本名:ウィリアム・エドワード・ディヴィソン William Edward Davison
1906年1月5日オハイオ州ディファインス生まれ。
1989年11月14日カリフォルニア州サンタ・バーバラにて死去。
最初はローカル・バンドで働いていた。
1924年初吹込みを経験した後27年シカゴに出て色々なバンドを経験。
31年末にフランク・テッシュメイカーを加えたビッグ・バンドを率いたが、
テッシュメイカーを自動車事故で失い、以後はミルウォーキーでコンボを率いていた。
41年春ニューヨークに出て、多くのディキシー・バンドで演奏し、
43年末ごろから主にエディ・コンドンのグループに参加した。
57年以降は度々ヨーロッパへも渡っている。
ビックス・バイダーベックやルイ・アームストロングの影響を受けながら、個性的なスタイルを構築した。
それは荒々しいダーティー・トーンを駆使した強引ともいえるプレイで「ワイルド・ビル(Wild Bill)」と呼ばれるようになった。
エディ・コンドン・グループの1943年の録音に名前が見える。
"Eddie Condon/That's a serious thing"(History 20.3008-HI)
「栄光のコンドン・ジャズ」(XM-34-MSD)
「ワイルド・ビル・ジャズ・パーティ」(Victor Rank 5014)