ジャズ・ディスク・ノート

第51回2014年4月29日

チック・コリア 「リターン・トゥ・フォーエヴァー」

ご覧いただきありがとうございます。定年オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。
先週末26日、27日僕の住んでいる地域は汗ばむくらいの陽気となりました。春というか初夏の装いです。










森を歩いていると本当にいろいろな鳥の鳴き声が聞こえたりします。実は所用があり森を歩いたのは27日の日曜日に30分程度でした。散歩の時に持ち歩くコンデジではイッパイイッパイですが鳥の姿お判りでしょうか?重いけど一眼レフを持ってじっくり森の中の写真を撮る…ゴールデン・ウィークの楽しみにしましょう。













今週は会社の都合で嘱託社員になっても残業が続きました。そのうち1日は飲んだわけでもないのに朝帰りとなりました。歳のせいかなかなか疲れが取れません。どなたも読んではくれませんがHPも進みません。












あるジャズ・ファン

しばらく前に同じ会社の人たちとお酒を飲む機会がありました。そこに社内結婚された後退社し仕事上関係のある会社でパートタイムで働かれている女性が参加していました。大変な美人です。同じ部だったこともあり、あるイベントを手伝いに来てもらった時彼女を見た人たちはプロのモデルが来てると話題になったくらいの美形の方です。その飲み会の前にその女性の友人から彼女は大のジャズ・ファンだという話を聞きました。
ご主人も一緒に来られていました。ご主人は半分プロのようなブルース・バンドでギターを弾いています。それで彼女もブルースが好きなのかなと思っていたのですが、実はジャズが好きと聞いてうれしくなり、たまたま近くの席に座ったので、ちょっと話しかけてみました。
僕「○○さん(その女性の名)、ジャズがお好きなんですって?」
○○さん「ええ、そうよ。音楽ではジャズが一番好きかな。」
僕「へぇ、どんなのをお聞きになるんですか?」
○○さん「・・・・」(返事なし)
そこで僕「やはりマイルス・ディヴィスとかビル・エヴァンスとかお好みですか?」
○○さん「誰、それ?」
僕「・・・・」
○○さん「私はね、食事をしに行ったり飲みに行ったりしたときにバックにかかる音楽ではジャズが一番好きなの!大のジャズファンよ!」
僕「・・・・」
その後も彼女は、音楽の話題になると「私はジャズ・ファン」と話しているという。

第51回Chick Corea “Return to forever”

ポリドール・レコード MP 2273(日本盤)原盤はECM

「リターン・トゥ・フォーエヴァー」レコード・ジャケット

<Personnel>

チック・コリアChick CoreaElectric piano
ジョー・ファレルJoe FarrellFlute & Soprano sax
スタン・クラークStan ClarkeElectric bass & double bass
アイアトー・モレイラAirto Moreila Drums & percussion
フローラ・プリムFlora PurimVocal & percussion

<Contents>

A面
B面
1.リターン・トゥ・フォーエヴァー (Return to forever) 1.サムタイム・アゴー〜ラ・フィエスタ (Sometime ago 〜 La fiesta)
2.クリスタル・サイレンス (Crystal silence)
3.ホワット・ゲイム・シャル・ウィ・プレイ・トゥディ (What game shall we play today)

1972年2月2日、3日 ニュー・ヨークにて録音


発売された時に大変な話題となった1枚である。高校生だった僕は時代にも付いて行かなくてはと思い頑張って買った1枚である。僕はお金のない高校生だったが、第24回で取り上げたウエザー・レポートのデビュー盤、時代を画する世紀の傑作と呼び声の高かったマイルス・ディヴィスの“Bitche’s brew”と本盤はアルバイトをして購入したのだった。
現代の高校生がこのアルバムだけは買わなくてはと思うジャズ・アルバムというのがあるのだろうか?現代の高校生がそう思わないとしたら、それは高校生の問題か、それともジャズ界の問題か?それとも何も問題ではないのかな?
このアルバムは当時スイングジャーナル誌の選ぶ「ジャズ・ディスク大賞」1972年度の「金賞」を受賞している。因みに70年度は“Bitche’s brew”、71年度は”Weather report“だった。この3枚を同時代に買ったといっても結果的には金賞受賞作を買っただけなのだが。
ともかくこの3枚はジャケットも話題になった。ウエザー・レポートの摩訶不思議なジャケット、僕はいまだに何か分からない。マイルスの前作“In a silent way”のシンプルさから一転してゴテゴテとしたイラスト、それに比べてこの清涼感。ジャケットと中身が全く違うというアルバムもあるが、この3枚はそれぞれ内容を正しく伝えている秀作だと思う。ともかくこの3枚は大ヒットした。正確な販売枚数は分からないが、最も売れたのは本作という話を聞いたことがある。
若い方はご存じないだろうが、このアルバムが発売されたころ大変話題になり大ヒットとなった小説があった。後に映画化されたリチャード・バック著「かもめのジョナサン」である。さらに日本では「モウレツからビューティフルへ」というCMが流行っていた。そういう時代でもあったのだろう。

ともかく僕はこのレコード発売の前に1枚だけだがチック・コリアのレコードを持っていた。“Now he sings , now he sobs”で、これはピアノ・トリオでの演奏であり、ジャズど真ん中のレコードであった。その後サークルという小難しい前衛ジャズを演り始めたらしいということは雑誌等で読んでいた。そして出たのがこのアルバムである。完全に入門したてのファンだった僕でも意外に思ったくらいだが、既にジャズを一定年数聴きこんでいる人たちにとっては正に驚嘆だったらしい。
これらのことをジャズ喫茶の店長でジャズ評論家の後藤雅洋氏は「ジャズ喫茶 四谷「いーぐる」の100枚」にこの作品を取り上げ的確に書いてくれている。第5章<時代の変わり目>の章の中で「どんなに革新的な作品でも、それが出てきたことによって変わってしまった後のシーンしか知らないと、その新しさがいまひとつピンとこないことがある」とし、「60年代から日々の新譜を聴いてきた立場で言うと、このアルバムから出てきた音は今まで経験したことのない音だった」。そうなのだ、僕はまだまだジャズの入門者だったが(現在もだが)、そんな僕でも、この直前の時代から聴きはじめたのでこのレコードは新鮮というかとにかく聞いたことが無いサウンドだと感じたのである。そしてこのサウンドは心地よいのである。
では一体何が新鮮さの要因なのであろうか?後藤氏はそれまでのジャズが各アーティストのアドリブが中心だったのに対してグループとしてのサウンドが重要視されるようになったとし、そのことがピアノではなくエレピに、ウッド・ベースがエレベに、テナー・サックスがソプラノ、フルートに変わったことに反映されていると分析している。
この“Return to forever”はもともとアルバム・タイトルだったものがそのまま後にバンド名として応用されたものなのか、それとももともとバンド名でもあったのだろうか?アルバム・ジャケットには“Chick Corea Return to forever”と記載されてある。ここから推理すると、もともとアルバム・タイトルだったものがそのまま後にバンド名として応用されたものなのではないかと思うが実際はどうなのだろう?因みに日本語版解説には「リターン・トゥ・フォーエヴァー/チック・コリア・クインテット」となっており、この時点でこのグループがいわゆるバンドではなくチックを頭とした五重奏団という従来型の演奏家集団としてとらえられている。レコード会社が時代に追いついていなかったのかもしれない。
ウエザー・レポートの誕生前夜のことは雑誌その他で情報があるが、このバンド誕生のいきさつはチックとスタンリー・クラーク2人が中心となってバンド結成に動いたということくらいしか情報がない(僕が知らないだけかもしれないが)。
後藤氏はさすがに時代性を巧くまとめては一つ誤りがある。本アルバムにおけるスタンリー・クラークは全曲エレベをプレイしているとしているが、A面はエレベだが、B面はウッド・ベースである。
また、レコード付録のライナー・ノーツは大御所油井正一氏が担当しているが、まず油井氏が唱えるジャズ20年周期説を非常に集約して要約してくれた解説があり、60年に始まるフリー・ジャズの時代そして10年経って登場してきたポスト・フリーを代表する秀作だと高く評価している。フリー・ジャズとはかけ離れたサウンドのように聞こえるかもしれないが、フリーを経験しなければ到達しえなかった境地なのだと述べている。因みに僕はこういう20周期説のようなものには全く与しないのだがそれはまた別の機会に述べたいと思う。
さて、このバンド“Return to forever”とデビュー・アルバムは、約1年前にデビューした”Weather report“とそのデビュー盤とどちらも注目の新進気鋭のバンドということで比較されることになる。

メンバーを見て行こう。知識のない僕の評価は
<レコードを聴く前>
ウエザー・レポート リターン・トゥ・フォーエヴァー
ウエイン・ショーター > ジョー・ファレル
ショーターはマイルスのバンドで活躍した逸材であるのに対して、ジョー・ファレルははっきりとは覚えていないがCTIからストレートではなくイージー・リスニングっぽい売れ線狙いのアルバムを出していたような気がする。
ジョー・ザヴィヌル < チック・コリア
正直言ってザヴィヌルはウエザー・レポートで初めて知った。チックはピアノ・トリオ作“Now he sings , now he sobs”を聴いて気に入っていた。
ミロスラフ・ヴィトゥス > スタンリー・クラーク
ミロスラフも実は聴いたことが無かったが、雑誌等で天才ベーシストとして誉れ高かった。スタンリーはこのアルバムで初めて知った。
アルフォンゾ・モウゾン = アイアトー・モレイラ
どちらも知らなかった。しかしアイアトーはウエザー・レポートからも声をかけられており、当時アメリカの一線級ミュージシャンの中では評価が高かったと思われるし、両バンドの鍵を握る人物であろう。

そして<聴いた後>
ウエイン・ショーター = ジョー・ファレル
第24回でも書いたがここでのショーターは良いと思わない。ファレルは何故こういう気鋭のバンドに選ばれたのかなと思っていたが、考えてみればアドリブ勝負というアルバムではないので、協調性があって求めたことは吹けるという実力は持っているということで選ばれたような気がしてならない。
ジョー・ザヴィヌル < チック・コリア
そもそも(ザヴィヌル=シンセサイザー)×(チック・コリア=エレピ)というジャズらしからぬ対決でザヴィヌルのソロがあったのかそもそも記憶がない。チックは随所にいいソロを展開している。
ミロスラフ・ヴィトゥス < スタンリー・クラーク
ヴィトゥスは冴えたプレイもあるのだが、どうも納得して弾いている感じがしない。スタンは若さにものを言わせイケイケである。バクテクぶりを発揮しまくりである。
アルフォンゾ・モウゾン = アイアトー・モレイラ
どちらも素晴らしいドラマーだと思う。

本アルバムを聴く前は2勝1敗1引き分けでウエザー・レポートが勝っていたが、聴いた後では2勝2分けでリターン・トゥ・フォーエヴァーの勝ちというのが僕なりの判定です。

さて本盤はウエザー・レポートのデビュー・アルバムから1年後の吹込みである。アメリカのジャズ雑誌ダウンビートは71年5月の紙面で先行するウエザー・レポートのデビュー・アルバムを取り上げ5つ星という最高得点を与えている。このことはチック以下のメンバーも知っていたと思われる。それがどう影響したのであろうか、あるいはまったく影響しなかったのであろうか。
では、具体的にどんなアルバムなのかは曲を紹介していった方が分かりやすいと思うが、僕は1曲だけ或いはどちらかの面だけを聴くことはなく、僕なりの全体の流れは、A-1で流れに乗り、A-2でしばし休憩、A-3で再度ノリの準備、B面は始まりこそ静かだがグイグイとノっていきノリまくって大団円を迎えるという感じかな。
曲は全てチック・コリアのオリジナルである。僕はこのアルバムは何度も聴いた。それでレコードに少々チリ音が入るようになり、CDも購入した。
CDはこのレコードのプロデューサーのマンフレート・アイヒャー(Manfred Eicher)氏自らデジタル・リミックスしたというので期待して聴いたが、リミッターの効き過ぎかドラム、殊にシンバルなどに迫力がない。フォローらのヴォーカルもなぜか自信無げに聞こえてしまうのである。CDは便利だが気合を入れて(?)聴くときはレコードを回している。 今回これを書くためにヘッドフォンで聴き返して初めて気付いたことがある。器楽的なヴォイスではそうでもないのだが、歌詞のある歌を歌うときのフローラは意外に元気がないのだ。自信無さ気にさえ聞こえる。


A-1 リターン・トゥ・フォーエヴァー (Return to forever)
 アルバム・タイトル曲である。「永遠への回帰」ということか?ドイツの哲学者フリードリッヒ・ニーチェの「永劫回帰」思想に関係があるのだろうか?
ともかくよく聞こえないような小さなエレピ(エレクトリック・ピアノ)の音で始まる。よく聞こえないからといってここでヴォリュームを上げてそのまま進むと大変なことになる。ご近所が殴りこんでくるのでご用心。
僕はずっとアルバムの1曲目と思って聴いてきたが、この曲だけを取り出して聴いたら深遠な感じがするかもしれない。 こういうサウンドを作りたかったとしたらエレピしかないと思う。鍵盤楽器で打楽器でもあるピアノのエレピという電気楽器の違いだろう。
そして僕はこのアルバムで初めて「声」をヴォイスという「楽器」として使うのを見た、いや聴いたと思う。エレピ、ヴォイス、フルートが奏でる音の響きもあまり聞いたことが無く新鮮である。
とりとめもなく書いてしまうが、エレピのイントロからベース、ドラムが入ってイン・テンポになるところはこれまでこういうリズム感というのを聴いたことが無かったと思う。とてもスインギーだが、ジャズのリズムではない。ブラジルというか南アメリカのリズムだと思う。アイアトーが入ったのでこういうリズムになったのかこのリズムを狙ってアイアトーを入れたのか?普通後者だろう。この新しいリズム感これがフリー・ジャズの斬新ではあるがいや斬新さを狙ったためにノリが悪くなったことに対するアンチ・テーゼか?でも僕は好きです。

A-2 クリスタル・サイレンス (Crystal silence)
美しい曲だと思う。ファレルのソプラノ・サックスとエレピのコラボというは、今でこそイナタイ感じがするが、当時としては斬新で、新しい!という感じだったのかもしれない。しかしこのサウンド、響きというのはエレピ独特のものなので、チックがそれだけ精通していたという証でもあるだろう。
ウエザー・レポートでもウエイン・ショーターはテナーを吹かずソプラノばかり吹いていた。僕はそれまで「ソプラノ・サックス」というと、ジョン・コルトレーンの“My favorite things”のように熱風吹き荒ぶ楽器と思っていたが、ここでは一転して清新な音を出す楽器として扱われていると思う。これも新しいことではないだろうか?

A-3 ホワット・ゲイム・シャル・ウィ・プレイ・トゥディ (What game shall we play today)
「今日は何して遊ぼう」という曲でフローラ・プリムのヴォーカルがフューチャーされる。ウエザー・レポートにはヴォーカル曲はなかったなぁ。

B-1 サムタイム・アゴー〜ラ・フィエスタ (Sometime ago 〜 La fiesta)
1曲というか2曲のメドレーで23分を超す大作。このアルバムの一番の聴きどころだろう。“Sometime ago”はチックの前作“Piano improvisation vol.1 & vol.2”という2枚のピアノ・ソロ・アルバムの“Vol.1”A面の最後に収録されている。そちらはインプロヴィゼイションというのでその場での思いつき演奏集かと思っていたがそうではなく曲によって程度の差はあるだろうが、モチーフなり譜面ができているのもあったようだ。この曲はしっかりできていた感じがする。
それに今回のバンド録音はヴォーカル入りだ。A-3の作詞はネヴィル・ポッター(Neville Potter)という人が書いたようだがこちらは誰だろう?チック自身かな?
スタートはA-1と同様エレピとベースのデュオで静かに始まる。この曲でのスタンのプレイはすごい。最初に聴いた時はベースのテクニックに驚いたものだ。ウッドらしい弦鳴りも聞き応えがある。ソロ良しバック良しでグイグイ煽りに煽る。アルコ・プレイもうまい。
“Sometime ago”ではファレルはフルートを吹いている。イン・テンポになってベースはリズム・パターンをキープする。このリズムは16ビートでラテンノリ、ジャズのノリではない。アイアトーのドラムなど途中は完全にサンバになる。フローラのヴォーカル、ファレルのフルートのソロとエレピのソロが入り混じる。そしてスタンのリズム・キープに乗ってアイアトーが叩きまくる。一旦静寂が訪れエレピがメロディーをゆっくり奏で“La fiesta”に移る。すぐイン・テンポになり、拍子が8分の6拍子に変わる。ベースはリズム・パターンをキープする。ファレルはソプラノに持ち替える。エレピのソロ、ソロのバックが圧巻である。スタンがランニング・ベースでグイグイ煽っていく。エンディングのテーマもこれでもかといわんばかりのグルーヴである。まさに大団円という感じだ。

レコードの帯にどうしても気になる一文がある。「限りなきジャズへの愛着!チック・コリアの新境地」というものだ。どういう意図で書かれたのだろう?これを普通に解釈すれば「チック・コリアの新境地はジャズではないが、ジャズへの愛着が捨てきれずジャズっぽいところもありますよ」ということだと思うが、本当にそういうことなのだろうか?ということはレコード会社の人は、これはジャズのアルバムではないと思っていたのであろうか?当時のジャズ・ファンの方はどう思っていたのだろう。今更ながら気になってしまうのだ。

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第52回2014年5月4日

チャーリー・パーカー入門 第3回 1941年

ご覧いただきありがとうございます。定年オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。
ゴールデン・ウィーク真っ只中皆さんいかがお過ごしでしょうか?僕の住んでいる地域はとても良い天気に恵まれました。気温も高く25度を超える正に初夏のようです。

ここ数年ゴールデン・ウィークは郷里の仙台に帰っていたのですが、今年は断念しました。今年は曜日の関係で3日〜6日の4日間が休みになるため、交通渋滞がかなり激しいものになると予想したためです。
混雑のドツボにはまると目的地まで12時間以上かかったこともあり、もうGW渋滞はコリゴリです。家の近所で過ごすことにしました。
ハナミズキ満開 昨日の高速の下り線は各線ともやはり40劼らいの渋滞になったようです。ドライヴァーの方本当にご苦労様です。
僕の住んでいる辺りはいまハナミズキが満開からそろそろ花も終わりの時期を迎えているようです。ハナミズキは1912年当時の東京市長だった尾崎行雄氏がワシントンへ桜(ソメイヨシノ)を送った返礼に送られてきた花として有名です。ワシントンへ送られた桜はポトマック河畔に植えられ満開の時期には「桜祭り」が盛大に行われるようです。
一方、ハナミズキは日本在来の<ヤマボウシ>に似ていることからアメリカヤマボウシと呼ばれることもあるようです。写真は白い花の<チェロキー・プリンス>、他にはピンクの花が美しい<スウィート・ウォーター>などをよく見かけます。

花には蜂が… この間(2012年)デアゴスティニからブルーノート・レコードのコレクション・シリーズが創刊されたと思ったら、今年は小学館から「JAZZ 100年」シリーズが刊行されています。ジャズの入門書というのは昔からよく発行されているような気がしますが、それだけ取っ付き難い分野と思われているからでしょうか?
それはともかく小学館「JAZZ 100年」シリーズの監修をされているのが前回も勝手に引用させていただいたジャズ喫茶「いーぐる」店主でジャズ評論家の後藤雅洋氏です。後藤氏はこの刊行にあたって4月12日号の夕刊フジのインタヴューに答え次にように語っている。この記事は純然たる記事かタイアップ広告かよく分からないのですが、、「(いーぐる開店)当時、チャーリー・パーカーの良さが分からなかったのですが、ずーっと聴いているうちに〜(どうなったかは予想通りなので割愛)」。
これは勇気づけられる言葉です。あの後藤氏も最初パーカーの良さが分からなかったのだ。よし僕もずーっと聴き続けよう!そうなんです、僕はまだバードの本当のすごさがピンと来ていないのです。
前回初といっていいかどうかは微妙ですが、1940年11月30日と12月2日のウィチタでの録音(前回第33回“Early Bird”)で取り上げました。ディスコグラフィーによる次の録音は1941年に行われることになります。





第52回The way to Charlie Parker vol.3  1941

A Studio choronicle DiscA
JSP RECORD JSP915(英国CD)


「チャーリー・パーカー ア・スタジオ・クロニクル」CDジャケット

<Contents>

8.スイングマティズム(Swingmatism)
9.フーティー・ブルース(Hootie blues)
10.デクスター・ブルース(Dexter blues)

<Personnel>

ジェイ・マクシャン・オーケストラ Jay McShann Orchestra 1941年4月30日ダラスにて録音。
Bernard“Buddy”Anderson、Orville Minor、Harold Bruce…Trumpet
Joe Taswell Baird…Trombone、Charlie Parker、John Jackson…Alto sax
Harold Ferguson、Bob Mabane…Tenor sax
Jay McShann…Piano、Gene Ramey…Bass、Gus Johnson… Drums
Walter Brown…Vocal




「チャーリー・パーカー ア・スタジオ・クロニクル」CDジャケット

<Contents>

8.スイングマティズム(Swingmatism)
9.フーティー・ブルース(Hootie blues)
10.デクスター・ブルース(Dexter blues)

<Personnel>

カンサス・シティ・バンド Kansas city band 1941年9月カンサス・シティ Vic Damon Studioにて録音。
Charlie Parker
Efferge WareGuitar
Little Phil PhillipsDrums

<Contents>

15.チェロキー(Cherokee)
16.マイ・ハート・テルズ・ミー(My heart tells me)
17.アイヴ・ファウンド・ア・ニュー・ベイビー(I’ve found a new baby)
18.ボディ・アンド・ソウル(Body & soul)

940年末の録音とその後の巡業を終え、暮れにマクシャン・バンドはカンザス・シティに戻ってきた。
翌年1941年の春にはこのバンドの先の見通しはかなり明るいものとなっていたらしく、さらにダウンビート誌のジャズ記者デイヴ・デクスターは大手のレコード会社に彼らの演奏を録音するように働きかけていたという。
41年は3月に巡業が始まり、まず大西洋岸そして南部に向かう。そしてニュー・オリンズでの仕事が終わったところへ、デッカのダラスのスタジオでレコード6面分の録音をする契約が成立したという連絡が届く。ここにパーカーを擁していたマクシャン楽団は商業会社への初吹き込みをすることになり、デッカはデイヴ・キャップをテキサス州ダラスに送り込んで、41年4月30日6曲の録音を行った。この巡業には歌手としてウォルター・ブラウンとアル・ヒブラーが参加していたが、ヒブラーは録音の機会を与えられなかった。しかしヒブラーは後にデューク・エリントンの楽団に加入し大いに花開くことになる。
録音した6曲は、
 .好ぅ鵐哀泪謄ズム(Swingmatism)… CD8曲目
◆.奸璽謄ー・ブルース(Hootie blues))… CD9曲目
 デクスター・ブルース(Dexter blues)… CD9曲目
ぁ.曄璽襯妊燹Ε奸璽謄 … CD未収録
ァ.凜.ぅ鵝Ε好肇蝓璽函Ε屮 … CD未収録
Α.灰鵐侫Д奪轡鵝Ε供Ε屮襦璽后Confessin’ the blues) … CD未収録
でこのうち3曲(“Swingmatism”“Hootie blues”“Dexter blues”)にパーカーは参加し、2曲でソロを担当した。
「チャーリー・パーカー ア・スタジオ・クロニクル」CDボックス ここで今回のCDをご紹介しよう。
ディスコグラフィーによるとバードの1941年の録音は1941年4月30日にジェイ・マクシャンのバンドのメンバーとして参加したこの3曲(8〜10。他の3曲には参加していない。参加していない3曲は収録されていない)と1941年か42年かはっきりしないカンザス・シティ・バンドというバンドの4曲である。カンザス・シティ・バンドというバンドの4曲は本CDでは1941年9月と記載されているが、ディスコグラフィーでは1941年9月か42年と記載されているし、他の記録では43年録音というのもある。またロス・ラッセル著『バードは生きている』には、カンザス・シティ・バンドの吹込みの記載はないので、後に発見された吹込みと思われる。
「コンフェッシン・ザ・ブルース」と「フーティー・ブルース」がカップリングでSP盤で発売され、A面「コンフェッシン・ザ・ブルース」は大ヒットしたらしい。本来はこの2曲を収録したSP盤で聴きたいところであるが、そんなSP盤は今どき入手可能なのであろうか?トライもしていないのに、SP盤市場も全く分からないのになんだが先ず入手は難しいのではないかと思う。そこで見つけたのが本CDである。出版元はJSP RECORDSというイギリスのブルースやジャズのCDセット物を販売している会社から出ているもので、チャーリー・パーカーのセットは“Charlie Parker A studio chronicle 1940-1948”というCD5枚組(Disc A〜DiscE)である。大体年代順に全部で125曲収録している。
今回のジェイ・マクシャン・バンドの3曲はDisc A 8曲目〜10曲目に収録されており、カンサス・シティ・バンドの4曲はDisc A 15曲目〜18曲目に収録されている。
因みにDisc A 1曲目〜7曲目は前回取り上げた1940年の録音である。
このCDは大変貴重な録音を収録している優れモノなのだが、結構誤りと思える箇所もある。Disc Aでいうとの24、25曲目、DiscBの1〜6曲目バードがClyde Hart all starsに加わっての録音を1941年4月30日としている点である。この時点で同日に2つの別セッションは考えられない。この8曲はディスコグラフィー、『生きている』でも1945年1月の録音としている。
もう一つはDisc A 19曲目〜23曲目のタイニー・グライムス・クインテットに加わってのもので、このCDでは1941年9月15日録音としているが、これは1944年9月15日が正しいと思う。
ただこのCDは、アマゾンで3000円程度で入手できる大変便利な品物で、僕の少ない知識ではこのバードの1941年4月30日の音源を最も簡易に入手できるCDであると思う。

僕はこの基本的にはこのHPのためにレコード或いはCDは買わないことに決めていたが、ロス・ラッセル著『バードは生きている』を読みどうしても「フーティー・ブルース(Hootie blues)」を聴いてみたくなった。

8.スイングマティズム(Swingmatism)
ヴォーカルなしの演奏だけの曲。マクシャンのオリジナルで、アンサンブルの後のマクシャンのピアノ、バードのソロがあり再びアンサンブルに戻る。ロス・ラッセル著『バードは生きている』によるとスムースなリズムへのノリが聴かれるという。

「フーティー・ブルース」バード・ソロ 9.フーティー・ブルース(Hootie blues)
フーティー(Hootie)とはジェイ・マクシャンのことで、マクシャンは時々酔って羽目を外し”Hootie”というあだ名をバンド・メンバーから付けられていたという。ラッセル氏は『生きている』にバードのソロの譜面まで載せている。それほどこのソロを重要視している。ミディアム・スロー・ブルースにおける息継ぎなどにレスターの面影を残しながらも、そのフレージングはパーカー自身の個性を注ぎ込まれているという。
先ほど触れたがカップリングのA面はウォルター・ブラウンのヴォーカルをフューチャーしたピアノ・トリオによる「コンフェッシン・ザ・ブルース」で、50万枚を超すセールスを記録するビッグ・ヒットとなった。そしてB面のこの曲こそ当時10年間で最も重要なレコードの一つであるという。A面「コンフェッシン・ザ・ブルース」が国中のジュークボックスに一大旋風を巻き起こしたとすれば、B面の“Hootie blues”はかけられることこそ少なかったが、これを聴いた演奏家たちに大きな衝撃を与えたという。
しかしこの曲はもともとはヴォーカルのウォルター・ブラウンをフューチャーしたものだった。少し長いがラッセル氏は『生きている』から引用しよう。「出だしのオーケストラとブラウンの歌の間に12小節のアルト・ソロがある。メトロノーム四分音符=100のテンポで、時間にして約30秒の長さである。この12小節が演奏家たちの耳には山上の垂訓に聞こえた。巧みなメロディ・ラインと無駄なく完璧に構築された音は、全く新しいジャズの概念を掲示するものであった。ふわりと浮きあがるような上昇と転げ落ちるような下降を伴うこのセンテンスには7つのカデンツ(ケーデンス)が含まれている。休止は決してスケール上で奇異な位置にはなく、ジャズマンにとってはきわめてなじみ深い深い3度や5度やトニックがフレイズを区切っている。そして、その音までの持って行き方が非常に斬新なのだ。(中略 まだまだ解説は続く)完璧で確信に満ち、音楽的に非の打ちどころがなくジャズの歴史に大きな足跡を残すもの」としている。
さらに同じアルト奏者であるソニー・クリスがこのレコードを始めて聴いた時「この演奏者はブルースのコード進行の中で新しい生き方を発見した」と思ったという話を紹介している。これだけ書かれていれば聴いてみたくなるのが人情というものだろう。

10.デクスター・ブルース(Dexter blues)
1コーラスほどバードのソロがある。とてもスムースでいいソロだと思うのだがラッセル氏は特にコメントをしていない。

15.チェロキー(Cherokee)
16.マイ・ハート・テルズ・ミー(My heart tells me)
17.アイヴ・ファウンド・ア・ニュー・ベイビー(I’ve found a new baby)
18.ボディ・アンド・ソウル(Body & soul)
アルト、ギター、ドラムという珍しいトリオ編成。聴いた感じでは1941年の演奏とは思えない。トリオ演奏なのでバードが吹きまくる感じになる。バックがシンプルだけにバードのプレイが浮き立って聞き応え十分である。
得意の「チェロキー」は素晴らしいフレーズの連続だ。「マイ・ハート・テルズ・ミー」のバラード吹奏も素晴らしい。「アイヴ・ファウンド・ア・ニュー・ベイビー」、「ボディ・アンド・ソウル」におけるソロも1940年の録音と比べると自信に満ちているように聞こえる。既に完成している堂々たる演奏だと思う。

「コンフェッシン・ザ・ブルース」の大ヒットによりデイヴ・キャップはマクシャン楽団に本腰を入れ積極的に売り出すことにした。バンドは契約の残っている巡業を済ませた後シカゴに向かい、デッカの中西部スタジオでレコード7面分の録音に取りかかった。しかし大ヒットを飛ばしたウォルター・ブラウンがすべての曲でフューチャーされ、チャーリーの演奏が聴けるのは1曲「ワン・ウーマンズ・ブルース(“One womans blues”)」のブラウンのバックでの短いオブリガードだけだという。

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第53回2014年5月22日

クリス・コナー 「バードランドの子守歌」

ご覧いただきありがとうございます。定年オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。
いまさらですが、ゴールデン・ウィーク期間中の森の散歩道です。またまた更新が遅れてしまいました。今回は時間に余裕があると思い、久しぶりに一眼レフのカメラを取りだし森の中を撮影しながら散歩しました。僕の住む南関東地区の森は初夏といってもいい装いです。






















5月6日散歩中に見かけた花 右は散歩中に見かけた満開の花です。ツツジのようなサツキのような…でも花が大きすぎるような…よく分かりません。或いはこれが西洋ツツジなのでしょうか?ともかく華やかです。



お休みの日の朝食
休日の日は自分で朝食を作ります。平日の朝食はお米のご飯を食べますが、休日はパンを食べます。マグ・カップに入っているのは紅茶です。朝は紅茶を入れます。ティー・バッグは好きではないのでポットにトワイニングのダージリンの茶葉を入れ熱湯を注ぎ、4分くらいおいてからカップに注ぎます。たっぷり飲みたいので紅茶のカップではなくマグ・カップを利用しています。
紅茶、サニー・レタスのサラダ、スクランブル・エッグ、ベーコン、パン6枚切りを1枚半、ラ・フランスのマーマレードです。ちょっとカッコつけてコデマリの鉢を配してみました、撮影用です。





第53回Chris Connor “Sings Lullabys of Birdland”

トリオ・レコードからの日本再発盤 TRIO RECORDS PAP-23003(M)


「バードランドの子守歌」レコード・ジャケット

エリス・ラーキン・トリオ、ヴィニー・バーク・カルテット、サイ・オリヴァ―・オーケストラ

<Contents>

A面
B面
1.バードランドの子守歌 (Lullaby of Birdland) 1.チキータ・フロム・チワワ (Chiquita from Chi-wah-wah)
2.もう何も言うことはない (What is there to say) 2.思い出の山小屋 (Cottage for sale)
3.トライ・ア・リトル・テンダーネス (Try a little tenderness) 3.いつからこんなことになった (How long has thia been goin’ on)
4.春が来たというけれど (Spring is here) 4.星影のステラ (Stella by starlight)
5.ホワイ・シュドント・アイ (Why should’nt I) 5.風と共に去りぬ (Gone with the wind)
6.アスク・ミー (Ask me) 6.彼が帰ってくる (He’s coming home)
7.ブルー・シルエット (Blue silhoutte) 7.グッドバイ (Goodby)






<Personnel>

クリス・コナー Chris Connor Vocal
 
A-1、2、3、4、5…エリス・ラーキン・トリオ1954年8月9・10日ニュー・ヨークにて録音
エリス・ラーキンEllis LarkinsPiano
エベレット・バークスデイルEverett BarksdaleGuitar
ビヴァリー・ピアーBeverly PeerBass
 
B-2、3、4、5、6、7…ヴィニー・バーク・カルテット1954年8月21日ニュー・ヨークにて録音
ヴィニ―・バークVinnie BurkeBass
ロニー・オドリッチRonnie OdrichFlute、Clarinet
ドン・バーンズDon BurnsAccordion
ジョー・シンデレラJoe CinderellaGuitar
アート・マーディガンArt MardiganDrums
A-6、7、B-1…サイ・オリヴァ―・オーケストラ1953年12月17・18日ニュー・ヨークにて録音
サイ・オリヴァ―Sy OliverArranger、Conductor
Jim Bright、Jimmy Nottingham、 Red Solomon Trumpet Vern Friley、Frank Saracco、Ward Silloway、Kai Winding Trombone
Sid Cooper、Milt YanerAlto saxBoomie Richman、Sam TaylorTenor saxDave McRaeBaritone sax
Dave MartinPianoSidney BlockJimmy CrawfordDrums


「This is Chris」ジャケット 「Chris」ジャケット 僕が最初にジャズ・ヴォーカル・アルバムを買ったのは第10回で取り上げたアニタ・オディだった。そしてジューン・クリスティも高校時代にステレオ盤の方を買って聴いていた。まぁ他にも買って聴いていた歌手はあるけれど、ケントン・ガールズのもう一人の大物クリス・コナーは、粟村氏などの評にもかかわらずあまり積極的に買って聴こうとは思わなかったのである。そしてその理由ははっきりしている、当時は余りレコードが出回っていなかったような記憶もあるが。コナーの代表作といわれる初期のベスレヘム3部作(そう意識されていたかどうかは定かではないが)のアルバム・ジャケットである。クリス・コナー買ってみようかなと思うが、お金もないし他にも欲しいのがあるしと言い訳しながら手を引っ込めてしまっていた。ではこのジャケットの何がいけないのか?大口開け過ぎである。どうしてもシャウト系の歌手かな?細やかな表現よりもダイナミックさで押すタイプかなと思ってしまう。
本国アメリカでのことは分からないが、殊日本においてはこのジャケットは失敗である。ジャケ買いというのはどうかと思うが、買う気をそぐようなジャケットというのもどうかと思う。
ところで僕が入手して聴いているのは、日本における再発売盤だが、ちょっと不思議なことがある。まずアルバム・タイトルである。”Chris Connor sings lullabys of birdland”とある。そしてA面1曲目にジョージ・シアリング作で有名な”Lullaby of birdland”という曲が入っている。さすればこのアルバムは”Lullabys of birdland”を中心に編集されたものであると思われる。そういうレコードはたくさんある。僕が学生の頃などには、ある歌手なりがデビューするとすると、先ずは製作費が安価なシングル盤を作成して販売する。そしてこれが大ヒットしたりするとこれは行けるとレコード会社が目論むとアルバムを次いで製作して販売するのである。そしてその場合アルバム・タイトルは当然その大ヒット・シングル曲となる場合が多い。或いは最初からLPを作成する場合中心となる曲にすることもある。以前ご紹介したジューン・クリスティの「サムシング・クール」などは、「サムシング・クール」という曲を中心に据えて制作されたものであろう。しかしこのレコードのタイトルは”Lullabys of birdland”と複数形になっているのである。しかも通常英語では「Y」で終わる名刺の複数形は単に「S」を付けるのではなく「ies」と変化することになっている。つまり文法上は複数形なら”Lullabies”するのが本来だと思われる。しかしこれは僕の英語の知識が不足しているだけで、”Lullabys”と”Lullabies”では明確な意味の違いがあるのかもしれない。
EP盤ジャケット ともかくこのアルバムが複数形ということは、A面1曲目”Lullaby of birdland”だけではなく、このアルバム全体が「バードランドの子守歌」集だといっているのだと思われる。そして「バードランド」とは、ニュー・ヨークのジャズ・クラブでチャーリー・パーカーに因んで名づけられたというのではなく、そもそも当時のジャズのメッカとすべく彼の名を取って作られたクラブである。僕の持っている英和辞書で調べても”Lullaby”には名詞では「子守唄」という意味しか載っていない。やはりこのこのアルバムはクリスが歌うジャズ・クラブ「バードランド」のための子守歌集ということなのであろうか?日本では子守歌というと子供を寝かしつけるために歌われる静かで穏やかな曲というイメージがあるが、左のオリジナル・ジャケットにはそういう雰囲気はない。欧米では感覚が違うのだろうか?それとも”Lullaby”には寝かしつけるというか魂を鎮める鎮魂歌といったことをかけているのだろうか?
さて、独立して初めてのベスレヘム・レコードへの彼女のレコーディング状況が簡単にライナー・ノーツに記載されている。
それによるとまず、1953年秋ベスレヘム・レコードに迎えられ12月にサイ・オリヴァ―楽団とシングル盤用に6曲を録音したという。そのうちの3曲(A-6、7、B-1)が収録されている。残り3曲はどうなったかというと“Chris”というアルバムに収められている。僕はLP時代になってからジャズを聴き出したので、LP単位で考えてしまうが、ヴォーカル物はシングル・ヒットがこの時代狙いだったようにも思う。
では他の11曲はというと翌1954年8月9・10日にエリス・ラーキン・トリオをバックに8曲を録音した。これらを25センチLP「クリス・コナー・シングス・ララバイズ・オブ・バードランド」と4曲入りEP2枚として発売されたという。さらに8月21日にヴィニー・バークのカルテットと8曲を録音、こちらは「クリス・コナー・シングス・ララバイズ・フォー・ラヴァーズ」と題する25センチLPとEP2枚として発売されたという。
オリジナルでいうと、1953年12月のサイ・オリヴァ―楽団と6曲、翌1954年8月9・10日エリス・ラーキン・トリオとの8曲の録音の中から、10曲を25センチLPとしてまとめた時に、サイ・オリヴァ―のビッグ・バンド篇ではなくエリス・ラーキンのトリオ篇の方をアルバムのタイトルに用いたということは、もともと彼女はビッグ・バンド出身の歌手ではあったが、トリオのような小編成で歌った方が向いているとベスレヘム首脳は考えたということであろう。
本来はオリジナルの25センチLPかEP盤を聴いていくのが筋だと思うが、これらのレコードはどこのレコード店にも並んでいるといったたぐいのものではないし、現在ではコナーのベスレヘム時代の3枚はこのLPレコードとして定着しているような感じもするので、あくまでこのLPとして聴いていきたいと思う。



まあともかく曲を聴いていこう。

A-1バードランドの子守歌 (Lullaby of Birdland)
イギリス出身の盲目の天才ピアニストジョージ・シアリングが1952年、ニュー・ヨークにあるチャーリー・パーカーことバード(Bird)の名を取ったジャズ・クラブ「バードランド」に因んで作曲したナンバー。間もなくB・Y・フォスターが歌詞をつけ、このレコード及び1954年12月のサラ・ヴォーンとクリフォード・ブラウンの共演盤などで有名になった。実に覚えやすい名曲である。
クリスの軽いスイング感、個性的なフレージング、しゃれた雰囲気が素晴らしい。ちょっとしたイントロが付くがこれは彼女自身が考えたものだという。
僕にとってこの歌が彼女との最初の接点になったわけだが、すぐに好きになった。枯れ過ぎず甘くはないちょうど良い声だと思う。

A-2もう何も言うことはない (What is there to say)
1933年エドガー・Y・バーバーグの詞にヴァ―ノン・デュークが曲をつけたラヴ・バラード。1934年のレヴュー「ジーグフェルド・フォリーズ」の主演ジェーン・フローマンとエヴェレット・マーシャルによって歌われ紹介されたという。クリスは実にデリケートなしかし素直な歌い方で美しく歌い綴っている。

「オーティス・イン・ヨーロッパ」LP・ジャケット A-3トライ・ア・リトル・テンダーネス (Try a little tenderness)
僕は中学時代オーティス・レディングのレコードで知っていた曲。「ライヴ・イン・ヨーロッパ」のトリのナンバーで大いに盛り上げていた。そしてこのクリスやアン・バートンなども取り上げていることを知りビックリしたものだ。
解説の青木啓氏によると、もともとはイギリスのポピュラー・ソングで1932年ハリー・ウッズ、レグ・コネリー、ジミー・キャンベルが合作したものだという。アメリカに紹介されてから、ルース・エッティングが歌って広く注目されるようになったという。
クリスはヴァースを歌っているが、この曲にヴァースがあることを初めて知った。感情移入が過多ではなくストレートな表現が心地よい。

A-4春が来たというけれど (Spring is here)
ロレンツ・ハートとリチャード・ロジャースの名コンビによる傑作ナンバー。1938年のミュージカル[私は天使と結婚した]で主演のヴィヴィエンヌ・シーガルがデニス・キングと歌ってヒットしたという。このアルバムのベスト・パフォーマンスだと思う。
非常に巧緻な素晴らしい歌詞をデリケートに歌い上げている。

A-5ホワイ・シュドント・アイ (Why should’nt I)
コール・ポーターの作。1935年のミュージカル「ジュビリー」でマーガレット・アダムスが歌ったバラードという。日本では大戦後フランク・シナトラの歌で知られたらしい。
「どうして私にはできないの?」という心のつぶやきを歌っていると思うが、クリスは前曲といいこの曲といい内省的な曲が素晴らしい味わいを出すのが非常に巧みだと思う。

A-6アスク・ミー (Ask me)
同名異曲がたくさんあるが、ヒンダーリングとポラードの作で、おそらく新曲で解説の青木啓氏はシングル・ヒットを狙った作品だろうとし、ドリス・ディの向こうを張ったような明るくユーモラスな歌い方だと解説している。
僕はこういう曲を聴くと古き良き時代のアメリカの歌だなぁと感じてしまう。バンド・メンバーを「野郎ども」に見立て楽しく掛け合いを演じるという手法の曲を、当時ビッグ・バンドに女性歌手がいる場合1曲はレパートリーに加えておくのは普通のことだったのではないか。

A-7ブルー・シルエット (Blue silhoutte)
ジミー・デール、セイモス、ジャック・ヴァルの合作という。前曲が強烈なので見逃して通り過ぎてしまいそうだが、ビッグ・バンドをバックにした普通のパフォーマンスなのだろう。


B-1チキータ・フロム・チワワ (Chiquita from Chi-wah-wah)
このアルバム中では珍しいアップテンポのナンバーで、タイトルからしてA-6と同様にユーモア狙いの曲という感じがする。日本語訳歌詞カードを見ると「こんな素敵な人に出会うとは思わなかったよ。チワワからきたチキータって男…」ということらしい。
チキータと言えばバナナが有名だが、昔からそうなのだろうか?A-6とともに、こういうナンバーは当時必要だったのだろう。

B-2思い出の山小屋 (Cottage for sale)
ここからヴィニー・バーク・カルテットが伴奏のナンバーになる。ウィラード・ロビンソン作詞ラリー・コンリー作曲で、1930年にロビンソン自身が歌ってヒットしたという。「二人の愛は終わり、ささやかな夢の城だったコテージも売りに出されている」という悲痛な内容。情感がこもったスローではあるが熱唱だと思う。

B-3いつからこんなことになった (How long has thia been goin’ on)
アイラとジョージのガーシュイン兄弟の作。1927年のミュージカル「ファニー・フェイス」のために書かれたが、そこでは使用されず1928年のミュージカル「ロザリー」で使われたという。
前曲でもそうだが、カルテットと思えぬ層の厚い伴奏ぶりである。

B-4星影のステラ (Stella by starlight)
1944年の映画「呪いの家」のテーマ曲としてヴィクター・ヤングが作曲し、1946年に詞が付けられた曲で、コード進行などはよく分からないがモード的な展開がしやすいためマイルス・ディヴィスなどモダン期の多くのジャズマンに取り上げらている曲という。
やや早めに演奏しているここでロニー・オドリッチのクラリネット、ドン・バーンズのアコーディオンがいい味を出している。このドン・バーンズというアコーディオン奏者はもともとはジャズのプレイヤーではないのではないか?もちろんいいプレイをしてくれれば全く構わないのだが…。

B-5風と共に去りぬ (Gone with the wind)
1939年の映画「風と共に去りぬ」の主題歌ではなく、1937年にアリー・リューベルとハーグ・マジソンの書いた失恋のバラードというが、ここでのクリスは小粋にスイングするナンバーに仕立てている。オドリッチのクラリネット・ソロも効果的だ。

B-6彼が帰ってくる (He’s coming home)
ディフォレストの作で、彼が帰ってくる来ると聞いてろくなことにはなるまい、また私を捨てるだろうと思いながらも迎える支度をする切ない女心を切々と歌いこんでいる。

B-7グッドバイ (Goodby)
ゴードン・ジェンキンスの1935年に出版された傑作で、ベニー・グッドマンのクロージング・テーマとして有名というが実にしっとりとしたバラード・ナンバーである。元々こういう曲なのかそれともアレンジの妙なのだろうか? 。

当初は全く気付かなかったが、何度か聴くとやはり少し不自然な感じのアルバムだと思う。ビッグ・バンドとのセッション、ピアノ・トリオとのセッション、ユニークなカルテットとのセッションを収めている。もちろん内容が悪いのではないが、ヴァリエーション豊かというよりは寄せ集めという感じがしてしまう。そして不思議なのは、なぜタイトルを「バードランドの子守歌集」ということにしたのかということである。

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第54回2014年6月1日

クリス・コナー 「クリス」



ご覧いただきありがとうございます。定年オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。

5月14日から17日まで九州北部に妻と旅行に行きました。昨年11月には伊勢神宮・奈良・京都、今年3月には伊豆へ温泉旅行に出かけました。人生でこんなに旅行をしたのは初めてです。かなり贅沢なことです。

昨年の関西へは結婚30年ということで初めてツアー旅行に参加しました。正確には29年なのですが、その当時は定年退職し再雇用となると大幅に有給休暇が減るとのことだったので、有り余る有給休暇を使って会社にはわがままをさせてもらいました。結婚して以来29年何か特別なことはしたことはないので、会社を休んで2泊3日の旅行ぐらいしても罰は当たらないだろうという気持ちでした。

3月の伊豆温泉旅行は、有給休暇は使わず春分の日を絡めた3連休に行きました。38年間のサラリーマン生活終了の区切りとして「お疲れ様」の意味もあり苦労を掛けた妻とノンビリ温泉につかりたかったのです。

しかし今回の旅行は一番うれしくもあり、正直こんなことをしてもらっていいのかという後ろめたさの付きまとうものです。というのは偶々僕は3月生まれなので、満60歳の還暦を迎えるとすぐ定年(会社の規定で満60歳を迎えた最初の3月31日が定年退職日)です。妻が還暦の祝いを開いてくれたのですが、その時2人の娘と1人の娘婿から旅行券をお祝いとしてもらいました。若い子供たちはまだまだ生活も楽ではないはず(還暦を迎えた僕も生活は楽ではない)なので、初め辞退したのですが、妻が乗り気で結局受け取りました。それで妻と初めて3泊4日で長崎・熊本・大分という北部九州へ旅行をしました。この地域に行くのは初めてのことです。






長崎・四海樓のちゃんぽん 初日の5月14日水曜日東京は曇りでしたが、長崎は雨でした。こんな平日に旅行しているのは我々のような中年夫婦が多く、あちこちで「♪ながさき〜は〜、きょうも〜雨だった〜♪」という声が聞こえます。今更ながら内山田洋とクール・ファイヴの「長崎は今日も雨だった」は大ヒット・ナンバーなんだなぁと思い知らされます。その日の昼食は定番「長崎ちゃんぽん」いろいろ道に迷ったあげくたどり着いたちゃんぽん発祥の店といわれる「四海樓」でいただきました。正直とてもおいしかったです。



真夏日の5月31日の森
昨日(5月31日)、今日は本当に暑かったです。北海道でも30度を超え、全国で熱中症になられた方がとても多かったようです。体がまだ暑さになじんでおらず応えます。
でも森の中は涼しさいっぱい、快適です。とはいってもずっと居るわけにはいかず、炎天下に出て帰らなければならないのがツラいですね。










第54回Chris Connor “Chris”

日本コロンビアからの日本再発盤 COJY-9037(M)


「クリス」レコード・ジャケット

エリス・ラーキン・トリオ、ヴィニー・バーク・カルテット、サイ・オリヴァ―・オーケストラ、ラルフ・シャロン・グループ

<Contents>

A面
B面
1.オール・アバウト・ロニー (All about Ronnie) 1.アウト・オブ・ディス・ワールド (Out of this world)
2.マイザーズ・セレナード (Miser's serenade) 2.ラッシュ・ライフ (Lush life)
3.エヴリシング・アイ・ラヴ (Everything I love) 3.この瞬間からは (From this moment on)
4.インディアン・サマー (Indian Summer) 4.ア・グッド・マン・イズ・ア・セルダム・シング (A good man is a seldom thing)
5.アイ・ヒア・ミュージック (I hear music) 5.ドント・ウエイト・アップ・フォー・ミー (Don't wait up for me)
6.帰れソレントへ (Come back to Sorrento) 6.イン・アザー・ワーズ (In other words)






<Personnel>


クリス・コナー (Chris Connor) Vocal

A-1、5、6…エリス・ラーキン・トリオ 1954年8月9・11日 ニュー・ヨークにて録音 
エリス・ラーキン(Ellis Larkins)… Piano、エベレット・バークスデイル(Everett Barksdale)… Guitar、ビヴァリー・ピアー(Beverly Peer)… Bass

B-1、2…ヴィニー・バーク・カルテット 1954年8月21日 ニュー・ヨークにて録音
ヴィニ―・バーク (Vinnie Burke)… Bass、ロニー・オドリッチ (Ronnie Odrich)… Flute、Clarinet、ドン・バーンズ(Don Burns)… Accordion、ジョー・シンデレラ(Joe Cinderella)… Guitar、アート・マーディガン(Art Mardigan)…Drums

A-2、3、4…サイ・オリヴァ―・オーケストラ 1953年12月17・18日 ニュー・ヨークにて録音

 
B-3、4、5、6…ラルフ・シャロン・グループ1955年4月ニュー・ヨークにて録音
ラルフ・シャロンRalph SharonPiano
ミルト・ヒントンMilt HintonBass
ハービー・マンHerbie MannFlute
ジョー・ピューマJoe PumaGuitar
カイ・ウィンディングKai WindingTrombone
ジェー・ジェー・ジョンソンJ.J.JohnsonTrombone
オシー・ジョンソンOsieJohnsonDrums


前回に引き続きクリス・コナーである。
なぜかというと、前回初めての自己名義アルバムと思っていた前回の「バードランドの子守歌」は1953年、54年の3つのセッションからの選曲であり、前曲が収録されているわけではなく、残りはこの「クリス」に収められていることが分かったためである。僕は変に几帳面ところがあり、単にアルバムとして聴けばいいものをこのように3つのセッションが2枚のレコードに分けて収録されているというと2枚を取り上げないと気分的に収まらないのだ。
と思って、改めて今回の「クリス」の収録曲を見ると、
1953年12月17・18日の全6曲録音中、前回「バードランドの子守歌」3曲、「クリス」3曲。
1954年8月9・10日の全8曲録音中、前回「バードランドの子守歌」5曲、「クリス」3曲。
1954年8月21日の全8曲録音中、前回「バードランドの子守歌」6曲、「クリス」2曲。
と網羅した形であるが、全8曲では少ないと思ったか、次作への期待を煽ろうと思ったか、1955年4月に行われたラルフ・シャロン・グループとの14曲録音中の4曲を収録している。そして残10曲は「ジス・イズ・クリス」に収録されている。こうなると「ジス・イズ・クリス」を次回取り上げないとなんだか一段落が着かない感じがしてしまう。

すこし伴奏者について触れてみよう。最初のクリス・コナーのレコーディングはサイ・オリヴァーの率いるビッグ・バンドと行われている。これはクリスがビッグ・バンドの歌手出身なので、慣れているだろうという配慮なのだろうか?ともかくこのサイ・オリヴァーという人は日本ではそれほど有名ではないが非常に才能豊かな人らしい。ある解説本によると、ジミー・ランスフォード楽団在団中、ランスフォード・ビートに代表されるユニークな演奏スタイルを作り出した貢献者だという。僕は知識が無いのだが、このクリスのバックでもそのスタイルは見られるのだろうか?
そしてオリヴァーとの録音の翌年は一転してエリス・ラーキン率いるトリオをバックにしたコンボ・スタイルとなる。エリス・ラーキンはこのHPでは以前「クラシック・テナー」のコールマン・ホーキンス、レスター・ヤングといったテナー・サックスの巨匠の録音に参加していた。
いまではこういったピアノ・トリオをバックにヴォーカルこそジャズ・ヴォーカルらしい感じがするが、当時はビッグ・バンドが中心で実は珍しかったのでないだろうか?ただしこの頃のピアノ・トリオの歌伴というとナット・キング・コールもそうだが、ピアノ、ギター、ベースが多いように思える。この辺りはもっともっと勉強したい。
「BASS Pettiford/Burke」CDジャケット そしてラーキンとの録音の10日後にはヴィニー・バークのカルテットと録音を行っている。実は「バードランドの子守歌」でも感じたことだが、このカルテットはユニークなサウンドを作り出していると思う。「バードランドの子守歌」のジャケット裏を見ると「ヴィニー・バーク・カルテットWithアート・マディガン」と記載されているので、本来はフルート或いはクラリネットというリード楽器、アコーディオン、ギター、ベースという四重奏団で、この時はイレギュラー的にドラムスが加わったのだろう。しかしこのサウンドに追随するグループもあまり聞かない。一般的にはそれほど評価は高くないのだろうか?
因みにこのカルテットは同1954年同じベスレヘムに8曲の録音を行い10インチ盤として発売された。現在ではオスカー・ペティフォードの10インチ盤との組み合わせで左のCDとして入手可能。ここでもきわめてユニークなサウンドを作り上げていると思う。余談だがこのバークの10インチ盤に付いてギターはバリー・ガルブレイスであるという説とジョー・シンデレラであるという説があり、CD解説の原田和典氏はシンデレラ説を取っている。

もう一つラルフ・シャロン・グループがあるがこれは主要収録LP”This is Chris”で触れたいと思う。



まあともかく曲を聴いていこう。

ケントンズ・ガール・フレンズ A-1オール・アバウト・ロニー (All about Ronnie)
スタン・ケントン楽団在団時代の1953年4月にキャピトルに吹き込んで以来のクリスの持ち歌だという。右はケントン時代の「オール・アバウト・ロニー」が聴けるLP「ケントンズ・ガール・フレンド」。歴代ケントン楽団の女性シンガー6名のケントン時代の録音を収録している。このアルバムではエリス・ラーキンのピアノとバークスが奏でるギターがリリカルなタッチを醸し出し、コナーの情緒豊かな歌い上げが素晴らしい。

A-2マイザーズ・セレナード (Miser's serenade)
クロード・リース、ジャック・ヴァル、フレッド・パトリックとフィッシャーの4人が共作したノヴェルティ・ソング。ギリシャ神話に登場するミダス(マイダス)王の、手に触れるものすべてが黄金に変わるという神話にひっかけた歌だという。サイ・オリヴァーの楽団のスインギーな伴奏をバックに、珍しくポップな感じで歌っている。いわゆる当時のビッグ・バンド・ナンバーで、コナーも楽しげに歌っている。

A-3エヴリシング・アイ・ラヴ (Everything I love)
コール・ポーターの作品の中では比較的地味なナンバーで、1941年のミュージカル「レッツ・フェイス・イット」の中で歌われたラヴ・ソングだという。僕が感じる典型的なビッグ・バンド・ヴォーカル・ナンバー。聴き応えがある。

A-4インディアン・サマー (Indian Summer)
「インディアン・サマー」とは日本語では「小春日和」のことだが、なぜインディアン・サマー(インディアン或いはインド風の夏)などというのだろう。ところでこの曲は、1919年にヴィクター・ハーバートがピアノ曲として作曲し、39年にアル・デュビンが歌詞をつけ、ドーシー楽団時代のフランク・シナトラが歌って評判になった失恋のバラードだという。オリヴァーはちょっとエキゾティックなイントロで盛り上げている。やはりサイ・オリヴァーの編曲を含めて素晴らしいバンドとおもう。

A-5アイ・ヒア・ミュージック (I hear music)
再びエリス・ラーキン・トリオのバックに戻る。1940年の映画「ダンシング・オン・ア・ダイム」の主題歌としてフランク・レッサーが作詞、バートン・レインが曲を付けたラヴ・ソングだという。

A-6帰れソレントへ (Come back to Sorrento)
原曲はナポリ民謡として有名なカンツォーネで、1902年にダヴィデ(詞)とエルネスト(曲)のクルティス兄弟が書いたもので、スタン・ケントン楽団が46年に吹き込んで評判となったという。


B-1アウト・オブ・ディス・ワールド (Out of this world)
「浮き世離れて」という邦題で知られる、1945年の同名の映画主題歌としてジョニー・マーサーが作詞、ハロルド・アーレンが作曲したラヴ・ソング。本HPにおいてはジョン・コルトレーンがアルバム「コルトレーン」で取り上げている。ヴィニー・バーク・カルテット+アート・マーディガンをバックに小気味よくスイングしている。コルトレーンの重量感あふれる演奏もいいが、こういう軽快なノリのスイングもいいものだ。

B-2ラッシュ・ライフ (Lush life)
デューク・エリントンの片腕と言われたビリー・ストレイホーンが、エリントン楽団のオーディション用にエリントン楽団に入る前の1938年に作ったという美しいバラード。ナット・キング・コールが歌って評判になったという。
クリスは丁寧なヴァースから入り、ドラマティックに歌を展開していく。

B-3この瞬間からは (From this moment on)
解説の山口広滋氏によると本アルバム中最高の名唱という。元はミュージカル「アウト・オブ・ディス・ワールド」のために1950年にコール・ポーターが作詞作曲したが、そこでは使われず53年の映画「キス・ミー・ケイト」に挿入されて知られるところになったという。
J.J.ジョンソン、カイ・ウィンディングの絶妙のコンビネーションによる快演の後スムースなクリスのヴォーカルが展開される。
B-4ア・グッド・マン・イズ・ア・セルダム・シング (A good man is a seldom thing)
シンガー兼ピアニストとして知られるチャールズ・ディフォレストが作詞作曲したいい男なんてめったにいないわという辛口のラヴ・ソング。解説の山口氏によると、クリスはレイジーな語り口に、やるせない情感を滲ませて大人の雰囲気を感じさせるという。ラルフ・シャロンのピアノ・ソロもいい感じだ。

B-5ドント・ウエイト・アップ・フォー・ミー (Don't wait up for me)
これもチャールズ・ディフォレストが作詞作曲したバラード。
こういう歌は難しいだろう。どういう感情を持って歌うかで全く違ってくる。題名は「私を待たないで」ということだが、歌詞を見ると本当は待っていて欲しいのに待たないでというのか、本当にもう私を待って欲しくないから待たないでというのかで180度変わってくる。解説の山口氏は前者という感じだが、果たしてそうなのだろうか?この曲の場合、僕にはストレートに「私を待ってバカなことをしないで、もうあなたの子供じみた行動はコリゴリよ」と歌っているような気がするが。

B-6イン・アザー・ワーズ (In other words)
今では「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」のタイトルで有名になっているが、バート・ハワードが1954年にワルツ調で書いた曲。翌年にあたる1955年にクリスはいち早く取り上げたことになる。

思わずクリス・コナーを続けることになりました。こういうのはレコード会社の戦略なのだろうか?

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第55回2014年6月8日

クリス・コナー 「ジス・イズ・クリス」



ご覧いただきありがとうございます。定年オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。

僕の住む関東南部では木曜(6/5)の昼前から雨が降り始め金・土と強い雨が降り続き、日曜(6/8)の午後になってやっと雲の合間に空が見えるようになりました。その木曜日から梅雨入りしたようです。残念ながら今年も鬱陶しい季節がやってきました。
ところで6/7(土)の朝はサッカー・ワールド・カップ前の最後の試合対ザンビア戦のテレビ放映がありました。4対3で勝つという試合としては非常に面白い展開でした。今までの日本なら後半3対3に追いつかれたところで大体試合は引き分けで終了という結果だったと思いますが、残り少ない時間の中で1トップ大久保がここ一番の強さを発揮して点を取るという展開での勝利、今回のワールド・カップは期待できるかもしれません。

写真は阿蘇の米塚です。米塚は健磐龍命(たけいわたつのみこと)が収穫した米を積み上げたものが山になったといわれ頂上のくぼみは貧しい人にお米を掬ってあげた跡という伝説があるそうです。高さが80メートルほどの小さな山ですが、れっきとした火山だそうで頂上のくぼみは実際は噴火の名残だそうです。











さて、九州旅行の続きです。5月14日は長崎で一泊しました。夕食はお寿司屋さんでおいしいお寿司を頂きました。僕の大好きな作家故山口瞳氏が長崎のお寿司屋さん「とら寿し」のことを書かれていて、長崎に行くならぜひと思っていました。しかし2009年ご主人が高齢のためお店を閉められたとのことで行くことができませんでした。とても残念です。山口氏は五島列島が間近に控える長崎は魚のおいしいところだと書かれていたので、長崎での夕食はお寿司と決めていました。そこでインターネットで探して行ったお店は篭町にある「栄寿司小吉」というお寿司屋さんです。カウンターだけの小さいお店ですが、地元のサラリーマンらしき人たちが連れ立ってお寿司をつまみお酒を飲んでいます。こういうお店は安心です。新鮮でこりこりのヒラマサや黒鯛、珍しいクジラの舌のなどの刺身で地酒さんざん飲み二人で1万7千円ほど、東京などでは考えられない値段です。ご主人、お店の方々も感じがよくまたお寿司もおいしく旅の第一夜の食事は大当たりでした。小さなお店だったのでお店の中での撮影は慎みましたが、外観くらいは撮っておきたかったのですが、すっかり忘れていました、情けない…。
口之津=鬼池フェリーに乗って
翌15日は長崎から島原の口之津という港に行き、フェリーで天草へ渡りました。昨日の雨がウソのような快晴です。









海鮮蔵の海鮮丼 15日の昼食は鬼池から約5分ほど車で走ったところにある「海鮮蔵」というお店で海鮮丼をいただきました。口之津のフェリー乗り場のオジサンに教えてもらったお店です。魚介類がいっぱい。この時期はウニが殊においしいというので奮発してウニつき2100円です。天草も魚がおいしい!






富岡城址のトンビ 途中富岡城跡に寄ってみました。そこで写真のトンビを撮影。九州の鳶は凛々しい。











第55回Chris Connor “This is Chris”

BCP-20 printed in U.S.A.(Fresh sound records Spain Barcelona)


「ジス・イズ・クリス」レコード・ジャケット

ラルフ・シャロン・グループ

<Contents>

A面
B面
1.ブレイム・イット・オン・マイ・ユース (Blame it on my youth) 1.ザ・スリル・イズ・ゴーン (The thrill is gone)
2.イッツ・オールライト・ウィズ・ミー (It's all right with me) 2.アイ・コンセントレイト・オン・ユー (I concentrate on you)
3.サムワン・トゥ・ウォッチ・オーヴァ―・ミー (Someone to watch over me) 3.オール・ドレスド・アップ・ウィズ・ア・ブロークン・ハート (All dressed up with a broken heart)
4.トラブル・イズ・ア・マン (Trouble is a man) 4.この瞬間からは (From this moment on)
5.オール・ジス・アンド・ヘヴン・ツー (All this and heaven too) 5.ライディン・ハイ (Ridin' high)


<Personnel>

 
ラルフ・シャロン・グループ1955年4月ニュー・ヨークにて録音
ラルフ・シャロンRalph SharonPiano
ミルト・ヒントンMilt HintonBass
ハービー・マンHerbie MannFlute
ジョー・ピューマJoe PumaGuitar
カイ・ウィンディングKai WindingTrombone
ジェー・ジェー・ジョンソンJ.J.JohnsonTrombone
オシー・ジョンソンOsieJohnsonDrums


前々回、前回に引き続きクリス・コナーである。

1955年4月にラルフ・シャロン・グループと14曲録音をしており、そのうち4曲を前回の”Chris”に、残り10曲をこの”This is Chris”に収録していることは前回も書いた。僕が勝手に師と仰ぐ粟村政昭氏は「コナーの最高のLPはーと言われたら外盤ではズバリ”This is Chris”、日本版ではこれにエリス・ラーキンスの伴奏による数曲を加えて編集された「ベスト・オブ・コナー」(Stateside SR-7055)を僕は挙げたい」と『ジャズ・レコード・ブック』に書いている。師の『ジャズ・レコード・ブック』は3回改訂されているそうで僕が持っているのが何版なのかは知らないが、奥付には1969年3月第2版発行と記載れている。ということはこの本が書かれたのは1968年頃だと思われる。そのころは現在とは違った形でベスレヘムのレコードが出されていたのだろう。というかそもそも僕が持っているベスレヘムの3枚もいつ発売されたものかというと同じときに買っているわけではないのでそれぞれ異なる。特に今回の”This is Chris”は(printed in U.S.A.)と記載されているがスペインのフレッシュ・サウンドから出ているものである。
ともかく粟村氏はリ”This is Chris”の伴奏者について触れていないが書き方から見ると僕が持っているのと同じラルフ・シャロンのグループが務めたものではないかと思われる。それにしても”This is Chris”に収められている4曲も加え、14曲で1枚のLPにして欲しかったなぁとは思う。
僕が信頼している<Jazz discography project>によると1955年4月に行われた1回のセッションで14曲が録音されたように感じられるが他のディスコグラフィーによるとセッション自体は4月中に2回行われたようだ。
一つはA-1・2・4・5、B-3・5の6曲はハービー・マン、ジョー・ピューマ、ラルフ・シャロン、ミルト・ヒントン、オシー・ジョンソンというクインテットが伴奏に付き、それにJ&KことJ.J.ジョンソンとカイ・ウィンディングが加わって”Chris”の4曲と残りの4曲が録音されたようだ。
伴奏のメンバーを見ると編曲も手掛けるイギリス出身のピアニストであるラルフ・シャロンが中心となってまとめているのだろう。ジョー・ピューマ、ミルト・ヒントン、オシー・ジョンソンと手堅い布陣でリズム・セクションを堅め、のちに「カミン・ホーム・ベイビー」、「メンフィス・アンダーグランド」などで大ヒットを飛ばすが当時はまだ新人の部類だったと思われるハービー・マンのフルートを入れることで新鮮なサウンドを狙ったのではないかと思う。
そして前年にスライドとヴァルヴの違いはあるが同じトロンボーン同士で双頭バンドを組んで話題となっていたJ&Kを加えさらにサウンドに厚みを加えることに成功していると思う。

まあともかく曲を聴いていこう。

A-1ブレイム・イット・オン・マイ・ユース (Blame it on my youth)
しっとりとしたスロー・ナンバー。クリスはヴァースからじっくりと歌い込んでいく。タイトルの意味は「若さゆえ…」ということかな?

A-2イッツ・オールライト・ウィズ・ミー (It's all right with me)
有名なコール・ポーター作のスタンダード・ナンバー。スインギーな歌唱が聴ける。間奏がユニークだ。

A-3サムワン・トゥ・ウォッチ・オーヴァ―・ミー (Someone to watch over me)
ガーシュイン兄弟作のスタンダード・ナンバー。スロー・バラードをJ&Kの2本のトロンボーンを生かしたアンサンブルで変化をつけている。

A-4トラブル・イズ・ア・マン (Trouble is a man)
アレック・ワイルダー作で、47年のサラ・ヴォーンを初めカーメン・マクレーやマリリン・モンローなどたくさんの歌手に歌われたスタンダード・ナンバー。「男こそトラブルの元」という歌かな?こちらもスロー・バラードでヴァースからじっくりと歌い込む。

A-5オール・ジス・アンド・ヘヴン・ツー (All this and heaven too)
エディー・デラング(Eddie DeLange)作詞ジミー・ヴァン・ヒューゼン(Jimmy Van Heusen)作曲のナンバー。日本題「凡てこの世も天国も」という1940年製作のアメリカ映画があるがそれと関係あるのかな?
これもスローなナンバー。


ケントンズ・ガール・フレンズ B-1ザ・スリル・イズ・ゴーン (The thrill is gone)
「ザ・スリル・イズ・ゴーン」と言えばジャズを聴く前にはR&Bを聴いていた僕はブルースの大御所B.B.Kingの大ヒットナンバーかと思ったが、どうやら同名異曲のようだ。ケントン楽団時代からクリスの持ち歌として有名だったという。 前回もご紹介した「ケントンズ・ガール・フレンズ」にはクリスの歌ではなく、後にケントン楽団のシンガーとなったアン・リチャーズが歌が収録されている。クリスの熱唱が光る。


B-2アイ・コンセントレイト・オン・ユー (I concentrate on you)
コール・ポーターの作。1コーラスのJ&Kのアンサンブルがあるというのは珍しいと思う。ヴォーカルのオブリガードはギターとフルートで後半トロンボーンが入る。メディアム・テンポのスインギーなナンバー。

B-3オール・ドレスド・アップ・ウィズ・ア・ブロークン・ハート (All dressed up with a broken heart)
こちらもメディアム・テンポのスインギーなナンバー。

B-4この瞬間からは (From this moment on)
このナンバーは前回「クリス」にも収録されている。同じパフォーマンスのようにも聞こえるがディスコグラフィーによると同日に収録された別録音だという。J&Kのアンサンブルのイントロに導かれクリスはスインギーなヴォーカルを展開する。途中1/2にテンポを落としエンディングに戻すという展開に工夫を凝らしている。

B-5ライディン・ハイ (Ridin' high)
これもコール・ポーターの曲でスインギーなナンバー。歌うのは難しい曲ではないかと思う。間奏部のシャロンのピアノがいい味を出している。この曲ばかりではなく全篇シャロンのピアノが効いている。


流れとはいえ僕の一番好きなアニタ・オディのアルバムをまだ1枚しか紹介していないのに、クリス・コナーを3枚も取り上げてしまった。色々な本やHPなどを見てもどうやらクリスの最高傑作はこれらベスレヘムという記述が多いような気がする。しかしクリスはこの3枚を録音後ベスレヘムを離れアトランティックに移籍する。どんな理由があったのだろうか?その後のクリスについても勉強していこう。

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第56回2014年6月18日

ベニー・グッドマン 入門その1
 「ザ・キング・オブ・スイング」Vol.1

ご覧いただきありがとうございます。定年オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。


サッカーのワールド・カップが開幕。日本は惜しくもコートジヴォアールに2対1で敗れてしまいました。FIFAランキングでいえば日本より格上の相手です。負けても世界のだれも不思議とは思わないでしょう。しかしなぜか日本国内では勝てるという雰囲気が色濃くあったような気がします。前哨戦で同じアフリカ代表のザンビアに競り勝っただけに惜しい試合でした。ずーっと観戦していて感じたことはこのゲームでの日本チームのミスの多さです。イージー・ミスが多すぎると思います。ああいう試合運びをしていたら相手がコートジヴォアールほどの強豪でなくても勝てないでしょう。
決勝トーナメント進出はかなり難しくなったと思いますが、後2戦何とか頑張ってもらいたいものです。
ニュースで見ましたが、日本のサポーターは試合後スタジアムの観客席のゴミ拾いをしているそうで、世界のサッカー・ファンが余りの素晴らしさに驚いているそうです。僕など何もしていないけど、日本人としてうれしいし自分もこうあらねば…という気持ちになります。まさにファイン・プレーです。














馬に揺られて由布院めぐり さて、今回ご紹介する写真は九州旅行の最後です。5月17日由布院から大分空港へ行き空路羽田へ帰ってきました。
この日もとても良い天気でした。

由布院は最近といってもここ10年くらいで急に人気が上がった温泉地ではないでしょうか?その前は大分、いや九州を代表する温泉地と言えば別府温泉だったような気がします。といってもどちらも言ったことはないのですが…。
由布院人気上昇に一役買ったのは、間違いなく作家の故山口瞳氏であったと思います。彼の書くものには紀行文が多くありますが、由布院を絶賛するものが多くあります。本当は山口氏がひいきにしていた「亀の井別荘」に泊まってみたかったのですが、かなりの高級旅館であり、子供たちにそんなリクエストはできません。旅行をプレゼントしてもらっただけで、周りの人からは羨ましがられます。それ以上は贅沢すぎます。

クレソンの花 左の写真はJR由布院駅から金鱗湖へ向かう途中の橋の上から撮りました。流れの上の白い花はクレソンの花だそうです。湯布院は高原なのでクレソンがよく育つそうです。











第56回Benny Goodman Vol.1 “The king of swing” 36AP 1416-7

CBS SONYからの日本再発盤

「ザ・キング・オブ・スイング」レコード・ジャケット

<Personnel>

ベニー・グッドマン、トリオ、カルテット
ベニー・グッドマン Benny Goodman Band Leader&Clarinet
Benny Goodman Orchestra
Harry James、Ziggy Elman、Chris Griffin Trumpet Red Ballard、Murray MacEachen、Vernon Brown Trombone
Hymie Shertzer、George KoenigAlto saxArt Rollini、Vido MussoTenor sax
Jess StacyPianoAllan ReussGuitarHarry GoodmanBassGene KrupaDrums
 
ベニー・グッドマン・トリオ
テディ・ウィルソンTeddy WilsonPiano
ジーン・クルーパGene KrupaDrums
   
ベニー・グッドマン・カルテット
テディ・ウィルソンTeddy WilsonPiano
ジーン・クルーパGene KrupaDrums
ライオネル・ハンプトン Lionel HamptonVibraphone

<Contents>

A面
B面
1.レッツ・ダンス (Let’s dance) 1.シュガー・フット・ストンプ (Sugar foot stomp)
2.ライディン・ハイ (Ridin’ high) 2.ムーングロウ (Moonglow)
3.うまくやれよ (Nice work if you can get it) 3.張り切りおやじ (I’m a ding dong daddy)
4.ヴァイブラフォン・ブルース(Vibraphone blues) 4.あなたのほかには (I hadn’t anyone till you)
5.アラビアの酋長 (The shiek of Araby) 5.オールウェイズ (Always)
6.ペッキン (Peckin’) 6.キャンプの集い (Down south camp meetin’)
7.サニー・ディスポジッシュ (Sunny disposish) 7.スウィート・レイラニ (Sweet Leilani)
8.ナガサキ (Nagasaki) 8.時には幸福に (Sometime I’m happy)
9.セントルイス・ブルース (ST.Louis blues) 9.ロール・エム (Roll ‘EM)

「ザ・キング・オブ・スイング」ジャケット裏面 “The king of swing”という短いタイトルで通っているがフル・タイトルは、実はとても長い。“Complete 1937-38 Jazz Concert The king of swing Benny Goodman and his original Orchestra , Trio , and Quartet”という。すなわち「1937年から38年にかけて スイングの王様ベニー・グッドマンのオーケストラ、トリオ、カルテットのジャズ・コンサートの完全版」というものだ。キーワードはいくつかある、「ベニー・グッドマンの」というところは当然として、「1937年から38年にかけて」ということ、「ジャズ・コンサートつまり実況録音」ということ、そして「オーケストラ、トリオ、カルテット」という辺りもそうだろう。
実は以前デューク・エリントンの章で大物アーティストにはそれぞれ入門盤というものがある程度決まっていたような気がすると書いた。そしてベニー・グッドマンの場合なら先ずは「キング・オブ・スイング(“The king of swing”)」であろうと、粟村政昭氏は書いている。曰く「BG(Benny Goodman)の全LPの中でなにか1枚だけを…と言われればまず“The king of swing”を推したいと思う。(中略)全盛期のBGバンド並びにコンボによる演奏を収めたエアチェック盤で、スタジオ吹込み演奏にありがちな「罐詰め音楽」の味気なさというものがここにはない。フル・バンド演奏に聴かれる躍動するリズムとエネルギッシュな合奏効果も素晴らしいが、トリオ、カルテットの演奏が醸し出すダイナミックな一体感は全くすごいの一言に尽きる。ただし、BG自信のソロはフル・バンドを背にした時の方が精彩に溢れているし、特にスローものになるとライオネル・ハンプトン、テディ・ウィルソンといった若手の猛者たちに食われがちであったことは皮肉である」。粟村氏が分量的には小品と言える「ジャズ・レコード・ブック」において1枚のレコードにこれだけの文字数を割いたのは異例のことと思われる。そしてこのレコードの紹介はこれで十分だと思える。
因みに粟村氏がこれ1枚として挙げているのはもともと2枚続きのセットものから1枚に集約したアルバム(Col. OSL-130)、僕が持っているのはそのもともとの2枚組(もちろん何度目かの日本再発盤)。粟村氏のアルバム(Col. OSL-130)は最近見たことが無いが、2枚組なら今でも中古レコード・ショップで1000円前後でよく見かける。こういうアルバムは詳しい解説が載っている日本盤がお勧めだ。
粟村氏は「ジャズ・レコード・ブック」のBGの紹介コーナーにおいて「いまさらBGについての紹介文がいるとは思えない」としながら「尤もあと5年もたてば意外に『BGって誰じゃい』とうそぶく若いファンが現われるかもしれないが…」と書き出している。粟村氏がこの本をものして既に35年、『BGって誰じゃい』とうそぶく若いファンは確実に存在すると思われる。あるいはBGは誰かは知っているがレコードは持っていない、聴いたこともないというファンは結構多いと思う。
ジャズ評論家モート・グッド(Mort Goode)氏は「スイング時代は全てベニー・グッドマンという、およそ地味な名前を持つ男から突然始まった」と書いている。よくデキシーランド〜スイングへ、スイング〜バップへのように語られるジャズの歴史だが、僕自身は「スイング〜バップ」よりも「デキシーランド〜スイング」というムーヴメントの方がよく分からない。この男から始まると言われるスイング、つまり「デキシーランド〜スイング」は彼BGを勉強していくことで少しでも分かってくるのではないかと考えるのだ。
などと要らぬ理屈をつけてみたが本当を言うと僕はベニー・グッドマンの音楽、スイング・ジャズが好きなのである。スイングするリズム、メロディー・ラインがはっきりしている旋律、名人上手が繰り広げるアドリブ…まさにジャズの醍醐味ここにありとさえ思う。のーたり、のーたりのノータリンの僕と一緒にBGを、スイング・ジャズを聴いていきましょう。
見開きジャケット
このアルバムは2枚組なので、1枚づつ2回にわたって紹介していこうと思う。
まず1枚目はA・B面それぞれ9曲ずつで計18曲が収められている。そしてこの演奏は、レコード・タイトルに“Jazz concert”とあるようにライヴ(実況録音)である。そしてこのアルバムは聴けばその楽しさが伝わって来て、「へぇ〜BGっていいなぁ」と思える入門盤としては最適なものだと思う。ただし収録年月日は全く順不同である。

まあともかく曲を聴いていこう。

A-1 レッツ・ダンス (Let’s dance) 1937年5月11日CBS「キャメル・キャラヴァン」番組
Benny Goodman Orchestra 0:52
トロンボーンはレッド・バラードとマレイ・マクイーチャンの2人。
 ウエーバーの「舞踏への勧誘」の旋律を借用したグッドマン楽団のオープニング・ナンバーとして非常に有名らしい。すいません、僕はこのレコードを買うまで知らなかった。
さらにグッドマン楽団はオープニング用としてはテーマのアンサンブルを32小節だけ演奏するのも有名らしい。MCもBGが務めているバンドのテーマソングともいうべきか。
非常に読み応えのあるライナー・ノーツによると、これが放送された当日37年5月11日は、ニュー・ヨーク・サヴォイ・ボールルームでかの対バンの鬼チック・ウエッブ楽団との歴史に残るスイング大合戦を行った日であるという。 その他に楽しいエピソードがあるがそれは極上のライナー・ノーツのお楽しみ。

A-2 ライディン・ハイ (Ridin’ high) 1937年11月2日CBS「キャメル・キャラヴァン」番組
Benny Goodman Orchestra 2:33
トロンボーンのマレイ・マクイーチャンがヴァ―ノン・ブラウン Vernon Brownに変わる。
正に前回“This is Connor”でクリス・コナーが歌っていたコール・ポーター作のナンバー。BGとハリー・ジェイムスがバトルのような激烈なソロを取る。


A-3 うまくやれよ (Nice work if you can get it) 1937年11月23日CBS「キャメル・キャラヴァン」番組
Benny Goodman Trio 2:27
ここで初めてトリオ演奏となる。Cl、P、Drという組み合わせは珍しいのではないか?この演奏は次回取り上げる2枚目のA-1「クラリネット・マーマレイド」と同日の録音だが、ピアニストをステイシーからテディ・ウィルソンに替えている。通常ビッグ・バンドで出演する場合トリオはピック・アップ・メンバーで行うのが普通と思われる。BGはコンボのPはウィルソンと決めていたということなのだろう。
ジョージ・ガーシュインのあまり知られていない佳曲という。BGは当時のポップ曲をあまり取り上げなかったが佳い曲と思うと敢然と取り上げたという。

A-4 ヴァイブラフォン・ブルース(Vibraphone blues) 1937年8月13日パロマ―・ボールルームからの自主放送
Benny Goodman Quartet 3:20
続いてカルテット。これもCl、P、Dr、Vbという変わった形式。BGはベースを入れてリズムを堅固にするよりもそれぞれソロを取れる楽器を選びインタープレイを重視したのだろう。BGのソロのバックではハンプトンはベースラインのようなフレーズを叩いている。こういうのも面白いアイディアだと思う。
1年前の夏にジョン・ハモンドの勧めによって、BGは初めてライオネル・ハンプトンを聴きただちに契約したという。そしてそれまでのトリオにハンプトンを加えカルテットとし、同年8月に4曲を録音したがその中の1曲という。 ヴォーカルを務めるのはハンプトンで、歌いながらほかの3人に挨拶を送っているという。

A-5 アラビアの酋長 (The shiek of Araby) 1937年6月15日CBS「キャメル・キャラヴァン」番組
Benny Goodman Quartet 2:51
1920年のミュージカル「メイク・イット・ステッピー」の中でヒットしたテッド・シュナイダー作曲の古い歌で、元々は美男映画俳優ルドルフ・ヴァレンチノの男性的魅力をたたえて作られたが、デキシー・ナンバーとしてスタンダードとなっていたという。以前にもBG自身30年にレッド・ニコルス・ファイヴ・ぺニーズの一員として吹き込んだことがあるという。正式録音としては後に(1940年)コロンビアに吹き込んでいるという。
BGの激しいソロそしてこの曲ではハンプトンがそれに絡むそして両者のコラボレイションでエンディングを迎える。

A-6 ペッキン (Peckin’)1937年9月14日CBS「キャメル・キャラヴァン」番組(ダラスより)
Benny Goodman Orchestra…メンバーはA-1と同じ 3:15
トランペットのハリー・ジェイムスが作・編曲したナンバー。エリントン楽団の「ロッキン・イン・リズム」におけるクーティー・ウィリアムスのソロにヒントを得てハリーがベン・ポラック楽団在籍時に演奏していたという。BGがそれを聞いて感銘し、ハリーを引き抜いたという由緒がある曲。それ以後BG、ハリーの代表作として演奏されてきたという。 なお「ペッキン」という言葉は鳥が餌をくちばしでつついて拾うことを云うらしく、当時大流行のジターバッグ・ダンスのパートナーたちが膝を引き下げて相手の肩の上にお互いに「ペック」するステップが盛んに踊られたという。ダンスの方は既に廃れたがこの演奏は名演として残っているという。
先ずBGが熱いソロを取り、ハリーに渡す。バンドのアンサンブルも素晴らしい。
この演奏はBGの楽団がダラスのエクスポ内のパン・アメリカン・カジノに10日間出演した時の放送という。これは白人と黒人の混合バンドが米国の南部に初めて出演した記念すべき出来事であったという。その時に不快な目にあったことは一度だけで、音楽の優秀性がすべての聴衆に十分に理解されて、バンドは大歓迎を受けたのであったというが本当とは思えない。

A-7 サニー・ディスポジッシュ (Sunny disposish)1937年9月14日CBS「キャメル・キャラヴァン」番組
Benny Goodman Orchestra 2:01
Tromboneがマレイ・マクイーチャンが抜け、ヴァ―ノン・ブラウンが入る。
ジョージの弟イラが作詞しフィル・チャリングという人が作曲した1926年のミュージカル[アメリカーナ]の主題歌で、37年当時BGのレパートリーとして大変人気があったという。しかし一度も正式なレコーディングはされずこのエアチェックだけが現在残る演奏となった。

A-8 ナガサキ (Nagasaki)1937年11月16日CBS「キャメル・キャラヴァン」番組
Benny Goodman Quartet A-7と同じメンバー 2:48
ハリー・ウォーレンとモルト・ディクスンのコンビが1928年『マダム・バタフライ』にヒントを得て作った曲という。速いテンポで演奏される。
このカルテットは曲の取り扱いにも工夫を凝らしテンポを落としたコーダのプレイなど素晴らしいアイディアが凝縮されている。

A-9 セントルイス・ブルース (ST.Louis blues) 1937年11月30日CBS「キャメル・キャラヴァン」番組
Benny Goodman Orchestra 4:59
Tromboneがヴァ―ノン・ブラウンからウィル・ブラッドレイに替わる。
超有名な曲でこの2枚のLPの中でも白眉の出来という。この曲はもともとフレッチャー・ヘンダーソンのアレンジで36年8月21日に吹き込んでいる。
先ずBGがソロを取りアンサンブル演奏2コーラスの後ツギ―・エルマンが新鮮なアイディアで素晴らしいソロを披露する。これでバンドも聴衆もエキサイトしたので、演奏が終わりに近づいたにもかかわらずBGはすかさずバンドに演奏を続けるように合図を送った。そしてハリー・ジェイムスがすっと立ち上がってTpソロを吹き始めると、呼応してクルーパがロック・ビートのような2ビートをガッチリと送る、続いてジェス・ステイシーのPが2コーラス、そしてバンドの日の出るようなリフの連続で幕となる。フル・バンドでこのようなスポティニアスな長演奏が生まれるというのは、全くスイング時代ならではの嬉しい奇跡だとライナーの解説者は記している。


「King Oliver's Creole jazz band The complete set」CD B-1 シュガー・フット・ストンプ (Sugar foot stomp)1937年11月21日自主番組
Benny Goodman Orchestra 2:20
Tromboneのウィル・ブラッドレイがヴァ―ノン・ブラウンに替わる。
ライナー・ノーツではキング・オリヴァーが1913年頃に作ったといわれる「ディッパ―マウス・ブルース」がその後改名されてこの題名になったというジャズの古典としているが、作られた年については疑問がある。
フレッチャー・ヘンダーソン自身1925年自己の楽団で吹きこんでいるが、37年9月にグッドマン楽団のために再アレンジを行いレコーディングしたものが大ヒットしたという。確かに見事なアレンジで今聴いても古臭さなど微塵もない。
この放送はそれから間もなくのもの。ハリー・ジェイムスはオリジナルのオリヴァーのコーラスを手本にして吹いているが、それはこの曲を吹くトランぺッターに共通のことだったという。
キング・オリヴァー自身の演奏は第40回で紹介した左のCDで聴くことができる。このCDには初レコーディング・セッション2日目である1923年4月6日のものと6月23日のもの2種類が収録されている。その時の題名はもちろん「ディッパ―マウス・ブルース」。ハリーはオリヴァーを手本にして吹いていると言われればそんな気もする。
さて、作られた年についてだが、本アルバムでもまたオリヴァーのCDでもオリヴァーとルイ・アームストロングの共作となっている。もしこの曲が1913年頃の作とすれば、オリヴァーは28歳でフレディ・ケパードの後釜としてオリンピアブラス・バンドに迎えられた翌年なので可能性はあるが、ルイはまだ13歳、ピストル事件を起こして感化院に入れられた年である。13年ではなく23年の誤りではないだろうか?

B-2 ムーングロウ (Moonglow) 1937年11月30日CBS「キャメル・キャラヴァン」番組
Benny Goodman Quartet 2:55
1934年ウィル・ハドソンが書いた曲で36年8月に1度録音しているという。大変美しい旋律を持つ曲で大ヒットしたという。BGも丁寧に吹いており、コンボも実にメロディアスに演奏しており、音楽性の高い名演と思う。

B-3 張り切りおやじ (I’m a ding dong daddy) 1938年1月29日CBS「サタディ・ナイト・スイング・セッション」番組
Benny Goodman Quartet 3:22
フィル・バクスターの書いた曲で1930年にルイ・アームストロングのスキャットとTpで有名になったという。1931年BGもベン・ポラック楽団在籍時にポラック自身のヴォーカルのレコーディングに参加している。僕の持っているルイのCDでは「アイム・ア・ディン・ドン・ダディ」というタイトルだったが、「張り切りおやじ」という訳は面白い。ユーモラスな1曲。

B-4 あなたのほかには (I hadn’t anyone till you)1938年6月14日CBS「キャメル・キャラヴァン」番組(ホテル・リッツ・カールトン・ホテルより中継)
Benny Goodman Quartet 3:14
Drumsがジーン・クルーパではなく、デイヴ・タフに替わる。
レイ・ノーブルの作ったポップ曲。BGはよくステージ等で演奏していたというが、残っている録音はこれのみだという。 ヴォーカルは専属の美人歌手マーサ・ティルトンで、大変色っぽいヴォーカルが3回も登場するのはファンへのサービスだという。

B-5 オールウェイズ (Always)1937年8月3日CBS「キャメル・キャラヴァン」番組(ロス・アンゼルス)
Benny Goodman Orchestra 2:54 B-1と同じメンバー 但しTromboneのヴァ―ノン・ブラウンがマレイ・マクイーチャンに替わる。
アーヴィング・バーリンが1925年に書いた美しいバラード。フレッチャー・ヘンダーソンの編曲は、ブラスとホーン・セクションのチームワークを最高度に機能させ、第3コーラスにおけるような素晴らしい楽団の完璧なアンサンブルを作り出している。冒頭のソロは珍しくアート・ロリーニ(Ts)で、トロンボーンのソロはマレイ・マクイーチャンという。

B-6 キャンプの集い (Down south camp meetin’)1937年5月11日ミューチュアル局自主番組(ペンシルヴァニア・ホテルのマドハッタン・ルームより中継)
Benny Goodman Orchestra 2:57 B-5と同じメンバー。
もともとはフレッチャー・ヘンダーソンが自楽団のために35年に書き下ろしたもので、BG楽団のためにスコア―を書き直し36年8月にレコーディングされた。BGはこの編曲を大変気に入りその後いつまでもそのまま使用して盛んに演奏したという。ヘンダーソンの優れたオーケストレイションの才能をよく表した編曲で、特に最後のコーラスにおいてブラスに対してクラリネットの合奏が始めは低音で、次に1オクターヴ上がって終わるところなど常に聴衆を興奮させたという。
ちょっと英語なので聞き取りにくいが、評論家ジョージ・アヴァギャン氏の解説によると、一人の興奮したファンがマイクのそばで、「なんて素敵なバンド!」と思わず叫んだ声が入っている。余りに真実味を帯びているのであとからダビングしたと思われるといけないのでカットしようか最後まで悩んだという。

B-7 スウィート・レイラニ (Sweet Leilani) 1937年6月29日CBS「キャメル・キャラヴァン」番組
Benny Goodman Trio 2:04
ハリー・オーエンスが作曲して1937年のパラマウント映画「ワイキキの結婚」の主題歌としてビング・クロスビーが歌って大ヒットし、同年のアカデミー賞映画主題歌部門を獲得したハワイアンの佳曲。BGは最新のヒット曲を演奏したことになるが彼自身はこの放送を聴くまで自分が演奏したことを忘れていたという。BGの流れるような美しい旋律、ラスト・コーラスにおけるクルーパのタム・タムが聴きものであるとしている。

B-8 時には幸福に (Sometime I’m happy) 1937年3月3日CBS自主番組(ペンシルヴァニア・ホテルのマドハッタン・ルームより中継)
Benny Goodman Orchestra 3:57 B-5と同じ
ヴィンセント・ユーマンスが27年のミュージカル「ヒット・ザ・デック」の主題歌として書いた曲という。ヘンダーソンの編曲によっては、中テンポの品位あるいわゆる「静かなスイング」に変身している。中間部のサックス・セクションのソリはハイミー・シェルツァーのリードによって他のいかなるバンドも比肩しえぬほど完璧な美しいアンサンブルを実現している。オリジナルのレコードは35年に吹き込まれ、バニー・ベリガンの古典的なソロが含まれたが、この放送におけるハリー・ジェイムスのソロも劣らず素晴らしい。次のテナーはヴィド・ムッソという。

B-9 ロール・エム (Roll ‘EM) 1939年2月15日CBS「キャメル・キャラヴァン」番組
Benny Goodman Orchestra 4:12 B-1と同じ 但しTenor saxのヴィド・ムッソがベイブ・ラッシンに替わる。
黒人女性ピアニストで優れたアレンジャーでもあるメリー・ルウ・ウィリアムスの才能をかねてから買っていたBGは、時折彼女の独特なオリジナルを採用した。この曲は、37年7月にレコーディングされたブギ・ウギ調のものだが、通常の8拍のブギーに代わって、急速のテンポのブルースを強調しているので極めて快適にスイングする。
ハリー・ジェイムスのソロが光り輝いている。BGはこの曲を後年まで好んでレパートリーに加えていたという。

僕はこれまで、このレコードを素晴らしいアンサンブルとソロの効けるスイング時代の佳作くらいにしか思っていなかったが、改めて解説を久しぶりに読み直しながら聴いていくとアンサンブルとソロの素晴らしはもちろんだが、アレンジの見事さに驚かされた。実に細やかに組み立てられているし、非常に斬新なナンバーも多い。もしアレンジの勉強をされている方にはこれ以上の教本はないのではないかとさえ思う。
やはりジャズは素晴らしい!!

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第57回2014年6月25日

ベニー・グッドマン 入門その2
 「ザ・キング・オブ・スイング」Vol.2

ご覧いただきありがとうございます。定年オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。


最近プライヴェイトではありますが、土日が忙しく大好きな森へ散歩にも行けない休日が続いています。写真は5月31日に撮りました。
人によってどういう休日の過ごし方を好むかは千差万別かもしれません。因みに僕は予定のない休日が一番好きです。好きな時間に起き、ゆっくりと朝食を取り、おもむろにせっかく近所にある美しい森を散歩する。
大好きなコーヒーをじっくり淹れる。好きな或いは最近聞いていなかったジャズのレコードを聴くなどということをのたり、のたりとやるというようなことです。
しかしこんな僕も生活人であり、家族がいます。すべて自分の想いのままには行かないことは重々承知していますが、土・日の休日の内どちらかはのんびり過ごしたいものです。

















ご近所のジョン君 さて、6月25日日本では早朝5時から最後の望みをかけてサッカー・ワールドカップ対コロンビア戦が行われました。結果は皆さんご承知のように4対1での惨敗。僕は前半終了ごのハーフ・タイムから見ました。前半はよく戦ったといわれてますが、残念ながら見ていません。こう言っては失礼かもしれませんが、後半はかなり一方的なゲーム運びだったのではないでしょうか?いいように遊ばれた、これが正直な僕の感想です。
結果はもちろん残念ですが、試合内容などを見ていると当然の結果という感じもします。

訃報

ホレス・シルヴァー 一時代を画した巨人、ピアニスト、作曲家のホレス・シルヴァーが6月18日ニューヨーク州ニューロシェルの自宅で亡くなりました。85歳、老衰によるものとみられているそうです。また一人ジャズ界の巨星が天に召されました。合掌。










第57回Benny Goodman Vol.2 “The king of swing” 36AP 1416-7

CBS SONYからの日本再発盤

「ザ・キング・オブ・スイング」レコード・ジャケット

<Personnel>

ベニー・グッドマン、トリオ、カルテット
ベニー・グッドマン Benny Goodman Band Leader&Clarinet
ベニー・グッドマン・オーケストラ Benny Goodman Orchestra





Harry James、Ziggy Elman、Chris Griffin、…Trumpet
Red Ballard、Vernon Brown、Murray McEachern、…Trombone
Hymie Shertzer、George Koenig、…Alto sax、 Art Rollini、Babe Russin、Vido Musso、…Tenor sax
Jess Stacy…Piano、Allan Reuss…Guitar、Harry Goodman…Bass、 Gene Krupa… Drums
Martha Tilton…Vocal
 
ベニー・グッドマン・トリオ
テディ・ウィルソンTeddy WilsonPiano
ジーン・クルーパGene KrupaDrums
   
ベニー・グッドマン・カルテット
テディ・ウィルソンTeddy WilsonPiano
ジーン・クルーパGene KrupaDrums
ライオネル・ハンプトン Lionel HamptonVibraphone

<Contents>

A面
B面
1.キング・ポーター・ストンプ (King porter stomp) 1.クラリネット・マーマレイド (Clarinet marmalade)
2.ジョーンズ嬢に会ったかい (Have you met Miss Jones) 2.タイム・オン・マイ・ハンズ (Time on my hand (in my arms))
3.シャイン (Shine) 3.スターダスト (Stardust)
4.ミニー・ザ・ムーチャーの婚礼日 (Minnie the moocher's wedding day) 4.ベニー・セント・ミー (Benny sent me)
5.ランニン・ワイルド (Runnin' wild) 5.みんな彼女が好き (Everybody loves my baby)
6.私に頼むわ (You turned the tables on me) 6.ジョセフィーヌ (Josephine)
7.アット・ザ・ダークタウン・ストラッターズ・ボール (At the darktown strutter's ball) 7.キラー・ディラー (Killer diller)
8.マイ・ギャル・サル (My gal Sal) 8.サムディ・スウィートハート (Someday sweetheart)
9.ピューグル・コール・ラグ (Pugle call rag) 9.キャラヴァン (Caravan)
10.グッドバイ (Goodbye)

「ザ・キング・オブ・スイング」ジャケット裏面 ベニーグッドマンの2回目である。といっても2枚組のレコード2枚目である。前回はトリオ、カルテットのメンバー紹介をしたが、今回はオーケストラを中心にリンクを張っている。そこで気づいたことは、ハリー・ジェイムスなど後に一家を成す人物もいるが、レッド・バラード、ジョージ・ケーニヒなど詳細不明という人物が意外に多い。エリントン楽団、ベイシー楽などとは違うのである。このような有名バンドに所属していたのになぜ?という思いがある。
それはエリントン楽団、ベイシー楽団に所属していたプレイヤーはソロイストとしても一流で、この所属バンド以外にもいろいろなバンドやリーダーとしても吹込みを行いジャズ界で名を馳せたのに対して、B・Gのバンドのメンバーは、このバンド以外の活躍は少なく、いわゆるスタジオ・ミュージシャンとしての道を歩んだ人が多いからのように思われる。
そしてこの2枚組を聴いて感じることだが、B・Gとハリー・ジェイムス、ライオネル・ハンプトンを除いて他のメンバーのソロが少ないことである。アンサンブルは見事だがソロは少ない。そもそもB・Gはバンドに優秀なソロイストを求めてはいなかったのではないかと思う。ソロを取って拍手喝さいを浴びるのは自分一人でたくさんで後は盛り立て役のアンサンブルがあればいいということだったのではないかと思う。果たしてどうだったかは今後の勉強の課題の一つである。

まあともかく曲を聴いていこう。

A-1 キング・ポーター・ストンプ (King porter stomp) 1937年7月13日CBS「キャメル・キャラヴァン」番組
Benny Goodman Orchestra 2:48
トロンボーンはレッド・バラードとマレイ・マクイーチャン、アルト・サックスはシェルツァーとケーニヒ、テナーはロリーニとムッソ。
ジェリー・ロール・モートンが偉大なラグタイムの偉大なピアニストポーター・キングに捧げて作った曲。フレッチャー・ヘンダーソンが自己のバンドのために編曲したものをそのまま演奏しているという。B・Gは1935年7月にレコーディングして以来長年プレイするうちに少しずつ手を加え直していったという。例えばラスト・コーラス、ブラスとサックス・セクションの応答リフにおける最後のバトン・ノート(?)の削除、或いはコーダのリタードの導入などだという。ソロイストはB・G、ハリー・ジェイムス、ヴィド・ムッソ。

A-2 ジョーンズ嬢に会ったかい (Have you met Miss Jones) 1937年12月7日CBS「キャメル・キャラヴァン」番組
Benny Goodman trio 2:27
37年いロジャースとハートのコンビがミュージカル「I'd rather be right」に書いた曲で、B・Gは大変気に入っていて、早速取り上げて演奏したということだろう。その割にこのあと一度もレコーディングされていないので唯一の録音となる。ウィルソンの半コーラスのソロも素晴らしい。


A-3 シャイン (Shine) 1937年8月10日CBS「キャメル・キャラヴァン」番組 ロス・アンゼルス
Benny Goodman Quartet 2:28
1924年に作られて以来サッチモなど多くのミュージシャンに取り上げられたスタンダード。B・Gもこの録音の他に有名な38年のカーネギー・ホール・コンサートでも演奏している。
コンボによる演奏は45年に新セクステットによって行われているが、この演奏とはだいぶ違っているそうだ。
A-4 ミニー・ザ・ムーチャーの婚礼日 (Minnie the moocher's wedding day) 1937年4月13日CBS「キャメル・キャラヴァン」番組
Benny Goodman Orchestra B-1と同じメンバー 2:40
ハロルド・アレンの書いた曲でフレッチャー・ヘンダーソンの偉大な編曲の代表作と言われている。B・Gバンドは37年9月にレコーディングしている。
ハリー・ジェイムスのソロの最後のフレーズをそのまま基本にしてB・Gがアドリブを受け継ぐ。次コーラスのブラスとサックスのがっしりとしたインタープレイ、最後の2コーラスでクルーパがクライマックスに盛り上げる見事な捌きなど聴きどころ満載である。

A-5 ランニン・ワイルド (Runnin' wild) 1937年3月25日ミューチュアル局自主番組(マドハッタン・ルームより中継)
Benny Goodman Quartet 2:58
このカルテットのお得意のナンバーで、前月2月に録音したばかりであるという。1922年にニュー・ヨークで上演されたばかりの黒人ばかりのレヴュー「ランニン・ワイルド」の主題歌で、ハリントン・ギッブスという人が作曲をした。題名通りのワイルドな感じのテンポの速い曲でB・Gとハンプトンの熱っぽい掛け合いが利かれる。B・G、ファッツ・ウォーラーの録音などが代表作と言われている。

A-6 私に頼むわ (You turned the tables on me)1937年4月29日WNEW局「メイク・ビリーヴ・ボールルーム」
Benny Goodman Orchestra B-1と同じメンバー 2:40
B・G楽団は、ペンシルヴァニア・ホテルへの出演の最後の日に当時有名だったディスク・ジョッキーのマーティン・ブロックの番組に出演した。B・Gお好みの美人歌手ヘレン・ワードがゲストとしてこの歌を歌っている。
1936年映画「シング・ベイビー・シング」の主題歌として作られ、同年8月にヘレン・ワードの歌でレコードを吹き込み大ヒットしたナンバーだという。
このようなポップ・チューンを演奏するB・G楽団のアンサンブルは誠にすばらしかった。そのトーン、フレージングも一寸の隙もないくらいに正確さを保ってよく揃っていた。しかしその反面全く気軽なリラックスしたルースさをも感じさせ、それはあたかも英国製のツイードのジャケットを着ているような心地よさであったと評論家のジョージ・アヴァギャンはほめたたえている。結婚してますます艶やかになったヘレン・ワードの歌も聴きものだそうだ。

A-7 アット・ザ・ダークタウン・ストラッターズ・ボール (At the darktown strutter's ball)1937年11月3日CBS自主番組(マドハッタン・ルームより中継)
Benny Goodman Orchestra マクィーチャンに替わってヴァ―ノンがトロンボーンに入る2:23
スプッド・マーフィーによるこの編曲は正式なレコーディングはされなかったにもかかわらず、非常にポピュラーになり、ダンス・バンドやスクール・バンドがこぞって真似をしたといわれる。後年メル・パウエルのアレンジによるものが42年にレコーディングされたが、全く別物になっているという。
エルマンとB・Gのソロ、グリフィン、B・G、ロリーニの3人によるデキシー風のパッセージは見事の一言に尽きる。

A-8 マイ・ギャル・サル (My gal Sal)1937年12月14日CBS「キャメル・キャラヴァン」番組
Benny Goodman Quartet  3:45
1905年にポール・ドレッサーが書いたこの曲はカルテットの十八番の一つになった。しかしこの曲は一度も正式な録音をされず、残っているエア・チェックのこの録音のみという。

A-9 ピューグル・コール・ラグ (Pugle call rag)1937年7月6日CBS「キャメル・キャラヴァン」番組
Benny Goodman Orchestra B-1と同じメンバー2:34
ニューオリンズ・リズム・キングスの作品中最も有名な曲で、必ず初めに景気の良いトランペットのコールがあって、スピーディーなサンサンブルとソロが続々と出てくる趣向になっているという。
ロリーニ、エルマン、マックィーチャン、B・Gそれぞれが激しいソロを取り、エンディングのクルーパの素晴らしいドラミングも聴きものである。


B-1 クラリネット・マーマレイド (Clarinet marmalade)1937年11月23日CBS「キャメル・キャラヴァン」番組
Benny Goodman Orchestra 2:13
トロンボーンはレッド・バラードとウィル・ブラッドレイ、テナーはロリーニとムッソである。
O.J.D.B.(オリジナル・ディキシーランド・ジャズ・バンド)のクラリネット奏者ラリー・シールズがピアニストのヘンリー・ラガスと共作した古いナンバーで、小編成で奏されてきた。それを編曲者のジミー・マンディはディキシーのコレクティヴ・インプロヴィゼイションの要素をフル・バンドで見事に取り入れることに成功している。この曲も非常に人気のあったナンバーというがなぜか正式なレコーディングはなされていない。
B・G他に短いジェイムスのソロがあるが解説氏は「身の毛のよだつようだ」としている(?)。

B-2 タイム・オン・マイ・ハンズ (Time on my hand (in my arms))1937年11月2日CBS「キャメル・キャラヴァン」番組
Benny Goodman trio 3:31
ヴィンセント・ユーマンスが1930年にミュージカル「スマイルス」のために書いた美しい主題歌で、その年の最大のヒット曲になったという。B・Gは後の1941年にエディー・ソーターの編曲でオーケストラによるレコーディングをしているが、このトリオによる録音はこれのみである。B・Gのバンドには、このような静かな雰囲気が多いのが一つの特色であったともいう。B・Gの美しいソロに加えてウィルソンのピアノも素晴らしい。

B-3 スターダスト (Stardust)1937年11月19日 自主放送番組(マドハッタン・ルームより中継)
Benny Goodman Orchestra 2:39
ホーギー・カーマイケルの不朽の名作で実に様々な録音が行われているが、このフレッチャー・ヘンダーソンのような軽快なアレンジは珍しい。従ってこのようなスタイルには好き嫌いがあるだろうと解説氏はライナーに書いているが、ということは嫌いなのだろうと思う。
その解説氏によると第1と第3コーラスのバックのステイシーのピアノ・ソロ、最後のギター・ソロは注目に値する。B・Gは36年4月にレコーディングを行っているが、トミー・ドーシー楽団の同曲とカップリングでSP盤で発売されるという大変珍しいことであったという。

B-4 ベニー・セント・ミー (Benny sent me)1938年8月30日CBS「キャメル・キャラヴァン」番組(デトロイトより中継)
Benny Goodman Quartet 2:53
この曲は放送では「フィドル・ファドル」とアナウンスされているが、その後ルロイ・アンダースンが次作の弦用の曲に同じタイトルをつけてしまったので、タイトルを変えてこのアルバムに収録せざるを得なかったという。したがってこの後もレコーディングされておらず、B・G自身もカルテットで演奏したことも覚えていないという。
ハンプトンのヴァイブ・ソロ、歌のバックの他のメンバーのビートが素晴らしいとは解説氏。

B-5 みんな彼女が好き (Everybody loves my baby)1937年10月19日CBS「キャメル・キャラヴァン」番組
Benny Goodman Quartet 3:57 
B・G自身はこの曲のコンボによるレコーディングは全く覚えていないという。後の46年女性歌手イーブ・ヤングの歌入りでオーケストラ吹き込んでいるくらいポップ・チューンの典型的なものだが、他のカルテットによる演奏と比べてもベストと言えるくらいの素晴らしい出来であるとは解説氏。

B-6 ジョセフィーヌ (Josephine)1937年12月14日CBS「キャメル・キャラヴァン」番組
Benny Goodman Orchestra 2:29 
トロンボーンがブラッドレイに替わってヴァ―ノン・ブラウン、テナーがムッソに替わってベイブ・ラッシンが入る。
元は1936年ガス・カーン作詞ウェイン・キング、バーク・ビヴェンス作曲のポップ・ナンバーだが、B・Gは唄抜きの純粋インスツルメンタルのナンバーとして、ジミー・マンディのアレンジのスイング・ナンバーに仕立て直した。流行歌をこのように扱うことはB・Gの得意とするところであったがここでも見事に成功している。
正式レコーディングは行われなかった曲ではあるが、ハリー・ジェイムスが立ち上がってソロを取る前に湧き起る拍手を聴けば、聴衆のエキサイト度合いがよく分かるという。

B-7 キラー・ディラー (Killer diller)1937年12月7日CBS「キャメル・キャラヴァン」番組
Benny Goodman Qurtet 2:55
もともとタイトルのない放送用の曲であったようだが、B・Gとジミー・マンディの共作として後になってタイトルが付けられたものらしい。そのタイトルの「キラー・ディラー」とは、当時のB・Gのフル・オーケストラのホットなスイング・スタイルを云ったもので、ジタ―・バッグとともに当時流行したものという。その様なイージー・ゴーイング感あふれるタイトルではあるが、このカルテット演奏には相当アレンジメント跡が見られるという。

B-8 サムディ・スウィートハート (Someday sweetheart)1937年11月9日CBS「キャメル・キャラヴァン」番組
Benny Goodman Orchestra 2:40
ジェリー・ロール・モートンの作った古いスタンダード・ナンバー。B・Gはトリオで正式録音をしており、オーケストラでの録音は他にはない。バラードとブラウンの2本のトロンボーンがテーマを奏し、サックス・セクションの16小節に渡るスイングするフレージングが素晴らしいと解説氏。続いてハリーのTp、B・Gのソロ、全合奏がクルーパのドラミングによって盛り上がり幕を閉じる。

B-9 キャラヴァン (Caravan)1937年8月17日CBS「キャメル・キャラヴァン」番組(ロス・アンゼルス)
Benny Goodman Orchestra 3:01
トロンボーンは、ブラッドレイに替わってマックイーチャーン。
エリントン楽団のトロンボーン奏者ファン・ティゾールの作ったあまりにも有名な曲。ここでのB・Gのアレンジは典型的なスイング・スタイルでエリントン楽団のエキゾティックなムードとは全くかけ離れたものになっている。しかもこのアレンジは有名な「シング・シング・シング」とたいへんよく似通っているという。

B-10 グッドバイ (Goodbye)1937年8月17日CBS「キャメル・キャラヴァン」番組
Benny Goodman Orchestra 0:40
ゴードン・ジェンキンスの作った美しい旋律は、早くからB・G楽団のクロージング・テーマだったという。1935年1月に初めて放送された時は「ブルー・セレナード」というタイトルであったという。その2か月後には「グッドバイ」というタイトルに替わっていたという。

今どきベニー・グッドマンを熱心に聴いていこうという人は少ないかもしれないが、一度聞いていただければその楽しさ、素晴らしさは分かると思う。僕は少しずつだがB・Gもじっくり聴いて勉強していこうと思う。

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第58回2014年7月6日

ホレス・シルヴァー 「ソング・フォー・マイ・ファーザー」

ご覧いただきありがとうございます。定年オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。



今正に梅雨の真っ最中で毎日空は曇り空、時折雨が降るとてもジメジメとしたイヤな季節です。僕の住んでいる辺りはそんな状況で、土曜に楽しみにしていたテニスも2週間続けて雨で中止、こういう天気は梅雨らしいし、この時期は仕方ないと思ってあきらめるしかありません。
しかし、やはり今年はちょっと異常です。先週の火曜(6月24日)に東京都三鷹市では大粒の雹が大量に降り、10センチ以上も積もったそうです。こんなことは聞いてことがありません。
















5月31日こんな日がいいな
さて、少し前になりますが、6月25日日本では早朝5時から最後の望みをかけてサッカー・ワールドカップ対コロンビア戦が行われました。結果は皆さんご承知のように4対1での惨敗。僕は前半終了ごのハーフ・タイムから見ました。前半はよく戦ったといわれてますが、残念ながら見ていません。こう言っては失礼かもしれませんが、後半はかなり一方的なゲーム運びだったのではないでしょうか?いいように遊ばれた、これが正直な僕の感想です。
結果はもちろん残念ですが、試合内容などを見ていると当然の結果という感じもします。日本が敗れてからはテレビのワールドカップ関連の視聴率はガタ落ちだそうです。





蛇足

スティーリー・ダン「さわやか革命」ジャケット ”Song for my father”のイントロ使ったロック・ナンバーがあります。日本でのタイトルは「リキの電話番号」、原題は”Rikki don't lose that number”。アメリカのロック・バンド、スティーリー・ダン(Steely Dan)の4枚目のアルバム”Pretzel logic”のA面1曲目に収録されています。でも”Rikki don't lose that number”は、「リキ、その電話番号を忘れるな」ということだと思うのですが、「リキの電話番号」という訳は合わないなあと思います。しかし歌詞も変で、また”Rikki”と”don't”の間にカンマがないのでもしかすると「リキはその電話番号を忘れない」という風にもとれるので、ともかく「リキの電話番号」としたのかもしれません?
さてこのアルバム”Pretzel logic”というタイトルですが、直訳すれば「プレッツェルの論理」という意味でしょう。 ではこれは何を意味するのかというと、正確には分かりませんが、「プレッツェルの論理」プレッツェルとは<ねじ巻き形の塩味のビスケット>のことで、アメリカでは手軽で安価なスナック菓子だそうです。「手近な安っぽい理屈」という意味なのでしょうか?勝手に推理してみましたが全く違うかもしれません。この表現はよく使われるのかな?どなたか教えてください。因みにこのアルバムの日本でのタイトルは「さわやか革命」、この訳も分かりません。
このSteely Danというバンドは、バックにジャズ・ミュージシャンを起用することで有名です。この「さわやか革命」には、なんとインスト・ナンバーとしてエリントンの”East St.Louis toodle-O”を取り上げています。またその他にもチャーリー・パーカーのことを歌ったと思われる「パーカーズ・バンド(Parker's band)」というオリジナルもレコーディングしています。







第58回Horace Silver “Song for my father”

Blue Note ST-84185 (日本盤:キング・レコード)

「ソング・フォー・マイ・ファーザー」レコード・ジャケット

<Contents>

A面
B面
1.ソング・フォー・マイ・ファーザー (Song for my father) 1.ケ・パサ (Que pasa)
2.ザ・ネイティヴズ・アー・レストレス・トゥナイト (The natives are restless tonight) 2.ザ・キッカー (The kicker)
3.カルカッタ・キューティー (Calcutta cutie) 3.ロンリー・ウーマン (Lonely woman)

<Personnel>

ホレス・シルヴァー・クインテット
ホレス・シルヴァーHorace Silver Piano
A-1、2、B-1、2 … 1964年10月31日 ニュージャージー ルディ・ヴァン・ゲルダー・スタジオにて録音。
カーメル・ジョーンズCarmel JonesTrumpet
ジョー・ヘンダーソンJoe HendersonTenor sax
テディ・スミスTeddy SmithBass
ロジャー・ハンフリーズ Roger HumphriesDrums
A-3、B-3 … 1963年10月26日録音 ニュージャージー ルディ・ヴァン・ゲルダースタジオにて録音。
ブルー・ミッチェル Blue MitchellTrumpet
ジュニア・クック Junior CookTenor sax
ジーン・テイラー Gene TaylorBass
ロイ・ブルックス Roy BrooksDrums

ホレス・シルヴァー氏の追悼の意味も込めて、多分故人の最大のヒット・アルバムと思われる「ソング・フォー・マイ・ファーザー」を取り上げてみよう。

「ソング・フォー・マイ・ファーザー」ジャケット裏面 僕がこのアルバムを最初に聴いたのは、高校生の時仙台のジャズ喫茶においてであった。お店ははっきり覚えていないが、「カウント」だったのではないかと思う。Altec“Voice of theater”から一度聴いたら覚えてしまうあの独特のイントロが流れ、次に正にハード・バップそのもの(当時そういう言葉は知らなかったが)という音があふれ出してくる。僕はジャズには本から入ったので、聴いたことはなくても超有名盤だけならタイトル・アーティスト名ぐらいは覚えていた。そして店内おかれたジャケットを見て「ああ、これがホレス・シルヴァーのソング・フォー・マイ・ファーザーか!」と思ったことを鮮明に覚えている。そしてどれくらい後だったかは忘れたが、小遣いをためてレコードを買った。かれこれ40年以上も前のことだ。
超有名盤である。それ故いろいろな人、プロからアマチュアまで多数の人がこのアルバムを評している。こういうアルバムは僕のようなド素人は書き難い。何を言っても「バカだなぁ」と蔑まれそうな気がしてしまう。しかしそもそもが蔑まれることを覚悟して始めたHPだ。大いにバカっぷりを発揮しようじゃないか、そう思わないと進められない。
僕が初めてジャズ喫茶で聴いた時に感じたことは、大きくは2点である。1つは「ソング・フォー・マイ・ファーザー」ということは「父親に捧げる歌」ということである。2点目はA面1曲目と2曲目のテナー奏者のアヴァンギャルドなプレイである。
1点目から少し詳しく書いてみたいが、1点目と2点目は関連がある。当時の僕がストレートに感じたことは「ピアニスト、シルヴァーが『父親に捧げる歌』という人生にとって重要な曲を演奏する際のメンバーとして選ばれたのに、このテナー・マンの持ち味かもしれないがアヴァンギャルドというのは失礼ではないか!」ということである。この無礼者は誰か?ということでジョー・ヘンダーソンという名前も覚えた。もちろん反感とともに。
しかし、その後時が経つに連れ本当にそうなんだろうかという疑問を抱くようになったのである。少なくともホレス本人、レコード会社のブルーノートはそう思わなかったということだ。なぜか?と考えると最もアヴァンギャルドっぽいのは2曲目「ザ・ネイティヴズ・アー・レストレス・トゥナイト」で、タイトル曲『父親に捧げる歌』ではない。そこで思うのは以前にも書いたことだが、僕のようなロック・ミュージック出身者はどうしてもアルバム、30LPはトータル・アルバムと考えてしまう習性がある。代表的な例は以前にも挙げたビートルズの「サージェント・ペッパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」である。しかしロックでもすべてがそうではないようにジャズ・アルバムがトータル・アルバムとは限らない、いや違う方が多いのではないか、つまり『父親に捧げる歌』はあくまで1曲目の”Song for my father”で他は全く違うのではないかということである。その考えをアルバム・タイトルはあくまで”Song for my father”であって、”Songs 〜”ではないということが後押ししている。
第53回で取り上げたクリス・コナーのアルバムは、A面1曲目はあくまで”Lullaby of Birdland”であり、アルバム・タイトルは”Sings Lullabys of Birdland”つまり子守歌集となっている。今回のアルバムはあくまで「”Song for my father”という曲を中心としたアルバム」で、アルバム全体を「父親に捧げる歌」をコンセプトとして作り込んだわけではないということだ。
この考えは当たっているのだろうか、それとも間違っているのか?しかしこう思えるまで結構時間がかかった。
さて、このアルバムを巡る客観的事実を見てみよう。ホレスはジャズ・メッセンジャーズをアート・ブレイキーに乗っ取とられたとか自分から積極的に出たとかいろいろな説があるが(要勉強)、ジャズ・メッセンジャーズ以降様々なミュージシャンと競演して経験を積み、自己のクインテットを作る。彼は単なるレコーディングやツアーのためのグループではなく恒常的なバンドを組織を目指すタイプのミュージシャンだったように思われる。1959年にブルー・ミッチェル(Tp)、ジュニア・クック(Ts)、ジーン・テイラー(B)、ルイ・ヘイズ(Dr)のクインテットを結成、ドラマーが途中ロイ・ブルックスに替わったが64年初頭までほぼ同じメンバーで活動を続けている。そしてこのメンバーでのほぼ最後に近いスタジオ録音(この後1度64年1月28日レコーディングを行っている)がA-3「カルカッタ・キューティー」とB-3「ロンリー・ウーマン」である。因みにB-3「ロンリー・ウーマン」はピアノ・トリオによる演奏。
これらのメンバーが抜けた事情は分からないが、ブルー・ミッチェルの項に記載したが、クック(Ts)、テイラー(B)を引き連れ、病気のブルックスに替わってアル・フォスター(Ds)、ピアノにチック・コリアを加えてクインテットを結成、64年にレコーディングを行っているから、シルヴァーとの離別は少々きな臭いものがったのではないかと想像される。
一方ホレスは早速カーメル・ジョーンズ(Tp)、ジョー・ヘンダーソン(Ts)、テディ・スミス(B)、ロジャー・ハンフリーズ(Ds)を加入させて体勢を立て直し、ライブ活動などを行いながら本作A-1・2、B-1・2のレコーディングに臨むのである。
すなわちA-3、B-3は『父親に捧げる歌』コンセプトには関係ないだろうと思われる。しかし当の本人シルヴァーは「ここに収められた音はすべて私の原点。ヴァイオリンやギターを奏でた父や伯父をはじめ、私が育った家族の音がある」と自ら語っているという(『ブルーノートJAZZストーリー』マイケル・カスクーナ・油井正一著)。問題は「ここに収められた〜」の「ここ」で、それはこのアルバム全体を指すのだろうか、それとも「ソング・フォー・マイ・ファーザー」という曲を指すのだろうか?
多分A-1・2、B-1・2のレコーディングは、64年10月26日にレコーディングされた全曲であり中心は、シルヴァーの「父親に捧げる歌」であったろう。他の3曲はそのコンセプトに従ったというよりは多少意識された録音であり、A-3、B-3は1年前の録音だが、その内から「父親に捧げる歌」の雰囲気を壊さない作品として選ばれたような気がする。
因みにカヴァー・ジャケットはシルヴァーの実父ジョン・タバレス・シルヴァー氏ご本人だという。

まあともかく曲を聴いていこう。

「ソング・フォー・マイ・ファーザー」ジャケット裏面拡大 A-1 ソング・フォー・マイ・ファーザー (Song for my father)
僕が聴いたくらいだから、日本でもジャズ喫茶を中心に大いにかけられた大ヒット曲、シルヴァー作。まず曲が面白い。非常に工夫が凝らされている。有名な4小節のイントロ、ダン・ダダーン・ダ、ダン・ダダーン・ダはピアノとベースがシンクロし、ボサ・ノヴァのリズムだがボサ・ノヴァのような軽さが無くゆったりしたテンポで重厚感がある。因みベースは一貫してこのパターンを繰り返し、エンディングはAAB×1コーラスの後ピアノがオブリガード的なプレイをし、ベースとドラムのみでパターンをキープする。 解説の山口広滋氏はマイナー・ブルースだと書いているが、A、B夫々8小節でAAB24小節が1コーラスなのかAAB×2コーラス48小節でソロに移る。ファンキーな香りも漂わせるがラテンのフレイヴァ―も漂う一風変わった曲だと思う。
テーマ、ソロともベースはボサ・ノヴァのリズムを崩さず8小節を区切りとし、6小節目にブレークが入る。ソロを取るのはまずシルヴァーでヘンダーソンが続く。両者のソロ部でも共にバックは同じ8小節を繰り返していき、段々と盛り上げていく。あえて複雑な形式の組み立てにせず単純なパターンを繰り返すことでノリ、盛り上げを作っていくのはファンキーの一つの典型的なパターンだ。またソロイストにソロに専念してもらう狙いもあるのだろう。
シルヴァーのソロは正にファンキー・フレーズ満載でシングル・トーンがよく歌っている。ヘンダーソンのソロも最初は大人しく入るが次第にエキサイティングになっていき、かなり手の込んだフレーズを積み重ねるがさすがに淀みなく吹き切る。プロとはいえもの凄いテクニックだと思う。
僕はこの曲のカヴァーというのを聴いたことが無い。僕の不勉強が一番の原因だが、カヴァー自体も少ないのではないかと思う。この演奏が余りにも決定的なのでカヴァーしにくいのではないかと思う。

A-2 ザ・ネイティヴズ・アー・レストレス・トゥナイト (The natives are restless tonight)
これもシルヴァー作のマイナー・ブルース。このタイトルはどういう意味なのだろうか?「ネイティヴズ(Natives)」とは、最近よくつかわれる言葉で、ネイティヴ・イングリッシュといえば、「英語圏で生まれて育った人の英語」ということなので、「そこで生まれ育った人」というような意味だろう。その人たちは今夜眠れないよということだろう。例えば「今日はサンバ・パーティーがある、生粋のブラジルはもう眠れないよ!」というような意味だろう。
一転してアップ・テンポ。これもテーマは通常の4ビートではないがソロ・スペースになると4ビートでぶっ飛ばしていく。ソロ・オーダーはカーメル、ヘンダーソン、シルヴァー。カーメルのソロもエキサイティングですごいソロを取るが、ヘンダーソンがすごい。昔はアヴァンギャルドな感じがしていたが、今聴くとそうでもない。両者に鼓舞されたようにシルヴァーのソロも聞き応え十分だ。左手のアクセントが極低音部を叩くのが特徴的だ。続いて短いベースのウォーキングによるソロとドラム・ソロがありテーマに戻る。ベース、ドラムのバッキングも素晴らしい。

A-3 カルカッタ・キューティー (Calcutta cutie)
これもシルヴァーのオリジナル。旧クインテットの演奏。カルカッタというからインドをイメージした作品なのだろうか?エキゾチックな曲である。これもテーマ部分はベースが一つのリズム・パターンをキープして行き、一転して4ビートに変わったりと変化をつけている。ソロを弾くのはシルヴァーのみである。
ケチをつけるわけではないが、解説の山口氏は「ジーン・テイラーのダブル・ストップを用いたベースが印象的」と書いているが、ダブル・ストップを弾いているのはエンディングの最終音のみだと思う。この一発が曲の印象を決めるほど重要とは思えないのだが。


B-1 ケ・パサ (Que pasa)
これもシルヴァーのオリジナル。Que pasaとは”What's happening ? ”という意味だという。では”What's happening ? ”はどういう意味かというと「何が起こっているんだ?」というよりは「どうしてた?」というような挨拶的な用語のような気がする。英語に詳しくなくて申し訳ない。
これもA-1のようなボサ・ノヴァに近いリズムのパターンをキープするようなスタイルである。ベースはパターンをキープするが、ドラムはマンボのような叩き方でかなり自由にプレイしているような気がする。
D♭とA♭で書かれたマイナー調の曲で、D♭マイナーから、G♭、F7、D7と変化しD♭マイナーに戻っていく。2ホーンによるアンサンブルのテーマからシルヴァーのファンキーなソロ、次いでヘンダーソンのブルージーだがエモーショナルなソロがあり、エンディングはホーン・アンサンブルをバックにドラムが激しく叩き、一転ピアノとベースのみでエンディングを迎える。

「ザ・キッカー」LPジャケット B-2 ザ・キッカー (The kicker)
このアルバム唯一のシルヴァー以外の作でジョー・ヘンダーソンの作。アップ・テンポのエキサイティングなナンバーで後にマイルストーンに移ってからも別メンバーと録音している。このアルバムで唯一テーマから4ビートのみでスインギーで展開するナンバー。
タイトル通りに最初の2コーラスを、ジョーのショート・フレーズの力強いキックでスタートし、ジョーとカーメルが力強いブローでソロを取った後、シルヴァーのソロとなる。次いでホーン・アンサンブルとドラムスによる短い掛け合いの後、パワフルなドラム・ソロ、ホーン・アンサンブルによる後テーマに戻って終わる。
とにかく各人のソロが素晴らしし、リズム・セクションのバック・アップも見事というしかない。聞き応え十分の作品。
ところで、出来としてはマイルストーン盤よりもこちらの方がクオリティーが高いように思える。やはりアルフレッド・ライオンのプロデュース力の影響か?

B-3 ロンリー・ウーマン (Lonely woman)
ベニー・カーターなど同タイトルの曲があるがこれもシルヴァーの作。スローなバラードでピアノ・トリオで演奏される。シルヴァーのリリカルでファンタスティックなソロが聴きもの。
レコーディングのセッションが全く異なるが、前曲は激しくエキサイトするナンバーで一転してスローなバラードで締めるというのは、曲の配列としては非常にうまいと思う。

実はホレス・シルヴァーの訃報を知り、このアルバムを本当に久しぶりに聴いた。以前聴いた時には、ポップなハード・バップなアルバムという印象ばかりが残りあまり頻繁に聴く気にはなれなかったのである。しかし改めてじっくり聴いてみると実に聴きどころの多い素晴らしい作品と認識を新たにした。以前は一体何を聴いていたんだろう、反省!

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第59回2014年7月13日
キング・オリヴァー「キング・オリヴァー」  EPIC NL1012
ルイ・アームストロング入門 第3回

完全に季節は梅雨

ご覧いただきありがとうございます。定年オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。
先週は強烈な台風8号が九州などで猛威を振るいました。台風8号直接ではなく、台風によって刺激された前線の影響で長野県や山形県でも大変な被害が発生したようです。天気というのは分からないものです。被害に会われた方には本当にお気の毒です。

森の中で咲いていたヤマユリ 僕の住んでいる関東南部では昨日の土曜日は台風一過晴れて猛烈な暑さとなりましたが、今日は一転して今にも振りそうな梅雨空です。サッカーのワールド・カップ3位決定戦を朝テレビで観戦し、散歩に出ました。優勝候補と言われたブラジルは意外にあっけなくオランダに3対0で敗れました。優勝が無くなり一挙にモチヴェーションが下がったのでしょうか?
昨晩近所の居酒屋での話題ですが、「3位決定戦はやらない方が良い、両方3位でいいではないか」という説を唱えた方がいました。多くの人の賛同を得ていました。3位決定戦をやるというのは試合数を増やしFIFAが収入増を図っているだけで、選手にとってもその国においても意味がないというものです。確かに3位決定戦というと聞こえはいいですが、実際は4位決定戦なんだと思います。

栗の実

散歩道の途中で栗の木を見つけました。小さな実が付いています。後2か月も経ち、台風シーズン本番となると大きくなって実が弾けてきます。秋の準備は始まっているのだなぁと感じました。「冬きたりなば春遠からじ」と言いますが、「夏きたりなば秋遠からじ」でもあるわけですね。



第59回 King Oliver “King Oliver”

EPIC NL1012 日本盤 1961年ごろの発売。 「キング・オリヴァー」レコード・ジャケット

<Contents>

A面
B面
1.ハイ・ソサイェティ (High society) 1.スネイク・ラグ (Snake rag)
2.スィート・ベビー・ドール (Sweet baby doll) 2.マベルス・ドリーム (Mabel’s dream)
3.すすり泣くブルース (Sobbin’ blues) 3.ルーム・レント・ブルース (Room rent blues)
4.ロンドン・ブルース (London (Cafe’)blues) 4.ディッパ―マウス・ブルース (Dippermouth blues)
5.いとしの彼氏 (My sweet lovin’ man) 5.アイ・エイント・ゴナ・テル・ノーボディ (I ain’t gonna tell nobody)
6.キャンプ・ミーティング・ブルース (Camp meeting blues) 6.ワーキング・マンズ・ブルース (Working man’s blues)


今回ルイ・アームストロング(サッチモ)入門第3回として取り上げるレコードはキング・オリヴァーの「キング・オリヴァー」です。サッチモ入門のために取り上げるというのは大変失礼な話で、もちろんキング・オリヴァーの録音というのはそれ自体で大変価値のあるものです。かの粟村政昭氏も「若き日のサッチモが加わっていたCreole Jazz Bandの演奏はもちろん音は悪いが、ジャズを語らんとする人はまずこれを仕入れておかぬことには話になるまい」と書いているほどです。つまり、つまり巨人オリヴァー、サッチモの参加したジャズ史上の名盤として価値があるということでしょう。
僕は、この手の古い録音に関してはレコードで聴きたいと思っていますが、僕はレコードはこれしか持っていません。もちろんオリヴァーの録音は他にもありますがそのほとんどは現在入手困難でしょう。中古盤としてディスク・ユニオンなどの中古盤コーナーに出てくるのを見つけるしかありませんが、オリヴァーのレコードはあまり見かけたことがありません。このレコードは確か4.5年前渋谷のディスク・ユニオンで見つけて購入したものです。値段は忘れましたが、あまり高くなかったように思います。

以前第40回で“King Oliver’s Creole jazz band the complete set”で紹介した1923年4月5日と6日の録音がサッチモの初レコーディングでした。そしてその後Creole jazz bandは1923年Gennett、Okeh、Paramaount、Columbia、Patheなどのレコード会社にたくさんのレコーディングを行っています。4月5、6日の録音はGennett社に対して行われたものでした。そしてこのレコードはその後に行われた1923年の録音12曲を集めたものです。しかし録音日、録音メンバーに付いて、第40回で紹介した”the complete set”、およびサッチモのディスコグラフィーに記載されているデータと相違があります。もちろん僕にはどちらが正しいか判定できる知識、資料を持っていないのでその違いを記して行くことが今回の中心となるような気がします。
因みにレコードは、解説によるとOkehにレコーディングされた原盤をLPにカッティングしたものということなのでそれをヒントに照らし合わせて以下の表にまとめてみた。

レコード収録曲名レコード解説PersonnelDiscographyPersonnelThe complete CDPersonnel
A-1High Society23年6月22日 Aグループ 23年6月22〜29日 A'グループ 23年6月22日 A'グループ
A-2Sweet baby doll23年9月 Bグループ 23年10月 A''グループ 23年10月26日 Eグループ
A-3Sobbin' blues doll23年6月22日 Aグループ 23年6月22〜29日 A'グループ 23年6月22日 A'グループ
A-4London (Cafe) blues23年10月15、16日 Cグループ 23年10月15、16日両日録音 Dグループ 23年10月16日 Gグループ
A-5My sweet lovin' man23年6月22日 Aグループ 23年6月22〜29日 A'グループ 23年6月22日 A'グループ
A-6Camp meeting blues23年10月15、16日 Cグループ 23年10月16日 Dグループ 23年10月16日 Gグループ
B-1Snake rag23年6月22日 Aグループ 23年6月22日 Aグループ 23年6月22日 A'グループ
B-2Mabel’s dream23年8月 Bグループ 23年10月 Bグループ 23年10月26日 Eグループ
B-3Room rent blues23年6月不明23年10月 Bグループ 23年10月25日 Eグループ
B-4Dippermouth blues23年7月 Bグループ 23年6月22〜29日 A'グループ 23年6月23日 A'グループ
B-5I ain’t gonna tell nobody23年7月 Bグループ 23年10月 Bグループ 23年10月25日 Eグループ
B-6Working man’s blues23年8月 Bグループ 23年10月 Bグループ 23年10月5日 Eグループ

まず、Okehの第1回の録音は4月のGennett に続くもので、レコーディングの場所はシカゴ、日付に付いては、レコード解説では6月22日、ディスコグラフィーでは6月22日から29日にかけて、“Complete set”のCD解説では6月22日と23日、と限定している。三者が一致していることもあり、レコードのA-1、3、5、B-1の4曲についてはシカゴにおいて6月22日として良いのではないか。但しメンバーの記載に若干の相違がある。
レコードでは4月の初レコーディングと同じバンジョーをビル・ジョンソンとしているが、CDではバド・スコット(Bud Scott)に代わったとしている。因みにディスコグラフィーでは4月の初レコーディングからバンジョーはバド・スコットとしている。もちろん僕にはビル・ジョンソン、バド・スコットのプレイに精通しているわけではなく決め手はないが、特段大きな違いはないのではないかと高をくくっているがいけないかな?
このA、或いはA'グループにて三者一致しているのは4曲(A-1、A-3、A-5、B-1)です。

A-1 ハイ・ソサイェティ (High society)
CD、ディスコグラフィーでのタイトルは「ハイ・ソサイェティ・ラグ(High society rag)」と「ラグ」が付く。ポーター・スティールが1901年に書いたものでフランス軍楽隊のマーチで、オリンピア・バンドにいたアルフォンゾ・ピクーがピッコロのパートをクラリネットで吹いて有名となり、ディキシーランドのスタンダードになったという。

A-3 すすり泣くブルース (Sobbin’ blues)
ケッセルとV・ブラントン(CD、ディスコグラフィーではバートン)の書いた曲で当時としては大変メロディックなナンバーという。レコードでは珍しいオカリナによるソロが聴けるとし、トロンボーンのデュトレーではないかとしているが、CD、ディスコグラフィーではスワニー(スライド)・ホイッスルとし、サッチモが吹いているとしている。僕の聴いた感じでもオカリナではないと思う。

A-5 いとしの彼氏 (My sweet lovin’ man)
CD、ディスコグラフィーではタイトルに「My」は付いていない。レコード解説によるとピアノのリル・ハーディンの作で当時どのような点か記載はないがセンセイションを巻き起こした曲という。テーマが2コーラスの後ピアノだけのバックでドッズが2コーラスソロを取るが、当時大変珍しいのではないかと思う。

B-1 スネイク・ラグ (Snake rag)
ジョー・オリヴァーのオリジナル。ラグ・タイムのリズムを取り入れた曲としてよく知られているというが、ラグ・タイムのリズムがよく分かりません。要勉強!

「キング・オリヴァー」レコード・ラベル もちろんリーダーのキング・オリヴァーは全ての録音にコルネットで参加しています。 これがレコードの表記ですが、ディスコグラフィー、CDはバンジョーのビル・ジョンソンがバド・スコットに代わるとしています。それでこちらを A'グループとしました。
Aグループ 
ルイ・アームストロングLouis ArmstrongCornet
オノレ・デュトレーHonore DutreyTrombone
ジョニー・ドッズJohnny DoddsClarinet
リリアン・ハーディンLillian HardinPiano
ビル・ジョンソンBill JohnsonBanjo
ウォーレン・ベビー・ドッズWarren “Baby” DoddsDrums

さて、順不同となりますがB-4を取り上げよう。
B-4はレコードではBグループによる演奏と記載されている。録音日とメンバーはレコードが23年7月に対し、CD解説は翌6月23日とディスコグラフィーが若干ニュアンスが違うが上記4曲と同一セッションで6月としている点で共通している。因みにレコードとCDは同一演奏である。
さらにメンバーの記載も異なる。レコードではビル・ジョンソンが抜けチャーリー・ジョンソン(Bass sax)が加わる全く異なるBグループによる録音としているのに対して、CDとディスコグラフィーは、6月22日と同一メンバーつまりA'グループと記している。そうなると決め手は、この演奏にBass saxが入っているかいないかということになるが、僕の聴いた限りではBass saxは入っていない。だからA'グループとは決められないが、Bでないことは確かだと思う。
B-4 ディッパ―マウス・ブルース (Dippermouth blues)
これもジョー・オリヴァーのオリジナル。スイング初期にも華やかに演奏され、デキシーランド・ジャズではスタンダードになっている曲という。オリヴァー自身も何度も録音しているという。
因みに第56回ベニー・グッドマンの回においてハリー・ジェイムスがオリヴァーを意識したソロを聞かせるとして紹介した「シュガー・フット・ストンプ」の原曲である。
「キング・オリヴァー/Creole Jazz band The Completeset」 CD さて、レコード解説でBグループに加わったされるチャーリー・ジョンソンは、1891年フィラデルフィア生まれのトロンボーン、ピアノ奏者だが、CD、ディスコグラフィーではチャーリー・ジョンソンは登場せず、ディスコグラフィーでは23年9月録音からバス・サックスのチャーリー・ジャクソンが、CDでは23年10月25日のレコーディングからバリトン・サックス(CD)のチャーリー・ジャクソンが加わるとしている。
レコードの「チャーリー・ジョンソン」は誤りか?ジョンソンとジャクソンは似ているし、そしてどちらも時代を離れず実在したジャズ・マンなのでややこしい。

次いで、レコードではBグループによる演奏としている曲が他に4曲(A-2、B-2、B-5、B-6)ある。
まず、ディスコグラフィーはこの4曲に、レコードでは不明としたB-3を加えた5曲を、録音日1923年10月とし、メンバーを以下の6名(オリヴァーを除く)としている。
ルイ・アームストロングLouis ArmstrongCornet
オノレ・デュトレーHonore DutreyTrombone
ジョニー・ドッズJohnny DoddsClarinet
リリアン・ハーディンLillian HardinPiano
チャーリー・ジャクソンCharlie JacksonBass Sax
ウォーレン・ベビー・ドッズWarren “Baby” DoddsDrums

これは、もしレコードの「チャーリー・ジョンソン」は誤りで、「チャーリー・ジャクソン」が正しいとすれば、Bグループによる演奏ということになる。レコードとディスコグラフィーは、このように記述が近いがちょっと異なるのが、CDである。まずこの5曲を同一セッションとしているところはディスコグラフィーと同じだが、録音日は23年10月25日とし、以下のメンバーによるとしている。バンジョーにジョニー・サンシールが加わるとある。
この2つの記載の決め手は、もちろんバンジョーの有無であろう。僕にはしっかりとバンジョーの音が聞こえる。ただそれがジョニー・サンシールのプレイかどうかを判断する知識がないが。
仮にこのグループをEグループとしよう。
ルイ・アームストロングLouis ArmstrongCornet
オノレ・デュトレーHonore DutreyTrombone
ジョニー・ドッズJohnny DoddsClarinet
リリアン・ハーディンLillian HardinPiano
チャーリー・ジャクソンCharlie JacksonBass Sax
ジョニー・サンシールJohnny St. CyrBanjo
ウォーレン・ベビー・ドッズWarren “Baby” DoddsDrums

A-2 スィート・ベビー・ドール (Sweet baby doll)
G・トーマスの書いた古いブルース・タイプの曲という。2本のコルネットとトロンボーンが絡み合って、正にニューオリンズ的な演奏だという。

B-2 マベルス・ドリーム (Mabel’s dream)
多分発音は「メイベルズ・ドリーム」だろう。ジョー・オリヴァーはこの年3度もこの曲をレコーディングしている。I.スミスという人が書いた流行歌で、単純なコードの繰り返しでできているという。トロンボーンのデュトレーとオリヴァー、サッチモのアンサンブルが聴きものという。

B-3 ルーム・レント・ブルース (Room rent blues)
ニュートンという人の書いた曲という。この曲でもピアノのみのバックでクラリネットがソロを吹く箇所があるが、とてもモダンな感じがする。

B-5 アイ・エイント・ゴナ・テル・ノーボディ (I ain’t gonna tell nobody)
ジェリー・ロール・モートンと同じニューオリンズのピアニスト、リチャード・M・ジョーンズの作の小唄という。レコード解説の石原氏によるとこの演奏辺りが真のシカゴ・スタイルの演奏という。デュトレー、オリヴァー、サッチモ、ドッズが絡み合って見事なテクニックを聞かせてくれる。

B-6 ワーキング・マンズ・ブルース (Working man’s blues)
オリヴァーの作。単純化したニューオリンズ・ジャズのアンサンブルの中に一抹の寂しさを感じさせる佳曲。

さて、残りの2曲(A-4、A-6)であるが、レコードではCグループとして23年10月5・16日録音、以下のメンバーを上げている。
Cグループ 
ルイ・アームストロングLouis ArmstrongCornet
エド・アトキンスEd AtkinsTrombone
ジョン・リンゼイJohn LindseyTrombone
ジミー・ヌーンJohnny DoddsClarinet
リリアン・ハーディンLillian HardinPiano
チャーリー・ジョンソンCharlie JohnsonBass
ウォーレン・ベビー・ドッズWarren “Baby” DoddsDrums

であるが、まず、2トロンボーンというのが意外であるし、聴いた限りでは2本あるようには聞こえない。さて、では、ディスコグラフィーのDグループというのはどんな面子であろうか?仮にディスコグラフィー記載のメンバーを

Dグループ  ルイ・アームストロングLouis ArmstrongCornet エド・アトキンスEd AtkinsTrombone ジミー・ヌーンJohnny DoddsClarinet リリアン・ハーディンLillian HardinPiano ジョニー・サンシールSt.Cyr.JohnnyBanjo ウォーレン・ベビー・ドッズWarren “Baby” DoddsDrums
つまり、トロンボーンのデュトレがエド・アトキンスに、クラリネットがドッズからジミー・ヌーンに代わったもので録音は23年10月16日とある。この録音はOkehではなくColumbiaに吹き込まれたものだ。Okehのものを網羅せず、他社の録音を収録しているところが不思議だ。
ところで、CDでは録音日はディスコグラフィーと同じ10月16日。しかしメンバーはクラリネットはバスター・ベイリ―としている。未熟な僕にはジミー・ヌーンかバスター・ベイリ―かの違いは分からない。
A-4 ロンドン・ブルース (London (Cafe’)blues)
ジェリー・ロール・モートンが書いた有名な曲という。モートンの代表作の一つにオリヴァーが取り組んだものだという。

A-6 キャンプ・ミーティング・ブルース (Camp meeting blues)
オリヴァー作のブルースという。これは意外に録音日はあっていて、レコードでは10月15、16日のセッションとし、CDでも10月16日、ディスコグラフィーでも10月16日である。


サッチモことルイ・アームストロングのディスコグラフィーでは、23年10月16日の録音以降ジョー・”キング”・オリヴァーとはレコーディングを行っていない。しかし“King Oliver’s Creole jazz band the complete set”のCDによると23年12月までレコーディングに参加していたよう記述になっている。これはいかなる事情により食い違ったのであろうか?

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第60回2014年7月21日

ユージン・マスロフ 「ニュー・イングランドの秋」
GM records GM 3022CD


ご覧いただきありがとうございます。定年オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。
この週末は土・日・月曜の三連休となりました。土・日は一日中曇りで時々雨、夜には激しい雷雨がありました。先週は毎日夕方或いは夜に強い雨が降りました。11日の帰宅時あと300メートルというところで急に雷鳴がとどろき豪雨となりました。必死で走りましたが、ずぶ濡れです。























連休の中日の20日の日曜日所用があり、妻と山梨県の甲州市に行きました。甲州市にうかがうのは実に久しぶりです。せっかく行くので初めて<恵林寺>を訪れました。ちょうどNHKの大河ドラマ「黒田官兵衛」で明智光秀率いる織田軍が、快川紹喜和尚のいる恵林寺を焼き払うのが、この7月に放送されたので寄ってみました。ここでも雨に祟られそれまで晴れていたのに、山門をくぐった瞬間にどっと雨が降り出しました。
少々前に歴史好きな女性を<歴女>と呼びブームになりましたが、どうも一過性のブームではないようです。色々な本やパンフレットを持った若い女性のグループが雨に打たれながら歩いていました。いいですね、歴史に興味を持つのが僕のようなオジサンだけではつまりません。

強く降った通り雨が過ぎ一挙に青空となりました。いよいよ夏本番、夏の空にはひまわりが似合います。














訃報

7月11日 チャーリー・ヘイデン

チャーリー・ヘイデン 7月11日にベース奏者のチャーリー・ヘイデン氏がロサンゼルスで永眠されました。76歳。新聞記事によりますと長い間闘病生活をおくっていたようです。
僕は彼の名前はオーネット・コールマンの初期の作品「ジャズ来るべきもの」(”The shapes of jazz to come”)で知りました。そのためずーっとフリー・ジャズ系のプレイヤーと思い込んでおり、余り熱心に聴く気になれませんでした。そしてほんの2,3年にフュージョン系のギタリストパット・メセニーと共演していることなどを知り、フリー・ジャズが完全に勢いを失い、フュージョンに鞍替えしたのか?と意地悪く思っていたのですが、世間はもっと暖かくキャパの大きな柔軟性の高いプレイヤーとして高評価をしていたようです。今更ですが、自分の狭量さを反省しつつ彼の演奏も前向きに聴いていきたいと思っています。











7月16日 ジョニー・ウィンター

ジョニー・ウィンター ジャズ・ファンの方にはご存じない人も多いでしょうが、<100万ドルのギタリスト>と言われたブル−ス・ギタリストでヴォーカルも得意だったジョニー・ウィンターが滞在中のスイスのホテルで7月16日に亡くなりました。70歳、死因は不明だそうです。
ジョニー・ウィンターはその凄まじいテクニックから当時としては破格の100万ドル近い金額でレコード会社と契約したことから「100万ドルのギタリスト」と呼ばれました。とにかく手数が多く、細かい音使いのフレーズを息もつかせぬ高速で弾きまくります。そして彼の弾くギターはただ速いだけではなくちゃんとしたメロディーを持っています。左のジャケットは彼の代表作の一つ「キャプチャード・ライヴ」です。僕が大学4年くらいに出たもので、厳しい批評で有名な故中村とうよう氏が「一瞬のたるみもない」とし100点満点で98点を付けた名盤です。いまでもたまに聴いています。









第60回Eugene Maslov “Autumn in New England”

GM records GM 3022CD

「オータム・イン・ニュー・イングランド」CD・ジャケット

<Personnel>

ユージン・マスロフEugen MaslovPiano
ベン・ストリートBen StreetBass
ジョージ・シュラーGeorge SchullerDrums

<Contents>

1.オールド・フォークス (Old folks)
2.オール・オブ・ユー (All of you)
3.マイ・ベルズ (My bells)
4.アイ・ラヴ・ユー (I love you)
5.ハウ・ディープ・イズ・ジ・オーシャン (How deep is the ocean)
6.オータム・イン・ニュー・イングランド (Autumn in New England)
7.レッツ・スタート・スモーキング・アゲイン (Let’s start smoking again)
8.ウィンドウズ (Windows)
9.ブレイム・イット・オン・マイ・ユース (Blame it on my youth)
10.テトラソーディアム・パイロフォスフェイト (Tetrasodium Pyrophosphate)
11.ア・タイム・フォー・ラヴ (A time for love)

1992年9月録音

僕にとっては最近の新しめの作品。今回は最近購入して気に入って聴いている作品をご紹介しよう。購入したのは今年(2014年)になってからで、とある水曜日、その日は購入ポイントが倍になるので会社帰りに銀座の山野楽器にCDを買いに寄った。大体お金のない僕は再発ものの1,000円くらいのCDを2枚か3枚買うのが普通だが、ジャズCDコーナーにワゴンが置いてあり「お買い得コーナー」と銘打って1,000円でブルーノートやヴァーヴの再発ものではないCDが置いてあった。見ると最近のもののようだが、不勉強な僕には名前の知らない人たちばかりだった。たまに冒険もいいだろうと思って3枚購入したうちの1枚である。
なぜこれを購入したかというと、一つにはきれいなCDジャケットに魅かれたのと早とちりしてタイトルの“Autumn in New England”を“Autumn in New York”と間違えたからである。僕は“Autumn in New York”という曲が大好きなのだ。ジャケット裏を見てこのCDが1992年(僕にとっては最近作)に吹き込まれたことを知り、最近のピアノ・トリオの演奏する“Autumn in New York”を聴いてみようかという気になったのである。家に帰って改めてジャケットを見、“Autumn in New York”ではないことを知り愕然としたが、まぁ余り曲調は違わないだろうと思いCDプレイヤーにセットした。結果この冒険は当たりだった。
僕はこのトリオのピアニスト、ベーシスト、ドラマーの誰も知らない、初めて聞く名前ばかりだ。予め何かの批評も読んだことが無い。つまり何の予備知識なしで聴いた。このアルバムは何故かどこか魅力的なのである。
輸入盤なので日本語の説明書が無いのがイタイ。CDジャケットに記載されているフレッド・ボウチャード(Fred Bouchard)氏の解説によると、マスロフはロシア生まれで、このアルバムがこのCDがアメリカでの初録音だという。ネットで検索してみると2014年7月現在で5枚ほどリリースされているようである。
CD解説によると彼はロシアで生まれてショパンやリスト、バッハなどを弾いていたようであるが、ビル・エヴァンスを聴いて多大な影響を受けたらしい。彼自身は最初に影響を受けた源としてエヴァンスの他にオスカー・ピーターソンを上げている。他に影響を受けたピアニストとして、ハービー・ハンコック、ケニー・バロン、映画「ラウンド・ミッドナイト」で演じたデクスターゴードン、トランぺッターのウッディ・ショウ、エラ・フィッツジェラルドなどを挙げている。

さて、このアルバム全12曲中マスロフのオリジナルは3曲で他の9曲はスタンダードを中心に演奏されている。テンポはゆったりしたものが多く、フォー・ビートに乗ってグングン押し寄せてくるようなダイナミックな演奏は無い。録音のバランスもピアノが前面に出てくるようなバランスではなく、全体として静かな印象を受ける。落ち着いたというか落ち着き過ぎというかじっくり聴くアルバムかもしれないがデビュー作という若々しさ初々しさ覇気というものはあまり感じられない。それは購入して解説を見るまでしばらくは分からなかった。良い意味でも悪い意味でも老成した1枚と言えるだろう。

では曲を聴いていこう。

1.オールド・フォークス (Old folks)
様々なジャズ・マンがプレイしているウィラード・ロビンソン作のスタンダード・ナンバー。もともとは歌もので”Old folks”とは「お年寄り」それも昔気質のお年寄りのこと、そんなお年寄りを慈しむような歌詞の内容だという。この曲の肝は単なる優しさを表現するということではなく、「ちょっと時代遅れになりつつある頑固なお爺ちゃん、でも僕は好きだよ」というような歌詞を持っているという。恋人に優しくするのではない、そんな優しさをどう表現するのかが聴きどころだろう。
解説のボウチャード氏は若い時のクラシックのトレーニングがこの曲や5曲目のハウ・ディープ・イズ・ジ・オーシャン (How deep is the ocean)のデリシャスなレガートを生かしたアドリブの旋律に生かされているという。

2.オール・オブ・ユー (All of you)
コール・ポーター作のスタンダード・ナンバー。マイルス・ディヴィスなどは繰り返し録音しているお気に入りのナンバー。

3.マイ・ベルズ (My bells)
最も影響を受けたというビル・エヴァンスの作。マスロフは「エヴァンスの一大傑作(masterpiece)」と述べているが、エヴァンス自身それほど頻繁に録音しているわけではない。ざっと調べたところ僕は”Bill Evans trio with symphony orchestra”に収録された音源しか持っていない。エヴァンスの中ではそれほどメジャーなオリジナルではないと思う。trio with symphony orchestra”のCDの解説でも「トリオがフューチャーされた曲」としか触れられていない。解説者もそれほど重要な曲とは思わなかったのだろう。この辺りはそれぞれの感受性次第ということであろう。

4.アイ・ラヴ・ユー (I love you)
2曲目と同様コール・ポーター作のスタンダード。第21回でご紹介したビル・エヴァンスの初リーダー作”New jazz conception”冒頭の曲。この辺りエヴァンスを意識してるか?エヴァンスは録音順は分からないがA面1曲目ということもあり、テーマを弾き終え、ちょっとしたブレークの後「さあ、アドリブ行くぞ!これが評価されなかったらおしまいだ」みたいな気持ちが入ったプレイだった。マスロフもここはアップ・テンポの4ビートでスインギーなプレイを展開する。

5.ハウ・ディープ・イズ・ジ・オーシャン (How deep is the ocean)
アーヴィング・バーリン作のスタンダード。ここまではいかにもアール・アメリカン・ジャズ・スタンダードとでもいうような曲が並ぶ。 ストリートのベースはなかなかいいフレーズを弾いている。

6.オータム・イン・ニュー・イングランド (Autumn in New England)
僕を迷わせたタイトルのマスロフのオリジナル。とてもゆったりとしたバラード。

7.レッツ・スタート・スモーキング・アゲイン (Let’s start smoking again)
続いてもマスロフのオリジナル。「さぁ、またタバコ吸い始めようぜ」という不謹慎なというかタバコを吸い続ける人たちへの皮肉を込めたタイトル。珍しくサンバのリズムを使いノリの良いアップ・テンポの曲。ストレートに4ビートで勝負せずサンバでノリの良い曲をやるというのは時代性を感じる。シュラーのドラム・ソロがフューチャーされている。

8.ウィンドウズ (Windows)
チック・コリアの作。”Now he sings , now he sobs ”に収録されていたような気がする。3拍子のナンバーでチックらしいラテンぽいコード展開なども見られる。

9.ブレイム・イット・オン・マイ・ユース (Blame it on my youth)
第55回ジス・イズ・クリスでクリスが歌っていたナンバー。マスロフもじっくりしっとりと弾き込んでいく。センシティヴなストリートのベース・ソロもいい。

10.テトラソーディアム・パイロフォスフェイト (Tetrasodium Pyrophosphate)
これもマスロフのオリジナル。2つほど知らない単語が並ぶタイトル。僕の英和辞書には載っていない。意味は分からないが、アップ・テンポのナンバーでシュラーのドラムソロがフューチャーされる。

11.ア・タイム・フォー・ラヴ (A time for love)
最後はジョニー・マンデル作のスタンダード。ラスト・ナンバーにふさわしくゆったりとしたバラード・プレイが展開される。

現在のところ僕はマスロフの作品をこれしか持っていないのだが同時代のピアニストとして少しずつ聴いていこうと思う。

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第1回〜第10回はこちらをご覧ください。
第11回〜第20回はこちらをご覧ください。
第21回〜第31回はこちらをご覧ください。
第31回〜第40回はこちらをご覧ください。
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