ビリー・ホリデイ 1939年

Billie Holiday 1939

くちなしを髪飾りにつけたビリー

ビリー・ホリディは1938年11月に当時人気が高まりつつあったアーティー・ショウの楽団を辞める。バーネット・ジェイムス著『ビリー・ホリディ』によれば、ショウとビリーの訣別は全国的なニュースになったという。原因について前回「ビリー・ホリディ 1938年」に記した。アーティー・ショウのバンドはリンカーン・ホテルにあった「リンカーン・ブルー・ルーム」に出演することになった。このボールルームには全国放送のラジオ中継のプログラムがあった。ショウは、ホテル側からの要求でビリーの出番を少なくしていった。そして完全に締め出されたときにビリーはショウのバンドを辞めたのだという。

「ビリー・ホリディ/クロノロジカル・オーダー」レコード・ボックス

<Date & Place> … 1939年1月17日 ニューヨーク From”Camel Caravan Show”radio broadcast

<Personnel> … ベニー・グッドマンと彼のオーケストラ(Benny Goodman and his orchestra)

Clarinet & Band Leaderベニー・グッドマンBenny Goodman
Trumpetクリス・グリフィンChris Griffinジギー・エルマンZiggy Elmanアーヴィング・グッドマンIrving Goodman
Tromboneレッド・バラードRed Ballardヴァ―ノン・ブラウンVernon Brown
Alto saxハイミー・シャーツァーHymie Schertzerノニ・ベルナルディNoni Bernardi
Tenor saxアート・ロリーニArt Rolliniジェリー・ジェロームJerry Jerome
Pianoジェス・ステイシーJess Stacy
Guitarベン・ヘラーBen Heller
Bassハリー・グッドマンHarry Goodman
Drumsバディ・シャッツBuddy Schutz
Vocalビリー・ホリディBillie Holiday

<Contents> … "Billie Holiday/Live and private recordings in Chronological order"

Record1A面5曲目君ゆえに泣くI cried for you

アーティー・ショウのバンドで実質的に干されたビリーを、どのような事情があったかは分からないが、グッドマン楽団が共演しラジオ放送されたもの。BGとビリーの因縁は深く、ビリーの初レコーディングにはBGがバックを務めている。ビリーはグッドマンと特別な関係だったと明かしている。思い出してみればまだ4年前のことにしか過ぎないが、いかなる事情があったのであろう。
ボックスの録音データでは、トランペットがアーヴィング・グッドマンかサイ・ベイカーとしているが、この2週間後2月1日のBG楽団での吹込みは弟のアーヴィング・グッドマンが参加しているので、アーヴィングではないかと思われるが、一方このサイ・ベイカーは全くの初登場だが、アーヴィングが何らかの事情で当夜は出演できずトラで入ったのかもしれない。
ほとんど全篇がビリーのヴォーカルで、グッドマンのソロもない。ビリーのヴォーカルはメロディーをそのまま歌うのは第1コーラスの出だしぐらいで、後は崩しまくって歌っている。自由奔放に歌唱するビリーの真骨頂というところだろう。通常のスタジオレコーディングではなかなか聴けないパフォーマンスである。

「ビリー・ホリディ」レコード第4集」レコード・ジャケット

<Date & Place> … 1939年1月20日 ニューヨークにて録音

<Personnel> … ビリー・ホリディ・アンド・ハー・オーケストラ(Billie Holiday and his orchestra)

Band leader & Vocalビリー・ホリディBillie Holiday
Trumpetチャーリー・シェイヴァースCharlie Shavers
Tromboneタイリー・グレンTyree Glenn
Tenor saxチュー・ベリーChu Berry
Pianoソニー・ホワイトSonny White
Guitarアル・ケイシーAl Casey
Bassジョン・ウィリアムスohn Williams
Drumsコージー・コールCozy Cole

<Contents> … 「ビリー・ホリディ物語 第4集」(SOPH 67〜68)

Record1 B-5.あなたへの願いThat's all I ask of you
Record1 B-6.あなたへの願い(別テイク)That's all I ask of you
Record1 B-7.生涯の夢Dream of life

ビリーはショウのバンドを辞めた後二度とバンドの専属歌手とはならなかった。そして再びジョン・ハモンド氏の尽力で新たな道を開いていくのである。

Record1 B-5、6.「あなたへの願い」
ホールなどでの録音だとどうしても声を張ってしまうのか前1月17日の録音に比べると声がそれほど荒れておらず聴ける。ソロを取るのはチュー・ベリー。よくホーキンス派と云われるがこの録音では音色と云いフレージングと云い、レスター・ヤングを彷彿とさせる素晴らしいソロだ。
Record1 B-7.「生涯の夢」
解説の大橋巨泉氏は、素晴らしい説得力を持った演唱と激賞しているナンバー。ソロを取るのはピアノのソニー・ホワイト。彼はビリーのカフェ・ソサイエティ時代の専属ピアニストになった人物で、後に問題作『奇妙な果実』でもピアノを弾いている。ここではテディ・ウィルソン張りの小気味よいソロを聴かせてくれる。

「ビリー・ホリディ」レコード第4集」1枚目B面

<Date & Place> … 1939年1月30日 ニューヨークにて録音

<Personnel> … テディ・ウィルソン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Teddy Wilson and his orchestra)

Band leader & Pianoテディ・ウィルソンTeddy Wilson
Trumpetロイ・エルドリッジRoy Eldridge
Clarinet & Alto saxベニー・カーターBenny Carter
Tenor saxアーニー・パウエルErnie Powell
Guitarダニー・バーカーDanny Barker
Bassミルト・ヒントンMilt Hinton
Drumsコジ―・コールCozy Cole
Vocalビリー・ホリディBillie Holiday

このセッションにおける担当楽器については色々説があるというが、ここでは上記レコード解説の大和明氏の説を記載しておく。

<Contents> … 「ビリー・ホリディ物語 第4集」(SOPH 67〜68)

Record2 A-1.何て言ったらいいのWhat shall I say ?
Record2 A-2.お天気のせいなのよIt's easy to blame the weather
Record2 A-3.貴方が考える以上にMore than you know
Record2 A-4.シュガーSugar

ジョン・ハモンド監修によるテディ・ウィルソンとビリー・ホリディのコンビによるブランズウィック・セッション最後の録音。前年度の録音では、テディは他のメンバーに余りソロを取らせていない。サックスを中心としたアンサンブルなどをバックにテディのピアノを浮き上がらせていると、解説では書かれているがここではメンバーにも十分ソロ・スペースを与えている。テディに心境の変化があったのだろうか。ともかくこの後テディは自分のオーケストラを率いてレコーディングを始める。

Record2 A-1.「何て言ったらいいの」
まずカーターのAsによるイントロの後エルドリッジのミュートTp、パウエルのTsの短いソロを挟み、ビリーのヴォーカルとなる。ビリーのヴォーカルは抑えた表現で、少ししわがれた声が一層この曲の哀感を伝えている。テディのPソロも美しい。解説の大橋巨泉氏は、隠れた名盤と高く評価している。エンディングはディキシー風の合奏で締めている。
Record2 A-2.「お天気のせいなのよ」
パウエルのテナー・ソロでスタートする。ホーキンス派と巨泉氏は言うがホーキンスとレスターの間、チュー・ベリーに近い感じがする。そしてカーターのClソロはモダンなフレイジングである。ビリーのヴォーカルの後テディのPソロ、そして続くカーターはAsでソロを取るがこれもいい味だ。そして短いエルドリッジのソロが入る。少しだけテンポが速く巨泉氏はビリー向きのテンポではないが、テディのセッションなので仕方ないという。
Record2 A-3.「貴方が考える以上に」
こちらはゆったりしたテンポで、ビリー向きとは巨泉氏。ここでもビリーの歌は抑え気味で、この人は抑えて歌うといい味を出すと僕は思う。続くテディのPソロもリリカルで素晴らしい。そしてカーターのAsも聴き応えがある。
Record2 A-4.「シュガー」
カーターのAsソロが良い。カーターの間に入るエルドリッジも上手い。ビリーのヴォ―カル、エルドリッジのTp、テディのPソロ、パウエルのTsソロもなかなかの出来である。

アーニー・パウエルは当時ベニー・カーターの楽団にいたTs奏者だという。このパウエルが頑張ったことでこのセッションは素晴らしいものになった。テディ、エルドリッジ、カーターと名人が揃えばいいセッションになるという当たり前と言えば当たり前のことをこのセッションからは感じることができる。このセッションでのビリーは好きだなぁ。

「ビリー・ホリディ」レコード第4集」2枚目A面

<Date & Place> … 1939年3月31日 ニューヨークにて録音

<Personnel> … ビリー・ホリディ・アンド・ハー・オーケストラ(Billie Holiday and his orchestra)

Band leader & Vocalビリー・ホリディBillie Holiday
Trumpetオラン・"ホット・リップス"・ペイジOran “Hot lips” Page
Clarinet & Alto saxタブ・スミスTab Smith
Tenor saxケネス・ホロンKenneth Hollonスタンリー・ペインStanley Payne
Pianoケニー・カーシーKenny Kersey
Guitarジミー・マクリンJimmy McLin
Bassジョン・ウィリアムスohn Williams
Drumsエディー・ダハティEddie Dougherty

本録音は、ビリーと”カフェ・ソサイエティ”に出演していたフランキー・ニュートンの楽団がバックを務めることとなった。しかしリーダーのフランキーは病気のためや住んでいたため、Tpにはホット・リップス・ペイジが起用されることとなった。

<Contents> … 「ビリー・ホリディ物語 第4集」(SOPH 67〜68)

Record2 A-5.まぼろしの君You're too lovely to last
Record2 A-6.ジャングルの月の下でUnder a blue jungle moon
Record2 A-7.仕方がないわEverything happens for the best
Record2 A-8.頼りすぎた私Why did I always depend on you ?
Record2 A-9.ロング・ゴーン・ブルースLong gone blues

テディ・ウィルソンのブランズ・ウィック・セッション終了後もビリーのヴォカリオン・セッションは続けられた。ビリーは1938年10月31日のテディとのセッション以降サックス・セクション増強による中編成スタイルの特色を継続させた。ヴォーカルのバックに、厚みと柔らかみを帯びたサックス・セクションによる伴奏を望んでいたとは大和氏。一方自身のヴォーカルについては、一層歌詞の内容を掘り下げる方向に進んでいったという。

Record2 A-5.「まぼろしの君」
実に物憂げなビリーの歌唱が聴き応えがある。この曲はそれに尽きる。
Record2 A-6.「ジャングルの月の下で」
これも気負わずじっくりと歌い込んだという歌いっぷりである。どちらが吹いたか分からないがテナー・ソロ、ピアノ・ソロもなかなか聴かせる。
Record2 A-7.「仕方がないわ」
これも落ち着いた歌いっぷりだ。途中のテナー、ピアノのソロも水準を維持している。
Record2 A-8.「頼りすぎた私」
この曲のように悔恨の感情を表現させると実に巧まざるうまさを見せるとは巨泉氏。ペイジのTpソロのもよく歌っている。
Record2 A-9.「ロング・ゴーン・ブルース」
ビリー自作のブルース。36年7月10日ぶりに吹き込んだビリーの数少ないブルースの一つ。ビリーの歌い方は特にブルースを意識せず普通に歌っているという。ヴォーカル後のタブ・スミスのソプラノ・サックスによるソロ、ペイジのグロウル・ミュート・ソロ素晴らしい。

「奇妙な果実」レコーディング
「コモドア版ビリー・ホリディ全集」レコード・ジャケット

ここまでビリー・ホリディの録音を年代順に聞いてきたが、僕のビリー・ホリディの入門盤は、この「コモドア版ビリー・ホリディ全集」であった。僕が高校から大学に進もうとしている頃だった。その頃の時代は現在とは全く違い、ベトナム戦争があり、反戦活動と言えばベトナム戦争反対であり、ウッドストック・フェスティヴァルがあり、サイケデリックは終焉を迎えつつも存在し、ジャニス・ジョプリン、ジミ・ヘンドリックス、ジム・モリソンが若くして夭逝した時代だった。日本では岡林信康から始まるフォーク・ソング・ブームが吉田拓郎、泉谷しげるなどでポップ化しつつある時代でもあった。そして当時若いうちに(多分感性が豊かなうちに)聴いておかなければならないレコードと言われるものが存在したと思う。いわゆる[魂の叫び]が音楽になったものである。そのうちの一枚としてこのビリー・ホリディの「奇妙な果実」は位置していたように記憶する。たまたま当時は大不評を買ったダイアナ・ロス主演の「奇妙な果実」(1972年)が封切られた時でもあった。
そして我が師粟村氏は
「ジャズ史上最大のシンガーであったビリー・ホリディが残した全レコードのうち最高にランクされる作品は文句なくコモドア原盤を集めた「ビリー・ホリディ」であると僕は思う。(中略)ともかくも彼女の代表作「奇妙な果実」を含む最も充実したジャズ・ヴォーカルの傑作であることには間違いない。」
僕は当時あった何となく言われた「音楽を愛する若者ならビリー・ホリディの『奇妙な果実』は聴かなければならない」という伝説と粟村氏の解説でこのレコードを買った。これが僕のビリー・ホリディ入門である。全体的には前にも書いたように僕は、ビリーの声があまり好きになれなかった。しかしそれなりに感じたこともある。最も期待して聴いたのはやはり「奇妙な果実」である。一大傑作という割に、解説の油井正一氏が書いているように淡々とした歌い方なのである。そしてそれが素晴らしいという。僕が若かったのかちょっと拍子抜けした感じだった。当時一番気に入ったのはA-2「イエスタディズ」である。

「奇妙な果実」イメージ図

まず『奇妙な果実(Strange fruite)』とはどのような歌であろうか?第1コーラスだけ訳してみる。
南部の木々には奇妙な果実が実を結ぶ
葉には血が付き、根にも血がしたたり落ちている
黒い実が南部のそよ風に揺れている
まるでポプラの木に吊られた奇妙な果実のようだ
もちろん「果実」とはリンチに遭い木に吊るされた黒人の死体のことである。
冒頭で触れたようにビリー・ホリディは、1938年11月アーティー・ショウのバンドを退団する。独立した彼女はニューヨークの中心部にできたクラブ「カフェ・ソサイエティ(Cafe society)」の専属歌手になることができた。これは単にジョン・ハモンド氏の尽力によるものと思われる。このカフェ・ソサイエティは黒人・白人の混成のグループが出演できたり、客席も白人・黒人が同席できるという当時としては極めて改革的な店で、このような店はニューヨークでも初めてだという。そのような店は当然進歩的な人々が集まる店となる。
ビリーがカフェ・ソサイエティで歌い始めた頃彼女は詩人であるルイス・アレンから一篇の詩を見せられ心を動かされる。それがこの『奇妙な果実』であった。リンチに遭って黒人が木に吊るされた凄惨な姿を描いた詩であったが、ビリーはその詩の中に父親クラレンス・ホリディを殺したもののすべてが歌い出されているように感じたのである。彼女の父親クラレンスは、フレッチャー・ヘンダーソン楽団に加わった時の吹込みで拙ホームページにも登場したギタリストである。彼は1937年2月ドン・レッドマンの楽団に加わっての南部巡業中テキサス州ダラスで風邪から肺炎を併発し3月1日息を引き取った。しかし実際は治療を受けるために病院に行くのであるが、どの病院からも黒人であるために治療を断られ、治療してくれる病院を探し回っているうちに手遅れとなったのだった。これを知ったビリーは自叙伝にこう書いている。「肺炎が彼を殺したのではない。殺したのはテキサスのダラスだ」と。
もう一つビリーの自伝には、「1937年2月、『アップタウン・ハウス』に出演中に父親が亡くなったと長距離電話を受けた」とある。ビリーの記憶違いか?

このアレンの詩に心を動かされたビリーは、ピアニストのソニー・ホワイトとともに3週間かけて詩に曲を付けた。ダニー・メンデルスゾーンが編曲に力を貸し、しかもビリーが納得するまで練習を付けてくれた。
ビリー・ホリディ自伝「奇妙な果実」 ビリーがこの歌をクラブで初めて披露した時のことを、その自叙伝に次のように書いている。
「私にはナイトクラブに遊び半分に集まる客に、私の歌の精神を感じ取ってもらえるかどうか、全く自信がなかった。私は客がこの歌を嫌うのではないかと心配した。最初に私が歌った時、ああやっぱり歌ったのは間違いだった、心配したことが起こった、と思った。歌い終わっても一つの拍手も起こらなかった。そのうち一人が気の狂ったような拍手を始めた。次に全部の人が手を叩いた。(中略)今もってこの歌を歌うたびに沈痛な気持ちになる。パパの死にざまが瞼に浮かんでくるのだ。しかし私は歌い続けよう。リクエストしてくれる人々のためばかりでなく、20年を過ぎた今でも南部では、パパを殺した時と同じようなことが起こっているからだ」と。
では何故この録音が重要なのか?アメリカでは1950年代公民権運動が活発になり、60年代には”闘うニグロ”が名乗り上げ、マックス・ローチやチャールス・ミンガスが人種差別に抗議する作品を次々と発表するようになる。しかしこの1939年のこの歌まで人種差別に真っ向から抗議するような歌はなかったのである。確かにローチやミンガスのような直接的な激しい抗議ではない。しかしここでのビリーは激しい怒りや悲しみを心の内に秘め、じっくりと冷静に語りかけてくるのである。それは激しい怒りを芸術に消化したものであった。
そしてこの歌を歌うという勇気である。ともすれば自分自身が『奇妙な果実』になりかねないのである。そのことを充分に分かった上でそれでも彼女は歌うことを決心したのである。
当時ビリーはレコード会社はコロンビアと契約していた。実際のレコードはコロンビアの傘下の”Brunswick”、”Vocalion”レーベルから出ていた。ビリーはこのコロンビアにこの曲を吹き込みたいと主張した。しかしコロンビアはこれを断る。しかしどうしても吹き込みたいビリーは、コロンビアと交渉し、マイナー・レーベル「コモドア・レコーズ」での吹込みにこぎつける。「コモドア・レコーズ」は、1938年にミルト・ゲイブラーによって創設されたジャズ・史上初の独立レーベルである。しかしいくら「コモドア」が新興のマイナー・レーベルだからと言って、専属歌手の他レーベルへの吹込みを許すというのは極めて異例のことである。というのはこの録音の後ビリーは再びコロンビアのレーベルへの吹込みを行っているからであり、『奇妙な果実』を含む4曲だけがコモドアへの吹込みであった。この辺りの事情は色々あったと想像されるが、多分ジョン・ハモンド氏の尽力や「カフェ・ソサイエティ」に集う知識人たちの後押しなどがあったのだろう。
この専属会社コロンビアがレコーディング拒否⇒コモドアへのレコーディングという流れは、「ビリー・ホリディ/奇妙な果実 完全版」(KICJ 43/44)に記載されているストーリーである。しかし「「奇妙な果実」」のMatrix No.はWP-24403、「イエスタディズ」はWP-24404、「ファイン・アンド・メロウ」はWP-24405、「ブルースを歌おう」はWP-24406でこれはコロンビアのMatrix形式である。次にびりーがコモドアに吹き込んだ1944年の"How am I to know"のMatrix No.はA-4742で、番号の付け方の系統が異なる。ここから推測するにレコーディングはコロンビアが行ったが発売を拒否した。そこで発売をコモドアに依頼したのではないかという指摘がありました。
しかしこの”Matrix No.”の問題は単純ではありません。そもそも”Matrix”とは、レコード製造の際に使う鋳型のことで、そもそもコロンビアは”Matrix No.”で録音物を管理していなかったという情報もあります。コロンビアが発注したプレス会社が独自につけている可能性もあります。
現に少し後1939年11月30日にコモドア・レコードに録音を行ったエディ・コンドンの"It's right here for you"のMatrix No.は[P-25708-1]であり、"Strut Miss Lizzie"のMatrix No.は[WP-25707-1]です。

「コモドア版ビリー・ホリディ全集」CD・ジャケット

さて、音源の紹介である。最初に掲げたのが僕が高校生のときに買ったメインストリームから出ていたビリー・ホリディのコモドアへの吹込みを集めたLPレコードで、解説は油井正一氏である。それによれば、ビリーのコモドアへの吹込み全16曲を、世界で初めて1枚のアルバムに、それも吹き込み順に収録した画期的なレコードである。
そして左下が、ビリーのコモドア・レコードへの別テイクも含めて全てを収録した完全版CD2枚組である。これはスイングジャーナル編集長だった故児山紀芳氏がミルト・ゲイブラー氏の自宅倉庫に入って、音源を捜索して探し当てた、ビリーのコモドアへの全吹込みを網羅したCDセットである。ビリーの芸術を味わうのなら、メインストリームのレコードで充分だと思う。

<Date & Place> … 1939年4月20日 ニューヨークにて録音

<Personnel> … ビリー・ホリディ・アンド・ハー・オーケストラ(Billie Holiday and his orchestra)

Band leader & Vocalビリー・ホリディBillie Holiday
Trumpetフランキー・ニュートンFrankie Newton
Clarinet & Alto saxタブ・スミスTab Smith
Tenor saxケネス・ホロンKenneth Hollonスタンリー・ペインStanley Payne
Pianoソニー・ホワイトSonny White
Guitarジミー・マクリンJimmy McLin
Bassジョン・ウィリアムスohn Williams
Drumsエディー・ダハーティEddie Dougherty

バックを担当するメンバーは、フランキー・ニュートンをリーダーとする「カフェ・ソサイエティ」のハウス・バンドである。

「コモドア版ビリー・ホリディ全集」CD1枚目

<Contents> … 「コモドア版ビリー・ホリディ全集」(XM-35-MSD)&「ビリー・ホリディ/奇妙な果実 完全版」(KICJ 43/44)

CD1-1.奇妙な果実Srange fruit
A面1曲目&CD1-2.奇妙な果実Srange fruit
A面2曲目&CD1-3.イエスタディズYesterdays
CD1-4.イエスタディズYesterdays
A面3曲目&CD1-5.ファイン・アンド・メロウFine and mellow
CD1-6.ブルースを歌おうI gotta right to sing the blues
A面4曲目&CD1-7.ブルースを歌おうI gotta right to sing the blues
「奇妙な果実」
ドラマティックなイントロとホワイトのピアノに続いてビリーの歌が出る。実に抑えた表現で、見たままをそのまま伝えようとするかのようだ。CD版の方には別テイクも入っているが、ホワイトのピアノ部分を除けば両者はほとんど変わりない。テイク2の方がOKテイクとなった。僕などはこの曲を聴くたびに襟を正して聴いている。そうさせる力がある。
「イエスタディズ」
『奇妙な果実』に続いて録音されただけに、その余韻が感じられる。バックはテナーとリズム・セクションだけである。過ぎ去ってしまった幸せの日々に思いをはせ、再びその幸せが戻って来ることを夢見る哀しくも切ない女ごころを歌ったジェローム・カーンの名曲。ビートルズは「イエスタディ」を歌ったが、この「イエスタディズ」は過去を「昨日たち」と複数形で表現しているところがうまい。2コーラス目はテンポを倍に取っているが、最後にじっくりと”イエスター デーイズ”と繰り返すところなど深い表現である。CDには2テイク収録されている。
「ファイン・アンド・メロウ」
ビリーは「ブルースを歌うレディ(Lady sings the blues)」と呼ばれたが、実際にはそれほどブルースは歌っていないことは前に書いた。これはこのレコーディングに際してぜひ正調のブルースを1曲入れるべきと考えたゲイブラーが、ビリーの相談しながら作り上げた曲だという。タイトルはブルースらしくないが…。これには別テイクがなく1ヴァージョンのみである。CD解説の大和明氏は、このレコードがコモドア・レコードの最初にヒット曲になったと書いているので、もしかすると発売は『奇妙な果実』より前だったのかもしれない。
「ブルースを歌おう」
ルイ・アームストロングやジャック・ティーガーデンも歌っているナンバーだが、タイトルとは違ってブルースではない。ここで初めてインストのソロが現れる。アルトのタブ・スミスは、スイング時代のアルト三羽烏ジョニー・ホッジス、ベニー・カーター、ウィリー・スミスに次ぐ次席プレイヤーとは油井正一氏、一寸ホッジスに似たような吹奏ぶりである。ピアノのホワイトはテディ・ウィルソンからの影響がよく分かるピアニストだ。
この曲も2テイク収録されているが、後の方のヴァージョンに安定感があり、マスター・テイクになったという。

ビリーは『奇妙な果実』という衝撃的なレコーディング行った。このレコードはヒットし、反響も大きかった。そして前録音から約2か月半後に本来のコロンビアへのレコーディングを開始する。

「ビリー・ホリディ」レコード第4集」レコード・ジャケット

<Date & Place> … 1939年7月5日 ニューヨークにて録音

<Personnel> … ビリー・ホリディ・アンド・ハー・オーケストラ(Billie Holiday and his orchestra)

Band leader & Vocalビリー・ホリディBillie Holiday
Trumpetチャーリー・シェイヴァースCharlie Shavers
Soprano & Alto saxタブ・スミスTab Smith
Tenor saxケネス・ホロンKenneth Hollonスタンリー・ペインStanley Payne
Pianoソニー・ホワイトSonny White
Guitarバーナード・アディソンBernard Addison
Bassジョン・ウィリアムスohn Williams
Drumsエディー・ダハティEddie Dougherty

メンバーは、「カフェ・ソサイエティ」での専属バンドで、前録音にも付き合ったメンバーが中心だが、ここには前録音のような陰惨さはない。メンバーで異なるのは、Tpにはフランキー・ニュートンに変わってチャーリー・シェイヴァースが入り、ギターにはジミー・マクリンに代わってバーナード・アディソンが入っている。

<Contents> … 「ビリー・ホリディ物語 第4集」(SOPH 67〜68)

Record2 B-1.いつの春にかSome other spring
Record2 B-2.他の恋とは違うのOur love is different
Record2 B-3.ゼム・ゼア・アイズThem there eyes
Record2 B-4.のろうよブラザーSwing , brother , swing !
Record2 B-1.「いつの春にか」
大和明氏によれば、『奇妙な果実』のヒットによって、スターになったビリーは、レコーディングの選曲に対する自己主張も強まったという。その代表的な例がこの曲で、それは、かつてテディ・ウィルソンにピアノを教え、彼と結婚までしていたが、その後テディに捨てられたアイリーン・ヒギンバサムが、テディへの失恋を歌い込んだこの曲を、その美しさに魅かれたビリーが、強引にレコード会社に吹込みを認めさせたのだという。このエピソードは彼女の自伝に載っているらしい。
しかし曲解説の大橋巨泉氏は全く別の解説をしている。巨泉氏によればこれまでビリーは他人のために書かれた曲を歌ってきた。しかしこの頃から、ビリーは彼女のために書かれた曲を歌うようになる。この作者アーサー・ハーゾックは彼女にぴったりの作詞家であり。共作者だったとし、この曲もアーサーとビリーの共作のように書いている。どうもよく分からない。レコードには、ハーゾック作詞ウィルソン作曲と書いてある。ウィルソンとはアイリーン・ヒギンバサムがまだ戸籍の移動をしていない時に作ったものか?
ビリーの歌唱はかなり抑えたもので、内からにじみ出るような感情表現である。これは前録音で会得したものかもしれない。僕にはとても好もしく聴こえる。
Record2 B-2.「他の恋とは違うの」
巨泉氏は、こうした歌は、以前のビリーならもっと喜びに輝いた表現をしたと思われるが、どこか影が見られるという。ヴィブラートも抑え気味で、大きな変化がみられるという。僕は前曲、本曲辺りのビリーなら聴いていられる。
Record2 B-3.「ゼム・ゼア・アイズ」
ビリーがカウント・ベイシーの専属時代によく歌っていたナンバーだという。これは前2曲と違ってスインギーなナンバー。ソロはやはりシェイヴァース(Tp)が聴かせる。
Record2 B-4.「のろうよブラザー」
これもビリーがカウント・ベイシーの専属時代によく歌っていたナンバーだという。ここではタブ・スミス(As)、シェイヴァース(Tp)が良いソロを聴かせてくれる。

「ビリー・ホリディ/クロノロジカル・オーダー」レコード・ボックス

<Date & Place> … 1939年12月13日 ニューヨーク Radio broadcast from Cafe Society

<Personnel> … フランキー・ニュートン・アンド・ヒズ・カフェ・ソサイエティ・オーケストラ(Frankie Newton and his cafe society orchestra)

Band leader & Trumpetフランキー・ニュートンFrankie Newton
Alto saxタブ・スミスTab Smithスタンリー・ペインStanley Payne
Tenor saxケネス・ホロンKenneth Hollon
Pianoケネス・カーシーKenneth Kersey
Guitarユリシーズ・リヴィングストンUlysses Livingston
Bassジョン・ウィリアムスohn Williams
Drumsエディー・ダハティEddie Dougherty
Vocalビリー・ホリディBillie Holiday

<Contents> … "Billie Holiday/Live and private recordings in Chronological order"

Record1A面6曲目.「アイム・ゴナ・ロック・マイ・ハート」(I'm gonna lock my heart)

SP盤を再生・収録したもので音はメチャクチャ悪い。たたビリーの本拠地「カフェ・ソサイエティ」で専属バンドを率いての録音なので、とても貴重。間にフランキーのソロが入るがなかなか聴き応えのあるいいソロだと思う。

「ビリー・ホリディ」レコード第4集」2枚目B面

<Date & Place> … 1939年12月15日 ニューヨークにて録音

<Personnel> … ビリー・ホリディ・アンド・ハー・オーケストラ(Billie Holiday and his orchestra)

Band leader & Vocalビリー・ホリディBillie Holiday
Trumpetバック・クレイトンBuck Clayton ハリー・エディソンHarry Edison
Alto saxアール・ウォーレンEarl Warren
Tenor saxレスター・ヤングLester Young
Baritone saxジャック・ワシントンJack Washington
Pianoジョー・サリヴァンJoe Sullivan
Guitarフレディ・グリーンFreddie Greene
Bassウォルター・ペイジWalter Page
Drumsジョー・ジョーンズJo Jone

1939年最後のセッションは、ピアノにジョー・サリヴァンを除けば、ベイシーのメンバーで固められた。ビリーとレスターの競演も久しぶりである。

<Contents> … 「ビリー・ホリディ物語 第4集」(SOPH 67〜68)

Record2 B-5.夜も昼もNight and day
Record2 B-6.私の彼氏The man I love
Record2 B-7.つまらない人You're just no account
Record2 B-8.ラッキーな人You're a lucky guy
Record2 B-5.「夜も昼も」
自伝によれば、ビリーはレコーディングの時この曲を知らず、サリヴァンにメロディーを弾いてもらって歌ったのだという。それでゆったりしたテンポに設定したのかな?
Record2 B-6.「私の彼氏」
ご存知ガーシュインの名作。クレイトンのイントロがまず素晴らしい。そしてビリーの歌唱は感情を抑えながら訴えかけるような気持ちを切々と歌い上げる。そして白眉はレスターのソロで、巨泉氏もこの余裕、このフレーズ、そしてこのモダニズム、やはり別格としか言いようがない。
Record2 B-7.「つまらない人」
イントロ、ソロともにTpはクレイトン、Tsはレスター。ビリー向きの歌とは思えないが、さすがに水準以上には仕上げてくる。
Record2 B-8.「ラッキーな人」
これも余りビリー向きとは言えないが、クレイトン、レスターのソロだけでも聴く価値がある。

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