ジャズ・ディスク・ノート 2019年7月11日

第340回 ベニー・グッドマン入門20 1937年 その2

No.340 Benny Goodman 1937 Vol.2

ご覧いただきありがとうございます。引退オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。

1937年8月から新しい歌手が加わることになる。マーサ・ティルトンである。彼女は、マイヤー・アレクサンダー合唱団の一員として8月第2週と3週に<キャメル・キャラヴァン>の放送に参加した。BGはグループの一員としてしか聞いたことがなかったが、彼女の声が気に入ってオーディションを受けないかと誘い、大いに満足して彼女と契約した。左は1937年BGバンドで歌うティルトン。

「コンプリート・ベニー・グッドマン」(BMGヴィクター BVCJ-7030)CD-5

<Contents> … 1937年9月6日 ハリウッドにて録音

CD7-2.ボブ・ホワイトBob White
CD7-3.シュガーフット・ストンプ(テイク1)Sugarfoot stomp (take 1)
CD7-4.シュガーフット・ストンプ(テイク2)Sugarfoot stomp (take 2)
CD7-5.捧ぐるは愛のみI can't give you anything but love , baby
CD7-6.ミニー・ザ・ムーチャーズ・ウエディング・デイMinnie the moocher’s wedding day

<Personnel> … ベニー・グッドマン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Benny Goodman and his orchestra)

Clarinet & Band Leaderベニー・グッドマンBenny Goodman
Trumpetハリー・ジェイムスHarry Jamesクリス・グリフィンChris Griffinジギー・エルマンZiggy Elman
Tromboneレッド・バラードRed Ballardマレイ・マッキーチャーンMurray McEachern
Alto saxハイミー・シャーツァーHymie Shertzerジョージ・ケーニヒGeorge Koenig
Tenor saxアート・ロリーニArt Rolliniヴィド・ムッソVido Musso
Pianoジェス・ステイシーJess Stacy
Guitarアラン・リュースAllan Reuss
Bassハリー・グッドマンHarry Goodman
Drumsジーン・クルーパGene Krupa
Vocalマーサ・ティルトンMartha Tilton

1937年7月7日からの変更点:Vocal … ベティ・ヴァン ⇒ マーサ・ティルトン Martha Tilton

CD7-2.「ボブ・ホワイト」
歌手にマーサ・ティルトンを迎えての初レコーディング。
この後3曲はフレッチャー・ヘンダーソン編曲による胸のすくようなビッグ・バンド・ジャズとは野口氏の解説。
CD7-3、4「シュガーフット・ストンプ」は、2代目ジャズ王キング・オリヴァーとルイ・アームストロングの合作で「ディッパーマウス・ブルース」と知られるナンバー。ヘンダーソン自身の吹込みも名演の誉れが高い。ここではBGは若々しいパワーとパワーとよりスマートな演奏でヘンダーソンの録音にも引けを取らぬ魅力ある演奏となっている。BGの短いソロの後に続く3コーラスに及ぶハリー・ジェイムスのソロは彼のベスト・プレイに上げられるもの。ジェイムスはK・オリヴァー、サッチモという伝説の2大トランぺッターに挑んだ形である。テイク1が初登場の録音。
CD7-5.「捧ぐるは愛のみ」は、1928年のレヴュー「ブラックバーズ」のために書かれた大ヒット曲。これまでもルイ・アームストロングなどの録音を取り上げてきた。ティルトンが新人とは思えぬうまさを見せる。
CD7-6.「ミニー・ザ・ムーチャーズ・ウエディング・デイ」は、コットン・クラブに出演していたキャブ・キャロウェイのためにハロルド・アーレンが、キャブの大ヒット曲「ミニー・ザ・ムーチャー」の続編として書いたもの。

BGとそのバンドは9月6日の録音を終えるとハリウッドを発ち、3日後の9月9日にはテキサス州北部に位置するダラス博覧会のパン・アメリカン・カジノでオープニングの演奏を行った。もちろんテディ・ウィルソンとライオネル・ハンプトンも同行した。そしてトラブルが起きた。人種差別をせぬBGのバンドが、ディープ・サウスで演奏する際の最初のトラブルとなった。演奏聴いて感激したお客の一人が、ライオネル・ハンプトンにシャンパンを届ける手配をし、ウエイターが楽屋に届けようとしたところ、警官がそのトレイに拳を降り下ろし、シャンパン、グラス、氷などが叩き落されたのだ。
ディープ・サウスで起きる人種差別問題、これはもちろんBGバンドだけの話ではない。ビリー・ホリディを加えたアーティー・ショウ、黒人バンドのデューク・エリントン全て黒人が在団しているバンドはこの問題に悩まされている。昨年度アカデミー賞作品賞などを受賞した『グリーン・ブック』もこういった問題を取り上げた作品だった。この問題については改めて取り上げることになるだろうが、ここは次に進むことにする。

<Contents> … 1937年10月22日 ニューヨークにて録音

CD7-7.レッスン・トゥ・ユーLet that be a lesson to you
CD7-8.オールド・ハート・ニュー・トリックCan’t teach my old heart new trick
CD7-9.望みを抱いてI've hitched my wagon to a star
CD7-10.ポプコーン・マンPop corn man


<Personnel> … ベニー・グッドマン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Benny Goodman and his orchestra)

9月6日と同じ。前曲ティルトンのヴォーカル入り。

この日の録音は、映画「聖林ホテル」の主題歌3曲とポップ・ナンバーの「ポプコーン・マン」が録音された。しかし実際に映画に使われたのは、前回取り上げた「シング・シング・シング」と「アイ・ガット・リズム」を下敷きにしたカルテット演奏の”I've got a heartful music”(CD未収録)、オープニングの「フーレー・フォー・ハリウッド」(CD未収録)とCD7-7.「レッスン・トゥ・ユー」であった。ヴォーカル前はジェイムス、ヴォーカル後はBGがソロを取る。
CD7-8.「オールド・ハート・ニュー・トリック」は、映画の完成版からは外された。ミディアム・スローのメロウなナンバー。
CD7-9.「望みを抱いて」も映画では使われず、主役のディック・パウエルが映画とは別の処で歌っているという。
CD7-10.「ポプコーン・マン」は、今もって理由は分からないが、発売と同時くらいに発売中止となり、長年幻のレコードとされていたという。

<Contents> … 1937年10月29日 ニューヨークにて録音

CD7-11.いつか何処かでWhere or when
CD7-12.月光のシルエットSilhouetted in the moonlight
CD7-13.ヴィエニ・ヴィエニVieni , Vieni

<Personnel> … ベニー・グッドマン・トリオ・アンド・カルテット (Benny Goodman Trio and Quartet)

8月2日と同じ。

この日はカルテットとトリオの演奏が録音された。 CD7-11.「いつか何処かで」。野口氏はこの録音ではこのバラッド演奏がベスト・トラックという。BGのClがほのぼのとした雰囲気を醸し出し、ウィルソンのエモーショナルなソロと聴き応えがある作品。
CD7-12.「月光のシルエット」は「聖林ホテル」の主題歌で、映画ではローズマリー・レインが歌っていたナンバーという。ここでは勿論ティルトンが歌っている。BGトリオのナンバーでヴォーカルが入るのは珍しいパターンだと思う。
CD7-13.「ヴィエニ・ヴィエニ」は、元はティノ・ロッシが歌ってヒットしたシャンソンだという。

<Contents> … 1937年11月12日 ニューヨークにて録音

CD7-14.君は奪いぬわが心をYou took the words right out of my heart
CD7-15.ザット・ムーン・イズ・ヒア・アゲインMama , that moon is here again
CD7-16.ロック・ロモンドLoch Lomond
CD7-17.キャメル・ホップCamel hop
CD7-18.真実の告白True confession
CD7-19.ライフかパーティーへ(テイク2)Life goes to a party (take2)

<Personnel> … ベニー・グッドマン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Benny Goodman and his orchestra)

10月22日と同じ。

CD7-14.「君は奪いぬわが心を」とCD7-15.「ザット・ムーン・イズ・ヒア・アゲイン」は、パラマウント映画「百万ドル大放送」の主題歌という。ともにティルトンのヴォーカル入り。
CD7-16.「ロック・ロモンド」は、この曲を歌ってニュー・スターとなったマキシン・サリヴァンの出世作。元はスコットランドの民謡だというが、確かにそのようなメロディー・ラインである。アレンジはクロウド・ソーンヒル。
CD7-17.「キャメル・ホップ」は、前回取り上げた「ロール・エム」同様メリー・ルー・ウィリアムスの作。なかなかの好演で、各人のソロも好調だ。
CD7-18.「真実の告白」もティルトンのヴォーカル入り。”unissued”とあるので、SP盤では出ていなかったのだろう。
CD7-19.「ライフかパーティーへ」は、BG楽団の写真と記事が”Life”誌の”Life goes to a party”というレギュラー連載コラムに取り上げられたことを記念してBGとハリー・ジェイムスが合作したもので、アレンジはジェイムスのスインギーなナンバー。

<Contents> … 1937年12月2,3日 ニューヨークにて録音

CD7-20.張り切りおやじ(テイク1)I’m a ding dong daddy(take1)12月2日
CD7-21.張り切りおやじ(テイク2)I’m a ding dong daddy(take2)12月2日
CD8-1.イッツ・ワンダフルIt’s wonderful12月2日
CD8-2.サンクス・フォー・ザ・メモリーThanks for the memory12月2日
CD8-3.ライフかパーティーへ(テイク3)Life goes to a party (take3)12月2日
CD8-4.夢がかなったらIf dreams come true12月3日
CD8-5.アイム・ライク・ア・フィッシュ・アウト・オブ・ウォーターI'm like a fish out of water12月3日
CD8-6.スイート・ストレンジャーSweet stranger12月3日

<Personnel> … ベニー・グッドマン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Benny Goodman and his orchestra)

11月12日と変更点。
Trombone … マレイ・マッキーチャーン ⇒ ヴァ―ノン・ブラウン Vernon Brown

CD7-20、21「張り切りおやじ」。この日の録音は、カルテット演奏から行われた。オーケストラと同日に録音を行うのは初めてではないか?曲は1930年にフィル・バクスターが書いたノヴェルティー曲という。ルイ・アームストロングも録音している。カルテットとしてかなり速いテンポの曲。テイク1、2共にSP盤で出ていたという。
CD8-1.「イッツ・ワンダフル」は、ジャズ・ヴァイオリンの名手スタッフ・スミスの作。ティルトンの歌入り。
CD8-2.「サンクス・フォー・ザ・メモリー」は、パラマウント映画「百万ドル大放送」の中で、ボブ・ホープが歌い、その年のアカデミー賞主題歌賞を取った曲という。僕はミルドレッド・ベイリーの歌ったものが好きだなぁ。ティルトンはまだ少し硬い感じがする。
CD8-3.「ライフかパーティーへ(テイク3)」は、11月12日録音の別テイク。どちらも甲乙つけがたい好演。
CD8-4.「夢がかなったら」は、エドガー・サンプソンの作・編曲。
CD8-5.「アイム・ライク・ア・フィッシュ・アウト・オブ・ウォーター」は、映画「聖林ホテル」で主演のディック・パウエルが歌っていたナンバー。CD8-6.「スイート・ストレンジャー」と共にオクラになっていたもの。

<Contents> … 1937年12月21,29日 ニューヨークにて録音

CD8-7.素敵なあなた(パート1)Bei mir bist du schon (part1)12月21日
CD8-8.素敵なあなた(パート2)Bei mir bist du schon (part2)12月29日

<Personnel> … ベニー・グッドマン・カルテット (Benny Goodman Quartet)

10月29日と同じ。

2日に分けて「素敵なあなた」の録音が行われた。この曲はドイツ語っぽいタイトルが付いているが、ユダヤ人の作詞、作曲家の手によるミュージカルの中の1曲で、ヘブライ民族色の漂う曲である。どちらもティルトンの歌入り。12月21日4人のスターとティルトンで1曲しか録音できなかったという書き方をモート氏はしている。そして8日後にTpのジギー・エルマンが呼ばれ録音に加わった。これが大正解でユダヤ人のエルマンは、明るさの中にも憂いのある印象的なプレイはいつまでも消えることのない特別な味わいをこの曲に与えた。先にアンドリュー・シスターズのレコードが出てヒットしていたが、SP盤両面にテイク1,2を収録したBGのレコードもヒットした。

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ジャズ・ディスク・ノート 2019年7月5日 7月11日追記

第339回 ベニー・グッドマン入門19 1937年 その1

No.339 Benny Goodman 1937 Vol.1

ご覧いただきありがとうございます。定年オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。

「コンプリート・ベニー・グッドマン」CDボックス解説のモート・グッド氏は、1937年のタイトルを「成功の甘き高まり(Sweet swell of success)」とし、1936年までのようにいわゆる『大不況』には触れていない。『大不況』の終息が実感されつつあったのだろう。
因みに僕は、この1937年こそBGの絶頂期ではないかと思っている。といっても初レコーディングから順番に聴いてきているので、この後の録音を聴いてどう思うかは分からないが…。とにかくこの年のBG及びそのバンドはイケていたと思う。メンバーもほぼ固定され、グループ・サウンズ即ちグループとしての音ならぬオーケストラ・サウンズが抜群だったと思う。
1937年のレコーディング・セッションは1月14日からスタートした。パーソネルを見ると変更があったのが、Tpに弟のアーヴィングに代わって、ハリー・ジェイムスが加わり、ヴォーカルがマーガレット・マクレーに代わって、フランセス・ハントが加入した。ここで重要なのは、ハリー・ジェイムスの加入である。
ハリー・ジェイムスはBGがニューヨークのペンシルヴェニア・ホテルの「マドハッタン・ルーム」に出演中の1937年1月5日か6日に加入した。このジェイムスが加わってのブラス・セクションはやがて「鮮烈なブラス」と呼ばれることになる。
ジェイムスの引き抜きに当たっては、やはりジョン・ハモンド氏が1枚加わっていた。ハモンド氏によれば、そもそもジェイムスを発見したのはBGの兄ハリー・グッドマンだったという。ハリー・ジェイムスはカリフォルニアの「ザ・ストリップ」に出ていたベン・ポラックのスモール・コンボにいる時だったというから、1936年に西海岸巡業していた時だったのだろう。そしてジェイムスはそこを辞めようとしていたという。そこからの話の時系列がよく分からないのだが、モ−ト・グッド氏の書くこの辺の事情をまとめると、場所は突然ニューヨークに移る。
ハモンド氏は、ハリー・ジェイムスがどれほどいいプレイヤーか知りたかったので、彼を「モンローズ・アップタウン・ハウス」に連れて行った。この店は20年代は「バロンズ・エクスクラシヴ・クラブ」という名で営業しており、デューク・エリントンがニューヨークデビューを飾った店だった。ハリーはとても自惚れの強い男で、誰でも来いと身構えていたというから、Tpバトルを仕掛けたのだろう。ハモンド氏が選んだ<刺客>はバック・クレイトンとロイ・エルドリッジだったというから恐ろしいメンツである。そこでハリーは、クレイトン、エルドリッジに勝るということではなかったがなかなかいいプレイをしたという。
ジギー、グリフィンにハリーが加わったTpセクションはこれまでのどのビッグ・バンドにも負けぬほど強力になったという。

「コンプリート・ベニー・グッドマン」(BMGヴィクター BVCJ-7030)CD-5

<Contents> … 1937年1月14日 ニューヨークにて録音

CD5-19.グッドナイト・マイ・ラヴGoodnight my love
CD5-20.幸福になりたいI want to be happy
CD5-21.クロエChloe
CD6-1.ロゼッタRosetta

<Personnel> … ベニー・グッドマン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Benny Goodman and his orchestra)

Clarinet & Band Leaderベニー・グッドマンBenny Goodman
Trumpetハリー・ジェイムスHarry Jamesクリス・グリフィンChris Griffinジギー・エルマンZiggy Elman
Tromboneレッド・バラードRed Ballardマレイ・マッキーチャーンMurray McEachern
Alto saxハイミー・シャーツァーHymie Shertzerビル・ドペゥBill DePew
Tenor saxアート・ロリーニArt Rolliniヴィド・ムッソVido Musso
Pianoジェス・ステイシーJess Stacy
Guitarアラン・リュースAllan Reuss
Bassハリー・グッドマンHarry Goodman
Drumsジーン・クルーパGene Krupa
Vocalフランセス・ハントFrances Hunt

1936年12月30日からの変更点
Trumpet … アーヴィング・グッドマン ⇒ ハリー・ジェイムス Harry James
Vocal … マーガレット・マクレー ⇒ フランセス・ハント Frances Hunt

CD5-19.「グッドナイト・マイ・ラヴ」は、前年11月エラ・フィッツジェラルドが歌ったことで専属のデッカから猛抗議を受け引っ込めた曲を歌手をフランセス・ハントに代えて再吹込みしたもの。声はいかにも白人の声でなかなか良いではないのと思うが、この後退団しこれが唯一のBG楽団での吹込みとなった。
CD5-20.「幸福になりたい」以下の3曲はフレッチャー・ヘンダーソンのアレンジでいずれも甲乙つけがたい好演で、野口久光氏は戦前SP盤で愛聴したナンバーであるという。
CDを代えて1曲目CD6-1.「ロゼッタ」は、アール・ハインズの傑作で、ファッツ・ウォーなど多くのミュージシャンがカヴァーしている。ここではアップテンポに乗ったスイング感が快適だ。クルーパのブラシ・ワークも巧みである。

<Contents> … 1937年2月3日 ニューヨークにて録音

CD6-2.美わしのアイダIda , sweet as apple cider
CD6-3.二人でお茶をTea for two
CD6-4.ランニン・ワイルドRunnin' wild

<Personnel> … ベニー・グッドマン・カルテット (Benny Goodman Quartet)

Clarinet & Band Leaderベニー・グッドマンBenny Goodman
Vibraphoneライオネル・ハンプトンLionel Hampton
Pianoテディ・ウィルソンTeddy Wilson
Drumsジーン・クルーパGene Krupa

1936年12月2日と同じメンバー

この年最初のカルテットでの録音。
CD6-2.「美わしのアイダ」は、20世紀初頭のポピュラー・ソングで、リラックスしたミディアム・スロウの演奏の中ハンプトンのソロの時だけテンポを速め変化をつけている。SP盤としてはぎりぎりの3分43秒と長尺の演奏である。
CD6-3.「二人でお茶を」は、現代でもよく奏されるスタンダード・ナンバー。リラックス感あふれる素晴らしい演奏である。
CD6-4.「ランニン・ワイルド」。ジーン・クルーパは、BGのために行ったスタジオ録音の中では自分のベストであると述べている作品。確かに素晴らしいブラシ・ワークである。

この録音の1か月後の3月3日、大事件が起こる。BGはニューヨークのパラマウント劇場に出演した。その出演する日朝10時には4,400人もの人々が切符売り場に行列をなしていたのである。バンドがステージに上がる頃には、客席はヒステリー状態で殆ど暴動に近かったという。バンド出演は当初の予定を1週間延ばし3週間にした。しかしこの状態が3週間繰り返し繰り広げられたのである。
BG自身はこんな騒ぎになることは予想していなかった。映画館のアトラクションということで気楽に引き受けた仕事だったという。しかし映画を見る料金35セントで、当時最もイケていた最高のバンドを聴けるとあって、料金の高いコンサートやホテルのボールルームにいけない若者たちが殺到したのだった。この騒ぎがニュースになり、BGのバンドは否が応にも声望が高まるのである。

7月11日追記

”Giants of jazz / Benny Goodman” TIME-LIFE

<Contents> … 1937年3月25日 ニューヨークにて録音

2枚目A-5ダウン・サウス・キャンプ・ミーティンDown south camp meetin'

<Personnel> … ベニー・グッドマン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Benny Goodman and his orchestra)

1月14日と同じ。

ヴィクターのCDが全曲集というので油断してしまった。1937年録音の曲が他にもあった。ホテル・ペンシルヴァニアにある「マドハッタン・ルーム」からのラジオ放送の録音だそうである。一糸乱れぬアンサンブルの実に見事な演奏である。

次のレコーディングまで時間が空くが、BGバンドはボールルーム出演やコンサート活動、ラジオ放送出演などで多忙だった。
その中で後々にまで語り草となったのが、右の告知のチック・ウェッブの楽団とのサヴォイでのバンド対決である。
BGとそのバンドはニュー・イングランドへのツアーを終えて、サヴォイ・ボールルームでチック・ウェッブのバンドと顔を合わせることになった。以前拙HPでも書いたが、チック・ウェッブといえば合戦狂と言われ、バンド合戦で負けたことがないと言われる猛者である。しかしてその結果は…?
結果はどこにも書いていない。ただかなり激しい戦いが繰り広げられたことは間違いないようだ。同じ楽器のジーン・クルーパはこう回想している。「サヴォイでベニーのバンドとバトルをしていた時のことだった。チックが私に攻撃を仕掛けてきたが、なかなか良かった。その時私が何て言ったか、『俺はベターな男に負けたことはないぜ!』と。」これを英語で言うと、というか元々は英語なのだが、”I was never cut by a better man”といったという。つまりチック・ウェッブは”A better man”(なかなかやる奴)だが、俺は”The best man”だ、ということなのだろうか?
しかしTIME-LIFE刊行”Giants of jazz / Benny Goodman”のジョージ・T・サイモン氏は次のように述べている。
”Before an overflowing house the rivals blasted each other for four hours.Drummer Webb's outfit won by acclamation , Gene Krupa conceding cheerfully."I was never cut by a better man"”
どう訳せばいいのだろうか?英語辞書を片手にトライしてみる。
「館内が溢れかえる前に、ライバル達はそれぞれ4時間もの間爆発的な演奏を続けていた。ドラマー、チック・ウェッブの楽団が大喝采により勝利し、ジーン・クルーパは認めて明るく言った、『俺はベターな男に負けたことはないぜ!』と。」
訳は合っているだろうか?この訳が正しければ、クルーパはこう言ったことになる、『俺はなかなかやる奴には負けたことはないんだが…。(チックは「なかなか」以上の奴だから』どうだろう?誰か教えてくださ〜い!
バンドは、ワン・ナイト興行やホテルでの興行が次々に続いた。ボストンの<スタトラー>、アトランティック・シティの<スティール・ピア>、フィラデルフィアの<スタンリー劇場>などに出演し、6月にはカリフォルニアへ赴き<パロマ―>へ3回目の出演を果たす。<パロマ―>に出演中に映画「聖林ホテル」への出演した。
さて質問です。特に若い方へ。「聖林」は何て読むでしょうか?答えは「ハリウッド」です。なぜ「ハリウッド」が「聖林」かというと、以前日本では英語を漢字で書いた時代がありました。アメリカを「米国」というのと同じです。「米国」は「亜米利加」の「米」を取ったものです。”Hollywood”は本来”Holly”=「ヒイラギ」+”Wood”=「森」で「ヒイラギの森」なのですが、ハリウッドのスペルを”Holywood”、”Holy”=「聖なる」と勘違いして、「ハリウッド」=「聖林」となったそうです。余談はともかくバンドは7月6日と7日にスタジオに入る。

<Contents> … 1937年7月 ハリウッドにて録音

CD6-5.ペッキンPeckin’7月6日
CD6-6.キャント・ウィー・ビー・フレンズ(テイク1)Can’t we be friends ?(take1)7月6日
CD6-7.キャント・ウィー・ビー・フレンズ(テイク2)Can’t we be friends ?(take2)7月6日
CD6-8.シング・シング・シング・パート1&2(テイク1)Sing , sing , sing parts1&2 (take1)7月6日
CD6-9.シング・シング・シング・パート1&2(テイク2)Sing , sing , sing parts1&2 (take2)7月6日
CD6-10.ロール・エムRoll ‘em7月7日
CD6-11.南部の夕暮れ(テイク1)When it’s sleepytime down south(take1)7月7日
CD6-12.南部の夕暮れ(テイク2)When it’s sleepytime down south(take2)7月7日
CD6-13.夢見るつらさAfraid to dream7月7日
CD6-14.チェンジス(テイク1)Changes(take1)7月7日
CD6-15.チェンジス(テイク2)Changes(take2)7月7日

<Personnel> … ベニー・グッドマン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Benny Goodman and his orchestra)

1937年1月14日からの変更点
Alto sax … ビル・ドペ ⇒ ジョージ・ケーニヒ George Koenig

CD6-5.「ペッキン」はTpのハリー・ジェイムスと彼が元いたバンド、ベン・ポラックの共作。野口久光氏は、エリントンの”ロッキン・イン・リズム”を基にしたようだと述べている。アレンジもハリー。スインギーでなかなかイケてるナンバー。ハリーのTpもよく歌っている。
CD6-6、7「キャント・ウィー・ビー・フレンズ」は、フレッチャー・ヘンダーソンのアレンジが素晴らしいと野口氏も絶賛している。テイク1、2共にSP盤で売られていたという。
CD6-8、9「シング・シング・シング・パート1&2」はご存知BG楽団最大のヒット曲、日本でも「スイング・ガールズ」でお馴染みのナンバー。元は前年1936年に白人Tp奏者ルイ・プリマが自作自演したノヴェルティ風のポップ・チューンだったというが、ジミー・マンディはDsのジーン・クルーパを大胆にフューチャーしたアレンジを行った。僕などはまず出だしのミュートを活かしたエリントン風のジャングル・スタイルがキャッチ―だと思う。
野口氏は、「ドラムを軸にしたブラッシーなアンサンブルにソロ・スペースを作り、BG(Cl)、ムッソ(Ts)、ジェイムス(Tp)のソロが山を作る構成も上手いとする。テイク1、2ともSP盤両面を使う大作で、従来発売されていたのはテイク2の方だという。
CD6-10.「ロール・エム」は、カンサス州で活躍し売り出したアンディー・カークのバンドのピアニスト兼作編曲の女性、メリー・ルー・ウィリアムスの作品。カンサス風のリフ・ナンバーというがアンサンブルなどブギー・ウギーである。珍しくジェス・ステイシーの知的なピアノが効きもの。
CD6-11、12「南部の夕暮れ」は、ルイ・アームストロングのオープニング・テーマとしてあまりにも有名な曲という。ヘンダーソンらしい味わいのある編曲が光る。SP盤ではテイク2が発売されていた。
CD6-13.「夢見るつらさ」は、20世紀フォックスの映画”You can't have everything”の主題歌という。フランシス・ハントの代わりに入った新人ベティ・ヴァンがヴォーカルを取っている。
CD6-14、15「チェンジス」。これもヘンダーソンらしい編曲が効いている。

7月11日追記

”Giants of jazz / Benny Goodman” TIME-LIFE

<Contents> … 1937年7月6日 ハリウッド録音

2枚目A-6ビューグル・コール・ラグBugle call rag

<Personnel> … ベニー・グッドマン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Benny Goodman and his orchestra)

この日はヴィクターに正規録音が行われている。なぜこのような録音ができたのかというと英語がよく分からないが、”キャメル・キャラヴァン・ラジオ・ショウ”の公開録音だったようである。ライヴらしいエキサイティングな演奏だが、実によくまとまっている。当時の一流バンドで人気が高かったのも頷ける。

<Contents> … 1937年7月、8月 ハリウッドにて録音

CD6-16.アヴァロン(テイク1)Avalon(take1)7月30日
CD6-17.アヴァロン(テイク2)Avalon(take2)7月30日
CD6-18.ハンドフル・オブ・キーズ(テイク1)Handful of keys(take1)7月30日
CD6-19.ハンドフル・オブ・キーズ(テイク2)Handful of keys(take2)7月30日
CD6-20.私の彼氏The man I love7月30日
CD6-21.スマイルズSmiles8月2日
CD7-1.ライザLiza8月2日

<Personnel> … ベニー・グッドマン・カルテット (Benny Goodman Quartet)

1937年2月3日と同じメンバー

CD6-16、17「アヴァロン」は、カルテットの十八番となった曲で、テイク1は未発表だったもの。
CD6-18、19「ハンドフル・オブ・キーズ」は、ファッツ・ウォーラーの作。アップ・テンポで演奏される。
CD6-20.「私の彼氏」は、ガーシュインの作で現在もよく歌われ、演奏されるスタンダード・ナンバー。全員しっとりしたソロを取っている。メランコリーなナンバーである。。
CD6-21.「スマイルズ」は、第1次大戦頃のアメリカのヒット曲だという。
CD7-1.「ライザ」もガーシュインの作で現在もよく歌われ、演奏されるスタンダード・ナンバー。

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ジャズ・ディスク・ノート 2019年6月30日

第338回 1936年のブルース&ブギー・ウギー その2
ロバート・ジョンソン

No.337 Blues&Boogie in 1936 vol.2

ご覧いただきありがとうございます。定年オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。

前回、といっても昨日ですが、僕の持っているブルースとブギ・ウギ―の1936年の音源を日付順に取り上げました。しかし重要な人物、録音を取り上げていません。そうです、ロバート・ジョンソンです。

「ロバート・ジョンソン・コンプリート・レコーディングス」CD・ボックス

「ロバート・ジョンソン・コンプリート・レコーディングス」SME Record SRCS-9457〜8

<Contents> … 1936年11月 テキサス州サン・アントニオにて録音

CD1-1心やさしい女のブルース(テイク1)Kind hearted woman blues (take1)11月23日
CD1-2心やさしい女のブルース(テイク2)Kind hearted woman blues (take2)11月23日
CD1-3ダスト・マイ・ブルームI believe I'll dust my broom11月23日
CD1-4スイート・ホーム・シカゴSweet home Chicago11月23日
CD1-5ランブリン・オン・マイ・マインド(テイク1)Ramblin' on my mind(take1)11月23日
CD1-6ランブリン・オン・マイ・マインド(テイク2)Ramblin' on my mind(take2)11月23日
CD1-7いい友だちがいるならば(テイク1)When you got a good friend(take1)11月23日
CD1-8いい友だちがいるならば(テイク2)When you got a good friend(take2)11月23日
CD1-9台所に入ってきなよ(テイク1)Come on my kitchen(take1)11月23日
CD1-10台所に入ってきなよ(テイク2)Come on my kitchen(take2)11月23日
CD1-11テラプレイン・ブルースTerraplane blues11月23日
CD1-12蓄音機ブルース(テイク1)Phonograph blues(take1)11月23日
CD1-13蓄音機ブルース(テイク2)Phonograph blues(take2)11月23日
CD1-1432-20型ブルース32-20 blues11月26日
CD1-15赤く熟したトマトThey're red hot11月27日
CD1-16死んだ小エビのブルースDead shrimp blues11月27日
CD1-17四辻ブルース(テイク1)Cross road blues(take1)11月27日
CD1-18四辻ブルース(テイク2)Cross road blues(take2)11月27日
CD1-19ウォーキン・ブルースWalking blues11月27日
CD1-20最後の勝負も勝ち目無しLast fair deal gone down11月27日
CD2-1説教ブルースPreachin' blues11月27日
CD2-2審判の日が意のままになるものならばIf I had possession over judgement day11月27日
「ロバート・ジョンソン・コンプリート・レコーディングス」CD1枚目

Guitar & Vocal … ロバート・ジョンソン (Robert Johnson)

冒頭「重要な人物」と述べておきながら、こんなことを書くのは気が引けるが、「ロバート・ジョンソン」はブルース界の本当に重要人物なのであろうか?正直に言うと、昨今彼をブルース史上の最重要人物の一人のような扱いを目にするが、僕にはその実感がないのである。
そもそも僕とブルースの付き合いは、高校生時代にジャズを聴き始めた頃、「スイング・ジャーナル」誌に連載された中村とうよう氏の「ブルースを聴こう」(タイトルは不確かです)というコラムだった。中村氏のコラムの趣旨を大雑把に言ってしまえば、「ジャズ・ファンの皆さんも黒人が生み出したもう一つの独自の音楽ブルースをもう少し聴きましょう」というものだったと思う。毎号一人のブルース・マンを取り上げ、その特徴やレコードなどを紹介していた。僕のあやふやな記憶では、そこで最もブルース・マンらしいブルース・マンは「ライトニン・ホプキンス」だと書かれていたと思う。そしてマディ・ウォーターズやソニー・ボーイ・ウィリアムソン機↓供▲好蝓璽圈次Ε献腑鵝Ε┘好謄后▲魯Ε螢鵝ΕΕ襯佞覆匹紹介されたが、その中にロバート・ジョンソンはなかったと記憶する。
その頃わが国にもブルース・ブームが訪れ、様々なブルースのレコードが発売されていた。僕は中村氏のコラムに触発され、スリーピー・ジョン・エステス、ハウリン・ウルフなどのレコードを買った。しかしそのブームでもロバート・ジョンソンのレコードは出なかったと思う。色々なブルース・マンの録音を集めたオムニバス盤には収録されていたかもしれないが。
それが何年か前、1990年か「幻のブルース・マン発掘」という大々的な宣伝の下本作のレコードが出、時が移りCDも出た。出たのは知っていたが買いはしなかった。正直それほど興味がなかったのである。今このレコード、CDはどういうことになっているのだろうか?Book-offの洋楽500円のコーナーにごろごろしている(発売時定価は消費税別で2500円)。買ったはいいが手放されたのか、元々売れず中古ショップに流れたのか?僕も500円でずいぶん前に手に入れた。やはり一度は聴いてみようと思ったのである。
ロバート・ジョンソンで最も有名な逸話はクロス・ロード伝説であろう。色々なヴァージョンがあるようだが、僕が記憶しているのは、草木も眠る丑三つ時クロス・ロード(四辻)で悪魔に魂を担保に驚異的なギター・テクニックを身に着けたというものであろう。僕はギター・テクニックについてはよく分からないが、先輩のロニー・ジョンソンやブラインド・ブレイクの方が上のように感じる。ただジョンソンのプレイは非常にエモーショナルではある。

「ロバート・ジョンソン・コンプリート・レコーディングス」CD2枚目

さて、ロバート・ジョンソンは1911年5月8日ミシシッピ州ヘイズルハーストで生まれた。生まれた家は「スペンサー」家だったが、母親が夫の留守の間に関係を持ったノア・ジョンソンが父親だったので、その姓を名乗り、ロバート・ジョンソンと称したという。
そして10代半ば前に音楽に興味を持ちハーモニカを演奏するようになったという。 やがて1920年代後期頃にはギターに関心を持つようになった。有名なブルースマン、ウィリー・ブラウンが近くに住んでおり、色々と教えてもらったという。また時々ブラウンを訪ねてくるチャーリー・パットンも大いに刺激なった。
1929年2月ミシシッピ州ペントンでヴァージニア・トラヴィスと結婚、その年の夏にヴァージニアは身籠った。ロバートは生まれてくる子供に対して相当夢と希望を抱いていたようだが、1930年4月お産でヴァージニア、そして子供も死んでしまった。ヴァージニアはわずか16歳だったという。
その後ロバートはプロのブルース・マンになるべく放浪の旅に出る。1930年代半ばには、プロのミュージシャンとして結構キャリアを積んでいた。そして彼は、ウィリー・ブラウン、サン・ハウス、チャーリー・パットンのようにレコードを出したかった。それが実現して彼の初レコーディングは1936年11月23日に行われた。それから11月27日まで一挙に22曲を吹き込む。そのうち最もヒットしたのはCD1-11「テラプレイン・ブルース」だったという。
ロバートは、翌年6月19、20日に2度目の吹込みを行うが、それが吹込みの最後となった。1938年8月16日にロバート・ジョンソンは帰らぬ人となった。27歳という若さであった。原因は、彼の性癖にある。元々女好きであったが、他人の女に手を出すのが好きだったことが災いした。自分が出演しているジューク・ジョイント(ライブ居酒屋のようなところ)の経営者の妻に手を出したのだ。怒った経営者から毒入りウィスキーを渡され、そうとは知らず飲んでしまったのだった。
なお、ロバート・ジョンソンの名は拙HPにも一度登場したことがある。「スピリチュアルズ・トゥ・スイング」コンサートを企画したジョン・ハモンド氏が彼に出演してもらおうと探したのだが、その時彼は既に鬼籍に入っていたのだ。ハモンドは代わりにビッグ・ビル・ブルーンジーを出演させた。このことはジョン・ハモンド氏は、ロバート・ジョンソンこそブルースを代表するミュージシャンだと思っていたということである。

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ジャズ・ディスク・ノート 2019年6月29日

第337回 1936年のブルース&ブギー・ウギー

No.337 Blues&Boogie in 1936

ご覧いただきありがとうございます。

僕の持っているブルースとブギ・ウギ―の1936年の音源を日付順に聴いていこう。

「ブギー・ウギー・マスターズ」レコード・ジャケット

「The Boogie Woogie masters」 Affinity AFS-1005

<Contents> … 1936年1月11日 シカゴにて録音

B面2.ヤンシー・スペシャルYancey special
B面3.チェレスタ・ブルースCeleste blues

<Personnel> … ミード・“ラックス”・ルイス(Meade “Lux” Lewis)

Piano & Celesteミード・“ラックス”・ルイスMeade “Lux” Lewis

先ずは前回代表作”Honky tonk train blues”を紹介したミード・ラックス・ルイスから。
B面2.「ヤンシー・スペシャル」。「ヤンシー」とは、先輩ブギー・ウギー・ピアニストのジミー・ヤンシーのこと。このヤンシーについて油井正一氏が著書『ジャズの歴史』で詳しく紹介している。ヤンシーは1894年生まれなのでルイスの10歳ほど先輩にあたる。芸人家業を辞めてから、シカゴのホワイト・ソックスの球場キーパーとして働き、ハウス・レント・パーティーなどでは引っ張りだこだったという。ルイスも彼のプレイを聴いてかなり教えられたのであろう。しかしレコード・デビューは遅く1939年になってからなので、その時に改めて取り上げよう。左手のプレイは後のR&Bのベース・パターンの先駆けである。
B面3.「チェレスタ・ブルース」は、ブギーをチェレスタで弾いたというだけのもの。たまにこういうことをしたくなるのだろうが、僕はちょっと願い下げにしたい。

「MCAブルースの古典」レコード・ボックス

「MCAブルースの古典」ビクター VIM-21

<Contents> … 1936年2月4日 シカゴにて録音

Record2.A-6.クライング・マザー・ブルースCrying mother blues

<Personnel> … レッド・ネルソン(Red Nelson)

Vocalレッド・ネルソンRed Nelson
Pianoクリップル・クラレンス・ロフトンCripple Clarence Lofton

解説に拠るとレッド・ネルソンことネルソン・ウィルボーンは自身もピアノを弾けたらしいが、レコーディングは他のピアニストに伴奏を依頼していたという。ピアノを弾いているロフトンは、ジャズの方でも知られるピアニストというが、拙HPには今までのところ登場していない。ブギー・ウギー調のノリの良いナンバーである。

「The Boogie Woogie masters」 Affinity AFS-1005

<Contents> … 1936年2月13日 シカゴにて録音

B面4.ブギー・ウギー・ストンプBoogie Woogie stomp
「ブギー・ウギー・マスターズ」B面ラベル

<Personnel> … アルバート・アモンズ・アンド・ヒズ・リズム (Albert Ammons and his rhythm)

Piano & Bandleaderアルバート・アモンズAlbert Ammons
Trumpetガイ・ケリーGuy Kelly
Clarinet & Alto saxダルバート・ブライトDalbert Bright
Guitarアイク・パーキンスIke Perkins
Bassイスラエル・クロスビーIsrael Crosby
Drumsジミー・ホスキンスJimmy Hoskins

ミード・ラックス・ルイスと同じタクシー会社で働いていた運ちゃん仲間と油井正一氏は紹介している。二人で連弾などもよくやっていたようだ。これはバンドもののブギー・ウギー。ほとんどがP、B、Dsで奏される。そりゃぁ乗りまくるでしょう。

「MCAブルースの古典」ビクター VIM-21

<Contents> … 1936年5月12日 シカゴにて録音

Record2.B-4.ピッグミート・ブルースPigmeat blues

<Personnel> … ジョージア・ホワイト (Georgia White)

Vocalジョージア・ホワイトGeorgia White
Pianoリチャード・M・ジョーンズRichard M Jones
Guitar多分アイキー・ロビンソン
Bassジョン・リンジー

女性シンガーの登場である。ジョージアはジョージア州の出身で、この名前は本名だという。20年代は中堅的な歌手だったが30年代後半にはデッカに大量の録音を行ったというが、日本にはほとんど紹介されたことがないという。歌い方は実に堂々としている。

「MCAブルースの古典」1枚目B面

「MCAブルースの古典」ビクター VIM-20

<Contents> … 1936年6月3日 シカゴにて録音

Record1.B-4.スイート・パチューニSweet Patuni

<Personnel> … ジェシー・ジェイムス (Jesse James)

Piano & Vocalジェシー・ジェイムスJesse James

中村とうよう氏のこの録音に関する解説がすごい。まずこの「ジェシー・ジェイムス」この謎の人というにふさわしいという。ある日この男が囚人服姿で、看守に付き添われてやって来て、録音させてくれといったという。いくら看守付きといっても囚人をレコード会社のスタジオに連れてくるというのもあり得ないが、それで録音させるというのもありえないと思う。そして実際に録音室に入ると上がってしまい、4曲を録音するのがやっとだったという。そして録音が終わると看守に連れられて刑務所に戻って行ったという。どういう経歴の持ち主で、名前も本当に前世紀の大強盗と同じかも分からないという。
しかし残された録音は、上がっていたとは思えない堂々としたしたもので、太い声そして力強いピアノも魅力的だ。なお、録音された4曲中2曲だけがSP盤で発売されたという。なおタイトルの”Patuni”は、ペチュニア(Patunia)のことだという。ナス科で和名は「ツクバネアサガオ」、形状から女性の秘所を表す隠語であるという。

「MCAブルースの古典」2枚目B面 ヴィクトリア・スピヴェイ

「MCAブルースの古典」ビクター VIM-21

<Contents> … 1936年7月7日 シカゴにて録音

Record2.B-6.ブラック・スネイク・スイングBlack snake swing

<Personnel> … ヴィクトリア・スピヴェイ (Victoria Spivey)

Vocalヴィクトリア・スピヴェイVictoria Spivey
Trumpet多分ランドルフ・スコット
Saxチック・ゴードンレオン・ワシントン
Pianoドロシー・スコット多分スゥイートピ−ズ・スピヴェイ
Bass不明
Drumsバド・ワシントン

スピヴェイは以前にも拙HPに登場したことがある。その時は売り出し中のルイ・アームストロングをバックに従えての録音であった。
この曲は彼女の大ヒット・デビュー曲の再演で、妹のスゥイートピ−ズ・スピヴェイがドロシー・スコットとピアノを連弾しているようだという。またここでの”Black snake”ももちろん卑猥な隠語だという。ミュートをかけて唸るTpが意味深である。イントロのアンサンブルは覚えやすくヒットしたことがよく分かる。

「RCAブルースの古典」CD・ボックス

「MCAブルースの古典」ビクター VIM-21

<Contents> … 1936年7月9日 シカゴにて録音

Record2.A-4.シェイク・ザット・シングSake that thing

<Personnel> … ココモ・アーノルド (Kokomo Arnold)

Guitar & Vocalココモ・アーノルドKokomo Arnold
Pianoピーティー・ウィートストロウ

アーノルドはジョージア州の出身で、シカゴに移り30年代にデッカに数多くのレコードを吹き込んだという。後年エルヴィス・プレスリーも録音した「ミルク・カウ・ブルース」はこの人の作だという。ダンス・テンポのノリのいいブルースで、”thing”とは勿論男性のアレのことで、歌詞はこういう卑猥なものが多い。中村とうよう氏は、こういう明るく楽しいものもあり、だからこそブルースは黒人の現実生活を忠実に映し出したものといえるのであると述べている。

「RCAブルースの古典」CD BMG BVCP-8733〜8734

「RCAブルースの古典」CD2

<Contents> … 1936年10月16日 ニュー・オリンズ録音

CD2-12.ヴィックスバーグ・ブルース・パート1Vicksburg blues part1

<Personnel> … リトル・ブラザー・モンゴメリー (Little brother Montgomery)

Piano & Vocalリトル・ブラザー・モンゴメリーLittle brother Montgomery

この録音は興味深い。シカゴの録音は、ブギ・ウギ調が多かったがモンゴメリーはルイジアナ出身でニュー・オリンズ・ピアノとも縁の深いバレルハウス・ピアニストの代表的な存在だという。ゆったりとした中にも力強さが伝わってくる力作である。

「MCAブルースの古典」ビクター VIM-21

<Contents> … 1936年11月12日 シカゴにて録音

Record2.A-5.ルイーズ・ルイーズ・ブルースLouise Louise blues

<Personnel> … ジョニー・テンプル (Jonnie Temple)

Guitar? & Vocalジョニー・テンプルJonnie Temple
Pianoジョシュア・アルシーマー

デッカには、ミシシッピ出身のブルース・マンの録音は少ないが、このテンプルは珍しくミシシッピの出身だという。ミシシッピのジャクソンに生まれ、シカゴで活動した人だという。独特の哀愁を帯びた声が魅力的である。いかにもブルースらしいブルースである。

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ジャズ・ディスク・ノート 2019年6月27日

第336回 ファッツ・ウォーラー入門 1936年

No.336 Fats Waller 1936

ご覧いただきありがとうございます。定年オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。
前回までで補完は終了、今回は1936年の録音を聴いていこう。やっと時代に追いついた感じです。
前にも書いたが、レコード・ボックスにはパーソネルや録音データは一切掲載されていない。1936年の収録されているナンバーは、全て「ファッツ・ウォーラー・アンド・ヒズ・リズム」によるものだが、録音日についてはWebで分かる限り調べたが、面子は分からなかった。

「ジャズの巨人/ファッツ・ウォーラー」レコード・ボックス

「RCAジャズ栄光の遺産シリーズ第5巻/ファッツ・ウォーラー」LP5枚組 RCA RA-23〜27(日本盤)

<Contents> … 1936年2月1日

レコードA面2.ウェスト・ウィンドWest wind
レコードA面3.忘られぬ夜That never-to-be-forgotten night

<Personnel> … ファッツ・ウォーラー・アンド・ヒズ・リズム (Fats Waller and his rhythm)

記載なし

A面2.「ウェスト・ウィンド」はゆったりした中にもユーモアのセンスあふれる作品。「ウェスト・ウィンド」と歌うとピューっとクラリネットを鳴らしたり、エンディングは「これが西風だよ」と言って、口笛を鳴らして終わる。
A面3.「忘られぬ夜」は、解説に拠るとジャム・セッション風の曲というがちゃんとロマンティックな仕上がりになっている。

<Contents> … 1936年4月8日

レコードA面4.クリストファー・コロンバスChristopher Columbus
レコードA面5.クロス・パッチCross patch

<Personnel> … ファッツ・ウォーラー・アンド・ヒズ・リズム (Fats Waller and his rhythm)

記載なし

A面4.「クリストファー・コロンバス」はチュー・ベリーの作で、フレッチャー・ヘンダーソンやベニー・グッドマンなどこれまでも多数紹介してきた。速いテンポでダイナミックなウォーラーのピアノが楽しめる。漫画的なヴォーカルも含めウォーラーの大傑作とは解説氏。
A面5.「クロス・パッチ」は、1コーラス目ピアノ・ソロ、2コーラス目はウォーラーの歌(オブリガード付き)、第3コーラスはTpかサックス、クラリネットのソロ、最後はウォーラーのヴォーカルかジャム演奏で、この曲などまさにその典型という。

「ジャズの巨人/ファッツ・ウォーラー」2枚目A面ラベル

<Contents> … 1936年6月5日

レコードA面6.嘘は罪It's a sin to tell a lie
レコードA面7.ビッグ・チーフ・デ・ソータBig chief De Sota
レコードA面8.ブラック・ラズベリー・ジャムBlack raspberry jam

<Personnel> … ファッツ・ウォーラー・アンド・ヒズ・リズム (Fats Waller and his rhythm)

記載なし

A面6.「嘘は罪」は、数あるウォーラーの吹込み中特筆すべき出来映えだという。ホットで猛烈にスイングしており、ウォーラーのヴォーカルも最高であるとする。
A面7.「ビッグ・チーフ・デ・ソータ」。最初はさすがのウォーラーも断ったというが、素晴らしい出来に仕上がったという。戦前に日本で出た時のタイトルは「大酋長デ・ソタ」というものだったらしい。貴族の称号”de”をインディアンの称号に使うところから面白ソング狙いが明白である。
A面8.「ブラック・ラズベリー・ジャム」は、ジャム・セッションのジャムと「黒イチゴのジャム」をかけたもの。これも猛烈にスイングするホットなナンバーである。

<Contents> … 1936年6月8日

レコードB面1.ラッチ・オンLatch on

<Personnel> … ファッツ・ウォーラー・アンド・ヒズ・リズム (Fats Waller and his rhythm)

記載なし

B面1.「ラッチ・オン」は、解説氏の言うようにいつもと雰囲気が違う。出だしのミュートTp、ウォーラーのP、セドリックのテナー、ギターのコード・ソロ・ワークと各人の技量を聴かせるジャム・セッション風ナンバー。

「ジャズの巨人/ファッツ・ウォーラー」2枚目B面ラベル

<Contents> … 1936年9月9日

レコードB面2.スポージンS’posin
レコードB面3.コッパー・カラード・ギャルCopper coloured gal

<Personnel> … ファッツ・ウォーラー・アンド・ヒズ・リズム (Fats Waller and his rhythm)

記載なし

B面2.「スポージン」。これもミディアム・テンポで、ヴォーカルは面白さを強調しているが演奏部は落ち着いていて聴き応えがある。
B面3.「コッパー・カラード・ギャル」。TpはじめCl、Pと各自のソロが傑出している。

<Contents> … 1936年11月29日

レコードA面4.スインギン・ゼム・ジングル・ベルSwingin’ them jingle bells
レコードA面5.ア・ライム・フォー・ラヴA rhyme for love

<Personnel> … ファッツ・ウォーラー・アンド・ヒズ・リズム (Fats Waller and his rhythm)

記載なし

A面4.「スインギン・ゼム・ジングル・ベル」は正にスイングる「ジングル・ベル」である。ノン・ヴォーカル・ヴァージョンだが、ヴォーカル入りヴァージョンもあるという。
A面5.「ア・ライム・フォー・ラヴ」。ウォーラーは実に楽しそうにピアノを弾く。なぜこういう人が現代はいないのだろうか?楽しく弾くということと道化とは違うと思うのだが…。、ロマンティックなタイトルの曲だが、

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ジャズ・ディスク・ノート 2019年6月27日

第335回 ファッツ・ウォーラー入門 1935年

No.335 Fats Waller 1935

ご覧いただきありがとうございます。定年オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。
前第333回では、ファッツ・ウォーラー1934年の補足を行いました。そして今回は1935年の補足をしようと思います。理由は1929、34年と同様「RCAジャズ栄光の遺産シリーズ第5巻/ファッツ・ウォーラー」の発見(?)です。

「ジャズの巨人/ファッツ・ウォーラー」レコード・ボックス

「RCAジャズ栄光の遺産シリーズ第5巻/ファッツ・ウォーラー」LP5枚組 RCA RA-23〜27(日本盤)

<Contents> … 1935年1月5日 ニュージャージー州キャムデンにて録音

レコードA面6.100パーセント・フォー・ユーI'm a haundred per cent for you
レコードA面7.ベイビー・ブラウンBaby brown
レコードA面8.ナイト・ウィンドNight wind

<Personnel> … ファッツ・ウォーラー・アンド・ヒズ・リズム (Fats Waller and his rhythm)

>
Bandleader ,Piano & Vocalファッツ・ウォーラーThomas “Fats” Waller
Trumpetビル・コールマンBill Coleman
Tenor sax & Clarinetユージン・セドリックEugene Sedric
Guitarアルバート・ケイシーAlbert Casey
Bassチャールズ・ターナーCharles Turner
Drumsハリー・ダイアルHarry Dial

この1月5日の録音までしか前回取り上げた音源には収録されていなかった。つまりこれまでのウォーラーはこの日までであった。この日の録音は6曲なされたようだが、前回2曲、そしてここでは3曲が取り上げられている。
まず「RCAジャズ栄光の遺産シリーズ」の解説氏は、全般的なこととして、「アンド・ヒズ・リズム」の数ある録音の中でも最高のトランペットを聴かせてくれる。もちろん抒情派Tp奏者ビル・コールマンの代表作でもあると述べている。

「ジャズの巨人/ファッツ・ウォーラー」1枚目A面

レコードA面6.「100パーセント・フォー・ユー」は、前回も取り上げた。その時僕も素晴らしく感じたが、油井正一氏などは、「ウォーラーの代表作」とさえ言いきっている。
レコードA面7.「ベイビー・ブラウン」も前回取り上げた。粟村師は、ヴィクターのヴィンテージ・シリーズを高く評価しながら、34年吹込みの、”Baby Brown”、”Night wind”、”Rosetta”を収録していないのは不思議千万と述べていた。実際には35年吹込みだったが…。
レコードA面8.「ナイト・ウィンド」は、このアルバムで初めて聴いた。実に素晴らしい曲と演奏である。現代に取り上げても古めかしさなど微塵も感じないと思う。オルガンが効いている。

<Contents> … 1935年3月6日録音

レコードB面1.ロゼッタRosetta

作曲はアール・ハインズ。ウォーラーのヴォーカル入りヴァージョンもあるらしいが、ここではインスト・ヴァージョン。演奏は、「アンド・ヒズ・リズム」によるものであるが、ディスコグラフィーがなく、パーソネルが分からない。ウォーラーのチェレスタが印象的だ。ピアノとチェレスタを直角に並べ、どちらもすぐ弾けるようにして、レコーディングに臨んだのだという。現代のキーボード奏者のようだ。

<Contents> … 1935年5月9日録音

レコードB面2.手紙でも書こうI'm gonna sit right down and write myself a letter

これも「アンド・ヒズ・リズム」によるものであるが、ディスコグラフィーがなく、パーソネルが分からない。この曲がウォーラーの最高最大のヒット曲だという。このヒットによってウォーラーは大人気を得たという。

「ジャズの巨人/ファッツ・ウォーラー」1枚目B面

<Contents> … 1935年6月24日録音

レコードB面3.ダイナDinah
レコードB面4.ユーアー・ザ・ピクチュア―You’re the picture

レコードB面3.「ダイナ」は言わずと知れた日本ではディック・ミネが大ヒットさせた曲。コンボ録音だがメンバーはディスコグラフィーがなく分からない。ウォーラー色満載である。実に楽しい。
レコードB面4.「ユーアー・ザ・ピクチュア―」は、前「ダイナ」と同日の録音で、前作の雰囲気を引き継いで実に楽しい演奏になっている。解説には、ギターはジェイムズ・スミスという人が弾いているらしいが、この人物については、解説氏も不明としている。

<Contents> … 1935年8月20日録音

レコードB面5.ユーアー・ソー・ダーン・チャーミングYou’re so darn charming
レコードB面6.ウォーイズ・ミーWoe ! is me

どちらも典型的な「アンド・ヒズ・リズム」の演奏スタイルという。ほとんど一発録りのジャム・セッション形式だったというが、面子がいいので成立したのだろう。

<Contents> … 1935年11月29日録音

レコードB面7.ア・リトル・ビット・インディペンデントA little bit independent
レコードB面8.ユー・ステイド・アウェイ・トゥー・ロングYou stayed away too long

ここでは前セッションとは逆に、ジャム形式を薄くし、ヴォーカルの比重を高くしたという。ピアノ、リズム・歌、メロディ楽器が混然一体となって進行していく。バンド全体が一つに溶け合って素晴らしい演奏を繰り広げると解説氏は述べている。

「ジャズの巨人/ファッツ・ウォーラー」2枚目A面

<Contents> … 1935年12月4日録音

レコードA面1.ファンクショナイジンFunctionizin’

<Personnel> … ファッツ・ウォーラー・ヒズ・リズム・アンド・オーケストラ (Fats Waller his rhythm and orchestra)

>
Bandleader ,Piano & Vocalファッツ・ウォーラーThomas “Fats” Waller
Trumpetハーマン・オウトレイHerman Autrayシドニー・ド・パリスSidney De Paris
Tromboneベニー・モートンBenny Morton
Reedsルディ・パウエルRudy Powellドン・レッドマンDon Redmanユージン・セドリックEugene Sedricロバート・キャロルRobert Caroll
Pianoハンク・ダンカンHank Duncan
Guitarジェイムス・スミスJames Smith
Bassチャールズ・ターナーCharles Turner
Drumsヤンク・ポーターYank Porter

ここで初めてビッグ・バンドが登場する。解説に拠るとこの年巡業のためオーケストラを組織したが、そのバンドでの録音だという。注目はドン・レッドマンの参加で、この曲の洗練されたアレンジから考えて、レッドマンがアレンジしたのであろうという。
ウォーラーは組曲を2つ書いていて、一つは1939年の「ロンドン・スイート」とこの年書かれた「ハーレム・リヴィング・ルーム・スイート」だという。この内後者は、この「ファンクショナイジン」と「コーン・ウィスキー・カクテル」、「スクリミッジ」の3曲から出来ており、最初の曲はここで聴かれるように録音されたが、残り2曲はレコードにはなっていないという。
そう言われて聴くとかなりアンサンブルなど洗練されたサウンドだと思う。

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ジャズ・ディスク・ノート 2019年6月25日

第333回 ウィンギー・マノン 1936年

No.333 Wingy Manone 1936

これまで何度か登場しているウィンギー・マノン。今回初めて彼名義の録音を取り上げる。
セッションは、36年4月と5月の2回行われたものだが、LPでは、日付順に並んでいない。LPトータルとしてこういう曲順の方が、LPとしての完成度が上がるとレコード会社側が判断したのであろう。

「30年代のコンボ・ジャズ」ジャケット

「30年代のコンボ・ジャズ」 日本ビクター RA-5325

<Contents> … 1936年4月9日 ニュー・ヨークにて録音

A面2.スインギン・アット・ザ・ヒッコリー・ハウスSwingin' at the hickory house
A面3.悩まされてTormented
A面6.ダラス・ブルースDallas blues
A面7.リズムRhythm saved the world

<Personnel> … ウィンギー・マノン楽団 (Wingy Manone and his Orchestra)

Bandleader , Trumpet & Vocalウィンギー・マノンWingy Manone
Clarinetマッティ・マトロックMatty Matlockジョー・マーサラJoe Marsala
Clarinet & Tenor saxエディー・ミラーEddie Miller
Pianoコンラッド・ラノーConrad Lanoue
Guitarナッピー・ラメールNappy Lamare
String Bassアーティー・シャピロArtie Shapiro
Drumsレイ・ボデュークRay Bauduc

A面2.「スインギン・アット・ザ・ヒッコリー・ハウス」。このセッションが行われた当時ウィンギー・マノンは「ヒッコリー・ハウス」に出演していたようなので、それに因んだタイトルなのだろう。マノンのヴォーカル入り。冒頭のマノンのロング・トーンはキャッチ―だ。
A面3.「悩まされて」は。テンポを落とした曲で、ヴォーカル前のマノンのTpソロが聴き応えがある。ひと頃マノンは、アームストロングに似せて歌っていたような気がするがここでは、そう言った姿は見られない。
A面6.「ダラス・ブルース」は、ファースト・テンポのブルース。マノンのヴォーカル入りで、Clがフューチャーされる。
A面7.「リズム」は、トミー・ドーシー、ルイ・アームストロングなどが取り上げた当時のヒット曲。

「30年代のコンボ・ジャズ」A面

<Contents> … 1936年5月8日 ニュー・ヨークにて録音

A面1.パナマPanama
A面4.ヘジテイション・ブルースHesitation blues
A面5.ベイジン・ストリート・ブルースBasin street blues
A面8.シング・ミー・ア・スイング・ソングSing me a swing song

<Personnel> … ウィンギー・マノン楽団 (Wingy Manone and his Orchestra)

Bandleader , Trumpet & Vocalウィンギー・マノンWingy Manone
Clarinetマレイ・ウィリアムス? Williams
Alto saxトミー・メイスTommy Mace
Clarinet & Tenor saxエディー・ミラーEddie Miller
Pianoコンラッド・ラノーConrad Lanoue
Guitarカーメン・マストレンCarmen Mastren
String Bassアーティー・シャピロArtie Shapiro
Drumsサミー・ワイスSammy Weiss

このセッションのパーソネルでどうしてもわからないのがクラリネットの「マレイ・ウィリアムス」である。古いレコードで英文表記がない。『ジャズ人名事典』にも載っていない。古いレコードで英文表記がない。「マレイ」は通常”Murray”かなと思うのだが、”Murray Williams”でググっても全く関連するようなものがない。レコードのライナーにはジョー・ヴェヌーティやジーン・クルーパなどに在団したとあるので、そちらのディスコグラフィーを見てもそれらしき人物が出てこないのである。そこで已むを得ずプロフィールは断念した。
A面1.「パナマ」は、ディキシーの名曲。録音は後になるが拙HPでは、キッド・オリーの演奏を取り上げたことがある。実に楽しいナンバーに仕上がっている。
A面4.「ヘジテイション・ブルース」は、完全にディキシー風の演奏。マノンのヴォーカル入り。後にはマグシー・スパニアなども録音しているナンバーである。
A面5.「ベイジン・ストリート・ブルース」は、非常に有名なスタンダード・ナンバー。解説の油井正一氏は、ヴォーカルのスキャットの途中、突如「オー、キャプリ、…アイランド」といった辺りで、当時のファンは拍手喝さいを送った(ヒット曲に因む)ものであるという。
A面8.「シング・ミー・ア・スイング・ソング」は、正にディキシーとスイングを混ぜ合わせたような作品。こういうナンバーが当時のマノンを代表するような演奏だったのだろう。

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ジャズ・ディスク・ノート 2019年6月23日

第332回 ファッツ・ウォーラー入門 1929年(第224回補足)

No.332 Fats Waller 1929

ご覧いただきありがとうございます。定年オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。
今回は、2017年9月3日にアップした「ファッツ・ウォーラー 1929年」の補足です。第224回で取り上げた1929年の録音に漏れがあったので今回補足します。
左のレコード組み物は、RCAが「RCAジャズ栄光の遺産シリーズ」の一環として、1975年に発売したファッツ・ウォーラーの5枚組のアルバム・セットです。多分日本で出たウォーラーのものではヴォリュームもあり、一番まとまった編集ものではないかと思います。ぼくはこの「ファッツ・ウォラー」版を以前から持っていました。「一番まとまりがある」と思っているのに何故抜け落ちたのかというと、これまで何回も書いてきたように、このシリーズの多分の再発ものには、ディスコグラフィーが付いていません。なので収録曲がいつ、どんなメンバーで吹き込まれたのかが分からないのです。それでそんな不備な解説を見る気もせず、放って置いたのですがやはりちとマズイかな?と思い、改めて見直してみたところ、これまで取り上げてきた1935年の録音にかなり追加しなければならないと思われるものが出てきたので、この際恥を忍んで追記していくことにしました。
しかし本当に恥を知らなければならないのは、再発に当たって経費削減と思われる目的のために、ディスコグラフィーを作上した当時のRCAのスタッフ達だと思いますが。

「ジャズの巨人/ファッツ・ウォーラー」レコード・ボックス

「RCAジャズ栄光の遺産シリーズ第5巻/ファッツ・ウォーラー」LP5枚組 RCA RA-23〜27(日本盤)

<Contents>…1929年8月2日録音

レコードA面1.浮気はやめたAin't misbehavin'

<Personnel>…ファッツ・ウォーラー(Fats Waller )

Pianoファッツ・ウォーラーFats Waller

今回恥を忍んで補足する気になったのは、漏れたのがウォーラーの代表作だったからでもある。
この曲はコニーズ・インで上演されたレヴュー「ホット・チョコレート」の挿入歌として、ウォーラーが作曲し、アンディ・ラザフが作詞したもの。上演ではルイ・アームストロングが歌い、後終生彼のレパートリーとなった作品。ルイは同年7月19日に自身名義のオーケストラを率いて録音しているが、こちらは最もオリジナルな形のピアノ・ソロ。ウォーラー自身後に2回ほど吹き込んでいるが、いずれもコンボによる演奏で、ピアノ・ソロはこの吹込みだけだという。
ウォーラーの特徴である左手の低音部のリズムに、右手のメロディーを対比させて進行していく演奏形式が既に完成されている。

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ジャズ・ディスク・ノート 2019年6月20日

第331回 ジミー・ヌーン 1936年

No.331 Jimmie Noone 1936

「The recordings of Jimmie Noone」CDボックス

“The recordinngs of Jimmie Noone 1934−1943” JSP Records 2006輸入CD CD4

<Contents> … 1936年1月15日シカゴにて録音

CD4-6.ヒーズ・ア・ディファレント・カインド・オブ・ガイHe’s a different kind of guy
CD4-7.ウェイ・ダウン・ヨンダー・イン・ニュー・オリンズ‘Way down yonder in New Orleans
CD4-8.ザ・ブルース・ジャンプド・ア・ラビットThe blues jumped a rabbit
CD4-9.スイート・ジョージア・ブラウンSweet Georgia brown

<Personnel> … ジミー・ヌーン・アンド・ヒズ・ニュー・オリンズ・バンド (Jimmy Noone and his New Orleans band)

Bandleader & Clarinetジミー・ヌーンJimmie Noone
Trumpet & Vocalガイ・ケリーGuy Kelly
Tromboneプレストン・ジャクソンPreston Jackson
Tenor saxフランシス・ホイットビーFrances Whitby
Pianoギディオン・オノレ―Gideon Honore
String Bassイスラエル・クロスビーIsrael Crosby
Drumsタビー・ホールTubby Hall
「The recordings of Jimmie Noone」CD4枚目

前回1935年の録音を取り上げた時に、「全般を通して聴いて思うのは、これはどういうジャンルの音楽なのであろうかということである。ディキシーではなくと言ってスイングというわけでもない。ただ狙っているのはコマーシャル路線という感じがする。曲も演奏も特に面白いところが見いだせない。」と酷評してしまった。しかし今回は期待した。何故かというと、バンド名が『ニュー・オリンズ・バンド』である。ヌーン自身がニュー・オリンズ出身であり、ニュー・オリンズ出身のミュージシャンを加えての録音である。ヌーンは自身の出発点を振り返り、改めてニューオリンズ伝統のジャズを奏るのかと思ったのである。
ところがそうではなかった。すべてが面白くないわけではないが、CD4-6.「ヒーズ・ア・ディファレント・カインド・オブ・ガイ」、CD4-7.「ウェイ・ダウン・ヨンダー・イン・ニュー・オリンズ」(ヌーンのクラリネット自体は美しいが)などはスイングをやろうとして失敗しているようにしか聴こえないのである。
この日一番の聴きものは、CD4-8.「ザ・ブルース・ジャンプド・ア・ラビット」で、ケリーは押さえた素晴らしいソロと渋いヴォーカルを聴かせてくれる。もちろんヌーンのブルース・プレイも素晴らしい。
CD4-9.「スイート・ジョージア・ブラウン」は、現代でも奏されるスタンダード・ナンバー。Tpのガイ、テナーのホイットビー、そしてヌーンと素晴らしいソロ連続するこれも聴き応え十分の演奏である。

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