ドン・バイアス (テナー・サックス)

Don Byas (Tenor Sax)

ドン・バイアス

本名:カルロス・ウエズリー・バイアス Carlos Wesley Byas
1912年10月21日オクラホマ州マスコギー生まれ。
1972年8月24日オランダのアムステルダムにて死去。

母親はピアノ、父親はクラリネットを演奏するミュージシャンだったという。最初はクラシックから習い始め、ヴァイオリン、クラリネット、アルト・サックスなどを演奏したという。その当時はアルトやトランペットなどを演奏するベニー・カーターが彼のアイドルだった。
1929年17歳でローカル・バンドでキャリアをスタートさせた。30年代にはドン・レッドマン、ラッキー・ミリンダー、アンディー・カークなどの楽団に加わり、41年カウント・ベイシー、44年にはディジー・ガレスピーの史上初のバップ・コンボに参加した。
46年ドン・レッドマンの楽団とヨーロッパに楽旅したが、彼はそのままヨーロッパに残り、死去するまでフランス、オランダで活躍した。
ヨーロッパにおける彼は渡欧するアメリカのミュージシャンの世話役となり、一緒にレコーディングをしたり、コンサートで共演したりしている。しかし、油井正一氏によると競争相手のいないヨーロッパでは、完全にスイートなってしまったという。
彼の奏法の根本は、コールマン・ホーキンス張りのビッグ・トーンにあり、その上にリズム面でもハーモニーの面でもモダンなセンスを持ち合わせていたという。
1970年7月にニューポート・ジャズふぇす出演のため24年ぶりに帰米しアメリカのファンを懐かしがらせ、71年にはアート・ブレイキーとジャズ・メッセンジャーズの一員として来日も果たした。

"The best of Andy Kirk"(MCA2-4105)
「チャーリー・クリスチャン/アット・ミントンズ」(Columbia SL-5001-EV)
「ビリー・ホリディ物語 第5集」(SOPH 69〜70)
「MCAジャズの歴史」VIM-18
「カウント・ベイシー/1939−1951」(CBS 77-78)
「ブルース・バイ・ベイシー」CBS 20AP-1426
"Charlie Parker/A Studio choronicle"(JSP RECORD JSP915)
「シェリー・マン・アンド・カンパニー」(Flying Dutchman PG-85)
"Shelly Manne&Co."(Flying Dutchman FD 10150)
"Dexter Gordon/Kind of Gordon"(House of jazz 220156)
"Charlie Parker/Every bit of it"(Spotlite SPJ150D)
"Dizzy Gillespie-Charlie Parker"(Uptown UPCD-27.51)
「ディジー・ガレスピーとビ・バップ・イーラ」(RCA RMP-5119)
"Dizzy Gillespie/Dizziest"(RCA 5785-1-RB)
「エスクァイアーズ・オール・アメリカン・ホット・ジャズ」(Victor VRA-5018)
「RCAジャズ栄光の遺産シリーズ第17巻/スイングからバップへ」(RCA RA96〜100)
"Don Byas In Paris"(Prestige 7598)