フルネーム:エドワード・F・ディヴィス(Edward F. Davis)
1922年3月2日ニューヨーク生まれ。
1986年11月3日カリフォルニア州カルバーシティにて死去。
彼のニックネーム「ロックジョー」(Lockjaw)の由来は分かっていないという。
クーティー・ウィリアムズ、ラッキー・ミリンダー、アンディ・カーク、ルイ・アームストロング、カウント・ベイシー等幅広いバンドで、活躍した。
また自身のバンドを率いて、スウィング、バップ、ハード・バップ、ラテン・ジャズ、ソウル・ジャズなど幅広い音楽をプレイした。
1940年、テディ・ヒルが伝説的なミントンズ・ジャズ・クラブのマネージャーになった時、ヒルは彼にどのミュージシャンがジャム・セッション中に参加できるか否かの決定を任せたという。
1946年ファッツ・ナヴァロ、アル・ヘイグ、デンジル・ベストを擁する自身のバンド、エディ・デイヴィス・アンド・ヒズ・ビバッパーズを結成した。
1950年代には同楽器のソニー・スティットと、1960年から1962年にかけてはジョニー・グリフィンと五重奏団を率いた。
1955年から1960年にかけて、ハモンドB3を演奏するシャーリー・スコットをフィーチャーしたグループで、テナー・サックスとハモンド・オルガンのコンボの先駆者となった。
1960年代半ばから、グリフィンと、主にヨーロッパのジャズ・ミュージシャンとともに、ケニー・クラーク/フランシー・ボーランド・ビッグバンドの一員として活躍した。
カリフォルニア州カルバーシティでホジキンリンパ腫のため64歳で亡くなった。
バド・パウエルの加わったクーティ・ウィリアムズの1944年の録音に名前が見える。
「クーティー・ウィリアムズ/セクステット・アンド・オーケストラ」(Storyville ULS-1558-R)
"The best of Andy Kirk"(MCA2-4105)
"The Fats Navarro story"(Properbox 11)
"Fat Navarro/The 1946-49 small group sesions"(Blue moon BMCD 1016)