本名:トーマス・ケアリー(Thomas Carey)
通称:Thomas "Papa Mutt" Carely
1888年ルイジアナ州ホーンヴィル(Hahnville)生まれ(1891年生まれという説あり)。
1948年9月3日サンフランシスコ(エルシノアElsinoreという説あり)にて死去。
音楽家であり評論家でもあるガンサー・シュラー氏は、全盛期に一度しか録音を行わなかったために、
正当な評価を全く受けていないが、正に完璧な技量を持つ重要なコルネット奏者であると評価している。
その一度の録音というのが、1921年キッド・オリーのバンドに参加してサンフランシスコのサンシャイン・レーベルに行った2曲
"Ory's Creole trombone"と"Society blues"とである。
ここでの演奏は異様なまでに安定しており、優雅にして想像力に富み、音は完璧、リズムの発想は寛いでいて現代的、
技巧は無傷少なくとも尋常ならざる楽想にふさわしい水準にあるという。
ルイジアナ州ホーンヴィルで生まれたが、若い時に家族とともにニューオリンズに移った。
彼の兄であるジャック・キャリーはトロンボーン奏者でありバンド・リーダーでもあった。
初めギター、ドラムなどを習ったといわれるが12年頃よりコルネットに転向した。
1914年キッド・オリーのバンドに加わり一時シカゴへ出たが18年頃にはニューオリンズに戻っている。
19年再びオリーのバンドに加わるためカリフォルニアへ向かった。
この時の演奏が冒頭のガンサー・シュラー氏の高く評価するものだろう。
オリーが数年後再びシカゴへ向かった後リーダーとなって無声映画の効果音楽を担当したりしていた。
40年代前半は寝台列車の給仕などをしていたが、リヴァイヴァルの波に乗って、
44年〜47年まで三度オリーのバンドに加わって重鎮として活躍したが、既に50代を過ぎており44年までの20年間は音楽活動をしておらず、
彼の本領を発揮したプレイとはいえないといわれる。
大変柔らかな響きの持ち主で、高い技術を持ち途方もなくスイングするが、ルイ・アームストロングやキング・オリヴァーのような高い音階は吹けなかった。
アームストロングのように強烈なドライヴ感のある達人ではなく、集団即興のアンサンブルのの一員としてプレイする時最も幸福を感じていたのではないかと言われ、
そのことと絶頂期の録音が非常に少ないことが歴史の中に埋もれた原因となったと思われる。
1944年のキッド・オリィの録音に名前が見える。
"Kid Ory's creole jazz band/Tailgate!"(Good Time Jazz L-12022)
「キッド・オリー/タイガー・ラグ」(CBS 20AP 1447)