ライオネル・ハンプトン 1930年

Lionel Hampton 1930

1909年4月12日(1908年4月20日という説あり)ケンタッキー州生まれのライオネル・ハンプトンはシカゴを経由して1928年19或いは20歳の時にカリフォルニアへ移住する。シカゴ時代からドラムスを演奏し、カリフォルニアではポール・ハワード楽団に加入、翌1929年同楽団と初めてのレコーディングを経験したという(この録音については未確認)。1930年にはレオン・エルキンスの楽団に加わる。このバンドは30年秋からレス・ハイト(写真右)が率いることになるが、このバンドがフランク・セバスチャンの経営する“ニュー・コットン・クラブ”に専属出演していた時に、当時押しも押されぬ大スター、ルイ・アームストロングがゲスト・ソロイストとしてニュー・ヨークからやってくるのである。このことがのちのハンプトンの人生に大きく影響を与えることになるのである。

<Date & Place> … 1930年7月21日 ロスアンゼルスにて録音

<Personnel>…ルイ・アームストロング・アンド・ヒズ・ニュー・セバスチャン・コットン・クラブ・オーケストラ(Louis Armstrong & his new Sebastian cotton club orchestra )

Trumpet & Vocalルイ・アームストロングLouis Armstrong
Trumpet & Condactorレオン・エルキンスLeon Elkins
Tromboneローレンス・ブラウンLawrence Brown
Alto saxレオン・ヘリフォードLeon Herrifordウィリー・スタークWillie Stark
Tenor saxウィリアム・フランツWilliam Franz
PianoL.Z.クーパーL.Z.Cooperorハーヴェイ・ブルックスHarvey Brooks
Banjo & Steel Guitarシール・バークCeele Burke
Tubaレジー・ジョーンズReggie Jones
Drumsライオネル・ハンプトンLionel Hampton

<Contents> … 「黄金時代のルイ・アームストロング」(EMI TOCJ-5221-28)&”The chronogical 1930-31”(Classics 547)

CD5-5、CD-3.アイム・ディン・ドン・ダディI'm ding dong daddy
CD5-6、CD-4.アイム・イン・ザ・マーケット・フォー・ユーI'm in the market for you
[アイム・ディン・ドン・ダディ]

「ベニー・グッドマンの録音などでは「張り切りおやじ」と邦題がついている、当時のルイの傑作の一つに数えられるナンバー。最初のコーラスに出るTbはもちろんローレンス・ブラウン。ルイはヴォーカルの途中で「わしゃ歌詞を忘れたよ」と堂々と言い放ち、スキャットに入る演出を試みている。歌の後のテナー・ソロはタンギングを用いた古めかしいスタイルでどうしようもないが、それだけにルイのソロの素晴らしさが映える。このソロはミュージシャンの間で評判になったルイのソロの一つで、力強く、しかも淀みなく歌心があふれ出た名ソロである。
イギリスの自身ピアニストでもあり評論家でもあるブライアン・プリーストリー氏はその著『ジャズ・レコード全歴史』において、ディジー・ガレスピーの「ソルト・ピーナッツ」のメロディーは、ラッキー・ミリンダ楽団の「リトル・ジョン・スペシャル」として使われていたものだが、その元は、この「ディン・ドン・ダディ」でのルイのフレーズに基づいている。「ディン・ドン・ダディ」のブレイクのタイミングを反転させた3連符によって続けられている」と指摘している。確かに似ている感じはするが、そう言われて聴けばである。
一方何につけ手厳しいガンサー・シュラー氏は、「ルイの後15年間に登場したいずれのTp奏者も『ディン・ドン・ダディ』その他の曲のルイの奏する「本物の音」と深みを持ちえなかった。さらにこの曲で聴かれるルイのスキャット唱法の素晴らしさに関しては言わずもがなである。ただこの曲は、ルイが演奏している個所しか聴くところがない代物であるが」と、ともかくルイは素晴らしいことを認めている。シュラーさん、ローレンス・ブラウンもダメなの?
[アイム・イン・ザ・マーケット・フォー・ユー]
大和氏よれば、30年に作られた映画の主題歌であり、甘いメロディーを持ったポピュラー・ソングで、ここではルイのソロより、ヴォーカルの後に出るブラウンのTbソロが聴きものとなっているという。確かにブラウンのTbソロは短いが優しい音色で彼の特徴がよく表れた素晴らしいもの。続くギター・ソロは余りスティール・ギターの特徴であるスライド・プレイを多用していないが、いかにもそれらしい響きも聴かれる。その後のルイのオープンによるソロも歌心溢れて素晴らしいと思う。
両曲クレジットには、ハンプトンはヴァイブラフォンも叩いているように記載されているが、全く音は聴こえない。ハンプのドラミングは可もなく不可もなしというところだろう。

<Date & Place> … 1930年8月19日 ロスアンゼルスにて録音

<Personnel>…ルイ・アームストロング・アンド・ヒズ・ニュー・セバスチャン・コットン・クラブ・オーケストラ(Louis Armstrong & his new Sebastian cotton club orchestra )

7月21日と同じ。

<Contents> … 「黄金時代のルイ・アームストロング」(EMI TOCJ-5221-28)&”The chronogical 1930-31”(Classics 547)

CD5-7、CD-5.コンフェッシン(I'm)confessin’(that I love you )
CD5-8、CD-6.今宵ひとときIf I could be with you one hours tonaight

次の録音は約1か月後8月19日に行われた。この録音に関して大和明氏は、2曲ともスロー・テンポのノスタルジックな演奏で、当時の不況時代を反映しているとみられると書いている。不況だと、元気のよい闊達な曲よりゆったりとした昔を懐かしむような曲が好まれるということであろうか?
[コンフェッシン]
スティール・ギターによるイントロで、ムード満点の演出が施されている。ルイの歌のバックに、流れる甘美なサックス・ソリとスティール・ギターの響きがいかにもこのバンドらしいサウンドを奏でるが、やはりスティール・ギターはちょっと?と思う。それに対してブラウンとルイのソロはさすがに筋が通っている。しかしテナー・ソロは陳腐でいただけない。
[今宵ひととき]
全体的にセンチメンタルなムードが横溢しているが、ルイのソロは甘さに寄りかからないバラード表現で迫ってくるとは、大和氏。ヴォーカルの後のTbソロもブラウンらしくて良い。
この両曲のクレジットにも、ハンプトンはヴァイブラフォンも叩いているように記載されているが、全く音は聴こえない。ハンプのドラミングもほとんど聴こえない。ルイとローレンス・ブラウンを聴くレコードである。

<Date & Place> … 1930年10月9日 ロスアンゼルスにて録音

<Personnel>…ルイ・アームストロング・アンド・ヒズ・ニュー・セバスチャン・コットン・クラブ・オーケストラ(Louis Armstrong & his new Sebastian cotton club orchestra )

Trumpet & Vocalルイ・アームストロングLouis Armstrong
Trumpetジョージ・オレンドルフGeorge Orendorffハロルド・スコットHarold Scott
Tromboneルーサー・グレイヴンLuther Graven
Alto , Baritone sax & conductレス・ハイトLes Hite
Alto saxマーヴィン・ジョンソンMarvin Johnson
Clarinet & Tenor saxチャーリー・ジョーンズCharlie Jones
Pianoヘンリー・プリンスHenry Prince
Banjo & Guitarビル・パーキンスBill Perkins
Bass & Tubaジョー・ベイリーJoe Bailey
Drums & Vibraphoneライオネル・ハンプトンLionel Hampton

<Contents> … 「黄金時代のルイ・アームストロング」(EMI TOCJ-5221-28)&”The chronogical 1930-31”(Classics 547)

CD5-9、CD-7.身も心もBody and soul

前録音から2か月弱、バンドのリーダーが変わり(レオン・エルキンス⇒レス・ハイト)、メンバーが一新されている。このメンバーの方がルイのバックにはふさわしいジャズ的センスを持ったバンドに変貌している。大和明氏が監修のCD解説では、前録音までのレオン・エルキンス率いるバンド名を”Louis Armstrong and his NEW Sebastian cotton club orchestra”とし、このレス・ハイト率いる新しいバンドを”Louis Armstrong and his Sebastian NEW cotton club orchestra”と”NEW”の位置を変えている。但しThe Chronogicalでは、どちらも”Louis Armstrong and his Sebastian NEW cotton club orchestra”と表記している。
さらに上記のパーソネルはCD解説のもので、そこではジョージ・オレンドルフ、ハロルド・スコット、ルーサー・グレイヴンの3人がTbとなっているが、The Chronogicalではオレンドルフとハロルド・スコットはTpでルーサーだけがTbとなっている。音を聴いてもこれはThe Chronogicalが正しいように思う。
ともかく新しくリーダーになったのは、当時ロスでは一応名の知られていたアルト・サックス奏者のレス・ハイトで、彼はスティール・ギターやチューバのリズムを排し、メンバーも充実させた。残念ながらローレンス・ブラウンは去ったが、ハンプトンは残りこれまで通りに歯切れのよいリズムを繰り出している。

このバンドでの初録音は、後にジャズ・プレイヤーなら一度は必ず演ると言われる「身も心も」で、ルイはミュートで歌うがごとき暖かいソロと心の通ったヴォーカルで、いかにも人間味あふれるルイの人柄がにじみ出た仕上がりとなっているとは大和氏。

<Date & Place> … 1930年10月16日 ロスアンゼルスにて録音

<Personnel>…ルイ・アームストロング・アンド・ヒズ・ニュー・セバスチャン・コットン・クラブ・オーケストラ(Louis Armstrong & his new Sebastian cotton club orchestra )

10月9日と同じ。

<Contents> … 「黄金時代のルイ・アームストロング」(EMI TOCJ-5221-28)&”The chronogical 1930-31”(Classics 547)

CD5-10、CD-8.メモリーズ・オブ・ユーMemories of you
CD5-11、CD-9.ユーアー・ラッキー・トゥ・ミーYou're lucky to me

[メモリーズ・オブ・ユー]
大和氏は次のように解説している。「この曲は、ライオネル・ハンプトンにとって思い出深い録音となった。彼はこれまでのも時々このレス・ハイト楽団でヴァイブを手にしていたが、たまたまこの時スタジオの隅で遊びがてらヴァイブを叩いていたところ、それに目を付けたルイが演奏に使うように勧めたので、ここに初めてヴァイブ奏者としてのハンプトンの録音が実現したのである。イントロからハンプは単なる効果音を超えた実に雰囲気のある美しいサウンドで、夢見るようなこの曲のムードを設定している。」
この曲は後に、ハンプトンが加わったベニー・グッドマンの重要な曲となる。BGはこの演奏を知っていて自己のナンバーとして取り入れたのかもしれない。
[ユーアー・ラッキー・トゥ・ミー]
ルイの歌の後に珍しいレス・ハイトのバリトン・ソロを聴くことができる。ハンプはドラムスのみでヴァイブは叩いていない。ラストのルイのソロは高音域での盛り上がりを狙ったもの。なお、この日に録音した2曲とも多くのディスコグラフィーには別テイクがあるように記載されているが、おそらくオリジナル・テイクの回転数を速めたもので、同じテイクではないかという。

<Date & Place> … 1930年12月23日 ロスアンゼルスにて録音

<Personnel>…ルイ・アームストロング・アンド・ヒズ・ニュー・セバスチャン・コットン・クラブ・オーケストラ(Louis Armstrong & his new Sebastian cotton club orchestra )

10月9、16日と同じ。

<Contents> … 「黄金時代のルイ・アームストロング」(EMI TOCJ-5221-28)&”The chronogical 1930-31”(Classics 547)

CD5-12、CD-10.スィートハーツ・オン・パレードSweethearts on parade
CD5-13、CD-11.ユーアー・ドライヴィング・ミー・クレイジーYou're driving me crazy
CD5-14.ユーアー・ドライヴィング・ミー・クレイジーYou're driving me crazy
CD5-15、CD-12.南京豆売りThe peanut vendor

約1か月半後に行われた1930年最後の録音。この日は3曲録音されたが、その1曲は2つのテイクが発売されたという。ここでもハンプはドラムスのみでヴァイブは叩いていない。
[スィートハーツ・オン・パレード]
オーケーによるビッグ・バンド時代の演奏の中で、<シャイン>、<アイム・ディン・ドン・ダディ>などと並ぶ最良の演奏の一つであろうと大和氏は述べる。ここではルイの歌も味わいがあり、その前のミュート・ソロでの人の心をそそるような優しい歌心、そして歌の後に出るトランペット・ソロにおける創造に富んだ展開の見事さといい、この時期の名演の一つといえよう。
[ユーアー・ドライヴィング・ミー・クレイジー]
2つのテイクが並んでいるが、CD5-14は稀少視されていたもので、心持ちCD5-13よりもテンポが速い。両テイクにソロの構成に違いはないが、ヴァリエイションの端々に違いが見られる。語りでやり取りをしているのは、ルイとハンプトンである。他にもいる楽団員を差し置いてルイの相方をハンプが務めていることは、ルイの指名であろうか?それとも他に相応しい人材がいなかったのであろうか?或いはハンプの目立ちたがり性格のせいか?ともかくルイがOKしなければあり得なかったはずで、ルイがハンプの性格を見抜いたのであろう。
[南京豆売り]
後にスタン・ケントン楽団の十八番となった曲。この年欧米のボールルームなどで、これまでにない独特のノンビリしたルンバによるラテン・ナンバーとして、その目新しさが大衆に大いに受けたという。全体的にはコマーシャルな狙いを持った演奏だが、ここでは中心となっているルイのヴォーカルが結構ジャズ的センスを発揮している。

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