ジャズ・ディスク・ノート

第81回2015年1月4日

カート・ローゼンウィンケル 「ディープ・ソング」

新年あけましておめでとうございます
本年もよろしくお願いいたします

定年オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳2015年最初のアップです。


強い寒気が南下し非常に寒い年明けとなりました。僕の住んでいる地域でも1月1日の元旦は雪がほんの僅かばかりですが降りました。
寒さに弱い僕は元旦は近くのコンビニに出し忘れた年賀状を出しに行っただけ。2日はこれまた近所のショッピング・センターに出かけただけで家にじっとしていました。それならたくさんJazzが聴けたろうと思われるかもしれませんが、残念ながらそうはいきません。家が狭くリスニング・ルームなどない我が家はリヴィング・ルームにオーディオ・セットが置いてあり、家人がいると聞けないのです。いつも家人の外出を願っているのですが、家人も寒さが苦手なので外出しません。







元旦午前2時 今年の初詣は年が明けて直ぐ近くの神社にお参りしました。小さな神社ですが、結構たくさんの人出です。右の写真はその時のものです。
今年の箱根駅伝は青山学院大学の圧勝で幕を閉じました。往路は2位でタスキを受けた神野選手が当分破られないといわれたあの「山の神」東洋大学の柏原選手の記録を破る圧倒的な速さで優勝を果たし、復路も一度も競り合うことすらない独走態勢で征しました。早稲田の渡辺監督に「異次元の強さ」とまで言わしめました。見ていると青学の選手は実に淡々と走るので、何となく大したタイムではないのかなと思っていると「区間賞」をいくつも獲得する強さです。何というか突然空に舞い上がり違う次元で走っている、そんな本当に異次元というしかないような走りっぷりでした。





【About & Around】

ちょっと古い去年の話になりますが、12月18日日本経済新聞夕刊MUSIC SALONというコーナーに「2014年ジャズ界総括」という記事が掲載されました。僕は最近のジャズ事情などまるで分からないので大変興味深く読ませていただきました。記事は音楽ジャーナリストの小針俊郎氏という方ですが、昨年のジャズ動向のポイントとして3点挙げられています。
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21世紀のフリー・ジャズ

 屮侫紂璽献腑鵑良活」とは、メジャー・レーベルがかつてヒットしたフュージョン・アルバムを廉価版にて発売したところ好調な売れ行きを見せたということらしいのです。そういえば少し前11月7日の読売新聞文化欄が「フュージョン 今も元気」というタイトルで、フュージョンの復刻廉価盤が売れていることを取り上げていた。1970年代中期以降大いにヒットしたフュージョン・アルバムも、今から見れば既に40年を経過しています。つまり現代の若者は当時聴いたことがない人はたくさんいますが、そのテクニックの高度さ、今のクラブジャズ等に比べてジャズっぽいところも受けている弦だそうです。
ジャズそのものは好まないがジャズっぽいのはカッコいいといことなのでしょうか?変なの!

◆崟犬泙貶僂錣詭礁腑譟璽戰襦廚箸蓮¬礁腑譟璽戰襦悒屮襦璽痢璽函戮ロバート・グラスパー、グレゴリー・ボーダーらが優れたアルバムを発表、特にボーダーのアルバムは<グラミー賞ベスト・ジャズ・ヴォーカル賞>を受賞したことは喜ばしいことだと書いています。
しかしここで書いてあるのは、ブルーノートのみについてです。それなら生まれ変わる「ジャズ名門レーベル『ブルーノート』」と書けばよいのではないでしょうか?ジャズの名門レーベルと言えば、ブルーノート、リヴァーサイド、プレスティッジと言われています。他はどうでもよいのでしょうか?
それとグレゴリー・ボーダーのアルバムは聞いていませんが、ロバート・グラスパーは以前取り上げており、僕はジャズではないと思っています。ジャズの名門レーベルがジャズでないところで売れたからと言ってそれほど喜ばしいとは思えない僕はひねくれているのでしょうか?

21世紀のフリー・ジャズというのがよく分かりません。僕の記憶ところですが、「フリー・ジャズ」は60年代から70年代にかけてかなり幅を利かせていて、「これを聴かなければジャズ・ファンではない」的な状況にありました。フリー・ジャズについては改めて取り上げたいと思いますが、その後下火になり良し悪しは別にして現在もメジャーなジャズとは言えない状況にあると思います。しかし下火とはいえ現在までずっと「フリー・ジャズ」はメジャーではないながら存在してきたと思うのです。全国を取材したわけではないのであくまで僕の想像ですが。そこで「21世紀のフリージャズ」といわれても意味が分からないのです。「21世紀のフリー・ジャズ」がどうしたというのでしょうか?
受けに入ったというのでしょうか?動きが活発というのでしょうか?記事を読むと「動きが多彩」とあります。例えば大友良英氏は、昭和歌謡や盆踊りなど日本の土着音楽と向かい合っているといいます。僕は聞いていなくて書くのはどうかと思いますが、それは「フリー・ジャズ」なのでしょうか?他に不破大輔氏、スガダイロウ氏の活動を紹介されていますが、どうも「フリー・ジャズ」とは関係ないように思います。3氏の活動に疑問がるのではなく、「フリー・ジャズ」という言葉でくくるのに無理があるのでは?という気がします。「若き日本のジャズ・ミュージシャンの新しい取り組み」というのがその内容のように思います。

第81回Kurt Rosenwinkel ”Deep song ”

  「カート・ローゼンウィンケル/ディープ・ソング」レコード・ジャケット

<Personnel>

カート・ローゼンウィンケルKurt Rosenwinkel Guitar
ジョシュア・レッドマンJoshua RedmanTenor sax
ブラッド・メルドーBrad MehldauPiano
ラリー・グレナディアLarry GrenadierBass
ジェフ・バラードJeff BallardDrumson 3,4,5,8
アリ・ジャクソンAli JacksonDrumson 1,2,6,7,9,10

<Contents>

1.ザ・クロイスター (The Cloister) 8:29
2.ブルックリン・サムタイムス (Brooklyn sometimes)8:22
3.ザ・クロス (The cross)7:33
4.イフ・アイ・シュッド・ルーズ・ユー (If I should lose you)4:50
5.シンセティックス (Synthetics) 6:15
6.ユーズ・オブ・ライト (Use of light)8:25
7.ケーク (Cake)9:14
8.ディープ・ソング (Deep song)3:52
9.ジェスチュア (Gesture)7:29
10.ザ・ネクスト・ステップ (The next step)9:28
2005年録音 Verve UCCV-1067(CD)


第78回の時ヨドバシカメラのポイントで2枚、僕にとっては新しめのジャズCDを購入したと書いた。1枚がロバート・グラスパーだったわけだが、もう一枚がこのカート・ローゼンウィンケルである。もちろん彼のCDを聴くのは初めてであり名前も知らなかった。
年頭に取り上げるにふさわしいかどうかは置いておいて、2枚買ったうちの一方しか取り上げないのは、どうも気持ちよくないのである、たぶん僕しか気にしないとは思うのだが。僕は気が小さいのでこういう些細なことが気になってしまう。そこで今回このアルバムを取り上げ、次回以降は大きな気持ちで、勉強に取り組んでいこう。
幾つか他にもシリーズのCDがある中で、選んだ理由はグラスパーの場合はピアノ・トリオだと思ったからで、本作の場合は他のCDは名前も知らない人ばかりだったのに対し、このアルバムには名前を知っている人が2人いたからである。テナーのジョシュア・レッドマンとピアノのブラッド・メルドーである。
一聴して先ず感じることは長いということだ。全10曲合計約74分もある。もう一つはギターの音がパット・メセニーみたいだということである。こういう音作りが今の流行(はや)りなのかな?
さて、内容に移ろう。全10曲中、4、8曲目の2曲を除いて全てカートのオリジナルという。

全体として、 聴き応えがあるのは3曲目ザ・クロス (The cross)と5曲目シンセティックス (Synthetics)である。
3曲目ザ・クロスは、前2曲が?だった所にやってくるまともな音楽だったので、思わず嬉しくなってしまう。変なポリリズムではないところが聴き易いのだ。最初にソロを取るのはジョシュア、続くカートはエコーを効かせ過ぎな感じもするが聴き応えのあるソロを展開する、その後ジョシュアとカーとの絡みも良い感じでワクワクしてしまう。

続く4曲目イフ・アイ・シュッド・ルーズ・ユー (If I should lose you)は、ラルフ・レインジャーとレオ・ロビンの作という。ラルフ・レインジャーとレオ・ロビンのコンビは1930年代にコンビで活躍したソングライターのようだ。曲が良いので聴ける。

5曲目シンセティックス (Synthetics)はストレートなジャズで聴き応え十分。複雑なテーマの後、4ビートのリズムに乗ってまずはブラッド、ジョシュア、カートとソロが続く。本作最高のナンバー。

7曲目ケーク (Cake)は曲自体のメロディー・ラインはあまり面白くないが、ソロに移りカート、ジョシュア、ブラッドと続くソロは聴き応えがある。

8曲目ディープ・ソング (Deep song)がタイトル・チューン。「思い出のサンフランシスコ(I left my heart in SanFrancisco)」の作者として有名なジョージ・コリーとダグラス・クロスの作という。8曲もオリジナルを演奏しながら、タイトル・チューンはカヴァー曲というのがよく分からない。この辺りは僕だけではなく疑問に思うと思うのだが、解説氏は5ページ分のスペースがありながら全く触れていない。カートのすごさばかりではなく、このCD自体の内容についても解説が欲しいところだ。

10曲目ザ・ネクスト・ステップ (The next step)も面白くないメロディーだが、ソロ・スペースは4ビートに乗って展開するので聴きやすい。まずカートがソロを取るが内容は面白くない。フレーズが無いのである。ジョシュア、ブラッドともは少しまともだが、僕の琴線に触れてくるフレーズがないのである。

その他のナンバーは、先ずは曲のメロディー・ラインが分かりづらく聴きづらい。テーマ演奏後の展開にも興味を引くところがないので、以上の6曲を聴けば後はいいかなという感じがする。

こういう見方が正しいかどうかは分からないが、僕はこういう編成[Gt-Ts-P-B-Dr]というとどうしても第22回で取り上げた「ウエス・モンゴメリー/フルハウス」思い出す。「フルハウス」は大名盤と評価の高いアルバムであり、1962年録音なので既に50年以上の時が経っている。はっきりいうとこのカートのアルバムが50年後も聴かれるアルバムであろうか?僕は大いに疑問である。

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第82回2015年1月12日

ルイ・アームストロング その4/フレチャー・ヘンダーソン その2
「若き日のルイ」/「スタディ・イン・フラストレイション」

ご覧いただきありがとうございます。定年オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。


連日厳しい寒さが続きます。僕は何とかなので大丈夫ですが、勤務先の会社ではインフルエンザに罹り休みを取っている方が目立つようになりました。この冬インフルエンザは大流行の兆しを見せているようです。皆さま、お体には十分気を付けてお過ごしください。
今日1月12日は成人の日、僕は7年前に下の娘の成人式が済み、しばらく直接の関わることはありません。祝賀会場近くは交通が渋滞するので、近くに行かないようにして過ごしています。写真は近くの森の今日の様子です。早く落葉樹が芽吹く季節にならないかなぁと思って散歩をしました。















「隠國」入口 昨日(1月11日)家人が元旦に初詣には行ったが「おみくじ」を引いていないというので3連休の中日ちょっと遠出をし、神奈川県伊勢原市の大山阿夫利神社(『おおやまあふりじんじゃ』と読みます)にドライヴに出かけました。大山阿夫利神社は江戸時代には関東各地で参詣する「大山講」が組織され多くの庶民が参詣した由緒ある神社で、元旦にはかなりの人出で参詣するのは大変です。もうそろそろ空いているかなと思って行ったのですが、まだたくさんの参詣者がいて駐車場に入るのに1時間以上時間がかかりました。神社の写真を撮ろうと思っていたのですが、カメラは持って行ったのですが、バッテリー切れで撮影できませんでした。年が変わってもドジは変わりません。

写真は途中に昼食に立ち寄った「隠國」(『こもりく』と読みます)の入り口です。 バラ肉チャーシュー麺大盛り 隠國スペシャル醤油 「隠國」は久しぶりの訪問です。かなり不便な場所にあるのですが人気店で、以前は人があふれるほど並ぶことで近隣では有名でした。最近は余り並んでいないようでしたので寄ってみましたが、やはり人気が衰えたわけではなく店内の待合で少々待つことになりました。
カメラが使えなかったので、写真は家人のスマホで撮ったものです。左が僕の食べた「バラ肉チャーシュー麺大盛り ¥1,000」、右が家人の「隠國スペシャル醤油 ¥900」です。「隠國スペシャル醤油」の方が魚介のスープが程よく聴いておいしい感じがしました。

話はガラッと変わりますが、ブリスベン・オープンの錦織選手惜しかったですね。カナダのラオニッチに7−6、6−7、6−7、セットを取るのもタイ・ブレーク、落とすのもタイ・ブレークという接戦でした。ラオニッチは昨年末の「ワールド・ツアー・ファイナルズ」で、錦織選手と対戦前にケガで棄権した選手です。その時「圭とは万全の状態で戦いたい」と話していました。ジャパン・オープンで敗れたこともあり、雪辱に燃えていたのでしょう。
1月19日からはいよいよ本番、本年グランド・スラムの第1戦全豪オープンです。みんなで応援しましょう!


第82回Loius Armstrong ”Young Louis / The side man”
Fletcher Henderson“A study in frustration” Vol.1

デッカレコード SDL-10377 (テイチク株式会社)
Essential・JAZZ・Classics EJC55511 Made in EU CD3枚セット

「スタディ・イン・フラストレイション」CD・ジャケット

<Contents>

3.ゴー・アロング・ミュール (Go ‘long mule)

<Personnel>

 
フレッチャー・ヘンダーソンFletcher HendersonPiano
ルイ・アームストロングLouis ArmstrongTrumpet
エルマー・チェンバースElmer ChambersTrumpet
ハワード・スコットHoward ScottTrumpet
チャーリー・グリーンCharlie GreenTrombone
ドン・レッドマンDon RedmanClarinet , Alto sax & Arr
ロニー・ブラウンLonnie BrownClarinet & Alto saxorバスター・ベイリ―Buster BaileyClarinet & Alto sax
コールマン・ホーキンスColeman HawkinsTenor sax & Clarinet
チャーリー・ディクソンCharlie DixonBanjo
ラルフ・エスクデロRalph EscuderoTuba
カイザー・マーシャルKaiser MarshallDrums
今回取り上げた2曲が収録されているCD 1

<Contents>

4.上海・シャッフル (Shanghai shuffle)
5.コペンハーゲン(Copenhagen)
6.エヴリバディ・ラヴズ・マイ・ベイビー (Everybody loves my baby)
7.ハウ・カム・ユー・ドゥ・ミー・ライク・ユー・ドゥ (How come you do me like you do)

<Personnel>

 
フレッチャー・ヘンダーソンFletcher HendersonPiano
ルイ・アームストロングLouis ArmstrongTrumpet
エルマー・チェンバースElmer ChambersTrumpet
ハワード・スコットHoward ScottTrumpet
チャーリー・グリーンCharlie GreenTrombone
ドン・レッドマンDon RedmanClarinet , Alto sax Oboe & Arr
バスター・ベイリ―Buster BaileyAlto sax
コールマン・ホーキンスColeman HawkinsTenor,Alto sax,Clarinet&Bass sax
チャーリー・ディクソンCharlie DixonBanjo
ラルフ・エスクデロRalph EscuderoTuba
カイザー・マーシャルKaiser MarshallDrums

「若き日のルイ」レコード・ジャケット

<Contents>

A面1.ワーズ (Words)

<Personnel>…レコードの記載

 
フレッチャー・ヘンダーソンFletcher HendersonPiano
ルイ・アームストロングLouis ArmstrongCornet
エルマー・チェンバースElmer ChambersCornet
ハワード・スコットHoward ScottCornet
チャーリー・グリーンCharlie GreenTrombone
ドン・レッドマンDon RedmanClarinet & Alto sax
バスター・ベイリ―Buster BaileyClarinet & Soprano sax
コールマン・ホーキンスColeman HawkinsTenor sax & Clarinet
チャーリー・ディクソンCharlie DixonBanjo
ラルフ・エスクデロRalph EscuderoTuba
カイザー・マーシャルKaiser MarshallDrums


ジャズの歴史を形作った偉大なアーティストであるルイ・アームストロング学習その4とジャズ史上に大きな足跡を残すフレッチャー・ヘンダーソンのバンドの学習その2である。
ドイツを代表する偉大なジャズ評論家ヨアヒム・ベーレント氏はその著『ジャズ』において「ルイ・アームストロングは1924年フレッチャー・ヘンダーソンのビッグ・バンドに加わり、それまでコマーシャルで平凡だったバンドに大きな刺激を与えた。1924年こそ本当のビッグ・バンド・ジャズが生まれた年であるとさえ言える」と述べ、本HPにたびたび登場する音楽家ガンサー・シュラー氏もその著『初期のジャズ』において、「そもそもルイの加入する前のヘンダーソン楽団とルイの加入してからのヘンダーソン楽団は天と地ほどの違いがある」とする。それらを学ぶために前回はルイ加入前のヘンダーソン楽団を取り上げた。そして今回はルイ加入後のヘンダーソン楽団について勉強しよう。そのルイ・アームストロングがヘンダーソン楽団に在籍するのは1924〜1925年にかけての約1年間である。ということで今回は1924年を見て行こう。
しかし残念なことに僕の持っている音源は多くない。前にご紹介したCD「フレッチャー・ヘンダーソン/スタディ・イン・フラストレイション」と今回初登場の「ルイ・アームストロング/若き日」の2枚である。ルイが加わったヘンダーソン楽団の1924年の録音は、前者に5曲、後者には1曲が収録されている。しかしヘンダーソンのディスコグラフィーを見ると初録音10月7日から年末にかけて合計21面分の録音が記録されている。つまり保有している音源は3分の1にも満たない。残りの15面分の音源を今後入手できるかどうかは分からないが、もし入手できるようなことがあれば追記したい。

今回も音源が2種になるので取り上げる6曲を録音順に並べると、

No.曲名録音日アルバム
1”Go ‘long mule”1924年10月7日A study in Frustration
2”Shanghai shuffle”1924年10月10日A study in Frustration
3”Copenhagen”1924年10月30日A study in Frustration
4”Words”1924年10月30日Young Louis
5”How come you do me like you do”1924年11月17日A study in Frustration
6”Everybody loves my baby”1924年11月22日A study in Frustration


さて、前回取り上げた“A study in frustration”に収録されているルイ加入前のヘンダーソン楽団の録音は1924年4月14日であり、ルイが加入しての最初の録音は10月7日である。その間にレコード会社の関係からか“A study in frustration”に含まれない録音は35曲ほどもあり、その直近の録音は9月24日に吹き込まれたものである。因みにその時のメンバーは
エルマー・チェンバース、ハワード・スコット Cornet
チャーリー・グリーン Charlie Green Trombone
ドン・レッドマン Don Redman Clarinet & Alto sax
コールマン・ホーキンス Coleman Hawkins  Tenor ,Clarinet,Bassax & Baritone sax
Unkonown  Alto sax
フレッチャー・ヘンダーソン Fletcher Henderson Piano
チャーリー・ディクソン Charlie Dixon Banjo
ラルフ・エスクデロ Ralph Escudero Tuba
カイザー・マーシャル Kaiser Marshall Drums
と4月の録音時とアルト・サックスの人物が分からないだけで他は変動がない。そして10月録音メンバーを見ると単純にルイ・アームストロングが加わっただけの違いである。

1924年フレッチャー・ヘンダーソン楽団 因みに写真は左から右へ、Howard Scott、Coleman Hawkins、Louis Armstrong、Charlie Dixon、Fletcher Henderson、Kaiser Marshall、Buster Bailey、Elmer Chambers、Charlie Green、Bob Escudero、Don Redman
そこで1つ気付いたことがある。

先ず、“A study in frustration” CDでのブラス・セクションの記載。
9月24日までは、エルマー・チェンバースとハワード・スコット両者ともコルネットをプレイ。
10月7日以降の5曲…エルマー、ハワード、ルイ3者ともプレイしているのはコルネットではなくトランペットをプレイ。
次に“Words”1曲ではあるが「若き日のルイ」でのブラス・セクションの記載。
3者ともコルネットをプレイ。
ディスコグラフィーでの記載。
10月7日以降の録音21面中1面分を除き全て、エルマー、ハワード、ルイ3者ともトランペットをプレイ。
例外の1曲というのが、「若き日のルイ」収録の“Words”で、エルマー、ハワードの2人はトランペット、ルイのみコルネットをプレイしたと記載。
これはルイの加入後ブラスをコルネットからトランペットに切り替えたことになる。これはディスコグラフィー及びCDの解説とも一致している。しかしこれはいかなる理由によるものであろうか?今のところこの点について言及している資料を見つけられていない。
また“Words”におけるブラス・セクション記載はディスコグラフィーとレコードのライナー・ノートとどちらが正しいのであろうか?僕には判断できないが、もしディスコグラフィーが正しいとすれば、どのような効果を狙ってソロイストのルイにのみコルネットを吹かせた、或いはルイがコルネットを選んだのだろうか?
しかしいずれにせよ、全体的なサウンドを考慮してブラスの主体をコルネット⇒トランペットという切り替えを行ったことは確かである。なぜここでコルネットからトランペットに切り替えたのであろうか?そもそもコルネットとトランペットはどう違うのだろうか?僕には詳しい知識はないのだが、コルネットの方が小さくて操作しやすく、またマウスピースや吹き方等によって変わるので一概には言えないが、コルネットの方が太く柔らかい音がするといわれているが…。
ともかく1924年9月24日と10月7日というほぼ2週間の間にヘンダーソン楽団はバンドのサウンドを変更するという重大な決断を行ったことになります。なぜこのことに各評論家の方々は言及しないのだろう?それともこれは僕が知らないだけで既に解決済の問題なのでしょうか?あまり期待はできませんが、何か分かったら追記していくことにしよう。

ガンサー・シュラー氏は、その著『初期のジャズ』に、「最初の偉大なソロイスト」という章を設けルイ・アームストロングのフレッチャー・ヘンダーソン楽団入団についてさらに詳しく述べている。
「彼のソロはその後数十年間のジャズのスタイルの全体の方向を規定した」とし、さらに「ソロイストとしてのアームストロングの登場は、フレッチャー・ヘンダーソンのバンドに入団した時期に符合する。このバンドで、ルイは、オリヴァーの楽団の場合よりも、障害のない文脈の下で、自己の創造的な器楽奏者としての才能を試すことができた。実際、ヘンダーソンは既に、ソロイストと相当に洗練された編曲を強調することによって、ニューオリンズ以降のジャズのスタイルを確立するリーダーの一人になっていた。そんな彼は若い類をバンドの売り物ソロイストとしてルイを雇用したのである。これによって、サッチモは、自己の音楽的個性を発揮し、二次的な特徴や模倣を取り除き、自己の成熟したスタイルを確立する格好の機会が与えられた」と綴る。つまりジャズ史上最大の改革者の一人ルイ・アームストロングは、ヘンダーソンのバンドに加入してから、加入することによって真にその偉大な歩みを始めることになったというのである。
しかし実際は、ヘンダーソンは別なトランペット奏者ジョー・スミスの方が気に入っていて、サッチモは2番目の選択肢だった。ジョー・スミスはそれまで何回かヘンダーソン・バンドの録音に参加していたが、常任メンバーとしての入団を断られた。
そしてその後楽員たちからの要請もありサッチモの起用に踏み切ったという。しかし一方ヘンダーソンはエセル・ウォーターズの公演に同行した際に、ニューオリンズで若きルイ・アームストロングの演奏を聴いた1921年の日のことを覚えていたことは間違いないという。当時のアームストロングに感銘しニューヨークに連れてこようとしたという伝説も残っているという。
ジョー・スミスについてはこれからヘンダーソンのバンドを追うことによって自然に触れることになるだろう。

シュラー氏は
1.ゴー・アロング・ミュール (Go ‘long mule)
2.上海・シャッフル (Shanghai shuffle)
3.コペンハーゲン(Copenhagen)
の3曲について詳細な分析を行っている。それを基に曲を聴いていこう。

1. ゴー・アロング・ミュール (Go ‘long mule) 1924年10月7日ニューヨークにて録音。
シュラー氏の分析
「1924年当時には、キング・オリヴァーのバンドの新しい第2コルネット奏者としてのルイの名声が急に高まって来ていて、この野心溢れるバンドの財産になることは明らかだった。ヘンダーソン楽団が当時のニューヨークでどれほど革新的と意識していたにせよ、ルイが加入した1924年時点では彼らよりもルイの方が一歩進んでいたことは明白である。今日大半の人が、アームストロングとコールマン・ホーキンスをジャズのソロイストとして対等な存在として評価するであろうが、1924年時点では両者の間には巨大な落差があった」という。それを証明するのがこの曲であるという。そして次のように続く。
「騾馬(ラバ)を追う」 「ルイのソロは、その感性と旋律上を自由に動き回るという点で本物のソロであるのに対し、ホークの随所に行われる短いソロはアンサンブルの一部、或いは上向、下降によるコードの構成音の素描の様な響きである。それらは旋律ではなくその断続的なリズムは今日では了解し難いところがある。
この曲は素材そのもの(この場合には、1924年の当時ですら古めかしかったケイク・ウォーク風な曲)の要請とバンドの奏者たちの素材への込み入った対応の間で、どちらかが優位を占めるのかという様式上の綱引きが生ずる典型的な例でもあった(ちょっと分かり難い)。ある水準ではルイとレッドマンは、ラバのいななきの「ノヴェルティ」的な模倣に没頭する(実際にはそれらはラバというより馬のいななきのように聴こえる=ラバと馬のいななきはどう違うのか僕には分からないが)。別な水準では、ホワイトマン楽団の人気トランペット奏者ヘンリー・バスの工夫したワゥ・ワゥ・スタイルによる全面的に編曲されたトランペットの三重奏を耳にする。その少し後では高い音域のクラリネットの二重奏が聞こえるが、こちらの方は全面的に譜面化されたものではないことが分かる。レッドマンは旋律をきっちり演奏するが、他方ホークはそのすぐ下の音域でそれと緩やかな2声の和声を構成する即興的な旋律線を奏する―この二重奏は譜面の演奏と即興との実践的な妥協である。そして多くの不連続な層を持つ様式の背後に、優秀な音楽家が常に追求する細部の工夫がはめ込まれていることが分かる。ラバのマネをした各楽句の裏では、レッドマンとヘンダーソンの間でやり取りされるささやかなリズム上の実験が聞こえてくる。そこではリズム・セクションのスペイン風な伴奏に乗って、クラリネットが旋律の変奏形を2/2拍子で演奏する。
アンサンブルの後に先ずTpのソロが入り、その後Cl、Tsが絡んだ部分がありさらにもう一度Tpのソロがある。どちらもルイなのだろうか?ホーキンスのTsソロというのは、確かにシュラー氏の言う通りだと思うが指摘されないと分からなかった。確かにTpソロはメロディーに囚われてはいないような気がする。Tpソロの後間髪なしに「いななき」フレーズが出てくるところはルイではないのではないかと思う。アンサンブルのワゥワゥTp三重奏はとても面白いと思う。
僕のような審美耳を持っていない人間にはシュラー氏のような詳しい解説は有用だなぁと感じる。

「上海シャッフル」 2.上海・シャッフル (Shanghai shuffle)1924年10月10日 ニューヨークにて録音。
シュラー氏によれば、1924年の大ヒット曲の一つである僕には未知の曲『ライムハウス・ブルース』の二番煎じを明らかに狙った作品であるという。そして次のように記述する。「レッドマンには音の経済的活用のセンスがあり、いくつかの非凡な着想に基づいて、これを見事にやってのけた。これらの全ての初期の「実験的]録音に共通することだが、レッドマンはここでもわずかな着想を極端に深く展開して、当時のジャズとしては異例な完成度の高いスタイルと形式にまでまとめあげている。導入の楽句がいくらか変形されてコーダとして再登場する。当初のリズム(譜例2A) が変形されて(譜例2B)精巧なストップ・タイムのコーラスに登場して、チャーリー・グリーンの元気な量感のあるトロンボーンのソロを背後で支える箇所にみられるように、伴奏のリズムのパターンが異なった文脈で何度も使われる。この曲は録音されたものとしては黒人の楽団で初めてオーボエを使用した試みで、レッドマンが3度の間隔を空けた2本のクラリネットに伴奏されて旋律を吹いている。」
ここでもTpソロがあるがルイなのだろうか?シュラー氏は言及していない。Tbソロのバッキングの複雑さに対してTpのソロのバッキングはフラットな2拍子である。ソロがルイだとすれば、バッキングを複雑にするよりもシンプルにすることでソロを引き立てる効果があると判断したのかもしれない。レッドマンのアレンジが聴きどころということだろう。

4.コペンハーゲン(Copenhagen) 1924年10月30日 ニューヨークにて録音
シュラー氏は、「レッドマンの仕事の中で飛躍的な前進を刻印した作品であるとする。この曲の活発なテンポのおかげで、10インチの円盤、3分間の枠内で彼の器楽的想像力を発揮する時間が与えられた。何故ならば、テンポが早ければ早いほど、一つのレコードにたくさんのコーラスが盛り込めるし、おまけにクラリネット奏者のバスター・ベイリ―の加入に寄ってバンドは11人編成まで拡大されていた。」
「コペンハーゲン」 さらに「レッドマンは売り物のソロイストとしてのルイ・アームストロングの加入に伴って、この驚異的なソロイストの演奏にふさわしい様式上の枠組みを発見しなければならなかった。一つの解決策はテンポにあった。編曲家にとっては、速いテンポよりも遅いテンポの方がソロイストの自由な即興と張り合うことが難しいものである。というのは、ソロイストにとって、速いビートよりも遅いビートの方が即興を膨らませる方法がたくさんあることは明らかだからである。活発なテンポは、リズミックな弾みが自動的につくので、即興者と編曲者の葛藤を解決する。或いは回避する一つの手法だった。レッドマンのもう一つの解決は、ルイがこの時期成長の過渡期にあって、ニューオリンズの集団即興の技法に未だ近い位置にいたために、その技法とより新しいソロ+セクションのスタイルを橋渡しすることができるという事実の直観的認識に依拠するものだった。「コペンハーゲン」はレッドマンのこの直感を見事に具現化した作品だった。
またこの「コペンハーゲン」の大半は、オーケストレイションの観点から見ると、4小節の楽句へと断片化されているが、にもかかわらずその演奏の響きは驚くほど細切れな感じを与えない。これはレッドマンがブラスとリードの間の対照を明快に強調したという事実のせいである(譜例3)。ブラスとトリオの箇所は、クラリネットのトリオの箇所と対比され、各楽器部の分離は、各楽器が混ぜ合わせられる場合には、集団即興と対象となる譜面化されたセクション層を並置することによって強調された。
構造的な枠組みは1924年の段階としてはかなり複雑で革新的である−モートンにしてもこのようなものはまだ実現していなかった−だけでなく、音色やテクスチャアや音域の対照を十分に活用した細密な思考の所産であることを明らかにしている。特定の手法だけが延々と展開される個所はどこにも登場しない。今日このレコードを聴くと、セクションの演奏とソロの演奏への移行が余りに円滑なことに驚嘆させられてしまう。B3の箇所において、チャーリー・グリーンがこの曲のきびきびした雰囲気を捉えそこなっているだけである。「コペンハーゲン」がこれほどまとまって響く理由の一端は、演奏がリズム・セクションがゆるぎなく「直進的」なアプローチによって結束しているところにある。演奏全体があたかもリズムのアセンブリー・ラインに乗っている気配なのだ。
レッドマンが曲の末尾に至って、楽句の長さを不均等にし始める様子に注目すると面白い。C2の箇所では1小節ずつのブレイクが登場し、A1の4小節のアンサンブル奏は3小節からさらには最終的に2小節へと徐々に縮小される。それでいて、そうした4小節の断片は、A1の予想外の再登場によって新たな脈絡の下へ紛れ込まされる。最後の4小節では、最初はA1の再度の反復の様に響く楽句が半音階的に下降する「結末」にまで変形される。そこでは、この曲は調性の3全音のせいで、和声的には中空に宙づりにされたような感覚を残す。
編曲の手法としてのクラリネットのトリオについて付言すると、これは従来ヘンダーソンか、レッドマンの手法とみなされてきた。しかしまずヘンダーソンと考えるのは間違いである。レッドマンと考えると、自分自身リード奏者のレッドマンがクラリネットのトリオを強調し、普及させたことは確かであるのだが、彼が実際にこの工夫を発明したとは信じがたいが、これらクラリネットが3声体の和声で演奏していたかは判然とはしないが、そのように演奏していたのではあるまいか。というのはすでにサキソフォーンの3声体の和声付けが登場していたし、楽器を掛け持ちするリード奏者が勢ぞろいしていたホワイトマンの楽団では1924年に先立ってクラリネットのトリオを使っていたこと、また当時の章で最も人気のあった見世物の一つが、ウィルバー・スウェットマンの3本のクラリネットの同時吹奏であったからである。」
訳文がかなり混乱している感じがするがともかくこの作品の出来栄えはことのほか素晴らしいとしている。

A面1.ワーズ (Words) 1924年10月30日ニューヨークにて録音
飯塚経世氏の解説がついている。曰く
「1924年頃のヒット曲で、チャールストン・ダンスのふさわしい快適な演奏が楽しめよう。ソロはルイ・アームストロングのコルネットにコールマン・ホーキンスのテナー・サックス、それにチャーリー・グリーンのトロンボーンなど。」因みにチャールストン・ダンスは1920年代アメリカで一世を風靡したダンスの一種。1923年の黒人だけのレビュー“Running wild”の中で、ジェームス・P・ジョンソン作曲の“Charleston , South Carolina”に合わせて踊ったのが最初と言われる。
シュラー氏がことのほか素晴らしいとした”Copenhagen”と同日の録音である。出だしはここではTp(或いはCorによる)トリオ演奏で始まる。レッドマンの作戦だろう。ディスコグラフィーとレコードでのブラス・セクションの記載の相違がある。
ここでのルイのソロは闊達で素晴らしいと思うし、ホーキンスのソロも”Go 'long mule”の時と比べると単なるオブリガード風ではなくソロという感じが色濃くなっている。早くもルイの影響が出始めたのだろうか?

さて、シュラー氏は6.エヴリバディ・ラヴズ・マイ・ベイビー (Everybody loves my baby)と7.ハウ・カム・ユー・ドゥ・ミー・ライク・ユー・ドゥ (How come you do me like you do)については格段触れてはいないが、 「1924年後半と1925年初期のヘンダーソンの「コペンハーゲン」以外の全ての録音が過剰なヴィブラートと凡庸なセクション書法を満載し、出来合いの編曲の水準と変わり映えしない大袈裟な感想やコーダのつけられた作品へと復帰している。ルイだけが飛びぬけて素晴らしく聞こえるのは、スウィングの幅が大きく、しばしば時代に数十年先んじてビハインド・ザ・ビートの間隔を込めて演奏しているからである」と述べ、ルイ以外を全く評価していない。
ところで”A study in frustration”では大体年代順に曲を並べているが、この2曲に関しては7曲目”How come you do me like you do”が11月17日、6曲目”Everybody loves my baby”が11月22日と順番が異なる。どういった理由であろうか?
7.ハウ・カム・ユー・ドゥ・ミー・ライク・ユー・ドゥ (How come you do me like you do)1924年11月17日 ニューヨークにて録音
編曲に関しては変にひねくり回さず非常に平易で、落ち着いて聞け、現代的な感じさえする。アンサンブルが終わりTpソロがありソロの中間でTbと絡み、さらにソロ、アンサンブルが入り短いTsソロが入って終わる。

6.エヴリバディ・ラヴズ・マイ・ベイビー (Everybody loves my baby)1924年11月22日 ニューヨークにて録音
Tpのリードでテーマが始まる。複雑なアンサンブルのあとTp、Bj、Tbの短いソロが入る。最後にルイの掛け声風のヴォーカルが入って終わるが、ルイのヴォーカルが聴けるのはこれが最初ではないか?

ビッグ・バンド・ジャズもルイ・アームストロングがフレッチャー・ヘンダーソン楽団に加入したことで始まるといわれる。その革新性はなかなか今となってみれば感じにくいところもあるが少しずつでも勉強は続けて行こうと思う。

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第83回2015年1月18日

「ペンギン・スウィング」チュー・ベリー&キャブ・キャロウェイと彼のオーケストラ
ディジー・ガレスピー 入門その4-1940・41年その2

ご覧いただきありがとうございます。定年オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。


毎日毎日寒い日が続きます。17・18日の土日は私事が忙しくのんびり散歩もできませんでした。

1月16日の読売新聞文化欄に「レコード 復権の流れ」という記事が掲載されました。そこに日本レコード協会のデータとして、2009年、10年は1億円台にとどまったアナログ盤の生産額が2012年6億円にまで増えたという。昨年も11月までに約5億8000万円を達成したとあります。押し上げた原因は「ザ・ビートルズ MONO LP BOX」などの話題盤が市場を活性化させているとしています。結局ビートルズかい!という気持ちはありますが、逆に驚くのは、現在日本で唯一レコードを生産しているのは「東洋化成」という会社のみで、市場規模1億円という小さい規模にもかかわらず生産を継続しているという事実です。素晴らしいことだと思います。
またアナログ・レコードしかかけないジャズ喫茶の名門復活「ちぐさ」プロデューサー藤沢氏は「レコードは面倒くさい。だからこそありがたみがある。」と話されているそうです。本当にそう思います。
かなり前のことになりますが、確か評論家の中山康樹氏が以前「誰がレコード⇒CD化を図ったのか」という文章で、「レコードは面倒くさい。だからCDへという流れは、音楽ファンが望んだことではない。レコード⇒CDという流れは、メーカーが勝手にそう思い込んでやったことだ。ファン無視だ」ということを書かれていました。思わず拍手を送った指摘です。少なくても僕や僕の周りのジャズ・ファンは誰も「レコード⇒CD化」、もっと広く言うと「アナログ⇒デジタル」を望んでいません。と言って時代の流れが今後本当に「デジタル⇒アナログ」になるとも思えません。経費がかさむとは思いますが、「アナログ」・「デジタル」双方の音源が発売されるような時代になればいいなと思っています。




【About & Around】

リビング兼リスニングルーム 昨年の12月31日大晦日にジャズのレコード、CDの枚数を数えてみました。実は一昨年も数えてみました。きっちり購入リストを作るべきなのですが、怠慢な僕のリストは抜けや二重計上だらけです。一昨年は1回目の計算と2回目の計算ではあまりに数が違うので我ながら呆れ、友人に訊かれると約4,000枚と答えていました。今回は2度は数えないことにしました。1回目と2回目で数が違うことは分かりきっているので、正確な数字を把握するのはあきらめました。いずれにせよ正確に把握してもあまり意味がないことが分かったからです。因みに12月31日での所有枚数は4,253枚でした。僕は現在のところレコードなどを売る気はないので、増える一方です。
写真は恥ずかしながら我が家のリスニング場所、リビングの1面です。敢えて何の掃除もせず撮影してみました。実に恥ずかしい画です。狭いリビング一面全部を僕が占領しており、家人はもちろん怒っています。この他レコードとCDは他に家中2カ所に分けて置いています。こんな状況でジャズを聴いています。本当に恥ずかしい。


さて、今回はディジー・ガレスピーの入門第4回です。



第83回”Penguine Swing”Chu Berry & Cab Calloway & his orchestra

CD…Archives of Jazz 3801082 Made inHolland(輸入盤CD) 「キャブ・キャロウェイ/ペンギン・スウイング」CD ディジー・ガレスピー入門第4回は1940、41年の追加の音源が見つかったので、追加しておこうと思う。
昨年末家人からレコード、CDの整理を命じられ、形ばかりの移動・入れ替えをやっている時に全く忘れていた1枚のCDを見つけた。それが今回取り上げるCDである。タイトルからキャブ・キャロウェイ・バンドに在籍していたチュー・ベリーに焦点を当てたCDであることが分かる。 前回も記したがジャズ評論家粟村政昭氏によると、ディズはキャブの下で64曲のスタジオ録音を行っておりこの内9曲を前回取り上げた。今回のCDには全16曲中11曲にディズは参加しており、前回の”Boog-it”、”Chu”とありがたいことに被る曲が無いのだ。CDでは6曲目から16曲目までディズが参加した吹込みである。
さらに粟村氏はディズについて、全体としてはまだまだロイ・エルドリッジの亜流といった線が強く、後年の改革を思わせる鋭さは、いまだ表面には表れていないとしながらも、キャロウェイ時代の録音の内ドン・レッドマンがアレンジした“Cupid’s nightmare”や“Hard times”辺りのソロが有名だとしている。前回の「チュー」に収録されている”Topsy Turvy”が“Hard times”とすれば、今回のCDにはドン・レッドマン編曲の“Cupid’s nightmare”が含まれているのがありがたい。

<Contents>

6.コーリング・オール・ブルース (Calling all blues)
7.ザ・ローン・レンジャー (The lone ranger)
8.フーズ・イェフーディ (Who’s Yehoodi ?)
9.バイ・バイ・ブルース (Bye bye blues)
10.サンセット (Sunset)
11.キューピッズ・ナイトメア (Cupid’s nightmare)
12.ホット・エア (Hot air)
13.へプ・キャッツ・ラヴ・ソング (Hep cats love song)
14.ジョナ・ジョインズ・ザ・キャブ (Jonah joins the Cab)
15.ギーチー・ジョー (Geechie Joe)
16.スペシャル・デリヴァリー (Special delivery)
キャブ・キャロウェイ・バンドで演奏するガレスピー(後列左端)

<Cab Calloway and his orchestra Personnel>基本的には第77回の時と同様

Band leader & VocalCab Calloway
TrumpetDizzy Gillespie、LammarWright、MarioBauza、13曲目以降Jonah Jones
TromboneTyree Glenn、QuentinJackson、KegJohnson
Alto saxHilton Jefferson、Andrew Brown、
Tenor saxChu Berry、WalterThomas、
Baritone sax&ClarinetJerry BlakeGuitar…Danny Barker
PianoBenny PaineBass …Milt HintonDrums…Cozy Cole

ということで20曲を収録順に並べてみる。
なお、前回第77回の記載に誤りがありました。”Boog-it”収録の”Blues in the night”を1940年9月10日録音と記載しましたが、これは僕のミスで、レコードの表記では1941年9月10日となっています。第77回の方も修正しました。
No.曲名録音日編曲者録音場所アルバム
1”Chop,chop,Charlie Chan”1940年3月8日不明ChicagoBoog-it
2”Boog-it”1940年3月8日不明ChicagoBoog-it
3”Topsy turvy(Hard times)”1940年5月18日Edger BattleNew YorkChu
4”Calling all blues”1940年5月18日Benny CarterNew YorkPengiun swing
5”The lone ranger”1940年5月18日Benny CarterNew YorkPengiun swing
6”Who’s Yehoodi ?”1940年5月18日Benny CarterNew YorkPengiun swing
7”Come on with the “Come on””1940年6月27日Andy GibsonChicagoChu
8”(I don’t stand)a ghost of a chance (with you)”1940年6月27日Andy GibsonChicagoChu
9”Bye bye blues”1940年6月27日Benny CarterChicagoPengiun swing
10”Sunset”1940年8月5日Benny CarterNew YorkPengiun swing
11”Lonesome nights”1940年8月28日Benny CarterNew YorkChu
12”Cupid’s nightmare”1940年8月5日Don RedmanNew YorkPengiun swing
13”Hot air”1940年8月5日Don RedmanNew YorkPengiun swing
この間トランペットがマリオ・バウザからジョナ・ジョーンズに替わっている。
14”Says who ? says you , says I”1940年9月10日Buster HardingNew YorkBoog-it
15”Hep cats love song”1941年3月5日Andy GibsonNew YorkPengiun swing
16”Jonah joins the Cab”1941年3月5日Andy GibsonNew YorkPengiun swing
17”Geechie Joe”1941年3月5日Andy GibsonNew YorkPengiun swing
18”Special delivery”1941年3月5日Andy GibsonNew YorkPengiun swing
19”Take the “A” train”1941年7月3日不明New YorkChu
20”Blues in the night”1941年9月10日Buster HardingNew YorkBoog-it

では曲を聴いていくことにしたいが、このCDはそもそも「チュー・ベリーとキャブ・キャロウェイ・オーケストラ」と銘打ちキャロウェイ・バンド時代のチュー・ベリーの録音に焦点を集めたものであり、全収録曲にチュー・ベリーのものと思われるテナー(以下Tsと略)・ソロは入っているが、トランペット(以下Tpと略)・ソロのない曲もある。
項を改めて触れたいと思うが、チュー・ベリーはコールマン・ホーキンス派の逸材と言われるが僕には音色はレスター・ヤング寄りでフレージングがホーキンスに近い感じがする。
6.コーリング・オール・ブルース (Calling all blues)
7.ザ・ローン・レンジャー (The lone ranger)
8.フーズ・イェフーディ (Who’s Yehoodi ?)
この3曲は”Chu”に収録された”Topsy turvy”と同じ日付の1940年5月18日の録音である。”Topsy turvy”のディズのソロが有名であることからこの3曲についても期待が持てる。
6.コーリング・オール・ブルース (Calling all blues)も未発表テイクという。アンサンブルの後TpとTsのソロ、再度短いTp、Tbのソロ、そしてアンサンブルとTsの絡みがありアンサンブルとなって終わる。アンサンブルの響きなどグレン・ミラーを感じさせる箇所もある。
7.ザ・ローン・レンジャーは、最近では人気俳優のジョニー・ディップがインディアンの「トント」に扮した映画がヒットしたが、僕の若いころは白黒のテレビ・ドラマがあった。しかし古くは1933年ラジオ・ドラマとして放送されたものが最初と言う。そのドラマと何らかの関係があるのだろうか?これはこれまで未発表とのことなので、状況は詳しく分からないが、ラジオ・ドラマでは使われなかったのだろう。
こちらはアンサンブルの後最初にTsのソロ、続いてTpソロ、短いTsソロが入りアンサンブルに戻る。前曲とこの曲はスイング時代の演奏だなぁと感じる。
8.「フーズ・イェフーディ」は未発表曲でキャロウェイの歌入り。ディズのものらしいリード・トランペットの音はよく聞こえるがソロはなし。

9.バイ・バイ・ブルース (Bye bye blues)
チュー・ベリーの名演として知られる”A ghost of a chance”と同日の録音。未発表テイクという。Tsソロ、続いて、Tpソロの後タイリー・グレンが達者なヴァイブ・ソロを聴かせ、ミルト・ヒントンの短いがベース・ソロも聴くことができる、ノン・ヴォーカル・ナンバー。

10.サンセット (Sunset)
一転してスローなナンバー。アンサンブルはミュートのTpがリードを取る。Tsの短いソロの後ヴォーカルが入るがここではC調なしである。Tpのソロはない。

11.キューピッズ・ナイトメア (Cupid’s nightmare)
キャロウェイ時代でディズのソロの有名なナンバーでヴォーカルはなし。冒頭でアンサンブルをリードするところとアンサンブルの後の2カ所Tpソロがあるが、実際聴いてみると実に短い。審美耳がない僕には重要性が分からないでいる。
12.ホット・エア (Hot air)
前「キューピッズ・ナイトメア」と同日録音。アンサンブルの後TpとTsは2カ所で短いソロを取るが、この頃はソロが売り物ということではなかったのかと思う。ヴォーカルなし。

13.へプ・キャッツ・ラヴ・ソング (Hep cats love song)
ここからTpがマリオ・バウザに代わりジョナ・ジョーンズが加入する。粟村氏によるとキャロウェイはジョーンズ加入後はソロをジョーンズに吹かせたというので、そうだとすればこの曲以降キャロウェイ楽団でのディズのソロは無くなる。ヴォーカル入りのナンバーでTpソロはなし。
14.ジョナ・ジョインズ・ザ・キャブ (Jonah joins the Cab)
ジョナ・ジョーンズがキャブのバンドに入ったという曲だろう。未発表テイクという。曲名から言ってもTpソロはジョーンズだろうが、正直僕にはジョーンズとこの時期のディズの違いの聴き分けはできない。
15.ギーチー・ジョー (Geechie Joe)
Tpがフューチャーされているヴォーカル・ナンバー。これもジョーンズなのだろう。キャロウェイの大ヒット曲「ミニー・ザ・ムーチャー」に似ている曲。未発表テイク。
16.スペシャル・デリヴァリー (Special delivery)
全3曲と同日録音のヴォーカルなしのジャンプ・ナンバー。テーマ・アンサンブルの後Ts⇒アンサンブル⇒Tpソロ⇒アンサンブルで終わる。ここもTpソロはジョーンズということだろう。

自信はないが、12曲目までのTpソロはガレスピーだと思う。粟村氏以外にも書いている人がいるので、ガレスピーはロイ・エルドリッジの影響を大きく受けているのだろうが、僕は実はエルドリッジのプレイをよく知らないのである。粟村氏はエルドリッジを「ルイ・アームストロングとディジー・ガレスピーを結んだジャズ・トランペット主流派線上の巨人」と書いているが、現在彼の代表作というのはことごとく入手しづらい状況になっているのではないか。彼などは実際は大きな実績がありながら現在では埋もれてしまった巨匠の一人に入るのではないか。今後エルドリッジの代表的名演は是非聴きたいと思っているが、首尾よく入手できるかどうかかなり不安を持っている。

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第84回2015年1月25日

オスカー・ピーターソン 「ウィ・ゲット・リクエスツ」

ご覧いただきありがとうございます。定年オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。



今日1月25日の南関東地区は平年に比べて暖かく過ごしやすい日となりました。でも昨日は気象情報が外れて重苦しい雲が立ち込め今にも雪が降りそうな1日でした。去年まではこのような日にはさすがにテニスは休んでいたのですが、今年はちょっとした事情があり午後一杯日没までテニスコートに出ていました。とてもとても寒かったです。
全豪オープンは錦織選手が勝ち進みベスト16入りを果たしました。テレビで見ているとハラハラさせられる時もありますが、勝負どころの強さは抜群でさらなる進撃が期待されます。
僕は仲間とのテニスの後いつもの居酒屋さんでテレビを見せてもらいました。テニス仲間と観るグランドスラムの試合のライヴ放送は最高に盛り上がりついついお酒も進んでしまいます。







【About & Around】

寺島靖国著「ジャズの聴き方」 最近寺島靖国氏の書いた『ジャズの聴き方』という本を読みました。1996年初版発行ですが、昨年古本屋さんで購入しました。
僕は寺島さんの本結構好きなんです。何故って、寺島さんの本を読んでいると「やはり、ジャズっていいよなぁ、もっともっと聴きたい」という気持ちが湧き起ってくるのです。多分寺島さんの本を読まなくても「ジャズを聴きたい」という気持ちなのですが、本を読むと「もっと、もっと」という気持ちになります。寺島さんは結構著作があり、僕はそれほど読んでいる方ではないですが、この本は面白いです。
この中でオーディオ評論家でもある寺島氏がオーディオ評論家の先生達の自宅を訪ねて「音」を聴かせてもらうという企画の章があります。その中のお一人長岡鉄男氏の自宅を訪ね色々聴かせてもらった後、帰り際と思われますが「先生(長岡氏=12歳先輩)はオーディオは金じゃないよ、と言っているように見えた。オーディオに腕のない私(寺島氏)は、口惜しくて、でもやっぱりオーディオはお金ですよ、とつぶやいていた。」寺島氏がその当時凝っていたプリ・アンプとDAコンバータをつなぐ1mペアで20万円もするピンケーブルを長岡氏のシステムで試してもらった後のことです。
僕は前回誠に恥ずかしい自分のジャズを聴く環境を書きました。僕だっていい音でいい演奏を聴きたいと思っています。ジャズとは限らずライヴ以外で音楽を聴く3要素は「再生環境(つまり聴く部屋)」、「再生装置(つまりオーディオ装置」そして「再生物(つまりレコードやCD」です。その3要素の内最も最初に整えなくてはならないのが「再生環境」です。これはどう考えても「お金」が全てです。僕の場合チープなオーディオ装置ですら、まともに稼働させたことがありません。狭い部屋をご覧いただきましたが、実は外の環境はもっと大変なことになっています。東西南北のお隣さんの家が建築法ギリギリまで迫っているのです。僕の家は外から写真を撮ることができません。四方が家に囲まれているので見えないのです。そんな環境なのでちょっとオーディオの音を大きくしただけでこれまで2回ご近所の方に警察が呼ばれ注意されました。音の漏れないよう昇温設備を万全にするという方法も考えられますが、いずれにしろ「多額のお金」がかかります。
この世の中なかなか「○○を良くするのはお金だ」とは断言しにくい風潮があると思います。そんななか寺島氏が「良い音を出すのはまずお金だ」とハッキリ言い切ってくれたようで、僕の再生環境が良くなるわけではありませんが変に溜飲が下がったような気がしました。

第84回Oscar Peterson ”We get requests ”

  「オスカー・ピーターソン/ウィ・ゲット・リクエスツ」レコード・ジャケット

<Contents>

A面
B面
1.クワイエット・ナイツ (Quiet night of quiet stars (Corcovado)) 1.ユー・ルック・グッド・トゥ・ミー (You look good to me)
2.酒とバラの日々 (The days of wine and roses) 2.イパネマの娘 (The girl from Ipanema)
3.マイ・ワン・アンド・オンリー・ラヴ (My one and only love) 3.ディー・アンド・イー (D. & E.)
4.ピープル (People) 4.タイム・アンド・アゲイン (Time and again)
5.ジョーンズ嬢に会ったかい?(Have you met Miss Jones ?) 5.グッドバイ・ジェー・ディー (Goodbye J.D.)

<Personnel>

オスカー・ピーターソンOscar PetersonPiano
レイ・ブラウンRay BrownBass
エド・シグペンEd ThigpenDrums
レコード…Verve V/V6-8606
CD…M.G.M.records(Verve series)810047-2
1964年10月19、20日録音 B-5のみ不明



オスカー・ピーターソンはそのリーダー作は200枚を超えるともいわれ、個人としては最も多い作品を発表しているといわれる。そんな数多あるレコードの中でこのアルバムが僕の入門作である。
今から20年前くらいに中古のレコードを購入したのだが、何故その時までピーターソンを買わなかったのかというと、それは偏に故粟村氏の影響である。粟村氏はその著『ジャズ・レコード・ブック』ビル・エヴァンスの項で「ピーターソン流のブンチャ、ブンチャというリズムに乗った、切れるべきところで必ず切れるフレージング」という記述、ピーターソン本人の項で「芸術臭はきわめて希薄」という記述を読み、どうしても聴いてみようという気持ちになれなかったのである。しかし「ピーターソンは素晴らしい」という人はいるし、何せ発表枚数が多いということは支持する人もそれなりに存在するということだと考えまぁ一度聞いてみようという気持ちになったのだ。
そしてなぜこのアルバムかというと、彼のことはよく分からないが、この作品は彼の基本的アイテムのような気がしたからである。何かでドラム入りピーターソン・トリオの佳作というような記事も読んだような気がしたのとたまたまレコード・ショップにあったからでもある。
粟村氏もピーターソンの項でこのアルバムは、「まぁ佳作」的な評価のように思っていたが、『ジャズ・レコード・ブック』を購入後に見返してみると、全く触れていなかった。残念!

現代ではピアノ・トリオというとP(ピアノ)-B(ベース)-Dr(ドラムス)というのが一般的だが、以前はP-B-Gt(ギター)という編成が多かったようだ。アート・ティタムもそうだったし、ナット・キング・コールもそうだった。ピーターソンもそれに倣ったのか初めに組んだトリオはP-B-Gtという編成だった。ピーターソンは58年P(ピーターソン)-B(レイ・ブラウン)-Gt(ハーブ・エリス)というトリオを解消し、59年P(ピーターソン)-B(レイ・ブラウン)-Dr(エド・シグペン)というトリオを結成した。このトリオは60年代後半まで長い間続くことになる。確かに何か不満を持つようなメンバーではない素晴らしいメンバーである。

またあまり指摘する人がいないようだが、このピーターソンという人の他にあまり見られない特質はレギュラー・トリオという考え方をする人だという点である。もちろん、マイルス・ディヴィスやジョン・コルトレーンのように一時期レギュラー・コンボを組み活動したアーティストはいるが、ピアニストで面子を固定化しレコーディングやツアーを行った人というのは思い当たらない。こういった行為はグループとしてのまとまり「こう弾けばこう返す」的な丁々発止の息の合ったプレイにつながると思うが、余りに長きに渡ると当然マンネリという事態に陥りやすい。粟村氏は「ピーターソンの手はいつも同じ」と言ったが、ピーターソンのトリオが変化するのは、メンバーの交代、レコード会社の移籍といった要因によるもので、周りの環境が変わりトリオの音が変わってもピーターソンのフレーズは変わらないということを言いたかったのではないかと思う。
しかし、一つのトリオで長きにわたりプレイする、さらにフレージングは変わり映えしないとしても、もしそれが好みなのであればその人にとっては何ら問題はないし、変化しないだけ安心して聴けるということも言えるだろう。

さて、このアルバムのことだが、タイトル“We get requests”は「リクエストにお応えします」という意味だろう。ライナー・ノートによると国中を演奏旅行して回っていてニューヨークの「ベイジン・ストリート・イースト」、シカゴの「ロンドン・ハウス」などのナイト・クラブで演奏する時お客からのリクエストを受けているのだという。もちろん彼はバーのピアニストではないので、友情に溢れたリスペクトの気持ちに満ちた気持からのリクエストに限られてはいるが。ここ数か月にトリオがリクエスト受けた最近のヒット曲をピーターソン流に解釈して盛り込んだ作品ということらしい。そういえば僕はレコードもCDも輸入盤だが、日本盤は日本語のタイトルがついていたことを思い出した、確か「プリーズ・リクエスト」というものだった。

では、曲を聴いていこう。全10曲中2曲がボサ・ノヴァ・ナンバー。これらがリクエストされるということは当時やはりアメリカはボサ・ノヴァ・ブームに沸いていたのだろう。オリジナルは1曲B-5のみで後は当時のヒット曲や映画などの音楽である。

「オスカー・ピーターソン/ウィ・ゲット・リクエスツ」CDジャケット A-1.クワイエット・ナイツ (Quiet night of quiet stars (Corcovado))
 アントニオ・カルロス・ジョビン作。以前取り上げたスタン・ゲッツのアルバム「ゲッツ=ジルベルト」にも収録されていたボサ・ノヴァのナンバー。「静かな星の静かな夜」というタイトルでゲッツはしっとりと演奏していたが、割と早いテンポで演奏される。ボサ・ノヴァの軽快なリズムに乗って、高音部を中心に使って快調に弾き込んでいく。レイ・ブラウンのベースが心地よい。

A-2.酒とバラの日々 (The days of wine and roses)
 日本では「酒バラ」と略されてジャズ・ピアノ・トリオの演目として定番化しているが、この曲をジャズで取り上げたのはこのアルバムが最初だという。元は同名映画の主題歌として1962年度の最優秀レコード賞、最優秀楽曲賞、最優秀編曲賞を受賞した。ヘンリー・マンシーニの作曲にジョニー・マーサーが歌詞をつけアンディ・ウィリアムスの歌で大ヒットした。映画自体は酒におぼれある中になり破滅していく夫婦の物語で僕は映画を見ていないがストーリーはかなり陰惨である。
ここでもテーマへの絡み、アドリブのバックのベース・ラインがスインギーである。テーマを演奏してアドリブに入る前2小節で弾くピーターソンのフレーズがブルージーでカッコいい。

A-3.マイ・ワン・アンド・オンリー・ラヴ (My one and only love)
ガイ・ウッド作曲ロバート・メリン作詞のAABA32小節形式の典型的なスタンダード・ナンバー。フランク・シナトラが1953年キャピトルに録音したレコードがヒットしたという。
まず、ピーターソンのソロで始まりBとDrがしっとりとバックを付ける。ブラウンのBも歌っているような素晴らしいソロを披露する。

A-4.ピープル (People)
1964年ブロードウェイのミュージカル「ファニー・ガール」でバーバラ・ストライサンドが歌ったものという。テーマはいかにもポップスの曲という感じがする。
アドリブ・スペースに入ってミディアム・テンポでブラウンの弾くウォーキング・ベースに乗ったスインギーな展開が心地よい。

A-5.ジョーンズ嬢に会ったかい?(Have you met Miss Jones ?)
ロジャース=ハートの名コンビの作。よく「ジョーンズ嬢に会ったかい?」と訳されるが、「ジョーンズ嬢に会ったかい?」を英訳すれば“Did you meet Miss Jones ?”で、これは「ジョーンズ嬢に会ったことがありますか?」ということだろう。どこかで「ジョーンズ嬢をご存知ですか?」と訳しているのを見たことがあるが、これはうまいと思った。
ブラウンの、テーマのバックでアクセントをつけるようなプレイ、アドリブのバックでの重低音を活かしたプレイに魅き込まれる。良い環境で充実した再生装置でずっしりとしたこのベースの音を楽しみたい。


B-1. ユー・ルック・グッド・トゥ・ミー (You look good to me)
この曲の出自はよく分からない。ブラウンのアルコをバックに弾くピーターソンのアルペジオは何かイージー・リスニング調だ。
続いてイン・テンポになりブラウンのソロになるがフレーズ・弦鳴り共に素晴らしい。ピーターソンのシングル・トーンによるソロもシンプルでフレーズ展開が素晴らしい。実に楽しい演奏だ。ジャズはこうでなくちゃ。

B-2. イパネマの娘 (The girl from Ipanema)
これもアントニオ・カルロス・ジョビン作。スタン・ゲッツのレコードはアストラッド・ジルベルトのヴォーカルでヒット・チャート5位まで上る大ヒットとなった。
ここでもテーマは普通にメロディーを活かしたものだが、アドリブはブラウンの重低音ベースをバックにピーターソンのシングル・トーンが快調だ。

B-3. ディー・アンド・イー (D. & E.)
MJQなどで有名なピアニスト、ジョン・ルイスの作という。割とゆったりとしたテンポで演奏される。このトリオはピーターソンのシングル・トーンによるアドリブ・フレーズとブラウンの展開するウォーキング・ライン双方が聴きものだ。そしてシグペンは目立たないがしっかり2人を支えている。

B-4. タイム・アンド・アゲイン (Time and again)
スイング時代からビ・バップ、モダン、さらにはフリー・ジャズの時代まで息長く活躍したジャズ・ヴァイオリン奏者スタッフ・スミスの作というスローな美しいナンバー。スミスとピーターソン、ブラウンは1957年に共演している。
リリカルに展開するピーターソンのソロとずっしりと重低音で支えるブラウンのベース、あぁデカいスピーカーでヴォリュームを上げて聴きたい。

B-5. グッドバイ・ジェー・ディー (Goodbye J.D.)
これはピーターソンのオリジナル。J.D.とは本アルバムも担当したピーターソン担当のヴァーヴのプロデューサージム・ディヴィス(Jim Davis)のこと。プロデューサーにグッドバイ(さようなら)というのは、単なる挨拶か?でも普通は違う意味に使うだろう。いいのかな?この曲だけ違う日の録音らしい。
最もアップテンポの曲。これまで抑えてきたテクニックを解き放つように速いフレーズを繰り出すピーターソンとバックのブラウンのランニング・ベースが素晴らしい。もう少し長い尺で演奏して欲しかった。

ピーターソンとブラウンの組んだレコーディング歴は長いがシグペンが加わってから5年。一言でいえば、お互い気心も知れた名人同士の繰り広げる定番的なピアノ・トリオ・アルバム。
P.S.しかし僕が一番好きな三人が一体となってグイグイと迫ってくるグルーヴ感溢れる演奏ではない。何が原因かというとドラムのような気がする。ドラムがバックに徹していて大人しいのである。

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第85回2015年2月1日

ビリー・ホリディ 「コモドア版ビリー・ホリディ全集」

ご覧いただきありがとうございます。定年オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。



一昨日の1月30日金曜日は僕の住む辺りでも雪が降りました。自動車がよく走る道路ではもう雪は残っていませんが、森の中はまだ大分残っています。残っているといっても融け始めていて道がぬかるみ長靴を履いていないと歩くのは大変です。ちょっと写真を撮る間だけ注意して入りましたが、後は舗装道路を歩きました。








近所の紅梅 ご近所のお庭に咲いている紅梅です。淡い良い香りが漂っています。
雪国の方々には申し訳ないような気がしますが、僕の住む南関東地区は一端雪が降っても、翌日には大体融けてしまいますが、昨年は30センチ近い雪が1週間挟んで2度降り、雪掻きなどが大変でした。今年はこれで勘弁してほしいなぁ。昨日は積雪のためコートが使用できずテニスは中止、残念!

テニスと言えば全豪オープン、錦織選手準決勝進出ならず残念です。相手は豪速サーヴで名高いワウリンカ選手、昨年全米オープンの準々決勝で勝った相手です。僕は勤務中のためテレビ観戦は出来ませんでしたが、松岡修造さんの解説を読むと、「挑戦者として挑めば勝てた。圭よ、君は挑戦したか?」とありました。確かにある程度リスクを冒して攻めて行き、その攻めがうまく行かないと勝つのは難しい相手でしょう。しかしそのワウリンカも世界ナンバー1ノバク・ジョコヴィッチにはフル・セットの末敗れました。ジョコヴィッチの安定感は驚異的です。

【About & Around】

レコード・プレイヤーとカートリッジ 写真は僕の使っているレコード・プレイヤーとカートリッジの付いたセルです。プレイヤーはテクニクスSL-1200MK3、古くて安価ものです。カートリッジは最も安価なMC型オルトフォンMC-09Aです。一度MC型のカートリッジで聴いてみたくて一昨年購入しました。
前回、前々回と誠に恥ずかしい僕のジャズを聴く環境について書きました。要は環境が整っていないと再生装置を充実させることはできません。再生装置つまりオーディオ関連でいうと僕はスピーカーは大きいほどいいと思っています。しかし我が家の場合例えばAltec A-7などは導入できません。もちろん値段的に買えないのですが、誰かに譲るといわれても、置く場所がないどころか強引に運び込んだら床が抜けると思います。現状では小規模オーディオ・システムで聴くしかないのです。
僕は今のところ「再生環境」と「再生装置」に興味を持っていません。正確には興味は持っていますが、持っていても仕方ないので諦めています。というのもこの2つを解決するのは「お金」しかなく、それこそ最も持っていないものだからです。

第85回Billie Holiday  “Commodere Jazz Classics Series Vol.5”

  「コモドア版ビリー・ホリディ全集」レコード・ジャケット

<Contents>

A面
B面
1.奇妙な果実 (Srange fruit) 1.アイル・ビー・シーイング・ユー (I’ll be seeing you)
2.イエスタディズ (Yesterdays) 2.アイム・ユアーズ (I’m yours)
3.ファイン・アンド・メロウ (Fine and mellow) 3.エムブレイサブル・ユー (Embraceable you)
4.ブルースを歌おう (I gotta right to sing the blues) 4.時の過ぎ行くまま (As time goes by)
5.ハウ・アム・アイ・トゥ・ノウ (How am I to Know) 5.シーズ・ファニー・ザット・ウェイ (She’s funny that way)
6.マイ・オールド・フレイム (My old flame) 6.恋人よ我に帰れ (Lover come back to me)
7.アイル・ゲット・バイ (I’ll get by) 7.アイ・ラヴ・マイ・マン (I love my man)
8.波止場にたたずみ (I cover the waterfront) 8.サニー・サイド (On the sunny side of the street)
A面1〜41939年4月20日録音
A面5〜81944年3月25日録音
B面1〜41944年4月1日録音
B面5〜81944年4月8日録音
レコード…日本コロンビア XM-35-MSD 日本盤
CD…キングレコード KICJ 43/44




ちょっとした箴言というか都市伝説というか業界伝説がある。それも2つある。
一つ目たしか寺島靖国氏が書いていると思うが、自信はないが、それはこのようなものだ。
「ある歌手のレコードを聴いて、その声に違和感を覚えたらその歌手を好きになることは一生無い。」
僕はこの言葉を知ったのは4、5年前くらいのことと思う。僕にはこの言葉は大ショックだった。こういう言葉がショックなのは、自分はそうは思ってなくというか考えたこともなかったがハタと思い当たる節があるからだ。
告白すると僕はビリー・ホリディというジャズ史上の最高と言われる歌手の声が好きではないのである。しかし僕は彼女のレコードを結構買って聴いている。重複もありそう多くはないが55枚ほど持っている。ジャズ評論家の先生達はみんな彼女が大好きなようだ。大和明氏、大橋巨泉氏、野口久光氏など名だたる方々がそして村上春樹氏までもが彼女を激賞して止まないのである。僕も彼女を好きになってイッパシの顔をして彼女を誉めちぎりたい。そうしないと感性が疑われる。
正直僕は彼女を嫌いではない、分からないのである。ただ彼女の音楽が理解できないというのではなく、彼女の「良さ」が分からないのである。僕はこれまで例えば「レディ・デイ・ウィーク」なるものを設けて1週間毎日彼女のレコードを聴くというようなことをし、理解に努めた。しかし長く続かないのである。何故か?彼女の「声」が好きになれないのである。

植草甚一著「バードとその仲間たち」(晶文社) 閑話休題。最近故植草甚一氏の『バードと彼の仲間たち』(晶文社)という1976年発行の古本でディスク・ユニオンかブック・オフで購入した。植草氏に関することはまた改めて触れることがあると思うが、その最後の解説を当時スウイングジャーナル誌の編集長を勤め、植草氏にジャズ評論を書かせた人物久保田次郎氏が書いている。久保田氏は「映画之友」誌に載っていた植草氏がジャズ・レコード収集をしている話を読み「これだ、この男だ!」と思い植草氏にジャズ評論を書かせた人物である。そこに僕にとっては近年稀な驚くべきことが書いてある。以下長いが引用させていただく。
>>植草さんの(チャーリー・)パーカーに対する意見について確固たる、ひそかな推測を持っていた久保田氏は、ある時経堂の植草氏の自宅を訪ねた時のことである。
(久保田氏は)帰り際に突然質問した。
「植草さん、貴方はチャーリー・パーカー好きじゃないでしょう」
それまで椅子にゆったりと座って、にこやかに昔話をしていた植草さんが、その途端、ハッと席を立って、じーっと本の山を眺めて、手をズボンのポケットに突っ込んだままとても怖い顔をした。
僕も無言でじっとしていた。やがて彼は思いつめたような真剣な顔をして自分自身に語るように、しかしはっきりとした口調で言った。
「僕はパーカーが解らなかったのです、皆がパーカーを聴かなくちゃ駄目だと云いました。それで一生懸命聴いたんですが、僕には分からなかった。」
僕は身じろぎもしないで、すかさず云った。
「それは解らなかったんじゃなくて、好きじゃなかったんだ。え?そうでしょう」
こういうと、彼はむしろ一瞬緊張が解けたように、ホッと云った。
「ええ、実はどうしても好きになれなかったんです。この本(『バードと彼の仲間たち』)にそれは書きませんでしたけど」
「それじゃ、植草さん、ビリー・ホリデーの歌、好きじゃないでしょう」
とかさねて僕は言うと、彼はもういつものように寛いで、椅子にゆっくり座り直しつつ、
「ええ、好きじゃないですね」
と云った。<<
「コモドア版ビリー・ホリディ全集」CD・ジャケット これは驚くべき記述である。
1.僕は初めてある程度名の通ったジャズ評論家で「チャーリー・パーカーが解らない」、「チャーリー・パーカーが好きになれない」、「ビリー・ホリディが嫌い」という人がいることを知った。
2.「チャーリー・パーカーが好きになれない」を受けて「それじゃ、ビリー・ホリディも嫌いでしょう?」という指摘とそれが図星であったこと。
3.「ファンキー爺さん」などと呼ばれお気楽な随筆家然としていた植草氏でさえ、パーカーを嫌いと告白するのは、辛そうだったことなどである。
しかしここで一番気になるのは2.の「パーカーが嫌いならビリーも嫌い」である。これが2つ目の都市伝説である。
「パーカー嫌い⇒ビリー嫌い」の根拠は何だろう?根拠はないのであろう。久保田氏が長年の経験で得た知見ということだろう。これは逆も成り立つのであろうか?「ビリー嫌い⇒パーカー嫌い」なのだろうか?

僕のことを素直に書いておこう。先ず僕はパーカーが嫌いではない。しかし好きでもない。これはパーカーの回で書いたことだが、正直パーカーのすごさが解らないのである。そのためもう一度一から聴き直そうというのが、このHPでやろうとしていることなのだ。ではビリーは?これも嫌いではないが好きでもない。しかし『声』が好きになれないのである。そこで第1の都市伝説である。「声が好きではない歌手は絶対に好きになれない」つまりこれが正しいとすれば僕はビリーを好きになれないだろうし、第2の都市伝説の逆が正しければパーカーも好きにならないだろう、ということである。
一体どうなるのだろうと思いつつ…前に進むしかないのだ。

さて、そんな僕のビリー・ホリディの入門盤がこの「コモドア版ビリー・ホリディ全集」である。僕が高校そして大学に入る時代は現在とは全く違いベトナム戦争があり、反戦活動と言えばベトナム戦争反対であり、ウッドストック・フェスティヴァルがあり、サイケデリックは終焉を迎えつつも存在し、ジャニス・ジョプリン、ジミ・ヘンドリックス、ジム・モリソンが若くして夭逝した時代だった。日本では岡林信康から始まるフォーク・ソング・ブームが吉田拓郎、泉谷しげるなどでポップ化しつつある時代でもあった。そして当時若いうちに(多分感性が豊かなうちに)聴いておかなければならないレコードと言われるものが存在したと思う。いわゆる[魂の叫び]が音楽になったものである。そのうちの一枚としてこのビリー・ホリディの「奇妙な果実」は位置していたように記憶する。たまたま当時は大不評を買ったダイアナ・ロス主演の「奇妙な果実」(1972年)が封切られた時でもあった。
そして我が師粟村氏は
「ジャズ史上最大のシンガーであったビリー・ホリディが残した全レコードのうち最高にランクされる作品は文句なくコモドア原盤を集めた「ビリー・ホリディ」であると僕は思う。(中略)ともかくも彼女の代表作「奇妙な果実」を含む最も充実したジャズ・ヴォーカルの傑作であることには間違いない。」
第1、2の都市伝説は最近になって知ったことで、僕は当時あった何となくの伝説、「音楽を愛する若者ならビリー・ホリディの『奇妙な果実』は聴かなければならない」と粟村氏の解説でこのレコードを買った。これが僕のビリー・ホリディ入門である。全体的には前にも書いたように僕は、ビリーの声があまり好きになれなかった。しかしそれなりに感じたこともある。最も期待して聴いたのはやはり「奇妙な果実」である。一大傑作という割に、解説の油井正一氏が書いているように淡々とした歌い方なのである。そしてそれが素晴らしいという。僕が若かったのかちょっと拍子抜けした感じだった。当時一番気に入ったのはA-2「イエスタディズ」である。
ぼくはこのレコードを保持していたがあまり聴くことはなかった。ただずーっと気になっていたのである。今回拙HPを展開するに当たっていろいろやってみようと思うことがある。その一つはチャーリー・パーカー、デューク・エリントン、マイルス・ディヴィス、ジョン・コルトレーン、ビリー・ホリディなどの編年的に聴いて理解を深めることである。

アート・ペッパー「モダーン・アート」(第28回) 恥ずかしながら現在僕が聴いているオーディオ・セットはこんなものでも自分史上最高のシステムなのである。このシステムになって初めて久しぶりにちょっと敬遠気味だったビリー・ホリディを聴いた。そして「あれ?」と思った。それほど嫌な声ではないと思ったのだ。そしてふと思い出すことがある。そういえばこのシステムに変えてアート・ペッパー「モダン・アート」を良いなぁと思ったことだ。今までどんなシステムで聴いていたのだと突っ込みを入れたくなるが…。

今回は内容の感想は無しとし入門体験だけ綴りました。この曲は重要で単に音楽に留まらない意味を持っていると思います。回を改めて書いてみたいと思います。

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第86回2015年2月8日

ビリー・ホリディ入門 その2
1933年 「ビリー・ホリディ物語」



ご覧いただきありがとうございます。定年オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。
僕の住む南関東は先週木曜(2/4)夜半から翌金曜日午前にかけて降雪が予報されていました。先週の予報は当たり、雪国の方には笑われそうですが、朝早めに出勤のため家を出ましたが、電車が大幅に遅れ始業時間ぎりぎりに職場に到着しました。今回は同じ轍は踏まない覚悟でさらに早く起きたのですが、雪は降っておらず拍子抜けの体でした。ただ、週末近く降雪があるとテニス・コートが使えないので、週1回のテニスしか体を動かすことが無い体のなまったサラリーマンの僕には、降雪無しは助かります。
2月7日土曜日事前に電話で使用の可否を確認してテニス・コートに仲間と出かけましたが、状態が悪いという理由でコートは使えず、テニスは出来ませんでした。残念!!憤懣やるかたないオジサンたちはついつい痛飲してしまうのでありました。体にいいことをする予定が、体に非常に悪いことをする羽目になりました。








訃報 中山康樹氏…1月28日逝去

中山康樹氏 2月7日(土)朝、新聞を見て驚きました。「スイング・ジャーナル」誌の元編集長中山康樹氏が1月28日に亡くなられていたという報です。



中山康樹氏代表作の1つ『マイルスを聴け』 悪性リンパ腫だったそうです。悪性リンパ腫と言えば昨年11月に亡くなられた高倉健氏と同じ病気です。
中山氏は1953年5月大阪生まれの61歳(新聞報では62歳となっていたが誤りでは?)。「スイング・ジャーナル」誌の編集長を退かれた後は、ジャズ以外にロック、ヒップ・ホップなど幅広い分野で評論活動を行っていて、新聞報でも音楽評論家と紹介されていました。61歳で既に著作は100冊を超えると言われ、精力的な執筆活動は有名でした。
心からご冥福を祈ります。 









第86回The way to "Billie Holiday" Vol.2
”Billie Holiday

CBS SONY SOPH61-62 日本盤 (モノラル)


「ビリー・ホリディ物語」レコード・ジャケット

<Contents>

A面
1.ママの息子になって (Your mother’s son-in-low)1933年11月27日ニューヨークにて録音
2.リフィン・ザ・スコッチ (Riffin’ the scotch)1933年12月18日ニューヨークにて録音

<Personnel>

ビリー・ホリディBillie HolidayVocal
A-1、2ベニー・グッドマン・アンド・ヒズ・オーケストラBenny Goodman and his orchestra
 
ベニー・グッドマンBenny GoodmanClarinet&Band leader
チャーリー・ティーガーデンCharlie TeagardenTrumpet
シャーリー・クレイShirley ClayTrumpet
ジャック・ティーガーデンJack TeagardenTrombone
アート・カールArt KarleTenor sax
ディック・マクドノフDick McDonoughGuitar
ジョー・サリヴァンJoe SullivanPiano
アーティー・バーンスタインArtie BernsteinBass
ジーン・クルーパGene KrupaDrums
ディーン・キンケイドDean KincaidearrangeA1&A2

『ビリー・ホリディ物語』第1集のキャラクター しばらくはこのCBS SONYから発売された「ビリー・ホリディ物語」シリーズが音源になると思われる。このシリーズは、LPレコード2枚組5セット計10枚組というヴォリュームで解説も丁寧で詳しく、ビリーを聴いていきたい人には必須の素晴らしいレコード・セットである。どうもこのCDというのは見たことが無いのだが、CD化はされていないのだろうか?もしそうだとすれば是非CD化し未来永劫受け継いでいくべき文化遺産だと思う。
また、どうも日本で編集されたもののような気がするがどうなのだろう。もしそうだとすれば世界に誇るべき偉業だと思う。

というわけで今回「ビリー・ホリディ入門第2回」はビリー・ホリディの初レコーディング作を取り上げよう。以下は大和明によるレコードに付いている解説である。 ジャズ史上最高のシンガーとなったビリーも、当時はまだハーレムのクラブで歌い始めたばかりのわずか18歳の小娘にしか過ぎなかった。
1933年の初めに偶然のきっかけからジャズ評論家のジョン・ハモンドに見いだされたビリーは、ハモンドの努力によってベニー・グッドマンのレコーディング・バンド(当時のグッドマンは未だレギュラー・バンドを持っていなかった)に加わって録音する機会を与えられたのであった。ジョン・ハモンドはベニー・グッドマンを口説き落として、コロンビアの録音にビリーを起用させたのである。
この録音の日のことをビリーはその自伝『奇妙な果実』で次のように述べている。
>私はあの日を永久に忘れることができない。ベニーは私を呼びに来て、下町のスタジオに連れて行った。そこで私は、旧式の大きなマイクロフォンを見た。半分死ぬほどの恐怖だった。こんなものにどうして面と向かえよう。誰も私に、気持ちの鎮め方を教えてくれなかったが、そのセッションに来ていた二人組「バックとバブルス」のバック・ウォシントンは、私を震え上がらせている原因を鎮めるためにこう言った。
「あの白人たちに、君が怖がっているそぶりを見せるなよ、やつらは君を笑うぜ」
次に彼は私をマイクの側に立たせ、「何もこれを見たり、この中に歌わなくてもいいんだぜ。ただ側に立ってさえいればいいのさ」といった。
それは効果があった。私はマイクを無視して「男というものは(“Your mother’s son-in-law”)と「リフィン・ザ・スコッチ(“Riffin’ the scotch”)を吹き込んだ。私はこの吹込みで35ドルもらったが、このレコードの反響はなかった。

曲の解説に行こう。

A-1 ママの息子になって (Your mother’s son-in-low)
「半分死ぬほどの恐怖だった」と述懐している初録音。正に無我夢中で歌っている様子が目に見えるようであるという。
ここでのビリーは1920年代後期におけるエセル・ウォーターズをはじめとする、いわゆるホット・シンガーの唱法の幾つかを用いているが、そう行った中にもオフ・ビートで持って巧みにリズミックな歌い方をしているところなどに、後半におけるリズムへの絶妙なノリを早くも示しており、既に彼女独自のスタイルの兆候を見せているという。
ジャック・ティーガーデンの後に出る短いトランペット・ソロ、および最後のコーダの部分のトランペットは弟のチャーリー・ティーガーデンによるもの。
ついでながらこのコーダ部分は後にグッドマン楽団におけるトランペット奏者ジギー・エルマンが得意とするヘブライ調の吹奏法のヒントになっているという。
曲目解説の大橋巨泉氏は、彼女の悲惨な人生を考えるとこの若々しさは痛いほどだと書いている。
まさにプロの解説である。付け加えることなど及びもつかない。これがあのビリー・ホリディの18歳時の初録音と知って聴くと若さに意味を感じるが知らずに聴けば単に若手の、若さに頼った力いっぱいの歌だと思う。そしてこの若手シンガーがあのビリー・ホリデーになっていくのだと思うと本当に感慨深い。

A-2 リフィン・ザ・スコッチ (Riffin’ the scotch)
初レコーディングから3週間後のビリーのセカンド・セッションとして吹き込まれた。2曲ともディーン・キンケイドが編曲を担当しているが、キンケイドのアレンジは当時年は一流でここではスコットランド風のアレンジが効果を上げている。
なお、イントロ及びヴォーカルの前に出るトランペットはチャーリー・ティーガーデン、ヴォーカルの後はシャーリー・クレイによる数少ないソロの一つである。トロンボーン・ソロはもちろんジャック・ティーガーデンで、巨泉氏はさすがにうまいとしている。

明氏、巨泉氏とも2曲とも選ばれたナンバーが大したものでなかっただけに全く反響はなかったとし、ビリー本人も何の反響もなかったと言っている。しかし後に「キング・オブ・スウイング」となるグッドマンのこの時代の演奏が聴けるというのは、興味深い。

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第87回2015年2月15日

デューク・エリントン入門 第4回

ご覧いただきありがとうございます。定年オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。
散歩道端の紅梅 写真は2月11日の建国記念日の祝日の午前中に散歩した時に取りました。この日はとても穏やかで暖かい好日でした。いかにも春が近いことを期待させるような気候でしたが、天気もそう甘くはありません。よく木曜、金曜は日中は暖かいのですが朝晩、特に朝の冷え込みは厳しく、関東地方ではこの冬一番の冷え込みを記録しました。
「春よ、来〜い!」



焼肉味ん味ん 和牛ロース わたくしごとですが、って元々わたくしごとしか書いていないHPですが、我が家では家族の誕生日には食べたいものをリクエストできるという決まりがあります。まぁこれは僕が決めたことなんですが、誕生日の人がリクエストした食べ物を家族全員で食べに行くという実にシンプルなものです。誕生日と言っても平日はなかなか行けないので、大体近い日取の土・日・祝日に行くことになります。
この日(2月11日)は次女のリクエストで焼肉屋さんに行きました。地元、東京の西部・神奈川県に16店舗ほどお店を展開する「七輪炭火焼肉 味ん味ん」です。このお店は値段が安い割には、お肉も全て和牛でおいしく、いつも夕方はお客の列ができる人気店です。写真は「和牛ロース」770円です。脂はのっているのですがしっかり肉の味もするおいしいお肉でした。他に牛タン、カイノミ、ミスジ、和牛上カルビ、ハラミなどのお肉や柔らかホルモンなどもおいしくビールもすすみます。


第87回The way to Duke Ellington No.4

デューク・エリントン BYG盤 レコード・ジャケット

Duke Ellington “Archive of jazz Vol.21” 

レコード…BYG 529 071-Vol.21



前回エリントンを取り上げたのは約1年半前の第15回です。物凄く時間が空いてしまいました。そして取り上げるのはその時と同じレコードです。
Histry「ザ・デューク」CD40枚セット









<Contents>

B面
1.アイム・ゴナ・ハング・アラウンド・マイ・シュガー (I’m gonna hang around my sugar) CD”The Duke”204140-302 3曲目
2.トロンボーン・ブルース (Trombone blues)CD”The Duke”204140-302 4曲目


1925年9月ニューヨークで同一セッションにてレコーディング

<Personnel>

ザ・ワシントニアンズ (The Washingtonians)
パイク・ディヴィスPike Davistrumpet
チャーリー・アーヴィスCharlie IrvisTrombone
プリンス・ロビンソンPrince RobinsonTenor Sax & Clarinet
オットー・ハードウィックOtto HardwickSax
デューク・エリントンDuke Ellingtonpiano
フレッド・ガイFred GuyBonjo
ヘンリー・エドワーズHenry EdwardsTuba
「ザ・ワシントニアンズ」としての第2回目の録音となる。前回ザ・ワシントニアンズのメンバーと異なるところは、トランペットがババー・マイリィからパイク・ディヴィスに、テナー・サックス&クラリネットに新しくプリンス・ロビンソンが加わり、ドラムのソニー・グリアーが抜け、チューバにヘンリー・エドワーズが加わっている。
トランペットのセクションの交替は理由は分からない。パイク・ディヴィスについては詳しいことは全く分からないプレイヤーで、この後エリントンのバンドでプレイすることはなかったようなので、マイレィに何らかの不都合が生じたためのピンチ・ヒッターと考えても良いだろう。
新しく加わったプリンス・ロビンソンは、エルマー・スノウデンのバンドの時に加わったことのある人物だが、この後 翌1926年の録音に名前が見える程度なので、リード・セクションに少し厚みが欲しかったエリントンが呼んだのかもしれない。
チューバのヘンリー・エドワーズに関しては、BYG盤のレコードでは”Bass Edwards”と記載されているが、ちょっと調べてみると、本名ヘンリー・エドワーズはストリング・ベース(つまりコントラバスのこと)やチューバなど低音楽器を操ったので、”Bass Edwards”(低音エドワーズ)とも呼ばれたとあるので、同一人物として問題ないであろう。
さて、1925年という年はどういう年であったのだろう。『デューク・エリントン』(愛育社)において著者の柴田浩一氏は手短にまとめてくれる。
・1924年9月にルイ・アームストロングはシカゴを後にし、ニューヨークへ出てくる。フレッチャー・ヘンダーソンのバンドに加わるためである。ルイの加入によりヘンダーソン・バンドは大きく変貌することになる。そしてフレッチャー・ヘンダーソン・バンドはジャズのリーダー・バンドとなるのである(第82回で取り上げた)。
・ジョージ・ガーシュインが「ラプソディー・イン・ブルー」をニューヨークで初演。
・渡欧していた「レビュー・ネグロ(黒いレビュー)」にジョセフィン・ベイカーが加わり、ヨーロッパを一大センセーションに巻き込む。それに伴いシドニー・ベシエやトミー・ラドニアが演奏するジャズにもヨーロッパが大いに興奮する。
・日本の横濱にもジャズ・バンドが来日国内巡業を行ったという。詳しく知りたいところだ。
・全米のラジオ保有台数が250万台に達する。電波時代到来の先駆け。

しかし柴田氏はこの録音には全く触れていない。触れる必要がないという判断のような気がする。加えてガンサー・シュラー氏も『初期のジャズ』において、「デューク・エリントン」という1章を設けているがこの録音には触れていない。シュラー氏も特に取り上げる内容はないという判断なのだろう。
というかこの録音に関しては触れるのが難しいと思う。そもそもデュークのオリジナルではないし、初期エリントン・バンドの主力メンバーの一人ババー・マイレィも不在で、よく分からない人物が吹いているし、エリントンの長い歴史の中でどう評価してよいかわからないのではないだろうか。
今まで取り上げてきたことで1923年がジャズ・レコーディングが活発になった革新の年であった。そしてフレッチャー・ヘンダーソンは自己のバンドを強化し、ルイ・アームストロングを迎えることで、この時期最強のバンドを創り上げた。同じくニューヨークが活動の中心だったエリントンは、当然話題の天才トランぺッター、ルイ・アームストロングを擁したフレッチャー・ヘンダーソンのバンドを聴いているであろうと思う。この年は次への飛躍の年であったのだろうと思う。

多作家エリントンの1925年におけるザ・ワシントニアンズとしての吹込みはこの1セッション、2曲のみである。この段階ではまだ、ジャズ・シーンの中心に躍り出るという段階ではなかったのであろう。

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第88回2015年2月22日

デクスター・ゴードン 「アワ・マン・イン・パリ」
デクスター・ゴードン入門 第1回

ご覧いただきありがとうございます。定年オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。



今日の天気は朝から曇っていて時折雨も落ちてきて、肌寒い日になっています。でもこんな天気の方がマラソンなどのスポーツには走りやすいのかもしれません。東京では一大イヴェントとなった「東京マラソン」が開催されています。こんな日は走るランナーよりも街路で応援する人の方が大変でしょう。人が多いので雨が降り出しても傘も開けないのでは?
一昨年サッカーのワールド・カップ出場を決めた試合の後、渋谷駅前に大勢のサポーターが押し寄せました。それを見事にさばいた警視庁機動隊員が「DJポリス」として話題になりました。このところ日本でもテロの脅威が懸念されています。そんな時期に開催される「東京マラソン」。「DJポリス」ならぬ「ランニング・ポリス」が並走してランナーの安全確保を図ることが話題になっています。1人で完走するわけではなく、1人10キロ程度の担当区間を走るようですが、10キロというのも大変な距離です。機動隊員も大変ですね。「ランニング・ポリス」を応援したいです。







白梅 右の写真は2月11日に散歩している時に見つけた梅の花です。木全体ではまだ、三分咲きでしたが、昨日自転車で移動している時には、大分咲き始めている梅の木を見かけました。写真を撮りたかったのですが、カメラを忘れて外出してしまいました。梅の種類は多数あり、素人にはなかなか何という種類か分かりません。早咲きのこの梅は何というのでしょう?開きかけということもあり香りはほとんどありませんでした。







森に見かけた鳥 左は森で見かけた鳥です。何という種類かは全く分かりません。鳥は木に止まってもちょこちょこ動くので、焦点が定まらず距離が遠かったこともあるせいか、焦点が動かない後ろの木の幹に当たってしまいます。カメラの操作マニュアルを読めば対処法が解るのでしょうが、マニュアルを読むのは苦手で進歩がありません。







【About & Around】

「アワ・マン・イン・パリ」オン・ザ・ターンテイブル 僕は本日のお題デクスター・ゴードン入門その1「アワ・マン・イン・パリ」をレコードで聴いています。
3回くらい前までにレコードを聴くに当たっての3要素「環境」、「装置」についての僕の状況を書きました。今回は「モノ」について少し書いてみたいと思います。つまりはレコード「ビニール盤」と「音楽CD」です。
僕はこれらをよく買っています。「よく」といっても1週間に2〜3枚程度です。多いのか少ないのかはわかりません。うまくDU(ディスク・ユニオン)のセールに当たると10枚以上大人買いをすることもあります。要は決まっているのは予算というか使えるお金なので、「900円以下の商品は全て100円」などというセールスがあり、その時聴いてみたいレコードが数多く対象になっており、一気に20枚くらい買ったこともあります。それでも2,000円です。
そもそも僕がまたジャズを結構熱心に聴き出した要因の一つは、中古レコード、CDショップとの再会があります。学生時代はよく通っていたのに、就職してからは何故か足を向けることが無くなりました。たまに聴きたい音楽があると「高いなぁ」とは思いながら、山野楽器、タワー、HMVなどで新譜を購入していました。それがある時何年かぶりにふとDUを訪れた時に中古のレコードのいわゆるエサ箱を見ると、かつて2,500円とか3,000円くらいで販売されていたレコードが500円とか700円で中古として売られています。これなら手が届きます。友人に絶対中古は買わないというポリシーを持っているジャズ・ファンがいますが僕はそこは気にしない性質なので、「これはお得!」とばかり買い始めたのです。
僕は、前にも書きましたがどちらと言えば「レコード派」でCDよりレコードを好みます。しかし僕は「どちらかと言えば」という程度で「何としてもレコード」という訳ではありません。例えば同じ音源のレコードとCDが同じ料金で売っていればレコードを選びます。しかしレコードが2,000円、CDが1,000円なら場合にもよりますが基本はCDを買うでしょう。何故かと言えば要は値段です。予算が2,000円の場合、1,000円のCDの方を買い残りの1,000円で他のレコードなりCDなりがもう1枚か2枚買えるからです。
といっても枚数を集めることに興味は全くありません。ただ、ただ色々な音源を聴いてみたいのです。普通この歳になると好みも落ち着いて自分の好みのものを「オリジナル盤」などで保有し良い音質で聴きたいと思うようになるのかもしれませんが、僕の場合未だその域には達していません。つまりまだまだ初心者、入門者なのです。これからしばらくはまだレコード、CDを同じような買い方で購入していきそうです。

第88回Dexter Gordon ”Our man in Paris ”

  「デクスター・ゴードン/アワ・マン・イン・パリ」レコード・ジャケット

<Personnel>

デクスター・ゴードンDexter GordonTenor sax
バド・パウエルBud PowellPiano
ピエール・ミシュロPierre MichelotBass
ケニー・クラークKenny ClarkeDrums

<Contents>

A面
B面
1.スクラップル・フロム・ジ・アップル (Scrapple from the apple)) 1.ブロードウェイ (Broadway)
2.ウィロー・ウィ―プ・フォー・ミー (Willow weep for me) 2.星へのきざはし (Stairway to the heaven)
3.チュニジアの夜 (A night in Tunisia)
1963年5月23日パリにて録音 レコード…Blue Note ST-84146 所有盤はキング・レコードの国内再発盤

最近友人が拙ホームページを見てこう言ってくれた、「直球ド真中がないね!」。彼とはよくジャズの話をしており、僕が何と言っても一番好きなのはいわゆるモダン・ジャズ、或いは中間派と言われるジャズであることを知っているからだ。一番好きなモダン・ジャズに付いて取り上げることが少ないということだろう。
その時にふと思い出したことがある。まだそれほど親しくはなってはいないある知り合いと雑談をし、お互いにジャズが好きだという話になると、トランペットは誰が好きかとかピアニストは誰かとか楽器ごとに誰が贔屓かという話になる。そうしてテナー・サックスに話が呼ぶと何の躊躇もなく「(贔屓は)デクスター・ゴードンでしょ!」と言われたことが2度ほどあった。
モダン・ジャズのファンは当然のようにデクスター・ゴードンが好きなのであろうか?正直に言ってしまうと、デックス(デクスター・ゴードンの愛称)は嫌いではないがそれほど好きでもないのである。しかしデックスを好きではないのは、本当のモダン・ジャズ仲間ではないなと言われているような気がしたものだった。皆それほどデックスが好きなのだろうか?

デクスター・ゴードンについて思うことは、先ず名前がジャズであるということだ。そして楽器はテナー・サックスしか似合わない感じがする。武骨でタフな野太いテナーをブリブリ吹きまくるといったイメージがある。僕の好きなタイプだ。しかし僕がデックスのリーダー作を買ったのはこのアルバムが最初で僕にとっての入門盤ということになる。そしてその購入時期は高校〜大学の第1期ジャズのめり込み時期ではなく、また10年ちょっと前から始まった第2期でもなくその間の自称暗黒時代であった。要は久しぶりにジャズのレコードでも買ってみるかという時期だった。第1期に買わなかったのはたぶんお金が回らなかったのであろう。
さて、いつもの師匠粟村政昭氏はというと、先ずはデックスの評価から書いている。
「バップ華やかなりし頃、チャーリー・パーカーの存在が余りに偉大だったために世のサックス奏者たちはともすると「その他大勢」の位置に押しやられがちであったが、テナー・サックスにおけるパーカーを求めるとすれば、やはりこのデクスター・ゴードンの名を挙げるのが至当であったろう。」ものすごく評価高!テナーのパーカーとは!
そしてこう続ける。
「ゴードンはレスター・ヤングの影響を受け、アレン・イーガーや初期のスタン・ゲッツ、そしてのちにはロリンズやコルトレーンにも感化を及ぼした強い個性を持ったテナー・マンであったが、60年代の初めに再起してブルー・ノート・レコードの専属となるまでは、どちらかというと円熟味とは縁遠いギクシャクしたプレイヤーであった。」
師匠、分かりまへんがな、パーカーはちっともギクシャクしないプレイヤーだった思いますが…。
これほどの賛辞を受けるデックスについてはやはり僕なりに検証していきたいと思っている。

さて、このアルバムの話に戻そう。先ずは師匠から
「ブルーノート盤の中では“Our man in Paris “がわが国で一番受けたが、コルトレーン全盛のジャズ・シーンにあって、往年のロリンズを思わせる豪放なトーンとメロディアスでユーモアを忘れぬプレイにファンはある種の安心感と懐かしさを覚えたのであろう。」
としている。
デックスは40年代にライオネル・ハンプトンの楽団でキャリアをスタートさせ、ビリー・エクスタインの史上初のバップ・オーケストラに参加する。そこで史上初のテナー・バトルをジーン・アモンズと演じ、47年にはワーデル・グレイとテナー・バトル・チームを結成するなどバップ・テナーのパイオニアとしての道を歩み始めたはずだが、50年代は全くと言っていい程活躍した姿がみられない。他のミュージシャンにも見られることだが、麻薬禍のせいである。
しかし60年代ブルーノートとの契約をすることができ61年ニューヨークに戻ってくる。61年にブルーノートに第1作を吹き込むが、麻薬禍のせいでキャバレー・カードを受けられずニューヨークのクラブには出演することができない。そこで結局62年仕事を求めてヨーロッパに渡るのであり、約10年間を過ごすのである。
そして、レコードのライナー・ノートでこのアルバムについて、「本アルバムはジャズ喫茶の人気盤でもあり、デックスのブルーノート・セッションを代表する名作であるばかりではなくあらゆる時期を通して屈指の一枚であることは間違いないとした上で、ゴードン自身の素晴らしさもさることながら、パウエル・トリオがバックを務めているということで一段と興味深い作品となっていることも忘れてはならないであろうと高く評価する。パウエルとはサヴォイ・セッション以来17年ブルの再開で同じくバップ・ドラムの大御所ケニー・クラークとは49年のタッド・ダメロンのキャピトル・セッション以来14年ぶりである。曲目もバップ時代の代表的なチューンを中心にして、さながらバップの再現というところにこのアルバムの面白みがあるという。
確かにテナーのパーカー的存在のデックスと既に渡欧していたモダン・ジャズ・ピアノの開祖と言われるパウエル、モダン・ドラムの開祖と言われるクラークというバップの雄とが異国の地で再会を果たし、ベースのピエールは知らないがフランス人なので地の利を生かしたプレイが期待できる(?)となれば興味を魅かれるセッションである。
しかし実際のところはそうそう美談ではなかったという。このアルバムの録音に際してはかなりすったもんだがあったらしい。マイケル・カスクーナ・油井正一共著『ブルーノート・ジャズ・ストーリー』(新潮文庫)などによると、もともとピアノの予定はバドではなく、ケニー・ドリューだったという。ところがケニー・ドリューが急に参加できなくなり、バドに替わる。そしてデックスはこのレコーディングには力を籠め、全曲書き下ろしの新曲を用意したらしいが、バドがいきなりの新曲はイヤだとゴネ、録音自体の成立が危なくなったところ全曲スタンダードということで落ち着いたというのが真相らしい。そのため全篇ほとんど一発録りで進行させていったという。準備を万端に行うことで有名なブルーノートとしては珍しいことだ。慣れないフランスでの録音なのでスタジオも自由に確保できなかったのだろうか?それともバドの調子であったのだろうか?ともかく大分青木氏のライナーとは異なる記述だが、真相はどうなのであろう。
「デクスター・ゴードン/アワ・マン・イン・パリ」レコード・ラベル 因みに僕が聴いているのはブルーノートの日本での発売権をキングレコードが持っていた時代に発売された何度目かの再発盤レコードである。輸入盤CDにはボーナス・トラックが2曲入っているらしいが、聴いたことが無い。さてCD収録のボーナス2曲であるが1曲は“Our love is here to stay”、もう1曲は“Like someone in love”である。しかしディスコグラフィーを見ると“Our love is here to stay”はこのアルバム録音と同日1963年5月23日のセッションでレコーディングされた記録があるが、“Like someone in love”は記載がない。これはディスコグラフィーの記載漏れか或いは別の日のセッションか?しかし実態が『ブルーノート・ジャズ・ストーリー』のようなものだったとしたら他日もう一度集まって録音するとは考えられない。
さて周辺情報はそのくらいにして、というのも知っているのはこのくらいなので…。実際にレコードを聴こう。
先ず全体の感想を初めに言うと、最初に聴いた感想を覚えているが「デックスというのは(なにしろリーダー・アルバムは初めて買ったもので)プレイがなんかギクシャクしているなあ」というものであった。そしてもちろんこれまで何度か聴いているがその度に感じることはやはりデックスのギクシャク感であった。そして今回本篇を書くに当たり聞き返したわけだが、やはりギクシャク感は否めないのである。
また、何故か青木氏はA-2だけに原曲にはないイントロが付けられていることを指摘しているが、B-1、2の原曲を今のところ僕には分かっていないが、A-1、B-3にも原曲にはないイントロが付けられている。これらはなかなか本篇に似合ったよいイントロだと思うが、デックスのオリジナルかどうかはこれまた今のところ僕には分かっていない。ただ、評論家の方の指摘がないということは、オリジナル以降この録音の段階までどこかでこのイントロが付けられていたのかもしれない。何故青木氏がA-2のみを指摘されているのかはちょっと疑問が残るところではある。
ちょっと戻るが、下衆の勘繰りというやつかもしれないが、もしかするとデックスのプレイのギクシャク感は、折角用意したオリジナルを引込めなければならず投げやりになっていたのかもしれない。もしA-1、2、B-3で明らかな独自のイントロがデックスの作であった場合、作曲の能力の一端でも披露したかったのかもしれない。
そして一方素晴らしいのはパウエルである。無理を通してしまったので演奏だけはちゃんとしようと思ったのかもしれない。クラークは潰れそうになった企画が何とか実現できたので、兎に角早くケリをつけてしまおうと張り切ったのかもしれない。
またデックスは引用フレーズを多用することで有名なミュージシャンだが、ほとんどすべての曲で「これはどこかで聴いたことがあるが」というフレーズが出てくる。これをユーモアと取るか手抜きと取るかはその頻度、引用の長さで決まると思うが、手抜きに陥るギリギリのラインに留まっていると僕は思う。
この録音全体で感じることの最期の一つが「音」である。僕の持っているのはステレオ録音であるが、不思議なバランスである。左にドラム、右にピアノ、真ん中ベースそして右寄りテナーという配置である。そして音、特に肝心のデックスのテナーがよろしくない。僕がこんなふうに書くのは初めてである。楽器のせいか?吹き方か?はたまた録音か?僕のオーディオかは判然としないが、録音はいつものRVGではなく、Claude Ermelinというフランス人らしき人物である。CDではRVGがリマスタリングしたと書いてある。ちょっとばかり魅かれるが買うことはないであろう。

A‐1 スクラップル・フロム・ジ・アップル (Scrapple from the apple)
チャーリー・パーカー作曲のあまりにも有名なバップ・チューン。
冒頭からゴードンが長いソロを取る。青木氏はロリンズ的なユーモラスなフレーズを交えながら、起伏に富んだスケールの大きいブローイングを聴かせるとし、バップ時代より一段とスケールを増し、ニュー・ゴードンの鮮やかな姿を伝えているとしているが、僕にはそうは聴こえない。デックスは調子が悪そうに感じる。もともとテーマを吹くだけで難曲と言われる曲だ。デックスはところどころ細かいフレーズでは指が付いていかないのではないかと思わせる場面も見受けられる。特にこの曲ではテナーの音も何かおかしい。続くパウエルのソロは素晴らしい。スピードに乗ってひらめきに満ちたソロが2コーラス展開した後クラークとの4小節交換があり、テーマに戻る。A面1曲目によく見られる顔見世演奏である。クラークも素晴らしい、正にモダン・ドラミングの開祖と呼ばれるにふさわしい演奏を聴かせる。

A‐2 ウィロー・ウィ―プ・フォー・ミー (Willow weep for me)
アン・ローネルが1937年に作詞作曲したスタンダード・ナンバー。ビリー・ホリディの愛唱歌の一つというが、実に様々なミュージシャンが取り上げている。本盤の場合本作とB-2のバラードが素晴らしいと思う。
豪放にテーマを吹奏した後デックスらしいエモーショナルなアドリブ展開を聴くことができる。解説の青木氏はゴードンのバラードは、センチに流れず男性的な包容力に満ちていてしかも細やかさを失っていないと評している。
ファンキーなパウエルのソロが続き、ミシュロのソロも聴くことができる。さすがフランス・ナンバー1と言われるだけあって素晴らしいフィンガリングである。

B‐1 ブロードウェイ (Broadway)
1940年にテディ・マクレエ、ビル・バード、ヘンリ・ウッドらが共作し、カウント・ベイシー楽団が得意としていた曲という。青木氏によればデックスが初期に影響されたレスター・ヤングに因んだ選曲ということだが、その割にロリンズ、コルトレーンそしてさらにフリーキー・トーンなど録音当時の前衛ジャズ風な展開を見せる。と思いきや「ストレンジャー・イン・パラダイス」のメロディなどデックスの得意な引用フレーズも出てくる。これを自由奔放というべきかどうか僕にはよく分からない。
続くパウエルはこの曲でも快調で引用フレーズを弾いてみせるところが面白い。ドラムとの4小節交換ではデックスの気の利いたフレーズが聴かれる。因みにイントロのクラークのハイハット・プレイはオリジナルであろう。

B‐2 星へのきざはし (Stairway to the heaven)
マッティ・マルネック、フランク・シグノレリ(作曲)、ミッチェル・パリシュ(作詞)の共作で、1939年ヒットしスタンダードとなった。A-2と同じバラード・ナンバーで、デックスの歌心が胸にしみる本アルバムのベスト・トラックだと思う。デックスのロマンティシズムが発揮され、朗々と原曲の美しさをストレートに歌い上げていくのが素晴らしい。
パウエルもリリカルで詩情豊かなソロを展開する。

B‐3 チュニジアの夜 (A night in Tunisia)
1944年ガレスピー作曲のこれもあまりにも有名なバップ・チューン。最初はパーカーでラストはディズで締めくくっている。
テーマからアドリブに移るブレークにおけるテナーのフィルなど危なかしくて、つい頑張れ!と声をかけてしまう。 デックスのソロは頑張っている感じがするが、頑張っていると思う段階で既にアウトだと思う。パウエルはこの曲に限らず実に端正なプレイに終始する。クラークのドラミングも実に活気に満ち、ソロ、バッキングにと素晴らしいプレイだ。

今回デックスのリーダー・アルバムを取り上げたが、デックス自体が登場するのは2度目である。1度目は第70回ハービー・ハンコックの「テイキン・オフ」で、その時僕はリーダー、ハンコック22歳、Tpハバード24歳、ベースのブッチも22歳、ドラムのヒギンズ26歳、そしてデックス40歳。他の全員に対して日本でいう一回り上である。でも違和感はないと書いた。今回リーダー・アルバムで「ギクシャク感」が否めないと書いた。それを少し考えてみた。僕はこう思う。デックスのプレイはスタン・ゲッツのように心地よくスムーズに流れない。ギスギスしたギクシャク感があるのだ。しかしそれが良いのではないか、フィットするのではないか。ハンコックのような新感覚のナンバーにおいて美しく流れるのではなく、ちょっとギクシャクした方が合うのではないかと思う。

僕はこのアルバムがデックスの最高作とは思えず、僕の座右の1枚にはならないと思うがただジャズ喫茶で人気が高いというのは分かる気がするのである。僕のようなショボクレたオーディオ装置で遠慮しながら音を出すのではなく、何の遠慮もなくデカい音を出せばこのギクシャク感が却って迫力をもって迫ってくるのではないかと思う。残念なのは、この作品をジャズ喫茶で聴いたことが無いのである。

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第89回2015年3月1日

「チュー・ベリー 1937-40」チュー・ベリー&キャブ・キャロウェイと彼のオーケストラ
ディジー・ガレスピー 入門その5-1939−40年その3

ご覧いただきありがとうございます。定年オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。

今日は朝から冷たい雨が降り始めました。
昨日テニスをする前に河津桜が植えてある辺りに行ってみました。昨日の土曜日は午前中までは風が冷たく春もまだまだという感じでしたが、午後からは風も収まり日差しが暖かくなりました。でも春が早いと言ってもこの辺りの早咲きで有名な河津桜はまだ一部咲きです。次の週末辺りが見ごろになるでしょう。通りかかった子供たちが「梅が咲き始めたぁ」と言ってたので、「これは桜だよ。他に先駆けて咲く早咲きの河津桜というんだよ」と教えたら、知らんふりで足早に行ってしまいました。どうやら知らないおじさんに声かけられても知らないふりするんだよ、とでも言われているのでしょう。最近子どもが被害者になる事件が多いので仕方ないことかもしれません。


テニスコートから望む丹沢山系 写真は昨日テニスを楽しんだ公園から見た丹沢山系です。土曜の午後は絶好のテニス日和となりました。最近小さな子供を連れてテニスをされている若いご夫婦をよく見かけます。写真には写っていませんが、この日も何組かいました。見ているとお父さんらしき人は皆上手でビックリします。これも錦織効果でしょう。これまではそんな光景はあまり見かけませんでした。
これは僕の勝手な想像ですが、若いころ大学のテニス・サークルで張り切っていたお父さん。テニスの腕前が上達したおかげか首尾よく奥さんとなる女性もゲットします。そのためかお母さんもテニスの腕はそこそこです。中堅社員となったお父さんは仕事に疲れたまに子供と遊んだり、奥様の買い物に付き合うくらいで週末は寝てばかりいました。そこに錦織圭選手という日本テニス史上最高のプレイヤーが登場し、テレビのスポーツ・ニュースのトップに登場するようになります。それを見たお父さんはかつての自分を思い出し、テニスの熱がくすぶり始めます。すると子供もテレビを見てこう言います。「錦織圭ってかっこいい!」。そこで「お父さん実はテニスが得意なんだぞ。母さんだってなかなかうまいんだぞ」、それを聞いた子供は「ええっ!本当?じゃぁ今度やろうよ!」…。ええ話や!




公園の舗道脇に咲いていた菜の花 メキシコ・オープンで決勝進出の錦織圭選手。本当にすごいです。ポイント・ランキング4位は日本史上男子では初です。それもやっとたどり着き、伸びしろがないのではなく、これからまだまだ活躍してくれそうな感じです。テニスがまた本当に面白くなってきました。






第89回”Chu Berry 1937-40 ”Chu Berry & Cab Calloway & his orchestra

「チュー・ベリー/1937-40」レコード・ジャケット さて、今回はディジー・ガレスピーの入門第5回です。ディジー・ガレスピー入門第5回は1939・40年の新たな音源が見つかったので、追加しておこうと思う。決して手抜きではありません、決して、決して…。
今回はあるレコードが聴きたくなって乱雑に置かれたレコード群を探していたら偶然に忘れていたレコードを見つけた。今回もチュー・ベリー、キャブ・キャロウェイものである。不思議なものディズで39、40、41年辺りの録音をレコードなどで探してもあまり見当たらない。しかしキャブ・キャロウェイ、チュー・ベリー名義のレコードにたくさん参加しているのを目にするのである。
こう書いているとものすごく情熱をもってディズのレコードを探し回っているように思われるかもしれないが、実態はそうでもない。この時の僕の狙いは「チュー・ベリー」なのである。こう言っては失礼かもしれないが、チューを聴きたいと思って安いレコードを買っていたらディズが付いてきた、という感じなのだ。

<Contents>

B面
2.プラッキン・ザ・ベース (Pluckin' the bass)1939年11月20日録音
3.ザ・ローン・アレンジャー テイク2(The lone arranger take2)1940年5月15日録音
4.ザ・ローン・アレンジャー テイク1(The lone arranger take1)1940年5月15日録音
5.ゴースト・オブ・ア・チャンス (Ghost of a chance)1940年6月27日録音
6.パパズ・イン・ベッド・ウィズ・ヒズ・ブリッチェズ・オン (Papa's in bed with his britches on)1940年8月5日録音
7.ロンサム・ナイツ テイク2 (Lonesome nights take2)1940年8月28日録音
8.ロンサム・ナイツ テイク1 (Lonesome nights take1)1940年8月28日録音
レコード…Everybody's 1002(輸入盤)

キャブ・キャロウェイ・バンドで演奏するガレスピー(後列左端)
ということで今回の8曲を加えて収録順に並べてみる。
No.曲名録音日編曲者録音場所アルバム
1”Pluckin' the the bass ”1939年11月20日Edger BattleNew YorkChu Berry 1937-40
2”Chop,chop,Charlie Chan”1940年3月8日不明ChicagoBoog-it
3”Boog-it”1940年3月8日不明ChicagoBoog-it
4”Topsy turvy(Hard times)”1940年5月18日Edger BattleNew YorkChu
5”Calling all blues”1940年5月18日Benny CarterNew YorkPengiun swing
6”The lone ranger (arranger?)”1940年5月15日or18日Benny CarterNew YorkPengiun swing & Chu Berry 1937-40
7”The lone ranger (arranger?)”alternate track1940年5月15日or18日Benny CarterNew YorkChu Berry 1937-40
8”Who’s Yehoodi ?”1940年5月18日Benny CarterNew YorkPengiun swing
9”Come on with the “Come on””1940年6月27日Andy GibsonChicagoChu
10”(I don’t stand)a ghost of a chance (with you)”1940年6月27日Andy GibsonChicagoChu
11”(I don’t stand)a ghost of a chance (with you)” alternate track1940年6月27日Andy GibsonChicagoChu Berry 1937-40
12”Bye bye blues”1940年6月27日Benny CarterChicagoPengiun swing
13”Sunset”1940年8月5日Benny CarterNew YorkPengiun swing
14”Papa's in bed with his britches on”1940年8月5日不明New YorkChu Berry 1937-40
15”Cupid’s nightmare”1940年8月28日Don RedmanNew YorkPengiun swing
16”Hot air”1940年8月28日Don RedmanNew YorkPengiun swing
17”Lonesome nights”1940年8月28日Benny CarterNew YorkChu & Chu Berry 1937-40
18”Lonesome nights” Alternate track1940年8月28日Benny CarterNew YorkChu Berry 1937-40
この間トランペットがマリオ・バウザからジョナ・ジョーンズに替わっている。
19”Says who ? says you , says I”1940年9月10日Buster HardingNew YorkBoog-it
20”Hep cats love song”1941年3月5日Andy GibsonNew YorkPengiun swing
21”Jonah joins the Cab”1941年3月5日Andy GibsonNew YorkPengiun swing
22”Geechie Joe”1941年3月5日Andy GibsonNew YorkPengiun swing
23”Special delivery”1941年3月5日Andy GibsonNew YorkPengiun swing
24”Take the “A” train”1941年7月3日不明New YorkChu
25”Blues in the night”1941年9月10日Buster HardingNew YorkBoog-it

さて、今回のLPにはディズ参加録音は7曲ある。先ずB-2”Pluckin' the bass ”。上にまとめるが1939年11月20日録音で、僕の持っているキャブのバンド加入時代の録音としては今のところ最も古い。
前回も記したがジャズ評論家粟村政昭氏によると、ディズはキャブの下で64曲のスタジオ録音を行っておりこの内9曲を前々回の”Boog-it”取り上げた。そして前回のCDには全16曲中11曲にディズは参加、今回のレコードでは8曲に参加しているが、その内3曲は既に取り上げた曲と被り、また2曲は別ヴァージョンである。

B-2 プラッキン・ザ・ベース (Pluckin' the bass)は被りがない。
この曲でのパーソネルは以下の通りであり、現在のところこのメンバーでの録音はこれだけである。

<Personnel>Cab Calloway and his orchestra

Band leader & VocalCab Calloway
TrumpetDizzy Gillespie、LammarWright、MarioBauza、
TromboneClaude Jones、De PriestWheeler、KegJohnson
Alto sax & ClarinetChauncey Haughton、Andrew Brown、
Tenor saxChu Berry、WalterThomas、
Alto sax , Clarinet & Baritone saxJerry Brown
Baritone sax&ClarinetJerry BlakeGuitar…Danny Barker
PianoBennie PaineBass …Milt HintonDrums…Cozy Cole

B-3以降はトロンボーンのClaude Jones、De Priest WheelerがQuentin Jackson、Tyree Glennに代わり第77回で取り上げた録音と同様となる。

「ChuBerry 1937-40」レコード・ラベル B-3、4 ザ・ローン・アレンジャー(The lone arranger )
聴いてみると”Penguin swing "収録の”The Lone ranger”と同じ曲である。
”The Lone ranger”は前回書いたように2013年ジョニー・デップ主演で4回目の映画化で話題になったが、元は1933年から始まったラジオ・ドラマで、1949年にテレビ・ドラマ化された。僕はこのテレビドラマが大好きで、「ハイヨー、シルヴァー!」、「キモサベ」は子供の頃の流行語だった。元々の意味は「一人きりの突撃隊」というような意味だろう。しかし”The lone arranger”なら意味は全く違う。「一人きりの編曲家」というような意味か?そもそもどちらが正しいタイトルか、何の資料もなくネタ元はこの2枚のCDとレコードなので判然とし難い。
B-3とB-4は同一曲の別ヴァージョンで、B-3には(27297-2)、B-4(27297-1)と書いてある。”Penguin swing "には録音ナンバーなどは記載されていない。そして録音日の記載も異なる。”Penguin swing "では1940年5月18日、本レコードでは2曲とも1940年5月15日である。どちらも正しく2日に渡って2回録音したこともあり得る。2回目の録音の後タイトルを変えたこともあり得る。
次に異なる点は、メンバーは同じだが担当楽器が若干違うのだ。
”Penguin swing ”ではAndrew BrownがAlto & Baritone Saxとなっているが、本レコードでは、Jerry Blakeが Clarinet , Alto & Baritone Saxとなっている。
タイトルが違い、録音日が違い、メンバーの担当楽器が違うが、僕にはB-3の方と”Penguin swing ”の”The lone ranger ”は同一音源と思われる。つまりはどちらかの記載ミスかもしれない。
CDにはこの録音は「Previously unissued」(これまで発売されたことが無い)としているがレコードには記載がない。しかしレコード自体に「The rarest」(とっても希少)と書いてあるのは、リリースされたことがないという意味かもしれない。
曲はA、B各8小節、AABA32小節1コーラス形式で、テーマが2コーラスあり、Tsが16小節、Tpが8小節、再びTsが8小節ソロを取りテーマに戻る。このTsはチューだろうが、Tpはディズではないかと思われるが、確証はない。何といってもTpソロが短い。まぁ、いずれにしろ僕に決め手はなく、このソロがディズの評価を左右するようなターニング・ポイントというわけでもないのでこのくらいにしておこう。

B-5 ゴースト・オブ・ア・チャンス (Ghost of a chance)
チュー得意のナンバーで、1940年6月27日録音の”Chu”に収録と同一ナンバー。細かいことだが、”Chu ”では、タイトルが”A ghost of a chance ”と”A "が付いていて(WC 3163-1)というナンバーが付いているのに対して、本アルバムでは、”A "が付いておらず(WC 3163-B)というナンバーが付されている。ほとんど全篇チューのソロだが、若干ソロが異なっているので、同一録音の別ヴァージョンと思われる。いずれにしてもディズは参加しただけといったナンバー。

B-6 パパズ・イン・ベッド・ウィズ・ヒズ・ブリッチェズ・オン (Papa's in bed with his britches on)
”Sunset”と同じ1940年8月5日録音となっている。キャブのヴォーカル・ナンバーで、ソロはなし。タイトルを直訳すれば「パパがズボンをはいてベッドにいる」ということだろうが、英語力のない僕には本当の意味は解らない。

B-7、8 ロンサム・ナイツ (Lonesome nights)
同一曲の別ヴァージョンでB-8が”Chu "と同じヴァージョンと思う。クロード・ソーンヒルを思わせるムーディな曲。アンサンブルが見事である。フューチャーされているのは当然チューのTsで短いTpのミュートによるソロが入る。これがディズかどうかは僕には分からない。

ディズに関する録音はこれでバップ突入前、スウイング・ビッグ・バンド時代の手持ちは多分無くなったと思います。今後この種の録音を購入するつもりはありませんが、42年のレス・ハイトとラッキー・ミリンダの楽団のレコードが見かければ、そして値段が適度であれば購入したいと思います。

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第90回2015年3月8日

チュー・ベリー 入門その1 1936・37年

ご覧いただきありがとうございます。定年オジサン<のたり庵>のジャズ学習帳です。


3月に入り1週間過ぎましたが、まだまだ寒い日が続きます。僕の住む辺りでは昨日(土曜日)は1日冷たい雨、今日も朝から雨が降り続いています。写真は3月5日(木曜日)の森の散歩道の様子です。早く緑に覆われて欲しいです。











道すがら見かけた枝垂れ梅? 皆さんは確定申告はお済になりましたか?僕は3月5日木曜日に休みを取り税務署に行き、手続きを済ませました。写真は確定申告の手続きに行った帰りに見かけた木です。これは枝が垂れてきていて、またこの時期は桜には早いので<枝垂れ梅>でしょうか?どうも無粋なもので花や木の名前がよく分かりません。








「マボロシ」のチキン・カレー 税務署に確定申告に行ったのは、医療費控除を受けるためです。僕の妻は6年ほど前、突然「冠攣縮性狭心症(かんれんしゅくせいきょうしんしょう)」で死ぬ淵をさまよいました。この病気は気付かないでいて突然発症してしまうと、運が良く周りに対処法を知っている人がいないと死に至ります。亡くなってから体質が「冠攣縮性狭心症」を起こす可能性のある体だったことが分かったりするそうです。妻はたまたま奇跡的にその時対処法を知っている方がいて、後遺症もなく助かりました。しかしその後は月1回の簡易的な検診をして薬をもらい、半年に1回精密検査を受けなければなりません。その費用が結構掛ります。
そんな中、僕が定年退職し嘱託で働いていますが年収はぐっと少なくなりました。医療費に掛った金額は昨年度と同じくらいですが、年収が減り収めた税金が少なくなった分還付金が少なくなります。考え方は医療費を補助するのではなく、納めた税金を還付するということなので収めた金額が多いほど戻りが多いという理屈は分かりますが、年収が少なく納めた税金が少ない人ほど戻りが少ないというのはどうも腑に落ちない気もします。

税務署には昼少し過ぎくらいに訪れ、気を取り直して近くのカレー屋さんで昼食をとりました。周辺ではおいしいと評判の「マボロシ」というお店で初めて訪れました。注文したのは「チキン・カレー」900円です。多分ご夫婦で切り盛りされているようでとても感じが良く、カレー自体もスパイスが独特でとてもおいしかったです。
税金の還付が少ないと嘆いても、こうしておいしいカレーが食べれるのだからまぁいいかという感じで帰宅しました。単純かな? さて、今回はディジー・ガレスピーではなく「チュー・ベリー」入門です。


第90回 Chu Berry 1936・37”

ほとんどいないと思いますが拙ホームページを順番にご覧になっている方、これはデジャヴではありません。正真正銘の新規アップです。ディジー・ガレスピーネタとしてばかり取り上げてしまいましたが、余りに失礼なので同様のネタが続くのは承知の上で今回は「チュー・ベリー」を取り上げたいと思います。
そもそもディズ・ネタでチューに触れることが多かったのは、ディズがテディ・ヒル楽団の後キャブ・キャロウェイの楽団にいたことが分かっており、キャブの楽団の持ちレコードを見ている内に同時期にチューも在団していたことを知りました。そんな事情で手持ちのチュー=キャロウェイのレコードとCDのパーソネルを見るとそれぞれに何曲かディズが加わっているのを発見したのです。
どうでもよいことかもしれませんが、僕は少しばかりチュー・ベリーというテナーサックス奏者に興味があったのです。僕はこのチュー・ベリーという名前だけを知ったのは高校生の時です。毎日バイブルとして持ち歩いて隅から隅まで読んでいた粟村政昭氏の『ジャズ・レコード・ブック』を読み、コールマン・ホーキンス、レスター・ヤング、ベン・ウエブスターと共にスイング時代の4大テナーと称されると知り是非聴いてみたいと思ったのでした。しかし僕がジャズを聴き出した60年代の末から70年の初めころにはチューのレコードというのは見かけることはなかったのです。
ホーキンスは65年に64歳で、レスターは59年に49歳で、ウエブスターは73年に64歳で亡くなっていますが、それぞれそれなりに録音を残していて、高校生の時それぞれ1枚か2枚くらいですがレコードも持っていました。しかしチューのレコードは持っておらず聴いたこともありませんでした。チューは41年に31歳という若さでこの世を去っており、もともと録音が余り多くない上に時代的にもバップ前夜ということもあり、スウイング・バンドの録音が多くチューの名前を冠したレコードはほとんどなく、また僕の住んでいた仙台市はジャズ専門のレコード屋さんもなく中古のお店もなく全く見かけることはありませんでした。
その後大学生の半ばから僕はジャズを離れてしまいます。僕の持っているチューのレコード、CDは全て10年少し前位に僕がジャズに戻ってから購入したものばかりですが、それも割と最近、4〜5年くらい前に見つけて買ったものです。現在僕はチューの名を冠したレコード、CDは3種4枚持っています。最初に買ったのがCD“Penguin swing”で次にレコード“Chu Berry 1937-40”を買いました。この2枚は割と最近のヨーロッパでの編集盤です。最後に見つけたのが『ジャズ・レコード・ブック』でも取り上げられていた“Chu”です。兎に角チュー・ベリーというプレイヤーに飢えていた僕はジャケットに「チュー・ベリー」と記載されているCD、レコードを見つけて飛付いてしまいました。

さて、このチュー・ベリーに関してもLP時代ではなく、SP盤時代に活躍したプレイヤーなので、レコード主体というより録音日を中心に見て行こうと思います。レコード、CDをあちこち行き来することになるかと思いますが、ご容赦ください。というわけで今回第1回1936年と37年です。ともかく現時点での僕の「チュー・ベリー」入門です。今回の音源は「チュー」に収録されています。
レコード…EPIC EE 22007 mono(輸入盤 モノラル 再発盤)
CD…SICP 4013 mono(Sony music からの再発)

「チュー・ベリー/チュー」CDジャケット さて、このレコードは粟村氏の『ジャズ・レコード・ブック』で知っていました。曰く「37年にStompy Stevedoresという自己名義のレコーディング・コンボで吹きこんだ8曲は現在「Chu」(EPIC EE 22007)というLPに収録され出ているが、このアルバムにはチューの代表的な名演として名高い「Ghost of a chance」も含まれている」と簡単に紹介されている。「現在〜出ている」はなにせ45年前のことなのでその通りではない。このEPIC盤は廃盤になっていたのである。しかしディズの項でも取り上げたが、昨年(2014年)「jazz collection 1000」シリーズの1枚として¥1,000という廉価で再発され入手しやすくなった。

さて、このCDの中で最も古い録音はテディ・ウィルソンの楽団に加わって吹き込んだCDでは8曲目、レコードではB面1曲目の「ウォーミン・アップ」である。

<Contents>

1.ウォーミン・アップ (Warmin' up)

<Personnel>

テディ・ウィルソン・アンド・ヒズ・オーケストラ (Teddy Wilson & his orchestra)
Piano & Band leaderテディ・ウィルソンTeddy Wilson
Trumpetロイ・エルドリッジRoy Eldridge
Tenor saxチュー・ベリーChu Berry
Clarinetバスター・ベイリ―Buster Bailey
Guitarボブ・レッシーBob Lessy
Bassイスラエル・クロスビーIsrael Crosby
Drumsシド・カトレットSid Catlett

1936年5月14日シカゴにて録音
B-1 Cd-8 ウォーミン・アップ (Warmin' up)
AABA各8小節計32小節が1コーラスのミディアム・アップ・テンポのナンバーで、ウィルソンの作なのでバンドのウォーミング・アップ用の曲かもしれない。テーマ1コーラスの後、Cl〜Ts〜Tp〜Pとそれぞれソロを取る。テーマに戻って1コーラス奏して終わるが、Bの部分はTpがリードを取り最後の8小節が合奏的な演奏となる。
ソロイストはベイリー、チュー、エルドリッジ、ウィルソンという豪華メンバーで言うことなしのご機嫌なナンバーとなっている。

さて、続いてレコードではA面の8曲である。粟村氏が自己名義のバンドの8曲と書いていたものだ。僕の持っている再発盤の右のレコードには8曲収録されているが、再発CDにはA-3トゥー・マーヴェラス・フォー・ワーズ (Too marvelous for words)が収録されていない。解説の原田和典氏によると、「オリジナル・アナログ盤は12曲で構成されている。CD再発に当たって37年3月27日の初リーダー・セッションから3曲をセレクトして追加した」と書いている。何故だろう。セレクトしなくてももう1曲増えるだけで、CDの許容収録データには余裕があるはずなのに…。
「チュー・ベリー/チュー」再発レコード・ジャケット

<Contents>

A-1.ナウ・ユア・トーキング・マイ・ランゲージ (Now you’re talking my language)CD…1
A-2.インディアナ (Indiana)CD…2Chu 1937-40 A面1
A-3.トゥー・マーヴェラス・フォー・ワーズ (Too marvelous for words)CD収録せず
A-4.ライムハウス・ブルース (Limehouse blues)CD…3
Chu 1937-40 A面2ライムハウス・ブルース (Limehouse blues)別ヴァージョン

< Personnel>…チュー・ベリー・アンド・ヒズ・ストンピー・ステヴドアーズ (Chu Berry and his stompy stevedores)

Tenor sax & Band leaderチュー・ベリーChu Berry
Trumpet & vocalホット・リップス・ペイジHot Lips Page
Tomboneジョージ・マシューズGeorge Matthews
Clarinetバスター・ベイリ―Buster Bailey
Piano & Arrangerホレス・ヘンダーソンHorace Henderson
Guitarローレンス・ルーシーLawrence Lucie
Bassイスラエル・クロスビーIsrael Crosby
Drumsコージー・コールCozy Cole
1937年3月23日ニューヨークにて録音 「チュー・ベリー/1937-40」レコード・ジャケット

<Contents>

A-5.チューベリー・ジャム (ChuBerry jam)CD…4
A-6.メールストローム (Maelstrom)CD…5
Chu 1937-40 A面3メールストローム (Maelstrom)別ヴァージョン
A-7.マイ・シークレット・ラヴ・アフェア (My secret love affair)CD…6
A-8. エブ・タイド (Ebb tide)CD…7

< Personnel>…チュー・ベリー・アンド・ヒズ・ストンピー・ステヴドアーズ (Chu Berry and his stompy stevedores)

Tenor sax & Band leaderチュー・ベリーChu Berry
Trumpetアーヴィング・ランドルフIrving Randolph
Tomboneケグ・ジョンソンKeg Johnson
Clarinetバスター・ベイリ―Buster Bailey
Pianoベニー・ペインBenny Payne
Guitarデイヴ・バーバーDave Barbour
Bassミルト・ヒントンMilt Hinton
Drumsルロイ・マキシーLeroy Maxey
1937年9月10日ニューヨークにて録音

チュー・ベリーはコールマン・ホーキンスとソニー・ロリンズを結ぶ巨人と言われるが、僕はホーキンスよりもレスター・ヤングに近い感じがする。ホーキンスのように力ずくでゴリゴリ押してくる感じではないからだが、これは多分僕の不明なせいだろう。各曲短いがチューの軽快なソロが聴くことができる。 A-1.ナウ・ユア・トーキング・マイ・ランゲージ (Now you’re talking my language)
何か楽しげなナンバーである。ホット・リップス・ペイジのヴォーカルが入る軽快なナンバー。ヴォーカルの後1コーラスチューのソロが入る。

A-2.インディアナ (Indiana)
構成がよく分からない。Tb、Tpがソロでテーマを吹き、P、Clのソロはアドリブのような気がする。そして続くTsもアドリブであろう。少し長い小節を吹く。これもリフ・ナンバーであろう。

A-3.トゥー・マーヴェラス・フォー・ワーズ (Too marvelous for words)
CDには未収録。テナーが主導する形でテーマ吹奏の後ペイジのヴォーカルが入る。ベイリーのオブリガードが生きている。そしてその後を受けてチューのソロが力強く歌い出す。短いTbソロを受けてTs、Pの短いソロを受けてエンディングに向かう。

A-4.ライムハウス・ブルース (Limehouse blues)
アップ・テンポのナンバー。ソロはClからTp、ミュートを駆使して面白い味を出している。続くチューのソロはリズムに乗って実にスムーズに展開する。素晴らしいソロだ。続くTbのソロからリフをバックに使い一段と盛り上げる。ライヴなどで受けそうなリフ・ナンバーである。
”Chu 1937-40”には同曲の別ヴァージョンが収録されている。

A-5.チューベリー・ジャム (ChuBerry jam)
チューのオリジナル。チューがたっぷりソロを吹き、TbとTpの短いソロ、Pとドラムの短いソロが入る。日本再発CDの解説原田和典氏は「圧巻」として本CDの目玉に挙げている。

A-6.メールストローム (Maelstrom)
これもチューのオリジナル。ちょっとオリエンタルなムードが漂う。TsがリードするテーマからソロはTp〜Tb、そしてTsへとつなぐ。
”Chu 1937-40”には同曲の別ヴァージョンが収録されている。

A-7.マイ・シークレット・ラヴ・アフェア (My secret love affair)
ヴォーカルを取るのはピアノのベニーペイン。ベニーは正式に歌の勉強もしキャリアもあるのだが、この後キャロウェイ楽団に入るとリーダーが歌うので全くその機会がなくなってしまう。
このバンドの録音の中では少しスローなナンバー。ヴォーカルに先立つチューのソロはソフトな音色とメロウなフレージングが素晴らしい。

A-8. エブ・タイド (Ebb tide)
ロバート・マックスウェル作曲、カール・シグマン作詞の有名なスタンダード・ナンバーとは同名異曲。


<Contents>

2.バグル・ブルース (Bugle blues)
「キャブ・キャロウェイ/ペンギン・スウイング」CD

< Personnel>…Cab Calloway and his orchestra

Band leader & Vocalキャブ・キャロウェイCab Calloway
Trumpetシャド・コリンズShad Collinsアーヴィング・ランドルフIrving Randolphラマー・ライトLammar Wright
Tromboneクロード・ジョーンズClaude Jonesケグ・ジョンソンKeg Johnsonドプリースト・ウィーラーDePriest Wheeler
Alto sax & Clarinetガーヴィン・ブッシェルGarvin Bushellアンドリュー・ブラウンAndrew Brown
Tenor saxチュー・ベリーChu Berryウォルター・トーマスWalter Thomas
Guitarダニー・バーカーDanny BarkerPiano…ベニー・ペインBenny Paine
Bassミルト・ヒントンMilt HintonDrums…ルロイ・マキシーLeroy Maxey
1937年12月10日ニューヨークにて録音

2.バグル・ブルース (Bugle blues)
1937年のこの録音はキャブのバンドに加わって吹いたチューの録音としては僕の持っている中で最も初期のもである。ディズは入っていない。競馬のスタートのファンファーレを思わせるトランペットのアンサンブルで始まる、アップ・テンポのジャンプ・リフ・ナンバーである。アンサンブルの後に先ずTsのソロが飛び出すがこのCDに収録されたところを見るとチューが吹いているのだろう。何となくクラリネット的なフレーズをテナーに置き換えたようなソロだ。続いてTp、Clのソロが入り、アンサンブル・プレイ、キャブ独特なスキャット・ヴォーカルの後はアンサンブルによるリフで大いに盛り上げる。

1929年サミー・スチュワートの楽団でそのキャリアをスタートさせたチューは、いくつかのバンドを経験し1937年キャブ・キャロウェイの楽団に入ります。そして41年不慮の自動車事故でこの世を去ります。僕が現在持っている音源はキャブ時代が中心なので、晩年に近いものです。しかしフレッチャー・ヘンダーソンやライオネル・ハンプトンなどの楽団でもプレイしているので、今後そちらでも聴くことができるかもしれません。

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