本名:エマニュエル・アルバム(Emmanuel Albam)
1922年6月24日ドミニカ共和国サマナ生まれ。
2001年10月2日ニューヨーク州にて死去。
ドミニカ共和国生まれだが、ニューヨークで育った。幼い頃ビックス・バイダーベックを聴きジャズに魅了されたという。
10代で学校を中退し、マグシー・スパニアー率いるディキシーランド・バンドでサックスを演奏した。
ジョージ・オウルド・バンドに所属していたとき、バッド・ジョンソンから編曲について学んだ。
1950年頃には演奏よりも作曲と編曲に集中するようになった。
独特の陰影を巧みに用いた緊張感と機知に富んだ作風のビバップ・スタイルで知られるようになり、
フルートがリードするリード・セクションはアルバムのトレードマークのようなものになった。
彼の作品は、スタン・ケントン、チャーリー・バーネット、カウント・ベイシー、スタン・ゲッツ、
コールマン・ホーキンス、ディジー・ガレスピー、フレディ・ハバード、アート・ファーマー等に採用された。
1957年にレナード・バーンスタインのミュージカル「ウエスト・サイド物語」のスコアの編曲を担当し、1959年にグラミー賞にノミネートされた。
後にティボール・セルリーに師事してクラシック音楽を学び、トロンボーンと弦楽五重奏曲を作曲した。
また映画、テレビ、コマーシャルの音楽も数多く手掛けた。
その後グラスボロ州立大学、イーストマン音楽学校、マンハッタン音楽学校で教鞭を執った。
1944年ジョージ・オウルドの録音に名前が見える。
"George Auld/Jump , George , jump"(Hep 27)
"George Auld/Musicraft"(Trend records MVS 501)