ジョー・ニューマン (トランペット) 

Joe Newman(Trumpet)

ジョー・ニューマン

フルネーム:ジョゼフ・ドワイト・ニューマン(Joseph Dwight Newman)
1922年9月7日ルイジアナ州ニューオリンズ生まれ。
1995年7月4日ニューヨーク州ニューヨークにて死去。

父親はピアニストという音楽一家に生まれた。
アラバマ州立大学に入学し、そこで大学のバンドに参加し、リーダーとなり、ツアーも行った。
1941年、ライオネル・ハンプトンの楽団でキャリアをスタートさせた。
2年後カウント・ベイシーと契約。短い休止期間を挟みつつ、計13年間在籍した。
1947年から1952年にかけてはイリノイ・ジャケー、その後ドラムのJC・ハードと長期間にわたって活動した。
約9年間続いたベイシーとの2度目の在籍期間中、リーダーとしてコンボのレコーディングを数多く行った。
1962年にはベニー・グッドマンのソ連ツアーにも参加した。
1961年、ニューマンはベイシー楽団を離れ、ジャズ・インタラクションズの設立に協力し、1967年に会長に就任し、
彼の妻、リグモア・アルフレッドソン・ニューマンが事務局長を務めた。
ジャズ・インタラクションズは慈善団体で、情報サービスを提供したり、学校や大学でジャズのマスター・クラスを開催したり、
後に独自のジャズ・インタラクション・オーケストラを組織した。
1970年代から1980年代にかけて、ニューマンは国際的にツアーを行い、レコーディングも行った。
しかし、ニューマンは1991年に脳卒中を患い、重度の障害を負い、1992年にその合併症で亡くなった。
1944年のレスター・ヤングのレコーディングに名前が見える。

レコード・CD

"Lester Young/Pres on Keynote"(Mercury MGE-26010)
"The Complete Lester Young"(Mercury EJD-3023)
"The Basie special"(Everybodys EV-3004)
「ブルー・レスター」(Savoy Mg 12068)
「ジ・イモータル・レスター・ヤング」(COCY-9807)
「ザ・マスターズ・タッチ」(Savoy MG-12071)
"Dexter Gordon/Kind of Gordon"(House of jazz 220156)
「カウント・ベイシー/1939−1951」(CBS 77-78)
"The Basie special"(Everybodys EV-3004)