ビリー・ホリディは1938年11月に当時人気が高まりつつあったアーティー・ショウの楽団を辞める。バーネット・ジェイムス著『ビリー・ホリディ』によれば、ショウとビリーの訣別は全国的なニュースになったという。原因について前回「ビリー・ホリディ 1938年」に記した。アーティー・ショウのバンドはリンカーン・ホテルにあった「リンカーン・ブルー・ルーム」に出演することになった。このボールルームには全国放送のラジオ中継のプログラムがあった。ショウは、ホテル側からの要求でビリーの出番を少なくしていった。そして完全に締め出されたときにビリーはショウのバンドを辞めたのだという。
| Clarinet & Band Leader | … | ベニー・グッドマン | Benny Goodman | ||||||
| Trumpet | … | クリス・グリフィン | Chris Griffin | 、 | ジギー・エルマン | Ziggy Elman | 、 | アーヴィング・グッドマン | Irving Goodman |
| Trombone | … | レッド・バラード | Red Ballard | 、 | ヴァ―ノン・ブラウン | Vernon Brown | |||
| Alto sax | … | ハイミー・シャーツァー | Hymie Schertzer | 、 | ノニ・ベルナルディ | Noni Bernardi | |||
| Tenor sax | … | アート・ロリーニ | Art Rollini | 、 | ジェリー・ジェロームJerry Jerome | ||||
| Piano | … | ジェス・ステイシー | Jess Stacy | ||||||
| Guitar | … | ベン・ヘラーBen Heller | |||||||
| Bass | … | ハリー・グッドマン | Harry Goodman | ||||||
| Drums | … | バディ・シャッツ | Buddy Schutz | ||||||
| Vocal | … | ビリー・ホリディ | Billie Holiday |
| Record1A面5曲目 | 君ゆえに泣く | I cried for you |
アーティー・ショウのバンドで実質的に干されたビリーを、どのような事情があったかは分からないが、グッドマン楽団が共演しラジオ放送されたもの。BGとビリーの因縁は深く、ビリーの初レコーディングにはBGがバックを務めている。ビリーはグッドマンと特別な関係だったと明かしている。思い出してみればまだ4年前のことにしか過ぎないが、いかなる事情があったのであろう。
ボックスの録音データでは、トランペットがアーヴィング・グッドマンかサイ・ベイカーとしているが、この2週間後2月1日のBG楽団での吹込みは弟のアーヴィング・グッドマンが参加しているので、アーヴィングではないかと思われるが、一方このサイ・ベイカーは全くの初登場だが、アーヴィングが何らかの事情で当夜は出演できずトラで入ったのかもしれない。
ほとんど全篇がビリーのヴォーカルで、グッドマンのソロもない。ビリーのヴォーカルはメロディーをそのまま歌うのは第1コーラスの出だしぐらいで、後は崩しまくって歌っている。自由奔放に歌唱するビリーの真骨頂というところだろう。通常のスタジオレコーディングではなかなか聴けないパフォーマンスである。
| Band leader & Vocal | … | ビリー・ホリディ | Billie Holiday |
| Trumpet | … | チャーリー・シェイヴァース | Charlie Shavers |
| Trombone | … | タイリー・グレン | Tyree Glenn |
| Tenor sax | … | チュー・ベリー | Chu Berry |
| Piano | … | ソニー・ホワイト | Sonny White |
| Guitar | … | アル・ケイシー | Al Casey |
| Bass | … | ジョン・ウィリアムス | ohn Williams |
| Drums | … | コージー・コール | Cozy Cole |
| Record1 B-5. | あなたへの願い | That's all I ask of you |
| Record1 B-6. | あなたへの願い(別テイク) | That's all I ask of you |
| Record1 B-7. | 生涯の夢 | Dream of life |
ビリーはショウのバンドを辞めた後二度とバンドの専属歌手とはならなかった。そして再びジョン・ハモンド氏の尽力で新たな道を開いていくのである。
| Band leader & Piano | … | テディ・ウィルソン | Teddy Wilson |
| Trumpet | … | ロイ・エルドリッジ | Roy Eldridge |
| Clarinet & Alto sax | … | ベニー・カーター | Benny Carter |
| Tenor sax | … | アーニー・パウエル | Ernie Powell |
| Guitar | … | ダニー・バーカー | Danny Barker |
| Bass | … | ミルト・ヒントン | Milt Hinton |
| Drums | … | コジ―・コール | Cozy Cole |
| Vocal | … | ビリー・ホリディ | Billie Holiday |
このセッションにおける担当楽器については色々説があるというが、ここでは上記レコード解説の大和明氏の説を記載しておく。
| Record2 A-1. | 何て言ったらいいの | What shall I say ? |
| Record2 A-2. | お天気のせいなのよ | It's easy to blame the weather |
| Record2 A-3. | 貴方が考える以上に | More than you know |
| Record2 A-4. | シュガー | Sugar |
ジョン・ハモンド監修によるテディ・ウィルソンとビリー・ホリディのコンビによるブランズウィック・セッション最後の録音。前年度の録音では、テディは他のメンバーに余りソロを取らせていない。サックスを中心としたアンサンブルなどをバックにテディのピアノを浮き上がらせていると、解説では書かれているがここではメンバーにも十分ソロ・スペースを与えている。テディに心境の変化があったのだろうか。ともかくこの後テディは自分のオーケストラを率いてレコーディングを始める。
アーニー・パウエルは当時ベニー・カーターの楽団にいたTs奏者だという。このパウエルが頑張ったことでこのセッションは素晴らしいものになった。テディ、エルドリッジ、カーターと名人が揃えばいいセッションになるという当たり前と言えば当たり前のことをこのセッションからは感じることができる。このセッションでのビリーは好きだなぁ。
| Band leader & Vocal | … | ビリー・ホリディ | Billie Holiday | |||
| Trumpet | … | オラン・"ホット・リップス"・ペイジ | Oran “Hot lips” Page | |||
| Clarinet & Alto sax | … | タブ・スミス | Tab Smith | |||
| Tenor sax | … | ケネス・ホロン | Kenneth Hollon | 、 | スタンリー・ペイン | Stanley Payne |
| Piano | … | ケニー・カーシー | Kenny Kersey | |||
| Guitar | … | ジミー・マクリン | Jimmy McLin | |||
| Bass | … | ジョン・ウィリアムス | ohn Williams | |||
| Drums | … | エディー・ダハティ | Eddie Dougherty |
本録音は、ビリーと”カフェ・ソサイエティ”に出演していたフランキー・ニュートンの楽団がバックを務めることとなった。しかしリーダーのフランキーは病気のためや住んでいたため、Tpにはホット・リップス・ペイジが起用されることとなった。
| Record2 A-5. | まぼろしの君 | You're too lovely to last |
| Record2 A-6. | ジャングルの月の下で | Under a blue jungle moon |
| Record2 A-7. | 仕方がないわ | Everything happens for the best |
| Record2 A-8. | 頼りすぎた私 | Why did I always depend on you ? |
| Record2 A-9. | ロング・ゴーン・ブルース | Long gone blues |
テディ・ウィルソンのブランズ・ウィック・セッション終了後もビリーのヴォカリオン・セッションは続けられた。ビリーは1938年10月31日のテディとのセッション以降サックス・セクション増強による中編成スタイルの特色を継続させた。ヴォーカルのバックに、厚みと柔らかみを帯びたサックス・セクションによる伴奏を望んでいたとは大和氏。一方自身のヴォーカルについては、一層歌詞の内容を掘り下げる方向に進んでいったという。
ここまでビリー・ホリディの録音を年代順に聞いてきたが、僕のビリー・ホリディの入門盤は、この「コモドア版ビリー・ホリディ全集」であった。僕が高校から大学に進もうとしている頃だった。その頃の時代は現在とは全く違い、ベトナム戦争があり、反戦活動と言えばベトナム戦争反対であり、ウッドストック・フェスティヴァルがあり、サイケデリックは終焉を迎えつつも存在し、ジャニス・ジョプリン、ジミ・ヘンドリックス、ジム・モリソンが若くして夭逝した時代だった。日本では岡林信康から始まるフォーク・ソング・ブームが吉田拓郎、泉谷しげるなどでポップ化しつつある時代でもあった。そして当時若いうちに(多分感性が豊かなうちに)聴いておかなければならないレコードと言われるものが存在したと思う。いわゆる[魂の叫び]が音楽になったものである。そのうちの一枚としてこのビリー・ホリディの「奇妙な果実」は位置していたように記憶する。たまたま当時は大不評を買ったダイアナ・ロス主演の「奇妙な果実」(1972年)が封切られた時でもあった。
そして我が師粟村氏は
「ジャズ史上最大のシンガーであったビリー・ホリディが残した全レコードのうち最高にランクされる作品は文句なくコモドア原盤を集めた「ビリー・ホリディ」であると僕は思う。(中略)ともかくも彼女の代表作「奇妙な果実」を含む最も充実したジャズ・ヴォーカルの傑作であることには間違いない。」
僕は当時あった何となく言われた「音楽を愛する若者ならビリー・ホリディの『奇妙な果実』は聴かなければならない」という伝説と粟村氏の解説でこのレコードを買った。これが僕のビリー・ホリディ入門である。全体的には前にも書いたように僕は、ビリーの声があまり好きになれなかった。しかしそれなりに感じたこともある。最も期待して聴いたのはやはり「奇妙な果実」である。一大傑作という割に、解説の油井正一氏が書いているように淡々とした歌い方なのである。そしてそれが素晴らしいという。僕が若かったのかちょっと拍子抜けした感じだった。当時一番気に入ったのはA-2「イエスタディズ」である。
まず『奇妙な果実(Strange fruite)』とはどのような歌であろうか?第1コーラスだけ訳してみる。
南部の木々には奇妙な果実が実を結ぶ
葉には血が付き、根にも血がしたたり落ちている
黒い実が南部のそよ風に揺れている
まるでポプラの木に吊られた奇妙な果実のようだ
もちろん「果実」とはリンチに遭い木に吊るされた黒人の死体のことである。
冒頭で触れたようにビリー・ホリディは、1938年11月アーティー・ショウのバンドを退団する。独立した彼女はニューヨークの中心部にできたクラブ「カフェ・ソサイエティ(Cafe society)」の専属歌手になることができた。これは単にジョン・ハモンド氏の尽力によるものと思われる。このカフェ・ソサイエティは黒人・白人の混成のグループが出演できたり、客席も白人・黒人が同席できるという当時としては極めて改革的な店で、このような店はニューヨークでも初めてだという。そのような店は当然進歩的な人々が集まる店となる。
ビリーがカフェ・ソサイエティで歌い始めた頃彼女は詩人であるルイス・アレンから一篇の詩を見せられ心を動かされる。それがこの『奇妙な果実』であった。リンチに遭って黒人が木に吊るされた凄惨な姿を描いた詩であったが、ビリーはその詩の中に父親クラレンス・ホリディを殺したもののすべてが歌い出されているように感じたのである。彼女の父親クラレンスは、フレッチャー・ヘンダーソン楽団に加わった時の吹込みで拙ホームページにも登場したギタリストである。彼は1937年2月ドン・レッドマンの楽団に加わっての南部巡業中テキサス州ダラスで風邪から肺炎を併発し3月1日息を引き取った。しかし実際は治療を受けるために病院に行くのであるが、どの病院からも黒人であるために治療を断られ、治療してくれる病院を探し回っているうちに手遅れとなったのだった。これを知ったビリーは自叙伝にこう書いている。「肺炎が彼を殺したのではない。殺したのはテキサスのダラスだ」と。
もう一つビリーの自伝には、「1937年2月、『アップタウン・ハウス』に出演中に父親が亡くなったと長距離電話を受けた」とある。ビリーの記憶違いか?
このアレンの詩に心を動かされたビリーは、ピアニストのソニー・ホワイトとともに3週間かけて詩に曲を付けた。ダニー・メンデルスゾーンが編曲に力を貸し、しかもビリーが納得するまで練習を付けてくれた。
ビリーがこの歌をクラブで初めて披露した時のことを、その自叙伝に次のように書いている。
「私にはナイトクラブに遊び半分に集まる客に、私の歌の精神を感じ取ってもらえるかどうか、全く自信がなかった。私は客がこの歌を嫌うのではないかと心配した。最初に私が歌った時、ああやっぱり歌ったのは間違いだった、心配したことが起こった、と思った。歌い終わっても一つの拍手も起こらなかった。そのうち一人が気の狂ったような拍手を始めた。次に全部の人が手を叩いた。(中略)今もってこの歌を歌うたびに沈痛な気持ちになる。パパの死にざまが瞼に浮かんでくるのだ。しかし私は歌い続けよう。リクエストしてくれる人々のためばかりでなく、20年を過ぎた今でも南部では、パパを殺した時と同じようなことが起こっているからだ」と。
では何故この録音が重要なのか?アメリカでは1950年代公民権運動が活発になり、60年代には”闘うニグロ”が名乗り上げ、マックス・ローチやチャールス・ミンガスが人種差別に抗議する作品を次々と発表するようになる。しかしこの1939年のこの歌まで人種差別に真っ向から抗議するような歌はなかったのである。確かにローチやミンガスのような直接的な激しい抗議ではない。しかしここでのビリーは激しい怒りや悲しみを心の内に秘め、じっくりと冷静に語りかけてくるのである。それは激しい怒りを芸術に消化したものであった。
そしてこの歌を歌うという勇気である。ともすれば自分自身が『奇妙な果実』になりかねないのである。そのことを充分に分かった上でそれでも彼女は歌うことを決心したのである。
当時ビリーはレコード会社はコロンビアと契約していた。実際のレコードはコロンビアの傘下の”Brunswick”、”Vocalion”レーベルから出ていた。ビリーはこのコロンビアにこの曲を吹き込みたいと主張した。しかしコロンビアはこれを断る。しかしどうしても吹き込みたいビリーは、コロンビアと交渉し、マイナー・レーベル「コモドア・レコーズ」での吹込みにこぎつける。「コモドア・レコーズ」は、1938年にミルト・ゲイブラーによって創設されたジャズ・史上初の独立レーベルである。しかしいくら「コモドア」が新興のマイナー・レーベルだからと言って、専属歌手の他レーベルへの吹込みを許すというのは極めて異例のことである。というのはこの録音の後ビリーは再びコロンビアのレーベルへの吹込みを行っているからであり、『奇妙な果実』を含む4曲だけがコモドアへの吹込みであった。この辺りの事情は色々あったと想像されるが、多分ジョン・ハモンド氏の尽力や「カフェ・ソサイエティ」に集う知識人たちの後押しなどがあったのだろう。
この専属会社コロンビアがレコーディング拒否⇒コモドアへのレコーディングという流れは、「ビリー・ホリディ/奇妙な果実 完全版」(KICJ 43/44)に記載されているストーリーである。しかし「「奇妙な果実」」のMatrix No.はWP-24403、「イエスタディズ」はWP-24404、「ファイン・アンド・メロウ」はWP-24405、「ブルースを歌おう」はWP-24406でこれはコロンビアのMatrix形式である。次にびりーがコモドアに吹き込んだ1944年の"How am I to know"のMatrix No.はA-4742で、番号の付け方の系統が異なる。ここから推測するにレコーディングはコロンビアが行ったが発売を拒否した。そこで発売をコモドアに依頼したのではないかという指摘がありました。
しかしこの”Matrix No.”の問題は単純ではありません。そもそも”Matrix”とは、レコード製造の際に使う鋳型のことで、そもそもコロンビアは”Matrix No.”で録音物を管理していなかったという情報もあります。コロンビアが発注したプレス会社が独自につけている可能性もあります。
現に少し後1939年11月30日にコモドア・レコードに録音を行ったエディ・コンドンの"It's right here for you"のMatrix No.は[P-25708-1]であり、"Strut Miss Lizzie"のMatrix No.は[WP-25707-1]です。
さて、音源の紹介である。最初に掲げたのが僕が高校生のときに買ったメインストリームから出ていたビリー・ホリディのコモドアへの吹込みを集めたLPレコードで、解説は油井正一氏である。それによれば、ビリーのコモドアへの吹込み全16曲を、世界で初めて1枚のアルバムに、それも吹き込み順に収録した画期的なレコードである。
そして左下が、ビリーのコモドア・レコードへの別テイクも含めて全てを収録した完全版CD2枚組である。これはスイングジャーナル編集長だった故児山紀芳氏がミルト・ゲイブラー氏の自宅倉庫に入って、音源を捜索して探し当てた、ビリーのコモドアへの全吹込みを網羅したCDセットである。ビリーの芸術を味わうのなら、メインストリームのレコードで充分だと思う。
| Band leader & Vocal | … | ビリー・ホリディ | Billie Holiday | |||
| Trumpet | … | フランキー・ニュートン | Frankie Newton | |||
| Clarinet & Alto sax | … | タブ・スミス | Tab Smith | |||
| Tenor sax | … | ケネス・ホロン | Kenneth Hollon | 、 | スタンリー・ペイン | Stanley Payne |
| Piano | … | ソニー・ホワイト | Sonny White | |||
| Guitar | … | ジミー・マクリン | Jimmy McLin | |||
| Bass | … | ジョン・ウィリアムス | ohn Williams | |||
| Drums | … | エディー・ダハーティ | Eddie Dougherty |
バックを担当するメンバーは、フランキー・ニュートンをリーダーとする「カフェ・ソサイエティ」のハウス・バンドである。
| CD1-1. | 奇妙な果実 | Srange fruit |
| A面1曲目&CD1-2. | 奇妙な果実 | Srange fruit |
| A面2曲目&CD1-3. | イエスタディズ | Yesterdays |
| CD1-4. | イエスタディズ | Yesterdays |
| A面3曲目&CD1-5. | ファイン・アンド・メロウ | Fine and mellow |
| CD1-6. | ブルースを歌おう | I gotta right to sing the blues |
| A面4曲目&CD1-7. | ブルースを歌おう | I gotta right to sing the blues |
ビリーは『奇妙な果実』という衝撃的なレコーディング行った。このレコードはヒットし、反響も大きかった。そして前録音から約2か月半後に本来のコロンビアへのレコーディングを開始する。
| Band leader & Vocal | … | ビリー・ホリディ | Billie Holiday | |||
| Trumpet | … | チャーリー・シェイヴァース | Charlie Shavers | |||
| Soprano & Alto sax | … | タブ・スミス | Tab Smith | |||
| Tenor sax | … | ケネス・ホロン | Kenneth Hollon | 、 | スタンリー・ペイン | Stanley Payne |
| Piano | … | ソニー・ホワイト | Sonny White | |||
| Guitar | … | バーナード・アディソン | Bernard Addison | |||
| Bass | … | ジョン・ウィリアムス | ohn Williams | |||
| Drums | … | エディー・ダハティ | Eddie Dougherty |
メンバーは、「カフェ・ソサイエティ」での専属バンドで、前録音にも付き合ったメンバーが中心だが、ここには前録音のような陰惨さはない。メンバーで異なるのは、Tpにはフランキー・ニュートンに変わってチャーリー・シェイヴァースが入り、ギターにはジミー・マクリンに代わってバーナード・アディソンが入っている。
| Record2 B-1. | いつの春にか | Some other spring |
| Record2 B-2. | 他の恋とは違うの | Our love is different |
| Record2 B-3. | ゼム・ゼア・アイズ | Them there eyes |
| Record2 B-4. | のろうよブラザー | Swing , brother , swing ! |
| Band leader & Trumpet | … | フランキー・ニュートン | Frankie Newton | |||
| Alto sax | … | タブ・スミス | Tab Smith | 、 | スタンリー・ペイン | Stanley Payne |
| Tenor sax | … | ケネス・ホロン | Kenneth Hollon | |||
| Piano | … | ケネス・カーシー | Kenneth Kersey | |||
| Guitar | … | ユリシーズ・リヴィングストン | Ulysses Livingston | |||
| Bass | … | ジョン・ウィリアムス | ohn Williams | |||
| Drums | … | エディー・ダハティ | Eddie Dougherty | |||
| Vocal | … | ビリー・ホリディ | Billie Holiday |
SP盤を再生・収録したもので音はメチャクチャ悪い。たたビリーの本拠地「カフェ・ソサイエティ」で専属バンドを率いての録音なので、とても貴重。間にフランキーのソロが入るがなかなか聴き応えのあるいいソロだと思う。
| Band leader & Vocal | … | ビリー・ホリディ | Billie Holiday | |||
| Trumpet | … | バック・クレイトン | Buck Clayton | 、 | ハリー・エディソン | Harry Edison |
| Alto sax | … | アール・ウォーレン | Earl Warren | |||
| Tenor sax | … | レスター・ヤング | Lester Young | |||
| Baritone sax | … | ジャック・ワシントン | Jack Washington | |||
| Piano | … | ジョー・サリヴァン | Joe Sullivan | |||
| Guitar | … | フレディ・グリーン | Freddie Greene | |||
| Bass | … | ウォルター・ペイジ | Walter Page | |||
| Drums | … | ジョー・ジョーンズ | Jo Jone |
1939年最後のセッションは、ピアノにジョー・サリヴァンを除けば、ベイシーのメンバーで固められた。ビリーとレスターの競演も久しぶりである。
| Record2 B-5. | 夜も昼も | Night and day |
| Record2 B-6. | 私の彼氏 | The man I love |
| Record2 B-7. | つまらない人 | You're just no account |
| Record2 B-8. | ラッキーな人 | You're a lucky guy |