フルネーム:アーヴィング・クリューガー(Irving Kluger)
1921年7月9日ニューヨーク生まれ。
2006年2月28日死去。
9歳からヴァイオリンを学び、後にドラムに転向、さらにニューヨーク大学で作曲を学んだ。
15歳でプロ入りし、1942年から1943年にかけてジョージ・オールドと共演し、その後、フレディ・スラックのバンドなどを経て、
ディジー・ガレスピー(1945年)、ボイド・レイバーン(1945年-1947年)、ボビー・バーン、ハービー・フィールズ(1947年)と共演した。
その後もスタン・ケントン(1947-48)、アーティ・ショー(1949-50)、1950年にはテックス・ベネキーの楽団に加わった。
1950年以降はジャズの演奏が減り、『ガイズ・アンド・ドールズ』(1950-53年)などのブロードウェイのショーのピット・オーケストラで働いた。
1953-54年にはグラマシー・ファイブの一員として再びアーティ・ショウと共演した。
1950年代半ばにカリフォルニアに移り、ハリウッドのムーラン・ルージュでハウス・ドラマーとして演奏していた。
その後はフリー・ランスとして、ベニー・グッドマンやウディ・ハーマンなどと共演、1960年代以降も数多くの仕事をこなしていた。
ディジー・ガレスピーの1945年の録音に名前がある。
「ディジー・ガレスピー/シングス・トゥ・カム」(Columbia YW-7534-EV)
"Boyd Raeburn/Where you at"(Hep 3)
"George Auld/Musicraft"(Trend records MVS 501)