ジェリー・ロール・モートン 1926年

Jelly Roll Morton 1926

さて今回はジェリー・ロール・モートンの1926年の録音について聴いていこう。
ジェリー・ロール・モートンは、1923年レコード・デビューを果たし、1924年はジャグ・バンドなどとの共演をレコーディングし、翌1925年は全く姿を見せず、そして1926年歴史的な録音を引っ提げて再登場します。25年はこの準備だったのでしょうか？ジャズ・レコード史上に燦然と輝く「赤唐辛子楽団」の登場が最も注目されるところだが、その前に1面分だけジェネットに吹込みがある。

＜Date & Place＞ … 1926年2月24日リッチモンドにて録音

＜Personnel＞ … ジェリー・ロール・モートンズ・インコンパラブルズ（Jelly Roll Morton's Incomparables）

Piano & Band leader	…	ジェリー・ロール・モートン	Jelly Roll Morton
Trumpet	…	レイ・ボウリング	Ray Bowling	、	パンチ・ミラー	Punch Miller
Trombone	…	不明	Unknown
Clarinet	…	不明	Unknown
Saxes	…	不明	Unknown
Banjo	…	不明	Unknown
Tuba	…	不明	Unknown
Drums	…	クレイ・ジェファーソン	Clay Jefferson

＜Contents＞ … “Jelly Roll Morton 1923/24”(Milestone M-47018)

record2 A-8.[ミスター・ジェリー・ロード(Mr. Jelly Lord)]
この録音はこの後の「赤唐辛子楽団」の録音に比べれば、目立たない存在であるが、実に興味深い録音である。それは同曲を1924年パラマウントにジャグとのコラボ風に吹き込んでいるからである。そこでは”Comb”や”Kazoo”の奏でた旋律をそのままトランペットやクラリネットに置き換えたわけではないだろうが、1924年のラグタイムとジャグのコラボ風だったのに対してこちらはいかにも古いニューオリンズジャズ風に仕上がっているのである。＜ジャズ＞と＜ジャグ＞の関係を考える上で実に示唆に富んだ録音である。

ということでジェリー・ロール・モートンの「赤唐辛子楽団」の登場となる。師粟村政昭氏は「レッド・ホット・ペッパーズの名で吹き込んだ26年の11曲の演奏は全盛時代のルイ・アームストロングの名演にさえ比肩しうる偉大なもの」と他にない高い評価をしている。
まずバンド名が＜粋＞である。この時点まで（1926年）のバンド名というと、O.D.J.B.（Original Dixieland Jazz Band）やN.O.R.K.（New Orleans Rhythm Kings）、Creole jazz band、Dixie syncopators、Hot fiveなどひねりの利いたものが見られない。名付け親はやはりモートンなのであろうか？1980年代から2010年代にかけて人気のあったロック・バンドに”Red Hot Chilie Peppers”（略してレッチリ）というバンドがあるが、この名前など”Chili”を加えただけである。”Chili”を加えて辛味を増したということか？
因みに右の写真は「ジェリー・ロール・モートンズ・レッド・ホット・ペッパーズ」というと必ずと言って使われる写真であるが、いつの時期の写真かは分からない。ピアノに座っているのはモートンで間違いないが…。それに僕は無知のため他のメンバーの顔を知らないからである。
またこの年のヒット・チャートを見ると「ブラック・ボトム・ストンプ」は16位、「サイドウォーク・ブルース」が62位にランクされている。いずれもそれなりにヒットしたことになる。不思議なのは同チャートに「ウォルヴァリン・ブルース」が62位にランクされていることで、モートンが1926年以前この曲を吹き込んだのは1923年ジネットにソロで吹き込んだものか1925年5月オートグラフ・レコードにクラリネットのヴォルテール・ド・フォー（Voltaire De Faut）とデュオで吹き込んだものしかないはずで、それがこの時になってヒットしたということであろう。或いは発売が遅れたかである。

音源について
さて、このジェリー・ロール・モートンズ・レッド・ホット・ペッパーズによる一大傑作集の決定盤はどれかと言えば、やはりこの日本ヴィクターから出た“Jazz classics of Jelly-Roll Morton”　RCA RA-9～12　国内編集盤4枚組LPに止めを刺すのではないだろうか。この4枚組は1926年9月15日から1939年9月28日までの間にヴィクターに録音されたバンド演奏をLPにまとめたもので、これまでに発売されている別テイクを含めて全曲を収録してあり、さらに晩年に再起して行った一種のオール・スター・セッションも一つの記録として全曲選び、その間に録音されたセッションからは特に出来の良いものを収録できる範囲内で厳選したものという。このように網羅された録音群、そして油井正一氏、粟村政昭氏、大和明氏による詳細な解説も見逃せない。音源はヴィクターのものに限られるということだが、解説によれば当時のヴィクターは他社と比較できないほど優れた録音技術を持っていて、さらにヴィクターはモートンに特に敬意を持っておりこれらの名作は実に素晴らしい音で録音されることになったという。これと同様のことはガンサー・シュラー氏も『初期のジャズ』に書いている。というか他にもレコード或いはCD等は出ているのだろうか？ほとんど見た記憶がない。僕はこの4枚組ボックスを少し以前に安価で手に入れた（最近この手のレコード・ボックスは人気がないようだ）。
歴史的名演
「赤唐辛子楽団」の1926年の録音は歴史的名演と言われる。ではどうして歴史的名演なのであろうか？
ボックス解説の冒頭で、執筆者は明らかにされていないが（多分大和明氏と思われる）次のように書かれている。「ジャズ演奏の世界にグループ表現の概念を最も明確に持ち込んだ最初のもの」であるということなのであろう。ルイ・アームストロングがジャズにアド・リブという明確な概念を打ち立てたということに対して、モートンは「ジャズ演奏におけるグループ表現」を革新したということなのであろう。
このレッド・ホット・ペッパーズの録音は用意周到に準備が行われたことは、共演した何人かの演奏者の証言からも明白である。共演者の1人オマー・シメオンの回顧談によれば、これらのセッションに当たってモートンは4曲を録音（当時は大抵1セッションで4曲の録音を取った）するため、リハーサルに実に約3時間（当時の録音は大体1曲3分間の演奏であるから12分の演奏に対し3時間の練習ということになる）も費やしたという。
そしてモートンは練習のために金も払ったし、譜面に書き表すにせよ、口頭での指示にせよ編曲を用意していた。実際には、部分的に譜面を使ったくらいで、大体は書かれた編曲によって演奏されたものではないようだという。
モートンが自分の考えをメンバーに伝える場合、1本指でピアノを叩き、メンバー各自はそれぞれの楽器でもってそれに合わせてハーモニーを付けるのだった。また彼は、メンバーに対し勝手にアド・リブしたり余計な音を吹くことを禁じ、自分が記譜した通りに演奏するようにも要求したという。しかし全てを押し付けるのではなく、最終的な拒否権は握ったままだったが、ブレイクとソロはどの場所が最も適切なのか共演者たちと議論することもあったという。
メンバー各自は全てモートンが組み立てた構成とオーケストレーションに従ってプレイしている限りにおいて、共演者のソロの内容にまで干渉することはめったになかった。そのため共演者たちは、この録音を振り返り、「いつでも自分たちは自由にプレイできた」と言っているという。
そこにモートンの偉大な指導性が見られる。おそらく彼はメンバーに自分の考えを徹底的に納得させ、メンバーの助言も吸収し、全員の演奏に対する考えを完全に一致させた。それだからこそメンバー各自にとっても規制されているという意識はなかったろうし、彼らが自由に行ったアドリブ・プレイも全体と見事に調和したのである。
シュラー氏は、モートンのこうした録音は1926年９月に始まる10数面分の録音で見られるが、ルイのホット・ファイヴは一つか二つの際立った録音を生み出しただけだから、ルイたちの音楽に1年そこそこは先んじていたことになると述べている。
「初期のジャズ」ガンサー・シュラー著

ジャズにおける低音部
まずこの録音について感じることは現代のジャズ・レコードに比べてそれほど違和感なく聴けるということである。それは演奏の斬新さの前に、初めの方に触れた「音の良さ」がある。レコード解説でも書かれているが、当時他社から抜きんでていた録音技術が生かされているのだろう。そうして違和感なく聴けるもう一つの理由は、ベースが入っていることである。ベースがピチカートで引いているのだ。この時代の演奏としては極めて異例だと思う。この辺りのことについてシュラー氏は極めて詳細に論じている。曰く
「ジョン・リンゼイのストリング・ベースが格別な昂揚感を与えていると述べている。このことは初期のジャズにおける低音部の楽器の問題（このことはあまり論じられてこなかった）を考える上で極めて重要であるとしている。そしてそれはシュラー氏は、スイングするために最良の低音部楽器はピチカートで奏されるストリング・ベースであるという考えに基づいている。
そのアコースティックな「アタックと減衰」のパターンこそがスイングの本質を提供する。我々がベースのピチカート音を音の鋭い立ち上がり、正確なリズムとスイングの前提たるほとんど即座の衝撃を含むことが見て取れる。スイングと減衰の関係は一層複雑である。グイッと弾かれた音は、そのアタックの水準では維持不可能であって、音量の点で多少ともすぐさま減衰が始まらざるを得ない。この音響学的時事実がある以上、ジャズのベース奏者は「ホーン」奏者とはいささか異なる問題を抱えることになる。ジャズの調音とジャズのスイングの諸条件の一つ―すなわち、音程を十分に持続させること（あるいは、少なくともそうした錯覚を与えること）－を満たすために、彼は、仕方のないことだが、音程が持続しているという錯覚を作り出さなくてはならない。弾かれた音の、自然で緩慢な減衰のおかげでこれを達成できる、というのはその音は次第に弱まって消える。つまり突如として止まってしまうわけではないからである。
このためとりわけ音価が長い場合には、事実上消えているかもしれないのに持続している錯覚を作り出せる。したがってスイングの垂直的、水平的前提を共に満たすことになる、正確な衝撃を通じて垂直的に次の音まで持続することで水平的に、そしてそれによって前方への起動力をもたらす。
ところが、それまで低音部を中心に担ってきたチューバは、ベースのピッチカート音の持つスイングの諸条件を複製できない。ずば抜けて達者な奏者の手でようやくピッチカート音の錯覚が作り出せるだけである。しかし、その場合にはすでに錯覚であるものの錯覚を耳にしていることになる。いずれにしても、そういう類稀な感受性を持ち合わせたチューバ奏者は初期のジャズ界ではめったにいなかった。バス・エドワーズ、ウォルター・ペイジ、ジョン・カービィはピチカート音がもたらすような生き生きとしたリズムを自動的に作り出せる域にまでほとんど達していた。
ストリング・ベースがレコーディング以前の時期のニューオリンズにおいて、いつ頃またどの程度まで使われたのかについて長々と検討するつもりはない。バディ・ボールデンのバンドの珍しい写真を含めて、行進バンドを除く大半の初期のアンサンブルの写真にストリング・ベースの画像があることを指摘しておけば、それで充分である。また、野外での演奏や初期の録音では、持ち運びが大変簡便であるためにチューバが使われたことも知られている。そしてもちろん、アームストロングのホット・ファイヴやオリヴァーのクレオール・ジャズ・バンドを含めてたくさんのグループが吹奏楽器にせよ弦楽器にせよ、まったくバス楽器を使わないこともしばしばあったのである。
いずれにしても『ブラック・ボトム・ストンプ』におけるストリング・ベースはこれを聴くものに啓示のような印象を与える。しかも、ジョン・リンゼイはモートンと同時代の人で、老練な奏者であり、モートンが当時雇うことができた最良の最も革新的な奏者の一人だった。音は太くて芯があり、ジョニー・センシアのBjと美しく結合するようにバネのように強力なスイング・ビートを作り出した。このバランスの取れた組み合わせに、アンドリュー・ハイレールの慎重なドラム奏法とモートンの高音域で漂う、レース模様のディスカント的な旋律線が加わって、リズム面々のみならず、音色と音域の配置の点で見事に一体化したリズム・セクションが完成されたのである。このセクションは、当時の大げさで鈍重なチューバ中心のリズム・セクションとは全く異なる、軽やかで、微妙にスイングするリズムの下部構造を作り出した。」

＜Date & Place＞ … 1926年9月15日シカゴにて録音

＜Personnel＞ … ジェリー・ロール・モートンズ・レッド・ホット・ペッパーズ（Jelly Roll Morton's Red Hot Peppers）

Piano & Band leader	…	ジェリー・ロール・モートン	Jelly Roll Morton
Cornet	…	ジョージ・ミッチェル	George Mitchell
Trombone	…	キッド・オリー	Kid Ory
Clarinet	…	オマー・シメオン	Omer Simeon
Banjo	…	ジョニー・サンシール	Johnny St. Cyr
Bass	…	ジョン・リンゼイ	John Lindsay
Drums	…	アンドリュー・ヒレイアー	Andrew Hilaire

＜Contents＞ … 「RCAジャズ・クラシックス／ジェリー・ロール・モートン」（RCA RA-9～12）

Record1.A-1.	ブラック・ボトム・ストンプ	Black bottom stomp
Record1.A-2.	スモーク・ハウス・ブルース	Smoke-house blues
Record1.A-3.	ザ・チャント	The chant
Record1.A-4.	ザ・チャント	The chant

レコードⅠ．A-1. ブラック・ボトム・ブルース
まず1曲目の「ブラック・ボトム・ブルース」から録音は開始された。この作品はモートンのオリジナルで、“ブラック・ボトム”とは、“チャールストン”にとって代わってこの年から爆発的に流行したダンス・ステップのことだという。レッド・ホット・ペッパーズというより20年代のジャズの1、2を争う名作となった。レコード付属の解説でもかなり長文の解説が書かれているが、ガンサー・シュラー氏はその著『ジャズの歴史』（法政大学出版局）においてP207の半ばからP211半ばにかけて4ページに渡り詳細に解説している。
シュラー氏の解説実に詳細である。確かに一聴して複雑な構成なのはよく分かる。しかしこの曲のタイトルに使われている“ブラック・ボトム”はダンスの名前であり、この時代の音楽はダンス目的だったといわれる。本当にこの曲で踊ったのであろうか？ともかくこの曲を分析しながら踊った人は多分皆無であろうと思う。ともかくこの曲は1926年度ヒット・チャート16位にランクされている。ということは大いに売れたことになる。一般の大衆にも受け入れられたということである。

まずレコード解説の大和明氏

この曲はモートンの音楽性の素晴らしさが結集されている。作品の構成は2種類の主題から成り立っているが、第1テーマが通常の8小節の繰り返しであるのに対し、第2テーマは前半8小節、後半12小節という変形になっていていることからしてモートンらしい。しかもその進行が実に見事なのである。
7人のプレイヤー全てに活躍の場が与えられているが、それも7人の楽器によるソロが単純に交代するということではなく、コーラスごとに異なった楽器の組み合わせを行い、しかもアンサンブルとコール＆レスポンス形式あり、無伴奏ソロあり、ストップ・タイムによるバッキングあり、さらにはバックのリズムの打ち出すビートも変化に富むといったように、そのチェンジ・オブ・ペースの見事さ、そして20年代半ばという時点におけるアイディアの斬新性、それらすべてが創造性豊かに展開していることに驚嘆を禁じ得ない。これは約半世紀（本編集版発売時点から見て）経った現在でも、ジャズ史上もっともすぐれた作品の一つであることに変わりない。
まず8小節の導入部はTp、TbのアンサンブルにClがからむ形式が取られ、16小節のテーマに入るとハーモニーによるアンサンブル、16小節のテーマに入るとハーモニーによるアンサンブル、続くコーラスはTpとアンサンブルによるコール＆レスポンス形式、そしてClによる変奏といったように次々と変化に富んだ構成の演奏が展開される。
ここから第2テーマに入るが、それも直接ではなく仲介的導入部がTpとTb、Clの掛け合いで挿入されバランスを取っている。それからTpを中心としてニュー・オリンズ・アンサンブル形式の合奏となり、ここから変奏部に入り、見事なサブ・トーンのClそろとなる。そして突如無伴奏によるPソロに移り、次のTpソロはストップ・タイムによるバッキングと途中のTpブレイクで効果を上げている。そして次はbjがBだけのリズムによって1コーラス奏するが、当時としては完全なリズム楽器であるbjとBだけに1コーラスを任せてしまうというアイディアが如何に斬新なものであったかは、同じ時期の他の演奏を聴けばうなずけることと思う。
ここから最後のアンサンブルに入るわけだが、最初のコーラスはTpとClが主となり、Tbは控えめにバックに回り、またリズム隊によるバック（特にDs）も控えめ（ただしそういう時にブレイクだけはDsに担当させ浮き立たせるのも秀逸のアイディアである）だが、ラスト・コーラスに入るやフロント・ラインの３者が対等となり、それとともにリズムも活発となって、Tbのブレイクでさらにアンサンブル効果を高めてエンディングへと盛り上げる手法はまさに圧巻としか言いようがない。
1926年という時点で、３分間という制約とわずか７種類の楽器からこれだけ多彩なサウンドが創造されたという事実に対し、ただただ驚嘆するばかりである。

ガンサー・シュラー氏はさらに詳しい。

「モートンの最も素晴らしい作品の一つで、おそらくこの録音のために書かれた曲であろうとした上で、構成は2部に分かれているが、実際は少なくとも4つのテーマと「テーマ」の域にまでは高められていないヴァリアンテを奏でる。ブレイクのはめ込み、ストップ・タイム、弾むようなシンコペイトの8分音符の動きと全音符の持続音の楽句との対照がしばしば登場すること、華麗にストンプするトリオ部など、モートンのすべての成分が含まれているが、しかしこれにとどまらない。
この作品は、「クラシック」その他の全音階的音楽ではおそらく異例な特別な内部の分割を含んでいる。3つの異なるテーマを持つ第1部は、B♭の調性であるのに、（経過音として登場する第2展開型を唯一別にすれば）B♭のコードが全く出てこない。この作品の96小節までは回避され、遅延されているのだ（譜例2）。このことが第1部全体に宙づりにされたような妙な不安定な感覚をもたらすとともに、前方へ向けての独特な推進力を付け加えている。なぜならば、これを聴く耳はB♭への解決を切望するからである。そして最後にそこに到達すると、モートンは、カドリール起源の短いインターリュードを経てE♭の調性のトリオへと正しく突き進んでゆく。

音色とテクスチュア上の配分の枠組みは、モートンの作品の中で最も多様性に富むもので譜例3に示す通りである。 A1は、和声が記譜されたアンサンブル奏の部分で、正確に反復される。A2では、トランペットのソロと記譜されたアンサンブルが4小節ずつ交代で演奏される。A3は、バンジョーだけの伴奏で、譜面に記されたテーマをほとんどそのままクラリネットが演奏する。
B1は、20小節の構成で全アンサンブルによって即興演奏されるが、B2のクラリネットを皮切りとして一連のソロが開始される。クラリネットのオマー・シメオン（B2）、ピアノのモートン（B3）、トランペットのジョージ・ミッチェル（B4）、バンジョーのジョニー・センシア（B5）、多くの編曲達であれば、これで最後のアウト・コーラスに繋げるであろうが、モートンは袖口にもう一枚のカードを持っていた。B6は、全アンサンブル奏の箇所であるが、軽くて透明な、メゾ・ピアノ（第7、8小節のシンバルのブレイクでうまく補足されながら）の音調が維持され、次いで（B7に至って初めて）モートンは強力なタムタムのバック・ビートを付けて、フルティシモの音調で最後の追い込みのコーラスに突入する。モートンがここで行ったことは、総計わずか7つの楽器で6つの異なる音色の組み合わせを作り出すことだった。すなわち、Tpとリズム、ClとBjとリズム、クラリネットとリズム、ピアノ（リズムなし）、Bjとリズム、全アンサンブルの組み合わせである。
同様にリズムにおいても、2ビート、4ビート、チャールストン（あるいはスペイン風なリズム）、強力なバック・ビートと4つの異なるリズムが登場する。これらすべてが3分間足らずのうちに発生しながらも、単に乱雑ででたらめな印象は全く与えないことを忘れないでおこう。構造のまとまりに対するモートンの本能が、その威力を完璧に発揮している。
A3におけるクラリネットのチャールストンのリズムが、Bのメロディにおける2小節の復帰の楽句（第19、20小節）やB4におけるストップ・タイムの伴奏と有機的に結びついている有様についても注目しよう。A2とB1におけるリズムの成分が相互関連する点についても注意しておこう（譜例4A及び4B参照）。

同様にA1の箇所では、譜例4Aで示された基本的なリズム成分の拡大型（譜例4C）も存在する。
リズムの下部構造も等しく興味深い。ジョン・リンゼイのベースの響きをたどるならば、彼が基本のツー・ビート（２／２）のリズムと４／４のハードにドライヴするリズムや全音符のシングル・ビートの楽句を大変巧みに使い分けている様子が分かる。こうしたリズムの後退は、楽句の結び目で発生するわけではなく、ソロイストやアンサンブルと均衡を取って、反応しながら、１６小節、２０小節の楽句のいかなる個所でも割り込んでくる傾向がある。
このような小規模な、また大規模な構造的まとまり、スイング感をいささかも損なうことなく、フォーマットの内部で、即興と予め編曲された楽句とを結合する諸要素を管理すること、これらの点こそモートンを純粋なニューオリンズ・スタイルの巨匠にしている。
とはいえ、究極のところ我々を魅了し、興奮させるのは演奏そのもの、際立ったスイングと（四分音符＝276の的確な刻みの）ドライヴ、優れた楽器編成のバランスなのである。モートンは達者な指裁きのソロでこれに貢献しているが、当時ではおそらくアール・ハインズだけが比肩したであろう腕前である。３人のフロント・ライン―ミッチェル、シメオン、オリィ―は、「旋律にはたっぷりリズムを与えよう」というモートンの指示に従って、優れた演奏を披露する。サンシールのバンジョー・ソロも素晴らしい。
レコードⅠ．A-2. スモーク・ハウス・ブルース
ゆったりとしたテンポでアンニュイな雰囲気の曲。全般に「間」を活かした演奏である。では解説を読んでいこう。

まずレコード解説の大和明氏

この曲では各メンバーのソロに重点が置かれているが、アンサンブルも整然とした完成度を示している。アンサンブルによるテーマの後、Tbソロのロゥ・ダウンな雰囲気をたたえた深い味わいは感動的でさえある。さらにClソロのブレイクの直前でシメオンは突如倍テンポに持って行き、バックのリズムはさらに倍（ということは4倍）にリズムを刻むなど思い切った変化をつけ、しかもバランスを崩していないところに単なる個人に任せられたアドリブ・プレイでは出せない、練り上げられた成果が感じられる。
続いてモートンがここでも無伴奏によるソロを取るが、感動的なソロで、感極まって”Oh! Mister Jelly”と声を発しているが、これはモートンの声が録音された最初である。
そしてラスト・コーラスのポリフォニックな進行はニュー・オリンズ・アンサンブルの即興性をとことんまで煮詰め成熟させたものとなっていて、見事というほかない。

ガンサー・シュラー氏

同じ日に録音されたさらに２つの面もまた『ブラック・ボトム・ストンプ』と同じかほとんど同様の水準の演奏を記録している。『スモーク・ハウス・ブルース』（実はブルースではない）は、入念に練られた演奏で、前曲から一転してテンポの遅い曲である。おそらく40年後の我々（シュラー氏の『初期のジャズ』が出版されたのは1968年である）も魅了する、異様なまでに暖かくて感動的な演奏であるけれども、他にもたくさん注目すべき特徴がある。
冒頭部と末尾のコーラスでは、即興のアンサンブルのポリフォニーが見事に演奏される。各奏者が他の奏者の邪魔をせずにお互いを完全に補足する。事実こうしたアンサンブルは、ニューオリンズの集団即興がどんな風に行われたかを我々が知る上で最良のお手本である。３つの層の音域のそれぞれに固有の役割が振り当てられる。中音域のTpは、旋律を奏するが、これを曲の主要なテンポに本質的には一致するリズムで装飾する。Clは、そのほぼ１オクターヴ上の音域で、やや速めのテンポで、旋律のディスカント的な装飾を行う。他方低い音域のTbは、より遅く進行するテンポの刻みで、（奏者の判断で）バス声部のラインに参加するか、あるいはテナー声部のラインに参加する。この構造を左のように図式化できるだろう。

しかしながら、この録音の最も異例な瞬間は、モートンが彼のお気に入りのテクスチュアの硬直性をやわらげる手法、ダブル・タイムとブレイクを結び付けるときに訪れてくる。クラリネットのソロの中で、モートンは予告なしに２小節間テンポを倍にする。この曲の基本的なビートはのんびりした２／２であるから、これらの小節における８分音符のダブル・タイムは実際には２倍のダブル・タイムの効果を持つ。しかもモートンは、１６分音符の旋律線を奏することによって、この域を超えることによってテンポをさらに倍加させる。次いで、シメオンが２小節のダブル・タイムのソロのブレイクで彼の後を引き継ぐのだが、テンポを戻してのろい２ビートの感覚まで和らげていく。リズムの対照をくっきりと際立たせる巨匠的な腕前が発揮されたところであるが、演奏全体の中の然るべき場所において、正確に登場するのである。
モートン自身は、見方次第で、リズム的に場違いとも見える半コーラス分のソロを展開するのだが、実際はすでに確定されたリズム的・旋律的調子を踏まえて継続している。音響的に見て、ピアノの存在感が多少とも不足しており、またリズム・セクションが静かであるために、不適切な印象を作り出しているにすぎない。このソロは、モートンの最も想像力に富んだブレイクの一つである。

右譜面を含み、次いで自己賛美の歓喜の叫び声、“Oh , Mr. Jelly Roll”が後続する。ジャズのもったいぶらない本質と苦くて、甘いユーモアがこんな風に創造的に自然な形で吐露されることはめったにない。
『スモーク・ハウス・ブルース』は、３つの即興的な追加の終結の楽句からなるコーダで終わるのだが、これは、この種の乱用された手法の極めつけの原型であるに違いない。まことに瞠目すべきことで、ほとんど謎めいたことなのだが、この追加の終結の楽句は、時間の設計が大変完璧で、無音の瞬間をあまりにも巧みに織り込んでいるために、このレコードを知っていて、予測がつく場合ですら、もう一つの追加の楽句が登場すると、驚嘆させられてしまう。
レコードⅠ．A-3、4. ザ・チャント

レコード解説の大和明氏

全体の構成も興味深いが、ミッチェル、センシア、オリィ、モートンのブレイクプレイが特に素晴らしい。ソロとバックとの関係もBjソロの途中にClを絡ませたり、Pソロの箇所はBだけがバックを付けたり実に多彩である。テイク1ではBjソロのラスト2小節にClが絡んでくるが、テイク2の方はアンサンブルが絡んでからClのソロとなる。

ガンサー・シュラー氏

この日の録音の第３面の「ザ・チャント」（「歌」という意味だが、”song ”との違いが分からない）は、シカゴのピアニスト兼編曲家のメル・スティッツェルによって書かれたもので、モートンの楽想にこれほどふさわしい素材はあり得まい。作品としてこれは、モートンの愛好する手法の大半、多主題的形式、突然の興味深い和声転換、リフ的な旋律などを含んでいただけでなく、これらの手法が、モートン自身が構想しえた以上におそらくは「現代的で」、「ヒップな」形式の中に取り込まれている。

コール＆レスポンスのフォーマットで書かれた導入部（譜例５）は、ClとTpの呼びかけがD♭の調性であるのに、応答がDの調性に設定されている点で当時としては驚異的である。「コール」のD♭の調性は曖昧模糊としている。というのは和声面では無伴奏の箇所で、強力なD♭のコードの根音を含んでおらず、それでいて、Tpによって強力に反復されるC音が妙に「マイナー的な」感覚を込めて、次のD長調からは減５度隔たったA♭の調性を、強調する傾向があるからである。調性感のあいまいさは、強拍と弱拍の感覚をあいまいにするシンコペイトされた先取音によって、リズム面でも強化されている。このため我々は省みて初めてその小節の第１拍の位置を理解するのである。

これらのかなり驚異的な和声的対照が急展開して断続的にB♭、E♭9、G♭M9へと変化するコードで支えられたB♭の調性の８小節へと後続される。かくして右譜例６のような興味深い和声進行が登場することになる。
これが終わって初めて、この曲は基調のA♭の調性へと移行し、これが、たいへん安定した形のリフとモートンのバス声部におけるペダル・ポイント音のa♭音の使用によって強調される。しかしながら、第３の主題においてA♭の調性が２０年代半ばにゼズ・コンフリー、ループ・ブルーム、ルイ・アルターなどのような人たちの通俗ピアノ曲で使われて流行した半音階的な和声法によって、再び攪乱される。
この個所での旋律的なモチーフの左の譜例は無数のジャズのソロやブルースの歌唱で見かけられる常套句である。

第３の主題が提示された後、シメオンの華麗なブレイク、彼の「泥臭い」ブルース風なソロ、サンシールの珍しいBjのソロなどを含めて、いくつかの巧みな演奏のソロが続く。オリィのソロには間違いがある。転調の２小節分を見逃すことによって、自分のパートを誤読したことは明らかである。しかしモートンがこれに続くPソロと末尾の高揚したアンサンブルのコーラスにおいて、そうした失敗の埋め合わせを行うだけではなく、さらにプラス・アルファを付け加えている。

『ブラック・ボトム・ストンプ』は、コーラスB4の箇所でのアンサンブルの混乱がなかったならば、完璧な録音となったであろう。そこで何らかの指示の取り違えがあったことは明らかである。というのは、奏者たちがモートンが練習させておいた事柄―明らかに練習不足―と彼らに要求した事柄を思い出すころには、コーラスの大半の演奏がすでに終わっていたからである。この欠点があるとはいえ、『ブラック・ボトム・ストンプ』は注目値する出発点だった。
ガンサー・シュラー氏は、ヴィクターの関係者を含めて全員が、これら３面の録音を大成功とみなしたことは明らかである。なぜならば、その６日後にモートンは再びレコーディングのために録音スタジオへ戻って来たからである、それも楽団員を増やしてと述べている。
しかし今回の録音に当たっては3面分の「冗談音楽」を録音することがヴィクターとモートンの間で合意されていたという。ここで日本訳を行った湯川氏が「冗談音楽」と訳している原語は”Hokum”で、これは辞書では『劇などで場当たりを狙った筋や話し』とある。変に「冗談音楽」などと意訳せず「場当たり的な受け狙い」とした方が分かりやすく正確ではないかと思う。「冗談音楽」というとどうしてもスパイク・ジョーンズ等を思い出してしまう。
つまり古いミンストレルやヴォードヴィル・ショウではお決まりのおしゃべりや自動車のホーンや蒸気船の汽笛、教会の鐘などをまねたおかしな音響効果などを含めて「場当たり的な受けを狙う」ことを意味していた。
シュラー氏はこれらの3面分の録音が9月15日に行われた録音の水準には達していないが、「受け狙い」を演らなければならないという足枷のせいで良くないというわけではないという。もっとも、モートンと彼の出版社のメルローズがこうした音楽以外の配慮によっていささか拍子抜けしたということは大いにあり得るが、これらの面にしても十分優れた演奏で、モートンとしても標準以上の出来栄えを示しているが、6日前に成し遂げたものを凌駕するものは一つもなかったということも事実である。
さて一方、レコード解説の大和明氏は、シュラー氏の指摘する「受け狙い」には触れず、以下のように述べる。
このセッションでは1曲を除きClを3本に増やしそれなりの効果を上げている。しかも編曲もビッグ・バンド的なサウンドを志向しており、興味深い。全曲に効果音（自動車のホーンや蒸気船の汽笛）が入っているのもこの日の録音の特徴だ。前セッションに続きいずれも名演である。
僕の感想を書くとこの点、つまり「冗談音楽」だったか否かということについてだが、モートンはスパイク・ジョーンズに代表されるような「冗談音楽」をやる気はもともとなかったのではないかと思う。モートンはフェイト・マラブルのようなショウボートにおけるバンド演奏風の演出をしたのではないかと思う。それはそれで「冗談音楽」だろうと言われればそうかもしれないが。

＜Date & Place＞ … 1926年9月21日シカゴにて録音

＜Personnel＞ … ジェリー・ロール・モートンズ・レッド・ホット・ペッパーズ（Jelly Roll Morton's Red Hot Peppers）

9月15日のメンバーに
誰か不明だがコルネット奏者が追加され、
クラリネットにバーニー・ビガードBarney Bigardとダーネル・ハワードDarnell Howardの2人を追加し3人体制としている。
また効果音担当としてマーティ・ブルーム（Marty Bloom）という人物が加わっている。

＜Contents＞ … 「ジャズ・クラシックス／ジェリー・ロール・モートン」（RCA RA-9～12）

Record1.A-5.	サイドウォーク・ブルース　テイク2	Sidewalk blues take2
Record1.A-6.	サイドウォーク・ブルース　テイク3　オリジナル・テイク	Sidewalk blues take3 original
Record1.A-7.	デッド・マン・ブルース　テイク1オリジナル・テイク	Dead man blues take1 original
Record1.A-8.	デッド・マン・ブルース　テイク2	Dead man blues take2
Record1.A-9.	スティームボート・ストンプ　テイク3	Steamboat blues take3

さて、次にClトリオを加えたことについて（A-9.スティームボート・ストンプには入っていない）、大和氏は「Cl3本はそれなりの効果を上げている」としか触れていない。
一方シュラー氏は、鋭い指摘をしている。Clのトリオ演奏―これはドン・レッドマン（Cl三重奏の考案者）に対する、そして非ニューオリンズ的な「現代的な」発想に対するモートンの挨拶であると。ちょっと分かりにくいが、「Clの三重奏」は今回初めて登場したわけではなく、フレッチャー・ヘンダーソン楽団の1924年10月30日録音の「コペンハーゲン」でも導入されていた技法である。ただその時シュラー氏は、Clのトリオ演奏について、「レッドマンが発明したというわけではないが、この手法を強調し普及させたことは確かである」と書いているが、ここでは一気に「Clトリオの考案者」と言っている。
しかしこの2曲（『サイドウォーク・ブルース』、『デッド・マン・ブルース』）にCl三重奏技法を取り入れるに当たって、この技法の普及者ドン・レッドマンに挨拶が必要なのか（ヤクザでもあるまいし）またこれが「挨拶になるのか」が僕には全く判定できないが。
さて、氏名不詳とされる第2コルネット奏者は、一説にリー・コリンズ説があるが実際には音は聞こえない。全曲とも冒頭に会話のやり取りが入っているが、最初がモートンで受けているのはBjのサンシールであり、Clのソロは全てシメオンであるという。
レコードⅠ．A-5、6. サイドウォーク・ブルース
モートンのオリジナルで、大和明氏はレコード解説で、慌ただしい都会風景を皮肉った作品としているというが僕には出港前の船―ショウボートのように聴こえたが…。ともかくこれも録音がいい。
さらに大和氏は、各楽器のブレイクによって構成されているイントロが意表をついていて面白いし、Clトリオを交えたアンサンブルを途中で遮るかのように入る警笛のブレイクも意表をついているだけでなく、曲の持ち味をよく活かしたものになっている。続くClトリオも美しいし、ラグタイム的なモートンのバックもコントラストの面白さが出て洒落ていると解説している。こういう解説を読まないとわからないくらいClの三重奏はそれほど目立っては聞こえないが、しかし全体としてゆとりを感じさせるアンサンブル、実にスムーズに流れるモダンな演奏である。

レコードⅠ．A-7. デッド・マン・ブルース 前回で取り上げた『ブラック・ボトム・ストンプ』同様評論家マーティン・ウィリアムズ氏に絶賛された作品。彼はこの録音を「その優れた主題、編曲、演奏においてヴィクター・シリーズの傑作と言ってよいだろう」と記しているという。
曲は3つの主題からなるモートンのオリジナルである。ショパンの葬送行進曲の一部を使ったイントロからアンサンブルに入り、第2部はClとCorが味のあるソロを取る。
そしてClトリオによる第3部に入るが、リフ形式のこの部分の2コーラス目になるとバックにTbによる対位法的旋律が絡み、代わりに他の2人のClが抜け、最初の主題に戻って第1コーラスにおける軽やかなスイングをもたらした3人による対位法的アンサンブルで美しさを盛り上げている。テイク2ではミッチェルのソロ・パートの5小節目に音程ミスがあるなどの乱れが感じられ、確かにテイク1の方が出来が良い。
さて、ガンサー・シュラー氏は、「評論家たちに過大評価されてきた作品と思える。しかし同日録音の3面の中では最良の作品である。」と手厳しい。
『スモーク・ハウス・ブルース』の場合と同じように、この曲の冒頭と末尾のコーラスは、優れた即興のポリフォニーである。しかしこの面の優れたところは、3本のClのために密集配置の和音で記譜された、静かで単純なリフのような旋律を奏でるClの三重奏にある―これはドン・レッドマン（Clトリオの考案者）に対する、そして非ニューオリンズ的な「現代的な」発想に対するモートンの挨拶である。反復されるとき、やさしくて、ブルース風なTbの滑音（？）によるオブリガードがClの下の音域で鳴らされる。これが数年後エリントンが巧みに利用したような静寂な美を生み出している技法である。」
この曲は、この録音に先立つ9月17日にキング・オリヴァーとディキシー・シンコペイターズによって吹き込まれている。その比較で聴くと、この曲はテーマが2つあり一つがCl三重奏を奏でる２ndテーマをオリヴァーたちは１コーラスに対し、本演奏は２コーラス割いているし、冒頭のサンサンブルもオリヴァーがReed楽器とブラス楽器が独立し絡み合うような形式をとっているが、こちらはニューオリンズ風の合奏に仕立て上げている。聴き方によっては、モートンよりオリヴァーの方が先取的演奏をしているようにも思われるが… 。
2代目ジャズ王コルネットのオリヴァーが1コーラスしかソロを吹いていないのに対してモートン楽団ではジョージ・ミッチェルが2コーラスのソロを取る。なぜオリヴァーは抑える必要があったのか？
またオリヴァーのバンドはClトリオのところを多分Cl2本、As1本で奏しているのではないかと思う。そしてこのフレーズをモートンは繰り返しているのに対してオリヴァーは1度吹奏するだけである。このフレーズに対する作者モートンとオリヴァーの意識の違い出ている。しかしこのフレーズを吹奏するメンバーはオリヴァー版ではスタンプ・エヴァンス、バーニー・ビガード、ダーネル・ハワードで、モートン版ではオマー・シメオン、バーニー・ビガード、ダーネル・ハワードと2人も被っているのが面白い。
オリヴァー楽団では低音部はチューバが「ブォ、ブォ…」とリズムを刻むがモートン楽団ではストリング・ベースが「ブン、ブン…」とフォー・ビートを弾く。
キング・オリヴァーが9月17日に録音し、モートンが9月21日に録音した「デッド・マン・ブルース」の比較しないのかは不思議である。なぜオリヴァーのこの曲の演奏がそれほど注目を集めないのかがよく分からない。
レコードⅠ．A-9.スティームボート・ストンプ
ニューオリンズの風物詩的ナンバーでモートンの作品とされているが、Cl奏者のボイド・センターがデンヴァーで見つけた＜ジャスト・ジャズ＞という曲を改名したものと言われている。レコード解説の大和氏によれば、歯切れの良い、明るく速いテンポで進行するが、音の重ね方は乱れることなく、ここでもオーケストラ的な生き方が実を結んでおり、各ソロもかなりの出来栄えである。

次の録音は12月16日に行われた5面分の録音で1926年のモートンのレコーディングは終了となる。

＜Date & Place＞ … 1926年12月16日シカゴにて録音

＜Personnel＞ … ジェリー・ロール・モートンズ・レッド・ホット・ペッパーズ（Jelly Roll Morton's Red Hot Peppers）

9月15日の[赤唐辛子」のメンバーにB-1、2「サムディ・スイートハート」のみ2人のヴァイオリン奏者が加わる。
ヴァイオリン奏者は、クラレンス・ブラック（Clarence Black）、ライト・スミス（Wright Smith）或いはダーネル・ハワードDarnell Howardという説がある。ハワードはクラリネット奏者だがヴァイオリンも奏するという。

＜Contents＞ … 「ジャズ・クラシックス／ジェリー・ロール・モートン」（RCA RA-9～12）

Record1.B-1.	サムディ・スイートハート　テイク2オリジナル・テイク	Someday sweetheart blues
Record1.B-2.	サムディ・スイートハート　テイク3	Someday sweetheart blues
Record1.B-3.	グランパズ・スペルス　テイク2	Grandpa’s spell
Record1.B-4.	グランパズ・スペルス　テイク3　オリジナル・テイク	Grandpa’s spell　stomp
Record1.B-5.	オリジナル・ジェリー・ロール・ブルース　テイク1	Original Jelly-Roll blues
Record1.B-6.	オリジナル・ジェリー・ロール・ブルース　テイク2オリジナル・テイク	Original Jelly-Roll blues
Record1.B-7.	ドクター・ジャズ　テイク3	Dr.jazz-stomp
Record1.B-8.	キャノンボール・ブルース　テイク1	Cannon ball blues
Record1.B-9.	キャノンボール・ブルース　テイク2オリジナル・テイク	Cannon ball blues

さて、この12月の録音についてまず出来栄え全体について、ガンサー・シュラー氏は『初期のジャズ』において、「凡作である「サムディ・スイートハート」から独創的なラグタイム兼ストンプ作品の傑作「グランパズ・スペルス」に至るまで多様である」と述べている。
大和明氏は、＜サムディ・スイートハート・ブルース＞にヴァイオリン奏者2人が加わる以外は最初のセッションのオリジナル・メンバーと同じである。ヴァイオリン奏者に関してはシメオンとミッチェルがクラレンス・ブラックとライト・スミス（ミッチェルはファースト・ネームを思い出せなかった）の名を上げたのに対して、Cl奏者でヴァイオリンもプレイするダーネル・ハワードはヴァイオリン奏者として参加したのは自分であると主張した、と解説に書いている。
しかし僕が気になるのは、ジョニー・サンシールがギターを弾いているとレコードのライナー・ノートの＜Personnel＞に記載されていることである。なぜこの録音でセンシアはBjではなくGtに替えたのか？26年11月27日に行われたルイのホット・ファイヴでの録音ではBjを弾いているのである。Bj⇒Gtはモートンの指示か、自己の判断か？それがどのように反映されているのかを考察すべきであろう。
B-1、2. サムディ・スイートハート・ブルース
モートンの作品。1919年モートンがロス・アンゼルスにいた時に昔からのバンド仲間のレッブとジョニーのスパイクス兄弟と共に楽譜出版を始めた時最初に出版した曲。但しモートンがスパイクス兄弟に権利を譲ったため、モートン作とはなっていない。
この曲もキング・オリヴァーのディキシー・シンコペイターズが26年9月17日“Dead man blues”と同じセッションでレコーディングしている。そしてこの録音がオリヴァーの最大のヒットとなって。ゲストのジョニードッズとテナーのバーニー・ビガードの抒情溢れるソロが評判になった。
ここではVio2本を加え、第1コーラスはVioのパートにしている。このためマーティン・ウィリアムスは感傷的で陳腐なものになってしまった失敗作と断定したという。
発売時期が分からないが、オリヴァーのレコードが大ヒットになったのを見て、モートンも思い切ったポップス路線に舵を切ったのかもしれない。その戦略の一つがVioの採用であり、もう一つは当時としてはかなり珍しいバス・クラリネットによるソロだったのかもしれない。
B-3. グランパズ・スペルス
モートンによって作られた古いピアノ・ナンバーである。モートンは1923年6月18日にソロで一度吹き込んでおり、「モートン 1923年」でも取り上げた。シュラー氏の訳本『初期のジャズ』（法政大学出版局）には「？」と思う部分がかなりあるが、ここでも“Grandpa’s spell”を「じいさんの呪い」と訳しているがどうであろうか？辞書を見ると“spell”にはいろいろな意味があり、確かに「呪い」という意味もあるが「呪文」や「まじない」、「ひと仕事」「一時」という意味もある。どういう根拠で「呪い」を取ったのか？「おじいさんのおまじない」とすればニュアンスは全く変わってくる。こういう場合は無理に訳さずにレコード解説同様「グランパズ・スペルス」でよかったのではあるまいか？

まずレコード解説の大和明氏

大和氏はレコード付属の解説で次のように述べる。
全体の構成は＜ブラック・ボトム・ストンプ＞と同様に複雑であると同時にともに見事である。特にリズム楽器の扱い方が創意に富んでおり、Clソロの後のベース・ソロとフロント・ラインとの対話的進行の見事さは驚嘆に値する。
曲自体は16小節テーマの組み合わせに過ぎないが、アンサンブルのポリフォニックな進行や各楽器のコーラス内における巧みな小節割り、リズム・アクセントの変化、そしてブレイクの使用によって多様性を示したのであった。しかもミッチェル、シメオン、オリィ―らの柔軟性に富んだソロと言い、特にDsの音をきちんと捉えることによってその効果を最大限に引き出していると。

一方シュラー氏

シュラー氏もこの作品を大傑作とするがそれは、オーケストラの多彩な扱いという点で「ブラック・ボトム・ストンプ」を凌ぐと評価する。
モートンは7つの楽器を意のままに操って、8種類の音色の組み合わせ、すなわち7種類の楽器の全体奏、Tpとリズム、ミュート付きのTpとリズム、Clとリズム（3回）、TbとB、Bのみ、Gtのみ、PとBjとDr（Bなし）を捻り出したと書く。

しかしここで気になる点がある。録音全体についても触れたことだが、Gt（ギター）のみ、P（ピアノ）とBj（バンジョー）とDs（ドラムス）と述べているが、この記載が正しいとすればサンシールがギターとバンジョーを持ち替えて奏したことになる。本当にそうだろうか？録音にはBjとGtが加わっていることになるが、これは別の奏者か同一ならなぜにどういった効果を狙ってBjとGtの持ち替えを行ったと推測されるのかを考察するべきであろう。
※この録音ではレコードのライナー・ノートでもジョニー・サンシールがギターを弾いていると記載されている。確かに音はGtのように思える。まずなぜこの録音でサンシールはBjではなくGtに替えたのか？モートンの指示か、自己の判断か？それがどのように反映されているのかを考察すべきであろう。
「譜例7」の輪郭図を参照すると、これらの組み合わせがコーラスの交替に即して登場するのみならず、2小節や4小節の楽句においても出現している様子が理解できる。
A1やA2におけるGtやTpの背後にうかがえることだが、モートンのPの様々な介入―小さな音階的パッセージ、装飾、コード音のみの挿入―が、さらに興趣と多様性を付与している。
A2では、ミッチェルが、彼の2番目のソロの入りで、最初に演奏した楽句を転倒させている点についても注目しておこう。モートンはまた、少数の楽器には音量を強めに、多くの楽器には弱めに設定して、その対比を浮き彫りにすることも試みている。この様子は、A3で苛烈にスイングするTbとBのやり取りが、C1のミュート付きの柔らかなソロに受け継がれていく過程に聴くことができる。 C3とC4の箇所では、強弱の対照が逆転されて弱強の対照として登場する。そして、そこではC3は最後のアウト・コーラスの「準備」の役割を果たす。加えて、ここはリンゼイのBがPの背後でも、Clの背後でも演奏されないので、奇妙に宙ぶらりんな感覚をもたらすところでもある。このことは、もちろんリンゼイが強力にスイングする最後の集団即興へ復帰するときに、その対照を際立たせる役目を果たす。
この時の演奏は前後の録音とも合わせて、モートンの達者なラグタイムのピアノ独奏集であった。モートンらしいアイディアに満ちた演奏である。しかしこうして７重奏団の演奏を聴くと同じ曲とは思えない。
B-5、6.オリジナル・ジェリー・ロール・ブルース
モートンの作品の中でも最も初期のものの一つである。モートンは1924年6月9日にソロで一度吹き込んでいる。その時ジェームス・P・ジョンソンの「1911年にモートンと初めて会った時には自作のこの曲を演奏していた」という回想と一緒に紹介した。その時の録音はピアノ・ソロであった。これもしかしこうして７重奏団の演奏を聴くと同じ曲とは分からない。
P、Gt、Tbによるイントロも斬新であるし、アンサンブルが非常に活き活きとした素晴らしさを示す。第1テーマから第2テーマに入ったところでハバネラ・リズムを用いるところなどモートンの面目躍如といったところだ。テイク1に対し、テイク2になると全体の流れが一層良くなっているところなどに、時間をかけて練り上げられていくモートン・ミュージックの特質がうかがえる。この曲も「グランパズ・スペルス」と同様素晴らしい出来栄えを示す。まとまりがあって、のんびりした幸福感をたたえた演奏である。
B-7.ドクター・ジャズ
曲はキング・オリヴァーのオリジナル。
オリヴァー自身の録音は1927年4月22日にDixie Syncopatorsによって行われるが、少しばかり不思議なエピソードが残っている。オリヴァーは1926年11月にプランテーション・カフェで新曲としてこの曲をお披露目した。その1か月後メルローズ出版社と強い絆のあるモートンがこの曲の録音を行うのである。オリヴァーはこの曲を四十数年にわたって発表しなかった。
レコード解説の大和氏は、「これもやはりモートンの最高傑作の一つである。演奏はストップ・タイムによるClのイントロからミッチェルによる素晴らしいリードのアンサンブル・テーマに始まるが、その17小節目のオリィ―のTbの絡みによるチェンジ・オブ・ペースの見事さ、そしてそれに続くシメオンの長く伸ばしたフレーズを多用したスリリングなソロも実によい。
こうしたムードをさらにためているのがモートン自身によるヴォーカルで、最初の“Oh !”と叫ぶところから早くも何とも言えないジャジーな感覚があふれ出すのだ。すでにモートンを偉大なバンド・リーダーであり、作編曲家であり、ピアニストでもあると書いたが、忘れてならないのは素晴らしいジャズ・シンガーでもあるということだ。実際のところ、このモートンのヴォーカルはジャズ・ヴォーカルのクラシックと言ってよく、ジャズ・ヴォーカルを行う器楽奏者は多いが、彼のヴォーカルはサッチモとともにベスト5に入るものである。ヴォーカルの後はストップ・タイムによるClの導入からPソロ、再びClとGtブレイクの掛け合い、そしてTpブレイクとTbブレイクというように、モートンらしい構成の妙を発揮したコーラス作りからラスト・アンサンブルに入って終えている。全体の躍動感と魅力的な動きが素晴らしい。
一方シュラー氏は、ブレイクゆえに注目に値するとし、それらのあるものは二重奏であり、またあるものはアンサンブルのブレイクであると書いている。多彩なブレイクが注目に値するということであろう。
B-8、9.キャノンボール・ブルース
モートンなど3人の合作したブルース。ソロイストのためのショウ・ケース的な構成となっているが、それに至るところにモートンらしいアイディアが生かされている。例えばGtの主題独奏に対し突如モートンのPが倍テンポでバックを付けるところなどその一つであろう。テイク1の演奏に対し、テイク2は一層テンポを落としている。なおテイク2の演奏ではGtソロの部分にちょっとしたミスがある。
シュラー氏は、いささか演奏にムラがある。その日の最後の演奏のためか、練習が足りなかったせいかもしれないと書いている。

今回取り上げた別テイクを含め5面分の内2曲はかつて、ピアノ・ソロでのレコーディングを取り上げた。ピアノ・ソロで聴くとやはりラグタイムだなぁと感じていたが、バンドでプレイするとラグタイムという感じがしない。それはモートンがそのようにアレンジをしていたからであろうが、この1926年の「赤唐辛子楽団」の録音を聴いていると、モートンは多種類の楽器を操って様々なサウンドを作ってみるのが楽しくてしようがなかったように思える。

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ジェリー・ロール・モートン 1926年

Jelly Roll Morton 1926

＜Date & Place＞ … 1926年2月24日 リッチモンドにて録音

＜Personnel＞ … ジェリー・ロール・モートンズ・インコンパラブルズ（Jelly Roll Morton's Incomparables）

＜Contents＞ … “Jelly Roll Morton 1923/24”(Milestone M-47018)

＜Date & Place＞ … 1926年9月15日 シカゴにて録音

＜Personnel＞ … ジェリー・ロール・モートンズ・レッド・ホット・ペッパーズ（Jelly Roll Morton's Red Hot Peppers）

＜Contents＞ … 「RCAジャズ・クラシックス／ジェリー・ロール・モートン」（RCA RA-9～12）

まずレコード解説の大和明氏

ガンサー・シュラー氏はさらに詳しい。

まずレコード解説の大和明氏

ガンサー・シュラー氏

レコード解説の大和明氏

ガンサー・シュラー氏

＜Date & Place＞ … 1926年9月21日 シカゴにて録音

＜Personnel＞ … ジェリー・ロール・モートンズ・レッド・ホット・ペッパーズ（Jelly Roll Morton's Red Hot Peppers）

＜Contents＞ … 「ジャズ・クラシックス／ジェリー・ロール・モートン」（RCA RA-9～12）

＜Date & Place＞ … 1926年12月16日 シカゴにて録音

＜Personnel＞ … ジェリー・ロール・モートンズ・レッド・ホット・ペッパーズ（Jelly Roll Morton's Red Hot Peppers）

＜Contents＞ … 「ジャズ・クラシックス／ジェリー・ロール・モートン」（RCA RA-9～12）

まずレコード解説の大和明氏

一方シュラー氏

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＜Date & Place＞ … 1926年2月24日リッチモンドにて録音

＜Date & Place＞ … 1926年9月15日シカゴにて録音

＜Date & Place＞ … 1926年9月21日シカゴにて録音

＜Date & Place＞ … 1926年12月16日シカゴにて録音