Record2,A-1.サムディ・ベイビー・ブルースSomeday baby blues

<Personnel>

Guitar & Vocalスリーピー・ジョン・エステスSleepy John Estes
Harpハミー・ニクソンHammie Nixon

実は僕が買った最初のブルースのレコードというのは、右の写真がジャケットに使われた「スリーピー・ジョン・エステスの伝説」(Delmark PA-3011)です。当時スイング・ジャーナル誌に日本のブルース評論の第1人者中村とうよう氏が『ブルースを聴こう』という内容の熱のこもった記事を書いており、僕も少しずつブルースに興味を持ち出していた。そんな折にとっくに死んだと思われていた「スリーピー・ジョン・エステス」が発見され、レコーディングも行ったというニュースが流れた。まさに幻の伝説のブルース・マンである、と言ってもこのレコードで初めてエステスを聴いたのだが。想像通り発見されたときの彼はまさに極貧状態にあった。もちろんギターも手放しており、レコーディングのためにギターが与えられた。写真を見て欲しい、カポタストの代わりに鉛筆を括りつけている。この写真は彼のその時の生活状況を何よりよく伝えている。
ところで彼の経歴をかいつまんで書くと、1929年初めてメンフィスでレコーディングを行い翌30年にかけて10数曲を吹き込んだ。その時の相棒もハミー・ジャクソン(Hp)だった。一時故郷に戻り百姓をしていたが、35年に発見され、40年までデッカとビクターに吹込みを行うが、戦争による不況の影響で再び故郷に戻っていた。それを1960年代に発見されたのである。彼は折からのブルース・ブームによって1974年と76年に来日している。その時の相棒もニクソンであった。
この曲は典型的な8小節ブルース・パターンで、「ウォリード・ライフ・ブルース」の題名でも知られ、レイ・チャールズやチャック・ベリー等が取り上げ、自身の「伝説」でも再録音している。

「RCAブルースの古典」CD2

「RCAブルースの古典」CD BMG BVCP-8733〜8734

<Contents> … 1935年8月13日 アントニオにて録音

CD2-15.ハード・ワーキング・マン・ブルースHard working man blues

<Personnel>

Vocalジョー・プラムJoe Pullum
Pianoアンディ・ボーイAndy Boy

ここで初めてシカゴ以外で録音されたナンバーが登場するが、アントニオというのはどこなんだろう?またこのジョー・プラムという人は、1934年に「ブラック・ギャル・ホワット・メイクス・ユア・ヘッド・ノー・ハード」という大ヒットナンバーを放ったそうだが、ファルセットで歌うという実にユニークなブルース・マン。そして経歴も全く不明で、20世紀初頭にヒューストンで生まれたのではないかと推測されているほかは謎だという。

ビッグ・ジョー・ウィリアムス

「RCAブルースの古典」CD BMG BVCP-8733〜8734

<Contents> … 1935年10月11日 シカゴにて録音

CD2-3.ベイビー・プリーズ・ドント・ゴーBaby please don’t go

<Personnel>

Guitar & Vocalビッグ・ジョー・ウィリアムスBig Joe Williams
Fiddleケイシー・コリンズ
Washboadココモ

解説で鈴木氏は、「多少ブルースをかじったことのある人なら知らない人はいない」ナンバーであると述べているが、知らなかった。つまり僕はかじったことも無かったことになる。確かにジャズもそうだがブルースも奥が深い。この曲は彼の代表作で何度も録音しているようだが、これが最高であるという。確かにフィドル、ウォッシュボードが入り原初のブルースを想像させてくれる。

「ブギー・ウギー・マスターズ」レコード・ジャケット

「The Boogie Woogie masters」 Affinity AFS-1005

<Contents> … 1935年11月21日 シカゴにて録音

B面1.ホンキー・トンク・トレイン・ブルースHonky tonk train blues

<Personnel>

Pianoミード・“ラックス”・ルイスMeade “Lux” Lewis

数あるブギー・ウギー曲中その逸話と共に最も有名な曲かもしれない。ルイスはこの曲を最初は1929年にパラマウントに吹き込んだが、会社はあえなく倒産し数枚のテスト盤が残されただけとなる。たまたまそのテスト盤を聴いたジョン・ハモンドがここでも情熱を傾けて一肌脱ぐというお話である。再発見されたルイスは、油井正一氏の本などでは1935年、『ジャズ人名事典』では1936年に再び吹き込む。それが今回の録音である。
油井氏によるとルイスはこの曲を5度録音しているが、後のものほど右手にスイングやリフの要素が入り込んできて、純粋さを失っていくという。このパラマウントに吹き込んだ1929年のオリジナル・ヴァージョンは昔日本コロンビアから出た「ジャズの歴史」に収録されていたとのことだが、現代においては聴くことが難しいか、というともっと簡単なのだ。Youtubeにちゃんと上がっている。すごい時代になったもんだ。

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ジャズ・ディスク・ノート 2019年5月5日

第318回 ベニー・グッドマン 1936年 その1

No.318 Benny Goodman 1936 Vol.1

1936年もやはりベニーグッドマン(以下BG)から始めよう。この年BGはヴィクターだけでも69曲もの吹込みがある。この年BGはやはりジャズのド真ん中にいたといえるであろう。
1935年8月にロスアンゼルスの「パロマ―」で爆発した“スイング・イーラ”は、12月8日シカゴのコングレス・ホテルの「アーバン・ルーム」において、さらに前進することになった。まだ大不況は完全に終わったとは言えない状況だったが、人々は不況の憂鬱な気分にウンザリしていた。
コングレス・ホテルへの出演契約は初めは1か月の予定だったが、BGは結局6ヵ月そこに留まることになった。つまり翌1936年の前半をBGはシカゴで迎えることになったのである。そしてシカゴは、BGの出身地、ホームタウンだった。アメリカにこういう考え方があるかどうか分からないが、BGはニューヨークに出てからも何度かシカゴに戻っており、それは故郷に錦を飾るようなものだったかもしれないが、今回こそはそれが決定的になった瞬間であった。

「コンプリート・ベニー・グッドマン」(BMGヴィクター BVCJ-7030)CD-2

<Contents> … 1936年1月24日 シカゴにて録音

CD2-13.イッツ・ビーン・ソー・ロングIt’s been so long
CD2-14.サヴォイでストンプStompin’ at the Savoy
CD2-15.グッディ・グッディGoody goody
CD2-16.一足の靴Breakin' in a pair of shoes

<Personnel> … ベニー・グッドマン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Benny Goodman and his orchestra)

1935年11月22日からの変更点
Trumpet … ラルフ・ムジロ ⇒ ピー・ウィー・アーウィンPee Wee Erwin

Clarinet & Band Leaderベニー・グッドマンBenny Goodman
Trumpetネイト・ケイズビアNate Kazebierハリー・ゲラーHarry Gellerピー・ウィー・アーウィンPee Wee Erwin
Tromboneレッド・バラードRed Ballardジョー・ハリスJoe Harris
Alto saxハイミー・シャーツァーHymie Shertzerビル・ドペゥBill DePew
Tenor saxアート・ロリーニArt Rolliniディック・クラークDick Clark
Pianoジェス・ステイシーJess Stacy
Guitarアラン・リュースAllan Reuss
Bassハリー・グッドマンHarry Goodman
Drumsジーン・クルーパGene Krupa

1936年最初の録音は1月24日シカゴで行われた。メンバーはほぼ1935年最後の録音(11月22日)と同じだが、Tpのラルフ・ムジロがピー・ウィー・アーウィンに代わっている。CDボックス付帯のブックレット解説のモート・グッド氏は「ピー・ウィーがバンドを離れたのは、ただロングアイランドの自宅に帰りたかったから」と書いているが、録音上で見るとピー・ウィーが離れたのは1935年6月25日以前で既に半年以上が立っている。アメリカのバンド事情がよく分からないが、ちょっと自宅に帰ると言って6か月間も留守にしてまた戻るというのは普通のことなのだろうか?
ともかくグッド氏も野口久光氏もこの録音については特に深くは触れていない。CD2-13.「イッツ・ビーン・ソー・ロング」とCD2-15.「グッディ・グッディ」がヘレン・ウォードのヴォーカル入り。ウォードは録音した当時は「グッディ・グッディ」が大嫌いだったが、後には大好きになったと述べているという。
CD2-14.「サヴォイでストンプ」は、エドガー・サンプソン作で、サンプソンがチック・ウエッブ楽団に在籍時に録音しているらしいが、残念ながら僕は持っていない。僕が持っている最も古い「サヴォイ〜」となる。このBGヴァージョンが最もヒットしたらしい。

<Contents> … 1936年2月29日 シカゴにて録音

CD2-17.ガブリエル・ライクス・マイ・ミュージックI hope Gabriel likes my music
CD2-18.ミューティニー・イン・ザ・パーラーMutiny in the parlor
CD2-19.アイム・ゴナ・クラップ・マイ・ハンズI’m gonna clap my hands
CD2-20.スイング・イズ・ヒアSwing is here

<Personnel> … ジーン・クルーパ・アンド・ヒズ・スイング・バンド (Gene Krupa and his swing band)

Drums & Band Leaderジーン・クルーパGene Krupa
Trumpetロイ・エルドリッジRoy Eldridge
Clarinetベニー・グッドマンBenny Goodman
Tenor saxチュー・ベリーChu Berry
Pianoジェス・ステイシーJess Stacy
Guitarアラン・リュースAllan Reuss
Bassイスラエル・クロスビーIsrael Crosby

ジーン・クルーパを大将に仕立てたセッションは1935年11月19日にも行われているが、その時の録音はEMI系のパーロフォンに行われたため、このヴィクターの録音を集めたボックスには収録されていなかった(拙HP第305回)。今度はヴィクターに吹き込まれたのだろうか?それにしても豪華なメンバーである。エルドリッジ、ベリー、クロスビーが黒人なので、白黒混合の吹込みである。ベースのイスラエル・クロスビーは、ジョン・ハモンド氏がサウスサイドのクラブを聴きまわって見つけてきた人材で、1935年の吹込みの時にはまだ16歳だった。野口氏はエルドリッジとベリーはフレッチャー・ヘンダーソン楽団の花形ソロイストだったというが、この時エルドリッジはシカゴの「スリー・デューセズ」というクラブにアート・ティタムと出ていたという。ともかく野口氏はこのセプテットは、ディキシーのパターンを踏みながらスイング時代の最高のプレイが聴ける、BG、エルドリッジ、ベリーのベスト・プレイが聴けるのであると熱弁をふるっている。
CD2-17.「ガブリエル・ライクス・マイ・ミュージック」はアップ・テンポのナンバーで、出だしはエルドリッジがテーマを引っ張り、まずベリー続いてBG、そしてエルドリッジが競い合うように吹き合う。エンディングに差し掛かっての合奏部でのクルーパの張り切りようもすごい。
CD2-18.「ミューティニー・イン・ザ・パーラー」は、ちょっとメローなナンバーで、ウォードのヴォーカル入り。エルドリッジとベリーのソロが光る。
続くまたCD2-19.「アイム・ゴナ・クラップ・マイ・ハンズ」におけるウォードのヴォーカルは圧巻であると野口氏は付け加えているが、ここでのエルドリッジ、続くBGのソロが光る。
CD2-20.「スイング・イズ・ヒア」は多分ヘッド・アレンジでジャム・セッション風に録音されたものであろう。アップ・テンポでベリー、BG、エルドリッジがソロで渡り合う聴き処の多い作品。

<Contents> … 1936年3月20日 シカゴにて録音

CD2-21.ゲット・ハッピーGet happy
CD3-1.クリストファー・コロンブスChristopher Columbus
CD3-2.あなたはご存知ねI know that you know

<Personnel> … ベニー・グッドマン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Benny Goodman and his orchestra)

1936年1月24日と同じ。

ジーン・クルーパ名義の歴史的名演から3週間当時のレギュラー・バンドによる録音が行われた。野口氏は、この時期脂の乗ったBGオーケストラは20代のプレイヤーばかりなのに、アンサンブルがさらに充実し、安定感が出たとしている。
CD2-21.「ゲット・ハッピー」は、ハロルド・アーレンの出世作の一つ。アップ・テンポで見事なアンサンブルが展開される。
CD3-1.「クリストファー・コロンブス」は、セプテットで共演したチュー・ベリーがヘンダーソン楽団のために書いた曲。ここからCDは3枚目になる。
CD3-2.「あなたはご存知ね」は、この年初めて収録したフレッチャー・ヘンダーソンのアレンジ曲。

さて、ブックレット解説のモート・グッド氏は次のようなエピソードを披露している。
「ジャズ界開闢以来の画期的なイヴェントが開催された。コングレス・ホテルで開かれた3回目のサンデー・アフタヌーン・コンサートである。その日は復活祭の日曜日でもあった。テディ・ウィルソンがニューヨークからやって来て、BGとジーン・クルーパとトリオを組んで演奏したのである。これは聴衆の面前で行われるものとしては初の人種差別を撤廃したコンサートであった。」これによるとレコーディングでは、絵が見えないので白黒混合は行われたことはあるが、聴衆の前で白黒混合での演奏は無かったということである。続けて「このトリオ演奏は大成功で、ホテルのオーナー、ハリー・カウフマンは、テディにコングレス・ホテルに残るよう強く要請した。テディがトリオの一員を務めたのは、その芸術的手腕のゆえにである。これはBGのトータルな考察の結果であり、スイング・ミュージックにソフトなフォーム、微妙繊細な”室内楽ジャズ”という新しい次元をもたらしたものになった。」
かなり分かりにくい表現である。余計な修飾は省き肝心なその復活祭の日付を書いて欲しかった。調べてみると1936年の復活祭の日付は4月12日である。つまりはこういうことであろう。BGの差し金で4月12日の復活祭にテディ・ウィルソンをニューヨークから呼び、クルーパも交えてトリオ演奏を行った。その評判があまりに高かったので、ウィルソンはしばらくシカゴに留まり、コングレス・ホテルで演奏することになった。
そして次の録音は、4月23日オーケストラによるものであったが、翌4月24日には1935年7月13日以来のトリオ演奏の録音を行った。

<Contents> … 1936年4月23日 シカゴにて録音

CD3-3.スターダストStardust
CD3-4.だまされはしないよYou can’t pull the wool over my eyes
CD3-5.グローリー・オブ・ラヴThe glory of love
CD3-6.リメンバーRemember
CD3-7.ウォーク・ジェニー・ウォークWalk Jennie walk

<Personnel> … ベニー・グッドマン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Benny Goodman and his orchestra)

1936年1月24日と同じ。先ずはオーケストラ録音から。

CD3-3.「スターダスト」も、ご存知ホーギー・カーマイケル作でヘンダーソンのアレンジ。意外に早いテンポで奏される。
CD3-4.「だまされはしないよ」は、ヘレン・ウォードのヴォーカル入り。僕はこの曲辺りが代表作ということではなく、最もこの時代にのBGバンドらしいと思ってしまう。いかにも「スイング」だと。
CD3-5.「グローリー・オブ・ラヴ」は、スパッド・マーフィ―のアレンジで、ウォードのヴォーカル入り。
CD3-6.「リメンバー」は、ヘンダーソンのアレンジ。軽快なミディアム・テンポのナンバー。
CD3-7.「ウォーク・ジェニー・ウォーク」は、フレッチャーの弟ホレス・ヘンダーソンのアレンジ。野口氏の言うように本当に、バンド自体に安定感がある。

そして翌日はトリオ演奏録音を行う。この録音は、グッド氏によればBGの気まぐれで実現したものだという。「(テディ・ウィルソンが)折角シカゴに来たんだから一丁なんか録音しようじゃないか」てな感じだったのだろう。BGはビッグ・バンドを従えて吹くのも好きだが、こういうスモール・グループでシンプルに吹くのも好んでいたようだ。そしてBGはテディ・ウィルソンをよほど気に入っていたのだということが知れる。

<Personnel> … ベニー・グッドマン・トリオ(Benny Goodman Trio)

Clarinet & Band Leaderベニー・グッドマンBenny Goodman
Pianoテディ・ウィルソンTeddy Wilson
Drumsジーン・クルーパGene Krupa

<Contents> … 1936年4月24、27日 シカゴにて録音

CD3-8.チャイナ・ボーイChina boy4月24日
CD3-9.モア・ザン・ユー・ノウMore than you know4月24日
CD3-10.オール・マイ・ライフAll my life4月24日
CD3-11.レディ・ビー・グッドOh! Lady be good4月27日
CD3-12.ノーボディーズ・スイートハートNobody’s sweetheart4月27日
CD3-13.ほんとじゃ良すぎるToo good to be true4月27日

CD3-8.「チャイナ・ボーイ」は、アップ・テンポのナンバーで野口久光氏は実に傑作としている。クルーパのブラシによる名人芸のソロが聴けるナンバー。
CD3-9.「モア・ザン・ユー・ノウ」は、スロー・バラードで、BGはシンプルなウィルソンのピアノをバックに実に気持ちよさそうに吹いている。
CD3-10.「オール・マイ・ライフ」はウォードのヴォーカル入り。野口氏はウォードは19歳とは思えないうまさだとしている。正に同感で、過剰な表現を避け素直に歌い上げている。この曲でのウォードは好きだなぁ。ウォード19歳と聞いて、野口氏とは逆にこれまでの歌唱の世慣れた感じは何だったのかと思ってしまう。
CD3-11.「レディ・ビー・グッド」はガーシュイン兄弟作で、スイング時代によく取り上げられたナンバー。この曲についても、野口氏は実に傑作としている。
CD3-12.「ノーボディーズ・スイートハート」では、BGは早めのテンポに乗って快調に飛ばしていく。クルーパのソロもアイディアに富んだもの。
CD3-13.「ほんとじゃ良すぎる」も、ウォードのヴォーカル入り。こちらも素直な表現で好感が持てる。

BGのバンドは5月23日コングレス・ホテルでの公演を打ち上げ、ニューヨークに向かった。彼らがシカゴを離れたその日マレイ・マカカーン(Tb)とクリス・グリフィン(Tp)がバンドに加入した。そしてシカゴを発って4日後にはニューヨークでスタジオ入りし、さっそく吹込みを開始している。先ずパーソネルから

<Personnel> … ベニー・グッドマン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Benny Goodman and his orchestra)

ほぼ1936年1月24日と同じ。変わったメンバーだけ記す。
Trumpet … ハリー・ゲラー ⇒ クリス・グリフィン
Trombone … ジョー・ハリス ⇒ マレイ・マッキーチャーンMurray McEachrn
パーソネルで完全新規加入は、クリス・グリフィンとマレイ・マッキーチャーンである。グッド氏の解説に拠ればグリフィンは、シカゴでルイ・プリマか誰かのバンドにいる時にジョン・ハモンド氏によってスカウトされたという。マッキーチャーンはカナダ・トロントの出身でシカゴにいるところをグレン・バース(「ダウンビート」誌を創刊した)に進められて、BGのバンドのオーディションを受けたという。

<Contents> … 1936年5月27日、6月15日、6月16日 ニューヨークにて録音

CD3-14.ハウス・ホップHouse hop5月27日
CD3-15.シング・ミー・ア・スイング・ソングSing me a swing song5月27日
CD3-16.エニシング・フォー・ユーAnything for you5月27日
CD3-17.イン・ア・センチメンタル・ムードIn a sentimental mood6月15日
CD3-18.可愛い娘を見つけたI've found a new baby6月15日
CD3-19.スイングタイム・イン・ザ・ロッキーズSwingtime in the Rockies6月15日
CD3-20.ジーズ・フーリッシュ・シングスThese foolish things6月15日
CD3-21.ハウス・ホップ テイク3House hop (take 3)6月16日
CD4-1.スモール・ホテルThere's a small hotel6月16日

いかにもスイング全盛期といった明るいナンバーが続く。CD13-15、20、CD4-1の3曲がウォードのヴォーカル入り。
CD3-17.「イン・ア・センチメンタル・ムード」はエリントン・ナンバーで、エリントンも1935年4月30日に録音したばかりである。アレンジはジミー・マンディでエリントンとは異なり、スイートなナンバーに仕上げている。
CD3-18.「可愛い娘を見つけた」はフレッチャー・ヘンダーソンのアレンジで、他とは異なり乗り方がやはり少しばかり激しい感じに仕上がっている。
CD3-20.「ジーズ・フーリッシュ・シングス」は現在も良く取り上げられるスタンダード・ナンバー。これはBGがヘレン・ウォードとニューヨークのオニックス・クラブにふらっと立ち寄った時に、出演していたスタッフ・スミスが熱演しているのを聴き、さっそくレパートリーに加えたという。こういう少し遅めの方がウォードのヴォーカルは映えるような気がする。
CD3-21.「ハウス・ホップ テイク3」はCD3-14の別ヴァージョンだが、どちらも当時SP盤で発売されたという。
CD4-1.「スモール・ホテル」。ここからCDは4枚目となる。野口氏はこの曲でのウォードのヴォーカルも素晴らしいとしている。

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ジャズ・ディスク・ノート 2019年5月13日

第319回 ベニー・グッドマン 1936年 その2

No.319 Benny Goodman 1936 Vol.2

モート・グッド氏は次のように書く。「1936年、大不況はまだ続いていた。BGと彼のオーケストラについても事情は同じだった。しかし彼らの名声と幸運は、国内においても海外においても旧に倍する広がりを見せつつあった。
彼らは1936年中に約70曲の録音をし、Aクラスの映画『1937年の大放送』への出演、スポンサー付きの3度目のラジオ・ショウ『キャメル・キャラヴァン』(CBS)の放送開始、そしてほとんど毎晩東西両海岸のクラブやホテルへの出演をしていたのである。」
BGとそのバンドは、1936年6月16日の録音を終え、6月末にニューヨークを発ち列車でハリウッドに向かった。それは『キャメル・キャラヴァン』ショウが同地で30日から放送開始されるからであった。
彼らは約1年前にスイング・イーラを船出させた記念の地「パロマ―」で7月1日凱旋コンサートを開いた。プログラムには2つの注目すべき記載があった。ヘレン・ウォードが”アメリカ最高のバンド付き女性ブルース・シンガー”と謳われ、ジーン・クルーパが”世界最大のドラマー”と記されていた。このことは左のプログラムを見れば分かる。
バンドがカリフォルニアにやってくると、ロスの街全体の音楽的ムードが爆発したという。バンドのメンバーたちは、様々なジャム・セッションなどで大歓迎された。1年前、BGの楽団がロスに到着するする前にレコードをかけまくって、人気の盛り上げに大貢献したディスク・ジョッキーのアル・ジャーヴィスは、彼らの再来を祝うために記念すべきジャム・セッションを開催したという。
さて、ハリウッドに落ち着いたバンドは、8月13日に同地で録音を開始する。

「コンプリート・ベニー・グッドマン」(BMGヴィクター BVCJ-7030)CD-4

<Contents> … 1936年8月13日 ハリウッドにて録音

CD4-2.私に頼むわYou turned the tables on me
CD4-3.恋はあなたの眼にHere's love in your eyes
CD4-4.ピック・ユアセルフ・アップPick yourself up
CD4-5.キャンプの集いDown south camp meeting

<Personnel> … ベニー・グッドマン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Benny Goodman and his orchestra)

Clarinet & Band Leaderベニー・グッドマンBenny Goodman
Trumpetマニー・クラインManny Kleinクリス・グリフィンChris Griffinピー・ウィー・アーウィンPee Wee Erwin
Tromboneレッド・バラードRed Ballardマレイ・マッキーチャーンMurray McEachern
Alto saxハイミー・シャーツァーHymie Shertzerビル・ドペゥBill DePew
Tenor saxアート・ロリーニArt Rolliniディック・クラークDick Clark
Pianoジェス・ステイシーJess Stacy
Guitarアラン・リュースAllan Reuss
Bassハリー・グッドマンHarry Goodman
Drumsジーン・クルーパGene Krupa

1936年6月16日からの変更点
Trumpet … ネイト・ケイズビア ⇒ マニー・クライン Manny Klein

CD4-2.「私に頼むわ」は、フレッチャー・ヘンダーソンのアレンジでヘレン・ウォードのヴォーカル入り。ウォードによれば、当時新曲を突然渡されて、その夜に初演することは珍しくなく、この曲もそんなぶっつけの1曲だったという。しかし聴いてみるとそんな感じはなく、手慣れた感じがする。さすがプロである。
その他の3曲は、インスト・ナンバー。CD4-4.「ピック・ユアセルフ・アップ」は「ピック・ユアセルフ・アップ」はジェローム・カーン作で1936年作というから出来立てのナンバー。後にはアニタ・オデイなども吹き込んでいるがここではインストのみで奏される。
CD4-5.「キャンプの集い」はフレッチャー・ヘンダーソンの作でアレンジも行っている。

<Contents> … 1936年8月21日 ハリウッドにて録音

CD4-6.セントルイス・ブルースSt. Louis blues
CD4-7.愛か別れかLove me or leave me
CD4-8.ビューグル・コール・ラグBugle call rag

<Personnel> … ベニー・グッドマン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Benny Goodman and his orchestra)

1936年8月13日からの変更点
Trumpet … マニー・クライン ⇒ スターリング・ボーズ Sterling Bose
Tenor sax … ヴィド・ムッソ Vido Musso In

テナーのディック・クラークが辞めることになったので、ヴィド・ムッソが加わったというが、クラークもこの録音までは参加している。ムッソはアド・リブ・ソロは抜群だったが譜面に弱かったという。そこでBGはシャーツアーとロリーニに徹底して教えるよう指示をしたという。
CD4-6.「セントルイス・ブルース」は、W.C.ハンディの名作だが、ここではヘンダーソンのアレンジよりかなり洗練されたブルースとなっている。こういった漂白作業を行ったのが、ヘンダーソンだったというのは感慨深い。野口氏はニューオリンズで鍛えたボーズのソロが聴きものとしているが、ボーズはやはりこの手のナンバーが得意だったのだろう。
CD4-7.「愛か別れか」は現在もよく取り上げられるスタンダード・ナンバー。これもヘンダーソンのアレンジ。
CD4-8.「ビューグル・コール・ラグ」もこの時代よく演奏されたナンバーで拙HPにも何度か登場してくる。BGの前に出てくるTsソロがきっとムッソなのであろう。

さて、この8月21日の録音には1曲だけ「オーケストラ」ではない録音がある。メンバー的に次の「カルテット」の方にまとめてしまったが。そのカルテットとは、BG、クルーパ、テディ・ウィルソンに初めてライオネル・ハンプトンが参加したものだ。
ライオネル・ハンプトンは、当時はまだメンバーにはなっていなかった。ハンプトンは自身のオーケストラを率いて、ロスきってのジャズのメッカ「パラダイス・クラブ」に出演していた。そこにはハリウッド在住のジャズ・ファンや、ロング・ビーチから来た船乗りたち、それに各地からやってくるミュージシャンたちのホット・ポイントでもあったという。ピー・ウィーとシャーツアーは「パロマ―」の仕事を終えたある夜遅くこの「パラダイス・クラブ」へ行ってみた。マッキーチャーンもこのスポットを見つけ、BG、クルーパ、ウィルソンにもこのエキサイティングなジャズ・スポットを紹介した。
ライオネル・ハンプトンは拙HPにも既に何度か登場している。第253,254回ではレス・ハイト楽団でドラムを叩いていたところ、ルイ・アームストロングがロスにやって来て楽団を指揮することになる。その時ハンプトンは本職のドラムとヴァイブラフォンで録音に参加している。1930年と31年のことである。ハンプトンがのちに結婚するグラディスは、ドレスメーカーとして成功していたという。その彼女がヴァイブラフォンのセットを買ってくれたのだという。それをハンプトンは演奏し始めたのだが、バンド・リーダーのハイトは全く気に入らず、ドラムだけを演奏しろと言ったという。それでハンプトンはハイトの楽団を辞め小さなバンドを作って「パラダイス・クラブ」で演奏し始めたという。しかしそのバンドにはTbのタイリー・グレン、彼はハンプトンがヴァイブを叩くときにはドラムを叩いたという。それにAsとアレンジのドン・バイアス、ハーシャル・エヴァンスとテディ・バクナーも来た。とてもスイングするバンドだったという、それはそうだろう。
因みに映画「ベニー・グッドマン物語」では、「パラダイス・カフェ」は港に面する小さな食堂で、そこでハンプトンはウエイター、コックなどをこなし、ショウ・タイムとしてヴァイブを叩く。すると興が乗ったBG、ウィルソン、クルーパもそれに応じ、即興ジャムセッションが始まるという設定になっている。もちろんこれは大ウソで、そもそも「パラダイス・クラブ」は400人も収容できる大きな店だったという。しかし展開は似ている。ハンプトン自身次のように語っているのである。「ある晩私が演奏中クラリネットの音がしたので、辺りを見回すとBGがそこでプレイしているじゃないか。そして今夜の対リーのドラムは馬鹿にいいね、と思ったらジーン・クルーパが叩いているじゃないか。ハンプトンのバンドのピアニスト、ラルーがカウンター・メロディを送ってきた。よく見ればそれはテディ・ウィルソンではないか!私たちは2時間ぶっ通しでジャムったよ!」と。しかし映画のこの部分が面白いのは、主役のベニー以外は全員本物だということである。
そして今度はベニーがハンプトンを誘った。「今度はこちらにジャムりに来ないか。」そうして8月21日オーケストラの録音が済んだ後で、”ムーングロウ”を演ったという。
映画の演出では、たまたまBGとハンプは知り合ったことになっているし、CDボックスの解説でも現地に行ってハンプを知ったことになっているが、果たして本当にそうだったのだろうか?ハンプはルイ・アームストロングと5年前に共演を果たし、そのレコードは発売されていたはずである。この時代ジャズ界最大のスターはルイであったことを考えれば、BG達がハンプを知らなかったとは思えない。自分のバンドに加えるかどうかは分からないとして、ルイのレコードでヴァイブラフォンというまだジャズ界ではあまり使われていない楽器を使いこなすプレイヤーに興味があったはずである。それで聴きに行ったのではないかと思うのだが実際はどうだったのだろう。
それにしても不思議なのはテディ・ウィルソンで、今回ハンプトンは後から現地で加わったのであるが、ウィルソンはツアーに帯同してハリウッドまで来ていたことになる。トリオ演奏のためだけに?そうなのである。このことは映画を見て分かった。映画にこんなシーンがある。ハンプトンと出会う前である。人々がダンスを踊る前でビッグ・バンドの脇でBG、ウィルソン、クルーパがトリオ演奏をするのである。それに対しボールルームのオーナーが怒るのである。「なぜあいつら(ビッグ・バンド)は演奏しない?11人分のギャラを払ってるんだぞ!」やはりそうだったのだ。しかしそれではバンドのピアニスト、ジェス・ステイシーの立場がないではないか!

「新たなる宝庫・黄金時代のベニー・グッドマン」 Nostalgia records CSM 890-891

<Contents> … 1936年8月24日 ハリウッドにて録音

record2.A面7ユー・ケイム・トゥ・マイ・レスキューYou came to my rescue

<Personnel> … テディ・ウィルソン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Teddy Wilson and his orchestra)

Piano & Band Leaderテディ・ウィルソンTeddy Wilson
Trumpetクリス・グリフィンChris Griffin
Clarinetベニー・グッドマンBenny Goodman
Tenor saxヴィド・ムッソVido Musso
Vibraphoneライオネル・ハンプトン
Guitarアラン・リュースAllan Reuss
Bassハリー・グッドマンHarry Goodman
Drumsジーン・クルーパGene Krupa

左のノスタルジー盤は、コロンビア・レコードに吹き込まれたBGのどちらと言えば埋もれた音源を再録した2枚組のレコード・セット。その中に8月21日と8月26日の間、8月24日の録音が収録されている。テディ・ウィルソンの名義の録音である。ヘレン・ウォードのヴォーカルが入る。解説の飯塚経世氏によれば、ヴィクターと専属契約していたBGは「ジョン・ジャクソン」、ウォードが「ヴェラ・レイン」の変名でレコードは出たという。録音にハンプトンも参加しているが急きょ決まったのであろう。
また飯塚氏は、1936年BGのハリウッド行はパラマウント映画「1937年の大放送」にバンドとともに出演するためだったとしている。グッド氏、野口氏の解説にこの映画出演のことは書いてあるがそれほど大きくは触れておらず、ましてやそのために来たとは…意外な記述である。

<Contents> … 1936年8月21日、26日 ハリウッドにて録音

CD4-9.ムーングロウMoonGlow8月21日
CD4-10.ダイナDinah8月26日
CD4-11.イグザクトリー・ライク・ユーExactly like you8月26日
CD4-12.ヴァイブラフォン・ブルースVibraphone blues8月26日

<Personnel> … ベニー・グッドマン・カルテット(Benny Goodman Quartet)

Clarinet & Band Leaderベニー・グッドマンBenny Goodman
Vibraphoneライオネル・ハンプトンLionel Hampton
Pianoテディ・ウィルソンTeddy Wilson
Drumsジーン・クルーパGene Krupa

CD4-9.「ムーングロウ」はカルテットで臨んだ最初のナンバーだという。ジャック・ティーガーデン、デューク・エリントンらも吹き込んでいる当時のヒット・ナンバー。ヴァイブラフォン特有の金属的なサステインの聴いた音がクールで洒脱な雰囲気を盛り上げている。ハンプのVbソロをフューチャーしている。野口久光氏は、元々ハンプが得意としていたナンバーだという。
CD4-10.「ダイナ」は、日本ではディック・ミネが歌ったナンバー。少しテンポを上げてここでもソロはBGとハンプが中心。
CD4-11.「イグザクトリー・ライク・ユー」は、ハンプのヴォーカル入り。この小粋なヴォーカルが聴きものとは野口氏。バックでブギー調のピアノを聴かせるテディのプレイが面白い。
CD4-12.「ヴァイブラフォン・ブルース」は、タイトル通りハンプをフューチャーしたブルース・ナンバー。これもハンプのヴォーカル入り。
8月26日のカルテット録音は今回のハリウッド巡業での最後の録音となった。

バンドはカリフォルニアでの公演を終了し、東部に向かった。最初の公演はアトランティック・シティ(ニュージャージー州 東海岸)の「スティール・ピア」だったという。その頃には珍しくバンドは飛行機で移動したという。そして「ピア」に到着すると、BGのバンドは当代の大バンドになっていたという。左はその時の写真であるが、確かに大入りである。
ピー・ウィーはロスアンゼルスに残るためにバンドを退団し、予定通りテナーのディック・クラークが抜けた。もう一人Tpがボーズからジギー・エルマンに交替している。これには少々エピソードがある。「ピア」のハウス・バンド、アレックス・バーサの楽団に一人の男がいた。彼はトロンボーン、バリトン・サックスも吹いたが二級品。しかしトランペットを吹くと一級品だった。BGは彼を気に入り、「こいつを我々のものにしちまおうぜ!」と言ったという。バンドにはボーズがいたが、彼はディキシーランドのプレイヤーでBGのバンドには合わなかった。BGはボーズの首を斬りジギーを入れたのである。
「スティール・ピア」出演の2週間後バンドはボストンのリッツ・カールトン・ホテルに出演した。「リッツ」は非常に効果で堅苦しく高価なホテルだった。しかし贅沢ではあったがホールは小じんまりとしていたという。それまでにビッグ・バンドは一度も出演したことはなかった。バンド・スタンドも狭かった。通常はルビー・ニューマンのバンドが出ていたが、当時”ビジネスマンのテンポ”と言われる演奏をしていた。「ここじゃ狭すぎるよ!」BGは言った。彼は1年前のルーズヴェルト・ホテルのいさかいを恐れたのだ。しかしオーナーのエド・ワイナーがBGの大ファンだったのだ。演奏が始まると彼はこう言ったという。「客のことなど気にするな。俺が聴きたいんだ。もっと、もっと大きな音でやってくれ!。」BGとワイナーは大の親友になったという。
バンドは9月末にニューヨークに戻り、10月1日ホテル・ペンシルヴァニアの「マドハッタン・ルーム」から公演を開始した。そしてニューヨークに戻っての最初の録音は10月7日に行われた。

<Contents> … 1936年10月7日 ニューヨークにて録音

CD4-13.ホエン・ア・レディ・ミーツ・ア・ジェントルマンWhen a lady meets a gentleman down south
CD4-14.ア・ソング・アンド・ア・ダンスA song and a dance
CD4-15.オルガン・グラインダー・スイングOrgan grinder’s swing
CD4-16.ピーター・パイパーPeter piper
CD4-17.リッツで騒げばRiffin’ at the Ritz
CD4-18.アレクサンダーズ・ラグタイム・バンドAlexander’s ragtime band

<Personnel> … ベニー・グッドマン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Benny Goodman and his orchestra)

1936年8月21日からの変更点
Trumpet … スターリング・ボーズ ⇒ ジギー・エルマン Ziggy Elman
Trumpet … ピー・ウィー・アーウィン ⇒ リューベン・“ゼケ”ザーキー Reuben “Zeke” Zarchey
Tenor sax … ディック・クラーク ⇒ Out

CD4-14.「ア・ソング・アンド・ア・ダンス」、CD4-16.「ピーター・パイパー」はヘレン・ウォードのヴォーカル入り。この辺りのヴォーカルははすっぱな感じがせず好きなんだがなぁ。
CD4-15.「オルガン・グラインダー・スイング」は、ジミー・ランスフォード楽団でもおなじみのスイング・ナンバー。後半部のリフなどいかにもこの時代である。
CD4-17.「リッツで騒げば」は、上記のエピソードから明らかなように、BGからリッツ・カールトン・ホテルへの感謝の挨拶である。なお、この曲でBGはクラリネットではなく、アルト・サックスを吹いているという。
CD4-18.「アレクサンダーズ・ラグタイム・バンド」はアーヴィング・バーリン作の著名ナンバー。拙HPではカサ・ロマ・オーケストラの録音を取り上げたことがある。ここでは典型的なフレッチャー・ヘンダーソンアレンジによる好演が聴かれる。

<Contents> … 1936年11月5日 ニューヨークにて録音

CD4-19.誰かが私を愛してるSomebody loves me
CD4-20.テイント・ノー・ユース'Taint no use
CD4-21.ビューグル・コール・ラグBugle call rag
CD5-1.ジャム・セッションJam session
CD5-2.グッドナイト・マイ・ラヴGoodnight my love
CD5-3.テイク・アナザー・ゲスOh , yes , take another guess
CD5-4.ディデュ・ミーン・イットDid Ja mean it (hope you did-‘cause so did !

<Personnel> … ベニー・グッドマン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Benny Goodman and his orchestra)

10月7日と同じ

このボックス・セットは本篇がCD12枚で4枚ずつ1ケースに入っている。この11月5日は一挙に7曲も吹き込まれたため、4曲目以降は次のケースのCD5枚目に移る。この日は歌手のヘレン・ウォードが休暇で留守だったと野口氏は穏便に書くが、モート・グッド氏は離婚手続きのため休暇を取っていたと書いている。
CD4-19.「誰かが私を愛してる」は、ジョージ・ガーシュイン作フレッチャー・ヘンダーソン編曲のスタンダード・ナンバー。
CD4-20.「テイント・ノー・ユース」は、歌手がいないため何と代役をBG自身が務めBG自身が歌っている。これは極めて珍しい。野口氏は美声とは言えないが、ダミ声のヴォーカルはジャズ・ヴォーカルとしてはなかなかイケると評している。オリジナルのSP盤のラベルには「遺憾ながらベニー・グッドマンが歌っています」という記載があったという。
CD4-21.「ビューグル・コール・ラグ」は8月21日に一度吹き込んでいるが、それは当時は発売されず録音し直しになっていたための再録音。
CD5-1.「ジャム・セッション」は、ジミー・マンディ作・編曲のナンバーで、ミディアム・アップ・テンポのスインギーなナンバー。
CD5-2.「グッドナイト・マイ・ラヴ」、CD5-3.「テイク・アナザー・ゲス」、CD5-4.「ディデュ・ミーン・イット」の3曲は、BGが親しかったチック・ウェッブ楽団の専属歌手だったエラ・フィッツジェラルドを借りてきてフューチャーした吹込み。レーベルには明記しなかったがレコードが出た途端エラの専属レコード会社デッカから猛抗議が来て、引っ込めざるを得なくなったというちょっとした事件となった。しかし少し出回ったSP盤はコレクターズ・アイテムとなっていた。しかしLP時代に入り、問題も時効となりLPには収録されたというナンバー。野口は、当時18歳のエラの歌のうまさに脱帽させられると書いている。
後に大歌手となるエラのごく初期の歌唱としても貴重である。

さて、8月にカルテット録音に参加したライオネル・ハンプトンは、その後自身のバンド共にロスアンゼルスに留まっていた。しかしBGは毎日のようにニューヨークからハンプのところへ電話かけてきた。ハンプは次のように回想する。「BGから電話だよと言われると誰かが自分をからかっているんだと思って、半分も電話に出なかった。」結局BGはハンプの妻グラディスを掴まえて、”キャメル・キャラヴァン”で一緒にやりたいので、ニューヨークに来て欲しいと彼女に告げた。ハンプは言う。「私は、本来ドラマーだし、ドラムを演奏したかった。ヴァイブじゃない。」BGは言った。「いいから来いよ。後でドラムをやらせるからさ。」ともあれハンプはニューヨークに向かった。
カルテットが組まれて録音ができるようになると、BGは一刻も無駄にしなかった。さっ足11月18日には録音に入るのである。

<Contents> … 1936年11月18日、12月2日 ニューヨークにて録音

CD5-5.スイート・スーSweet Sue11月18日
CD5-6.マイ・メランコリー・ベイビーMy Melancholy baby11月18日
CD5-7.タイガー・ラグTiger rag12月2日
CD5-8.サヴォイでストンプ テイク1Stompin' at the Savoy take112月2日
CD5-9.サヴォイでストンプ テイク2Stompin’at the Savoy take212月2日
CD5-10.ウィスパリングWhispering12月2日

<Personnel> … ベニー・グッドマン・カルテット(Benny Goodman Quartet)

8月21日と同じ

CD5-5.「スイート・スー」でソロを取るのは御大のBGとハンプトン。せっかく呼んだのだからという気遣いか。
CD5-6.「マイ・メランコリー・ベイビー」は現在でも歌われたり演奏されたりするスタンダード・ナンバー。ソロはBG、ウィルソン、ハンプと続く。
CD5-7.「タイガー・ラグ」はハンプを除いたトリオで演奏される。O.D.J.B.の時代からビックス等に愛奏されたナンバー。クループのドラムがフューチャーされる。
CD5-8、9「サヴォイでストンプ」は、オーケストラでも録音されており、2ヴァージョンを録音するというのはよほどBGのお気に入りだったと思われる。
CD5-10.「ウィスパリング」でハンプはソロは取るが、BG、ウィルソンのバックではほとんど叩いていない(後半のBGソロのバックでは叩いている)。

<Contents> … 1936年12月9日 ニューヨークにて録音

CD5-11.マギー、若き日の歌をWhen you and I were young Maggie
CD5-12.ジー・バット・ユアー・スウェルGee , but you’re swell
CD5-13.スモーク・ドリームズSmoke dreams
CD5-14.スイング・ロウ・スイート・チャリオットSwing low , sweet chariot

<Personnel> … ベニー・グッドマン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Benny Goodman and his orchestra)

1936年11月5日からの変更点
Trumpet … リューベン・“ゼケ”ザーキー ⇒ アーヴィング・グッドマン Irving Goodman

ザーキーに代わってBGの弟アーヴィングが入団した。ベニーはアーヴィングについて怒ってではなく、「奴は競争相手のバンドに入るために前のバンドを逃げ出してしまう」と言っていたという。兄のBGのバンドに入るためにチャーリー・バーネットの楽団を辞めてきたのである。
オーケストラにはハンプの名前がない。やはりウィルソン同様コンボ要員なのであろう。
CD5-12.「ジー・バット・ユアー・スウェル」、CD5-13.「スモーク・ドリームズ」は、ヘレン・ウォードのヴォーカル入り。ウォードがBGの楽団で歌うのはこれが最後である。理由は再び結婚するためだったという。約1か月離婚したばかりなのに…早!そう思って聴くと彼女のヴォーカルはとてもよく聴こえる。
CD5-11.「マギー、若き日の歌を」、CD5-14.「スイング・ロウ・スイート・チャリオット」はどちらも快演であるとは、野口氏。特にCD5-14はスピリチュアルの有名なナンバーであり、こういう曲を取り上げるのは珍しいと思う。確かにジミー・マンディのアレンジも素晴らしく軽快なスイング・ナンバーに仕立て上げている。

<Contents> … 1936年12月30日 ニューヨークにて録音

CD5-15.ヒー・エイント・ガット・リズムHe ain't got rhythm
CD5-16.ネヴァー・シュド・ハヴ・トールド・ユーNever should have told you
CD5-17.今年のキスThis year’s kisses
CD5-18.シー・カムズ・フロム・ディキシーYou can’t tell she comes from dixie

<Personnel> … ベニー・グッドマン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Benny Goodman and his orchestra)

1936年12月9日と同じ

そして1936年最後の録音は年も押し詰まった12月30日に行われている。
CD5-15.「ヒー・エイント・ガット・リズム」は、ヴォーカルにジミー・ラッシングを迎えているのが聴き処となっている。ベニー・モーテン楽団にいたはずのラッシングがどのような経緯で録音に参加したのかは、全く記載がない。
CD5-16.「ネヴァー・シュド・ハヴ・トールド・ユー」からの3曲は、女性ヴォーカル、マーガレット・マクレーが入る。彼女については殆ど資料がなく不明である。声質などはやはりウォードに近い感じがする。

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ジャズ・ディスク・ノート 2019年5月16日

第320回フレッチャー・ヘンダーソン 1936年

No.320 Fletcher Henderson 1936

ご覧いただきありがとうございます。引退オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。

「スタディ・イン・フラストレイション」CD3枚目

1934年末名門フレッチャー・ヘンダーソンの楽団はほとんど解散状態だったと伝えられる(油井正一氏ははっきり解散したと書いている)。そのためかレコーディングは1曲も行っていない。御大のヘンダーソンは、これまで触れてきたようにベニー・グッドマンにアレンジを提供したりとそれなりに音楽活動を続けていた。そんなヘンダーソンだったが1936年に入ると引き続きBGにアレンジ等の提供は続けながら、自らのバンドを率いてレコーディングに復活してきた。今回はそんなフレッチャー・ヘンダーソンの録音を聴いていこう

ディスコグラフィーによれば、ヘンダーソン楽団は1936年に19曲のレコーディングを行っている。
まず3月27日に4曲の録音が行われ、この内3曲がコロンビア系だったのであろう右上「A study in frustration」CD3に収録されている。
続いて4月9日に4曲、5月23日に5曲、8月4日に6曲吹込みが行われ、ヴィクター系だったのであろう、全曲右下「RCAジャズ栄光の遺産シリーズ 第9巻 ザ・ビッグ・バンド・エラ 第1集」に収録されている。
要はコロンビア系1曲を除いてこの年の録音は揃えることができるわけである。

ところが、左の第293−2回で紹介したCDセットでは、全19曲が揃うのである。左の2枚組CDセットは1934年からの録音を集めていて、その前の吹込みについては全く収録していない。まぁ後期ヘンダーソン楽団の録音集と考えれば、分かりやすい。ということで今回は曲順などは、左のCDの記載をもとにしていこうと思う。どうせヴィクターのボックスにはデータが欠如していて使えないし…。

<Personnel> … フレッチャー・ヘンダーソン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Fletcher Henderson and his Orchestra)

Band leader & Pianoフレッチャー・ヘンダーソンFletcher Henderson
Trumpetディック・ヴァンスDick Vanceロイ・エルドリッジRoy Eldridgeジョー・トーマスJoe Thomas
Tromboneエド・クッフィーEd Cuffeeフェルナンド・アルベロFernando Arbello
Clarinet & Alto saxバスター・ベイリーBuster Bailey
Alto saxスクープス・キャリーScoops Carry
Tenor saxエルマー・ウィリアムスElmer Williamsチュー・ベリーChu Berry
Pianoホレス・ヘンダーソンHorace Henderson
Guitarボブ・レッシーBob Lessy
Bassジョン・カービーJohn Kirby
Drumsシドニー・カットレットSidney Catlett

活動というのはレコーディングだけではないことは承知の上だが、他の資料を見ても約1年くらいはほぼ活動休止状態だったヘンダーソン楽団。吹込みを再開するということになって参加したメンバーは1934年最後の録音から大幅に変更を余儀なくされたのは仕方のないことであろう。ミュージシャンも仕事がない楽団にいたのでは、飯が食えないのである。1934年録音から引き続き名前が見えるのは、弟のホレスを除けばバスター・ベイリー(Cl、As)くらいである。

<Contents> … 1936年3月27日 ニューヨークにて録音

CD1-5.クリストファー・コロンブスChristopher Columbus
CD1-6.ビッグ・チーフ・ド・ソタBig chief de sota
CD1-7.ブルー・ルーBlue Lou
CD1-8.スティーリン・アップルズStealin’ apples
CD3-11.  Pはホレス

まず、Web版ディスコグラフィー、”FletcherHenderson_Classics”CDと「スタディ・イン・フラストレイション」CDのデータを見ると、録音日とパーソネルは同じであるが、レコーディングを行った場所が異なる。Web版=シカゴ、CD=ニューヨークとなっている。いつものことながら僕には決め手がないので、両方記載しておく。しかしヘンダーソンが関係していたBGのこの日前後の動向を考えるとシカゴが正しいように思える。
CDには詳しく記載がないが、Web版ディスコグラフィーによればピアノはフレッチャーが弾いたり弟のホレスが弾いたりしているようである。
CD1-5.「クリストファー・コロンブス」は、第318回で取り上げたようにテナーのチュー・ベリーがこのヘンダーソン楽団のために書いた曲。ベニー・グッドマンは1週間前の3月20日フレッチャー・ヘンダーソンのアレンジで録音している。その場所はシカゴであった。ところで”FletcherHenderson_Classics”では、アレンジは弟のホレスになっている。聴き比べても同じアレンジのように聴こえるが…。ただこういう音源は聴き比べると面白い。BGの方がテンポがわずかにゆったりしていてサウンドは洗練されている。フレッチャーの方はやはり少しばかり元気がよい。好みの問題ではあるが僕はフレッチャーの方が好みである。
CD1-6.「ビッグ・チーフ・ド・ソタ」もピアノはホレス。アレンジはTpのディック・ヴァンス。ヴァンスは後にアレンジャーとしても名を馳せることになる。
CD1-7.「ブルー・ルー」とCD1-8.「スティーリン・アップルズ」は、フレッチャーがピアノを担当している。オープンのTpとミュートのTpのソロが入るが、オープンの方がエルドリッジではないかと思うが自信はない。CD1-8.では、イントロで長いピアノ・ソロが聴かれる。続くテナー・ソロはチュー・ベリーであろう。そしてTp⇒Clと聴き応えのあるソロが続く。

<Contents> … 1936年4月9日 シカゴにて録音

CD1-9.アイム・ア・フール・フォー・ラヴィン・ユーI'm a fool for lovin’ you
CD1-10.ムーンライズ・オン・ザ・ロウランズMoonrise on the lowlands
CD1-11.アイル・オールウェイズ・ビー・イン・ラヴ・ウィズ・ユーI'll always be in love with you
CD1-12.ジャングル・ナーヴスJungle nerves

<Personnel> … フレッチャー・ヘンダーソン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Fletcher Henderson and his Orchestra)

3月27日との変わった点
Alto sax … スクープス・キャリー ⇒ オマー・シメオン Omer Simeon
Bass … ジョン・カービー ⇒  イスラエル・クロスビー Israel Crosby

CD1-9.「アイム・ア・フール・フォー・ラヴィン・ユー」は、アレンジはディック・ヴァンスでピアノはホレスだという。アンサンブルが見事な作品。
CD1-10.「ムーンライズ・オン・ザ・ロウランズ」もアレンジはディック・ヴァンスでピアノはホレス。チューのテナー・ソロがいい感じだ。
CD1-11.「アイル・オールウェイズ・ビー・イン・ラヴ・ウィズ・ユー」はアレンジ、ピアノともにフレッチャーだという。
CD1-12.「ジャングル・ナーヴス」。アレンジはロジャー・ムーア、ピアノはホレスという。ロジャー・ムーアと言っても「007」を演じた俳優さんではない。出だしのチューのソロが良い。

<Contents> … 1936年5月23日 シカゴにて録音

CD1-13.ホエア・ゼアズ・ユー・ゼアズ・ミーWhere there's you there's me
CD1-14.ドゥ・ユー・オア・ドント・ユー・ラヴ・ミーDo you or don’t you love me ?
CD1-15.グランド・テラス・リズムGrand terrace rhythm
CD1-16.リフィンRiffin’
CD1-17.マリー・ハッド・ア・リトル・ラムMary had a little lamb

<Personnel> … フレッチャー・ヘンダーソン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Fletcher Henderson and his Orchestra)

4月9日との変わった点
Alto sax … オマー・シメオン ⇒ ジェローム・パスクォールJerome Pasquall

CD1-13.「ホエア・ゼアズ・ユー・ゼアズ・ミー」、CD1-14.「ドゥ・ユー・オア・ドント・ユー・ラヴ・ミー」は、ホレスのアレンジで、テディ・ルイスという人のヴォーカルが入る。テディ・ルイスについて、「RCAジャズ栄光の遺産シリーズ 第9巻 ザ・ビッグ・バンド・エラ 第1集」解説の油井正一氏は、「テッド・ルイスとは別人」とわざわざ書いている。テッド・ルイスは若き日のBGが真似ていたクラリネット吹きである。しかしググってみても「テディ・ルイス」という人物は出てこない。ただ「テッド・ルイス」どうもエンターテイナーは出てくるし、どうもこれではないかとは思うが油井先生が違うというのだから違うのだろう。日本では、「テディ」と「テッド」で区別しているが、アメリカではどちらも同じなので、この人物はテッド・ルイス(シンガー)でいいような気もするが自信がないのでこれくらいにしよう。
CD1-15.「グランド・テラス・リズム」はフレッチャーのアレンジ。エルドリッジのソロ以外はブラスとホーンのリフをフューチャーした作品。
CD1-16.「リフィン」は、油井正一氏の解説では作ったのはホレスで、アレンジはフレッチャーとなっているが、CDにはアレンジホレスと出ている。これもピアノとエルドリッジのソロのみでアンサンブルを中心とした作品。
CD1-17.「マリー・ハッド・ア・リトル・ラム」。ここでのヴォーカルはディック・ヴァンスで、彼はアレンジも担当している。チュー・ベリーのソロが良い。

「RCAジャズ栄光の遺産シリーズ 第9巻 ザ・ビッグ・バンド・エラ 第1集」2枚目A面ラベル

<Contents> … 1936年8月4日 シカゴにて録音

CD1-18.シュー・シャイン・ボーイShoe-shine boy
CD1-19.シング・シング・シングSing , sing , sing
CD1-20.アンティル・トゥデイUntil today
CD1-21.ノック・ノック・フーズ・ゼアKnock , knock , who’s there ?
CD1-22.ジムタウン・ブルースJimtown blues
CD1-24.ユー・キャン・ディペンド・オン・ミーYou can depend on me

<Personnel> … フレッチャー・ヘンダーソン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Fletcher Henderson and his Orchestra)

5月23日と同じ。

CD1-18.「シュー・シャイン・ボーイ」は、L.J.ラッセルのアレンジ。ヴォーカルはロイ・エルドリッジ。シュー・シャイン・ボーイとは靴磨きの少年のこと。それにしてもエルドリッジは歌もうまいものだ。ここでもチューのTsは短いがいい感じのソロを取っている。
CD1-19.「シング・シング・シング」はルイ・プリマの作でホレスのアレンジ。最初の発売は1936年2月というから相当早いカヴァーである。ヴォーカルはジョージアボーイ・シンプキンス。後のBG楽団で大ヒットする。ここでもチューのテナーがいい。
CD1-20.「アンティル・トゥデイ」はホレスのアレンジ。エルマー・ウィリアムズのテナーが聴こえるほかはアンサンブルで聴かせるナンバー。
CD1-21.「ノック・ノック・フーズ・ゼア」はディック・ヴァンスのアレンジ。ヴォーカルの掛け合いが聴かれる。これはエルドリッジとトロンボーンのエド・クッフィー。
CD1-22.「ジムタウン・ブルース」アレンジを油井氏はホレス、CD解説ではフレッチャーとしている。
CD1-24.「ユー・キャン・ディペンド・オン・ミー」はフレッチャーのアレンジ。ヴォーカルはディック・ヴァンスである。

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