本名:ヘジキア・ルロイ・ゴードン・スミス(Hezekiah Leroy Gordon Smith)
1919年8月14日オハイオ州ポートマス生まれ。
1967年9月25日ドイツ・ミュンヘンにて死去。
父と共にヴァイオリンを学んだという。
1920年代に、アルフォンス・トレントのバンドのメンバーとしてテキサスで演奏したという。
後ニューヨークに移り、1935年からオニキス・クラブで定期的に演奏し、
コールマン・ホーキンス、チャーリー・パーカー、ディジー・ガレスピー、そして後にサン・ラとも共演した。
1936年にヴォカリオン、1937年にデッカ、1939年から1940年にかけてバーシティでレコーディング活動を行った。
1936年のヴォーカリオン時代、"I'se a Muggin'"がヒットしたという。
自身はビバップ運動に批判的だったが、彼自身のスタイルはスウィングとビバップの中間に位置していたと言われる。
またバイオリンにアンプを使用した最初のバイオリニストと言われる。
1965年にコペンハーゲンに移り、ヨーロッパで積極的に演奏活動を行った。
1945年のベン・ウエブスターの吹込みに名前が見える。
"Dexter Gordon/Kind of Gordon"(House of jazz 220156)