フルネーム:ドナルド・ダグラス・ラモンド・ジュニア(Donald Douglas Lamond Jr.)
1920年8月18日オクラホマ州オクラホマ・シティ生まれ。
2003年12月23日フロリダ州オーランドにて脳腫瘍のため死去。
1940年代初頭ボルチモアのピーボディ音楽院に通い、ソニー・ダナムやボイド・レイバーンと共演し、キャリアをスタートさせた。
1944年、チャーリー・パーカーのサヴォイ、ダイヤル・セッションでバリトン・サックスとドラムを演奏した。
1945年にはウディ・ハーマンのファースト・ハードでデイヴ・タフからドラムの座を引き継ぎ、1946年末バンドが解散するまで在団した。
1947年、短期間フリーランスとして活動したが、ハーマンのセカンド・ハードに加わり、1949年の解散まで在団した。
1950年代から1960年代にかけてはセッション・ミュージシャンとして活動し、様々なレコーディングに参加した。
その中には、スタン・ゲッツ、ズート・シムズ、ジョニー・スミス、ベニー・グッドマン、ルビー・ブラフ、ジョニー・グアルニエリ、
ジャック・ティーガーデン、クインシー・ジョーンズ、ジョージ・ラッセル、カウント・ベイシー、リー・ワイリーなどがいる。
1962年にボブ・クロスビーのバンドを引き継ぎ、リーダーとしてレコーディングを行った。
1960年代後半には、ジョージ・ウェインのニューポート・フェスティバル・バンドで演奏した。
1970年代には、レッド・ノーヴォ、マキシン・サリヴァン、バッキー・ピッツァレリなどとレコーディングを行った。
ボイド・レーバーンの1944年の録音に名前が見える。
"Boyd Raeburn/1944_46"(First time records FTR-1515)
"Boyd Raeburn/Hep boyds"(Golden Era Records LP-15014)
「ウディ・ハーマン/ザ・サンダリング・ハーズ」(CBS SL-1191〜3-C)
"Woody Herman/The thundering herds"(Columbia C3L-25)
「ウディ・ハーマン・アット・カーネギー・ホール」(MGM MM 2089)
"Sonny Berman/Jazz immortal 1946(Columbia HR-131=EV)