バド・ジョンソン (テナー・サックス) 

Budd Johnson (Tenor sax)

バド・ジョンソン

フルネーム:アルバート・J・"Budd"・ジョンソン・3世 (Albert J "Budd" Johnson)
1910年12月14日テキサス州ダラス生まれ。
1984年10月20日ミズーリ州カンサス・シティにて心臓発作により死去。

初めは当初ドラムとピアノを演奏していたが、後テナーサックスに転向した。
1920年代にはテキサスや中西部の一部で演奏し、ジェシー・ストーンらと共演した。
26年テディ・ウィルソンと一緒にコンボを作り、33年ルイ・アームストロング楽団に加入、34〜42年アール・ハインズと仕事をした。
1932年から1933年にかけてルイ・アームストロングの楽団在団中にレコーディング・デビューを果たした。
名が知られだしたのは、長年にわたるアール・ハインズの楽団在団中であった。
同じくハインズ楽団にいたビリー・エクスタインが、ハインズに「モダニスト」を雇わせ、ビ・バップの誕生につながったという。
44年、コールマン・ホーキンスによる最初のバップ・セッションを取り持つことにも尽力した。
40年代初期にはハインズ、ボイド・レーバーン、ビリー・エクスタイン、ウッディー・ハーマン、ディジー・ガレスピーの
5つのビッグ・バンドのために曲を提供し、モダン・ジャズの発展に尽くした功績は大きい。
ニューヨークの52丁目で最初のビバップ・グループの中心人物であり、ディジー・ガレスピー、ジョージ・ウォリントン(P)、
オスカー・ペティフォード(B)、マックス・ローチ(Ds)をフィーチャーしていたバンドで、オニックス・クラブ(1944年)で演奏した。
またジョンソンはディズに、2つのホーン(トランペットとサックス)のユニゾンで演奏するためのメロディーのアイデアを書き出すよう促し、
このサウンドはコンボによるビ・バップの特徴的なスタイルとなった。
1950年代には自身のグループを率い、アトランティック・レコードに吹込みも行った。
51年12月にはベニー・グッドマン楽団とともにアジアを巡業、そののち61年にはカウント・ベイシー楽団に加入、
フランスやニューポートのジャズ・フェスティヴァルで演奏を行った。
65〜68年には再びハインズのコンボでプレイし、その後ビル・ペンパートンなどとJPJカルテットを結成、
70年2月チャーリー・シェイバースと欧州を楽旅、健在ぶりを示した。

ルース・ブラウンのヒット曲「ティアドロップス・フロム・マイ・アイズ」ではテナー・サックスのソリストとしてフィーチャーされている。
1960年代半ばには、ハインズと再び仕事を始め、レコーディングも行った。
1975年、彼はニューヨーク・ジャズ・レパートリー・オーケストラで活動を始めた。
1993年にビッグ・バンドとジャズの殿堂入りを果たした。
1944年ビリー・エクスタインの吹込みに名前が見える。

レコード・CD

Louis Armstrong”The Chronogical 1932-1933」
“A study in frustration” Essential Jazz Classics
「Classic jazz archive / Fletcher Henderson 1897-1952」(Membran 221998-306)
「ライオネル・ハンプトン/オール・スター・セッション」(RCA RA-90〜95)
「アール・ハインズ/グランド・テラス・バンド」(RCA VRA-5007)
「RCAジャズ栄光の遺産シリーズ第10巻/ザ・ビッグ・バンド・イーラ Vol.2」(RCA RA-55)
"Billy Eckstine"(Ember FA 2010)
「ウッディ・ハーマン/ザ・ターニング・ポイント」(MCL-1029)
「ビリー・エクスタイン/トゥゲザー」(ISJ-40010)
"The Fats Navarro story"(Properbox 11)
"Dexter Gordon/Kind of Gordon"(House of jazz 220156)