ジャズ・ディスク・ノート

第71回2014年11月3日

フレチャー・ヘンダーソン
「スタディ・イン・フラストレイション」その1

ご覧いただきありがとうございます。定年オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。


秋の行楽シーズンの三連休とあって、行楽地は大変な混雑だったと思います。僕も11月1日(土)から三連休を取らせていただきました。こういう時は近場で過ごすに限ります。初日の土曜日の午後は近所のテニス・コートを以前から仲間たちと借りており、とても楽しみしていました。ところが当日は昼前から雨となり、楽しみにしていたテニスは出来ませんでした。とても残念!










たまに見かける色づいたモミジ 連休2日目の日曜日は以前ご紹介した愛川というところでおいしい手打ちそばをいただき、近くの宮ヶ瀬ダムに行ってみました。全体的にこの辺りは紅葉はまだまだですが、稀に非常に色づいたモミジを見かけます。他の色づいていないモミジと種類は同じようですが、なぜこのような差が出るのでしょうか?土壌の関係か日当たりの関係かそれとも品種がやはり違うのでしょうか?見る人みんな「この木だけ色づいている。不思議だねぇ」と言って通り過ぎて行きます。






たまに見かける色づいたモミジ その2

僕が勤める会社全体ではないですが、僕の担当している仕事は1年の内10月から11月中旬過ぎまでが最大の繁忙期です。僕はもう定年退職し嘱託社員という身で基本的には残業はしないようにと言われていますが、そんなことはお構いなしに仕事が降りかかってきます。先週先々週は残業の連続でした。正直疲れました。もう歳なのかもしれませんが、4時間、5時間という残業をしばらくしておらず慣れていないせいもあるかもしれません。しかし今が忙しさのピークです。後もう少し、頑張ろうっと。









第71回Fletcher Henderson“A study in frustration” Vol.1

Essential・JAZZ・Classics EJC55511 Made in EU CD3枚セット
「スタディ・イン・フラストレイション」CD・ジャケット

<Contents>

1.ザ・ディクティ・ブルース (The dicty blues)

<Personnel>

 
フレッチャー・ヘンダーソンFletcher HendersonPiano
エルマー・チェンバースElmer ChambersCornet
テディ・ニクソンTeddy NixonTrombone
ドン・レッドマンDon RedmanClarinet & Alto sax
コールマン・ホーキンスColeman HawkinsTenor,Alto sax,Clarinet&Bass sax
チャーリー・ディクソンCharlie DixonBanjo
1923年8月9日ニューヨークにて録音



今回取り上げた2曲が収録されているCD 1

<Contents>

2.ティーポット・ドーム・ブルース (Teapot dome blues)

<Personnel>…上記に下記4名をプラス

 
ハワード・スコットHoward ScottCornet
ロニー・ブラウンLonnie BrownAlto sax
ラルフ・エスクデロRalph EscuderoTuba
カイザー・マーシャルKaiser MarshallDrums
1924年4月14日ニューヨークにて録音

正直に告白すると僕はいわゆるスイングそしてバップ、モダン・ジャズが好きでほとんどはその辺りのレコード、CDを聴くことが多い。これってとても普通のことだと思うのだが、一方ニューオリンズを中心としたいわゆるミシシッピ・デルタ地帯で生まれたといわれるジャズがどういう経路でアメリカ全土に広がり、21世紀の現代においては世界共通の音楽になっていったのかということにも興味がある。本格的な研究はとても無理だが、その辺りのことは少し勉強したいと思っている。
例えばデューク・エリントンなどは1923・4年頃にバンドを作り、ポスト・モダンと言われた時代まで活躍しているが、この20年代初期とはどういう時代だったのだろう、その中でどうやってエリントン・ミュージックを創り上げていったのだろうというようなことが知りたいのだ。そんなこともぼちぼち勉強していきたいと思っている。
ジャズの本などを読んでいるとデューク・エリントンが1923年2回目となるニューヨーク行を果たし、9月「ハリウッド・カフェ」に出演しニューヨーク・デビューを果たすが当時ニューヨークで最も人気があったバンドはフレッチャー・ヘンダーソンのバンドだったという。
当時ジャズのメッカだったシカゴで、2代目キング・オブ・ジャズと言われたキング・オリヴァーの許を離れてルイ・アームストロングはニューヨークに向かうのだが、それは当時ニューヨークで最高のバンドと言われたフレッチャー・ヘンダーソンに呼ばれたからという。
では、このフレッチャー・ヘンダーソンのバンドとはいかなるものだったのだろう。
師粟村政昭氏は、「膨大な数のフレッチャー・ヘンダーソンのバンドの吹込みの中で〜(全文はフレッチャー・ヘンダーソン・プロフィール参照)」と書いているが、僕は余りフレッチャー・ヘンダーソンのレコードを売っているのを見たことが無い、特に最近は。僕がジャズを聴きはじめたころ、ジャズ・ファンである限り所有するのが必須のレコードと言われるレコードが何枚かありそのうちの1枚が「フレッチャー・ヘンダーソン/スタディ・イン・フラストレイション」であった。4枚組の大作で値段も高かった。その頃で記憶しているヘンダーソンのレコードはそのくらいである。そしてそれは高校生が簡単に買えるものではなくいずれ大人になったらと思っていたら、自分がジャズから離れてしまい買いそびれている。そして何年か前、今回ご紹介する“The Fletcher Henderson story / A study in frustration”CD3枚組を見つけ購入した。
「フレッチャー・ヘンダーソンの肖像」レコード・ジャケット 元々のレコードを知らないので完全復活CDなのかどうかは判断しようがない。しかし、CD購入とどちらが先か忘れてしまったが、中古レコード・ショップで「CBS・フェイバリット・ジャズ 100」シリーズの1枚として発売された「フレッチャー・ヘンダーソンの肖像」(CBS 20AP-1428)というLPを購入した。
このアルバムは、「スタディ・イン・フラストレイション」から選りすぐりの16曲を1枚のLPにまとめたもので。そのライナー・ノート(故油井正一氏が担当)によるともともとの「スタディ・イン・フラストレイション」4枚組には全64曲が収録されていると記されている。
一方CD版には全74曲が収録されている。CDのライナー・ノートを概観すると多分完全復活盤のようではあるけれど、プラス10曲ほど多いのか入れ替えがあるのかということになる。
ともかく今後もし中古のレコード・ショップで「フレッチャー・ヘンダーソン/スタディ・イン・フラストレイション」4枚組レコードを見つけたら、特に解説付きの日本盤を見つけたら余り高くなければ絶対購入したいと思っている。
さて今回取り上げるのは、そのCD版は録音の古い順にCD1〜CD3まであるうち、この後多大な影響を及ぼすルイ・アームストロングの加入前の作品2曲を取り上げようと思う。後は順次取り上げていく予定だ。

「スタディ・イン・フラストレイション(A study in frustration)」とはすごいタイトルだ。CDセットにはジョン・ハモンド氏によるオリジナルのライナー・ノートが載っている。どうもそれによると正式なタイトルは「フレッチャー・ヘンダーソン物語(The Fletcher Henderson story)」で副題が「スタディ・イン・フラストレイション(A study in frustration)」ということのようだ。“フラストレイション(Frustration)”という言葉は最近ではほぼ日本でも定着している。<挫折>、<憤懣>、<欲求不満>というような意味で、「フラストレイションが溜まる」などと普通に使われるが、昔、僕が高校生のころは聞いたことが無かった。
要はベニー・グッドマンを売出し、カウント・ベイシー、チャーリー・クリスチャン、ビリー・ホリディといった後世のジャズに大きな影響を及ぼしたジャズ界の大立者ジョン・ハモンド氏がフレッチャー・ヘンダーソンの吹込みを世に出すために整理・編集作業を終えた時副題に“A study in frustration”と付けざるを得なかった、この作業は「挫折の研究」あるいは「欲求不満の研究」であった、と思わざるを得なかったということであろう。
1961年に書かれたオリジナル・ライナー・ノートは以下のように締めくくられている。下手くそな訳で申し訳ないが、いや下手なだけではなく間違っているかもしれないが、「1920年代、フレッチャー・ヘンダーソンのオーケストラは最も進歩的なバンドであったがごく限られた人々にしか知られていなかった。彼は頑張っているミュージシャンに多大な栄誉を受けられるように世に送り出し、30・40年代にベニー・グッドマンを「キング・オブ・スイング」の座に就ける優れた編曲を考案した。彼は自身の作曲した作品の偉大なレコーディングを行ったが、売れ行きは良くなかった。しかし同じ曲を同じ編曲で吹込みしたベニー・グッドマンのレコードは天文学的数字の売れ行きを記録した。このことは明白な事実である。彼は憤懣やる方なかった。」
ヘンダーソンは30年代初期にBGのアレンジャーとなるが、何度か自分のバンドを再起する。しかし経営が立ち行かなくなりまたBGの下に戻るのである。映画「ベニー・グッドマン物語」にフレッチャー・ヘンダーソンは実名で出演している。そこは映画なので、にこやかにBGと握手を交わし、会話を交わしているが彼の本当の心中はどのようなものであったろう。

「A study in frustration」CDボックス・セット さてドイツが生んだ世界的なジャズ評論家ヨアヒム・ベーレントは、ビッグ・バンドがいつごろ始まったかを確かめることは難しいとしながら、ニューオリンズでジャズが始まった次の瞬間ビッグ・バンド・ジャズが起こりスイング時代へと続くとしている。そしてフレッチャー・ヘンダーソンの楽団がその過渡期をはっきり示している。ビッグ・バンド・ジャズの歴史はヘンダーソンと共に始まったと書いている。
それを証明するように今回取り上げた1923年の録音は6人編成でありとてもビッグ・バンドと呼べる編成ではないのだが、2曲目翌1924年の吹込みでは4人増えて10人体制となっている。
さて、ヘンダーソンやエリントンが1920年代初期にニューヨークに現れる前にニューヨークを支配していた音楽はなんだったのだろう。ガンサー・シュラー氏「初期のジャズ」によればジェイムス・リース・ユーロップという黒人音楽家の音楽だったという。彼の音楽はラグタイムを発展させたもので最初は、ヴァイオリンやヴィオラ、マンドリンなども含む大オーケストラで演奏されたという。彼らの音楽1913年と14年に録音されているという。そこで思い出されるのは、先にO.D.J.B.が1918年に行った録音がジャズ史上初のレコーディングだと言われていることである。つまりO.D.J.B.より古いレコーディングだが、ジャズではないと判断されたのであろう。
またこのユーロップの音楽は「シンコペイテッド・ミュージック」と呼ばれ、彼のバンドも「シンコペイテッド・オーケストラ」と呼ばれていたという。シンコペイションはジャズの大きな特徴の一つと言われる。しかしシュラー氏は彼らの音楽には驚くほどシンコペイションが少なかったと述べている。僕は全く聞いたことはないが、彼らの音楽はいわゆるフォックス・トロットなど社交ダンスの伴奏用のものであったが、後にジャズ・エイジが花開くために重要な地ならしをしたという。

師粟村政昭氏によるとフレッチャー・ヘンダーソンの録音は膨大な数があるという。少し調べてみると1921年においては1曲しか確認できないが、翌22年には4曲、さらに23年には34曲と一挙に増え、24年には82曲というすごい数の録音を行っている。因みにこれは僕が数えたものなので、数には間違いがあるかもしれないが多いということは間違いない。 フレッチャー・ヘンダーソンについてはこれからも書き継ぐということで、今回の曲を見て行こう。

1.ザ・ディクティ・ブルース (The dicty blues))
  この録音についてガンサー・シュラー氏はルイ・アームストロング加入前のヘンダーソン楽団の演奏の例としてその著「初期のジャズ」で取り上げている。
フレッチャーの作でドン・レッドマンによる編曲。ドン・レッドマンは幼時から神童として誉れが高く当初からバンドの音楽監督的位置についていた。ヘンダーソンのバンドのレパートリーの大半は、当時のヒット曲や出来合いの編曲で構成されていたが、レッドマンは少しずつ、出来合いの編曲を作り直したり、フレッチャーの作った曲を編曲し直したりし始めていた。この曲はそういったレッドマンの新しい試みが出始めている曲だとして詳しい詳しい分析を行っている。
即興のアンサンブル、和声的な伴奏つきの(あるいはなしの)ソロ、そして単純なソロ風の楽句が和声を付けられてさらに単純なリフの音型と対置される両者の結合形でもって構成される。これらの組み合わせ全ての中で、リードとブラスのセクションは対照的な演奏を行う。
リードはやや静的であまり変化しない和声を、ブラスは動きが派手なアンサンブルの楽句を奏する。オーケストレイションが実に多彩で、コールマン・ホーキンスのサキソフォンに多様な役割が与えられる。彼は内声部の和声パート、即興の対旋律、ソロを受け持ち時にはチューバまで掛け持ちして、ブギウギ風なベース・ラインを奏することさえある。
また当時は大変高級なものとされていた高い音程のチャイム音の短い挿入があるが、これは当時洗練された白人バンドによって広く使われた手法であったという。タイトルの<dicty>とは「高級な」とか「紳士気取りの」というような意味なので、その辺りの雰囲気を出すために使ったのだろう。
リズム上の節回しの点では、音をきっちりビートに乗せるので、どうしても断続的になり、ホーキンスの攻撃的なスラップ・タンギング奏法と結びつくと今日では理解しにくい響きを起こしている。8分音符はほとんど符点8分音符―16分音符のように演奏され、レガート奏法はほとんど行われない。こうしたリズム上の様式要素は、初期のバンドの地域的特徴を記述するうえで大変重要であるとしている。 かなり詳細だが、よく分からない。ごく初期のコールマン・ホーキンスのソロが聴けるし、クラリネット・ソロはレッドマンだろう。この二人は後にルイ・アームストロングと出会うことで飛躍していくがその前のプレイが聴ける貴重な音源である。

2.ティーポット・ドーム・ブルース (Teapot dome blues)
アンサンブルの後のテナー・ソロは多分ホーキンスなのだろう、その後のクラリネット・ソロはレッドマンだろう。そして続くコルネット・ソロが2回入る。2人が分け合っているように聞こえるがどうなのだろう。分け合っているとしたらどちらがエルマーとハワードの違いが僕には区別が付かない。ただ編曲はかなり複雑な感じがする。



粟村氏の「ジャズ・レコード・ブック」などを読んでいるとそれぞれのミュージシャンの「代表的なソロはフレッチャー・ヘンダーソンのレコードで聴くことができる」というフレーズが出てくる。じっくり腰を据えて聴いていく必要を感じるCDであると思う。

このWebサイトについてのご意見、ご感想は、メールでお送りください。
お寄せいただいたご意見等は本文にて取り上げさせていただくことがあります。予めご了承ください。

第72回2014年11月9日

ウィリアム・オルブライト
「ザ・コンプリート・ラグズ・オブ・スコット・ジョプリン」 ラグタイム入門1

ご覧いただきありがとうございます。定年オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。


写真は先週宮ヶ瀬ダムから丹沢山麓にかかる雲を撮ったものです。その時には雄大さを感じて撮ったのですが、こうやってみるとよく分かりませんね。
今週は疲れました。今が仕事の年間の最繁忙期であることは前回書きました。この拙いHPは、平日に少しずつ書いて土日にまとめ、日曜の夜にアップするというのが大体の進め方なのですが、連日の残業で平日に全く何もできません。
考えていた題材はあるのですが…。まぁ「焦らず、慌てず、諦めず」ぼちぼち進めていきましょう。
ところで先週土曜日は雨、今週の土曜日、つまり昨日は雨が降り出したのは夜遅くなってからですが、朝からいつ降り出してもおかしくない雲行きで気温も上がらず肌寒い1日でした。何とかテニスは出来たのですが、どうもすっきりしません。スカッと晴れた青空の下で汗をかきたいものです。
テニスと言えば今晩「ATPワールド・ツアー・ファイナルズ」がBS朝日で放映されます。昔その年のランキング上位者による「WCTファイナル」という大会がありテレビ東京系で一部放映されていたことがありますね。「ATPワールド・ツアー・ファイナルズ」は、「WCTファイナル」とは別に運営されていた「マスターズ・グランプリ」を整理・統合し正にその年の最強中の最強を決める権威ある大会として2000年から実施されています。2000年には「マスターズ・カップ」という名称でしたが、2009年に現在の「ワールド・ツアー・ファイナルズ」という名称に替わりました。











宮ヶ瀬ダムの駐車場付近で見つけたガマズミ ご存じの方が多いと思いますが、その大会にアジア人として初めて錦織圭選手が出場枠を勝ち取りました。真に快挙です。相手は地元イギリスのアンディ・マレー、今まで一度も勝ったことが無い相手です。しかしこの1年以上大戦が無く、そしてこの1年間で錦織選手は急成長してきました。実に楽しみな一戦です。それまでにHPアップを終わらせじっくりテレビに見入るとしましょう。
余談ですが、錦織圭選手が日本人として初めて決勝まで進出した全米オープンのテレビ放映は有料放送のWOWOWでのみ行われました。WOWOWに加入しなければ見ることが出来なかったのです。これで一説にはWOWOWは20万人を超す新規加入者を獲得することができたといいます。一方国営放送NHKには、なぜこういう日本人の快挙を放送しないのかという批判が寄せられたといいます。これは大変難しい問題です。
NHKは毎月受信料を徴収している唯一の地上波です。それも国営なので本来テレビを買った時点でNHKは受信料を聴取しにやってきます。それならば国民が見たいと思うものを放送しろという、日本人の快挙を見たいという多分国民の大多数が思う気持ちも当然でしょう。
一方、WOWOWは一般の民営企業です。人々が見たいコンテンツの放映権を獲得して独占放送することで有料視聴者を獲得するというのは、極めて当然な営業行為です。
まぁこれも錦織選手の活躍のおかげです。皆で応援しましょう!!



第72回William Albright“The complete rags of Scott Joplin”
A way to ragtime Vol.1

BMG 7061-2-C made in the U.S.A. CD2枚セット
「ザ・コンプリート・ラグズ・オブ・スコット・ジョプリン」CD・ジャケット

<Personnel>

ウィリアム・オルブライトWilliam AlbrightPiano
1989年12月16〜19日中テネシー州立大学にて録音

非常にあやふやな言い方だがジャズは、ラグタイムとブルース、そしてニューオリンズ近辺で始まったといわれるブラス・バンドの系統をひくデキシーランド・ジャズが融合されてが現在のような形になってきたと思っている。もちろんデキシーランド・ジャズもブルースも現在でもプレイされているし、愛好している人もいる。しかしラグタイムはどうであろう。僕はこれまでラグタイムの愛好家という人に会ったことが無い。それはそういう人が少ないのかそれとも僕の周りの人の輪が小さすぎるのか?多分どちらも当たっているような気がする。
ところで、ラグタイム“Ragtime”とはなんだろう。以前第45回でダイアン・クラールの「グラッド・ラグ・ドール」を取り上げたが、自分がラグタイムをちゃんと理解しているかというと、実は全くよく分かっていないのである。ただレコードやCDなどを聴いていて「ラグっぽいな」と思う程度である。それもピアノなどなら分かりやすいが、デキシーランドのトランペット、クラリネット、トロンボーン、バンジョーなので演奏されている曲でタイトルに“rag”の文字が付く曲は多いが(“Tiger rag”、“Snake rag”など)、それが“ragtime”の曲なのかどうか判別できない。


2枚組CD ということで少し「ラグタイム」の勉強をしようと思う。といって不明な僕が一朝一夕で知識を習得できるわけもないのでこれもまた少しずつ少しずつ進めていこう。ということで今回は僕の“ragtime”学習第1回である。


「読書百遍、意自ずから通ず」という言葉があるが、僕は「聴取百篇、意自ずから通ず」ると思っているところがあって、先ずは数多く、何回も聴けば自ずとわかると思い、数多く聴くことから始めることにした。
では、何を聴くか?「ラグタイム・ミュージック」と言えば日本で一番有名なのは、スコット・ジョプリンであろう。なぜ日本でスコット・ジョプリンが有名かと言えば、1973年公開のアカデミー作品賞受賞映画『スティング』(“The sting”)の主題曲として使われた「ジ・エンターティナー」(“The entertainer”)が日本でもヒットし、一時日本でもラグタイムというジャンルが注目され、作曲したスコット・ジョプリンの名前も一般に知られるようになったからである。
僕の記憶なので、どこまで正確かわからないが、映画『スティング』は、1936年のシカゴを舞台にした映画で、監督はアメリカン・ニュー・シネマの代表作と言われる『明日に向かって撃て』で大ヒットを飛ばし巨匠と言われ出したジョージ・ロイ・ヒル、彼は作品の主題歌にちょっと古めかしい曲をと思い、自分で見つけたのか推薦があったのかは忘れたが、ラグタイムのこの曲を使おうとしたところ、音楽担当のマーヴィン・ハムリッシュは大反対したという。なぜかというと、1936年当時ラグタイムの時代はとうに終わっており時代を反映していない、この曲を使うと1936年当時シカゴの街にはラグタイムが流れていたと誤解される恐れがある、史実に反するというものだったという。しかしヒルは「この映画は史劇ではないんだ、娯楽作(entertaiment)なんだ!」と言って推し切ったという。僕も封切館ではなく少し後大学に入ってからリヴァイヴァルで見たが、映画はとても面白く、音楽も見事にマッチしていると思ったが、後でこのラグという音楽は映画の時代には実は廃れていたということを聞き驚いた覚えがある。

休日の朝食…よく作りました版 話がそれたが、僕がこの2枚組CDを購入したのは、2枚組で曲がたくさん入っているからである。たっぷり聴けるそう思い今から6、7年前に購入したのだった。僕は平日会社に行く朝はご飯とお味噌汁を中心とした和食の朝食を摂っているが、休日はパンと紅茶を中心としたこざっぱりとした朝食を自分で作って食べている。そんな時のBGMに最もふさわしい音楽だと思うのである。土曜日はCD1、翌日曜はCD2とかけっぱなしにしている。全然違うかもしれないが、ちょっとばかり格調があり、アメリカ南部の初夏から夏のころのあまり早くない朝にリビング・ルームのカーテンを揺らせて入ってくるそよ風が似合う。僕は2杯目の紅茶を飲みながら、食後の一服を吸うと実際の金銭的には貧しいのだが、豊かな心持になれたりする。
という訳でよく聴くことは聴くのだが、では“ragtaime”の何たるかが分かったかと言えばさっぱり分からんということになる。

ジョシュア・リフキンのCD さて、演奏者のウィリアム・オルブライト氏についてはあまり詳しいことは分からない。1944年10月20日インディアナ州で生まれた音楽家でどちらといえばクラシック畑での活躍が多いようだ。1998年9月17日53歳という若さで亡くなられたようだ。
スコット・ジョプリンの作品集CDは何種か出ているが、定評があるのは写真右のジョシュア・リフキンによる録音のようだ。僕はその時は今よりもっと知識がなくただ単に2枚組で収録曲が多いということでこのCDを購入した。



CD2収録曲 CD1収録曲

<Contents>

CD1
1.メイプル・リーフ・ラグ (Maple leaf rag 1899)
2.オリジナル・ラグス (Original rags 1899)
3.ザ・フェヴァリット (The favorite‐A ragtime two-step , 1904)
4.ジ・イージー・ウィナーズ (The easy winners - A ragtime two-step , 1901)
5.ピーチライン・ラグ (Peacherine rag 1901)
6.ジ・エンターティナー (The entertainer - A ragtime two-step , 1902)
7.ザ・ストレニュアス・ライフ (The strenuous life - A ragtime two-step 1902)
8.エリート・シンコペイションズ (Elite syncopations 1902)
9.ア・ブリーズ・フロム・アラバマ (A breeze fron Alabama - March and two-step , 1902)
10.パーム・リーフ・ラグ (Palm leaf rag - A slow drag , 1903)
11.ウィーピング・ウィロゥ (Weeping willow - A ragtime two-step , 1903)
12.ザ・カスケイズ (The cascades - A rag , 1904)
13.ザ・サイカモア (The sycamore - A concert rag , 1904)
14.ザ・クライサンシ−マム (The chrysanthemum - An afro-american intermezzo , 1904)
15.レオラ (Leola - Two-step , 1905)
16.ユージニア (Eugenia 1905)

CD2収録曲

<Contents>

CD2
1.ア・ラグタイム・ダンス (A ragtime dance - A stop-time two-step , 1906)
2.ノンパレイル (Nonpareil(None to equal) - A rag and two-step , 1907)
3.リフレクション・ラグ (Reflection rag - Syncopated musings , 1917)
4.グラジオラス・ラグ (Gladiolus rag 1907)
5.サーチライト・ラグ (Searchlight rag - Syncopated March and two-step , 1907)
6.ローズ・リーフ・ラグ (Rose leaf rag - A ragtime two-step , 1907)
7.パイン・アップル・ラグ (Pine apple rag 1908)
8.フィグ・リーフ・ラグ (Fig leaf rag - A high class rag , 1908)
9.シュガー・ケイン (Sugar cane - A ragtime two-step , 1909)
10.カントリー・クラブ (Country club - A ragtime two-step , 1909)
11.パラゴン・ラグ (Paragon rag 1909)
12.ウォール・ストリート・ラグ (Wall street rag 1909)
13.ユーフォニック・サウンズ (Euphonic sounds - A Syncopated novelty , 1909)
14.ソレイス (Solace - A Mexican serenade , 1909)
15.ストップタイム・ラグ (Stoptime rag 1910)
16.スコット・ジョプリンズ・ニュー・ラグ (Scott Joplin’s new rag 1912)
17.シルヴァー・スワン・ラグ (Silver swan rag 1971 … 1917の間違いであろう)
18.マグネティック・ラグ (Magnetic rag 1914)
曲によって、”A ragtime two-step”のような表記がある。これはダンスのステップだという。ラグタイムはダンスの伴奏の音楽だったのだろうか?この時代はピアノ伴奏でダンスをしたのだろうか?最近ではあまり想像できないことであるが。とにかくのたりのたりと勉強していこう。

なんか今回は曲名紹介だけでしたが、次回はもう少し踏み込んでいこう。

このWebサイトについてのご意見、ご感想は、メールでお送りください。
お寄せいただいたご意見等は本文にて取り上げさせていただくことがあります。予めご了承ください。

第73回2014年11月16日

スコット・ジョプリン
「ザ・エンターテイナー」 ラグタイム入門2

ご覧いただきありがとうございます。定年オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。


この土曜日曜は日中は暖かかったのですが、朝晩はめっきりと冷え込むようになりました。公園の木々も紅葉しています。僕は土曜日はテニス、日曜日は娘夫婦と孫が遊びに来るので買い出しです。この週末天気も良かったのにそんなこんなで忙しく散歩はお預けです。

テニスと言えば今週は「ATPワールド・ツアー・ファイナルズ」の放映が夜にあり、錦織選手の試合はすべて見ていたので、ちょっと寝不足でした。でも錦織選手すごかったですね。アジア人として初めて「ファイナルズ」に出場できただけでもすごいのに2勝を上げ、決勝ラウンドに進出するという快挙です。
来年こそグランドスラムでの優勝を期待しましょう。先ずは1月の全豪オープン、皆で応援しましょう!!




















第73回Scott Joplin“The entertainer - Classic ragtime from rare piano rolls”
A way to ragtime Vol.2

Biograph DK 30155 made in the U.S.A. CD
「ザ・エンターテイナー」CD・ジャケット

<Personnel>

スコット・ジョプリンScott JoplinPiano
1〜3…1916年4月と5月にスコット・ジョプリン自身によってピアノ・ロールに打ち込みしたものを再生
4〜14…ハル・ブールウエア(Hal Boulware)によってピアノ・ロールに打ち込んだものを再生。

<Contents>

CD
1.メイプル・リーフ・ラグ (Maple leaf rag)
2.サムシング・ドゥイング (Something doing)
3.ウィーピング・ウィロゥ・ラグ (Weeping willow rag)
4.ジ・エンターティナー (The entertainer)
5.ジ・イージー・ウィナーズ (The easy winners)
6.パイン・アップル・ラグ (Pine apple rag)
7.ソレイス (Solace)
8.グラジオラス・ラグ (Gladiolus rag)
9.ザ・ラグタイム・ダンス (The ragtime dance)
10.シュガー・ケイン (Sugar cane)
11.ザ・クラッシュ・コリジョン・マーチ (The crush collision march)
12.ベセナ−ア・コンサート・ワルツ (Bethena - aconcert waltz)
13.コンビネィション・マーチ (Combination March)
14.ア・ブリーズ・フロム・アラバマ (A breeze fron Alabama)

今回は僕の“ragtime”学習第2回である。

そもそもラグタイム(ragtime)とはどういう意味であろうか?その語源の定説は未だ無いようで、このリズムが持つragged (でこぼこした、という意味)からきているという説とシンコペーションを多用した右手のメロディーと左手の伴奏を癒合させた独特の演奏スタイルが、従来のクラシック音楽のリズムとは違う「ずれた」リズムと思われたことから「ragged-time」略して「ragtime」と呼ばれるようになったという説があるようである。
多分名付け親は白人なのであろう。「自分体の演奏とは感じが違う、リズムが外れているんではないの?」と当時の白人たちは思ったのだろう。
要は「クラシック音楽のリズム感からするとずれている」ということだ。僕自身は「外れている」ように感じないのだが、その原因は僕にリズム感がないことが主原因だが、そもそもクラシックのリズム感が体にしみ込んでいないから、「外れている」と感じないということもあるだろう。
ヨアヒム・ベーレントによれば(『ジャズ』)、当時スコット・ジョプリンの他にも多くのラグタイム・ピアニストがいた。その中には数人の白人もいたが、専門家でさえ演奏スタイルで黒人と白人を識別できなかったという。このことは特筆に値する。ラグタイムでは、即興演奏がなくすべて譜面に沿って演奏していた。ということは譜面通りに演奏すれば、白人、黒人関係なくラグタイムになったということで、つまりは譜面自身が「ラグタイム」だったことになる。ジャズ研究家であり、ジャズ・レーベル”Riverside”を設立したオリン・キープニュースは「ラグタイムはホットというよりクールな音楽」と言っているが、それはこの「譜面通りの演奏」ということを言っているのであろう。
ではこの「クラシック音楽のリズム感とのずれ」はどこから生まれてくるのであろうか?何がずれているのだろうか?
それはエドワード・リー氏によればラグタイムは19世紀のクラシックのピアノ音楽を勉強したミュージシャンによって始められたという。つまりクラシックを学んだ黒人によって創り出された。それは意図的―白人のクラシック音楽と黒人の音楽との融合を図ったものだったのか、或いは自然にクラシックを演奏するうちに自然と生まれながらに持っているビート感が出てしまったのだろうか?今の僕には分からないがどうも意図的に融合を図ったような気がする。
大和明氏によれば、ラグタイムはロンド形式を主体とする19世紀の西欧音楽の伝統に基づいて作られ、本来譜面通りに演奏された黒人ピアノ音楽だが、そのピアノ演奏には黒人特有のシンコペーションが盛り込まれていたとする。
ロンド形式とは、西欧古典音楽の一形式で、主要主題部が挿入部を挟んで数度回帰する形式のことだが、ガンサー・シュラー氏によると、それは誤りだという。シュラー氏のよればクラシックのロンド形式は「ABACA-Coda」のように新たなエピソードに入る前には最初のエピソード(A)へ復帰する。確かにジョプリンのラグには、「AABBACCAA」を備えている曲もあるが、最も多いパターンは「AABBACCDD」であるとする。このパターンの代表は1.メイプル・リーフ・ラグ、フィグ・リーフ・ラグ(前回のウィリアム・オルブライト盤収録)、5.ジ・イージー・ウィナーズ (The easy winners)などであるという。ではラグタイムの形式上の原型はどこから来たのかというと「行進曲(マーチ)」から来ているという。

次に、「シンコペーション」であるが、これはタイや休符を使って拍の強弱の位置を移動させ、基本ビートと異なるリズム感を生み出す奏法だという。実は恥ずかしい事実を告白すると、僕はどうにもこのシンコペーションというのが分からないのである。頭では分かっているつもりなのだが、聴いていて分からないのである。昨年近くの公民館で行われた増田裕一(As)さんのカルテットを聴きに行った。公民館の主催のジャズ・コンサートなので増田さんは、少しジャズ入門のようなコーナーを設けられ、シンコペーションにも触れ詳しく説明してくれたのである。曲は忘れたがスタンダードの有名曲を取り上げ、先ず通常のシンコペーションのあるパターンを吹き、次にシンコペーションを外して吹き、「ノリが全く違いますよね」と実際のプレイで説明してくれたのだが、恥ずかしいことに違いが分からなかったのだ。僕はジャズを聴く資格などないのではないだろうかとかなり落ち込んだ。しかし生来能天気が幸いしてすぐに復活して、聴いています。


さて、今回取り上げるCDは前回2枚組でその曲を取り上げたスコット・ジョプリンである。タイトルは“The entertainer”でこれは映画『スティング』の主題歌となった超有名曲である。このタイトルはセールス用だ。重要なのはサブ・タイトル“Classic ragtime from rare piano rolls”である。正直このCDを見つけ購入する時に、CDの裏を見“played by Scott Joplin”の表記を見て驚いた。史上初のジャズのレコーディングは1917年2月に行われたことは第66回O.D.J.B.の時に触れたばかりだ。そしてスコット・ジョプリンが亡くなったも1917年である。ジョプリンはいつPlayしたのだろう?O.D.J.B.よりも古いではないか?それともラグタイムはジャズではないのか?という疑問である。しかしその疑問は、ヨアヒム・ベーレント氏の次の記述で明らかになる。

「ラグタイムの作曲家たちは、その作品を自動ピアノのロール(型紙)に打ち込み、これらのピアノ・ロールは何千も売りさばかれた。当時蓄音機はなかったし、こうした事実は、つい最近まで、ほとんど知られていなかった。1950年に入って、ときには全く偶然に多くの貴重なピアノ・ロールが発見され、レコードに採録されて陽の目を見た」。
ピアノ・ロールの構造や理論についてはほとんど知らないが、アメリカ映画などでピアノの鍵盤が勝手に動き演奏するシーンを何度か見たことがあり、あれがピアノ・ロールの再生の場面だろうと想像している。歴史は古く1877年エヂソンによって発明されたものらしい。記録する時は実際の演奏に合わせて穴が穿たれる仕組みのようだ。
ということで、今回のCDであるが、1〜3が実際にジョプリンの演奏に合わせて記録用のロール紙に穿孔したものなので、ジョプリンの演奏に近いどころかそのものということができる。
4〜14の収録曲は、コレクターのハル・ブールウエア(Hal Boulware)氏が、1960年代にロール紙に穿孔したものだという。ジョプリンのロール紙が完全な形で残っておらず、ハル氏が楽譜を基に修復したものらしい。

11.ザ・クラッシュ・コリジョン・マーチ (The crush collision march)は、かなり初期(1896年)の作品で、1896年28歳の9月16日、カンサス&テキサス鉄道会社(The Katy, K&Tの意)の宣伝のためにテキサス州wako近くで行った車両同士の正面衝突(衝撃によるボイラー爆発で、5万人の観客の一部に破片が飛び、結局2名死亡と重傷者の出る大事故になったが)にジョプリンは作曲へのインスピレーションを感じて作曲したものという。

> スコット・ジョプリン最も有名なラグタイムのピアニスト兼作曲家であるが、他にはジェームス・スコット(1886-1938)、ジョセフ・ラム(1887-1960)などが有名な作曲家という。残念ながら僕はこの人たちの作品を聞いたことが無いと思う。

ヨアヒム・ベーレント氏によると、ジェイムズ・P・ジョンソン、ウィリー・ザ・ライオン・スミス、ファッツ・ウォーラーといった偉大なピアニストたちは、ラグタイムまたは少なくともその伝統を、20年代のニューヨークで継承していた。当時、ブギウギ・ピアニストを別として何らかの形でラグタイムの影響を見せなかったジャズ・ピアニストはいなかったという。

このWebサイトについてのご意見、ご感想は、メールでお送りください。
お寄せいただいたご意見等は本文にて取り上げさせていただくことがあります。予めご了承ください。

第74回2014年11月24日

「ザ・スミソニアン・コレクション・オブ・クラシック・ジャズ」
ラグタイム入門3 ジェリー・ロール・モートン

ご覧いただきありがとうございます。定年オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。


11月22・23・24日は今年最後の三連休となりました。僕の住んでいる南関東は木曜までの冬を思わせる寒さから一転して暖かい、正に「小春日和」という言葉がふさわしいうららかさでした。寒さがに苦手な僕には土曜日は最高のコンディションでテニスができました。








右の写真は通常と違うモードで撮影してみました。森のような自然には合わないみたいです。いわゆる失敗作かな。











第74回“The Smithsonian Collection of Classic Jazz”
A way to ragtime Vol.3 Jelly Roll Morton

Smithsonian institution P6 11891 made in the U.S.A. 
「ザ・スミソニアン・コレクション・オブ・クラシック・ジャズ」レコード・セット

<Contents>&<Personnel>


1.メイプル・リーフ・ラグ (Maple leaf rag) スコット・ジョプリン Scott Joplin Piano
2.メイプル・リーフ・ラグ (Maple leaf rag) ジェリー・ロール・モートン Jelly Roll Morton Piano

1…1916年4月にスコット・ジョプリン自身によってピアノ・ロールに打ち込みしたものを再生
2…1938年5月録音










今回は僕の“ragtime”学習第3回である。

「スミソニアン」といえば、アメリカを代表する化学、産業、技術、芸術、自然史の博物館群・教育研究機関として有名だ。運営しているのはスミソニアン学術教会(Smithsonian Institution)。このレコードは6枚組12面で東京都内の中古レコードショップで5、6年前に購入した。かの有名な「スミソニアン協会」が編纂した「クラシック・ジャズ」を集大成したものなのだろうと見当をつけまた安かったこともあり(多分1,000円しなかったと思う)買ってみた。僕は日本編集のジャズの歴史のようなオムニバス・アルバムが割と好きなのだ。懇切丁寧な解説とそのレコードでしか聴けない音源などが収録されているからである。このアルバムを購入したのには、本場アメリカではどういうものがクラシックのジャズと捉えられているのかということにも興味があったからである。監修はジャズ評論家として有名なマーティン・ウィリアムズ氏で、45ページに渡ってジャズの歴史や演奏家、収録曲について詳細な解説を書いている。しかし残念なことに全文英語なのだ(当たり前)。
この6枚組12面は大体、年代的に古いものから新しいものへ編年的に曲が収録されている。つまり第1枚目のA面1曲目が歴史上最も古い種類の録音ということになる。そしてその1曲目と2曲目には同一曲が収められている。スコット・ジョプリン作の「楓の葉のラグ(”Maple leaf rag”)」である。
1曲目はスコット・ジョプリン自身が演奏したピアノ・ロールで前回ご紹介したCDと同様のものであり、2曲目はジェリー・ロール・モートンの演奏する同曲を収めている。この意味は1曲目はジャズが形作られる前の重要な音楽”ragtime”であり、2曲目はその”ragtime”をジャズに変革した演奏を収めている。つまり1曲目と2曲目の違いが”ragtime”と“jazz”の違いだということ示したかったのだろう。
因みに最終12面目はオーネット・コールマンのフリー・ジャズを経てジョン:コルトレーンの1963年11月18日バードランドでのライヴ録音を収めている。

さて、本題に入ろう。1曲目の「メイプル・リーフ・ラグ」は、前回取り上げた。注目の2曲目のジェリー・ロール・モートンの方を先ず一聴して感じることは「かなり崩して演奏しているなぁ」ということだ。元来”ragtime”は譜面通りに演奏するもので、即興演奏は行わないものと前々回ラグタイム入門その1に書いた。完全な掟破りである。
こんな掟破りをするジェリー・ロール・モートンは初期のジャズ史に燦然と輝く巨星であり、『初期のジャズ』の著者ガンサー・シュラー氏は1つの章を割き詳細に業績を評価している。このようにモートンについてはそうそう簡単ではないのでまた少しずつ勉強をして行こうと思うが、少しだけここで触れないわけにはいかないだろう。
ジェリー・ロール・モートンは「自分がジャズを発明した」と発言し、とんだカマシ屋と失笑を買った人物と扱われることが多いが、演奏家でもあり音楽の教授であり評論家でもあるガンサー・シュラー氏によればこの発言はある程度の真実味があるということになる。そのことについてのシュラー氏の発言をまとめると以下のようになろう。
「モートンは神のように何もないところから一挙にジャズを発明したとは言っていない。モートンはそもそも「ラグタイム」と「ブルース」と「ジャズ」はまったく別個の音楽の分野であり、「ラグタイム」と「ブルース」は長い伝統を持つものであることを意識していた。そして「ラグタイム」と「ブルース」では覆い切れない領域の音楽を「ジャズ」と解釈していた。ラグタイム、オペラ、フランスやスペインの通俗歌謡や舞踏曲などの多様な音楽素材に対して一層滑らかにスイングするシンコペーションを加え即興の要素を増やして新たな音楽分野「ジャズ」を創りだした。」
またこうしたシュラー氏の考えとレコードを監修しているウィリアムズ氏の考えは一致しているようだ。 先ずウィリアムズ氏の解説によれば、ジョプリンの原曲はAABBACCDDという構成に対し、モートンはABACCDDで、僕にはよく分からないが最初のDは「タンゴ」からヒントを受け、2度目のDはニューオリンズの”ストンプ(stomp)”のヴァリエーションだという。こうなると確かにもはや「ラグタイム」とは言えないだろう。
次にシュラー氏であるが、まずモートンは「メイプル・リーフ・ラグ」を2度録音しているという。1度目は純粋なラグタイムで、そして2度目は「ジャズ的な創造の方向に沿ったもの」という。ここで収録されているのは無論2度目の方である。実はシュラー氏の解説はかなり難解である。訳の問題かもしれないが(訳者の湯川さん失礼します)、独特の用語などがあり分かりずらい。そこで僕が下手にまとめるよりも、少々長いが以下ラグタイムとモートンのジャズのスタイルを述べた箇所をほぼそのまま書き出してみる。
「ほんの軽く聴いただけでモートンが堅苦しい「クラシック」音楽志向の右手と行進曲風の左手の動きのスタイルから外れていることが分かる。当時ラグタイムのピアニストの中では進歩的だったジェイムズ・P・ジョンソンでさえ、モートンが初期の段階で緩め、逃れようとしたリズム、つまり杓子定規な2/4拍子の感覚を保持している。モートンは、この変革を実現するために彼のピアノスタイルの要である、とりわけ右手による即興を行うことによって、大半が書かれた音楽であるラグタイムと対立する。即興の手法によって音楽をいわば水平化し、ラグタイムその他の音楽の垂直的、和声的強調を抑えることができる。この水平化が決定的だった。それが無ければモートンの観点からしても、また後続の演奏家たちの観点からしてもジャズはあり得ない。これがスイングの必須条件、リズミックな前進衝動を可能にするからである。しかしモートンのこれらの即興は依然としてラグタイムと密接な結びつきを有していた。というのは即興が作品の主題に依拠しているか、さもなければ主題の装飾だったからである。後期のジャズに見られるような和声構造のみに依拠する即興ではなかった。右手のこうした即興的な「扱い」はモートンの誇りであり喜びであってこれによって彼は旋律線に対して、ラグタイムの持っていたものよりもはるかに自由で、寛いだ感覚を与えることができただけにとどまらず、そうした右手の「扱い」は、全く新しい連続感とラグタイムの厳格な反復や模倣の排除を含む形式概念を齎し、代わりに幾つかの旋律が結合してより大きな完成された楽想を備えたコーラス風なパターンの上で展開される変奏的な手法を採用した。これは根底的な変革である。ボールデンやバンク・ジョンソンのような初期のラグタイムの器楽奏者たちですら夢にも思わなかった変革なのだ。付け加えれば、これは大きな構造的な観点から思考する作曲家しかやらない変革なのである。
モートンは音楽のより拡大された、より自由な連続性に対する自己の関心に基づいて−明らかにごく初期の段階において−、曲の末尾の揺れるストンプが、それに先行するより繊細で静かな個所と常に対照となるような全体構造を備えた枠組みを工夫した。後者はもちろん過去のラグタイムのトリオの部分に相当するものか、少なくともそれから派生したものであることが多かった。大事な点は、モートンが構造と音の強弱の対照についての彼の鋭い感覚に基づいて、彼の作品に多様性を与えたラグタイムや古いカドリールのそうした側面をきっちり保持したところにある。」

先ずシュラー氏の文章の中に「カドリール」という言葉が出てくるが、これは辞書によると「18世紀から19世紀にかけてフランスを中心として流行した舞踊。2組または4組の男女が方陣をつくって踊る。」とあってよく分からない。そこで使われた音楽のことか?そうだとすればそれはどんな音楽だったのだろう。
また、ウィリアムズ氏、シュラー氏双方に出てくる用語”ストンプ(stomp)”である。僕はこの言葉は曲名、例えば「キング・ポーター・ストンプ」などでよく聞くがそもそもどういう意味、どういうことなのだろうか?勉強することがいっぱいだ。
ウィリアムズ氏、シュラー氏の解説、評論を読んで感じたことなどを以下書いてみる。
まず、モートンの収録曲「メイプル・リーフ・ラグ」の録音日が1938年5月ということであるが、この録音はアメリカの民族学者アラン・ローマックス氏が米国議会図書館用にモートンのインタービューとピアノ演奏を録音した時に収録したものの一つと思われる。そして1938年と言えばベニー・グッドマンがカーネギー・ホールで最初のコンサートを行った年であり、正にスイング全盛時代であった。僕はこのローマックス氏によるインタービューなども読んでいないし録音の全貌も知らないが、ジャズ創生期にモートンが演奏していた通りの演奏そのままというわけではないだろう。すなわちガチガチのラグタイム演奏は1曲目のジョプリン、それを変奏してジャズに仕立て上げた天才モートンの演奏が2曲目と単純に理解していいかどうか。前にも書いたがモートンについてはこれから詳しく勉強していく必要がある。
またシュラー氏の記述の中に「ボールデンやバンク・ジョンソンのような初期のラグタイム器楽奏者」という箇所があるが、ボールデンことチャールズ・“バディ”・ボールデンは初代「キング・オブ・ジャズ」と呼ばれたニューオリンズの伝説的なコルネット奏者で、1906年発狂し1907年4月に精神病院に収容され24年間廃人として隔離され1931年に亡くなっていて録音は全く残していない。
バンク・ジョンソンは1890年代バディ・ボールデンのバンドに在団しセカンド・コルネットを吹いていたが、各地へ演奏旅行に出たことはあったが基本的にニューオリンズを離れなかったためにほぼ忘れられた存在となっていたが、1937年ニューオリンズ・ジャズ・リヴァイヴァル運動によって再発見され、1942年60歳を越えて初吹き込みを行った人物。
1925年生まれのシュラー氏がボールデン及び再発見前のジョンソンの聴いたはずがない。

大和明氏はラグタイムはヨーロッパのクラシック音楽のピアノ曲の伝統と黒人のリズム感の融合によって生まれたピアノ音楽と捉えていたようだ。ヨアヒム・ベーレント氏も「ラグタイムは作曲されたピアノ音楽」と明快に述べている。もしラグタイムがピアノ曲として生まれたのならどのようにデキシーーランド・ジャズとしてコルネットやクラリネット、トロンボーンなどによる演奏へと展開して行ったのだろう。その説明が欲しい。それとも“Tiger rag”などは“rag”とタイトルについているが、演奏形態としてはラグタイムではないのだろうか?“○○Blues”というタイトルの付いている多くの曲が実際はブルースではないように。
これに対しシュラー氏は「ラグタイムはマーチから生まれた」とする。マーチから生まれたと考えるから、マーチング・バンドともいわれたニューオリンズのデキシーランド・ジャズ・バンドの演奏家ボールデンやバンク・ジョンソンとの比較を行うのだろう。しかし“rag”とは黒人のリズム感であるシンコペーションによって、強拍弱拍の移動によって生み出されるもので、これが西洋人には「ずれ=rag」と聞こえたことによる命名である可能性が高いという。こういったリズム感というのはそもそも行進曲(マーチ)にはふさわしくないものではないか。シュラー氏はイチニイチニと行進するための音楽を黒人が演奏するとどうしてもその独自のリズム感からシンコペーションを効かせてしまい“ragtime”になってしまったのがその初めとするのだろうか?それならそれがどのようにピアノ曲へ展開して行ったのかという説明が必要ではないかと思う。

これは僕の勝手な想像にすぎないが、ラグタイムの定義みたいなものは後から解釈したもので、初期の演奏家は別に意識していなかったのではないかと思う。
多分耳の良い黒人が、西洋人が弾くクラシック或いは流行歌、民謡などをピアノで弾く機会があったのだろう。それはもしかするとストーリーヴィルのようなところであったかもしれない。当時黒人は楽譜を読める人間が少なくほとんどが耳で聴いて覚えたのだろう。つまり楽譜に頼らず記憶で演奏すれば、どうしてもその人間の癖が所々で出てしまう。それを聞いた西洋人は「ずれ=ラグ」ていると感じたのだろう。当初はその癖を直そうとしたのかもしれないが、逆にこれこそ西洋音楽と黒人音楽の融合、橋渡しだと考え積極的に取り組む人間(スコット・ジョプリンなど)が現われてきたのだろう。そして同様のことはピアノ音楽だけではなく、行進の際のマーチ演奏などにも起こった現象なのではあるまいか。
これが僕の得た現在のところの感触だが、もっともっと勉強することが必要だろう。のたりのたりやっていこう。

「ragtaime」がもし黒人のリズム感で西洋のクラシック音楽などを演奏した時に感じる「ずれ」を表現した言葉であるなら、現代では「ragtaime」はジャズに吸収され独立した分野とは言えないであろう。しかし僕などは前回、前々回のスコット・ジョプリン作品集などを聴くとやはり「ラグタイム」だなぁと感じルのと同様に第45回で取り上げたダイアン・クラールの作品を聴いても「ラグタイム」だなぁと感じる。何故ダイアン・クラールの作品を「ラグタイム」と感じ取るのであろうか。ラグタイム風の演奏の仕方というのがあるのだろうか?もしあるとすればそれこそが「ラグタイム」なのではないだろうか?

このWebサイトについてのご意見、ご感想は、メールでお送りください。
お寄せいただいたご意見等は本文にて取り上げさせていただくことがあります。予めご了承ください。

第75回2014年11月30日

ヘレン・メリル 「ヘレン・メリル・ウィズ・クリフォード・ブラウン」

ご覧いただきありがとうございます。定年オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。


昨日今日と不安定な天気です。昨日は昼頃を中心にかなり強い雨が降りましたが、夕方一挙に上がり晴れ間が見えてきました。それでもこの時期はいったん雨が降ると森の道はぬかるんでとても歩きにくいです。
今日も歩き出した10時半ころは晴れていたのですが、暗い雲が出てきて今にも降り出しそうです。早めに散歩を切り上げることにしました。











よく散歩する道は広葉樹が多いのですが、モミジ、カエデの類がなく紅葉の色は黄色系ばかりです。ちょっと色彩に乏しいこの時期赤く目立つのはピらカンサスのみです。日当たりさえよければ盛大に実を付けます。この時期の風物詩の一つですね。
家路に向かう途中まだまだ大きな花をつけている植物を見かけました。酔芙蓉というのでしょうか?









最近気になるニュースはたくさんありますが、アメリカ・ミズーリ州の黒人青年が白人の警官に撃たれ死亡、撃った警官は不起訴になったことに端を発し、暴動が起きている事件です。事件が起こったのはセントルイス、かのセントルイス・ブルースで有名な都市です。暴動に参加した黒人には「人種間戦争だ」と叫んでいる人もいるようです。暴動では一般の商店が襲われてもいるようで一概に人種差別に対する抗議ばかりとは言えないようですし、警官による射殺の状況などまだまだ明らかになっていない面もありますが、まだまだ差別は根強くアメリカ社会に残っていることを改めて感じさせる残念な出来事です。









第75回Helen Merrill “Helen Merrill“

Emarcy record 日本フォノグラムから発売の日本再発盤 SFX-7333(M) 
「ヘレン・メリル・ウィズ・クリフォード・ブラウン」レコード・ジャケット

<Contents>

A面
B面
1.ス・ワンダフル (‘S wonderful) 1.イエスタデイズ (Yesterdays)
2.ユード・ビー・ソー・ナイス・トゥ・カム・ホーム・トゥ (You’d be so nice to come home to) 2.ボーン・トゥ・ビー・ブルー (Born to be blues)
3.ホワッツ・ニュー (What’s new) 3.ドント・エクスプレイン (Don’t explain)
4.恋に恋して (Falling in love with you)

<Personnel>

ヘレン・メリルHelen MerrillVocal
A-1,2、B-2,3、…1954年12月22日ニューヨークにて録音
クリフォード・ブラウンClifford BrownTrumpet
ダニー・バンクDanny BankFlute&Baritone sax
ジミー・ジョーンズJmmy JonesPiano
バリー・ガルブレイスBarry GalbraithGuitar
ミルト・ヒントンMilt HintonBass
オシー・ジョンソンOsie JohnsonDrums
A-4、B-1 …1954年12月24日ニューヨークにて録音
ベースがオスカー・ペティフォードに、ドラムがボビー・ドナルドソンに替わる
オスカー・ペティフォードOscar PettifordBass&Cello
ボビー・ドナルドソンBobby DonaldsonDrums
A-3 …1954年12月24日ニューヨークにて録音…ダニー・バンクが抜ける。

ジャズ・ヴォーカル史上に永遠に残る傑作アルバムである。色々な評論家の方が解説しているしブログなどでもよく言及されているアルバムに僕が何を言えるかとも思うが、一切の先入観は排除して思うところを書いてみたい。
まずこのアルバムは「ヘレン・メリル・ウィズ・クリフォード・ブラウン」というタイトルで名高いが、そもそもはこのアルバムのタイトルには「ウィズ・クリフォード・ブラウン」は付いていない。「ヘレン・メリル・ウィズ・クリフォード・ブラウン」はあくまで通称なのだ。ではなぜ「ヘレン・メリル・ウィズ・クリフォード・ブラウン」と呼ばれるのだろう。この辺りの解説は目にしたことが無い。僕の想像するところは、ご存じのようにクリフォード・ブラウンはデビュー当時から天才の誉れ高くしかし若くして夭折したクリフォード・ブラウン参加作としてアルバムの価値を高めセールスしようとしたことに日本の評論家のセンセイたちが乗ったということだろう。実際にこのアルバムは売れたらしい。傑作なので売れて当然なのだが、もし「ウィズ・クリフォード・ブラウン」が付いていなければここまで売れたかどうか?
先ずこのアルバムは、僕にとっての第1期ジャズ熱中時代の高校生の時から粟村氏の著作などで知っていたが、購入に当たってはかなり躊躇したのを覚えている。そして実際に購入したのは、ずいぶん後になってからだった。その原因はジャケットである。以前取り上げたクリス・コナーほどには大口を開けていない、が同じくシャウト写真なのである。シャウト写真がジャケットだからといってシャウト・ナンバーばかりとは限らないのだが、こういう写真を見せられるとどうしても「シャウト」が売り物のように思えてしまう。「シャウト」ばかりが売り物の歌手というのは僕はあまり魅力を感じなかったのだ。オリジナルのアルバムのジャケットも確か同じジャケットだったような気がする。まあ僕が持っているのはれっきとした日本再発盤でずーっと今も大切に聴いている。
また僕はこの手の情報にも疎いが、このオリジナル盤は大変に音も良いらしい。僕はオリジナルを聴いたことが無いが、オリジナルを持っている人の話を聞いたことがある。その人曰く「スピーカー・ボックスの中にクリフォード・ブラウンが入っているかと思った」そうである。僕もオリジナルが欲しい。確か2、3年前ヤフーのオークションに完全オリジナル盤ということでこのアルバムが出たことがあった。僕にはとんでもない額だったので最初から参加しなかったが、興味があったので途中まで経過を見ていた。12万5千円までいったところまでは見ていた。オリジナルの音を聴いてしまうと、生涯にこの1枚はオリジナルで持ちたいと思わせるくらいの”音 ”であるという。
しかしこのアルバムには12インチ盤ではなく45回転のシングル盤3枚組というものも存在するらしい。12インチ盤が先か45回転シングル盤が先かは不明な僕には分からないが…。
ところで、このレコードのジャケット(僕の所有する日本盤)を見て欲しい。左上に”Emarcy records”とロゴ・マークが入っている一方右上には”Mercury”のロゴ・マークが入っている。この「エマーシー」と「マーキュリー」の関係を整理しておくと、そもそも「エマーシー」は「マーキュリー」の子会社として1954年本アルバムが録音された年に発足した会社だという。しかし本作のプロデューサーであるボブ・シャド氏が1958年に退社以降ほぼ休眠状態となったとウィキペディアに書いてある。ということは「マーキュリー」がボブ・シャド氏のために作ってあげたレーベルのような気もするが実際のところはどうなのであろうか?
またこの「エマーシー」レーベルは、複雑な運命をたどる。シャド氏が去った後の62年フィリップス社に売却され、さらにそのフィリップス社が今度はシーメンス社と合併し、ポリグラムを設立しその傘下に入る。そして1987年日本フォノグラムが一時的に復活させるが、同年シーメンスが音楽事業から撤退、再度フィリップスの完全子会社となる。さらに…と続くが現在はヴァーヴ(Verve)の系列下になっているようだ。ところで僕の持っているのはこの一時的復活した日本フォノグラムから発売されたものだ。
オリジナル盤もいいが、いろいろなところから再発されているのでどの再発が良い音か、どんな特徴があるかなどを比べたら面白いかもしれない。
僕に知識がないだけかもわからないが、このアルバムは有名だが意外とわからないことが多い。先ずヘレン・メリルは初吹き込みをルーストに行い、当時注目の新人歌手だったとレコード解説の油井正一氏は書いている。そしてこれが自身の名を掲げた初リーダー・アルバムなのだという。当時24歳だが、1947年17歳の時に結婚して1児の母であった。しかし1947年(48年という記載もある)の結婚後しばらく仕事を離れていたという。そんな彼女とエマーシーは契約し、始めて録音したのが本作である。それほどプロデューサーのボブ・シャドが彼女の才能を高く評価していたのだろう。
そんなメリルは契約後初レコーディングを行うに当たり2つの条件を付けるのである。1つはクリフォード・ブラウンをソロイストに加えること、そしてもう1つはクインシー・ジョーンズに全曲のアレンジを依頼し指揮も任せるということであった。強気である。生来強気なのか母は強しか。ともかくこれが当たって大傑作が生まれるのだからやはり自分がリーダーになったからには何でも言うべきところは言った方が良いという手本である。因みにこのレコードが功を奏してかジャズ評論の大家レナード・フェザーは1954年度のベスト新人歌手に彼女を選んでいる。

因みに僕はこの音源は日本グラモフォンから何回目かの再発盤購入価格¥2,000のレコードともう一つクリフォード・ブラウンのエマーシーでのCDボックスセット10枚組を持っている。CDでの曲順は以下の通りである。
1. Don’t explain
2. Born to be blue
3. You’d be so nice to come home to
4. ‘S wonderful
5. Yesterdays
6. Falling in love with you
7. What’s new



クリフォード・ブラウンのボックスはあくまでブラウンの記録に徹している感じなので録音順に並べたのだろう。それに対してレコードはそれ1枚で1つの作品であり曲順は大切だ。曲順でアルバムの感じが変わってしまうこともある。僕は慣れ親しんだせいだろうか、レコードの曲順はいい曲順だと思っている、何も録音順に並べなくてもいいのだ。しかし最近何回目の再発かわからないがこのアルバムがCDで出た。しかしその曲順は
1. Don’t explain
2. You’d be so nice to come home to
3. What’s new
4. Falling in love with you
5. Yesterdays
6. Born to be blue
7. ‘S wonderful
である。
これはレコードとも違うし、録音順でもない。しかしこの順番は見たことがある、と思ったらレコード・ジャケットのhelen merrillの下に記載された順番である。今更だが、レコードとCDでは何が違うかというと一番違うのは、レコードはA面、B面がありA面から聴いたら続けてB面を聴くためには一端プレイヤーを止めてレコード盤をひっくり返し、再度針を置かなくてはならない。しかし特別プログラミング等しなければCD1曲目から最終曲まで一気通貫でつながるところである。途中で一度止めなくてはならないレコードなら冒頭の曲順が良いが、一気通貫なら上のCDの順が良いと考えたのであろうか。しかし僕は前にも書いたがオリジナル盤を持っていない。そもそもオリジナルを含め米国盤も日本盤と同じ曲順なのだろうか?
さて共演者に目を向けてみよう。
クインシー、ブラウン以外のメンバーは誰が選んだのだろうか?編曲を依頼するということはそのレコーディングの音楽監督を任せるということではないだろうか?もちろんプロデューサーと相談の上で決めていくのだろうが、というのはクインシーがフル・バンドでの編曲をするかコンボを想定して編曲をするかで大きく違ってくると思う。しかしもちろん予算もあるから勝手なことをしてもらっても困る。そこでふと気づくとこのアルバムのアメリカ盤のライナー・ノートはクインシー自身が書いていた。ライナー・ノートにクインシーは、ヘレンの個性を活かした良いプレイをしていると書いているが自分が選んだとは書いていない。
そのクインシー自身当時21歳、日本でいえば大学3年である。メイン・ソロイストのクリフォード・ブラウンは24歳、この2人が中心である。
一方クリフォード・ブラウンことブラウニー(Brownie)である。彼の起用はあくまでメリルの希望ということになっているが本当にそうなのだろうか?メリルはどこでブラウニーを知ったのだろう。当時の本当の事情など今更調べようもないのでそうしておこう。何故そんなことを言うのかというと、正にブラウニーの起用は「エマーシー」(つまりはシャド氏)の希望通りだからである。シャド氏はブラウニーを単なるジャズ・トランぺッターのままにしておくつもりはなかったのではないかと思う。いわゆる”Jazz”の付かないトランぺッターとして売りたかったのではないだろうか?
何故そんなことを言うのかというと、本盤までの録音である。マックス・ローチという大ベテランと双頭コンビを組みコンボでエマーシーに吹込みを続け、ジャズ・トランぺッターとしての地位は確立しつつあった。そして続いてダイナ・ワシントンというブルース、R&B系の女性シンガーとレコーディングを行い、続いてもう少しポピュラーなサラ・ヴォーンというジャズ・ヴォーカルのまだ若手だが大物と共演。そして本アルバムは白人歌手と共演し、そして続く録音はストリングスをバックにした”With strings”であり、そこではメロウなトランペット・プレイを聞かせているのである。

これはうる覚えなのだが、このレコーディングにおいてヘレン・メリルの気持ちはどうだったかというと、初レコーディングであり、これだけ要望を聞いてもらえているのだから将来を嘱望されていると思い希望に燃えていたと思いきや実はさにあらずで背水の陣で臨んでいたという。実はこのアルバムは処女作だが、失敗すれば次はないと思い込んでいたという。このアルバムを聴いて先ず感じることは音圧の高さ・強さである。こんなチャンスは2度とないだから悔いのないようにしたいと考えていたという。まさに「一球入魂」ではなく「一曲入魂」、いや「一音入魂」で臨んだのだという。

さて、では曲を、ここはレコード順に見て行こう。

A面
1.ス・ワンダフル (‘S wonderful)

アイラ、ジョージのガーシュイン兄弟の作。1927年のブロードウェイ・ミュージカル『ファニー・フェイス』のために兄弟が書き下ろし、アデール・アステアとフレッド・アステアが初演、通算公演250回を記録し、彼らの代表作として知られるようになったという。その後ガーシュウィンの作品をふんだんに用いたミュージカル映画『巴里のアメリカ人』(MGM、1951年)でジーン・ケリーとジョルジュ・ゲタリーが、同じく『パリの恋人』(パラマウント、1957年。『ファニー・フェイス』の映画化)でフレッド・アステアが歌っているという。
この“‘S”という表現はこの曲しか知らないのだが、この曲が作られた当時「It's......」の「It」を省略する言い回しが流行しており、活用したものという。つまり“It’s wonderful”の略ということになる。
アレンジは割とストレートだが、素人には出来そうもない難しめの急速のテンポのイントロで始まる。アップ・テンポなのでメリルのハスキー・ヴォイスがいささか薄まり取っ付きやすい。ヒントンの安定感抜群、スムースでスインギーなランニングに乗ってソロが展開される。ジョーンズのやる気があるのかないのかわからない不思議なソロの後、ガルブレイスのまともなソロがあり、続いてブラウニー、さすがにソロは聴き応えがある。

2.ユード・ビー・ソー・ナイス・トゥ・カム・ホーム・トゥ (You’d be so nice to come home to)
 1943年のコロンビア映画“Something to shout about”のためにコール・ポーターが書いた傑作。日本では時計のコマーシャル・ソングとしても使われたこともあり非常に有名な曲である。ミディアム・テンポに乗ったヘレンのスインギーなヴォーカルが素晴らしいが、ここでのブラウンのソロも素晴らしい。このイントロだけですぐこの曲と分かるキャッチ―なイントロがいかにもクインシーらしい。バンクのバリトンが効果的だ。
この曲もソロはジョーンズから、コードをなぞるようなソロで単音でのメロディ・メイクはない。続くブラウニーのソロは細部まで入念に組み立てられた素晴らしいものだ。

3.ホワッツ・ニュー (What’s new)
モダン・ジャズメンが良く取り上げる曲だが、作者はボブ・クロスビー楽団(スイング全盛時代にデキシーランド・ジャズを大編成で演奏したことで知られる)のベース奏者ボブ・ハガートが作曲しこれにジョニーバークが詞を付けたもの。ここで始めスロー・ナンバーとなるが他の歌手にはないアンニュイな感じ、まさに「ニューヨークのため息」とはよく言ったものだと思う。
油井氏によると“What’s new”とは、格式張らない挨拶の決まり文句という。「変わりない?」というような感じだろう。ジョーンズのアルペジオ風のイントロが雰囲気を盛り立てる。歌詞”What' new”と歌い出すところで入るバックが素晴らしい。
この曲は昔の恋人に再会した時の心情を歌ったものという。油井氏は「ホワッツ・ニュー、あのロマンスはどうなさったの。あれからお会いしてなかったわね。」と歌った後“Gee,but it’s nice to see you again”(まぁ、だけどまたお会いできてうれしいわ)と思わず本心を口走る女心を実に巧みに歌っているとしているが、僕はそうは思わない。
この曲はまだ未練のある昔の恋人に偶然出会った。そしていかにもどこにでもある世間話をする、その世間話の会話を歌詞にしている。そこにその歌手によっていろいろな思いを乗せる。油井氏の言うように歌手によっては“Gee,but it’s nice to see you again”は単なる世間話の流れではなく本心だと気付かせるように歌う歌手もいるだろう。歌手の解釈である。ここでのメリルの場合、最後の悲痛ともいえる”I still love you so!”(まだあなたを愛しているの、とても)であろう。歌詞はこう続く“Pardon me asking what's new . Of course you couldn't know.I haven't changed I still love you so. "「どうしてる?なんて声をかけてごめんなさい。もちろん、あなたはご存じないと思うけど、私はちっとも変ってないわ。まだあなたを愛しているの、とっても」。
もしかすると”Pardon me 〜”以下はその時に言えなかった。本当はあのときこう続けたかった、なぜ私は言えなかったの?ということかもしれない。
クインシーはライナー・ノートで「ここではメリルの声も楽器として扱った」と言っているが、もともと楽器の様と評される彼女の声質を活かした形だ。油井氏はメリルのヴォーカルの後、ブラウニーが16小節ソロを吹くがその第1音が何とも言えぬ素晴らしさだと評している。ブラウニーのソロでは倍テンポになるが、それが緊張感を高めている。最後にジョーンズが「タン」と鍵盤をたたいて終わるが、CDよりレコードの方が強烈である。クインシーの意図はレコードの方が反映されていると思う。

4.恋に恋して (Falling in love with you)
1938年にロジャース=ハートのコンビが作ったワルツだったというが、ここではアップ・テンポの4ビートで歌われる。
アンサンブルの後のペティフォードのピチカートによるチェロのソロが変わったアクセントをつける。ここでのジョーンズのソロは普通で良い感じだ。ブラウニーのソロの後バンクのバリトンを聴かせたパッセージを使い曲をまとめるところはクインシーの面目躍如というところか

さてB面だが、僕はこれまでそれほど聴きこんでいなかった。何故というとまず大好きな“You’d be nice 〜”と“What’s new”の入ったA面を聴くと、内容的に奏等のヴォリューム感があり、続けてB面という感じにならないのである。しかし今回取り上げたことを機会に改めて聴いてみて改めてよさを思い知ることができた。

B面1.イエスタデイズ (Yesterdays)
オットー・ハーバック作詞、ジェローム・カーン作のスタンダードの名曲。この曲をビートルズの「イエスタディ」と勘違いしている人がいる。ビートルズは単数形で「昨日」であり、こちらは複数形「昨日達」だ。過去と言わないで「昨日達」というところが実に詩的である。油井氏は華やかなロマンスと恋の青春時代を回想するバラードで、メリルはじっくり歌い込んでいき、聴いている方も回想に誘い込まれる。ここでのジョーンズ、ブラウニーのソロも素晴らしい。
油井氏は、クインシーの編曲の巧みさは何度繰り返しても飽きることが無いと絶賛しているが、あまり手をかけたように感じさせないところが素晴らしいと思う。

2.ボーン・トゥ・ビー・ブルー (Born to be blues)
男性ジャズ・シンガーのメル・トーメとロバート・ウエルズの共作。「もともとブルーに生れついたのだから」という恋を失ったことを悲しく歌っている。
ギターだけのイントロで始まる。歌い出しは難しそうなメロディーだがとても良い曲でこういう曲は素人には歌えないだろうなぁと思ってしまう。

3.ドント・エクスプレイン (Don’t explain)
かのビリー・ホリディの作をアーサー・ハーツォグが補作したもの。ホリディは作曲の動機について自伝で語っているエピソードは有名である。
ある晩夫(ジミー・モンロー)は、シャツのカラーに口紅をつけて帰ってきた。彼は私に気付かれたことを悟ると、弁解を次々に並べだした。私にうそをつく彼の態度に容赦できなかった。言い訳をさえぎって、私はきっぱり言った『お風呂浴びていらっしゃい。何も言わないで(Don’t explain)』。私にはその夜のことがどうしても忘れることが出来なかった。“Don’t explain”…頭の中でこの言葉が渦巻いた。この言葉を繰り返し繰り返し思いつめていくうちに、この不愉快な経験は、悲しい歌に変わっていった。 クインシーの見事な編曲、メリルの歌唱、ブラウン以下の演奏が素晴らしい。バンクがここではフルートを吹きいい味を出している。

とにかくヘレン・メリルがこのレコード上で、ささやくように、溜息のようにじっくりとじっくりと歌い込んで作り上げる世界観が圧倒的である。大変有名なレコードで僕なんかが言うのは僭越だが、もし持っていない方がいれば買って損のない1枚である。

このWebサイトについてのご意見、ご感想は、メールでお送りください。
お寄せいただいたご意見等は本文にて取り上げさせていただくことがあります。予めご了承ください。

第76回2014年12月8日

ディジー・ガレスピー Dizzy Gillespie 入門その2
「巨星 ディジー・ガレスピー」

ご覧いただきありがとうございます。定年オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。


12月に入って最初の土日でしたが、大寒波団が押し寄せているとあって真冬並みの寒さでした。僕の住んでいる辺りでもとにかく寒く、その寒さは肌に食い込んでくるような強烈なものでした。
四国、瀬戸内海地域と言えば温暖な地域の代表のように思っていましたが、この寒波で大雪が降ったようです。最近の気象の乱れというのは一体どうなっているのでしょう、将来に渡って不安です。










清酒「蓬莱」しぼりたて 12月と言えば「新そば」の季節です。僕の大好きなお蕎麦屋さん、以前ご紹介したこともある愛川の「満留賀」へ日曜日にそばを食べに行きました。この時期にふさわしい「鴨せいろ」(¥1,150)をいただき余りにそばがおいしいので、追加で「もり」一枚追加、満腹です。夢中になって食べたので、写真を撮るのを忘れてしまいました、全くアホです。その帰りにそろそろ新種を絞ると聴いていたので、地域の地酒「蓬莱」へ寄りしぼりたての新酒(¥2,700)を買って帰りました。







近所の公園

土曜日娘のアパートの言った時近くの公園で撮影しました。水上の小屋には白鳥が住んでいます。ここの白鳥は季節によって渡りをせずずっとこの池に住んでいます。この公園は土日となると散歩をする人が多いのですが、これからの厳寒の時期はさすがに人もまばらになっていきます。




さて、今回は”バード”ことチャーリー・パーカーと「ビ・バップ双生児」と言われたディジー・ガレスピーの入門第2回です。

第76回“ Dizzy Gillespie Vintage series”

  レコード…Victor VRA-5011(日本盤)
「ディジー・ガレスピー/ヴィンテージ・シリーズ」レコード・ジャケット

<Contents>

A面
1.キング・ポーター・ストンプ (King porter stomp)
2.ユアーズ・アンド・マイン (Yours and mine)
3.ブルー・リズム・ファンタジー (Blue rhythm fantasy)

<Personnel>

<
テディ・ヒル・オーケストラTeddy Hill and his orchestra1937年5月17日ニュー・ヨークにて録音
ディジー・ガレスピーDizzy GillespieTrumpet
シャド・コリンズShad CollinsTrumpet
ビル・ディラードBill DillardTrumpet
ディッキー・ウエルズDicky WellsTrombone
ラッセル・プロコープRussell Procope/td>Alto sax$Clarinet
ハワード・ジョンソンHoward Johnson/td>Alto sax
テディ・ヒルTeddy HillTenor saxBand leaderx
ロバート・キャロルRobert CarrollTenor sax
サム・アレンSam AllenPiano
ジョン・スミスJohn SmithGuitar
リチャード・フルブライトRichard FullbrightBass
ビル・ビーソンBill BeasonDrums


僕は不勉強な人間だが、志だけは高くビ・バップの始動の歴史も勉強しようと思っている。
ドイツの世界的ジャズ評論家ヨアヒム・E・ベーレントは、ビ・バップを創り上げて行った2人の巨人ガレスピーとバードが出会うまで、そして出会ってからを対比して書いている。そして我が師粟村政昭氏も2人の出会いとそのパフォーマンスの歴史を編年体で書いている。これを踏襲するというとカッコいいが、要は真似てみたい。
バードについては第52回で1941年まで概観した。ちょっと遅ればせだがディジーの歩みを見て行こう。そこで今回は30年代のガレスピーを概観しようと思う。
昔と云っても僕がジャズを聴きはじめた60年代後半頃にレコード会社のビクターから「ヴィンテージ・シリーズ」という一群レコードが発売されていた。年代を経てますます価値を高めるワインのヴィンテージものに引掛けたもので、1枚を1ミュージシャンを取り上げ、そのミュージシャンの代表作などを収録したもので、SP盤時代の入手しにくい音源などを集め極めてありがたいシリーズであった。そのジャケットはワインの貯蔵庫らしきものをあしらい、マークもブドウをデザインしたもので「ヴィンテージ」イメージを強調していた。ただしこのシリーズのアメリカ盤というのもあり、日本独自企画ではなく、米国RCAのものの日本展開ヴァージョンではないかと思う。
今回はその便利な「ヴィンテージ」シリーズにおける“Dizzy Gillespie”版である。
1937年のテディ・ヒル楽団によるものである。ディジーは1937年ニューヨークに出て、憧れのロイ・エルドリッジの在籍していたテディ・ヒルの楽団にロイ・エルドリッジの去った後釜として加入する。相当嘱望されたようだが、実際はエルドリッジの後釜はフランキー・ニュートンで、ディジーは2番であった。しかしやがてアル・キリアンとジョー・ガイが入団してくると、ディジーの椅子を1番に移したという。僕はビッグ・バンドに加入していた友人がいるが(プロではない、ただその周りの情報はよく知っている)その人物によるとビッグ・バンドではトランペットは一番の花形で、1番Tpと末席4番Tpではギャラが倍違うという。
そういうこともあり一番Tpというのはバンド内では誰もが認める実力者でなければならない。そこに新人を起用するということは、他のメンバーとの軋轢が生じることなので普通はやらない。しかしそれでもヒルはディジーを一番に指名した。よほど実力を買っていたとしか考えられない。ディジーはこのテディ―・ヒルに在団中ヨーロッパへの楽旅を果たす。それは第65回の時に触れた。
さてその時に初めてソロの録音も経験している。この時のレコーディングではトータル6曲がレコーディングされたようだが、レコードにはディジーがソロを取った3曲が収録されている。

1.キング・ポーター・ストンプ (King porter stomp)
ジェリー・ロール・モートン作でスイング時代にはベニー・グッドマンを初めありとあらゆるバンドが演奏したヒット曲。ディジーは常にアンサンブルをリードするような役回りである。ソロは短く明確なソロという感じはないがディジー、ラッセル・プロコープ、デッキ―・ウエルスが吹いているという

2.ユアーズ・アンド・マイン (Yours and mine)
歌っているのはビル・ディラード(Tp)という。ソロはディジー。ディジーのソロは若々しい感じがする。

3.ブルー・リズム・ファンタジー (Blue rhythm fantasy)
ソロ・オーダーはウエルズ⇒ジョンソン(Alto)⇒プロコープ(Cl)⇒ディジー⇒テディ・ヒルだそうであるが、テディ・ヒルのソロが聴ける参考レコードというのはほとんど存在しないので判然とはしないと油井氏。
これらの録音はディジー最初のソロということもあり珍重しているファンは数多いという。

ところでディジーの30年代の録音について、ディスコグラフィーには初録音の1937年5月17日に行われたテディ・ヒル楽団におけるものと1939年9月11日ライオネル・ハンプトン楽団で行ったものの2つのセッションが載っている。レコード保有枚数が少ない僕だが、たまたま2つのセッションのレコードは持っていたので今回ご紹介したい。
その録音が収録されているのは同じヴィンテージ・シリーズ「ボディ・アンド・ソウル/コールマン・ホーキンス」である。 「コールマン・ホーキンス/ヴィンテージ・シリーズ」レコード・ジャケット

<Contents>

A面7曲目アーリー・セッション・ホップEarly session hop

<Personnel>

 
ライオネル・ハンプトン・オーケストラLionel Hampton and his orchestra1939年9月11日ニュー・ヨークにて録音
Dizzy GillespieTrumpet
ベニー・カーターBenny CarterAlto sax
チュー・ベリーChu BerryTenor sax
コールマン・ホーキンスColeman HawkinsTenor sax
ベン・ウエブスター Ben WebsterTenor sax
ライオネル・ハンプトンLionel HamptonVibraphone
チャーリー・クリスチャンCharlie ChristianGuitar
クライド・ハートClyde HartPiano
ミルト・ヒントンMilt HintonBass
コージー・コールCozy ColeDrums

豪華極まりないメンバーである。ここでソロを取っているのはホーキンス⇒ハンプトン⇒カーターで、ディジーのソロがないためディジー版には収録されなかったのであろう。ソロはないが分厚いテナー、何とスイング・イーラの4巨頭のうち3人がそろっているのに対しTp一人であるが、存在感を出している。ホーキンスについてはホーキンスらしいソロだと思う。
僕はこの録音を欲しくてこのレコードを買ったわけではなく、タイトルとなっている「ボディ・アンド・ソウル」が収録されているレコードが欲しくて購入した。久しぶりにレコードをターンテーブルに乗せふとライナー・ノートを読んでいた時に見つけたのである。この時は他に2曲(“When lights are low”、“One sweet letter from you”)録音されたようだが収録されていない。それはこの2曲ではホーキンスもソロを取っていないからだろう。
このアルバムについては別途ホーキンスについて述べるところでまた触れることと思う。

ディスコグラフィーを見るまで、ディズの初録音など聴くことができるとは思っていなかった。聴くことができるどころか自分が収録したアルバムを持っているとは思わなかった。このころのディズは正に若さ爆発、溌剌としているなぁ。

このWebサイトについてのご意見、ご感想は、メールでお送りください。
お寄せいただいたご意見等は本文にて取り上げさせていただくことがあります。予めご了承ください。

第77回2014年12月15日

ディジー・ガレスピー Dizzy Gillespie 入門その3
ディジー・ガレスピー 1940・41年

ご覧いただきありがとうございます。定年オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。


昨晩は地元のテニス・クラブの忘年会がありついつい飲みすぎてしまいました。年末の忙しい時に二日酔いで全く使い物にならないというふがいなさ。いい年をして恥ずかしい限りです。そんなこんなで朝も起き上がれず写真は先週の別写真です。






陽だまりで毛づくろい 皆さんはパソコンは得意ですか?僕はどう贔屓目に見ても得意とは言えません。
二日酔いも恥ずかしいですが、今回のアップが1日ずれてしまったのは痛恨の極みです。大袈裟なようですが僕にとってはそうではありません。それは今回は順調に準備が進み満を持してというほどでもありませんが、12月14日にアップできるように準備を進めてきました。ところがほんのわずかな部分を残していたところで、一体どういうことでしょうか?これまで作ってきたHTMLが全て消えたのです。
詳しく書くと悔しい気持ちがまた湧き起ってきます。。昨日はショックで続ける気力がなく、今日一からやり直しです。


さて、今回はディジー・ガレスピーの入門第3回です。



第77回 Dizzy Gillespie 1940・41”

 
「キャブ・キャロウェイ・バンド」で演奏するディズ 後列左端 ディジー・ガレスピー入門第3回は1940、41年を見て行こうと思う。ディスコグラフィーには1940年の録音の記載がない。これは不思議なことだ。
僕の最も信頼するジャズ評論家粟村政昭氏はその著『モダン・ジャズの歴史』でディズの初吹き込みにふれたあと次のように記している。
「テディ・ヒルの許を離れた後、ディジーはキャブ・キャロウェイの傘下に加わり結局39年の秋から41年9月まで在団してここを追われた。」
この「追われた」事情については後に触れるとして、粟村氏によれば、この当時ディズの興味はもっぱら新しいハーモニーの探究にあって、楽器を十分に鳴らすということについては、比較的関心が薄かったといわれる。もちろんこれは、彼がこうした基本的な修練をないがしろにしていたということではなく、何が第一関心事であったかという比較の問題であろう。いじれにしろ、「グッド・トーン」ということが最優先したスイング時代にあっては、こうしたディズ流の考え方が、第一線の連中のそれとかなりかけ離れたものになっていたことは事実であろうと記している。
その例として、当時同じキャブ・キャロウェイ楽団の大スターであったチュー・ベリーは、コマーシャル・バンドのリーダーであったフレディ・マーチンのテナーを良い音をしているという理由だけで高く買っていたという。それだけに彼がキャブのバンドの中にミルト(ン)・ヒントンというよき理解者を見出し得たということは、彼自らの働きかけがあったにせよ幸運な配偶であり、この当時ディズはヒントンと図って、しばしばステージの上で日頃の研鑽の成果を試みたという。しかしリーダーのキャブはこうしたディズのプレイを嫌って、「チャイニーズ・ミュージック」と呼んで冷笑したという話が伝わっているが、その割には何度も彼にソロの機会を与えており、ディズがキャブの下で吹きこんだ64曲のスタジオ録音のうち、計10曲に彼のソロを聴くことができるという。
この粟村氏の記述は、ディスコグラフィーにキャブ・キャロウェイのバンドでの録音が載っていないことの要因が見落としではないかと思わせるに十分である。
ディズ自身の理想なり関心なりがどうであれ、ジョナ・ジョーンズが加入してからのキャロウェイ楽団は、録音に臨んではもっぱらジョーンズにトランペット・ソロを取らせるようになった。もしキャブとの衝突が無く「追われる」ことがなかったとしても、彼が引き続きそこに留まったかどうかは大いに疑問である。ただ、パーカーと違って生来ビッグ・バンドでプレイすることを好んだディズは、キャブのバンドが一流のオーケストラであったことは十分承知していたであろうし、その点での失着が全くなかったとは言い切れないだろう。
忘れないうちに「追われる」原因を書いておこう。ただこれは資料によって若干の相違がある。
ある資料は、ディズの唾がキャブに当たったことで腹を立てたキャブがディズを解雇するが、これに怒ったディズは、持っていた小型ナイフで刺してしまった、という記述があり、また一方ステージ上演奏中キャブが譜面の束を誤ってディズの椅子の上においてしまった、これを自分に対する嫌がらせと思ったディズは日頃のわだかまりもありついに我慢が出来ず小型ナイフでキャブに突きかけ、ナイフはキャブの足に刺さってしまった云々…。
真相は僕などの知るところではないが、僕はこの話を初めて読んだとき、何度か来日公演を見(テレビでだが)、ユーモアたっぷりで愉快なオジサン風のディズが人をナイフで刺すなどとはとても信じられなかった。ともかく2人の間には以前から軋轢があったことは確かであろう。

しかしいかなる事情があるにせよ、所属するバンドのリーダーを傷つけるということは、その後の音楽活動に支障が出て当然と思われるのだが、ディズは翌42年6月にはレス・ハイト楽団で、7月にはラッキー・ミリンダ楽団で吹込みに参加していることからこの事件のマイナス面での影響はそれほど大きくなかったと見て差し支えないと思われる。
さて、先述したように粟村氏はディズはキャブ・キャロウェイ楽団在団中に4曲ものレコーディングを行っているが、僕が保有しているのは、レコード2枚に収録されている9曲のみである。僕は、それほどキャロウェイ時代のディズの録音を探し回ったわけではないが、現在ではそれほど見かけないような気がする。粟村氏はキャロウェイ時代の録音の内ドン・レッドマンがアレンジした“Cupid’s nightmare”や“Hard times”辺りのソロが有名だというが、残念ながら持っていない。「チュー」に収録されている”Topsy Turvy”には“Hard times”という副題が付いている。もしかするとこの曲がそうかも?ただこれらも全体としてはまだまだロイ・エルドリッジの亜流といった線が強く、後年の改革を思わせる鋭さは、いまだ表面には表れていないと粟村氏は評している。

<Cab Calloway and his orchestra Personnel>

Cab CallowayBand leader & Vocal
TrumpetDizzy GillespieMario BauzaLammar Wright
TromboneTyree GlennQuentin JacksonKeg Johnson
Alto saxHilton JeffersonAndrew Brown
Tenor saxChu BerryWalter Thomas
Baritone sax&ClarinetJerry Blake
GuitarDanny BarkerPianoBenny Paine
BassMilt HintonDrumsCozy Cole


「キャブ・キャロウェイ/ブーグ・イット」レコード・ジャケット レコード 帖屐Boog-it”/Cab Calloway and his Orchestra」Green line records Jazz&Jazz JJ-607(輸入盤)
“Boog-it”は1989年[made in E.E.C.]と記載されている。[E.E.C.]という国名は聞いたことが無い。どうも[E.E.C.]とはあの「欧州経済共同体」のことのようで特別国名の記載がない。

<Contents>

A面
3.チョップ、チョップ、チャーリー・チャン (Chop,chop,Charlie Chan)
4.ブーグ・イット (Boog-it)
B面
5.ブルース・イン・ザ・ナイト (Blues in the night)
6.セイズ・フー?セイズ・ユー、セイズ・アイ (Says who ? says you , says I)

さて、今回取り上げる2枚のアルバムの内“Boog-it”と”Chu”についてみて行こう。“Boog-it”はキャロウェイ名義で1989年に発掘盤として世に出たようだ。[made in E.E.C.]と記載されている。[E.E.C.]という国名は聞いたことが無い。どうも[E.E.C.]とはあの「欧州経済共同体」のことのようで特別国名の記載がない。熱心なヨーロッパの研究家に復刻であるかもしれない。


「チュー・ベリー/チュー」レコード・ジャケット レコード◆帖"Chu"/Chu Berry」レコード…Epic EE22007(輸入盤 モノラル)
一方”Chu”は、コールマン・ホーキンス、レスター・ヤング、ベン・ウエブスターなどと並び称される実力を持ちながら、33歳という若さで夭折したチュー・ベリーが自己名義のコンボと遺した録音に、テディ・ウィルソン、キャブ・キャロウエィ在団中に行った録音をプラスしてLP化したもの。このキャロウェイ楽団在団時代にディズも在団した時期が重なり、このLPに収められることになった。もともとはキャロウェイ名義の録音である。
左の「チュー」はアメリカで復刻された時のジャケットで右はオリジナルのジャケットを使ったCD復刻盤である。このオリジナルのイラストが良いと思いませんか?僕の大好きなジャケットである。30年代アメリカで「漫画王」と言われたウィリアム・スタイグ氏によるもので、Epicレーベルに同じテイストのジャケット作品を何点か書いています。スツールに腰かけた猫が何とも言えません。
こういうジャケットを見るとオリジナルが欲しいなぁと思います。因みにウィリアム・スタイグの息子ジェレミー・スタイグはフルート奏者でビル・エヴァンスとの共演盤がつとに有名です。現在は日本に住んでいるそうです。

<Contents>

B面
4.トプジー・ターヴィー (Topsy turvy)
5.カム・オン・ウィズ・ザ・カム・オン (Come on with the “Come on”)
6.ア・ゴースト・オブ・ア・チャンス {(I don’t stand)a ghost of a chance (with you)}
7.ロンサム・ナイツ (Lonesome nights)
8.A列車で行こう (Take the “A” train)

ということで9曲を収録順に並べると、
No.曲名録音日アルバム
1”Chop,chop,Charlie Chan”1940年3月8日Boog-it
2”Boog-it”1940年3月8日Boog-it
3”Topsy turvy”1940年5月18日Chu
4”Come on with the “Come on””1940年6月27日Chu
5”(I don’t stand)a ghost of a chance (with you)”1940年6月27日Chu
6”Lonesome nights”1940年8月28日Chu
この間トランペットのマリオ・バウザがジョナ・ジョーンズに替わっている。
8”Says who ? says you , says I”1940年9月10日Boog-it
9”Take the “A” train”1941年7月3日Chu
7”Blues in the night”1941年9月10日Boog-it
である。

.船腑奪廖▲船腑奪廖▲船磧璽蝓次Ε船礇鵝 Chop,chop,Charlie Chan)
キャロウェイ作。ヴォーカルもキャロウェイ。「チャーリー・チャン」と普通に言えば、アメリカの作家アール・デア・ビガーズが作り出したハワイ・ホノルル警察に勤める中国人探偵のことでしょう。もともとは小説の様ですが映画化されヒットしたようです。ただ、ジャズ界において”チャーリー・チャン”といえば契約の関係で名前の出せないチャーリー・パーカーが「ジャズ・アット・マッセイ・ホール」で語った名としても有名だ。
まぁ、あまり堅苦しく考えず当時流行していた「チャーリー・チャン」にまつわるユーモラス・ソングと思おう。途中でキャブが中国人をマネしてニセ中国語を語ると思われるところがある、こういうところはアメリカでも大受けしたのだろうか。日本でいえばタモリのような中川家のような…。
ヴォーカルがほとんどだが、途中で入る短いソロ、Tsはチュー・ベリー、Tpはディズという。

▲屐璽亜Εぅ奪函 Boog-it) from “Boog-it”
これもキャブのヴォーカル中心の曲。ここでも短いソロが入るが、Tsはウォルター・トーマスでTpはマリオ・バウザだという。

トプジー・ターヴィー (Topsy turvy(Hard times))
先述したがこの曲には“Hard times”という副題がついている。このソロが誰か記載はないが、ディズが吹いていて当時評判だったかもしれない。。確かにこの曲は他に比べると歌部分が短くソロが少しだけ長い。吹いているのはディズとチュウーか?どちらかと言えばチューの方が吹けている感じがする。

ぅム・オン・ウィズ・ザ・カム・オン (Come on with the “Come on”)
ソロの記載はないがTsはチューなのだろう。Tp、Clのソロもあるが誰か不明。

  ゥ◆Ε粥璽好函Εブ・ア・チャンス {(I don’t stand)a ghost of a chance (with you)}
これはチューの代表的名演として有名なもの。歌はなく全篇チューのテナーがフューチャーされる。

Ε蹈鵐汽燹Ε淵ぅ帖 Lonesome nights)
これも全篇チューのテナーがフューチャーされ名演に数えられたもの。サックスを中心としたアンサンブルも素晴らしい。

Д屮襦璽后Εぅ鵝Ε供Ε淵ぅ函 Blues in the night)
ハロルド・アーレンとジョニー・マーサーのコンビによるスタンダードナンバー。「夜のブルース」という邦題が付いている。ここでイントロのTpを吹くのはジョナ・ジョーンズである。ディズは干されかかっていたのかな?典型的なアメリカのバンド・ショウという感じがする。ここからTpのマリオ・バウザがジョナ・ジョーンズに替わっている。粟村氏によればジョナ・ジョーンズが加入後はジョーンズにソロを取らせたというのでこの曲以降はソロはジョーンズか?

  ┘札ぅ此Ε奸次セイズ・ユー、セイズ・アイ (Says who ? says you , says I)
これもアーレン=マーサーのコンビによる作品。キャブの歌物。

A列車で行こう (Take the “A” train)
言わずと知れたエリントン楽団の大ヒット曲。ディズを中心に見るならば特にどうということはないかな。

今回は39年から41年にかけてのディズを僕の限りなく少ない音源を整理してみた。時期はキャブ・キャロウェイ楽団在団中に当たる。結局ディズはキャロウェイの許を刃傷沙汰を起こして去るわけだが、僕はキャブ・キャロウェイという男とディジー・ガレスピーという男は似た者同士であるような気がしてならない。似た者同士のいがみ合いは、時としてヴァイオレントなものになってしまうことがある。

このWebサイトについてのご意見、ご感想は、メールでお送りください。
お寄せいただいたご意見等は本文にて取り上げさせていただくことがあります。予めご了承ください。

第78回2014年12月21日

ロバート・グラスパー 「キャンヴァス」

ご覧いただきありがとうございます。定年オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。


先週は台風並みに発達した低気圧と強烈な寒波が押し寄せ、北日本だけではなく関東地方の南部を除いた広範な地域で大変な大雪そして吹雪に見舞われたようです。僕の住む辺りもこの冬一番の寒さを記録し、通勤途中水たまりに氷が張っているのを見ました。近くの森も一気に冬枯れの風情です。
テレビなどでは最近「天気予報」と言わず「気象情報」と言うようになっていますね。いつごろ変わったのでしょうか?迂闊な僕にとっては気が付いたら変わっていた感じです。
ところで今現在テレビの気象情報で「今朝は真冬並みの寒さです」とアナウンサーがよく言っていますが、今12月中旬は「真冬」ではないのでしょうか?いつになったら真冬なのでしょうか?





「おやじ」辛っ風ラーメン 味卵入り こんな寒い日は暖かいどころではない、熱いラーメン、それも味噌ラーメンが食べたくなり、近隣で評判の高い「おやじ」というラーメン屋さんに出かけました。辛いもの好きのわが夫婦定番の一品「辛っ風ラーメン」(辛みそ仕立て)味玉追加(¥1,000)をいただきました。こってり濃厚なスープに野菜がいっぱいでお腹もいっぱい、芯から温まります。









「ヘレン・メリル」LPジャケット 前々回”Helen Merrill”の回で少しだけレコードのオリジナル盤に付いて触れました。全く詳しくないのですが、レコードのこと、ジャズのことなどに関して思うことを少しずつ書いていきたいと思います。
僕は、「何をおいても先ずジャズ」というほどの熱烈なジャズ・ファンではありません。しかしこんな僕でもジャズに関して望みというのは「良い演奏を良い音で聴きたい」ということに尽きます。多くのジャズ・ファンの方も基本的にはそう思っているのではないでしょうか?もちろんでは何が「良い演奏」か、何が「良い音」かについては好みや考え方があり一様ではありません。つまりその人なりの「良い演奏」を「良い音」で聴きたい、そしてさらには音量も自由度を持って(場合によっては大音量で)聴きたいということ尽きるのではないでしょうか?
この「良い演奏」に我々ファンは直接関係することはできません。我々ができることは「良い演奏が入っているソフト、つまりレコードやCDを選んで買う」ことだけです。何をどう選ぶかはもちろん難しいことですがとても楽しいことでもあります。
では「良い音」は?これは残念ながらほとんどお金で解決できます。そして誠に残念なことは「ほとんどお金でしか解決できない」というです。





第78回 Robert Glasper ”Canvas”

  2005年5月14、15日 ニューヨーク・ブルックリンにて録音
CD…Blue Note Records UCCQ-9011
「ロバート・グラスパー/キャンヴァス」CDジャケット 11月に入ったある日一通のDMが届いた。ヨドバシカメラからのもので内容は「お手持ちのポイントが2500あり、11月30日に失効します」というもので、そのポイントは2500円分だという。何も電気器具で欲しいものはないというわけではないが、電気器具はある程度値段が張るものであり、2500円という金額はそれほどの足しにはならないなぁと思いつつギリギリの11月28日近くのヨドバシカメラに赴いた。
CD=ROMでも買おうかUSBでも買おうかと思っていたが、CD=ROMをUSBメモリーも割と間に合っている状態で、どうしようかと思っている時にふと音楽ソフト、つまりジャズのCDも売っているのではないかと思い売り場に行ってみると、かなり狭くいかにも力が入っていない感じだが(無理ないと思う)確かにそのコーナーはあった。
再発盤のCDはほとんど持っているものばかりだったので、自分にとっては新しい、全く知らない新人たちのCDを買ってみることにした。その1枚が今日ご紹介するロバート・グラスパーの『キャンヴァス』である。新しめのピアノ・トリオを聴いてみたかったのだ。全篇ピアノ・トリオではないので、変化もあっていいかなとも思ったのだ。そんなこんなで年末に近い時期に珍しく新譜を買うことになったのである。
僕はこのCDを買うまでロバート・グラスパーというピアニストを全く知らなかった。そしてこの作品はグラスパー2枚目、ブルーノートに移籍後第1弾であるという。

<Personnel>

ロバート・グラスパー Robert GlasperPiano
ヴィンセント・アーチャーVincente ArcherBass
ダミオン・リードDamion ReidDrums
ゲスト

マーク・ターナーMark TurnerTenor sax…2,8 only
ビラルBilalVocal…7,10 only

<Contents>

1.ライズ・アンド・シャイン (Rise & shine)
2.キャンヴァス (Canvas)
3.ポートレイト・オブ・アン・エンジェル (Portrait of an angel)
4.イノックズ・メディテーション (Enoch’s meditation)
5.センタールード (Centerlude)
6.ジェリーズ・ダ・ビーナー (Jelly’s da beener)
7.チャント (Chant)
8.ライオット (Riot)
9.ノース・ポートランド (North Portland)
10.アイ・リメンバー (I remember)


ズバリ、どう思うか?「あまり面白くない!」
次の機会に”Robert Glasper”のCDを買うか?「買わない!」
これが僕の評価を究極にまとめるとそうなる。僕のような一介のジャズ・ファンにとっては次買うか買わないかが全てである。ただそれだけでは身も蓋もないのですこし思うところを述べてみよう。
このCDは”Jazz The new chapter”シリーズのうちの1枚のようで、の帯には「ジャズの革新は既に始まっていたのだ。ループ感のあるビートがモーダルなアコースティックのジャズの中に込められ、ゴスペルの響きと共存している」という宣伝文が書いてある。よく分からないが凄そうだと思ってしまった。そもそも”Jazz The new chapter”シリーズには、余りストレートっぽいジャズのCDが見当たらなかったのだ。そしてポイントの関係でそこで買わなければならない売り場には、ジャズの新しいシリーズはこれしかなかったのである。
ライナーノートを書かれている柳樂光隆氏によると、グラスパーはジャズとヒップホップの間で丁寧に入念に実験を行ってきたそうで、先ずジャズの世界で結果を残そうと思い前作(”Mood”…未聴)と本作を録音したそうだ。もしその通りなら、ジャズの表現に一生をささげたかつての巨人たちに対して、彼は目指すところは違うところにあるが一丁ジャズでもやっておくかということか?ジャズもナメられたものである。結果として立派なジャズの演奏とはなっていないと思われる。彼が目指しているものが何なのかはCD1枚買っただけの僕にはよく分からないが、もしそれがジャズではないなら僕には全く対象外の人ということになる。
しかしこれが新しいジャズなのだという人もいるであろう。グラスパーの考える新しいジャズがもしヒップホップとジャズの融合であるならば、やはりそれはジャズではないので新しい言葉なりを考える必要があるだろう。僕はヒップホップがダメといっているわけでも、ジャズと融合を図ってはダメといっているわけではない。そういう試みにトライしたい人はやればいいと思う。
長々と書いてしまったが、要するにジャズを聴きたいと思ってショップのジャズ・コーナーで買ったCDがジャズではなく、ヒップホップとの融合を図った新しい世代のジャズですと言われてもなぁ、僕の聴きたいのはヒップホップとの融合を図らない純粋なジャズだし…ということだ。
少し演奏に触れる手おこう。

ハービー・ハンコック作の8.「ライオット」を除いて全てグラスパーのオリジナル。メロディーがしっかりある曲というよりブレイクを多用してノリを作り出そうとしているように見受けられる。しかし最近の曲としてはメロディアスな方なのかもという思いもある。僕は最近のジャズの作曲の傾向を知らないがそういうものなのだろうか?どうも本筋では気がするのだが。
グラスパーは、ソロにおいて左手と右手がユニゾンで同タイミングで弾いていく箇所が何カ所かあり相当なテクニックがあることを感じさせる。確かに面白いとは思うが、その弾いていくメロディー・ラインがどうかというと特に感心するものはないといわざるを得ない。
ドラムに関して言えば、従来の4ビートは意地でも叩かない、従来の4ビート・ノリを演ったら名折れだとでも思っているかのごとき演奏。多分をそれを新しいと思っているのだろう。大変な技量の持ち主と思うが、なぜかストレートにグルーヴを出すことに臆病な感じがする。
ベースも重低音中心で強烈なビートを紡ぐが、ラインを弾かない。僕はベーシストの技量というのは、速弾きではなくどんなラインを紡ぎだすか、どうソロイストの奏でるメロディーに絡むかだと思っているのでこういうベースは肌に合わない。
そもそも三者が一体となってグイグイと弾き込んでいくという展開をしない。そういう展開は古いと思っているような節が感じられることがとても残念だ。
タイトル曲の2.キャンヴァス (Canvas)は、グラスパーのオリジナルということになっているが、どこかで聴いたことのあるメロディーだ。これがオリジナルだとしたら本CD中では一番の曲だと思う。これもブレーク中心に組み立てられた曲だと思うが、テナーのマーク・ターナーが加わりピアノ・ソロの後ソロを取る。
ピアノがゆったりと弾くのと対照的にBとDrは倍テンポでバッキングを行ったりと変化をつけていると思われる曲もあるが、特に三者が協調しているわけでもないので、効果は生まれていない。 7.チャント (Chant)では、カリンバを弾き多彩な処を見せる。しかし暗いメロディーである。暗いだけで優れたメロディーというわけではないので、やりきれなさだけ残る。
唯一のカヴァー曲8.ライオット (Riot)が、全体として最も優れた曲だと思ってしまう。右手でフェンダー・ローズを弾き左手でピアノという多彩さを見せるが、多彩なだけで逆にハービー・ハンコックの偉大さが分かってしまう結果となった。テナーのマーク・ターナーが頑張っているのだが、ハービーに比べて聴き落ちする。
10.アイ・リメンバー (I remember)はシンガーだった母親の歌いっぷりをサンプリングして始まる。母親は典型的なR&Bシンガーだったのだろう。そちらの方が聴きごたえありそうだ。

かなり厳しい評価のようだが、ジャズとして聴けば正直面白くなく、こう評価せざるを得ない。そもそも僕はグラスパーをジャズ・コーナーで売るということについて疑問を抱いている。ジャズ・コーナーで売っているから、昨今の音楽シーンに疎い僕が間違えて買ってしまったということだろう。

このWebサイトについてのご意見、ご感想は、メールでお送りください。
お寄せいただいたご意見等は本文にて取り上げさせていただくことがあります。予めご了承ください。

第79回2014年12月28日

スティーヴ・マーカス 「トゥモロウ・ネヴァー・ノウズ」

ご覧いただきありがとうございます。定年オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。


毎日寒い日が続きます。さすがに僕の住む辺りの森もすっかり冬枯れの風情となりました。
いよいよ年の瀬です。皆さんは今年はどんな1年でしたか?僕は結構激動の年でした。僕は本来名が示すように「のたり、のたり」と過ごし、年の瀬に1年を振り返って見れば「特に何もない1年だったな」というような過ごし方を望んでいるのですが…。
今年も残すところあと3日となりました。インフルエンザが大流行の兆しを見せているようです。お互い体には気を付けて新しい年を迎えましょう。と今年最終更新めいたことを書きましたが、何とかもう1回更新したいと思っています。






丸の内イルミネーション 勤務先の近くで行われていたイルミネーションです。話題の中心は開業100年を迎えた東京駅のイルミネーションで、たくさんの人が訪れているようです。僕は人ごみが苦手なので夕方「丸の内 イルミネーション」が行われている仲通を少し歩いただけで、早々に退散しました。










訃報 ジャック・ブルース…10月25日逝去

クリーム時代のジャック・ブルース 今年も残念ながら多くの素晴らしいミュージシャンが亡くなられました。出来るだけ僕の知っている範囲でお伝えしようと思っていましたが、この方を取り上げていませんでした。ベーシストのジャック・ブルースです。10月25日サフォークの自宅で亡くなりました。死因ははっきり書いていませんが、肝臓を患っていたそうです。享年71歳でした。
今思い返せばスパムメールとPCのディスプレイの故障で心が折れている時に重なっていました。
ジャック・ブルース(Jack Bruce)は1943年5月14日に今年独立問題で揺れたイギリス・スコットランドに生まれ、王立スコットランド音楽演劇アカデミーでチェロと作曲を学んでいましたが17歳で脱落、グラスゴーを離れロンドンの音楽シーンに身を投じました。
世界的に有名になったのは、何といっても1966年にギターのエリック・クラプトン、ドラムのジンジャー・ベイカーと結成したクリーム(“Cream”)を結成してからです。ロック・ファンで知らない人はいないベーシストとなりました。 僕が彼を知ったのもやはり“Cream”の時で、ギター・ソロのバックなどでのべつまくなく弾きまくるソロのようなベース・プレイを聴いて「こんなプレイもあるのか」と驚いた記憶があります。
クリームのベスト盤CD 何年か前のロック・ミュージックの歴史みたいなテレビ番組で、クリームの大ヒット曲「サンシャイン・オブ・ユア・ラヴ」はこうして生まれたというエピソードでウッド・ベースを弾いているのを見、余りにも様になっているので驚いたのですが、元々はジャズ・ミュージシャンと聞いて納得しました。そういえば左の写真でもフレットを抑える左手の指使いがウッドベースっぽいですよね。1962年ピアニストのマイク・テイラー、ジンジャー・ベイカー、グレアム・ボンドとドン・レンデルのジャズ・バンドに参加していたそうです。
クリームで大当たりをとったが当時からメンバー間の不仲は有名で解散は時間の問題とみられていましたが、その通り1968年末に”Cream”は解散します。その後はジョン・マクラグリン、トニー・ウィリアムスのライフタイムなどジャズ・ミュージシャンとも共演を行っていました。
低音部をうねるように常に鳴り響くベースは当時数多くのミュージシャンに影響を及ぼしたと思います。




第79回Steve Marcus ”Tomorrow never knows”

  1967年10月31日録音
CD…WPCR-27045(ワーナー・ミュージック・ジャパン/JAZZ BEST COLLECTION) もともとのレコードはVORTEX-2001.
「スティーヴ・マーカス/トゥモロウ・ネヴァー・ノウズ」CDジャケット

<Personnel>

スティーヴ・マーカスSteve MarcusrTenor & soprano sax
ラリー・コリエルRally Coryell Guitar
マイク・ノックMike NockPiano
クリス・ヒルズChris HillsBass
ボブ・モーゼズBob MosesDrums
ハービー・マンHerbie MannProducer

<Contents>

1.霧の8マイル (Eight miles high)
2.メロー・イエロー (Mellow yellow)
3.リッスン・ピープル (Listen people)
4.レイン (Rain)
5.トゥモロウ・ネヴァー・ノウズ (Tomorrow never knows)
6.ハーフ・ア・ハート (Half a heart)


そう言えば僕がジャズを聴きはじめた68、69年頃には「ジャズ・ロック」だったか「ロック・ジャズ」だったかという言葉があり、これぞ現代の若者の音楽みたいに喧伝されていたものだった。
当時のロック界はヒッピー、サイケデリック、フラワー・ムーヴメントの時代であり、ジャズはマイルス・ディヴィスの「イン・ア・サイレント・ウェイ」から「ビッチェズ・ブリュー」に至る時期でありケバケバしさが尊ばれた時代であった。その時代に登場してきたのがジャズとロックの融合を図る「ジャズ・ロック」といわれた音楽であり、その旗手と目されたのがスティーヴ・マーカスである。そして今回はその初リーダー作「トゥモロウ・ネヴァー・ノウズ」を取り上げてみよう。
実は僕が最初に買ったスティー・マーカスの作品は第2作の「伯爵とロック」である。何故こちらを買ったかというとこちらが処女作と間違えていたのだ。発売されてすぐ購入した記憶がある。「トゥモロウ・ネヴァー・ノウズ」の存在を知った時は「あぁ、第2作が出たのだな」と逆に思っていた。
年の瀬の今、今年を振り返りそういえばジャック・ブルースの訃報を取り上げて無かったなぁと思い、彼の経歴をざっと見て行ったとき彼は元々ジャズ・ミュージシャンだったということを読んだ。僕は彼がジャズを演っていたというクリーム以前の演奏は聞いたことが無い。彼が演っていたのはストレート・アヘッドなジャズかロックっぽいジャズかは知らないが、そういえば昔「ジャズ・ロック」というのがあったなあと思いついたのが今回のスタートである。
因みに僕が持っているのは、2012年にJAZZ BEST COLLECTIONという再発シリーズで発売されたCD(¥1,000)である。僕は高校時代「伯爵とロック」がデビュー・アルバムと思い込んでいた。さらにその後本作を作成した後ほとんど新譜のニュースなどを聞かなかったので、アルバム2枚で消えて行った人と勝手に思い込んでいたがどうもそうではないらしい。
CD解説の岡崎正通氏によると、このスティーヴ・マーカスという人は、ボストンのバークリー音楽院の出身で、卒業後にプロのミュージシャンとして活動を始めたという。63年にスタン・ケントン、67年にウディ・ハーマンの楽団に加わっていたというからジャズ・マンとしては大変オーソドックスなスタートを切った人ということができる。彼はこう言ったオーソドックスなプレイをする一方で、より冒険的なアプローチにも意欲を見せ、ロックのビートやサウンドを積極的に取り入れたプレイを行っていたという。
こう聞くと少し前の時代、ギターのチャーリー・クリスチャンをはじめとするバッパーたちは自分の稼ぎ場所であるビッグ・バンド(クリスチャンの場合はベニー・グッドマン)でプレイする時は、大人しくリーダーの指示に従ってスイング・ビートを刻み、仕事が跳ねるとミントンズ・プレイハウスのようなジャム・セッションの行われる場所に赴き心行くまで自分の志向する音楽のプレイを同志の仲間たちと競い合って楽しんでいたという話を思い出す。同じような感じだったのだろうか?それともマーカスはビッグ・バンドにいる時も斬新なプレイを行っていたのだろうか?
ともかくそんな彼に注目したのが当時トップ・フルート奏者として大いに人気を得ていたハービー・マンだったという。マンは自身のバンドにマーカスを迎え入れるとともに、レコード会社アトランティックの傘下に設立した”ヴォルテックス”レーベルで本作を制作し、同レーベルの第1弾として世に送り出した。このクの傘下に設立した”ヴォルテックス”というレーベルはマンが発掘した新人の発表の場という位置づけを持っていたという。マンもアトランティックの社長に見込まれたものである。またマーカスはマンに見込まれたものである。
ところでこういう時によく使われる「斬新な」という言葉がある。僕は先ほど使った。ではマーカスのプレイがどれほど「斬新」だったかというと僕の聴いた感じでは全くではないがそれほど「斬新」でもないのである。この68年という年の前にアルバート・アイラーの諸作があり、コルトレーンもファラオ・サンダースと組んでフリーキー・トーンを連発していたので、ちょっとやそっとでは「斬新」とは感じなくなってきている。
では何が「斬新」だったかと言えば、マーカスのプレイではなくそのサウンド、レコードに刻み込まれた音楽の全体的なサウンドが「斬新」だったのだと思う。もちろんこれまでも8ビートのジャズというのはあった。例えばリー・モーガンの[サイドワインダー]などだが、それらはあくまで「ロックに多い8ビートを使ったジャズ」だったのに対し、このレコードのプレイは完全にロックなのである。言い換えれば「ジャズっぽいサックスが乗っかったロック」なのである。では、ジャズではないのではないかとそうなのだろう。だから「ジャズ・ロック」なのだ。看板に偽りなしである。しかしこれまでそういった音楽は良し悪しは別にして、僕の知る限り(かなり狭いが)なかった。
このアルバムで「斬新な」プレイを記しているのは何といってもギターのラリー・コリエルであろう。彼の大胆でスリリングなプレイは特筆されてよい。コリエルとベースのクリス・ヒルズ、ドラムのボブ・モーゼズは”Free Spirits”のメンバーであった。この”フリー・スピリッツ”というバンドがどんなバンドだったかは申し訳ないが未聴で分からない。
コリエルに次いではピアノ、キーボードのマイク・ノックのプレイが注目される。彼はこの後フュージョン・バンドの先駆けと言われる”フォース・ウェイ”を結成するに至る。直接関係ないが、僕は2011年東京ジャズでマイク・ノック・トリオ+日野皓正というギグを見た。ノックが皆に「先生」的な扱いをされるのを目にして意外な感じがした。


どうでもいい情報はここまでにして具体的に曲を聴いていこう。6曲目ゲイリー・バートン作の”Half a heart”以外すべてカヴァー、それも原曲はロック系アーティストによるものである。因みにスタジオ録音当日コリエルが参加していたバンドのリーダーであるゲイリー・バートンが遊びに来ていてタンバリンを叩いているという。

「ハーマンズ・ハーミッツ/リッスン・ピープル」シングル盤 1.霧の8マイル (Eight miles high)
アメリカのフォーク・ロック・グループ「ザ・バーズ」の1966年のヒット曲。ヒルズのベースで始まる。初めの部分のタンバリンがもたつくが「プロらしくないなぁ」と思っていたらゲイリー・バートンが叩いていると聞いて納得した。ここでのマーカスの激しい斬新なテナー・ブロウが聴ける。解説の岡崎氏は「単に8ビートを使っているというだけではなく、高いレベルでのジャズとロックの融合を見せた演奏」と高い評価を示している。確かに聴き応えがある。

2.メロー・イエロー (Mellow yellow)
イギリスのフォーク・ロック系のシンガー・ソングライターである「ドノヴァン」の1967年のヒット曲。僕が中学生の頃ヒット・チャートに登っていた。曲の出だしはドノヴァンのヴァージョンと同じと思う。マーカスは淡々とメロディーを吹き進み、ノックとコリエルが雑音的な音で絡んでいき、さらにフリーキー・トーンでマーカスがおヴァ―・ダビングしたサックスが絡んでいく。岡崎氏は「面白い企画」というが、それ以上ではない。

「ビートルズ/ペイパーバック・ライター」シングル盤 3.リッスン・ピープル (Listen people)
これもイギリスのアイドル系バンド「ハーマンズ・ハーミッツ」の66年のヒット曲。僕はシングル盤を持っている。マーカスはソプラノ・サックスで抒情的に歌い上げていく。しかし抒情的に歌い上げていくだけだと、イージー・リスニングと変わらないものが出来上がってしまう。

4.レイン (Rain)
「ザ・ビートルズ」の66年の作品。大ヒット・シングル「ペイパーバック・ライター」のB面として発売された。これもシングル盤を持っている。もともとが少し変わったメロディーを持った曲でマーカスの激しい咆哮が聴きどころとなっている。コリエルのギター・ソロは単音ではなく和音中心に激しく迫る。

「ビートルズ/リヴォルヴァー」LP盤 5.トゥモロウ・ネヴァー・ノウズ (Tomorrow never knows)
これもザ・ビートルズの作品。1966年発表の問題作LP「リヴォルヴァー」B面ラストのナンバー。ポール・マッカートニーが「エレクトリックのある種限界接近しようと狙ったもの」と言っているように、強烈なビートに乗って、テープの逆回転や一端切り刻んだ録音済テープを再度順不同に繋ぎ合わせるなど当時世界を驚かせた曲。ビートルズほど重たく強烈なビートではなく、ベースとドラムがキープする中ギターがこれも激しく弦をかきむしる、一転ノックはリリカル目のソロを展開するが、ノックのプレイにはフレーズ、一連の流れが感じられず僕は評価しない。続いてマーカスがソプラノ・サックスで登場、何となくコルトレーンぽい吹きっぷりである。

6.ハーフ・ア・ハート (Half a heart)
やはり曲自身がジャズのフィーリングを漂わせている。マイク・ノックのキーボードを大きくフューチャーしている。ノックは色々なアタッチメント使い音色と表情に変化を作り出しているとするが、聴いていて面白くはない。


いつも思うことだが、こういうアルバムなどでいわれる「ジャズとロックの融合」だが、どうなれば「融合した」というのだろう。定義などないことは十分に承知しているが何らかの基準がないと、場当たり的に評論家任せでいいのかという気がする。

このWebサイトについてのご意見、ご感想は、メールでお送りください。
お寄せいただいたご意見等は本文にて取り上げさせていただくことがあります。予めご了承ください。

第80回2014年12月31日

スティーヴ・マーカス 「伯爵とロック」

ご覧いただきありがとうございます。定年オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。


2014年最後の更新となります。何とか間に合いました。前回からの引き続きスティーヴ・マーカス、ジャズ・ロックとなります。年の瀬にふさわしい選択かというとちょっと疑問ですが…。
僕は特に何の計画もなく行き当たりばったりでレコードやCDを選んで取り上げてきました。ただこの年になって分かったことは、自分は計画というものを立てない人間ではなく、計画を実行する能力に欠けた人間だということです。計画は立てるのです。どちらかと言えば、どんなことにでも計画を立てるタイプの人間ですが、一度立てたからにはなんとしても実行しようという気構えというのがありません。何の自慢にもなりませんが…。
そんなことなので来年も今年と同じように脈絡なくレコードやCDを取り上げ勉強していくと思います。是非ともご覧いただき叱咤激励をいただければ幸いです。来年もよろしくお願いいたします。

皆さまに取りましても良い年になりますように。










初詣を待つばかり 皆さんはどんな年越しをお過ごしですか?僕は仙台市の出身です。仙台市全体がそうなのか僕の家だけがそうだったのかわかりませんが、まず12月30日は「お年取り」といって家族全員が集まり、ごちそうを食べます。我が家は僕の子供の頃は何故か毎年「すき焼き」でした。昨晩は長女夫婦と孫が来てくれ、皆で「すき焼き」をいただきました。
そして12月31日の大みそかは必ず「なめたガレイ」(鰈の種類)という魚の煮つけを食べます。最近大晦日を仙台で迎えたことが無いので最近の状況は分かりませんが、仙台では29日頃からこの風習を当て込んで魚屋では「なめたガレイ」が高騰します。一切れ¥2,000というような値段になったこともあります。それでも大晦日に「なめたガレイ」は欠かせないのです。高ければ高いなりにこの魚を買えるほどには幸せな年を過ごせたという安堵感があるのだと思います。関東地方で正月を迎えるようになり、「なめたガレイ」を売っているお店が少ないことに驚きました。最近は近所でも売っているお店があり助かっています。しかしその値段の安さに驚きますが。




第80回Steve Marcus ”Count's Rock Band”

  「スティーヴ・マーカス/伯爵とロック」レコード・ジャケット

<Personnel>

スティーヴ・マーカスSteve MarcusrTenor & soprano sax
ラリー・コリエルRally Coryell Guitar
マイク・ノックMike NockPiano
クリス・ヒルズChris HillsBass
ボブ・モーゼズBob MosesDrums
ドミニク・コーテズDominic CorteseAccordion
クリス・スワンセンChris SwansenArranger & percussion
ハービー・マンHerbie MannProducer

<Contents>

A面
B面
1.テレサのブルース (Theresa’s blues) 1.ウー・ベイビー (Ooh baby)
2.スカボロー・フェア (Scarborough fair) 2.セ・サ (C’est Ca)
3.ドラム・ソロ (Drum solo) 3.バック・ストリート・ガール (Back street girl)
4.ピアノ・ソロ (Piano solo)
1968年の録音らしい。
VORTEX-2009(日本グラモフォン株式会社)


前回も記載したことだが、僕が初めて高校生の時に買ったスティーヴ・マーカスのレコード。買ったきっかけははっきりとは覚えていないが、当時よく聞いていたFMのジャズ番組で聴いたのではないかと思う。
僕の持っているレコードは日本グラモフォンから発売されたものだが、ジャケット裏面にと印刷してあり、輸入盤に日本語のライナー・ノートを差し込んで発売したものと思う。ライナー・ノートは故油井正一氏が担当されている。
少し話はそれるが、故油井正一氏のライナー・ノートについて触れてみたい。油井氏と言えば日本のジャズ評論の第一人者とと呼ばれる人物であり、僕のような一介のファンが何を申すかと思われるだろうが、一介の素人だからこそ書けることもあると思う。それは一言で言ってしまえば「油井氏のライナー・ノーには当たり外れが大きい」ということである。当たりの場合は驚くようなジャズに関する深く幅広い知識に裏付けられた評論をユーモアある平易な表現で語りさすが第一人者と感嘆するばかりだが、外れだと妙に興奮した語り口で録音日やプレイヤーにも触れない必要情報完全無視の一方的な単なる<語り>で終始することがある。そして残念ながら本盤でのライナー・ノートは<外れ>である。
僕はレコードの解説というのは、以下のことが必須であると考えている。まず録音日、場所そして吹込みに参加したプレイヤー。そしてその録音が行われるまでの経緯や背景そしてその吹込みの意義などである。その上でプロの評論家としての評価を下してほしい。しかしそういったことは一切書かれていない。スティーヴ・マーカスのこれまでの経歴さえ全く触れらていない。1作目「トゥモロウ・ネヴァー・ノウズ」の解説に書いておいたから要らないだろうというのは余りにも不親切だ。我々ファンはプロの評論家と違って見本盤をもらえる立場にはなく、全て自分の少ない懐のお金でレコードを購入するのだ。そういったファンにできるだけ後悔のない買い物をしてもらうために評論家は存在していると僕は思っている。因みに昔は音源と言えばレコードが中心でライナー・ノートはジャケット裏に記載されることや本盤のように差し込みでも外から見えるようになっているものが多かった。つまりライナー・ノートは非常に重要だったのである。

本作の原題は”Count's rock band”といい、それに対し「伯爵とロック」という邦題が付いている。これには少し違和感がある。まず”Count”は「伯爵」ではなく「公爵」である。正式にそうなのかはともかくジャズ界ではそう決まっている。では「伯爵」は何というかというと”Duke”である。”Duke Ellington”は「エリントン伯爵」であり、”Count Bsie”は「ベイシー公爵」なのである。スティーヴ・マーカスは”The Count of jazz-rock ”と呼ばれたらしいのでこういう英語タイトルが付いたのだろう。フルに直訳すれば「ジャズ・ロックの公爵(=Steve Marcus)のロック・バンド」であるが、当時日本ではこのニックネームを知らず、さらに”Count”=「伯爵」と勘違いして「伯爵とロック」という邦題になったと推測される。油井氏が付いているのだからこういう誤りは正してもらいたいものだ。

本作はスティーヴ・マーカスのリーダー第2作ということになるが先ず気になるのは、前作を踏襲するのか大きく路線変更するのかという点である。プロデューサーは前作同様ハービー・マンで、演奏者も前作の5人のメンバーはそのまま残るということは、基本は前作踏襲路線である。そこにアコーディオンのDominic Corteseとアレンジとパーカッションとしてクリス・スワンセンを新しく加わえることで新鮮味を出そうとしていると普通は考える。ところが内容はそうではない。
先ずアコーディオンのDominic Cortese。苗字をコルテズと読むのかコーテズと呼ぶのか不明。何となく”コルテズ”のような気もするが解説の油井氏は”コーテズ”としているのでそれに倣おう。そもそもジャズにアコーディオンという楽器が参加すること自体珍しい。ということはどうしてもこのアルバムに、少なくてもある1曲にアコーディオンの音が欲しい、必要だとマーカスなりマンなりが思ったということのはずである。そして実際にドミニク氏が登場するのはB-3”Back street girl”のみである。ビートルズと並ぶロック界のカリスマバンド”The Rolling Stones”の曲だ。
僕はストーンズについて詳しいわけではないが、この曲は特にヒット曲というわけではないようだ。1967年のリリースで当時のイギリスとアメリカのレコード発売の条件の違いにより、イギリスでは”Between the buttons”、アメリカでは”Flowers”というアルバムに収録されている。確かにこの曲は楽器編成が変わっていて、通常リード・ギターの故ブライアン・ジョーンズがヴァイブらフォーンを叩き、ドラムのチャーリー・ワッツがタンバリンを、ゲストのニック・デ・カロ(Nick de Caro)がアコーディオンを弾き、ジャック・ニッチェ(Jack Nitzsche)がハープシコードを弾いている。マーカス或いはマンはこのサウンド再現したかったのだろうか?しかし僕の聴くところマーカスのこのカヴァーにおいて、アコーディオンが無ければ台無しだというような重要な役割を果たしているようにはどうしても思えないのだが。そのためだけにドミニクを入れたのなら、ゲスト扱いをするのが普通だろうと思う。ところがB面にメンバーの1員のようにしっかり写真が載っている。或いはドミニク氏側がそう要求したのだろうか?どうも不思議なアルバムである。

もう一人クリス・スワンセンの参加も不思議である。アレンジャー兼パーカッションとなっているがそもそもどの曲も スコア―が必要なような曲ではなく、僕の裏付けのない感想ではそれほどそれぞれの曲にアレンジの後があまり感じられないのである。ではパーカッショニストとして参加していることにあるが、鍵盤楽器に向かっている写真が載っている。これはあくまで撮影用なのかもしれないが。
そもそもスワンセン自身よく分からない人物で、50年代からジャズ・ミュージシャンだったというが何の楽器をやっていたのか記載がない。彼が一躍有名になったのはロバート・モーグ博士の実験室でシンセサイザーの開発に加わり、後の1974年にシンセサイザーによるレコード「Pulaski skyway」を発表してからである。このアルバムの制作された当時はまだモーグ・シンセサイザーは開発の段階でレコーディングなどには使われていない。シンセサイザーの開発に携わるパーカッショニストというのもあまりイメージできないが、この時期はパーカッショニストとしてジャズ界で働きながら、モーグ博士の実験室にも通っていたということであろう。

その辺りのことは実際の曲とともに触れて行きたい。

ソプラノ・サックスを吹くマーカス 本作のメインの聴きどころは何といってもA面の1曲目”Theresa’s blues”とB面1曲目”Ooh baby”であろう。どちらも12分を超す大作である。前作の5曲目アルバム・タイトルにもなっていた”Tomorrow never knows”をさらに過激にしたようなマーカス、コリエル、ノックの強烈なソロが展開される。そして前作と大きく違う所はどちらもベースのクリス・ヒルズのオリジナルで、メンバーのオリジナルは初めての登場ということだ。そしてこのメインの2曲の演奏は前回と同じ5人によるものである。
A-1テレサのブルース (Theresa’s blues)
クリスの弾くベースで始まり、コリエルのコード・ワークが次第に曲を形成していく。最初にソロを取るのはピアノのノックで最初はフレーズを積み重ねながら盛り上げていき、コリエルのソロに移る。コリエルのギターは濁った音で正にロックのギターの音であり、フィード・バックを多用したりフレーズもロックっぽい。マーカスのソロも熱情的で素晴らしい。
5人の音が激しくぶつかり合いハレーションを起こしていくような演奏は僕は好きである。

A-2スカボロー・フェア (Scarborough fair)
アメリカのフォーク・デュオ、サイモン&ガーファンクル(以下S&Gと略)の歌で大変有名な曲。作者名はS&Gと記されており、またS&Gのレコードでもそう記されているが、もともとはイギリスの古い民謡でS&Gヴァージョンは19世紀末にはほぼ完成されたヴァージョンらしい(他のヴァージョンもあるようだ)。S&Gのヴァージョンの正確なタイトルは「スカボロー・フェア/詠唱」となっており、この詠唱の部分を作り2曲を絡み合わせるアイディアもポール・サイモンのものというのが正確という。
マイク・ノックのハープシコードに乗せてマーカスがソプラノ・サックスでメロディーを吹いていく。多少装飾を付けたり、オーヴァー・ダブする部分もあるがほぼ原曲通りの演奏。これはジャズでもロックでもないイージー・リスニングと言われても仕方がないパフォーマンスである。

A-3ドラム・ソロ (Drum solo)
36秒という短いドラム・ソロ。どうしても必要なのだろうか?

B-1ウー・ベイビー (Ooh baby)
一番キャッチ―な曲。覚えやすいメロディーでジャンルとしてはR&Bが最も近いと思う。ヴォルテックスではなく、親会社のアトランティックのR$B歌手が歌ったらヒットしていたのではないかと思う。或いはジャズなどと歌わずソロも短くしてポップ・チューン仕立てにすればアヴェレイジ・ホワイト・バンドの「ピック・アップ・ザ・ピーセズ」並みのヒット曲になったと思われる。
それはともかく先ずはソロはコリエル、オクターヴ奏法などを交えてフレーズのある聞き応えのある展開を見せる。続くマーカスのソロも素晴らしい。バックで盛り立てるボブ・モーゼズのドラミングも素晴らしいの一言に尽きる。

B-2セ・サ (C’est Ca)
どういう曲か全くわからないが、クリス・スワンセンの作ということになっている19秒という短い曲。アコーディオン独走でそのまま切れ目なくB-3に移るので、B-3のイントロかと思っていた。これもどうしても必要なのだろうか?

B-3バック・ストリート・ガール (Back street girl)
先述したローリング・ストーンズの曲。6/8拍子の曲でテーマ演奏後一転してマイク・ノックのジャズっぽいソロになる。これがジャズっぽく聞こえるのはドラムがそう意識して叩いているからだと思う。途中からコリエルのノイジー・ギターが入り、いつの間にかピアノが引っ込みノイジー・ギターが中心となる。こういうジャズっぽい曲でのヒルズのベースはちょっといただけない。

B-4ピアノ・ソロ (Piano solo)
51秒の曲。これもどうしても必要なのだろうか?


このレコードの後もしばらくはこのジャズ・ロック路線を続けていたようだが、後年はオーソドックス・スタイルに戻りバディ・リッチのバンドに加入し、ソロイストとして活躍することになる。

初リーダー作”Tomorrow never knows”、第2弾の本作”Count's rock band”そして次作”The Lord's prayer”が69年に録音され、その年か翌年に発売されたらしいが、当時スウイング・ジャーナル誌等で話題に上った記憶がない。僕も購入していない。”The Lord's prayer”は2013年JAZZ BEST COLLECTION 1000シリーズとしてCD化され再発されているが購入していない。正直僕は”Jazz-Rock”も悪くないけど、しばらくは聴かなくていいかなという気分である。

このWebサイトについてのご意見、ご感想は、メールでお送りください。
お寄せいただいたご意見等は本文にて取り上げさせていただくことがあります。予めご了承ください。

第1回〜第10回はこちらをご覧ください。
第11回〜第20回はこちらをご覧ください。
第21回〜第31回はこちらをご覧ください。
第31回〜第40回はこちらをご覧ください。
第41回〜第50回はこちらをご覧ください。
第51回〜第60回はこちらをご覧ください。
第61回〜第70回はこちらをご覧ください。