ビックス・バイダーベック 1930年 最後の年

Bix Beiderbeck 1930 The last

ビックス・バイダーベック

ジャズ史に名を遺す人物で、僕のHPにおいて最後となるのはビックスが初めてである。これ以前キング・オリヴァーが1929年を取り上げたのが最後であるが、それは僕がレコードを持っていないだけでオリヴァーのレコード自体は存在する。しかしビックスは1931年8月28歳という若さでこの世を去るが1931年の吹込みはなく、この年がジャズ史における彼の最後の年となる。
ビックスは、ポール・ホワイトマンの伝記映画「キング・オブ・ジャズ」に楽団員としてロスアンゼルスに同行するが、ホワイトマンと映画会社がもめたため8月末に一端ニューヨークに引き上げる。その後ビックスは健康を害し、養生のため故郷のダヴェンポートに戻る。そしてビックスが、再びニューヨークに戻ったのは1930年4月の終わりであった。そしてこの間にあの「世界恐慌」が勃発していたのである。
さて、復帰したビックスは、親友ホーギー・カーマイケルは、オールスター・編成でヴィクターに2曲吹き込んだ。5月21日のことである。トミー・ドーシー、ベニー・グッドマン、ジミー・ドーシー、バド・フリーマン、ジョー・ヴェヌーティー、エディ・ラング、ジーン・クルーパといったスターたちとともに、その午後のビックスは幸福そうに見えたという。

「ベニー・グッドマン秘蔵名演集」CDジャケット

<Date & Place> … 1930年5月21日 ニュー・ヨークにて録音

<Personnel> … ホーギー・カーマイケル・アンド・ヒズ・オーケストラ(Hoagy Carmichael and his orchestra)

Vocal & band leaderホーギー・カーマイケルHoagy Carmichael
Cornetビックス・バイダーベックBix Beiderbeckeバッバー・マイレィBubber Miley
Tromboneトミー・ドーシーTommy Dorsey
Clarinetベニー・グッドマンBenny Goodman
Alto saxUnknown
Tenor saxバド・フリーマンBud Freeman
Violin & Vocalジョー・ヴェヌーティJoe Venuti
Pianoアーヴィング・ブロドスキーIrving Brodsky
Guitarエディ・ラングEddie Lang
Bassハリー・グッドマンHarry Goodman
Drumsジーン・クルーパGene Krupa
Vocalカーソン・ロビンソンCarson Robinson
「ベニー・グッドマン秘蔵名演集」CDラベル

<Contents> … 「ベニー・グッドマン秘蔵名演集」(PDTD-1046)

CD-10.ロッキン・チェア―Rockin’chair
CD-11.バーナクル・ビル・ザ・セイラーBarnacle Bill the sailor

CD-10.ロッキン・チェア―
ホーギー・カーマイケル作。後にミルドレッド・ベイリーが歌い大ヒット、「ロッキング・チェア−・レディ」と呼ばれる元になった曲。この録音にBGのソロはない。要はこういう歴史上貴重録音にも参加していました的なことだろうか?因みにTpのソロもビックスではなく、レコード会社の意向でババー・マイレイだったそうだ。ババー・マイレイは初期エリントン・バンドで存在感を発揮したトランぺッターで、1932年29歳の若さでこの世を去る天才的プレイヤーである。ビックスとマイレイの共演というのは意外な組み合わせで興味深い。ともかく豪華な顔ぶれである。CD解説の野口氏はクルーパのドラムが素晴らしいと書いている。
CD-11.バーナクル・ビル・ザ・セイラー
「水夫のバーナクル・ビル」というタイトルで「ポパイ・ザ・セイラー・マン」を思わせるような曲。カーマイケルとロビンソンの掛け合いのようなヴォーカルの後短いビックスのソロ、再びヴォーカルの掛け合いの後テンポが倍になりBGが16小節に渡るソロを吹く。その後は効果音的な音をBGは担当している。こちらもクルーパのドラムが素晴らしいと野口氏は書いている。ヴォーカルで参加したロビンソンはカントリー・ミュージック畑の大物でなぜここに参加したのかは不思議ではある。

その後6月6日、アーヴィング・ミルズの名義<Irving Mills and his hotsy-totsy gang>というバンドで、3曲「ラヴド・ワン」、「ディープ・ハーレム」「ストラット・ミス・リジー」の録音が行われたがいずれも未聴である。
またビックスは、世話をしてくれる友人のツテで、カサ・ロマ・オーケストラに入団することができた。そしてこの楽団には、ゴールドケット時代の友人もいた。しかし精緻を極める編曲者ジーン・ギフォードの楽譜は、楽譜の苦手なビックスにとって、まったく手に負えぬもので、わずか4日間で辞めてしまう。
ビックスがニューヨークに戻った直後、ヴィクターから、ピアノ・ソロを吹き込まないかという話があったが、最終的な企画では、ビックスをリーダーとするレコーディング・オーケストラに変わっていた。ビックスは人選にかかり、親友たちを集め、1930年9月8日にレコーディングは行われた。

「An introduction to Bix Beiderbecke」CDラベル

<Date & Place> … 1930年9月8日 ニュー・ヨークにて録音

<Personnel>…ビックス・バイダーベック・アンド・ヒズ・オーケストラ(Bix Beiderbecke and his orchestra)

Band leader & Cornetビックス・バイダーベックBix Beiderbecke
Trumpetレイ・ロドウィッグRay Lodwig
Tromboneトミー・ドーシーTommy Dorsey
Clarinet & Alto saxベニー・グッドマンBenny Goodmanジミー・ドーシーJimmy Dorsey
Tenor saxバド・フリーマンBud Freeman
Baritone saxミン・ライブルックMin Leibrook
Violinジョー・ヴェヌーティJoe Venuti
Pianoアーヴィング・ブロドスキ―Irving Brodsky
Drumsジーン・クルーパGene Krupa
Vocalウェストン・ヴォーンWeston Vaughan

<Contents> … 「ベニー・グッドマン秘蔵名演集」(PDTD-1046)&“An introduction to Bix Beiderbecke 1924-1930”(Best of jazz 4012)

CD-12.ディープ・ダウン・サウスDeep down south
CD-13.アイ・ドント・マインド・ウォーキン・イン・ザ・レインI don't mind walkin' in the rain
CD-14&CD-22.アイル・ビー・ア・フレンド・”ウィズ・プレジャー”I'll be a friend "With pleasure"

クラリネットにはもう一人、ピー・ウィーラッセルが参加している。人選に当たって八方美人のビックスは知り合い3人に声をかけてしまったのだ。そこで「アイル・ビー・ア・フレンド・”ウィズ・プレジャー”」はそれぞれの奏者で計3テイク録られたが、ピー・ウィーのものはオクラ入りとなった。それで2人の名がクレジットされることになったのである。
CD-12.ディープ・ダウン・サウス
こちらの録音にはホーギー・カーマイケルは関与していないようだが、メンバーはホーギーとのセッションとほぼ同じである。しかしこちらの方がぐっとジャズっぽい。
ウエスのヴォーカルの後BGが4小節、ビックス16小節、再びBG8小節のソロを取る。CD解説の野口氏はビックスのソロはビックスらしからぬサウンドで残念だが、BGのソロは聴きものであると書いている。しかしビックス=BGというソロ回しは貴重である。
CD-13.アイ・ドント・マインド・ウォーキン・イン・ザ・レイン
冒頭ビックス8小節のソロはあるものの全体としてジョー・ヴェヌーティのヴァイオリンをフューチャーしたナンバーである。
CD-14&CD-22.アイル・ビー・ア・フレンド・”ウィズ・プレジャー”
これは先に述べたように3テイクあったうちのグッドマンが吹いたテイクである。これも歌物だが、ヴォーカルの前でドーシーのトロンボーン、ヴォーカルの後ビックス、BGの短いソロがある。

この後1930年9月15日、ビックスがこの世に残した最後のレコーディング(ホーギー・カーマイケル名義)がヴィクターで行われる。ビックスは、翌1931年8月6日にこの世を去るが、レコーディングはこれが最後である。こちらは未聴である。

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