シェリー・マン Shelly Manne (Drums)

シェリー・マン (ドラムス)

Shelly Manne (Drums)

シェリー・マン

1920年6月11日ニュー・ヨーク州ニュー・ヨーク生まれ。
1984年9月26日ロサンゼルスにて死去。

「ウエスト・コースト・ジャズの建国者」などと呼ばれたりするが、ニュー・ヨーク(イースト・コースト)の生まれである。
父親と2人の叔父もドラマーであった。最初はアルト・サックスを吹いており、有名なビリー・グラッドストーンにドラムを習った。
欧州航路での仕事を皮切りに、39年ボビー・バーン、40年デイブ・タフの後釜としてジョーマーサラ楽団に入った。41から42年レイモンド・スコット、42年ウィル・ブラッドレイ、レス・ブラウンなどで演奏。43年のホーキンスの“The man I love”へのレコーディング参加は彼の重要なキャリアとなった。また42年から45年までは沿岸警備隊にも勤めていた。
46年スタン・ケントン楽団に入ってから名を挙げ、翌年チャーリー・ヴェンチュラの楽団に移ったが、すぐケントン楽団に復帰48年まで在団した。
50〜51年は再度ケントン楽団に入り、52年カリフォルニアに居を構えた。53年ハワード・ラムゼイ・オールスターズ、54年ショーティー・ロジャースと組んでウエスト・コースト・ジャズの立役者として活躍、後独立して自己のコンボを持ち、またロスアンゼルスにジャズ・クラブ“シェリーズ・マン・ホール”を経営、このクラブを中心に若手メンバーを率いて活躍していた。
スマートな中にもパンチと高度のテクニックを持ち、ブラッシュ・ワークは絶妙とされる。白人ドラマーの最高峰といわれる。

"Coleman Hawkins and Lester Young/Classic Tenors"(Contact CM-3)
「シェリー・マン・アンド・カンパニー」(Flying Dutchman PG-85)
"Shelly Manne&Co."(Flying Dutchman FD 10150)
"Boyd Raeburn/1944_46"(First time records FTR-1515)
"Boyd Raeburn/Hep boyds"(Golden Era Records LP-15014)
「ディジー・ガレスピー/シングス・トゥ・カム」(Columbia YW-7534-EV)
"Dizzy Gillespie/Groovin high"(Savoy MG-12020)
"Stan Kenton/The Christy years"(ST 1035)
"Stan Kenton/The comprehensive"(Capitol STB-12016)
「エスクァイアーズ・オール・アメリカン・ホット・ジャズ」(Victor VRA-5018)