ジューン・クリスティ (ヴォーカル) 

June Christy (Vocal)

ジューン・クリスティ

本名:シャーリー・ラスター(Shirley Luster)
1925年11月20日イリノイ州スプリングフィールド生まれ。
1990年6月21日カリフォルニア州シャーマン・オークスにて腎臓病のため死去。

両親の不仲のため恵まれない幼年時代を過ごしたという。
少女時代から歌い始め、13歳で早くもプロとして歌っていたという。
1940年代初頭にはシカゴに進出したが一向に目が出なかったという。
当時はビッグ・バンドの時代で様々なローカル・バンドで歌っており、
その中にはプログレッシヴ・ジャズを演奏する前のボイド・レイバーン楽団も含まれていた。
45年オーディションに合格し、スタン・ケントン楽団の専属シンガーとなり
「タンピコ」(Tampico)のヒットで知られるようになった。
初期の彼女はケントン楽団の先任歌手アニタ・オディの影響を強く残していたが、
次第に独自のスタイルを築いていき、知性派シンガーの代表的存在としてもてはやされるようになった。
1946年当時ケントン楽団のテナー・サックス奏者ボブ・クーパーと結婚終生を共にした。
49年ケントン楽団の解散とともに独立したが、その後もしばしばケントンと共演している。
64年に夫君のボブ・クーパーとともに来日している。
清楚な容貌で清潔感溢れるイメージで売っていたが実際にはかなりの酒豪で、
そのために声を荒し腎臓病を患い死因になったという。
1945年のスタン・ケントンの録音に名前が見える。

レコード・CD

「スタン・ケントン/ケントンズ・ガール・フレンド」(ECP-88033)
"Stan Kenton/The Christy years"(ST 1035)
"Stan Kenton/The comprehensive"(Capitol STB-12016)