「コンプリート・ベニー・グッドマン」CDボックス解説のモート・グッド氏は、1937年のタイトルを「成功の甘き高まり(Sweet swell of success)」とし、1936年までのようにいわゆる『大不況』には触れていない。『大不況』の終息が実感されつつあったのだろう。
因みに僕は、この1937年こそBGの絶頂期ではないかと思っている。といっても初レコーディングから順番に聴いてきているので、この後の録音を聴いてどう思うかは分からないが…。とにかくこの年のBG及びそのバンドはイケていたと思う。メンバーもほぼ固定され、グループ・サウンズ即ちグループとしての音ならぬオーケストラ・サウンズが抜群だったと思う。
1937年のレコーディング・セッションは1月14日からスタートした。パーソネルを見ると変更があったのが、Tpに弟のアーヴィングに代わって、ハリー・ジェイムスが加わり、ヴォーカルがマーガレット・マクレーに代わって、フランセス・ハントが加入した。ここで重要なのは、ハリー・ジェイムスの加入である。
ハリー・ジェイムスはBGがニューヨークのペンシルヴェニア・ホテルの「マドハッタン・ルーム」に出演中の1937年1月5日か6日に加入した。このジェイムスが加わってのブラス・セクションはやがて「鮮烈なブラス」と呼ばれることになる。
ジェイムスの引き抜きに当たっては、やはりジョン・ハモンド氏が1枚加わっていた。ハモンド氏によれば、そもそもジェイムスを発見したのはBGの兄ハリー・グッドマンだったという。ハリー・ジェイムスはカリフォルニアの「ザ・ストリップ」に出ていたベン・ポラックのスモール・コンボにいる時だったというから、1936年に西海岸巡業していた時だったのだろう。そしてジェイムスはそこを辞めようとしていたという。そこからの話の時系列がよく分からないのだが、モ−ト・グッド氏の書くこの辺の事情をまとめると、場所は突然ニューヨークに移る。
ハモンド氏は、ハリー・ジェイムスがどれほどいいプレイヤーか知りたかったので、彼を「モンローズ・アップタウン・ハウス」に連れて行った。この店は20年代は「バロンズ・エクスクラシヴ・クラブ」という名で営業しており、デューク・エリントンがニューヨーク・デビューを飾った店だった。ハリーはとても自惚れの強い男で、誰でも来いと身構えていたというから、Tpバトルを仕掛けたのだろう。ハモンド氏が選んだ<刺客>はバック・クレイトンとロイ・エルドリッジだったというから恐ろしいメンツである。そこでハリーは、クレイトン、エルドリッジに勝るということではなかったがなかなかいいプレイをしたという。
この辺りのエピソードはビリー・ホリデイの『奇妙な果実』(晶文社 P63)にも出ている。「私(ビリー)はベニー・グッドマンがハリー・ジェイムズという?せた青年を連れてきた時のことをはっきりと思いだせる。その晩は黒人の名手たちが顔をそろえていたーロイ・エルドリッジ、チャーリー・シェイヴァース、レスター・ヤング、ベン・ウエブスターも居合わせた。ジェイムズは、黒人に対して相当な敵意を持っていた。彼はニグロが屑のように思われているテキサスから来た男だ。(中略)私が、一番立派な男だと信じている、トランぺッターのバッククレイトンがすっと立って、他の誰よりもスイートな、ジェイムズがやろうとしているスタイルに最も近いスタイルで吹き出した。クレイトンの音を数秒聴いただけで、ハリー・ジェイムズは深く打たれるところがあった。彼はそれほどの天狗ではなかったのである。彼は学ぶところの多いこのジャムの集いに、その後好んでくるようになった。
ジギー、グリフィンにハリーが加わったTpセクションはこれまでのどのビッグ・バンドにも負けぬほど強力になった。
| Clarinet & Band Leader | … | ベニー・グッドマン | Benny Goodman | ||||||
| Trumpet | … | ハリー・ジェイムス | Harry James | 、 | クリス・グリフィン | Chris Griffin | 、 | ジギー・エルマン | Ziggy Elman |
| Trombone | … | レッド・バラード | Red Ballard | 、 | マレイ・マッキーチャーン | Murray McEachern | |||
| Alto sax | … | ハイミー・シャーツァー | Hymie Shertzer | 、 | ビル・ドペゥ | Bill DePew | |||
| Tenor sax | … | アート・ロリーニ | Art Rollini | 、 | ヴィド・ムッソ | Vido Musso | |||
| Piano | … | ジェス・ステイシー | Jess Stacy | ||||||
| Guitar | … | アラン・リュース | Allan Reuss | ||||||
| Bass | … | ハリー・グッドマン | Harry Goodman | ||||||
| Drums | … | ジーン・クルーパ | Gene Krupa | ||||||
| Vocal | … | フランセス・ハント | Frances Hunt |
1936年12月30日からの変更点
Trumpet … アーヴィング・グッドマン ⇒ ハリー・ジェイムス(Harry James)
Vocal … マーガレット・マクレー ⇒ フランセス・ハント(Frances Hunt)
| CD5-19. | グッドナイト・マイ・ラヴ | Goodnight my love |
| CD5-20. | 幸福になりたい | I want to be happy |
| CD5-21. | クロエ | Chloe |
| CD6-1. | ロゼッタ | Rosetta |
| Band leader & piano | … | テディ・ウィルソン | Teddy Wilson |
| Trumpet | … | バック・クレイトン | Buck Clayton |
| Clarinet | … | ベニー・グッドマン | Benny Goodman |
| Tenor sax | … | レスター・ヤング | Lester Young |
| Guitar | … | フレディ・グリーン | Freddie Greene |
| Bass | … | ウォルター・ペイジ | Walter Page |
| Drums | … | ジョー・ジョーンズ | Jo Jone |
| Vocal | … | ビリー・ホリディ | Billie Holiday |
| record1 B-1. | リズムのない男 | He ain't got rhythm |
| record1 B-2. | 今年のキッス | This year's kisses |
| record1 B-3. | 何故生まれてきたの | Why was I born ? |
| record1 B-4. | あの人でなけりゃ | I must have that man ! |
| Clarinet & Band Leader | … | ベニー・グッドマン | Benny Goodman |
| Vibraphone | … | ライオネル・ハンプトン | Lionel Hampton |
| Piano | … | テディ・ウィルソン | Teddy Wilson |
| Drums | … | ジーン・クルーパ | Gene Krupa |
1936年12月2日と同じメンバー。この年最初のカルテットでの録音。
| CD6-2. | 美わしのアイダ | Ida , sweet as apple cider |
| CD6-3. | 二人でお茶を | Tea for two |
| CD6-4. | ランニン・ワイルド | Runnin' wild |
この録音の1か月後の3月3日、大事件が起こる。BGはニューヨークのパラマウント劇場に出演した。その出演する日朝10時には4,400人もの人々が切符売り場に行列をなしていたのである。バンドがステージに上がる頃には、客席はヒステリー状態で殆ど暴動に近かったという。バンド出演は当初の予定を1週間延ばし3週間にした。しかしこの状態が3週間繰り返し繰り広げられたのである。
BG自身はこんな騒ぎになることは予想していなかった。映画館のアトラクションということで気楽に引き受けた仕事だったという。しかし映画を見る料金35セントで、当時最もイケていた最高のバンドを聴けるとあって、料金の高いコンサートやホテルのボールルームにいけない若者たちが殺到したのだった。この騒ぎがニュースになり、BGのバンドは否が応にも声望が高まるのである。
そして夜には、マンハッタンのホテル・ペンシルヴァニアにある有名なボールルーム「マドハッタン・ルーム」からCBSが出演中のベニー・グッドマン・オーケストラの演奏を実況放送するのである。これをCBSのエンジニア、ビル・サヴォリーが個人的に録音していたのである。
多分1月14日と同じ。レコード解説の瀬川昌久氏はカルテットと同じとしているが、それではおかしいので。
これもホテル・ペンシルヴァニアにある「マドハッタン・ルーム」からのラジオ放送の録音である。オーケストラでの演奏が"Giants of jazz / Benny Goodman"と「ザ・キング・オブ・スイング」に、カルテット演奏が「ザ・キング・オブ・スイング」に収められている。
1937年1月14日からの変更点
Alto sax … ビル・ドペ ⇒ ジョージ・ケーニヒ(George Koenig)
2月3日と同じ。
3月25日と同じ
ハロルド・アレンの書いた曲でフレッチャー・ヘンダーソンの偉大な編曲の代表作と言われている。37年9月にスタジオ・レコーディングしている。
ハリー・ジェイムスのソロの最後のフレーズをそのまま基本にしてB・Gがアドリブを受け継ぐ。次コーラスのブラスとサックスのがっしりとしたインタープレイ、最後の2コーラスでクルーパがクライマックスに盛り上げる見事な捌きなど聴きどころ満載である。
Vocal … ヘレン・ワード(Helen Ward) ⇒ In
以外4月13日と同じ
B・G楽団は、ペンシルヴァニア・ホテルへの出演の最後の日に当時有名だったディスク・ジョッキーのマーティン・ブロックの番組に出演した。B・Gお好みの美人歌手ヘレン・ワードがゲストとしてこの歌を歌っている。
1936年映画「シング・ベイビー・シング」の主題歌として作られ、同年8月にヘレン・ワードの歌でレコードを吹き込み大ヒットしたナンバー。
このようなポップ・チューンを演奏するB・G楽団のアンサンブルは誠にすばらしかった。そのトーン、フレージングも一寸の隙もないくらいに正確さを保ってよく揃っていた。しかしその反面全く気軽なリラックスしたルースさをも感じさせ、それはあたかも英国製のツイードのジャケットを着ているような心地よさであったと評論家のジョージ・アヴァギャンはほめたたえている。結婚してますます艶やかになったヘレン・ワードの歌も聴きものだそうだ。
次のレコーディングまで時間が空くが、BGバンドはボールルーム出演やコンサート活動、ラジオ放送出演などで多忙だった。
その中で後々にまで語り草となったのが、右の告知のチック・ウェッブの楽団とのサヴォイでのバンド対決である。
BGとそのバンドはニュー・イングランドへのツアーを終えて、サヴォイ・ボールルームでチック・ウェッブのバンドと顔を合わせることになった。以前拙HPでも書いたが、チック・ウェッブといえば合戦狂と言われ、バンド合戦で負けたことがないと言われる猛者である。しかしてその結果は…?
結果はどこにも書いていない。ただかなり激しい戦いが繰り広げられたことは間違いないようだ。同じ楽器のジーン・クルーパはこう回想している。「サヴォイでベニーのバンドとバトルをしていた時のことだった。チックが私に攻撃を仕掛けてきたが、なかなか良かった。その時私が何て言ったか、『俺はベターな男に負けたことはないぜ!』と。」これを英語で言うと、というか元々は英語なのだが、”I was never cut by a better man”といったという。つまりチック・ウェッブは”A better man”(なかなかやる奴)だが、俺は”The best man”だ、ということなのだろうか?
しかしTIME-LIFE刊行”Giants of jazz / Benny Goodman”のジョージ・T・サイモン氏は次のように述べている。
”Before an overflowing house the rivals blasted each other for four hours.Drummer Webb's outfit won by acclamation , Gene Krupa conceding cheerfully."I was never cut by a better man"”
どう訳せばいいのだろうか?英語辞書を片手にトライしてみる。
「館内が溢れかえる前に、ライバル達はそれぞれ4時間もの間爆発的な演奏を続けていた。ドラマー、チック・ウェッブの楽団が大喝采により勝利し、ジーン・クルーパは認めて明るく言った、『俺はベターな男に負けたことはないぜ!』と。」
訳は合っているだろうか?この訳が正しければ、クルーパはこう言ったことになる、『俺はなかなかやる奴には負けたことはないんだが…。(チックは「なかなか」以上の奴だから』どうだろう?誰か教えてくださ〜い!
このチック・ウエッブとの歴史的な一戦を行った夜、BGとその楽団はCBSの「キャメル・キャラヴァン」に出演している。
ヘレン・ワード以外は4月29日と同じ
ウエーバーの「舞踏への勧誘」の旋律を借用したグッドマン楽団のオープニング・ナンバーとして非常に有名らしい。すいません、僕はこのレコードを買うまで知らなかった。
さらにグッドマン楽団はオープニング用としてはテーマのアンサンブルを32小節だけ演奏するのも有名らしい。MCもBGが務めているのも貴重。
非常に読み応えのあるライナー・ノーツによると、これが放送された当日37年5月11日は、ニュー・ヨーク・サヴォイ・ボールルームでかの対バンの鬼チック・ウエッブ楽団との歴史に残るスイング大合戦を行った日であることは上述の通り。
バンドは、ワン・ナイト興行やホテルでの興行が次々に続いた。ボストンの<スタトラー>、アトランティック・シティの<スティール・ピア>、フィラデルフィアの<スタンリー劇場>などに出演し、6月にはカリフォルニアへ赴き<パロマ―>へ3回目の出演を果たす。<パロマ―>に出演中に映画「聖林ホテル」への出演した。また重要なのはラジオ番組も続いていたことであろう。
さて質問です。特に若い方へ。「聖林」は何て読むでしょうか?答えは「ハリウッド」です。なぜ「ハリウッド」が「聖林」かというと、以前日本では英語を漢字で書いた時代がありました。アメリカを「米国」というのと同じです。「米国」は「亜米利加」の「米」を取ったものです。”Hollywood”は本来”Holly”=「ヒイラギ」+”Wood”=「森」で「ヒイラギの森」なのですが、ハリウッドのスペルを”Holywood”、”Holy”=「聖なる」と勘違いして、「ハリウッド」=「聖林」となったそうです。余談はともかく次にバンドがスタジオに入るのは7月6日と7日だが、それまでの間のラジオ放送音源が「ザ・キング・オブ・スイング」(CBS 36AP 1416-7)に収録されている。トリオ、カルテット、オーケストラと網羅されているのがうれしい。
3月15日と同じ
1920年のミュージカル「メイク・イット・ステッピー」の中でヒットしたテッド・シュナイダー作曲の古い歌で、元々は美男映画俳優ルドルフ・ヴァレンチノの男性的魅力をたたえて作られたが、デキシー・ナンバーとしてスタンダードとなっていたという。以前にもBG自身30年にレッド・ニコルス・ファイヴ・ぺニーズの一員として吹き込んだことがあるという。正式録音としては後に(1940年)コロンビアに吹き込んでいるという。
BGの激しいソロそしてこの曲ではハンプトンがそれに絡むそして両者のコラボレイションでエンディングを迎える。
| Clarinet & Band Leader | … | ベニー・グッドマン | Benny Goodman |
| Piano | … | テディ・ウィルソン | Teddy Wilson |
| Drums | … | ジーン・クルーパ | Gene Krupa |
ハリー・オーエンスが作曲して1937年のパラマウント映画「ワイキキの結婚」の主題歌としてビング・クロスビーが歌って大ヒットし、同年のアカデミー賞映画主題歌部門を獲得したハワイアンの佳曲。BGは最新のヒット曲を演奏したことになるが彼自身はこの放送を聴くまで自分が演奏したことを忘れていたという。BGの流れるような美しい旋律、ラスト・コーラスにおけるクルーパのタム・タムが聴きものであるとしている。
5月11日と同じ
| CD6-5. | ペッキン | Peckin’ | 7月6日 |
| CD6-6. | キャント・ウィー・ビー・フレンズ(テイク1) | Can't we be friends ?(take1) | 7月6日 |
| CD6-7. | キャント・ウィー・ビー・フレンズ(テイク2) | Can't we be friends ?(take2) | 7月6日 |
| CD6-8. | シング・シング・シング・パート1&2(テイク1) | Sing , sing , sing parts1&2 (take1) | 7月6日 |
| CD6-9. | シング・シング・シング・パート1&2(テイク2) | Sing , sing , sing parts1&2 (take2) | 7月6日 |
| CD6-10. | ロール・エム | Roll‘em | 7月7日 |
| CD6-11. | 南部の夕暮れ(テイク1) | When it's sleepytime down south(take1) | 7月7日 |
| CD6-12. | 南部の夕暮れ(テイク2) | When it's sleepytime down south(take2) | 7月7日 |
| CD6-13. | 夢見るつらさ | Afraid to dream | 7月7日 |
| CD6-14. | チェンジス(テイク1) | Changes(take1) | 7月7日 |
| CD6-15. | チェンジス(テイク2) | Changes(take2) | 7月7日 |
7月6日、7日と同じ。
ニューオリンズ・リズム・キングスの作品中最も有名な曲で、必ず初めに景気の良いトランペットのコールがあって、スピーディーなサンサンブルとソロが続々と出てくる趣向になっている。
ロリーニ、エルマン、マックィーチャン、B・Gそれぞれが激しいソロを取り、エンディングのクルーパの素晴らしいドラミングも聴きものである。
7月6日、7日と同じ。
ジェリー・ロール・モートンが偉大なラグタイムの偉大なピアニスト、ポーター・キングに捧げて作った曲。フレッチャー・ヘンダーソンが自己のバンドのために編曲したものをそのまま演奏しているという。B・Gは1935年7月にレコーディングして以来長年プレイするうちに少しずつ手を加え直していったという。例えばラスト・コーラス、ブラスとサックス・セクションの応答リフにおける最後のバトン・ノート(?)の削除、或いはコーダのリタードの導入などだという。ソロイストはB・G、ハリー・ジェイムス、ヴィド・ムッソ。
| Band leader & piano | … | テディ・ウィルソン | Teddy Wilson |
| Trumpet | … | ハリー・ジェイムス | Harry James |
| Clarinet | … | ベニー・グッドマン | Benny Goodman |
| Tenor sax | … | ヴィド・ムッソ | Vido Musso |
| Guitar | … | アラン・リュース | Allan Reuss |
| Bass | … | ハリー・グッドマン | Harry Goodman |
| Drums | … | ジーン・クルーパ | Gene Krupa |
| 「ザ・テディ」record2 A-8. | コケット | Coquette |
| 「宝庫」record2 A-6. | ジ・アワー・オブ・パーティング | The hour of parting |
こちらはウィルソンがBGのツアーに帯同してハリウッドに行っている時の録音である。この日は全5曲録音されたようだ。「ザ・テディ・ウィルソン」には、1曲だけ行われたインスト・ナンバーが収録されている。
[コケット]
同日1曲だけ録音されたインスト・ナンバー。「ザ・テディ・ウィルソン」に収録。BG一党による洗練された演奏で、ベイシー軍団のグイグイ押してくるリズム・セクションとの違いが鮮明である。僕自身は少々物足りなく感じる。
[ジ・アワー・オブ・パーティング]
ブーツ・キャッスル(Boots Castle)
ブーツ・キャッスルという女性歌手を加え4曲録音が行われたが、その内1曲が「新たなる宝庫・黄金時代のベニー・グッドマン」に収められている。ゆったりとしたテンポのナンバー。最初にBGがソロを取り、ムッソのTsの後キャッスルのヴォーカルが入る。この歌手は全く分からないが、なかなか堂々とした歌いっぷりである。ヴォーカルの後はジェイムズのTpに他の楽器が絡みディキシー風に終わる。
1937年2月3日と同じメンバー
| CD6-16. | アヴァロン(テイク1) | Avalon(take1) | 7月30日 |
| CD6-17. | アヴァロン(テイク2) | Avalon(take2) | 7月30日 |
| CD6-18. | ハンドフル・オブ・キーズ(テイク1) | Handful of keys(take1) | 7月30日 |
| CD6-19. | ハンドフル・オブ・キーズ(テイク2) | Handful of keys(take2) | 7月30日 |
| CD6-20. | 私の彼氏 | The man I love | 7月30日 |
| CD6-21. | スマイルズ | Smiles | 8月2日 |
| CD7-1. | ライザ | Liza | 8月2日 |
1937年8月から新しい歌手が加わることになる。マーサ・ティルトンである。彼女は、マイヤー・アレクサンダー合唱団の一員として8月第2週と3週に<キャメル・キャラヴァン>の放送に参加した。BGはグループの一員としてしか聞いたことがなかったが、彼女の声が気に入ってオーディションを受けないかと誘い、大いに満足して彼女と契約した。右は1937年BGバンドで歌うティルトン。
次のスタジオ録音は9月6日にハリウッドで行われるが、BG達はロス・アンゼルスに留まりそこからラジオ放送に参加している。その演奏が「ザ・キング・オブ・スイング」(CBS 36AP 1416-7)に周囲六されている。
| Record1 B-5. | オールウェイズ | Caravan | 8月3日 | Orchestra | ロス・アンゼルスにてCBS「キャメル・キャラヴァン」番組放送 |
| Record2 A-3. | シャイン | Shine | 8月10日 | Quartet | ロス・アンゼルスにてCBS「キャメル・キャラヴァン」番組放送 |
| Record1 A-4. | ヴァイブラフォン・ブルース | Vibraphone blues | 8月13日 | Quartet | ロス・アンゼルス、パロマ―・ボールルームからの自主放送にて録音 |
| Record2 B-9. | キャラヴァン | Caravan | 8月17日 | Orchestra | ロス・アンゼルスにてCBS「キャメル・キャラヴァン」番組放送 |
| Record2 B-10. | グッドバイ | Goodbye | 8月17日 | Orchestra | ロス・アンゼルスにてCBS「キャメル・キャラヴァン」番組放送 |
ベニー・グッドマン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Benny Goodman and his orchestra) … 7月6日、7日と同じ。
ベニー・グッドマン・カルテット(Benny Goodman Quartet) … 8月2日と同じ。
アーヴィング・バーリンが1925年に書いた美しいバラード。フレッチャー・ヘンダーソンの編曲は、ブラスとホーン・セクションのチームワークを最高度に機能させ、第3コーラスにおけるような素晴らしい楽団の完璧なアンサンブルを作り出している。冒頭のソロは珍しくアート・ロリーニ(Ts)で、トロンボーンのソロはマレイ・マクイーチャンという。
1924年に作られて以来サッチモなど多くのミュージシャンに取り上げられたスタンダード。B・Gもこの録音の他に有名な38年のカーネギー・ホール・コンサートでも演奏している。
コンボによる演奏は45年に新セクステットによって行われているが、この演奏とはだいぶ違っているそうだ。
続いてカルテット。BGはベースを入れてリズムを堅固にするよりもそれぞれソロを取れる楽器を選びインタープレイを重視したのだろう。BGのソロのバックではハンプトンはベースラインのようなフレーズを叩いている。こういうのも面白いアイディアだと思う。
1年前の夏にジョン・ハモンドの勧めによって、BGは初めてライオネル・ハンプトンを聴きただちに契約したという。そしてそれまでのトリオにハンプトンを加えカルテットとし、同年8月に4曲を録音したがその中の1曲という。ヴォーカルを務めるのはハンプトンで、歌いながらほかの3人に挨拶を送っているという。
1937年7月7日からの変更点:Vocal … ベティ・ヴァン ⇒ マーサ・ティルトン(Martha Tilton)
| CD7-2. | ボブ・ホワイト | Bob White |
| CD7-3. | シュガーフット・ストンプ(テイク1) | Sugarfoot stomp (take 1) |
| CD7-4. | シュガーフット・ストンプ(テイク2) | Sugarfoot stomp (take 2) |
| CD7-5. | 捧ぐるは愛のみ | I can't give you anything but love , baby |
| CD7-6. | ミニー・ザ・ムーチャーの婚礼日 | Minnie the moocher's wedding day |
BGとそのバンドは9月6日の録音を終えるとハリウッドを発ち、3日後の9月9日にはテキサス州北部に位置するダラス博覧会のパン・アメリカン・カジノでオープニングの演奏を行った。もちろんテディ・ウィルソンとライオネル・ハンプトンも同行した。そしてトラブルが起きた。人種差別をせぬBGのバンドが、ディープ・サウスで演奏する際の最初のトラブルとなった。演奏聴いて感激したお客の一人が、ライオネル・ハンプトンにシャンパンを届ける手配をし、ウエイターが楽屋に届けようとしたところ、警官がそのトレイに拳を降り下ろし、シャンパン、グラス、氷などが叩き落されたのだ。
ディープ・サウスで起きる人種差別問題、これはもちろんBGバンドだけの話ではない。ビリー・ホリディを加えたアーティー・ショウ、黒人バンドのデューク・エリントン全て黒人が在団しているバンドはこの問題に悩まされている。昨年度アカデミー賞作品賞などを受賞した『グリーン・ブック』もこういった問題を取り上げた作品だった。この問題については改めて取り上げることになるだろうが、ここは次に進むことにする。
Trombone … マレイ・マッキーチャーン ⇒ ヴァ―ノン・ブラウン(Vernon Brown)
以外9月6日と同じ。
| Record1 A-6. | ペッキン | Peckin' |
| Record1 A-7. | サニー・ディスポジッシュ | Sunny disposish |
B・G自身はこの曲のコンボによるレコーディングは全く覚えていないという。後の46年女性歌手イーブ・ヤングの歌入りでオーケストラ吹き込んでいるくらいポップ・チューンの典型的なものだが、他のカルテットによる演奏と比べてもベストと言えるくらいの素晴らしい出来であるとは解説氏。
9月6日と同じ。全曲ティルトンのヴォーカル入り。
| CD7-7. | レッスン・トゥ・ユー | Let that be a lesson to you |
| CD7-8. | オールド・ハート・ニュー・トリック | Can’t teach my old heart new trick |
| CD7-9. | 望みを抱いて | I've hitched my wagon to a star |
| CD7-10. | ポプコーン・マン | Pop corn man |
この日の録音は、映画「聖林ホテル」の主題歌3曲とポップ・ナンバーの「ポプコーン・マン」が録音された。しかし実際に映画に使われたのは、前回取り上げた「シング・シング・シング」と「アイ・ガット・リズム」を下敷きにしたカルテット演奏の”I've got a heartful music”(CD未収録)、オープニングの「フーレー・フォー・ハリウッド」(CD未収録)とCD7-7.「レッスン・トゥ・ユー」であった。ヴォーカル前はジェイムス、ヴォーカル後はBGがソロを取る。
CD7-7.[レッスン・トゥ・ユー]
ミディアム・アップ・テンポのスインギーなナンバー。ソロはBGが取っている。
CD7-8.[オールド・ハート・ニュー・トリック]
映画の完成版からは外された。ミディアム・スローのメロウなナンバー。
CD7-9.[望みを抱いて]
映画では使われず、主役のディック・パウエルが映画とは別の処で歌っているという。
CD7-10.[ポプコーン・マン]
今もって理由は分からないが、発売後直ぐに発売中止となり、長年幻のレコードとされていたという。
8月2日と同じ。
| CD7-11. | いつか何処かで | Where or when |
| CD7-12. | 月光のシルエット | Silhouetted in the moonlight |
| CD7-13. | ヴィエニ・ヴィエニ | Vieni , Vieni |
この日はカルテットとトリオの演奏が録音された。
CD7-11.[いつか何処かで]
野口氏はこの録音ではこのバラッド演奏がベスト・トラックという。BGのClがほのぼのとした雰囲気を醸し出し、ウィルソンのエモーショナルなソロと聴き応えがある作品。
CD7-12.[月光のシルエット]
「聖林ホテル」の主題歌で、映画ではローズマリー・レインが歌っていたナンバーという。ここでは勿論ティルトンが歌っている。BGトリオのナンバーでヴォーカルが入るのは珍しいパターンだと思う。
CD7-13.[ヴィエニ・ヴィエニ]
元はティノ・ロッシが歌ってヒットしたシャンソンだという。カルテットによる演奏。
| Record1 A-2. | ライディン・ハイ | Ridin' high | 11月2日 | Orchestra | CBS「キャメル・キャラヴァン」番組放送 | |
| Record2 B-2. | タイム・オン・マイ・ハンズ | Time on my hand (in my arms) | 11月2日 | Trio | CBS「キャメル・キャラヴァン」番組放送 | |
| Record2 A-7. | アット・ザ・ダークタウン・ストラッターズ・ボール | At the darktown strutter's ball | 11月3日 | Orchestra | CBS自主番組 ニューヨーク、マドハッタン・ルームより中継録音 | |
| Record2 B-8. | サムディ・スウィートハート | Someday sweetheart | 11月9日 | Orchestra | CBS「キャメル・キャラヴァン」番組放送 |
ベニー・グッドマン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Benny Goodman and his orchestra) … 10月29日と同じ。
ベニー・グッドマン・トリオ(Benny Goodman Trio) … 6月29日と同じ。
コール・ポーター作でクリス・コナーのヴォーカルなどが知られる。BGとハリー・ジェイムスがバトルのような激烈なソロを取る。
ヴィンセント・ユーマンスが1930年にミュージカル「スマイルス」のために書いた美しい主題歌で、その年の最大のヒット曲になったという。B・Gは後の1941年にエディー・ソーターの編曲でオーケストラによるレコーディングをしているが、このトリオによる録音はこれのみである。B・Gのバンドには、このような静かな雰囲気が多いのが一つの特色であったともいう。B・Gの美しいソロに加えてウィルソンのピアノも素晴らしい。
スパッド・マーフィーによるこの編曲は正式なレコーディングはされなかったにもかかわらず、非常にポピュラーになり、ダンス・バンドやスクール・バンドがこぞって真似をしたといわれる。後年メル・パウエルのアレンジによるものが42年にレコーディングされたが、全く別物になっているという。
エルマンとB・Gのソロ、グリフィン、B・G、ロリーニの3人によるデキシー風のパッセージは見事の一言に尽きる。
ジェリー・ロール・モートンの作った古いスタンダード・ナンバー。B・Gはトリオで正式録音をしており、オーケストラでの録音は他にはない。バラードとブラウンの2本のトロンボーンがテーマを奏し、サックス・セクションの16小節に渡るスイングするフレージングが素晴らしいと解説氏。続いてハリーのTp、B・Gのソロ、全合奏がクルーパのドラミングによって盛り上がり幕を閉じる。
10月22日と同じ。
| CD7-14. | 君は奪いぬわが心を | You took the words right out of my heart |
| CD7-15. | ザット・ムーン・イズ・ヒア・アゲイン | Mama , that moon is here again |
| CD7-16. | ロック・ロモンド | Loch Lomond |
| CD7-17. | キャメル・ホップ | Camel hop |
| CD7-18. | 真実の告白 | True confession |
| CD7-19. | ライフかパーティーへ(テイク2) | Life goes to a party (take2) |
| Record1 A-8. | ナガサキ | Nagasaki | 11月16日 | Quartet | CBS「キャメル・キャラヴァン」番組放送 | |
| Record2 B-3. | スターダスト | Stardust | 11月19日 | Orchestra | CBS「キャメル・キャラヴァン」番組放送 | |
| Record1 B-1. | シュガー・フット・ストンプ | Sugar foot stomp | 11月21日 | Orchestra | CBS「キャメル・キャラヴァン」番組放送 | |
| Record1 A-3. | うまくやれよ | Nice work if you can get it | 11月23日 | Trio | CBS「キャメル・キャラヴァン」番組放送 | |
| Record2 B-1. | クラリネット・マーマレイド | Clarinet marmalade | 11月23日 | Trio | CBS「キャメル・キャラヴァン」番組放送 | |
| Record1 A-9. | セントルイス・ブルース | St.Louis blues | 11月30日 | Orchestra | CBS「キャメル・キャラヴァン」番組放送 | |
| Record1 B-2. | ムーングロウ | Moonglow | 11月30日 | Quartet | CBS「キャメル・キャラヴァン」番組放送 |
ベニー・グッドマン・カルテット(Benny Goodman Quartet) … 10月29日と同じ。
ベニー・グッドマン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Benny Goodman and his orchestra) … 11月12日と同じ。
ベニー・グッドマン・トリオ(Benny Goodman Trio) … 6月29日と同じ。
ハリー・ウォーレンとモルト・ディクスンのコンビが1928年『マダム・バタフライ』にヒントを得て作った曲という。速いテンポで演奏される。
このカルテットは曲の取り扱いにも工夫を凝らしテンポを落としたコーダのプレイなど素晴らしいアイディアが凝縮されている。
ホーギー・カーマイケルの不朽の名作で実に様々な録音が行われているが、このフレッチャー・ヘンダーソンのような軽快なアレンジは珍しい。従ってこのようなスタイルには好き嫌いがあるだろうと解説氏はライナーに書いているが、ということは嫌いなのだろうと思う。
その解説氏によると第1と第3コーラスのバックのステイシーのピアノ・ソロ、最後のギター・ソロは注目に値する。B・Gは36年4月にレコーディングを行っているが、トミー・ドーシー楽団の同曲とカップリングでSP盤で発売されるという大変珍しいことであったという。
9月6日にスタジオ録音したナンバー。フレッチャー・ヘンダーソン自身1925年自己の楽団で吹きこんでいるが、37年9月にグッドマン楽団のために再アレンジを行いレコーディングしたものが大ヒットしたという。確かに見事なアレンジで今聴いても古臭さなど微塵もない。
ライナー・ノーツではキング・オリヴァーが1913年頃に作ったといわれる「ディッパ―マウス・ブルース」がその後改名されてこの題名になったというジャズの古典としているが、作られた年については疑問がある。
キング・オリヴァー自身の演奏は、初レコーディング・セッション2日目である1923年4月6日のものと6月23日のもの2種類残っているる。その時の題名はもちろん「ディッパ―マウス・ブルース」。ハリーはオリヴァーを手本にして吹いているが、それはこの曲を吹くトランぺッターに共通のことだったという。そう言われればそんな気もする。
さて、作られた年についてだが、本アルバムでもまたオリヴァーのCDでもオリヴァーとルイ・アームストロングの共作となっている。もしこの曲が1913年頃の作とすれば、オリヴァーは28歳でフレディ・ケパードの後釜としてオリンピアブラス・バンドに迎えられた翌年なので可能性はあるが、ルイはまだ13歳、ピストル事件を起こして感化院に入れられた年である。13年ではなく23年の誤りではないだろうか?
超有名な曲でこの2枚のLPの中でも白眉の出来という。この曲はもともとフレッチャー・ヘンダーソンのアレンジで36年8月21日に吹き込んでいる。
先ずBGがソロを取りアンサンブル演奏2コーラスの後ツギ―・エルマンが新鮮なアイディアで素晴らしいソロを披露する。これでバンドも聴衆もエキサイトしたので、演奏が終わりに近づいたにもかかわらずBGはすかさずバンドに演奏を続けるように合図を送った。そしてハリー・ジェイムスがすっと立ち上がってTpソロを吹き始めると、呼応してクルーパがロック・ビートのような2ビートをガッチリと送る、続いてジェス・ステイシーのPが2コーラス、そしてバンドの日の出るようなリフの連続で幕となる。フル・バンドでこのようなスポティニアスな長演奏が生まれるというのは、全くスイング時代ならではの嬉しい奇跡だとライナーの解説者は記している。
1934年ウィル・ハドソンが書いた曲で36年8月に1度録音している。大変美しい旋律を持つ曲で大ヒットしたという。BGも丁寧に吹いており、コンボも実にメロディアスに演奏しており、音楽性の高い名演と思う。
11月30日から変更なし。
| CD7-20. | 張り切りおやじ(テイク1) | I'm a ding dong daddy(take1) | 12月2日 |
| CD7-21. | 張り切りおやじ(テイク2) | I'm a ding dong daddy(take2) | 12月2日 |
| CD8-1. | イッツ・ワンダフル | It's wonderful | 12月2日 |
| CD8-2. | サンクス・フォー・ザ・メモリー | Thanks for the memory | 12月2日 |
| CD8-3. | ライフがパーティーへ(テイク3) | Life goes to a party (take3) | 12月2日 |
| CD8-4. | 夢がかなったら | If dreams come true | 12月3日 |
| CD8-5. | アイム・ライク・ア・フィッシュ・アウト・オブ・ウォーター | I'm like a fish out of water | 12月3日 |
| CD8-6. | スイート・ストレンジャー | Sweet stranger | 12月3日 |
| Record2 A-2. | ジョーンズ嬢に会ったかい | Have you met Miss Jones | 12月7日 | Trio | CBS「キャメル・キャラヴァン」番組 |
| Record2 B-7. | キラー・ディラー | Killer diller | 12月7日 | Quartet | CBS「キャメル・キャラヴァン」番組 |
| Record2 B-6. | ジョセフィーヌ | Josephine | 12月14日 | Orchestra | CBS「キャメル・キャラヴァン」番組 |
| Record2 A-8. | マイ・ギャル・サル | My gal Sal | 12月14日 | Quartet | CBS「キャメル・キャラヴァン」番組 |
ベニー・グッドマン・カルテット(Benny Goodman Quartet) … 11月30日と同じ。
ベニー・グッドマン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Benny Goodman and his orchestra) … 11月12日と同じ。
Tenor sax … ヴィド・ムッソ ⇒ ベイブ・ラッシン(Babe Russin)
ベニー・グッドマン・トリオ(Benny Goodman Trio) … 11月23日と同じ。
現在でもよく取り上げられるスタンダード・ナンバー。37年いロジャースとハートのコンビがミュージカル「I'd rather be right」に書いた曲で、B・Gは大変気に入っていて、早速取り上げて演奏したということだろう。その割にこのあと一度もレコーディングされていないので唯一の録音となる。ウィルソンの半コーラスのソロも素晴らしい。
もともとタイトルのない放送用の曲であったようだが、B・Gとジミー・マンディの共作として後になってタイトルが付けられたものらしい。そのタイトルの「キラー・ディラー」とは、当時のB・Gのフル・オーケストラのホットなスイング・スタイルを云ったもので、ジタ―・バッグとともに当時流行したものという。その様なイージー・ゴーイング感あふれるタイトルではあるが、このカルテット演奏には相当アレンジメント跡が見られるという。
元は1936年ガス・カーン作詞ウェイン・キング、バーク・ビヴェンス作曲のポップ・ナンバーだが、B・Gは唄抜きの純粋インスツルメンタルのナンバーとして、ジミー・マンディのアレンジのスイング・ナンバーに仕立て直した。流行歌をこのように扱うことはB・Gの得意とするところであったがここでも見事に成功している。
正式レコーディングは行われなかった曲ではあるが、ハリー・ジェイムスが立ち上がってソロを取る前に湧き起る拍手を聴けば、聴衆のエキサイト度合いがよく分かるという。
1905年にポール・ドレッサーが書いたこの曲はカルテットの十八番の一つになった。しかしこの曲は一度も正式な録音をされず、残っているエア・チェックのこの録音のみという。
1937年10月29日と同じメンバー
| CD8-7. | 素敵なあなた(パート1) | Bei mir bist du schon (part1) | 12月21日 |
| CD8-8. | 素敵なあなた(パート2) | Bei mir bist du schon (part2) | 12月29日 |
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