ジャズ・ディスク・ノート

第41回2014年2月16日

ビリー・テイラー 「ワン・フォー・ファン」

ご覧いただきありがとうございます。定年間近オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。
もの凄い大雪ですが、明るい気分で先週の日曜日に見かけた枝垂れ梅の花にしました。春よ、来ーい! 近所の物置の屋根に積もった雪 僕の住む関東地方南部は2月14日金曜の午後から大雪に見舞われました。しかし関東南部より甲信越地方の方がより記録的な大雪だったようです。甲府で1mを越えたそうで大変な量です。甲府ほどではありませんが、僕の地域も経験したことが無い大雪でした。先週も降りましたが、今週の方が雪の量が多く、僕もおかげで先週同様雪かきに追われました。森に写真を取りに行きたかったのですが、余りの雪でたどり着けそうになくまた家の入口から道路までの短い距離ですが、長靴を上回る量の雪を掻き出さなくてはならないので、とても時間が取れません。そこで今回は


B級アーティストって…


B級アーティストというのは、どういう人たちなのでしょうか?最近よく使われるこの言葉は当然A級があってB級があるということなのでしょう。例えば食のことで言えば、B級グルメという言葉があります。この言葉はA級グルメというものがあるということが前提です。明確な定義があるのかどうか分かりませんが、A級グルメと言えばフランス料理や中国料理などの高級レストランで味もおいしいが値段も高く僕のような庶民がちょっと行ってみようかといって行けるところではない敷居の高さを感じさせます。それに対してB級グルメは、洋食屋さんやラーメン屋さんなど、味はいいけど値段もそれほど高くはなく、僕のような庶民でも行きやすい敷居の低いお店というあたりでしょう。
あるジャズ評論家がこんなことを言っていた記憶があります。贔屓(ヒイキ)のB級アーティストを持ち、A級アーティストを聴き疲れた時などに、贔屓のB級アーティストを聴いてリフレッシュするのが望ましいジャズの聴き方だと。これはいい意見がどうかは論議を呼びそうですが、何となく分かる面もあるのではないでしょうか?問題はA級とかB級の定義でしょう。そこは明確にはしていませんでしたが、A級アーティストとは多分ジャズの奏法などに変革をもたらしたようなアーティストをいうのでしょう。例えば、これは僕の推測ですが、モダン期のピアニストで言えば、バッド・パウエル、セロニアス・モンク、ビル・エヴァンスあたりでしょうか?それはともかくそのB級アーティストとして挙げられていたのが本日ご紹介するアーティストです。一言言い添えますと、A級、B級だけではなく箸にも棒にもかからないC級もおり、B級というのは、奏法その他で革命こそ起こさなかったが聴く人をして感動、納得させるものを持っているアーティストということだそうです。全然悪くないですよね?

第41回Billy Taylor "One for fun"

レコード…アトランティック Atlantic1329 日本盤AMJY-1329
1959年6月24日録音 ニューヨークにて録音。

ビリー・テイラー「ワン・フォー・ファン」レコード・ジャケット

<Personnel>

ビリー・テイラーBilly TaylorPiano
アール・メイEarl MayBass
ケニー・デニスKenny DennisDrums

<Contents>

A面
B面
1.サマータイム (Summertime) 1.メイキン・ウーピー (Makin’ whoopee)
2.ワン・フォー・ファン (One for fun) 2.ポインシアーナ (Poinciana)
3.ザッツ・フォー・シュアー (That’s for sure) 3.アット・ロング・ラスト・ラヴ (At long last love)
4.ア・リトル・サウスサイド・ソウル (A little southside soul) 4.ホエン・ライツ・アー・ロウ (When lights are low)
5.ブルー・ムーン (Blue moon)





僕のビリー・テイラー入門は珍しく非常に正統な道筋をたどった。
ビリー・テイラーというピアニストがいることは、高校生のころから知ってはいたがレコードを買って聴き出したのは7、8年くらい前からだ。なぜ高校生のころに聴かなかったかと言えば、彼にも当時(今でもかな)「知性派」という肩書があり、「知性」と言えば僕には縁がないなぁと思い、今よりもレコード購入資金が無かった僕の購買リストには載らなかったのである。
ところが10年くらい前に誰かのレコード(全く覚えていない、多分テナーサックがメインだったような気がする)を買い、家に帰って早速ターンテーブルに乗せた。僕はサイドマンまで見ずにレコードを買ってしまうことがあり、これもそういった1枚だった。確かコーヒーを淹れながらレコードを流していたのだが、ふと「このピアニスト、よく弾むいい感じだなぁ」と思ってパーソネルを見るとそれがビリー・テイラーだったのである。
「へぇー、ビリー・テイラーってこんな感じなんだ、今度レコード買ってみよう」と思い、次にレコード屋さん(今は無きディスク・ユニオン淵野辺店)に行った時に見つけたのが今回のレコードである。その時その店にはビリー・テイラーのものはこれしかなかった。
そして家に帰り早速聴いたが、なかなか良いのである。何が良いのかというと極めて普通なのだ。いかにもピアノ・トリオです、何の奇も衒っていませんというプレイなのだ。こういうレコードを聴くと安心する。 2012年8月にワーナー・ミュージックよりジャズ・ベスト・コレクション1000シリーズの1枚としてCD化されて発売されている。僕はCDは持っていない。
レコードの解説はジャズ喫茶のマスターであり、評論家でもある寺島靖国氏が担当されている。ブリニングスのディスコグラフィーによると1945年のサヴォイの「ビリー・テイラー・トリオ」に始まって1980年の「ウエア・ハヴ・ユー・ビーン」までリーダー・アルバムが45枚もあるという。そして寺島氏はそのうち9枚を持っているという。さらに15枚ほど保有すればテイラーも喜んでくれるだろうと書いている。
また、世評ではテイラーの代表作はABCパラマウント盤の「アット・ロンドン・ハウス」ということになっているが、寺島氏は本盤がテイラーのベストとしている。そしてその理由を5点挙げている。その5点とは
‖召離譽魁璽匹砲△泙蠍られないソウルフルな感覚があふれている。
▲愁Ε襯侫襪粉恭个途切れずに最後まで継続している。統一感があるということだろう。
A曲が良い。
ビギナーもマイナー(マニアの誤りか)も喜べる選曲になっている。スタンダードの選択とテイラーのオリジナルの素晴らしさ。
ぅ吋法次Ε妊縫垢箸いΔ△泙蠱里蕕譴討い覆ぅ疋薀沺爾離廛譽い聴ける。
ゥ献礇吋奪箸縫蹈泪鵑ある。

ということで曲を聴いていこう。

A-1サマータイム (Summertime)
ビリー・スチュワート 寺島氏はこの演奏を1曲目に持ってきたことがこのアルバムの成功の要因だとしている。
イントロとエンディングの作為のない処理、中庸のテンポも心地よいという。この曲は言わずと知れた1935年オペラ『ポーギーとベス』のためにガーシュインが作曲した名曲。ありとあらゆる歌手、プレイヤーがカヴァーしている。
僕はこの曲を中学生のころから知っている。それはビリー・スチュワート(Billy Stewart)という歌手のナンバーで当時はR&Bナンバーとして紹介されていた、というか当時僕がR&BファンだったからR&Bヴァージョンを最初に知ったのだろう、ビリー・スチュワートは日本でのヒット曲はこの「サマータイム」だけで「最も早口なR&Bシンガー」と言われイロモノ的なコミカル・ソングとしてヒットした。



ジャニス・ジョプリン「チープ・スリル」 そして次にこの曲を知るのはジャニス・ジョプリン(Janis Joplin)の圧倒的な存在感の絶唱であった。この曲を聴くと「どうしようもないのさ、歌うことしかできないのさ」という絶望感を感じさせスチュワートとはまるでコンセプト が違っている。本当はどういう曲なんだろうと思う。この曲については収録のある限り少しずつ書き足していきたいと思う。




オスカー・ピーターソン「ガーシュイン・ソングブック」 ピアノ・トリオではオスカー・ピーターソン(Oscar Peterson)はぐっと悲しげに弾いているが、ここでは割と軽めの演奏である。ベースのアール・メイの指引きが力強い。











A-2ワン・フォー・ファン (One for fun)
テイラーのオリジナルでアルバム・タイトル曲。意味は「一つのお楽しみ」と いったところかな?寺島氏は、テイラーはいい曲を書くが、この曲が特にお気 に入りの一つだという。僕はあまり感じないが寺島氏はソウルの世界が非常に 見事に廻っているという。1回で頭に入ってまた聴きたくなる、そして飽きが来 ないという。ベースが印象的で上へ行ったり、下へ行ったり、その運動が心地 よいという。高音部で転がすようなプレイはレッド・ガーランドを思わせる ところがあると思う。

A-3ザッツ・フォー・シュアー (That’s for sure)
これもテイラーのオリジナル。寺島氏はブリッジ部の旋律が美しいといい、テイラーは意外にロマンティストだと美麗な旋律をさっと弾き、さっと切り上げる鮮やかさが聴きどころという。ちょっとした小唄という感じがする。

A-4ア・リトル・サウスサイド・ソウル (A little southside soul)
これもテイラーのオリジナル。オリジナルが3曲並ぶ。この3曲が最も力の入ったこのアルバムの聴きどころという。シカゴの黒人街サウス・サイドに因んだ曲でソウルなナンバーだが、テイラーが弾くと真っ黒という感じではなく小粋な感じがする。

A-5ブルー・ムーン (Blue moon)
リチャード・ロジャースの作ったスタンダード・ナンバー。寺島氏はイントロが魅力的だという。Aメロ部はベースが一つのパターンを繰り返して下地を作り、その上にピアノが浮揚しているような感じ。

B-1メイキン・ウーピー (Makin’ whoopee)
このレコードの元々のライナー・ノーツはタイラー自身が書いていて、それによるとこのナンバーでドラムのケニー・デニスはベスト・プレイを示すと書いているそうだ。寺島氏は変則的なビートが重厚な刺激をもたらしているという。寺島氏が言うように、ブラッシュでシンバルを叩き左手でスティックでスネアなどを叩いているように聞こえる。ちょっと珍しいプレイ。

B-2ポインシアーナ (Poinciana)
第38回で取り上げたアーマッド・ジャマルの18番のナンバー。ラテン・ナンバーだがベースもドラムも縦ノリで、横にしないところにこのトリオの特色があるという。テーマ部のベースが魅力的でベースを聴くナンバーという。演奏時間が最も長い力のこもった力演が聴ける。

B-3アット・ロング・ラスト・ラヴ (At long last love)
コール・ポーターの作品で、テイラーはもっと注目すべきナンバーだとしている。後半ベースがグイグイ出てくる。

B-4ホエン・ライツ・アー・ロウ (When lights are low)
アルト・サックスの巨人ベニー・カーターの作品。中音部を中心にテーマを歌い、アドリブはシングル・トーンで高音部で小粋に組み立てるというテイラーらしいいつもの展開をみせる。


寺島氏は、テイラー・ファンには申し訳ないが、一挙に焦って買い漁るタイプのミュージシャンではなく、ゆっくり1枚ずつ「ほう、こんなレコードもあったのか」と驚きつつ蒐集していくのが正しいと書いている。確かにその通りで、寺島氏が言ったからではなく、僕はこのレコードを気に入り、ビリー・テイラーイイね!と思いながら焦って買い漁ったり探し回ったりする気にはならなかった。レコード屋さんで持っていないレコードを見つけ、予算に合えば買うというというスタイルを続け2014年2月時点で13枚のレコードを保有している。
まぁこのあたりでいいかという気持ちもあるが、寺島氏が良いと言っていて現在持っていないアルバムについては見かけたら買おうかなと思っている。

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第42回2014年2月23日

アート・ブレイキーとザ・ジャズ・メッセンジャーズ 「サンジェルマンのジャズ・メッセンジャーズ」第2集

ご覧いただきありがとうございます。定年間近オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。
先週、先々週と雪のため行けなかった森に久しぶりに行ってみました。僕が好きで散歩に行く森は落葉樹の森で、もちろん冬の今は葉は落ちてありません。先週の雪がまだ残っています。この辺りはこれほど雪が残ることは珍しいです。しかし昨日の土曜日は午後から気温が上がったので大分雪も融けだしたようです。こうなると道がぬかるんで歩けません。


森までの道で 森だけではなく町の道路にも雪が残っています。先週くらいの量が降ると皆さんまず道路を通行できるようにと雪を道路わきに積み上げていきます。そういう雪はなかなか融けません。
またこの辺りの雪は水分を多く含み、かなり重たく、途中生垣の木が雪の重みで折れていたり、車のガレージがつぶされていたりする光景を見かけました。



梅は満開 そんな寒々しい道を散歩しているととても良い香りが漂ってきます。梅です。満開になっているもの、まだまだつぼみのものなどいろいろです。でも梅の香りっていいですよね。この香りをかぐといよいよ春も近いかと待ち遠しくなります。



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レコードの貸し借りはしない方が…

今回の「サン・ジェルマンのアート・ブレイキーとジャズ・メッセンジャーズ」には内容には関係のないことで、個人的にちょっとした思い出がある。あまりいい思い出ではない。
僕が高校生時代、1969か1970年このアルバムは2枚組3,000円で店頭に並んでいた。僕は必須と言われていたこのアルバムをアルバムを購入し、まだ2度か3度くらいしか聴いていないある時、当時の知り合い(あまりジャズ・ファンとは思えなかったが)にこのレコードを貸してくれと頼まれたのだ。断ってもよかったのだが、なぜか貸すことにした。そうしたら失くしたというのである。本当に失くしたのかどうかは分からないが、相手の家に入り込み探し回るわけにもいかない。そうしたら彼が3,000円を僕に渡し、「これで文句はないだろ」というのである。
とても嫌な感じがした。僕には以前にもこれと似た経験があった。人生で初めて買ったビートルズのレコードをこれも友人に貸してくれ、貸してくれと執拗に頼まれ断り切れず貸したところ、ジャケットを失くしたと言いレコードだけが返ってきた。弁償しろと言っても応じてもらえず小学生だった自分(相手も小学生だったが)は泣き寝入りをするしかなかった。その人間の言った言い訳にもならない言い草は覚えている。「レコードは音楽を聴くためのもので、レコードを失くしたわけではないのだから弁償する必要はない」というものであった。もちろんその人間とはその後一切の付き合いを絶った。
それに比べればましな展開である。お金の問題ではないが今回は金銭的な損失は発生していない。そういう場合どうしたらよいか?多分一番いいのは同じレコードを直ぐ買い直し、そういった経緯を忘れることだと思う。しかし自分は間違えた。こう思ったのだ。「このアルバムはヒット・アルバムだからいつでも店頭にある。2度か3度は聴いたのだから、弁償されたお金で違うレコードを聴こう。また聴きたくなったらいつでも買えるさ。」と。そうしてその3,000円で別のレコードを買ってしまった。これでこのレコードを再購入するのが35年くらい遅れてしまった。レコード屋さんに行けばこのレコードを目にする機会は何度もあった。しかしどうしても「このレコードは知っているしなぁ」と思い他のレコードに触手が向いてしまうのである。そしてその度にあの嫌な思い出がよみがえってくる。僕の友人のジャズ・ファンに絶対にレコード、CDの貸し借りはしないと人がいるが、全く賛成である。


第42回Art Blakey & Les Jazz-Messengers“au Club Saint-Germain”Vol.2 

「サンジェルマンのジャズメッセンジャーズ第2集」レコード・ジャケット


レコード…PG-22(M)。1958年12月21日クラブ・サンジェルマンにて実況録音。

<Personnel>

アート・ブレイキーArt Blakeydrums
リー・モーガンLee MorganTrumpet
ベニー・ゴルソンBenny GolsonTenor sax
ボビー・ティモンズBobby TimmonsPiano
ジミー・メリットJymie MerrittBass

<Contents>

A面
B面
1.モーニン (Moanin’ with Hazel) 1.ブルース・マーチ (Blues march for Europe. No.1)
2.エヴィデンス (Evidence) 2.ライク・サムワン・イン・ラヴ (Like someone in love)

「サン・ジェルマンのアート・ブレイキーとジャズ・メッセンジャーズ」は僕がジャズを聴きはじめた当時ものすごく有名なアルバムでジャズ・ファン必須的な存在だった気がする。しかし、上に書いたような事情で一度は購入したが保有はしておらず、再度買うことにしたのはこのジャズ・メッセンジャーズのサン・ジェルマンでのライヴ・アルバムアルバムが3枚組であることを知ったためである。僕は失くされたレコードが2枚組だったので2枚組が【正】と思っていたが、フル・ヴァージョンは3枚組だということを知り、聴いたことのあるアルバムの追体験(すべて覚えているわけでもないのに)ではなく新体験の部分もあるということが分かりもう一度買う決心がついたのである。ということで高校生以来約35年ぶりに改めて聴くことになったのだ。
師粟村氏は「ジャズ・レコード・ブック」においてジャズ・メッセンジャーズの傑作として、第二期のものとしては「サン・ジェルマンのジャズ・メッセンジャーズ 第二集」を挙げている。粟村氏が本を書いた時はやはり1枚ずつ売られていたのだろうか?第二集があるということは第一集があるということで、それが僕の2枚組に含まれているかどうか不安な面はあったが、第1集と第2集を合わせて2枚組としたのだろうと単純に考えていた。しかし第3集まであるとは思わなかった。
また「第二期のものとして」という言葉にも引っかかった。第2期があるということは第3期以降があるかどうかは別として、第1期は必ずあるということだからだ。当時は「まぁ、そのうち分かるだろう」と楽天的に考えていた。
ともかくアート・ブレイキーがリーダー・シップを取るザ・ジャズ・メッセンジャーズは何度もメンバーを入れ替えながら、1950年代中期から60年代中期に渡ってモダン・ジャズの人気バンド、メインストリーマー的存在だった。トランペットにリー・モーガン、テナーにベニー・ゴルソン、ピアノにボビー・ティモンズ、ベースにジミー・メリットというメンバーになって最初の録音がかの大ヒット・アルバムファンキー・ジャズ・ブームの火付け役と言われる「モーニン(Moanin’)」で、1958年10月30日に録音されている。その後11月18日アメリカを立ち11月19日にはオランダでライヴ録音を行っている。その後各地で公演やラジオ出演、フランス映画「殺られる」のサウンド・トラックの録音などかなり忙しいヨーロッパ巡業のほぼ最後にパリの有名なナイト・クラブ「クラブ・サン・ジェルマン」での公演の模様をフランスRCAが録音したものである。「クラブ・サン・ジェルマン」は様々な地元ヨーロッパのミュージシャンや渡仏したアメリカのミュージシャン達が公演を行ったヨーロッパの有名クラブであるが、その後オーナーが変わったり名称が変わったりしていたらしいが、今はもうないという。
このアルバムは、フランスでは翌59年5月映画「殺られる」公開と同時に発売され大ヒットとなったという。プロモーションがうまい!ともかくこの第2集はフランスでは59年度のディスク大賞を受賞した。
翌59年3月ザ・ジャズ・メッセンジャーズはその年の初録音をブルー・ノートに行うが(未発表)、その時テナーはハンク・モブレーに変わっており、ベニー・ゴルソンの在団最後の録音でもある。

まあともかく曲を聴いていこう。

A-1 モーニン (Moanin’ with Hazel)
言わずと知れたファンキー・ジャズの聖典ともいうべきボビー・ティモンズ作のジャズ・メッセンジャーズの人気を決定づけた大ヒット作。このレコードでの演奏は何と言ってもその逸話と共に圧倒的に有名で、高校生時代に買った2枚組でもA面のトップに置かれていた。僕は58年10月30日のスタジオ録音盤(BlueNote)ではなくこのレコードでこの曲を聴いていた。
演奏中に居合わせたトリニダード・トバコ出身の女性シンガー兼ピアニストであるヘイゼル・スコット(Hazel Scott)がティモンズのソロの途中感極まり「おお、神よ、憐れみを!(Oh Lord have mercy !)」と叫んだことからこの録音に限って“Moanin’ with Hazel”と呼ばれる。ヘイゼルもこのパフォーマンスに参加したということなのかな?ヘイゼルは叫んだ後気絶したという記述があるものもあるが実際はどうだったのだろう。
僕は何度聴いたかわからない。買って1、2か月で友人の貸したまま帰らなかったが、その1、2か月の間何度も聴いた、こればかり聴いた。数年前にサンジェルマン・ライヴ第2集だけではなく、第1集、第3集も含めた3枚を購入したのはこれしか聴いてなく他の演奏をほとんど聞いていなかったので、改めて全てを聴き直したいという気持ちがあった。
ピアノとトランペット、テナーのコール&レスポンスという典型的なファンキー・スタイルのテーマがゾクッとくる。ソロは最初にモーガン、オリジナル・スタジオ録音と同じヒップなフレーズだ。続くゴルソンはいつものように抑え目でソロに入り“Birk’s works”などを引用しながら音数、音域のレンジを広げ次第に盛り上げていく。そして圧巻のティモンズのソロに移る。ティモンズも抑え気味のファンキー臭ぷんぷんのクールなスタートを切るが、だんだんと盛り上げにかかる。極めつけはコードなのかオクターヴなのか音感のない僕には判然としないが、複数の音を一塊に叩きつけてくる。ジミー・メリットの力強いピチカットもそれだけで真っ黒だ。
全ての「モーニン」を聴いたわけではないが、同曲のベスト・パフォーマンスの一つだろう。

A-2 エヴィデンス (Evidence)
セロニアス・モンクのオリジナル。モンクとジャズ・メッセンジャーズというのは一寸合わない感じもするが、モンクはブレイキーとよく共演しているしお気に入りのドラマーのようだ。一風変わったテーマの後飛び出してくるモーガン、続くゴルソンのともども非常に速いテンポに乗って快調に飛ばしていく。メリットのランニングとそれに付けるアクセントも面白い。一流バンドの余裕すら感じさせる快演である。

B-1.ブルース・マーチ (Blues march for Europe. No.1)
ベニー・ゴルソン快心のオリジナルで、モーニン同様このグループの代名詞的作品。これもモーガンのソロから始まるが、ブルース的でなおかつマーチっぽいソロを工夫して吹いている。ブレイキーのマーチっぽいドラム・ソロを挟みゴルソンのソロに移るが、ゴルソンはあまりマーチを意識せずに吹いているようだ。続くティモンズはちょっとモーニンに似た展開だがこの作品でも快調で、弾く曲すべてファンキーに色づけしていく。
もともとオリジナルのタイトルは“Blues march”だが、このアルバムでは“Blues march for Europe. No.1”という長いタイトルになっている。これはこのレコードはフランスで録音され発売されたもので、「ヨーロッパで最も素晴らしいサンジェルマンの聴衆のためのブルース・マーチ」という意味を含んでいるという。いわゆるリップ・サーヴィスというやつかな。

B-2.ライク・サムワン・イン・ラヴ (Like someone in love)
ヴァン・ヒューゼン=バーク作のスタンダード・ナンバー。これもこのグループ定番のナンバーという。モーガンのトランペットがよく歌い素晴らしいソロを繰り広げる。途中テンポを倍に取り変化をつけている。モーガンはこの時まだ20歳を過ぎたばかりなのにまさに天賦の才を感じさせる。続くゴルソンのソロもエモーショナルで聴き応え十分、さらにティモンズはぐっと押えクールに弾き始めメロディアスでこの曲に合った展開を示す。

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第43回2014年2月26日

アート・ブレイキーとザ・ジャズ・メッセンジャーズ 「サンジェルマンのジャズ・メッセンジャーズ」第1集

ご覧いただきありがとうございます。定年間近オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。
前回と同じ2月23日の森の道です。先週の雪がまだ残っていますが融け出して道はぬかるんでいます。こうなると歩くのは大変です。

雪の重みで生垣の木々が折れて 昨日冬季オリンピックが終わり選手団が帰国しました。ちょっと前までは「羽生」と書けば「はぶ」と読み1996年史上初の7冠(名人、王位、王座、棋王、棋聖、王将、竜王)を達成した将棋界の天才のことでしたが、今の時点では「羽生」と書けば「はにゅう」でソチ・オリンピック唯一の金メダリストの「はにゅう・ゆづる」君のことを思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。日本語は難しいなぁ。「羽生」と書いて普通は「はぶ」とも「はにゅう」とも読むのは難しいでしょう。ストレートな読み方ではないので知っていないと読めません。帰国のニュースを見ながらそんなことを考えてました。
選手の皆さん、お疲れ様でした。メダルが多かった少なかったはいいではありませんか。空港で帰国で出迎えた方々も暖かく見守られたようで、日本はいい国だなと思います。ちょっと元首相だった方の心無い発言は残念でしたが。



レコードの貸し借りはしない方が…

前回は<貸した>て苦い思い出を書きました。しかし借りても嫌な思い出もあります。そもそも高校生までに貸して嫌なことがあったので、貸し借りはやらないようにしようと思っていました。ところが大学生でバイトをしていた頃バイト先の社員の方が、僕が音楽が好きなことを聞いたらしくある時レコードを持って来ました。「素晴らしいレコードを貸してやるから聴け」というのです。これも困りました。そのレコードというのは小椋佳氏のものです。小椋佳氏が良くないとかいうことではなく、とにかく押し付けられることが嫌でした。当時の僕は邦楽が好きになれず全く聴く気になれませんでした。何度か返そうとしたのですが「聴いたか?」と訊かれ機転の利かない僕は「いいえ」と答えるとじゃぁ聴け」と言って受け取らないのです。で、そのレコードはその後どうしたのかというと今でも家にあります。今から40年くらい前の話ですが、いつその方が現われ「レコードを返せ」と言われるような気がするのです。では聴いたのかというと、一度も聴いていないのです。これは一体どうしたものでしょうか?


第43回Art Blakey & Les Jazz-Messengers“au Club Saint-Germain”Vol.1 

「サンジェルマンのジャズメッセンジャーズ第1集」レコード・ジャケット


レコード…RJL-2503(M)。1958年12月21日クラブ・サンジェルマンにて実況録音。

<Personnel>

アート・ブレイキーArt Blakeydrums
リー・モーガンLee MorganTrumpet
ベニー・ゴルソンBenny GolsonTenor sax
ボビー・ティモンズBobby TimmonsPiano
ジミー・メリットJymie MerrittBass

<Contents>

A面
B面
1.ポライトリー (Politely) 1.ナウ・ザ・タイム (Now's the time)
2.ウィスパー・ノット (Whisper not) 2.ファースト・テーマ (The first theme)

ちょっと不思議なことがある。それは第2集のレコード番号はPG-22、第1集はRJL-2503、第3集はPG-97で続いていない。僕が持っているのは日本盤なので日本盤の話なのだが。ディスコグラフィーを見ると第1集はRCA(F)430.043、第2集はRCA(F)430.044、第1集はRCA(F)430.045と連番になっている。普通このフランス盤のように一連の作品として発売する場合連番とするだろう、第13回の「黄金時代のデューク・エリントン」が良い例だ。日本盤の番号が飛んでいるということは、日本では一括或いは続けて発売されたのではないのではないかと思う。そこで僕の持っているレコードの裏発売元を見ると第2集−'76RCA、第1集−'80RCA、第3集−'78RCAと印刷されている。僕は「えい!」とばかりに3枚まとめて買ったのだが、3枚は全然別の年に発売されているものだった。
またこのジャケットを見て欲しい。タイトル部の色が変わるだけで写真、デザインは同じである。裏を見ても基本は3枚とも同じで1面(FACE1)、2面(FACE2)の曲が変わるだけで他は同じである。
日本盤の解説は評論家の柴田博氏が担当されているが、演奏解説以外はすべて同じである。これは何を意味するのかと言えば、初版がいつかは分からないが同じ版が76年、78年、80年に再版されたことを意味している。つまり売れたのだ。出版社が一番儲かるのは新刊本が売れるのではなく、同じ本が繰り返し売れることだという。版を組み替える経費がかからず、版を重ねたからと言って値段が下がるわけではないからである。これはもちろんレコードにも、いやレコードにこそあてはまる。型の製作は一度であり、同じ型で何度も繰り返しプレスするのが一番儲かるのである。
あれ?僕はRCAが儲けたことを言いたかったわけではなく、それほど売れたレコードだということを言いたかったのだ。 ついつい品の悪さが出てしまった。
まあともかく、このシリーズ第2集が有名だが、改めて聴いてみると第1集、第3集ともなかなかいい演奏ぞろいで聴き応えがあるのだ。

A-1 ポライトリー (Politely)
ビル・ハードマンの作。ビル・ハードマンはリー・モーガンが加入する前のジャズ・メッセンジャーズのトランぺッター(56年9月〜58年8月)。全て調べたわけではないが、どうもハードマン在団当時も含めてこの曲の録音はないようだ。この時の欧州ライヴツアーのセット表は分からないが、録音はされていないようだ。しかし録音はされていないが、主要な演目だったのかもしれない。やり慣れているように感じるが、これだけの手練れなので当然なのか?しかしなぜこのレコードには収録したのか、3枚組で余裕があったのか、単に素晴らしい出来だったからか、…なかなか難しい。
珍しくゴルソンのソロから入りモーガン、ティモンズと続く、どちらもファンキーでソウルフルだ。バッキングを含むティモンズのプレイが中低音を効かせファンキーというかもう真っ黒だ。「モーニン」に勝るとも劣ろない素晴らしいプレイを聴かせる。途中観客が掛け声のような歌声を聞かせる。この曲が浸透していたとは思えないのだが、この盛り上がり方はすごい。続くベース・ソロも間を活かした素晴らしいもの。

A-2 ウィスパー・ノット (Whisper not)
ゴルソン作の超有名曲で多くのジャズ・マンが演奏している。テーマはウィスパー(ささやき)のように抑えて奏される。モーガンのミュート・プレイもベース・ドラムだけの押えた語り口でスタートから中盛り上げでゴルソンにバトンを渡す。ゴルソンはそこから熱情的に盛り上げ行き、そして抑えたテーマに戻る。ストーリー性豊かな展開である。

B-1.ナウ・ザ・タイム (Now's the time)
チャーリー・パーカーの作った余りにも有名なブルース・ナンバー。ジャム・セッションの題材として演奏されることからこれもそんなソロ回しを楽しんでもらうための選曲だろう。これもゴルソンからソロはスタートするが、さすがに手慣れた感じだ。続く20歳そこそこのモーガンは若々しく吹き切っていき、続くティモンズはここでも好調で素晴らしいソロを取っている。続くジミー・メリットも熱演である。そして御大ブレイキーとのフォー・ヴァースからテーマに戻る。

B-2.ファースト・テーマ (The first theme)
解説の柴田氏によると、トラディショナルを元にした作品でカットされることが多いという。モーガン、ゴルソン、ティモンズとソロが回るが、トラディショナルをベースにした割にはモーガン。ゴルソンのソロはモダンである。ティモンズはバド・パウエルばりのホリゾンタルなプレイを披露しているとは解説の柴田氏。「バド・パウエルばりのホリゾンタルなプレイ」というのがよく分からないので、勉強しようと思う。

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第44回2014年3月2日

アート・ブレイキーとザ・ジャズ・メッセンジャーズ 「サンジェルマンのジャズ・メッセンジャーズ」第3集

ご覧いただきありがとうございます。定年間近オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。
今日はツイていない1日でした。所用のため散歩もできず、HPに着手しようかと思ったらモニターが壊れ何も表示しなくなり、近くの電気屋さんに駆け込んで最も安価なモニターを入手、PCに繋ぎ書き込みを開始しました。それで撮影した写真はトップの1枚のみです。
思わず唸り声「こいつぁー春から縁起が…良くない」。



レコードの貸し借りはしない方が…

これまでで最も強烈な貸借の記憶はこれも大学生時代のバイト先の他の社員の方がとのことです。この方も僕が音楽が好きなことを聞いたようである時レコードを持って来ました。今回はジャズでした。2枚借りた記憶があります。1枚は日野皓正氏のレコードでした。これももう1枚がどうしても思い出せません。日野氏のは「寿歌」だったような気がします。この方も「素晴らしいレコードを貸してやるから聴け」というのですが、続きがあり「聴いた感想を文章にして渡せ」というものでした。これは困り果てました。もちろん日野皓正氏には何の責任もありませんが、しばらく日野皓正恐怖症のような感じになりました。
結局どうしたのかというと、聴かずに返しました。押し付けられてその通りにするということが、ちょっとシャクに障るし、その通りに感想文などをつけたら次はこれ、次はこれと次々くるような感じがしたからです。
ともかく押し付けはいけません、押し付けは…。


第44回Art Blakey & Les Jazz-Messengers“au Club Saint-Germain”Vol.3 

「サンジェルマンのジャズメッセンジャーズ第3集」レコード・ジャケット


レコード…PG-97(M)。1958年12月21日クラブ・サンジェルマンにて実況録音。

<Personnel>

アート・ブレイキーArt Blakeydrums
リー・モーガンLee MorganTrumpet
ベニー・ゴルソンBenny GolsonTenor sax
ボビー・ティモンズBobby TimmonsPiano
ジミー・メリットJymie MerrittBass
ゲスト…B-1、2
ケニー・クラークKenny Clarkedrums
ガナ・ムボウGana M'BowCongas

<Contents>

A面
B面
1.アロング・ケイム・マノン (Along came Manon) 1.チュニジアの夜 (A night in Tunisia)
2.アウト・オブ・ザ・パースト (Out of the past) 2.テーマ (Ending with the theme)

第1集ジャケット裏 ズバリこのジャズ・メッセンジャーズのサンジェルマンでの実況録音盤3枚シリーズは一挙に買うのが正しいでしょう!
なぜかというともしこのジャズ・メッセンジャーズのサンジェルマンでの実況録音盤を律儀にその順番通り第1集、第2集と買って聴いていくと「?」という思いが募る。そして第3集で一挙に解決するのである。
実はこの3枚シリーズのジャケットの裏は写真・レイアウト等皆同じである。違うのは左真中からの太罫で囲まれた部分で、そこには収録曲が印刷されている、ここが違うのは当たり前で他はすべて一緒である。「?」なのは第1集、第2集ともドラマーのケニー・クラークの写真とパーソネルに載っていることである。ドラマーはリーダーのアート・ブレイキーのはずでなぜケニー・クラークの写真が掲載されているのかが何の説明もなく分からないのである。「フランス人はおおらかなのかなぁ、日本ならこんなことは…」と言いたいところだが、なんと付属の柴田博氏のライナー・ノーツにも何も書かれていない。実はこの第3集のB面1曲目「チュニジアの夜」にだけ参加しているのである。2曲目の「テーマ」にも参加しているというが、30秒程度の、テーマを奏するだけなのでこれは気にしなくてもよいだろう。
ところがである。ジャケットを見てレコードを聴くとこの「チュニジアの夜」はブレイキー、クラークというモダン・ジャズ・ドラミングを作ってきた二人の御大の他にコンガの音も聞こえるのである。そしてこれにはジャケットは何も触れていない。しかしさすがに柴田氏はムボウを含めた3者のリズムの競演と書いてある。そこでディスコグラフィーを見るとガナ・ムボウなるパーカッショニストが参加していることを知るのである。

A-1 アロング・ケイム・マノン (Along came Manon)
ゴルソン作。元々は「アロング・ケイム・ベティ」(ベティがやってきたという意味かな)というタイトルでレコーディングされている。「ベティ」が「マノン」に変わったことについていソノてルヲ氏はブレイキーの浮気だろうとうまいことを言っているそうだが、話としては面白いかもしれないが解説としてはどうか?
実にクールな曲でゴルソンの才能の豊かさを感じる。ソロはモーガンからで二十歳とは思えぬ達者な吹奏ぶりを示す。続くゴルソンもクールに吹き始めるが次第に熱を帯びていき大いに盛り上げて、ティモンズに渡す。ティモンズも実に落ち着いたメロディアスなソロを展開する。

A-2アウト・オブ・ザ・パースト (Out of the past)
これもゴルソン作。ちょっと難しメロディーラインの曲だと思う。ソロはゴルソンからでスタートはクールに、しかし直ぐに熱を帯び熱く吹きまくる快演である。続くモーガン、ティモンズもファンキーだけではないミュージシャンだと再認識させるに足る聴き応えのあるソロを取る。

B-1.チュニジアの夜 (A night in Tunisia)
今ではあまり行われないドラム合戦のようなものだろう。これを聴くとこの日のこの演奏は一つのパッケージ・ショーだったのかなとも思える。ケニー・クラークはモダン・ドラミングの開祖と言われながら、母国アメリカでのジャズ・ミュージシャンの待遇の悪さ、人種差別などを嫌いヨーロッパに移住したさきがけの一人。この録音が行われた58年はどういう状況だったかはわからないが、1949年チャーリー・パーカーが渡仏した時には、既に永住権を手に入れパリ市民になろうとしており、ラジオに出演したり、レコーディング・アーティストとして、ドラムの教師として羽振りが良かったという。
そんなクラーク先生が本場からやってきた昔の仲間の連中とドラム合戦をするのである。負けられない。しかし相手はアフリカまでドラムの勉強に行き「オージー・イン・リズム”Orgy in rhythm”」なるパーカッション主体のレコードまで作っている「ナイアガラの瀑布」ブレイキーである。手強い!
というような合戦だったのかどうかは別にしてその場にいれば楽しいだろうと思う。しかしこのレコードもともと録音があまりよろしくない。そこでここはブレイキー、ここはクラークとか分析的に聴く必要があるかどうかは疑問だが、ブレイキーの手癖というか得意のパターンを知っていれば意外と聴き分けは出来るとも思うがそういうことをする価値があるかどうか。 B-2.テーマ (Ending with the theme)
エンディングのテーマだけなので特にコメントはないが、バンドってこういうテーマみたいのがあるとかっこいいよね。

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第45回2014年3月9日

ダイアン・クラール 「グラッド・ラグ・ドール」

ご覧いただきありがとうございます。定年間近オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。
先週は散歩ができなかったので、久しぶりに森に出かけた感じがします。この時期の森は1週間程度ではあまり変化がありません。しかし変わりないなぁと思っているとちょっとだけ芽吹きが見えてきて、それからはあっという間に芽吹きが進みます。僕が一番楽しみな時期です。
楽しみな時期ではありますが、困るのは花粉症。僕は1日1回の飲み薬と目薬でしのげますが、ひどい方はそれでは全くどうにもならず注射を打ってもらったりされているようです。

いよいよ定年

僕の勤務する会社は3月31日付で定年となります。前にも書きましたが再雇用を申請し部署はまだはっきりしませんが、同じ会社に勤務することになります。会社には4名ほど定年退職者がいるそうで、再雇用をした人が僕を含めて3名、もう一人の方は人材紹介会社を通じて新たな勤務先を探しているそうです。ところが全く見つからないそうで、安倍首相の強気の発言とは裏腹に現実の社会は不況から抜け出せていないようです。
残る形の我々も契約は1年間であり、来年更新できるかどうかわかりません。来年から年金が下りるといっても満額ではなく、先行きは不安なものがあります。
安穏な生活に浸れるのはいつになるのでしょうか?それともそんな日は訪れないのでしょうか?

第45回Diana Krall“Grad rag doll” 

輸入CD(Made in the EU LC00383.0602537126934と記載されている)

「グラッド・ラグ・ドール」CD・ジャケット

<Contents>

1.We just couldn’t say goodbye
2.There ain’t no sweet man that’s worth the salt of my tears
3.Just like a butterfly that’s caught in the rain
4.You know ? I know everything’s made for love
5.Grad rag doll
6.I’m a little mixed up
7.Prairie lullaby
8. Here lies love
9.I used to love you but it’s all over now
10.Let it rain
11.Lonely avenue
12.Wide river to cross
13.When the curtain comes down
ボーナス・トラック (Bonus tracks)
14.As long as I love
15.Grad rag roll
16.Garden in the rain
17.There ain’t no sweet man that’s worth the salt of my tears

<Personnel>

ダイアン・クラールDiana KrallVocal&Piano
ティー・ボーン・バーネットT Bone Burnett Produce&Guitar
ジェイ・ベルローズJay Bellerose Drums
デニス・クローチDennis CrouchBass
マーク・リボーMarc RibotGuitar&Ukelele
キーファス・シアンシアKeefus CianciaKeyboads
ブライアン・サットンBryan SuttonGuitar
コリン・リンデンColin LindenDobro
ハワード・コワードHoward CowardMandlin

1〜13の本編はニューヨークとロスアンゼルスのスタジオで録音。
15〜17のボーナス・トラックはカナダのヴァンクーバーでクリス・ポッターとのデュオ録音という。
これは意外に謎だ。では14.As long as I loveはどう録音したのか?通常最近のボーナス・トラックは本編には収録されなかったが、本編録音時の没テイクなどが多いが全く別場所で別メンバーで録音されている。これはそもそもどんな目的で演奏されたものなのか?

CDジャケット裏 僕はどちらかというと古めのジャズ・レコードやCDを買うことが多いのだが、そんな僕でもたまには同時代のものも聴いておかなくちゃと思うこともある。昨年では2枚ほど同時代2013年発売のCDを買って聴いた。余り後になっては意味がないのでこの辺りでご紹介しよう。と言っても今日の1枚は僕が買ったのは2013年で、また新作と書かれていたので2013年発売と思っていたが実際は2012年に発売されていたようだ。
まずこのCDは輸入盤を購入した。本来僕のような知識のない人間は解説付きの日本盤を買った方が良いと思っている。それはCDについては音質の差が少ないと思われるからだが、どうしてそう思っているのに輸入盤の方を買ったかというと値段が安かったからである。正直今では失敗したと思っている。
ということでライナーなし、またジャズ雑誌なども読まないし、Webの検索もしていないのでこの作品が一般的にどのように評価されているかは全く分からないのである。過去の作品などを参考に僕が聴いて感じたことをそのまま記していこう。

CDに貼られたシール ダイアン・クラールは世界的に人気の高いジャズ・シンガー兼ボーカリストである。僕が最初に彼女のことを知ったのは何であったのか全く忘れてしまったのだが、TVで何かジャズ・フェスティヴァルの映像が放送されたときだった。この歌手兼ピアニストは全く知らなかった。ただ名前は覚えた“ダイアナ・クラール”と、正直美人ではあるが大味そうな白人歌手だなと思ったことは覚えている。
それから結構CDを買って聴いていた。Book-offだけど…。
多分ジャズ・ファンにはなじみがないと思うが2003年にロック・アーティスト“エルビス・コステロ”と結婚している。コステロの再々婚の相手3番目の妻となったわけだ。しかしこれまで彼女が結婚してからも作品においてコステロ色が強い作品というのは余りなかったのではないかと思う。しかし今回はコステロ自身の名前はCDのどこにも出てこない。しかしプロデュースはTボーン・バーネットという人で、この人もジャズ・ファンにはなじみに薄い人だと思うが、この人はコステロとは肝胆相照らす間柄のようだ。この人もジャズ出身の人ではない。コステロの傀儡政権のような布陣だと思う。
そういう布陣で一体何をしたかったのであろうか?


CD挿入写真 とにかく中身を聴いて驚く前にまず驚くのはジャケットである。サービス満載のショットだ。どうなってるの?と真面目な僕などは考えてしまう。この作品の前作「クワイエット・ナイト」である。僕は前作のCDは持っていないが「イパネマの娘」などを演っているという。それにタイトルが「クワイエット・ナイト」、これはボサ・ノヴァだろうと当たりは付く。当たっているかどうかは今のところ分からない。まだ買っていないのだ。僕はこの作品以外すべてBook-offで¥500で購入している。人気歌手の割に安売りされていたりする。


マリリン・モンロー「お熱いのが好き」 このアルバムは2012年録音発売であるという、ということはこの写真撮影もその頃だろう。ダイアン・クラール48歳、2児の母、これまで功成り名を遂げた、3度目の結婚の旦那との将来に渡る幸せは保証されないかもしれないがエロで勝負するような立場ではないはずだ。おっとこのコスチューム見覚えがある。左は映画「お熱いのが好き」のマリリン・モンローである。このコスチュームと似ていないか?ダイアン・クラールはマリリン・モンローを目指すのか?それとも単なる企画ものアルバムなのか?でも白人とはいえ色白だねぇ…。


CD表 今回のタイトルは「グラッド・ラグ・ドール」という。この「ラグ(rag)」はジャズの前身的の音楽の一つといわれる。CDもレトロな雰囲気だ。しかし演奏されているのはragtimeではない。2作前のアルバム"The girl in the other room”ではそれまでオリジナルを作ってこなかったダイアナが旦那コステロとの共作が多いとはいえ6曲のオリジナルに携わっている。しかし今回オリジナルはゼロ。しかも20年代、30年代のティン・パン・アレイの作品が多いようだ。これらの曲を聴いて「ああ、この曲は○○だ」と言い当てられる人はどのくらいいるだろうか?因みに僕は1曲も知らなかった。誰がこの曲を選んできたのだろう?ダイアナ自身ではないような気がする。ではプロデューサーのT bone Burnnettか?もっとないような気がする。
タイトルは<rag>を想起させ、曲は20年代、30年代のティン・パン・アレイ、演奏するのはロッカー、歌うのはジャズ・シンガーで、出来上がりはJugぽく、ブルー・グラスに近い感じがするのである。さっぱりわからん。

調べた範囲で収録曲を紹介しよう。
1.We just couldn’t say goodbye
ハリー・M・ウッズ(Henry MacGregor Woods 1896年11月4日生まれ、1970年1月14日没)作。ハリー・M・ウッズは20年代から50年代に活躍したティン・パン・アレーの作曲家でピアニストという。
2.There ain’t no sweet man that’s worth the salt of my tears
フレッド・フィッシャー(Frederick Fisher 1875/9/3-1942/1/14)ドイツ生まれのソングライター、ティン・パン・アレーの出版者。
3.Just like a butterfly that’s caught in the rain
モート・ディクソン(1892/3/20-1956/3/23)作詞家。作曲ハリー・M・ウッズ。
4.You know ? I know everything’s made for love
アル・シャーマン(1897/9/7-1973/9/16)ティン・パン・アレイ・ソングライター。チャールス・トビアス(1898/8/15-1970/7/7)ティン・パン・アレイ・ソングライター。ハワード・ジョンソン(Howard Johnson 1887/6/2-1941/5/1)作詞家。
5.Grad rag doll
ミルトン・エイガー(Milton Ager 1893/10/6-1979/5/6)作曲家。1928年の作。Dan Doughertyは不明。ジャック・イェレン(Jack Yellen )1892/7/6-1991-4/17)作詞家。
6.I’m a little mixed up
Betty James?作、Edward Johnson?作
7.Prairie lullaby
ビリー・ヒル(Billy Hill 1899/7/14-1940/12/24)ソングライター。
8.Here lies love
ラルフ・ラムゼイ(Ralph Ramsey )レオ・ロビン(Leo Robin 1900/4/6-1984/12/29)作詞作曲家。
9.I used to love you but it’s all over now
アルベルト・フォン・ティルザー(Albert von Tilzer 1878/3/29-1956/10/1)ソングライター。ルー・ブラウン(Lew Brown 1893/12/10-1958/2/5)ポピュラーソング作詞家。
10.Let it rain
James Kendis(1883/3/9-1946/11/15)作曲家、ソングライター。ハル・ダイソン(Hal Dyson)作曲家。1925の作。
11.Lonely avenue
ドク・ポムス  (Doc Pomus 本名Jerome Solon Felder 1925/6/27-1991/3/14) ブルースシンガー&ソングライター
12.Wide river to cross 
Julie Miller (1956/7/12--)songwrighter&singer
13. When the curtain comes down
Al Lewis?作詞(1901/4/18-1967/4/4)ティン・パン・アレイ作詞家。Al Sherman(1897/9/7-1973/9/16)ティン・パン・アレイ・ソングライター。

ダイアナ・クラールと言えば都会的センスでしゃれた雰囲気を持った美人ジャズ・シンガーの現役代表のように言われている。そんなアルバムを期待してこのCDを買ったならその期待は大外れとしか言いようがないと思う。しかしそういうことではなく、ジャズとかポップとかではなくバックがあまりうるさくない女性ヴォーカルを聴きたいと思って買うならそれはありかなと思う。
しかしダイアナは今後どんな道を歩もうとしているのだろうか。そこが大いに気になってしまうのだ。

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第46回2014年3月23日

ウエイン・ショーター・カルテット 「ウィズアウト・ア・ネット」

ご覧いただきありがとうございます。定年間近オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。

本内容をアップするのが3月23日と遅くなってしまいました。ほとんどの部分を先週の日曜日16日に書いていたのですが…。一から書き直すののは大変なためこのまま行かせていただきます。すいません。
そのため僕が通っていたテニスコートの入口には河津桜が植えられています。会員の方が河津へ桜を見に行ったとき、あまりに美しいので苗木を買ったかもらってきて植えたら見事に根付き毎年美しい花を咲かせるようになりました。
この時期に咲く桜は河津桜しか思い当りませんが、僕の住む辺りでは珍しく近所の人が見に来ます。写真を撮っている時にはいませんでしたが、よくメジロが来て花を突いています。あぁ春ですねぇ。
残念なことにこのテニスコートは約1年半の間、マンションの大規模修繕のため使えません。この日は近くのコートでテニスをし、終わってちょっとだけ桜鑑賞、その後は大宴会と発展しました。こういう日を送ると人生もまんざら悪くはありません。これからもノンビリとのたりのたりと生きていきたいものです。


春に咲く花で最も匂いが強いのは沈丁花ではないでしょうか?ちょっと離れていても独特の香りが漂ってきます。いよいよ咲くぞ!という感じでつぼみが膨らみ始めました。

僕はこの金曜日に満60歳、還暦を迎えました。それでどうした?というと特に変わり映えはしません。仕事も得意先の決算期なので忙しく毎日残業の連続です。そんなこんなでアップが遅くなっています。また、3月は異動の季節、歓送迎会なども続きます。ここを乗り越えればうららかな春が待っています。








第46回The Wayne Shorter Quartet “Without a net”

ブルーノート CD TOCJ-90077 2011年欧州ツアーのライヴ録音を中心に収録

「ウィズアウト・ア・ネット」CD・ジャケット

<Personnel>

ウエイン・ショーターWayne ShorterTenor&Soprano sax
ダニロ・ぺレスDanilo PerezPiano
ジョン・パティトゥッチJohn PatitucciBass
ブライアン・ブレイドBryanBladeDrums

<Contents>

1.オービッツ (Orbits)
2.スターリー・ナイト (Starry night)
3.S.S.ゴールデン・ミーン (S.S. golden mean)
4.プラザ・リアル (Plaza real)
5.ミルラ (Myrrh)
6.ペガサス (Pegasus)
7.フライング・ダウン・トゥ・リオ ( Flying down to Rio)
8. 果てしないゼロ・グラヴィティ (Zero gravity to the 10th power)
9.(ザ・ノーツ)UFO (The notes  Unidentified flying objects)



前回の続き僕が昨年2013年に購入したもう1作品の新譜である。しかし録音は2年前の10〜11月のようだ。2年前の2011年は1933年8月25日生まれのウエイン・ショーターは78歳である。前作が2003年録音の“Alegria”(未聴です)なので録音としては8年ぶりの作品でもある。正直言ってもう新作は出ないのではないかと思っていた人も多いと思う。
この作品もたまには同時代のものも聴いておかなくちゃと思ったことと、たまたまこのCD発売直前に彼の半生を記した著書「フット・プリンツ」(潮出版社2006年)を読んだばかりだったのでこの作品には興味があったことによる。
ウエイン・ショーターはよく天才と言われる巨人だが、それを否定するということではなく、僕は改めてその才能をじっくり味わっていきたいと考えている。なのでウエイン・ショーターについては後日改めて取り上げるとして、今回は最新作の「ウィズアウト・ア・ネット」に限っての紹介としたい。
まずこの作品は昨年2013年の初めにリリースされたのだが、当時大変な話題になったと記憶している。10年間新作の発表がない伝説の巨人化したウエイン・ショーターの新作、それもほぼワン・ホーンのアルバムが新発売されようとは誰も思っていなかったからではないかと思う。
新聞でも大いに取り上げられた。僕のスクラップでは3月21日付の毎日新聞が最も早く、4月22日の朝日、5月9日の読売と三大新聞で作品評が載っている。折からのジャズ・ライヴ・イヴェント“Jazz week Tokyo 2013”で来日し3月23日公演を行ったこともあり、話題は盛り上がった。因みに今年も同イヴェント“Jazz week Tokyo 2014”に出演するそうだ。
まずタイトルの"Without a net "であるが、訳せば「ネット無し」ということだ。この"net"を僕は「縛り付けるネットなし」つまり束縛されることなく自由にプレイした、そう言い切れる作品を作り上げることができたとという意味と思っていたが、違うらしい。各紙の紹介を見ると"net"はサーカスの空中ブランコなどにみられる「安全ネット」のことだという。このタイトルはコンサート終了後に楽屋を訪れたある女優の「あなたたちって<安全ネット無し>で演奏するのね」と言われたその言葉が耳に残っていてつけられたのだという(朝日新聞)。因みに毎日は3月21日(日本公園前)に、朝日は4月22日、読売は5月9日に記事が掲載されている。それだけCDが注目された割にはコンサート評はスクラップされていない。僕の見落としだろう。
では「安全ネット無しの演奏」とはどういうものなのだろう?毎日新聞はウエインの「ジャズのアドリブを、あらかじめ決めたコードの流れで演奏する人が増えたが、私はなぜそうするのかわからない」という言葉を紹介しており、読売新聞は「ライブはストーリーを語り、感情を表現する挑戦、私にとって重要なのはいかに未知のものを演奏できるかなんだ」という言葉を紹介している。そしてこのアルバムはライブ演奏が中心である。
つまり、あらかじめコードの流れを設定せず、演奏は刻々と新たなコードなりモードに展開されていく、それにどう対応するか、自分が提示したアドリブのメロディー・ラインを他のメンバーがどう展開するか全身全霊をかけた一発勝負それが"Without a net "(安全ネット無し)ということなのだろう。こういう演奏を目指すことは先の「フットプリンツ」にも書かれていた。こういった演奏スタイルをずっと深め極めていたということなのだろう。
CDのクレジットにウエイン・ショーターはテナー&ソプラノ・サックスと記載されているが、ほとんどがソプラノでテナーは8「果てしないゼロ・グラヴィティ」と9「(ザ・ノーツ)UFO」のみである。


さて、曲を聴いていこう。ライブ録音中心だが、スタジオ・ワークが入っているかどうかはわからない。ライヴのためか1曲の長さが長いものが多い。

1.オービッツ (Orbits) 4:49
オービッツとは軌跡とか(人生)行路という言葉で、マイルスのバンドに在籍中の作。「マイルス・スマイルズ」の1曲目として収録されている。ピアノのテーマから入り、ウエインは何と「マンテカ」の1節から吹き始める。テーマから予めコードを設定せずいわゆる「スリリング」に展開が行われたということなのだろう。それはウエインにとっては意味があることなのだろうが、聴衆の我々にとってどんな意味があるのだろう。フリー・ジャズやこのような演奏を聴くたびに僕は思ってしまうのだ。しかしウエインのソプラノの響きは若々しい。

2.スターリー・ナイト (Starry night)
 8:48 これもウエインのオリジナル。美しいバラードながら安易な抒情に陥るのを拒否して後半部へ大きな流れが形作られると解説の岡崎正通氏は記しているが、よく分からない。ロマンティックなテーマらしきものをピアノがコード分解と共に奏でるがその後テーマらしきものは出てこない。ウエインも吹かない。「美しいらしきメロディがあるのかな」とは思うが美しいバラードかどうか分からない。
ともかくピアノのコード展開をウエインは<未知のもの>と捉え新たなストーリーを作り、吹き上げて行っているということなのだろうが、何を以て大きな流れと言っているのかが分からない。

3.S.S.ゴールデン・ミーン (S.S. golden mean) 5;17
解説曰く「リズミックな流れの沿ってウエインのソプラノ・サックスがスピーディーなフレーズを吹き上げる」…よく分からない。確かにリズミックな感じはする。ウエインのプレイは確かに速いフレーズが多い。しかしそれがどうした?という感じである。またなぜかマンテカのフレーズが随所に出てくる。

4.プラザ・リアル 6:56(Plaza real)
ウエインのオリジナルで、ウエザー・レポートの1983年のアルバム「プロセッション」で初演されたという。解説は、もとはゆったりと奏でられたモチーフが研ぎ澄まされたウエインの感性とともに鋭く心に突き刺さるという。残念ながら僕には何も刺さってこない。

5.ミルラ 3:03(Myrrh)
解説によると「メロディーへの思いがいっぱい秘められている」という。訳が分からない。

6.ペガサス 23:05(Pegasus)
この作品のみヨーロッパでのライヴ録音ではない。23分を超える長い作品でロサンゼルスにあるウォルト・ディズニー・コンサート・ホールで録音されたという。しかし終わりに拍手などが入っているので、ロスでのライヴ録音かもしれない。イマニ・ウィンズ(The Imani winds)という名の木管アンサンブルとの共演である。イマニ・ウィンズは、フルート、オーボエ、クラリネット、フレンチ・ホルン、バスーンの5人編成で、1997年に結成されおもにニュー・ヨークで活動しているグループのようだ。
岡崎氏の解説によると、「天空をかけるペガサスをモチーフにしたトーン・ポエムともいえる作品にあっても、ウエインの自在さは変わらない。譜面化されたスコアの間隙を縫うように繰り広げられる奔放なインプロヴィゼイション。」とのことだが、このくらいは聴くまでもなく想像されるし聴けばすぐわかる。要は譜面化された木管アンサンブルをバックに吹きまくってご覧に入れます、斬新でしょ!芸術でしょ!という辺りが趣旨であろうが、こういう試みはチャーリー・パーカーの弦楽四重奏団との共演、「第三の流れで」試みられていることで格段珍しくもない。
で、実際聴いてみてどうなのかと言われれば、面白くないのである。これはそもそもジャズではない。奇才ウエインはクラシックも見事にやってのけましたということが言いたいとしか思えない。「ジャズが聴きたい」と思ってこれを聴かされたら人々は怒るだろう。まぁ、人はそれぞれでこういうものに感動する人もいるかもしれないが、僕は願い下げにしてもらいたい。

7.フライング・ダウン・トゥ・リオ ( Flying down to Rio) 12:44
これはカヴァー曲で、ヴィンセント・ユーマンスという人の作。1933年のフレッド・アステアとジンジャー・ロジャースが出世するきっかけとなった映画「空中レヴュー時代」で歌われる華麗で弾むような楽曲という。ウエインは「曲のコードからアマゾン川の生命力を感じた」という。この曲が歌われる映画の情景が正に"Without a net "、「安全ネット無し」だという。

8. 果てしないゼロ・グラヴィティ (Zero gravity to the 10th power) 8:13
解説の岡崎氏は、ぺレスの奏でる哀感を持ったテーマに導かれ、ウエインのテナー・サックスが激情の叫びを上げると書いているが、実際に聴いてそう思う人はどのくらいいるだろうか?僕はこう感じた「オリエンタルな響きを持つピアノのテーマに始まり、途中コードの強打とロック的ドラミングで盛り上げをはかっている。テナーのプレイには全く力強さはなく年齢による衰えを感じる」。

9.(ザ・ノーツ)UFO (The notes  Unidentified flying objects) 4:13
解説の岡崎氏は、21世紀型集団即興演奏とし、読売新聞記事によるとウエイン自身「オペラなのか、カントリーなのか、特定できない音楽がUFO。誰しも未確認のものを抱えながら生きているということさ」と述べているという。
全く困ったものである。独りよがりというものだろう。


僕はこのCDを買ってまず日を空けて3度ほど全体を流して聴いた。その後聴く気持ちになれずしばらく放っておいた。そして今回このレビューを書くために改めて何度か聴いたがつらかった。
人間歳を取るとわがままになるという。その典型を感じる。ご自身は悟りきった気分で御託を並べていい気分だろうが、聴くのはつらく、聴いた後に時間を無駄にしたという思いしか残らない。

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第47回2014年3月30日

エラ・フィッツジェラルド 「ライク・サムワン・イン・ラヴ」

ご覧いただきありがとうございます。定年間近オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。
「定年間近オジサン」というフレーズは今回が最後です。明日3月31日に定年となります。その後は現在の勤務先に1年契約の嘱託社員として勤めることになります。もちろんいつまで勤められるかわかりませんが、61歳でもらえる年金はごくわずかですので、しばらくは勤めなくては生活ができません。
さて、間もなく定年ということで、3月21日〜23日の3連休にこれまでの骨休めをしようと温泉に行ってきました。場所は住んでいるところからそう遠くではない伊豆半島の下田にしました。下田市のシンボル寝姿山に初めてロープウエイで上りました。天気も良くまさに春爛漫です。

すこし下田の先までドライヴして弓ヶ浜というところの砂浜で車を止めて写しました。写真が下手なのでよく分からないと思いますが、海の色が美しく春の海らしく「のたり、のたり」とゆっくり波打っている様子でした。



下田は昨年も行きましたが、その時は1泊であまりゆっくりできませんでしたので、ほんの少しだけゆっくりしようと2泊することにしました。3連休は道路も混むし、宿の値段も高いので本当は避けたいところですが、期末決算などもあり平日にはなかなか休みが取れません。
霞がかったような空、冬を乗り越えあたたくなってきました。待ち望んでいたのどかな風景です。いろいろな面で無理していったサラリーマン卒業温泉旅行ですが、やはり行って良かった。1年に1回はのんびりと温泉につかるような生活をしたいものです。









第47回Ella Fitzgerald “Like someone in love”

日本ポリドール 23MJ-3168

「ライク・サムワン・イン・ラヴ」レコード・ジャケット

<Contents>

A面
B面
1.心安まる頃 (There’s a lull in may life) 1.ミッドナイト・サン (Midnight sun)
2.モア・ザン・ユー・ノウ (More than you know) 2.思いはあなただけ (I thought about you)
3.偽れぬ心 (What will I tell my heart) 3.冷たいお方 (You’re blase)
4.アイ・ネヴァー・ハド・ア・チャンス (I never had a chance) 4.夜の風 (Night wind)
5.クローズ・ユア・アイズ (Close your eyes) 5.ホワッツ・ニュー (What’s new)
6.また逢う日まで (We’ll be together again) 6.ハリー・ホーム (Hurry home)
7.あなたに飽きて (Then I’ll be tired of you) 7.いつからこんなことに (How long has this been going on)
8.ライク・サムワン・イン・ラヴ (Like someone in love)

<Personnel>

エラ・フィッツジェラルドElla FitzgeraldVocal
フランク・デヴォル・オーケストラFrank DeVol and his orchestra
スタン・ゲッツStan GetzTenor sax
テド・ナッシュTed NashAlto sax

A-1〜B-3 … 1957年10月15日 ロス・アンゼルスにて録音
B-4〜B-7 … 1957年10月28日 ロス・アンゼルスにて録音

いろいろな意味を込めて最もジャズ・シンガーらしい歌手だと思う。僕が勝手に決めつけていたジャズ・ヴォーカルの三羽烏のド真ん中、王道のエラというイメージを持っていたが、それは図らずも当たっていたように思う。因みに1枚もレコードを持っていない時に勝手に想像していたのは情念のサラ(・ヴォーン)、知性の(カーメン・)マクレーというものであった。
実はこのレコードは僕がエラのレコードを買った最初のものである。それも第二次マイ・ブームの約10年くらい前である。なぜレコード購入が遅れたかというとどの解説でも天衣無縫、縦横無尽のテクニックと書かれているので、どうせテクニックをひけらかすようなアドリブ、スキャットを満載したような歌唱なのだろうと勝手に想像していたからだった。
巷ではこのレコードは名手スタン・ゲッツがバックに参加し素敵なオブリガードを聴かせる名盤ということになっているが、実は購入後まで知識のない僕はそのことを知らなかった。ではなぜ買ったかというといつかは何かエラのレコードは買って聴こうと思っていたところにこのレコードを見かけ、ジャケットがいい感じだなぁと思ったことによる。そして買ってみてまさに「正解!」であった。
ここでのエラは全くテクニックをひけらかさない。素直に歌い込んでいくのである。素晴らしいラブ・バラード集だと思う。
久しぶりに登場の師粟村政昭氏は、デッカ時代のものを好むとしながらも、ヴァーヴ時代のものとしてはストリングスとスタン・ゲッツの加わったこの”Like someone in love”のムーディな唱法を買いたいと高く評価をしている。 いずれにせよこれが僕のエラ・フィッツジェラルドの入門盤で、たまたまではあるがいいアルバムに当たってまたまたラッキーだったと思うのである。
レコードの解説は一昨年2012年逝去された岩浪洋三氏が担当している。それによるとエラはダイナミックな歌唱が持ち味と思われがちだがもともとは可憐なスタイルだったという。1946年プロモーターのノーマン・グランツと契約し、一大コンサート・ツアーJ.A.T.P.に参加するようになった。この頃から唱法に変化が現れ声を張って歌うエキサイティングな歌い方も見せるようになったという。
また40年代の初めにはビ・バップが起こり、シンガーたちも40年代の終わりにはバップの影響を受けるようになった。エラもバップ・スキャット的唱法を見せるようになったという。
エラは1946年にグランツとプロモーション契約は結んだもののデッカとのレコーディング契約は残っていた。1955年に契約切れと同時にグランツの持つレーベルであるヴァーヴと契約したがグランツは「待ってました」とばかり矢継ぎ早にレコーディングを行い、新境地を開拓していった。
J.A.T.P.におけるライヴ録音、大作曲家たちの作品を集中して取り上げる”Songbook”シリーズ、大物との共演(and Louis Armstrong)などである。そんな中でこのレコードは制作された。ソングブックでは、第1弾コール・ポーター、第2集ロジャース&ハート、第3集デューク・エリントンが本作の前にレコーディングが行われ、本作の後に第4集アーヴィング・バーリンと続いていく。

この時期エラのレコーディングには明確な企画意図のようなものが見えるが、このレコーディングにどのような意図を以て取り組んだのかは定かではない。しかし素晴らしいラヴ・ソング集が出来上がった。レコードジャケット裏面に手書きの文章が載っているが、これはグランツの推薦文だろう。レコードを手に取った人がこの推薦文を読んで買ってくれるよう意図したものだろう。曰く「もしあなたが恋をしていたら、もしあなたがかつて恋をしたことがあるなら、もしあなたがまさに恋に落ちそうになっているとしたら、つまりあなたが人類の一員なら、恋をしている人々について歌うエラのフィーリングそして美しい歌の数々…これこそがあなたのための音楽です」(下手な訳ですいません)。 このレコードにはゲストとしてテナーのスタン・ゲッツとアルト・サックスのテッド・ナッシュがジャケット裏面に記載されている。ゲッツのムーディーなソロは何曲かで聴かれるものの不思議なことは、ナッシュのアルト・サックスは全く聞こえないことである。ナッシュはマルチ・リード奏者なのでA面  などで聴かれるフルート・ソロなどがそうなのかなと思われるのだが、それならそう記載すべきではないかと思う。因みにJazz Discography projectにはレコーディング・メンバーとしてテッド・ナッシュの名前は記載されていない。 岩浪氏も書いているが、曲数が多く収録時間が長いこともこのレコードの特徴である。それも1957年10月15日に10曲収録しているが普通これで1枚にして発売してもよさそうだが、同じメンバーで2週間後に5曲録音している。これは10曲では足りないと思ったのか、或いはどれかを入れ替えるつもりが結局すべていいので残したのか?どちらでもいいがおかげたっぷり素晴らしいバラード歌唱が聴けるというものである。

では、曲を聴いていこう。
A-1 心安まる頃 (There’s a lull in my life)
マック・ゴードン作詞、ハリー・リーベル作曲したナンバーで、映画「ウエイク・アップ・アンド・リヴ」に挿入された1937年のナンバーという。エラのストレートな歌唱、ストリングスの響きが美しい傑作。ゲッツのオブリガードも効果的。エンディングのフルートがテド・ナッシュなのだろうか?

A-2 モア・ザン・ユー・ノウ (More than you know)
ビリー・ローズとエドワード・エリスキューが作詞、ヴィンセント・ユーマンスが作曲したスタンダード・ナンバーとして有名な曲という。エラは伴奏つきのヴァースから入る。それにしてもエラの歌唱は説得力抜群で聴き入ってしまう。

A-3 偽れぬ心 (What will I tell my heart)
ジャック・ローレンス作詞、ヴィクター・ティンターリンが作曲した佳曲。細かいところで微妙なテクニックを披露するが、いやらしさが全くない。ゲッツのソロも短いがリリカルで素晴らしい。

A-4 アイ・ネヴァー・ハド・ア・チャンス (I never had a chance)
それほどポピュラーな曲ではないがアーヴィング・バーリンが作詞・作曲した曲という。これもヴァースから丁寧な歌い出しでスタートする。「私にはチャンスが無かったのよ」と繰り返すエンディングなどは実に寂しげな悲しげな雰囲気を漂わす。

A-5 クローズ・ユア・アイズ (Close your eyes)
1933年バーニス・ペトケアの作詞作曲したもので、恋の歌のものでも女性が歌うのに適したもので母性的な女心がよく表現された曲という。ビギン・テンポで始まり変化をつける。歌が始まると落ち着いた4ビートになる。

A-6 また逢う日まで (We’ll be together again)
フランキー・レイン、カール・フィッシャーの作詞作曲のスタンダード・ナンバー。ここでもフルートがオブリガードを吹く。今は分かれなければならない二人だが、また一緒になれるでしょうというよく知られた歌。これは解釈によって、悲しい歌にも希望の歌にもなりうる。

A-7 あなたに飽きて (Then I’ll be tired of you)
E.Y.ハーバーグ作詞、アーサー・シュワルツ作曲のナンバーとしてよく知られているという。

A-8 ライク・サムワン・イン・ラヴ (Like someone in love)
タイトル・チューン。恋する気持ちを歌った美しいバラード。ジョニー・バーク作詞、ジミー・ヴァン・ヒューゼン作曲でエラの名唱中の名唱とされる。美しい曲を名歌手が素直に丁寧に歌い上げれば名作ができるという単純明快な真実を実証するような作品である。

B-1 ミッドナイト・サン (Midnight sun)
ヴァイヴの名手ライオネル・ハンプトンとソニー・バークが作曲したインストルメンタルの曲で、ハンプトンの演奏で有名だったが、54年にジョニー・マーサーが歌詞をつけ佳曲として生まれ変わった。先般紹介したジューン・クリスティも”Something cool”で歌っているが、クリスティは53年に録音しているのでその影響はあるか?ジューンの方はストリングスのないビッグ・バンドをバックにしたよりジャジーな感じだが、こちらはストリングスがバックの中心でよりムーディーな感じを出している。オブリガードを吹くゲッツがいい味を出している。

B-2 思いはあなただけ (I thought about you)
ジョニー・マーサー作詞ジミー・ヴァン・ヒューゼン作曲で広くスタンダードとして知られている。この曲もストリングスがムーディーで他の曲にも言えることだが、一聴白人かと思わせるような端正な歌唱である。

B-3 冷たいお方 (You’re blase)
ブルース・シーバーとJ.オード・ハミルトンの作詞作曲で、珍しい選曲という。ここでもゲッツのテナーがクールでいい味のソロそしてオブリガードを聞かせる。

B-4 夜の風 (Night wind)
ここから録音日が変わる。ボブ・ロスバーグとデイヴ・ポラックの作として知られたスタンダードという。ストリングスが風の雰囲気を演出して面白い。

B-5 ホワッツ・ニュー (What’s new)
1938年にベース奏者ボブ・ハガートがトランぺッターのビリー・バタフィールドのために作曲した曲だが、ジョニー・マーサーが詞をつけて歌曲としたものだという。多くの歌手、演奏家がプレイしているスタンダード・ナンバー。ここでもゲッツのテナーによるオブリガードが聴かれる。

B-6 ハリー・ホーム Hurry home
ジョゼフ・メイヤー、ロバート・D・エメリック、バディ・バーニアーの作。「あなた、早く帰ってきて」という女心を切々と歌っている。

B-7 いつからこんなことに (How long has this been going on)
アイラ・ガーシュイン作詞、ジョージ・ガーシュイン作曲のオールド・スタンダード。エラのペーソスをたたえた歌唱が心にしみわたる。

このアルバムは数あるエラ・フィッツジェラルドのレコードの中では地味な方に入るのではないかと思う。確かに大名盤、大傑作という感じではない。レコード棚の中にひっそりと佇んでいて、「おっ、これなかなかいいんじゃなかったかな?」などと取り出すと、大喜びするわけでもなく不義理をなじるわけでもなく、淡々と再会の喜びを滋味豊かに情感深くもてなしてくれるようなそんなアルバムである。

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第48回2014年4月6日
スタン・ゲッツ「ゲッツ/ジルベルト」

桜も咲いて…

ご覧いただきありがとうございます。本日から定年オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳に名称替えです。

いつもの散歩道 僕の住む関東南部は天候が不安定で、4月5日、6日土日は全般的には気温が低く、パァーッと太陽が照ったかと思うと雨それも雷雨になったりと大変に不順でした。写真は4月5日土曜日の午前中にちょっと散歩に出かけた時のものです。この時はいかにも春らしいうららかさだったのですが、一転空は俄かにかき曇り、冷たい雨が降り出しました。そしてこの土日は僕の住む町の年間で最大のお祭り「桜祭り」だったのですが、見に行かれた方は苦労されたようです。
花が終わると新緑の候を迎えます。木々にはうっすらと緑の葉が出そうな雰囲気があります。もう少し気温が上がると一挙に芽吹いてきます。森が最も美しい季節です。
白の桜とピンクの枝垂れ桜 僕は桜の樹種などには全く疎く、桜にも白いものとピンクのものなどがありますが、何がどうなのかは全く分かりません。ともかく白の桜とピンクの桜が並んで咲いていて見ごたえがあります。
さて、僕は3月31日付で会社を定年で退職しましたが、4月1日以降も再雇用を受けた嘱託社員として、まだ5日しかたっていませんが、勤務しています。色々会社の事情もあり先週は飲み会が多く帰宅が遅い日が続きました。
歳が若き営業のころは、毎日のように飲み会が続きましたが、全く苦にならず「そら、来い!」という感じでした。しかし今は早く帰って家でジャズを聴いて過ごすような落ち着いた生活がしたいと思うような歳になりました。因みに年収は約3分の1の代わりと言っていいかどうか、残業は全くしないことになっていて、飲み会のある日以外は早くと言っても家が遠いので20時くらいには帰宅しています。もうさんざんサービス残業はしつくしました。しかし果たしてこのままノー残業デーが続くかどうか不安も残ります。。


第48回 Stan Getz “Getz / Gilberto”

輸入盤CD Verve810048-2

「ゲッツ/ジルベルト」CDジャケット

<Personnel>

スタン・ゲッツStan GetzTenor sax
ジョアン・ジルベルトJoao GilbertoGuitar&vocals
アントニオ・カルロス・ジョビンAntonio Carlos Jobimpiano
トミー・ウィリアムスTommy Williamsbass
ミルトン・バナナMilton Bananadrums
アストラッド・ジルベルトAstrud GilbertoVocals

<Contents>

1.イパネマの娘 (The girl from Ipanema)
2.ドラリセ (Doralice)
3.プラ・マシュカー・メウ・コラソン (Para Machucar Meu Coracao)
4.デサフィナード (Desafinado)
5.コルコヴァード (Corcovado)
6.ソ・ダンソ・サンバ (So Danco Samba)
7.オ・グランジ・アモール (O Grande Amor)
8.ヴィヴォ・ソニャンド (Vivo Sohando)

1963年3月18、19日ニュー・ヨークにて録音

高校1年1968年からジャズを聴き始めたが、その前にはいわゆる洋楽ファンでラジオの洋楽のヒットパレードを聴いていた僕には、このアルバムの1曲目に入っている「イパネマの娘」はしばし聞いてきた曲だった。当時誰が演奏しているか詳しいことはわからなかったと思うが、スタン・ゲッツという名前は聞いていた。そもそもこの曲は日本のヒットパレードにも登場していた記憶がある。そのくらいヒットしていた。しかしその曲の強烈な印象はとてつもなくも
もの憂いアストラッド・ジルベルトで、間奏にテナー・サックスが入っているなぁくらいのものだったような気がする。高校1年1968年からジャズを聴き始めたが、その前にはいわゆる洋楽ファンでラジオの洋楽のヒットパレードを聴いていた僕には、このアルバムの1曲目に入っている「イパネマの娘」はしばし聞いてきた曲だった。当時誰が演奏しているか詳しいことはわからなかったと思うが、スタン・ゲッツという名前は聞いていた。そもそもこの曲は日本のヒットパレードにも登場していた記憶がある。そのくらいヒットしていた。しかしその曲の強烈な印象はとてつもなくもの憂いアストラッド・ジルベルトで、間奏にテナー・サックスが入っているなぁくらいのものだったような気がする。
僕がこのCDを買ったのは、40歳を過ぎてからである。僕が勝手に敬愛する粟村政昭氏は「ボサ・ノヴァなどは所詮は大人の遊びである」として、ジャズより一段低いもの、真剣に聞くに値しないものというような評価をしており、遠慮していた。ではなぜ聴き出したかというと、それは夏である。僕はちょっと季節は早いが、アイス・コーヒーを淹れ、イパネマの娘を聴きながら飲むと「ああ夏だなぁ」と思ったりするのだ。ベンチャーズも夏だが戸外、海というイメージがある。しかしこの気怠いボサ・ノヴァはインドアのイメージだ。アストラッドのノンビブラートのボーカルは声自体が涼しい。
このレコードは1963年ニューヨークで録音された。ゲッツがボサノヴァのレコードを制作したのは初めてではない。これ以前にはギターのチャーリー・バードと組んだ「ジャズ・サンバ」がある。
ウディ・ハーマン楽団で名を挙げたスタン・ゲッツはまさにクール派テナーの大スターであったが、麻薬に手を染めるようにもなっていた。有り余る才能を持ちながらヘロインで身を持ち崩した黒人ジャズマンの代表がチャーリー・パーカーだとすれば、白人代表はこのスタン・ゲッツであろう。1954年モルヒネ欲しさにピストル強盗未遂事件を起こし、ロサンゼルス郡南カリフォルニア大学医療センターに収容され、半年後に服役した後、J.A.T.Pでヨーロッパに赴いた際にそのままとどまり、スウェーデンにしばらく居を構えている。アメリカにはいられなくなったというところか。
ヨーロッパでは、実に頻繁にレコーディングを行っている。そして1961年にアメリカに戻ったスタンは、ヒットが欲しくて一計を案じ当時アメリカに紹介されたばかりのブラジルの音楽を取り込むことにしたのである的な解説があるがそうなのだろうか。帰米して最初の吹込みは全くボサノヴァとは縁もゆかりもないものである。スコット・ラファロを迎えたカルテットなどで録音を行っている。また俊英アレンジャーとして名高いエディー・ソーターを起用した録音の後、まず1961年10月以降チャーリー・バードと何度かセッションを行っている。これは「ジャズ・サンバ」の準備と思われ、ジャズ・サンバもいきなり録音されたものではなく、周到に準備されたものという感じがする。
このレコードの前作1962年にギタリストのチャーリー・バードと組んだ「ジャズ・サンバ」は大ヒットしたが、本家筋にあたるブラジル人ミュージシャンからはコテンパンに叩かれたらしい。僕などには、この「ジャズ・サンバ」のどこがいけないのかさっぱりわからないのだが、それは結局僕も「ボサ・ヴァ」を全く理解していないということなのだろう。
さらに1963年2月には、本作にも参加しているトミー・ウィリアムス(B)や、アントニオ・カルロス・ジョビン(P、Gt)、ルイズ・ボンファ(Gt)、パウロ・フェレーラ(Dr)などブラジル・ミュージシャンと録音を行っている(Stan Getz/Luiz Bonfa - Jazz Samba Encore!)としてリリースされているが、特別話題にはならなかったようである。
そして本作が3月に録音される。2月の録音とどこが違うのかというと、要はGtとVoにジョアン・ジルベルトを起用したことそして付随的には、ジョアンの妻のアストラッドが歌ったことだろう。つまりボサ・ノヴァ界の大物であるジョアン・ジルベルト(当時アメリカ在住だった)とアントニオ・カルロス・ジョビンを招き、本作を制作。クリード・テイラーがプロデュースを担当し、レコーディング・エンジニアは、後に音楽プロデューサーとして有名になるフィル・ラモーンが当たっている。
異なるジャンルの音楽家による共同作業のため、レコーディング中には極めて緊張感が漂うピリピリしたものであったという。これはゲッツとジョアンとの確執によるものではないか。2人の確執とはスタンがボサ・ノヴァを正しく理解していないことに対してジョアンが怒り、ポルトガル語と英語の両方を話せるアントニオに、スタンに対して「バカ」と言うように頼んだが、アントニオはスタンに、わざと違う意味で伝えたという有名なエピソードもある。そもそも芸術家肌で奇行の多い変人としても有名なジョアンと傲慢でジャズ界で屈指の性格の悪さが有名なゲッツがうまく行くはずがないのである。
この収録8曲中6曲はピアニストとして参加しているアントニオ・カルロス・ジョビンの作である。さらに前作と被る曲(Desafinado)もある。
  当時ジョアンの妻だったアストラッド・ジルベルトが、「イパネマの娘」「コルコヴァード」の2曲でボーカルを担当している。これが、アストラッドの歌手デビューということになっている。アストラッドが歌うことは当初予定されていなかった。たまたまレコーディングに来ていたジョアンの妻アストラッドがハミングしているところを聞いたらイケそうだというので急きょレコーディングに参加させたというのだ。しかし実際のところはレコーディングこそは初めてであったが、ライヴ等で歌ったことはあったらしい。完全素人のアストラッドが突然歌うことになったというお話はこのレコードをヒットさせるために、クリード・テイラーの仕込んだネタだったらしい。しかしアストラッドは美人というか可愛らしい顔立ちであり、その歌はいかにも素人っぽく初々しい感じがするのでこの話題はかなり後まで信じ込まれていた。
ジョアンは全編ポルトガル語で歌ったが、アストラッドのパートは英訳詞で歌われている。なお、「イパネマの娘」のシングル・ヴァージョンは、クリード・テイラーの判断により、ジョアンのボーカル・パートがカットされ、アストラッドが単独で歌った形に編集された。これもクリード・テイラーのアメリカでのヒットを狙うための戦略であったと思われる。芸術家肌のジョアンにとってみれば、アメリカでのヒットなど全く気にも留めていなかったかもしれないが…。
このアルバムが大ヒットになったお蔭か、スタンとジョアンは、翌1964年10月9日にカーネギー・ホール公演を行い、その模様は後にライヴ・アルバム『Getz/Gilberto #2』として発表されている。こう書くと2人の確執は乗り越えられたように思われるが、厳密には両者がそれぞれ別のバンドを従えての演奏で、2人が実際に共演した場面は少ない。スタンが1975年に録音したアルバム『The Best of Two Worlds』(邦題:ゲッツ・ジルベルト・アゲイン)は、本作と同様、ジョアンが全面参加したコラボレーション・アルバムとなった。
本作は、ビルボード誌のアルバム・チャートで2位に達する大ヒット作となり、「イパネマの娘」もシングルとして全米5位に達した。そして、グラミー賞ではアルバムが2部門(最優秀アルバム賞、最優秀エンジニア賞)を受賞、「デサフィナード」が最優秀インストゥルメンタル・ジャズ・パフォーマンス賞を受賞、「イパネマの娘」が最優秀レコード賞を受賞した。本作の音楽は本来のボサ・ノヴァとは別物であると主張する声も多かったが、結果的にはアメリカにおけるボサ・ノヴァ・ブームを決定づけた作品となった。
ローリング・ストーン』誌が2003年に選出したオールタイム・グレイテスト・アルバム500では454位にランク・インし、後の改定では447位となった。

ということで曲を聴いていこう。

さて、1曲目イパネマの娘 The girl from Ipanemaはボサ・ノヴァの代名詞ともなった大ヒット曲。本筋ではないかもしれないが、アストラッドのノン・ヴィブラート、涼しげな声がいい。「イパネマ」とはリオデジャネイロ市内に位置するイパネマ海岸のことであるらしい。

2曲目ドラリス Doralice、3曲目Para Machucar Meu Coracao、4曲目Desafinadoこれもジョビンの代表作の一つ。そして6曲目So Danco Samba、7曲目O Grande Amor、8曲目Vivo Sohandoとすべてジョアンが独特の語りかけるような歌があり、ゲッツのクールとしか言いようのないテナー・サックスのソロが入る。

5曲目Corcovadoアストラッドが歌うもう1曲。ここでも英語で歌っている。最初アストラッドが歌い、ジョアンのポルトガル語の歌に引き継ぐ。

ゲッツは本作の後、ローリンド・アルメイダ(Gt)と組み、パーカッション以外のリズム隊はジャズ・メンで固め再びボサ・ノヴァに取り組んでいる。よほどボサ・ノヴァが気に入ったのか、儲かると踏んだのか。

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第49回2014年4月13日

デューク・ジョーダン 「フライト・トゥ・デンマーク」

ご覧いただきありがとうございます。定年オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。
前回書こうと思ったのですが、すっかり忘れてしまいました。ボケたかなぁ?
このホームページは昨年5月1日にスタートさせましたが、理想的には昨年3月15日、遅くても4月1日のスタートを目指していました。会社みたいですが、年度としては4月〜3月を一括りにしたいと思っています。そういう意味ではスタートが遅れたけれど1年目が終わったということです。目標は50回でした。しかし結果的には年度内には47回しかできませんでした。
今年度来年2015年3月31日までには第100回を目指して行こうと思っています。

もちろん回数より中身ではありますが、回数は頑張れば重ねることができますが、中身を充実させることは容易くはありません。自分自身に蓄積がないとなかなか難しいことではありますが、内容の充実も頑張っていきたいと考えています。



本日の写真は昨日4月12日の土曜日に近隣を散歩した時に移したものです。いたるところ花が満開で春爛漫です。どんな人でも花が咲いているのを見ると心が和むのではないでしょうか。
僕の住む近隣は何故か老人ホーム(最近はそうは言わないようですが)が数多くあるのですが、暖かくなって杖を突きながら或いは買い物用カートを杖代わりにしながら一生懸命に歩いている方を見かけます。そういった人々も路傍の小さな花に足を止めて見入っている光景をよく見かけます。花には理屈抜きで人を引き付ける何かがあると思えてなりません。









第49回Duke Jordan “Flight to Denmark”

SteepleChase 15PJ-2002(日本再発盤)

「フライト・トゥ・デンマーク」レコード・ジャケット

<Personnel>

デューク・ジョーダンDuke JordanPiano
マッズ・ヴァンディングMads VindingBass
エド・シグペンEd Thigpendrums

<Contents>

A面
B面
1.危険な関係のブルース (No problem) 1.ハウ・ディープ・イズ・ジ・オーシャン (How deep is the ocean)
2.ヒアーズ・ザット・レイニー・デイ (Here’s that rainy day) 2.グリーン・ドルフィン・ストリート (Green dolphin street)
3.エヴェリシング・ハップンズ・トゥ・ミー (Everything happens to me) 3.イフ・アイ・デッド―ウッド・ユー (If I did ? would you ?)
4.グラッド・アイ・メット・パット (Glad I met Pat) 4.フライト・トゥ・デンマーク (Flight to Denmark)

1973年11月25日、12月2日 コペンハーゲンにて録音。SteepleChase15PJ-2002



春らしい季節写真を掲載しながら本日のジャケットは季節が逆戻りしたような冬景色で申し訳ありません。
欧米に関する知識がないのだが、このアルバムは日本ではとても人気が高いようだ。なぜかと考えると雪景色に一人たたずむデューク・ジョーダンのモノクロの写真のジャケットではないかという気もする。山水画のようなまるで<墨絵>の世界です。タイトルは“Flight to Denmark “、どう訳せばよいのかな?「デンマークにやって来た」という感じだろうか?
そしてこのアルバムはジョーダンの11年ぶりのジャズ界復帰第1作ではないが、復帰初リーダー作である。
これほど長くジャズ界から離れなければならなかったのは、マイルス・ディヴィスに干されたからという話もある。 真偽のほどは分からないが、マイルス・ディヴィスの伝記ではジョーダンのことをこっぴどく叩いている。当代随一の大スターがダメなやつと烙印を押したプレーヤーは使いにくいという業界事情があったのだろうか?
このアルバムは1973年、デンマークのコペンハーゲンでのレコーディングである。ジョーダンが初めて渡欧したのは1956年で59年にフランス映画「危険な関係」の音楽提供のために再びパリを訪れている。そして62年には再び楽旅のためヨーロッパを訪れている。その62年にニューヨークでソニー・スティットのテンティット(十奏団)に加わってからレコーディングがない。60年代の内5年間以上ジャズ・シーンを離れタクシーの運転手などをしていたという。アルバム裏のローランド・バッゲナエス氏のライナーには”taxi cab driver !”(タクシーの運転手なんかをしてたんだぜ!)と書いてある。この時代はビートルズのデビュー後であり、ポピュラー音楽界はロックの嵐にさらされジャズ・ミュージシャンの仕事は激減していたというが、それだけがジャズ界から離れた影響だろうか?
さて、このレコ−ドはスティープルチェイス(Steeplechase)というレーベルが録音したものだ。Steeplechaseレコードは、1972年デンマークのコペンハーゲンに設立されたばかりのジャズのレーベル。設立者はニルス・ウィンザー(Nils Winther レコード裏面マッズとシグペンの間にいる髭の人物)という人で、コペンハーゲン・ユニヴァーシティの学生だった。彼のレコード会社を立ち上げのきっかけはジャズ・クラブ「モンマルトル」(Montmartre)で多くのアメリカから来た移住者たちのジャズ演奏を録音し始めたことだったという。その後ステープルチェイスは多くのメジャー・レーベルと接触できなくなったアーティストたちの天国になったという。
このアルバムの日本版ライナー・ノーツを書いている岩浪洋三氏は72年にハード・バップ・リヴァイヴァルに乗って、5年ぶりにニューヨークに復帰したジョーダンの生演奏に接しインタヴューも行ったことを書いている。インターヴューは、ジョーダンは5年ぶりにカムバックして2か月目というから72年7月のことだ。その時ジョーダンはニューヨークのセラー・カフェーという汚いバーに出演していたという。カフェ・セラーは夜が更けるとフロアでダンスをする人も増え、ざわめきでいっぱいになるという、そんなとても良い環境とは言えないところでデュークは一生懸命弾いていたという。
また、デュークはくたびれた背広で生活も楽には見えなかったというし、人柄もむしろお人よしという印象だったという。このアルバムにも入っている「危険な関係のブルース」の印税も騙されてみんな人に持っていかれた、車も盗まれ電車で2時間かけて仕事場に通っていたという。プレイヤー紹介で記載したがこのやられ方は喧嘩無敵と言われた人物らしくはない。

さて、以前も書いたと思うが僕はピアノ・トリオというと三位一体となってスイングの波に乗りグイグイと押し寄せるような演奏、一音一音の微妙な響きを駆使したリリカルなバラードなどが好きだが、なぜこのアルバムを入手したのかというとやはりジャケ買いで、研ぎ澄まされた静謐なピアノ・トリオというのも悪くないなと思い、このアルバムに関する知識も何もなく購入した。デンマークという北ヨーロッパの静謐な環境の下で贅肉を極限までそぎ落とした珠玉のピアノ・トリオ演奏を期待したのである。
しかし実際に聴いてみるとそういう演奏はない。では何なのか?グルーヴ感、スイング感というのもないというかそういう演奏がない。ハッピーな心浮き立つナンバーもない。期待の音数を絞り込んで音の行間に物を言わすスロー・ナンバーというのもない。
では、このアルバムの難しく言えば基本コンセプト、簡単に言えば聴きどころはどこなのだろうか?としばらく迷っていた。そしてあるサイトか本で読んだことにハッとなった。このアルバムのコンセプトはズバリ<哀愁>だというのである。哀愁のヨーロッパ、北ヨーロッパならなおさらだ。そういう気持ちでこのアルバムは聴くべきなのだという。
正直言って「哀愁のピアノ・トリオ」などという言葉は全く浮かばなかった。因みにこの録音はジョーダンが中心だが、ヴェテランのエド・シグペンも本国では鳴らしたドラマーである。このデンマークでの録音参加はどういう事情によりものだったのだろうか?実に堂々としたプレイぶりを示すベースのマッズ・ヴァンディングは、地元出身の当時25歳、まだまだこれからというプレイヤーだ。
この1枚にも僕の勉強すべき要素は盛りだくさんだ。


では、曲を聴いていこう。
A-1 危険な関係のブルース (No problem)
1959年公開のフランス映画「危険な関係」(監督:ロジェ・ヴァディム)のためのテーマ。ブルースでジョーダンの代表作。作曲者として映画では関係のないフランス人の名前がクレジットされ、全く印税をもらえず苦労したという。元々は映画に因んで"Les Liason Dangereuses"というタイトルだったらしいが、"No Problem"(問題ないよ)になっている。このことも著作権問題とかかわりがある。
哀切感漂うブルージーなムードのある秀逸なメロディーである。 出だしのポコポコというドラムから哀感が漂っている。ミディアム・テンポだがスイング感はない。要するに哀愁なのであろう。

A-2 ヒアーズ・ザット・レイニー・デイ (Here’s that rainy day)
モダン・ジャズメンもよく演奏するヴァン・ヒューゼンバークによるスタンダード・ナンバー。ソロ部に「ジングル・ベルズ」の一説が引用される。この曲ももともと哀愁感漂う曲である。詩情豊かで心に語りかけるようなバラッド・プレイである。

A-3 エヴェリシング・ハップンズ・トゥ・ミー (Everything happens to me)
マット・デニスが作曲した洗練されたバラッド。ロマンティックなナンバーだが、ここでのジョーダンのプレイはロマンスの中心にいるのではなく、かつてのロマンスを思い出しているような、ロマンスの陰にいるような陰影のある演奏である。実に丁寧に弾いている感じがする。

A-4 グラッド・アイ・メット・パット (Glad I met Pat)
ジョーダンのオリジナル。3拍子で描かれたかわいい曲である。ニューヨークのデュークの家のそばに住んでいた9歳のパトリシアの思い出を曲にしたものという。岩浪氏は日本版ライナーでここまでしか書いていないが、裏面のローランド氏は「パトリシアは明るく美しい女の子だったが、彼女が誘拐されたときはみんな驚いたものさ」というジョーダンの話を紹介している。誘拐されてどうなったかは書いていない。そう読んで聞くと単に可愛らしい曲というわけでもないような感じに聞こえてくる。


B-1 ハウ・ディープ・イズ・ジ・オーシャン (How deep is the ocean)
アーヴィング・バーリンが作曲した有名な曲。不気味なマッズのベースで始まる。ジョーダンは47年にチャーリー・パーカー、52年にスタン・ゲッツ、55年にセシル・ペインと共演して録音したことがある。ジョーダンは哀感を滲ませたエモーショナルなソロを展開する。短いマッズのソロを挟みドラマティックな展開が聴きどころである。。

B-2 グリーン・ドルフィン・ストリート (Green dolphin street)
映画「大地は怒る」の主題歌。ブロニスロウ・ケイパーの作曲。このアルバムをA面から順番に聴いてくるとここで初めてリズムに乗ってスインギーなプレイが聴かれる。依然この曲のウィントン・ケリーの演奏を紹介したことがある。ケリーはアップ・テンポで軽快にグイグイとスイングするが、ここでのジョーダンはミディアム・テンポで哀感を感じさせるプレイとなっている。ここでもマッズのベース・ソロは聴き応えがある。

B-3 イフ・アイ・デッド―ウッド・ユー (If I did − would you ?)
これもジョーダンのオリジナル。岩浪氏はビューティフルで詩的な曲としているが、僕には捉えどころのない曲だなぁと思える。

B-4 フライト・トゥ・デンマーク (Flight to Denmark)
以前ジョーダンは、60年にブルーノートに「フライ・トゥ・ジョーダン」というアルバムを作成しているが、それにひっかけて書いたブルースナンバーでこのアルバムのタイトルにもなっている。とてもよく弾むような楽しげなブルースで、ジョーダンが乗って演奏していることがよく分かる。マッズのベースはバッキングもソロも聴き応え十分だ。シグペンのドラム・ソロのバックにピアノがアクセントを付けるのは分かるが、ベースがウォーキングを弾き続けるのは珍しいと思う。

1972年デンマークのコペンハーゲンに設立されたばかりのステープルチェイス社が何故10年以上録音のないデューク・ジョーダンのリーダー・アルバムを作ろうと思ったのだろうか?その事情は分からないが没テイクなど結構多くの曲を録音した中からチョイスされてレコード化されているようである。

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第50回2014年4月20日

レッド・ノーヴォ 「ムーヴ」

ご覧いただきありがとうございます。定年オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。
今週末19日、20日は雨も降り冬を思わせるような冷え込んだ天気となりました。皆さんのところはいかがでしょう?
僕は先週風邪をひき、さらには激しい歯痛に襲われ散々の1週間でした。風邪で1日休みを取りました。今年から定年後の嘱託の有給休暇の制度が変更になり昨年度よりも大幅に増えたので助かりました。歳を取ると体が弱り無理が利かなくなるのに対して有給休暇が少なくなるのは困ったものでした。歯痛は左奥歯を以前治療し銀をかぶせた中で歯が割れさらに折れていて、そこから菌が入ったようで歯というよりも顔面左下部全体が痛くなり、もう治療の余地がないということで取りあえず抜歯しました。今後入れ歯にするかどうか歯医者さんと相談です。景気の悪い話ばかりでいけませんね。

この先の藪の中で大きな鳥の鳴き声が聞こえました。僕は初めて聞く鳴き声です。ちょっと異様な感じで初めは人が叫んでいるのかとも思い鳴き声がする方に歩いていきました。鳴き声のする直ぐ近くまで行って間違いなく鳥の鳴き声だということは分かりました。何とか写真に撮ろうと思ったのですが、写真はおろか姿さえ見えません。何だろう?としばらく佇んでいると近所に住んでいるらしいおばさんが2人自転車で通りかかり、鳥の鳴き声に合わせ「ちょっと来い、ちょっと来い」と言って笑いながら走り去りました。そういえば鳴き声は「ちょっと来い」と聞こえます。
家に帰り直ぐネットで検索しました。「鳥の鳴き声 ちょっとこい」で検索するとすぐ出てきました、便利な世の中です。この鳥は「コジュケイ(小綬鶏)」といってキジ科の鳥で南方系で本州でも北陸以北には見られないそうです。確かに郷里の仙台では聞いたことがありませんでした。大変勉強になりました。

コジュケイと共に郷里仙台では見かけなかったのが、春になるとよく見かけるこの紫の花です。名前が分かりません。どなたか教えてください。確か園芸店で見かけた時は<小判草>と書いてあったような気がしますが自信がありません。ああ、この世は知らないことだらけです。だから楽しいのかも…。











第50回Red Norvo “Move”

SOPU-7SY(SAVOY12088)(日本再発盤)

「ムーヴ」レコード・ジャケット

<Personnel>

レッド・ノーヴォRed NorvoVibraphone
タル・ファーロウTal FarlowGuitar
チャーリー・ミンガスCharles MingusBass

<Contents>

A面
B面
1.スウェーディッシュ・ペイストリー (Swedish Pastry) 1.4月の思い出 (I'LL remember april)
2.チーク・トゥ・チーク (Cheek to Cheek) 2.アイ・キャント・ビリーヴ・ザット・ユーアー・イン・ラヴ・ウィズ・ミー (I can't believe that you're in love with me)
3.夜も昼も (Night and day) 3.リトル・ホワイト・ライズ (Little white lies)
4.タイム・アンド・タイド (Time and tide) 4.ジング・ウェント・ザ・スプリング・オブ・マイ・ハート (Zing went the spring of my heart)
5.セプテンバー・ソング (September song) 5.イフ・アイ・ハッド・ユー (If I had you)
6.ムーヴ (Move) 6.これは恋かしら (This can't be love)
7.アイヴ・ガット・ユー・アンダー・マイ・スキン (I've got you under my skin) 7.ゴッドチャイルド (Godchild)
8.アイ・ゲット・ア・キック・アウト・オブ・ユー (I get a kick out of you) 8.アイム・ユアーズ (I'm yours)

A面1〜4 1950年5月3日 ロス・アンゼルスにて録音 
A面5〜8、B面1〜4 1950年10月13日 シカゴにて録音
B面5〜8 1951年4月13日 ロス・アンゼルスにて録音


Savoyというレコード会社は、スイング〜バップ〜モダン期にかけた数々の貴重な録音を行ったある意味ジャズ界の勇であると思うが、そのレコードという商品・モノにかけての管理はずさんな感じがする。特に困るのが、ジャケット裏面にいかにもこの順で収録されています的な表記があるが、実は曲順は全く違う。迂闊な僕はジャケットを見ながらおかしいな、この曲こんな感じだったかななどと思いながらレコード本体を見ると並びが全く違うので唖然とする。そうすると、僕のような入門者はレコードを聴きながら、「あ、この曲いいなぁ」と思ったらレコードを止めて、曲名を確かめるしかないのである。煩わしいことこの上ない。
ところでレコードの曲順は録音順に並んでいる。この辺りは曲調を配慮したとかいうよりも、ただ録音順に並べました的な感じがしてしまう。しかしそれならそれでそう裏面にも記載してほしい。 また、Savoyはレコード・ジャケットが変なことでも有名だが、このジャケットはいい方だと思う。でもMoveでジェット機の編隊飛行の写真は分かるが、トリオなのに4機飛んでる。
いずれも些細なことで申し訳ない。
このアルバムのリーダーのノーヴォ、日本では敬意をこめて「能坊」と呼ばれているようだが、すごい人で歳を取っても進取の気持ちが廃れなかった言われるし、そうだと思うがただこのレコードに関しては42歳の時の録音なので、そうそう年寄り呼ばわりされる歳でもないのではないかと思う。
このアルバムのすごいところは、すでに名を成し、功を成した能坊が、チャーリー・クリスチャン以来最高のギタリストといわれるタル・ファーロウ、モダン・ベースの革命児チャーリー・ミンガスという異能の若手をスカウトしてこれまでにないVib、Gt、Bというトリオを作り上げレコーディングを行ったというとこであろう。粟村氏はこの能坊の進取の気概は認めながらも、そのソロはやはりスイングのコンセプトから抜けきらなかったと冷静な見方をしている。A面とB面を聴くとB面特に後の方がぐっと洗練したサウンドになっているような気がする。粟村氏はこのトリオに関して、「ノーヴォの狙った線は意外にジョージ・シェアリングの小編成化にあったような気もする」と述べているが、これらの都会的な洗練されたサウンドを聴くとなるほどと思う。しかし問題は、僕自身がジョージ・シェアリングをそれほど知らないことと、ノーヴォのこの前後の録音というのがなかなか手に入りづらい状況なので確認しづらいことである。

大和明氏のライナー・ノーツによるとこのレッド・ノーヴォ・オリジナル・トリオによる録音はStandard recordとDiscovery recordというマイナーレーベルに行われたらしい。そのうちDiscovery recordから発売されたものが本盤に収録されている。つまり本盤はもともとDiscovery recordに録音されたものをSavoy発売権を得てSavoyレーベルで発売したということになる。
さらにDiscographyを詳しく見ると、5月3日には本番に収録された4曲がレコーディングされているのみだが、このメンバーでの次回録音10月13日にはここに収録された8曲の他に”Prelude to a kiss”、””Mood indigo”というエリントン・ナンバー、”Deed I do”、”Have you met Miss Jones”というスタンダード・ナンバー4曲が録音されている。この4曲に51年4月13日録音の4曲の別ヴァージョンを加えて右の”The Red Norvo trio The Savoy sessions”2枚組のレコード(SAVOY SIL 2212)も発売されている。エリントン・ナンバーの2曲ではソロではないが珍しくミンガスがアルコを弾いている。もしご興味がある方は”Move”ではなくこちらの2枚組を買われた方がお得だと思う。
そのような歴史的なことを踏まえて、或いは踏まえなくてもいいのだが今このレコードを聴いてどう思うかということだが、なんといっても3人しかいないのである。僕もバンドを経験者だが、メンバーが少なければ少ないほどそれぞれがうまくないと音がスカスカになって聴くに堪えないのである。つまりこういう編成を行うには3人が腕達者でないとできないのだ。そういった意味ではこのメンバーは何の不足もない。また、パーカッションは入っていないはずなのに、曲によってはポコポコとパーカッションらしい音がするが、これはタルが、ギターの胴板を叩いているのではないかと思う。タルはこれも実にうまかったと何かで読んだ記憶がある。
片面8曲ずつを2面続けて通して聴くのはつらい感じもするが、やはり当時はSPの時代だったので、その辺りを考慮して聴いてみるとよいと思う。


では、曲を聴いていこう。
ということで1日SP盤1枚分を聴いてみようと思う。
第1回はディスコグラフィーによると最初の発売となる
A-1 スウェーディッシュ・ペイストリー (Swedish Pastry)
A-3 夜も昼も (Night and day)
のカップリングだ。A-1はギタリストBarney Kessellのオリジナルで、バップっぽい曲だが、洗練された都会的な面もある曲である。ミンガスのソロが目覚ましい。A-3はコール・ポーター作のスタンダード、最初はテーマでタルのポコポコが入り、サビからタルのコード・プレイからソロに至る。続いてノーヴォのソロ、エンディングのテーマではまたポコポコに戻る。

第2回目は2番目の発売となる
A-2 チーク・トゥ・チーク (Cheek to Cheek)
  A-4 タイム・アンド・タイド (Time and tide)
のカップリング。A-2はアーヴィング・バーリンのスタンダード曲。映画「トップ・ハット」でフレッド・アステアが優雅に歌っていたが、こちらは非常に速いテンポでの演奏。ノーヴォの快調なソロが聴ける。タルとノーヴォの絡みも見事。A-4はフラメンコ調のリズムで始まり、ここでもタルがポコポコで活躍、サビではオクターヴで弾いている。

A-5 セプテンバー・ソング (September song)
B-4 ジング・ウェント・ザ・スプリング・オブ・マイ・ハート (Zing went the spring of my heart)
のカップリング。A-5はメディアム・テンポのスタンダード・ナンバー。ミンガスのベースがずっしりと響いてくる。ソロはタルがまず取り、つづいてノーヴォ、その後ミンガス、この辺りのミンガスはまだ普通のベースを弾いている。B-4テーマの後、急速テンポのノーヴォのソロ、タル、ミンガスのベースが絡みながら速いテンポでテーマを合奏して終わる。

A-6 ムーヴ (Move)
B-3 リトル・ホワイト・ライズ (Little white lies)
が続くカップリング。A-6はドラマーのデンジル・ベストが作曲したアップ・テンポのバップの名曲。ソロはまずノーヴォ続いてタル、急速テンポで一気に演奏される。B-3はテーマをタルが奏する。ソロもタルからノーヴォに続く。

A-7 アイヴ・ガット・ユー・アンダー・マイ・スキン (I've got you under my skin)
B-2 アイ・キャント・ビリーヴ・ザット・ユーアー・イン・ラヴ・ウィズ・ミー (I can't believe that you're in love with me)
がその次のカップリング。A-7はコール・ポーター作のスタンダード曲。B-2はノーヴォ、タルの順でソロを取る。

A-8 アイ・ゲット・ア・キック・アウト・オブ・ユー (I get a kick out of you)
B-14月の思い出 (I'LL remember april)
とセッションごとにカップリングで出したようだ。A-8もコール・ポーターの曲。B-1もスタンダード曲。このトリオにしてはゆったり目のミディアムテンポで演奏している。


先ほど「片面8曲ずつを2面続けて通して聴くのはつらい感じもする」と書いたが、”The Red Norvo trio The Savoy sessions”は2枚組なので、A、B、C面各6曲、D面7曲合計25曲を続けて聴くのはさらにつらい。作品として楽しむなら”Move”で充分、もし各プレイヤーのコンプリート蒐集或いは資料として音源を集めるなら”The Red Norvo trio The Savoy sessions”2枚組を購入した方が良いと思う。僕が何故どちらも買ったのかというと、ろくに調べもしないので”Move”の他に全く別セッションがありそれが”The Red Norvo trio The Savoy sessions”2枚組で重複していないと思っていたのである。「不勉強は高くつく」ということだ(泣)。

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