ロニー・ジョンソン 1928年
Lonnie Johnson 1928
<Date & Place> … 1928年3月13日 テキサス州サン・アントニオにて録音
<Personnel> … ロニー・ジョンソン (Lonnie Johnson)
<Contents> … “Lonnie Johnson/Vol.1 1926-28”(Matchbox Records MSE 1006)
B-9.クロウイング・ルースター・ブルース(Crowing rooster blues)
ロニー・ジョンソン自身のギター&ヴォーカルの弾き語り。ヴォーカルはクセがなく迫力には乏しいが何といっても抜群のギターが光る。
<Date & Place> … 1928年10月1日 ニューヨークにて録音(Okeh)
<Personnel> … デューク・エリントン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Duke Ellington and his Orchestra)
ギターのロニー・ジョンソンとヴォーカルのベイビー・コックスが加わった。2人はレギュラー・メンバーではなくゲスト的に参加している。しかも全曲ではない。
<Contents> … ”The Duke”(History 204141-302)
| CD3-17. | ザ・ムーチ | The mooche |
| CD3-18. | ムーヴ・オーヴァー | Move over |
| CD3-19. | ホット・アンド・バザード | Hot and bothered |
ゲストに加わったロニー・ジョンソンは1927年ルイ・アームストロングのホット・ファイヴに客演の形で参加し、ガンサー・シュラー氏が絶賛したギター奏者である。サウンド的には、前回も記したようにベースがビンビンと響き、現代にグッと近づく。この3曲などはスイング時代到来を感じさせる演奏である。
CD3-17.ザ・ムーチ
後にバンドの定番となる曲でこれが初録音であろう。アンサンブルにTpがオブリガードを付ける。最初のソロはクラリネットが低音で取り、ジョンソンの伴奏でコックスがスキャットで歌うところは、”Black and tan fatasy”と同様声を楽器として使っている。ミュートTpソロの後テーマに戻る。
CD3-18.ムーヴ・オーヴァー
ミュートTpがアンサンブルをリードする。マイレイであろうか。クラリネットを中心としたアンサンブルの後、ナントンのTbソロ、ジョンソンのGt、クラリネット、オープンTpソロと続く。いずれも聴き応えのあるソロである。
CD3-19.ホット・アンド・バザード
ベースがブンブンとリズムを弾く中複雑なアンサンブルが繰り広げられ、テンポを倍にしてコックスの器楽的なヴォーカル・オブリガード、低音クラリネット、ジョンソンのソロも見事、その後のリフをバックにしたアルト・ソロはホッジスであろうか?
10月1日の次の録音については、録音日、パーソネルにおいてEllingtoniaとHistoryでは大きく記載が異なる。EllingtoniaはBrunswickに吹き込んだ”Awful sad”とし、録音日は翌日の10月2日としているのに対し、Historyは同曲の録音は10月20日としている。
またメンバーについても、Ellingtoniaはヴォーカルのベイビー・コックスとギターのロニー・ジョンソンが抜けたとするのに対し、Historyでは抜けたのはコックスだけで、ジョンソンは抜けていないとしている。僕にはどちらが正しいかあるいはどちらも異なっているのか、その判断材料がない。しかし音を聴く限り、Ellingtoniaの記載の通り、2人とも抜けたと思える。
<Date&Place> … 1928年11月15日 ニュー・ヨークにて録音
<Personnel> … アルガー・”テキサス”・アレクサンダー・アカンパニード・バイ・エディ・ラングとロニー・ジョンソン (Alger“Texas”Alexander accompanied by Eddie Lang & Lonnie Johnson)
<Contents> … “Blue Guitars vol.1&2”(P-Vine records BGOCD327)
| CD2-13. | ワーク・オックス・ブルース | Work Ox blues |
| CD2-14. | ザ・ライジン・サン | The risin’sun |
黒人ブルース・シンガー、テキサス・アレクサンダーことアルガー・アレクサンダーの録音。伴奏を務めたのはエディ・ラングとロニー・ジョンソンというこの時代最高のギタリスト2人という贅沢な録音。珍しいのは、ラングという白人ギタリストがこの時代黒人の伴奏を務めたことである。色々エピソードがあるような気がするが、特に記載がない。
どちらもゆったりとしたブルースで、鬼気迫るというよりも牧歌的な感じである。
<Date & Place> … 1928年11月16日 ニュー・ヨークにて録音
<Personnel> … ロニー・ジョンソン
<Contents> … “Lonnie Johnson/Vol.2 1927-32”(Matchbox Records MSE 1013)
A-3.ケアレス・ラヴ(Careless Love)
ブルースではなくポップス・チューンである。
<Date&Place> … 1928年11月17日 ニュー・ヨークにて録音
<Personnel> … ロニー・ジョンソンとブラインド・ウィリー・ダン(Lonnie Johnson & Blind Willie Dunn)
<Contents> … “Blue Guitars vol.1&2”(P-Vine records BGOCD327)
| CD1-4. | ハヴ・トゥ・チェンジ・キーズ・トゥ・プレイ・ディーズ・ブルース | Have to change keys to play these blues |
| CD2-9. | ツー・トーン・ストンプ | Two tone stomp |
ここで初めて登場する名前がある。「ブラインド・ウィリー・ダン(Blind Willie Dunn)」である。この名前はエディ・ラングがロニー・ジョンソンとレコーディングするときに用いた変名であるという。CDでの表記は「エディ・ラングとロニー・ジョンソン」となっているが実態はそうであっても発売時点では「ロニー・ジョンソンとブラインド・ウィリー・ダン」となっていた(写真左)。「ブラインド・ウィリー・ダン(Blind Willie Dunn)」という名前は、「ブラインド・レモン・ジェファーソン」や「ブラインド・ブレイク」のように黒人を連想させる名前であり、黒人ブルース・マンの人気にあやかろうとしたとも言われるが、ただたんに黒人らしい名前を使ってより「ブルース」を強調したかっただけのような気もする。
エディは翌年「ブラインド・ウィリー・ダン・アンド・ヒズ・ジン・ボトル・フォー」なるグループで興味深い録音を行うが、このグループにはロニー・ジョンソンは加わっていない。どういう場合にこの名前を使用したかはイマイチ定かではない。
ともかく1920年代、誰もが認める白人No.1ギタリストのエディ・ラングと黒人No.1のロニー・ジョンソンのギター・デュオ。現代ならあり得る企画だが、当時よく思いついて、そしてよくぞ実行してくれたというレコーディングである。多分お互いに認め合っていたのであろう。もしかするとこの白人と黒人コンビがまずいと考えて黒人同士のコンビと見せかけたかったのかもしれない。それぞれが邪魔することなしに盛り上げ合っている。やはり名人を知るのは名人なのであろう。
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