ベニー・グッドマン 1937年

Benny Goodman 1937

「コンプリート・ベニー・グッドマン」CDボックス解説のモート・グッド氏は、1937年のタイトルを「成功の甘き高まり(Sweet swell of success)」とし、1936年までのようにいわゆる『大不況』には触れていない。『大不況』の終息が実感されつつあったのだろう。
因みに僕は、この1937年こそBGの絶頂期ではないかと思っている。といっても初レコーディングから順番に聴いてきているので、この後の録音を聴いてどう思うかは分からないが…。とにかくこの年のBG及びそのバンドはイケていたと思う。メンバーもほぼ固定され、グループ・サウンズ即ちグループとしての音ならぬオーケストラ・サウンズが抜群だったと思う。
1937年のレコーディング・セッションは1月14日からスタートした。パーソネルを見ると変更があったのが、Tpに弟のアーヴィングに代わって、ハリー・ジェイムスが加わり、ヴォーカルがマーガレット・マクレーに代わって、フランセス・ハントが加入した。ここで重要なのは、ハリー・ジェイムスの加入である。
ハリー・ジェイムスはBGがニューヨークのペンシルヴェニア・ホテルの「マドハッタン・ルーム」に出演中の1937年1月5日か6日に加入した。このジェイムスが加わってのブラス・セクションはやがて「鮮烈なブラス」と呼ばれることになる。
ジェイムスの引き抜きに当たっては、やはりジョン・ハモンド氏が1枚加わっていた。ハモンド氏によれば、そもそもジェイムスを発見したのはBGの兄ハリー・グッドマンだったという。ハリー・ジェイムスはカリフォルニアの「ザ・ストリップ」に出ていたベン・ポラックのスモール・コンボにいる時だったというから、1936年に西海岸巡業していた時だったのだろう。そしてジェイムスはそこを辞めようとしていたという。そこからの話の時系列がよく分からないのだが、モ−ト・グッド氏の書くこの辺の事情をまとめると、場所は突然ニューヨークに移る。
ハモンド氏は、ハリー・ジェイムスがどれほどいいプレイヤーか知りたかったので、彼を「モンローズ・アップタウン・ハウス」に連れて行った。この店は20年代は「バロンズ・エクスクラシヴ・クラブ」という名で営業しており、デューク・エリントンがニューヨーク・デビューを飾った店だった。ハリーはとても自惚れの強い男で、誰でも来いと身構えていたというから、Tpバトルを仕掛けたのだろう。ハモンド氏が選んだ<刺客>はバック・クレイトンとロイ・エルドリッジだったというから恐ろしいメンツである。そこでハリーは、クレイトン、エルドリッジに勝るということではなかったがなかなかいいプレイをしたという。
この辺りのエピソードはビリー・ホリデイの『奇妙な果実』(晶文社 P63)にも出ている。「私(ビリー)はベニー・グッドマンがハリー・ジェイムズという?せた青年を連れてきた時のことをはっきりと思いだせる。その晩は黒人の名手たちが顔をそろえていたーロイ・エルドリッジ、チャーリー・シェイヴァース、レスター・ヤング、ベン・ウエブスターも居合わせた。ジェイムズは、黒人に対して相当な敵意を持っていた。彼はニグロが屑のように思われているテキサスから来た男だ。(中略)私が、一番立派な男だと信じている、トランぺッターのバッククレイトンがすっと立って、他の誰よりもスイートな、ジェイムズがやろうとしているスタイルに最も近いスタイルで吹き出した。クレイトンの音を数秒聴いただけで、ハリー・ジェイムズは深く打たれるところがあった。彼はそれほどの天狗ではなかったのである。彼は学ぶところの多いこのジャムの集いに、その後好んでくるようになった。
ジギー、グリフィンにハリーが加わったTpセクションはこれまでのどのビッグ・バンドにも負けぬほど強力になった。

<Date&Place> … 1937年1月14日 ニューヨークにて録音

<Personnel> … ベニー・グッドマン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Benny Goodman and his orchestra)

Clarinet & Band Leaderベニー・グッドマンBenny Goodman
Trumpetハリー・ジェイムスHarry Jamesクリス・グリフィンChris Griffinジギー・エルマンZiggy Elman
Tromboneレッド・バラードRed Ballardマレイ・マッキーチャーンMurray McEachern
Alto saxハイミー・シャーツァーHymie Shertzerビル・ドペゥBill DePew
Tenor saxアート・ロリーニArt Rolliniヴィド・ムッソVido Musso
Pianoジェス・ステイシーJess Stacy
Guitarアラン・リュースAllan Reuss
Bassハリー・グッドマンHarry Goodman
Drumsジーン・クルーパGene Krupa
Vocalフランセス・ハントFrances Hunt

1936年12月30日からの変更点
Trumpet … アーヴィング・グッドマン ⇒ ハリー・ジェイムス(Harry James)
Vocal … マーガレット・マクレー ⇒ フランセス・ハント(Frances Hunt)

<Contents> …「コンプリート・ベニー・グッドマン」(BMG BVCJ-7030)

CD5-19.グッドナイト・マイ・ラヴGoodnight my love
CD5-20.幸福になりたいI want to be happy
CD5-21.クロエChloe
CD6-1.ロゼッタRosetta
CD5-19.[グッドナイト・マイ・ラヴ]
前年11月エラ・フィッツジェラルドが歌ったことで専属のデッカから猛抗議を受け引っ込めた曲を歌手をフランセス・ハントに代えて再吹込みしたもの。声はいかにも白人の声でなかなか良いではないのと思うが、この後退団しこれが唯一のBG楽団での吹込みとなった。
CD5-20.[幸福になりたい]
以下の3曲はフレッチャー・ヘンダーソンのアレンジでいずれも甲乙つけがたい好演で、野口久光氏は戦前SP盤で愛聴したナンバーであるという。アンサンブルの後As、Tpアンサンブルを挟んで御大のBGとソロが続く。アンサンブルの後短いTpソロからアンサンブル取って終わる。
CD5-21.[クロエ]
ミディアム・テンポのナンバーで安定したスインギーな演奏ぶりである。ソロはまずBG、Tp、再びBGに戻り、アンサンブルからPソロ、アンサンブルを挟んでBG。
CD6-1.[ロゼッタ]
、アール・ハインズの傑作で、ファッツ・ウォーなど多くのミュージシャンがカヴァーしている。ここではミディアム・テンポのスイング感が快適だ。クルーパのブラシ・ワークも巧みである。珍しいリュースのソロ、Asソロもいい感じである。
「ビリー・ホリディ」レコード第2集」ジャケット

<Date&Place> … 1937年1月25日 ニューヨークにて録音

<Personnel> … テディ・ウィルソン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Teddy Wilson and his orchestra)

Band leader & pianoテディ・ウィルソンTeddy Wilson
Trumpetバック・クレイトンBuck Clayton
Clarinetベニー・グッドマンBenny Goodman
Tenor saxレスター・ヤングLester Young
Guitarフレディ・グリーンFreddie Greene
Bassウォルター・ペイジWalter Page
Drumsジョー・ジョーンズJo Jone
Vocalビリー・ホリディBillie Holiday

<Contents> … 「ビリー・ホリディ 第2集」(CBS SONY SOPH 63-64)&「ザ・テディ・ウィルソン」(CBS SONY SONP 50332)

record1 B-1.リズムのない男He ain't got rhythm
record1 B-2.今年のキッスThis year's kisses
record1 B-3.何故生まれてきたのWhy was I born ?
record1 B-4.あの人でなけりゃI must have that man !
ベニー・グッドマンはサイド・マン扱いが気に食わず「ジョン・ジャクソン(John Jackson)という名でクレジットされている。
またこの日のセッションは、BGとウィルソン以外はベイシー楽団のメンバーで構成されており、ビリーの一つの飛躍のきっかえとなる重要な録音となった。それは音楽的に重要な影響を及ぼすことになるレスター・ヤングとの初共演であるからだ。この日以降レスターのリリシズムと寛いでスムースなプレイ・スタイルに影響を受け、彼女の原メロディーにとらわれない器楽的な唱法は歌詞との不即不離の関連の上に完成の域に近づいていく。
さらにもう一人バック・クレイトンとの初共演ということでも大きな意味があった。クレイトンは、ルイ・アームストロングの感覚をさらに都会的に洗練され一層彼女の好みに近づいたスタイルを持っていた。まさに彼の音も彼女に親近感を抱かせることとなった。クレイトンは本HPでは初の登場。「ザ・テディ・ウィルソン」にも1曲(「リズムのない男」)収録されているが、「ビリー・ホリディ物語」には4曲とも収録されているので、こちらでまとめて聴こう。
B-1.[リズムのない男]
ベニー・グッドマンは自身のオーケストラで1936年12月30日に録音をしている。BGのイントロの後ビリーのヴォーカルとなる。ヴォーカルが終わるか終わらぬうちに出るレスターのソロが素晴らしい。続くクレイトンのソロからディキシー風アンサンブルとなる。
B-2.[今年のキッス]
レスターが極上のリリシズムを発揮する。ビリーもその雰囲気を引き継ぎしっとりとした味わい深い歌唱を聴かせる。その後に出るウィルソンのPも極上である。
B-3.[何故生まれてきたの]
ビリーは思い切ったフレイジングでこの曲のムードを作り、クレイトン、ウィルソン、BGが暖かい素晴らしいソロを繰り広げる。
B-4.[あの人でなけりゃ]
ビリーがじっくり取り組んだ詠唱を聴かせる。Voの後のレスターのソロもしみじみとした温かさを伝える。BGも短いながらムードにマッチした好ソロを聴かせてくれる。

<Date&Place> … 1937年2月3日 ニューヨークにて録音

<Personnel> … ベニー・グッドマン・カルテット(Benny Goodman Quartet)

Clarinet & Band Leaderベニー・グッドマンBenny Goodman
Vibraphoneライオネル・ハンプトンLionel Hampton
Pianoテディ・ウィルソンTeddy Wilson
Drumsジーン・クルーパGene Krupa

1936年12月2日と同じメンバー。この年最初のカルテットでの録音。

<Contents> …「コンプリート・ベニー・グッドマン」(BMG BVCJ-7030)

CD6-2.美わしのアイダIda , sweet as apple cider
CD6-3.二人でお茶をTea for two
CD6-4.ランニン・ワイルドRunnin' wild
CD6-2.[美わしのアイダ]
20世紀初頭のポピュラー・ソングで、リラックスしたミディアム・スロウの演奏の中ハンプトンのソロの時だけテンポを速め変化をつけている。SP盤としてはぎりぎりの3分43秒と長尺の演奏である。
CD6-3.[二人でお茶を]
現代でもよく奏されるスタンダード・ナンバー。リラックス感あふれる素晴らしい演奏である。
CD6-4.[ランニン・ワイルド]
1922年にニュー・ヨークで上演されたばかりの黒人ばかりのレヴュー「ランニン・ワイルド」の主題歌で、ハリントン・ギッブスという人が作曲をした。題名通りのワイルドな感じのテンポの速い曲でジーン・クルーパは、BGのために行ったスタジオ録音の中では自分のベストであると述べている作品。確かに素晴らしいブラシ・ワークである。

この録音の1か月後の3月3日、大事件が起こる。BGはニューヨークのパラマウント劇場に出演した。その出演する日朝10時には4,400人もの人々が切符売り場に行列をなしていたのである。バンドがステージに上がる頃には、客席はヒステリー状態で殆ど暴動に近かったという。バンド出演は当初の予定を1週間延ばし3週間にした。しかしこの状態が3週間繰り返し繰り広げられたのである。
BG自身はこんな騒ぎになることは予想していなかった。映画館のアトラクションということで気楽に引き受けた仕事だったという。しかし映画を見る料金35セントで、当時最もイケていた最高のバンドを聴けるとあって、料金の高いコンサートやホテルのボールルームにいけない若者たちが殺到したのだった。この騒ぎがニュースになり、BGのバンドは否が応にも声望が高まるのである。
そして夜には、マンハッタンのホテル・ペンシルヴァニアにある有名なボールルーム「マドハッタン・ルーム」からCBSが出演中のベニー・グッドマン・オーケストラの演奏を実況放送するのである。これをCBSのエンジニア、ビル・サヴォリーが個人的に録音していたのである。

<Date&Place> … 1937年3月3日 ニューヨークにて録音 CBS自主番組(ペンシルヴァニア・ホテルのマドハッタン・ルームより中継)

<Personnel> … ベニー・グッドマン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Benny Goodman and his orchestra)

多分1月14日と同じ。レコード解説の瀬川昌久氏はカルテットと同じとしているが、それではおかしいので。

<Contents> … 「ザ・キング・オブ・スイング」(CBS 36AP 1416-7)

Record1 B-8. 「時には幸福に」(Sometime I'm happy)
ヴィンセント・ユーマンスが27年のミュージカル「ヒット・ザ・デック」の主題歌として書いた曲という。ヘンダーソンの編曲によっては、中テンポの品位あるいわゆる「静かなスイング」に変身している。中間部のサックス・セクションのソリはハイミー・シェルツァーのリードによって他のいかなるバンドも比肩しえぬほど完璧な美しいアンサンブルを実現している。オリジナルのレコードは35年に吹き込まれ、バニー・ベリガンの古典的なソロが含まれたが、この放送におけるハリー・ジェイムスのソロも劣らず素晴らしい。次のテナーはヴィド・ムッソという。

<Date&Place> … 1937年3月25日 ニューヨークにて録音 CBS自主番組(ペンシルヴァニア・ホテルのマドハッタン・ルームより中継)

これもホテル・ペンシルヴァニアにある「マドハッタン・ルーム」からのラジオ放送の録音である。オーケストラでの演奏が"Giants of jazz / Benny Goodman"と「ザ・キング・オブ・スイング」に、カルテット演奏が「ザ・キング・オブ・スイング」に収められている。

<Personnel> … ベニー・グッドマン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Benny Goodman and his orchestra)

1937年1月14日からの変更点
Alto sax … ビル・ドペ ⇒ ジョージ・ケーニヒ(George Koenig)

<Contents> … "Giants of jazz / Benny Goodman"(TIME-LIFE)&「ザ・キング・オブ・スイング」(CBS 36AP 1416-7)

Record2 A-5.(TL)&Record1 B-6.(KofS) 「キャンプの集い」(Down south camp meetin')
もともとはフレッチャー・ヘンダーソンが自楽団のために35年に書き下ろしたもので、BG楽団のためにスコア―を書き直し36年8月にレコーディングされた。BGはこの編曲を大変気に入りその後いつまでもそのまま使用して盛んに演奏したという。ヘンダーソンの優れたオーケストレイションの才能をよく表した編曲で、特に最後のコーラスにおいてブラスに対してクラリネットの合奏が始めは低音で、次に1オクターヴ上がって終わるところなど常に聴衆を興奮させたという。一糸乱れぬアンサンブルの実に見事な演奏で、そのホットな演奏ぶりと観客の熱気が伝わってくる。
ちょっと英語なので聞き取りにくいが、評論家ジョージ・アヴァギャン氏の解説によると、一人の興奮したファンがマイクのそばで、「なんて素敵なバンド!」と思わず叫んだ声が入っている。余りに真実味を帯びているのであとからダビングしたと思われるといけないのでカットしようか最後まで悩んだという。

<Personnel> … ベニー・グッドマン・カルテット(Benny Goodman Quartet)

2月3日と同じ。

<Contents> … 「ザ・キング・オブ・スイング」(CBS 36AP 1416-7)

Record2 A-5.(KofS) 「ランニン・ワイルド」(Runnin' wild)
2月3日にスタジオ録音を行ったばかりのいわば新曲である。このカルテットのお得意のナンバーで、B・Gとハンプトンの熱っぽい掛け合いが聴かれる。B・G、ファッツ・ウォーラーの録音などが代表作と言われている。

<Date&Place> … 1937年4月13日 ニューヨークにて録音 CBS「キャメル・キャラヴァン」番組

<Personnel> … ベニー・グッドマン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Benny Goodman and his orchestra)

3月25日と同じ

<Contents> … 「ザ・キング・オブ・スイング」(CBS 36AP 1416-7)

Record2 A-4. 「ミニー・ザ・ムーチャーの婚礼日」(Minnie the moocher's wedding day)

ハロルド・アレンの書いた曲でフレッチャー・ヘンダーソンの偉大な編曲の代表作と言われている。37年9月にスタジオ・レコーディングしている。
ハリー・ジェイムスのソロの最後のフレーズをそのまま基本にしてB・Gがアドリブを受け継ぐ。次コーラスのブラスとサックスのがっしりとしたインタープレイ、最後の2コーラスでクルーパがクライマックスに盛り上げる見事な捌きなど聴きどころ満載である。

<Date&Place> … 1937年4月29日 ニューヨークにて録音 WNEW局「メイク・ビリーヴ・ボールルーム」放送番組

<Personnel> … ベニー・グッドマン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Benny Goodman and his orchestra)

Vocal … ヘレン・ワード(Helen Ward) ⇒ In

以外4月13日と同じ

<Contents> … 「ザ・キング・オブ・スイング」(CBS 36AP 1416-7)

Record2 A-6. 「私に頼むわ」(You turned the tables on me)

B・G楽団は、ペンシルヴァニア・ホテルへの出演の最後の日に当時有名だったディスク・ジョッキーのマーティン・ブロックの番組に出演した。B・Gお好みの美人歌手ヘレン・ワードがゲストとしてこの歌を歌っている。
1936年映画「シング・ベイビー・シング」の主題歌として作られ、同年8月にヘレン・ワードの歌でレコードを吹き込み大ヒットしたナンバー。
このようなポップ・チューンを演奏するB・G楽団のアンサンブルは誠にすばらしかった。そのトーン、フレージングも一寸の隙もないくらいに正確さを保ってよく揃っていた。しかしその反面全く気軽なリラックスしたルースさをも感じさせ、それはあたかも英国製のツイードのジャケットを着ているような心地よさであったと評論家のジョージ・アヴァギャンはほめたたえている。結婚してますます艶やかになったヘレン・ワードの歌も聴きものだそうだ。

次のレコーディングまで時間が空くが、BGバンドはボールルーム出演やコンサート活動、ラジオ放送出演などで多忙だった。
その中で後々にまで語り草となったのが、右の告知のチック・ウェッブの楽団とのサヴォイでのバンド対決である。
BGとそのバンドはニュー・イングランドへのツアーを終えて、サヴォイ・ボールルームでチック・ウェッブのバンドと顔を合わせることになった。以前拙HPでも書いたが、チック・ウェッブといえば合戦狂と言われ、バンド合戦で負けたことがないと言われる猛者である。しかしてその結果は…?
結果はどこにも書いていない。ただかなり激しい戦いが繰り広げられたことは間違いないようだ。同じ楽器のジーン・クルーパはこう回想している。「サヴォイでベニーのバンドとバトルをしていた時のことだった。チックが私に攻撃を仕掛けてきたが、なかなか良かった。その時私が何て言ったか、『俺はベターな男に負けたことはないぜ!』と。」これを英語で言うと、というか元々は英語なのだが、”I was never cut by a better man”といったという。つまりチック・ウェッブは”A better man”(なかなかやる奴)だが、俺は”The best man”だ、ということなのだろうか?
しかしTIME-LIFE刊行”Giants of jazz / Benny Goodman”のジョージ・T・サイモン氏は次のように述べている。
”Before an overflowing house the rivals blasted each other for four hours.Drummer Webb's outfit won by acclamation , Gene Krupa conceding cheerfully."I was never cut by a better man"”
どう訳せばいいのだろうか?英語辞書を片手にトライしてみる。
「館内が溢れかえる前に、ライバル達はそれぞれ4時間もの間爆発的な演奏を続けていた。ドラマー、チック・ウェッブの楽団が大喝采により勝利し、ジーン・クルーパは認めて明るく言った、『俺はベターな男に負けたことはないぜ!』と。」
訳は合っているだろうか?この訳が正しければ、クルーパはこう言ったことになる、『俺はなかなかやる奴には負けたことはないんだが…。(チックは「なかなか」以上の奴だから』どうだろう?誰か教えてくださ〜い!
このチック・ウエッブとの歴史的な一戦を行った夜、BGとその楽団はCBSの「キャメル・キャラヴァン」に出演している。

<Date&Place> … 1937年5月11日 ニューヨークにて録音 CBS「キャメル・キャラヴァン」番組

<Personnel> … ベニー・グッドマン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Benny Goodman and his orchestra)

ヘレン・ワード以外は4月29日と同じ

<Contents> … 「ザ・キング・オブ・スイング」(CBS 36AP 1416-7)

Record1 A-1. 「レッツ・ダンス」(Let's dance)

ウエーバーの「舞踏への勧誘」の旋律を借用したグッドマン楽団のオープニング・ナンバーとして非常に有名らしい。すいません、僕はこのレコードを買うまで知らなかった。
さらにグッドマン楽団はオープニング用としてはテーマのアンサンブルを32小節だけ演奏するのも有名らしい。MCもBGが務めているのも貴重。
非常に読み応えのあるライナー・ノーツによると、これが放送された当日37年5月11日は、ニュー・ヨーク・サヴォイ・ボールルームでかの対バンの鬼チック・ウエッブ楽団との歴史に残るスイング大合戦を行った日であることは上述の通り。

バンドは、ワン・ナイト興行やホテルでの興行が次々に続いた。ボストンの<スタトラー>、アトランティック・シティの<スティール・ピア>、フィラデルフィアの<スタンリー劇場>などに出演し、6月にはカリフォルニアへ赴き<パロマ―>へ3回目の出演を果たす。<パロマ―>に出演中に映画「聖林ホテル」への出演した。また重要なのはラジオ番組も続いていたことであろう。
さて質問です。特に若い方へ。「聖林」は何て読むでしょうか?答えは「ハリウッド」です。なぜ「ハリウッド」が「聖林」かというと、以前日本では英語を漢字で書いた時代がありました。アメリカを「米国」というのと同じです。「米国」は「亜米利加」の「米」を取ったものです。”Hollywood”は本来”Holly”=「ヒイラギ」+”Wood”=「森」で「ヒイラギの森」なのですが、ハリウッドのスペルを”Holywood”、”Holy”=「聖なる」と勘違いして、「ハリウッド」=「聖林」となったそうです。余談はともかく次にバンドがスタジオに入るのは7月6日と7日だが、それまでの間のラジオ放送音源が「ザ・キング・オブ・スイング」(CBS 36AP 1416-7)に収録されている。トリオ、カルテット、オーケストラと網羅されているのがうれしい。

<Contents> … 「ザ・キング・オブ・スイング」(CBS 36AP 1416-7)

<Date&Place> … 1937年6月15日 ニューヨークにて録音 CBS「キャメル・キャラヴァン」番組

<Personnel> … ベニー・グッドマン・カルテット(Benny Goodman Quartet)

3月15日と同じ

Record1 A-5. 「アラビアの酋長」(The shiek of Araby)

1920年のミュージカル「メイク・イット・ステッピー」の中でヒットしたテッド・シュナイダー作曲の古い歌で、元々は美男映画俳優ルドルフ・ヴァレンチノの男性的魅力をたたえて作られたが、デキシー・ナンバーとしてスタンダードとなっていたという。以前にもBG自身30年にレッド・ニコルス・ファイヴ・ぺニーズの一員として吹き込んだことがあるという。正式録音としては後に(1940年)コロンビアに吹き込んでいるという。
BGの激しいソロそしてこの曲ではハンプトンがそれに絡むそして両者のコラボレイションでエンディングを迎える。

<Date&Place> … 1937年6月29日 ニューヨークにて録音 CBS「キャメル・キャラヴァン」番組

<Personnel> … ベニー・グッドマン・トリオ(Benny Goodman Trio)

Clarinet & Band Leaderベニー・グッドマンBenny Goodman
Pianoテディ・ウィルソンTeddy Wilson
Drumsジーン・クルーパGene Krupa
Record1 B-7.「スウィート・レイラニ」(Sweet Leilani)

ハリー・オーエンスが作曲して1937年のパラマウント映画「ワイキキの結婚」の主題歌としてビング・クロスビーが歌って大ヒットし、同年のアカデミー賞映画主題歌部門を獲得したハワイアンの佳曲。BGは最新のヒット曲を演奏したことになるが彼自身はこの放送を聴くまで自分が演奏したことを忘れていたという。BGの流れるような美しい旋律、ラスト・コーラスにおけるクルーパのタム・タムが聴きものであるとしている。

<Date&Place> … 1937年7月6日、7日 ハリウッドにて録音

<Personnel> … ベニー・グッドマン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Benny Goodman and his orchestra)

5月11日と同じ

<Contents> …「コンプリート・ベニー・グッドマン」(BMG BVCJ-7030)

CD6-5.ペッキンPeckin’7月6日
CD6-6.キャント・ウィー・ビー・フレンズ(テイク1)Can't we be friends ?(take1)7月6日
CD6-7.キャント・ウィー・ビー・フレンズ(テイク2)Can't we be friends ?(take2)7月6日
CD6-8.シング・シング・シング・パート1&2(テイク1)Sing , sing , sing parts1&2 (take1)7月6日
CD6-9.シング・シング・シング・パート1&2(テイク2)Sing , sing , sing parts1&2 (take2)7月6日
CD6-10.ロール・エムRoll‘em7月7日
CD6-11.南部の夕暮れ(テイク1)When it's sleepytime down south(take1)7月7日
CD6-12.南部の夕暮れ(テイク2)When it's sleepytime down south(take2)7月7日
CD6-13.夢見るつらさAfraid to dream7月7日
CD6-14.チェンジス(テイク1)Changes(take1)7月7日
CD6-15.チェンジス(テイク2)Changes(take2)7月7日
CD6-5.[ペッキン]
Tpのハリー・ジェイムスと彼が元いたバンド、ベン・ポラックの共作。野口久光氏は、エリントンの”ロッキン・イン・リズム”を基にしたようだと述べている。アレンジもハリー。スインギーでなかなかイケてるナンバー。ハリーのTpもよく歌っている。
CD6-6、7.[キャント・ウィー・ビー・フレンズ]
フレッチャー・ヘンダーソンのアレンジが素晴らしいと野口氏も絶賛している。テイク1、2共にSP盤で売られていたという。
CD6-8、9.[シング・シング・シング・パート1&2]
ご存知BG楽団最大のヒット曲、日本でも「スイング・ガールズ」でお馴染みのナンバー。元は前年1936年に白人Tp奏者ルイ・プリマが自作自演したノヴェルティ風のポップ・チューンだったというが、ジミー・マンディはDsのジーン・クルーパを大胆にフューチャーしたアレンジを行った。僕などはまず出だしのミュートを活かしたエリントン風のジャングル・スタイルがキャッチ―だと思う。
野口氏は、「ドラムを軸にしたブラッシーなアンサンブルにソロ・スペースを作り、BG(Cl)、ムッソ(Ts)、ジェイムス(Tp)のソロが山を作る構成も上手いとする。テイク1、2とも30センチSP盤両面を使う大作で、従来発売されていたのはテイク2の方だという。
CD6-10.[ロール・エム]
カンサス州で活躍し売り出したアンディー・カークのバンドのピアニスト兼作編曲の女性、メリー・ルー・ウィリアムスの作品。カンサス風のリフ・ナンバーというがアンサンブルなどブギー・ウギーである。珍しくジェス・ステイシーの知的なピアノが効きもの。
CD6-11、12.[南部の夕暮れ]
ルイ・アームストロングのオープニング・テーマとしてあまりにも有名な曲という。ヘンダーソンらしい味わいのある編曲が光る。SP盤ではテイク2が発売されていた。
CD6-13.[夢見るつらさ]
20世紀フォックスの映画”You can't have everything”の主題歌という。フランシス・ハントの代わりに入った新人ベティ・ヴァン(Betty Van)がヴォーカルを取っている。
CD6-14、15.[チェンジス]
これもヘンダーソンらしい編曲が効いて小気味よいスイング感が味わえる。

<Date&Place> … 1937年7月6日 ハリウッドにて録音 CBS「キャメル・キャラヴァン」番組

<Personnel> … ベニー・グッドマン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Benny Goodman and his orchestra)

7月6日、7日と同じ。

<Contents> … "Giants of jazz / Benny Goodman"(TIME-LIFE)&「ザ・キング・オブ・スイング」(CBS 36AP 1416-7)

Record2 A-6.(TL)&Record2 A-9.(KofS) 「ピューグル・コール・ラグ」(Bugle call rag)

ニューオリンズ・リズム・キングスの作品中最も有名な曲で、必ず初めに景気の良いトランペットのコールがあって、スピーディーなサンサンブルとソロが続々と出てくる趣向になっている。
ロリーニ、エルマン、マックィーチャン、B・Gそれぞれが激しいソロを取り、エンディングのクルーパの素晴らしいドラミングも聴きものである。

<Date&Place> … 1937年7月13日 ハリウッドにて録音 CBS「キャメル・キャラヴァン」番組

<Personnel> … ベニー・グッドマン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Benny Goodman and his orchestra)

7月6日、7日と同じ。

<Contents> … 「ザ・キング・オブ・スイング」(CBS 36AP 1416-7)

Record2 A-1. 「キング・ポーター・ストンプ」(King porter stomp)

ジェリー・ロール・モートンが偉大なラグタイムの偉大なピアニスト、ポーター・キングに捧げて作った曲。フレッチャー・ヘンダーソンが自己のバンドのために編曲したものをそのまま演奏しているという。B・Gは1935年7月にレコーディングして以来長年プレイするうちに少しずつ手を加え直していったという。例えばラスト・コーラス、ブラスとサックス・セクションの応答リフにおける最後のバトン・ノート(?)の削除、或いはコーダのリタードの導入などだという。ソロイストはB・G、ハリー・ジェイムス、ヴィド・ムッソ。

<Date&Place> … 1937年7月30日 ハリウッドにて録音

<Personnel> … テディ・ウィルソン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Teddy Wilson and his orchestra)

Band leader & pianoテディ・ウィルソンTeddy Wilson
Trumpetハリー・ジェイムスHarry James
Clarinetベニー・グッドマンBenny Goodman
Tenor saxヴィド・ムッソVido Musso
Guitarアラン・リュースAllan Reuss
Bassハリー・グッドマンHarry Goodman
Drumsジーン・クルーパGene Krupa

<Contents> … 「ザ・テディ・ウィルソン」(CBS SONY SONP 50332-3)&「新たなる宝庫・黄金時代のベニー・グッドマン」(Nostalgia records CSM 890-891)

「ザ・テディ」record2 A-8.コケットCoquette
「宝庫」record2 A-6.ジ・アワー・オブ・パーティングThe hour of parting

こちらはウィルソンがBGのツアーに帯同してハリウッドに行っている時の録音である。この日は全5曲録音されたようだ。「ザ・テディ・ウィルソン」には、1曲だけ行われたインスト・ナンバーが収録されている。
[コケット]
同日1曲だけ録音されたインスト・ナンバー。「ザ・テディ・ウィルソン」に収録。BG一党による洗練された演奏で、ベイシー軍団のグイグイ押してくるリズム・セクションとの違いが鮮明である。僕自身は少々物足りなく感じる。
[ジ・アワー・オブ・パーティング]
ブーツ・キャッスル(Boots Castle) ブーツ・キャッスルという女性歌手を加え4曲録音が行われたが、その内1曲が「新たなる宝庫・黄金時代のベニー・グッドマン」に収められている。ゆったりとしたテンポのナンバー。最初にBGがソロを取り、ムッソのTsの後キャッスルのヴォーカルが入る。この歌手は全く分からないが、なかなか堂々とした歌いっぷりである。ヴォーカルの後はジェイムズのTpに他の楽器が絡みディキシー風に終わる。

<Date&Place> … 1937年7月30日、8月2日 ハリウッドにて録音

<Personnel> … ベニー・グッドマン・カルテット(Benny Goodman Quartet)

1937年2月3日と同じメンバー

<Contents> …「コンプリート・ベニー・グッドマン」(BMG BVCJ-7030)

CD6-16.アヴァロン(テイク1)Avalon(take1)7月30日
CD6-17.アヴァロン(テイク2)Avalon(take2)7月30日
CD6-18.ハンドフル・オブ・キーズ(テイク1)Handful of keys(take1)7月30日
CD6-19.ハンドフル・オブ・キーズ(テイク2)Handful of keys(take2)7月30日
CD6-20.私の彼氏The man I love7月30日
CD6-21.スマイルズSmiles8月2日
CD7-1.ライザLiza8月2日
CD6-16、17.[アヴァロン]
カルテットの十八番となった曲で、テイク1は未発表だったもの。BG、ウィルソンのソロも実に快調である。
CD6-18、19.[ハンドフル・オブ・キーズ]
ファッツ・ウォーラーの作。アップ・テンポで演奏される。
CD6-20.[私の彼氏]
ガーシュインの作で現在もよく歌われ、演奏されるスタンダード・ナンバー。全員しっとりしたソロを取っている。メランコリーなナンバーである。
CD6-21.[スマイルズ]
第1次大戦頃のアメリカのヒット曲だという。
CD7-1.[ライザ]
ガーシュインの作で現在もよく歌われ、演奏されるスタンダード・ナンバー。クルーパのドラミングが冴えを見せるスインギーなナンバー。

1937年8月から新しい歌手が加わることになる。マーサ・ティルトンである。彼女は、マイヤー・アレクサンダー合唱団の一員として8月第2週と3週に<キャメル・キャラヴァン>の放送に参加した。BGはグループの一員としてしか聞いたことがなかったが、彼女の声が気に入ってオーディションを受けないかと誘い、大いに満足して彼女と契約した。右は1937年BGバンドで歌うティルトン。

次のスタジオ録音は9月6日にハリウッドで行われるが、BG達はロス・アンゼルスに留まりそこからラジオ放送に参加している。その演奏が「ザ・キング・オブ・スイング」(CBS 36AP 1416-7)に周囲六されている。

<Date&Place> … 1937年8月3〜17日 ニューヨークにて

<Contents> … 「ザ・キング・オブ・スイング」(CBS 36AP 1416-7)

Record1 B-5.オールウェイズCaravan8月3日Orchestraロス・アンゼルスにてCBS「キャメル・キャラヴァン」番組放送
Record2 A-3.シャインShine8月10日Quartetロス・アンゼルスにてCBS「キャメル・キャラヴァン」番組放送
Record1 A-4.ヴァイブラフォン・ブルースVibraphone blues8月13日Quartetロス・アンゼルス、パロマ―・ボールルームからの自主放送にて録音
Record2 B-9.キャラヴァンCaravan8月17日Orchestraロス・アンゼルスにてCBS「キャメル・キャラヴァン」番組放送
Record2 B-10.グッドバイGoodbye8月17日Orchestraロス・アンゼルスにてCBS「キャメル・キャラヴァン」番組放送

<Personnel>

ベニー・グッドマン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Benny Goodman and his orchestra) … 7月6日、7日と同じ。
ベニー・グッドマン・カルテット(Benny Goodman Quartet) … 8月2日と同じ。

オールウェイズ

アーヴィング・バーリンが1925年に書いた美しいバラード。フレッチャー・ヘンダーソンの編曲は、ブラスとホーン・セクションのチームワークを最高度に機能させ、第3コーラスにおけるような素晴らしい楽団の完璧なアンサンブルを作り出している。冒頭のソロは珍しくアート・ロリーニ(Ts)で、トロンボーンのソロはマレイ・マクイーチャンという。

シャイン

1924年に作られて以来サッチモなど多くのミュージシャンに取り上げられたスタンダード。B・Gもこの録音の他に有名な38年のカーネギー・ホール・コンサートでも演奏している。
コンボによる演奏は45年に新セクステットによって行われているが、この演奏とはだいぶ違っているそうだ。

ヴァイブラフォン・ブルース

続いてカルテット。BGはベースを入れてリズムを堅固にするよりもそれぞれソロを取れる楽器を選びインタープレイを重視したのだろう。BGのソロのバックではハンプトンはベースラインのようなフレーズを叩いている。こういうのも面白いアイディアだと思う。
1年前の夏にジョン・ハモンドの勧めによって、BGは初めてライオネル・ハンプトンを聴きただちに契約したという。そしてそれまでのトリオにハンプトンを加えカルテットとし、同年8月に4曲を録音したがその中の1曲という。ヴォーカルを務めるのはハンプトンで、歌いながらほかの3人に挨拶を送っているという。

キャラヴァン
エリントン楽団のトロンボーン奏者ファン・ティゾールの作ったあまりにも有名な曲。ここでのB・Gのアレンジは典型的なスイング・スタイルでエリントン楽団のエキゾティックなムードとは全くかけ離れたものになっている。しかもこのアレンジは有名な「シング・シング・シング」とたいへんよく似通っているという。

グッドバイ
ゴードン・ジェンキンスの作った美しい旋律は、早くからB・G楽団のクロージング・テーマだったという。1935年1月に初めて放送された時は「ブルー・セレナード」というタイトルであったという。その2か月後には「グッドバイ」というタイトルに替わっていたという。

<Date&Place> … 1937年9月6日 ハリウッドにて録音

<Personnel> … ベニー・グッドマン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Benny Goodman and his orchestra)

1937年7月7日からの変更点:Vocal … ベティ・ヴァン ⇒ マーサ・ティルトン(Martha Tilton)

<Contents> …「コンプリート・ベニー・グッドマン」(BMG BVCJ-7030)

CD7-2.ボブ・ホワイトBob White
CD7-3.シュガーフット・ストンプ(テイク1)Sugarfoot stomp (take 1)
CD7-4.シュガーフット・ストンプ(テイク2)Sugarfoot stomp (take 2)
CD7-5.捧ぐるは愛のみI can't give you anything but love , baby
CD7-6.ミニー・ザ・ムーチャーの婚礼日Minnie the moocher's wedding day
CD7-2.[ボブ・ホワイト]
歌手にマーサ・ティルトンを迎えての初レコーディング。
この後3曲はフレッチャー・ヘンダーソン編曲による胸のすくようなビッグ・バンド・ジャズとは野口氏の解説。
CD7-3、4.[シュガーフット・ストンプ]
2代目ジャズ王キング・オリヴァーとルイ・アームストロングの合作で「ディッパーマウス・ブルース」というタイトルでも知られるナンバー。ヘンダーソン自身の吹込みも名演の誉れが高い。ここではBGは若々しいパワーとパワーとよりスマートな演奏でヘンダーソンの録音にも引けを取らぬ魅力ある演奏となっている。BGの短いソロの後に続く3コーラスに及ぶハリー・ジェイムスのソロは彼のベスト・プレイに上げられるもの。ジェイムスはK・オリヴァー、サッチモという伝説の2大トランぺッターに挑んだ形である。テイク1が初登場の録音。
CD7-5.[捧ぐるは愛のみ]
1928年のレヴュー「ブラックバーズ」のために書かれた大ヒット曲。これまでもルイ・アームストロングなどの録音を取り上げてきた。ティルトンが新人とは思えぬうまさを見せる。
CD7-6.[ミニー・ザ・ムーチャーズ・ウエディング・デイ]
コットン・クラブに出演していたキャブ・キャロウェイのためにハロルド・アーレンが、キャブの大ヒット曲「ミニー・ザ・ムーチャー」の続編として書いたもの。4月13日に既にラジオ放送で披露済み。

BGとそのバンドは9月6日の録音を終えるとハリウッドを発ち、3日後の9月9日にはテキサス州北部に位置するダラス博覧会のパン・アメリカン・カジノでオープニングの演奏を行った。もちろんテディ・ウィルソンとライオネル・ハンプトンも同行した。そしてトラブルが起きた。人種差別をせぬBGのバンドが、ディープ・サウスで演奏する際の最初のトラブルとなった。演奏聴いて感激したお客の一人が、ライオネル・ハンプトンにシャンパンを届ける手配をし、ウエイターが楽屋に届けようとしたところ、警官がそのトレイに拳を降り下ろし、シャンパン、グラス、氷などが叩き落されたのだ。
ディープ・サウスで起きる人種差別問題、これはもちろんBGバンドだけの話ではない。ビリー・ホリディを加えたアーティー・ショウ、黒人バンドのデューク・エリントン全て黒人が在団しているバンドはこの問題に悩まされている。昨年度アカデミー賞作品賞などを受賞した『グリーン・ブック』もこういった問題を取り上げた作品だった。この問題については改めて取り上げることになるだろうが、ここは次に進むことにする。

<Date&Place> … 1937年9月14日 「キャメル・キャラヴァン」番組 ダラスより放送

<Personnel> … ベニー・グッドマン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Benny Goodman and his orchestra)

Trombone … マレイ・マッキーチャーン ⇒ ヴァ―ノン・ブラウン(Vernon Brown)
以外9月6日と同じ。

<Contents> … 「ザ・キング・オブ・スイング」(CBS 36AP 1416-7)

Record1 A-6.ペッキンPeckin'
Record1 A-7.サニー・ディスポジッシュSunny disposish
ペッキン
トランペットのハリー・ジェイムスが作・編曲したナンバー。エリントン楽団の「ロッキン・イン・リズム」におけるクーティー・ウィリアムスのソロにヒントを得てハリーがベン・ポラック楽団在籍時に演奏していたという。BGがそれを聞いて感銘し、ハリーを引き抜いたという由緒がある曲。それ以後BG、ハリーの代表作として演奏されてきたという。
なお「ペッキン」という言葉は鳥が餌をくちばしでつついて拾うことを云うらしく、当時大流行のジターバッグ・ダンスのパートナーたちが膝を引き下げて相手の肩の上にお互いに「ペック」するステップが盛んに踊られたという。ダンスの方は既に廃れたがこの演奏は名演として残っているという。
先ずBGが熱いソロを取り、ハリーに渡す。バンドのアンサンブルも素晴らしい。
この演奏はBGの楽団がダラスのエクスポ内のパン・アメリカン・カジノに10日間出演した時の放送という。これは白人と黒人の混合バンドが米国の南部に初めて出演した記念すべき出来事であったという。その時に不快な目にあったことは一度だけで、音楽の優秀性がすべての聴衆に十分に理解されて、バンドは大歓迎を受けたのであったというが本当とは思えない。

サニー・ディスポジッシュ
ジョージの弟アイラが作詞しフィル・チャリングという人が作曲した1926年のミュージカル[アメリカーナ]の主題歌で、37年当時BGのレパートリーとして大変人気があったという。しかし一度も正式なレコーディングはされずこのエアチェックだけが現在残る演奏となった。

<Date&Place> … 1937年10月19日 ニューヨークにてCBS「キャメル・キャラヴァン」番組

<Personnel> … ベニー・グッドマン・カルテット(Benny Goodman Quartet)

<Contents> … 「ザ・キング・オブ・スイング」(CBS 36AP 1416-7)

Record2 B-5. 「みんな彼女が好き」(Everybody loves my baby)

B・G自身はこの曲のコンボによるレコーディングは全く覚えていないという。後の46年女性歌手イーブ・ヤングの歌入りでオーケストラ吹き込んでいるくらいポップ・チューンの典型的なものだが、他のカルテットによる演奏と比べてもベストと言えるくらいの素晴らしい出来であるとは解説氏。

<Date&Place> … 1937年10月22日 ニューヨークにて録音

<Personnel> … ベニー・グッドマン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Benny Goodman and his orchestra)

9月6日と同じ。全曲ティルトンのヴォーカル入り。

<Contents> …「コンプリート・ベニー・グッドマン」(BMG BVCJ-7030)

CD7-7.レッスン・トゥ・ユーLet that be a lesson to you
CD7-8.オールド・ハート・ニュー・トリックCan’t teach my old heart new trick
CD7-9.望みを抱いてI've hitched my wagon to a star
CD7-10.ポプコーン・マンPop corn man

この日の録音は、映画「聖林ホテル」の主題歌3曲とポップ・ナンバーの「ポプコーン・マン」が録音された。しかし実際に映画に使われたのは、前回取り上げた「シング・シング・シング」と「アイ・ガット・リズム」を下敷きにしたカルテット演奏の”I've got a heartful music”(CD未収録)、オープニングの「フーレー・フォー・ハリウッド」(CD未収録)とCD7-7.「レッスン・トゥ・ユー」であった。ヴォーカル前はジェイムス、ヴォーカル後はBGがソロを取る。
CD7-7.[レッスン・トゥ・ユー]
ミディアム・アップ・テンポのスインギーなナンバー。ソロはBGが取っている。
CD7-8.[オールド・ハート・ニュー・トリック]
映画の完成版からは外された。ミディアム・スローのメロウなナンバー。
CD7-9.[望みを抱いて]
映画では使われず、主役のディック・パウエルが映画とは別の処で歌っているという。
CD7-10.[ポプコーン・マン]
今もって理由は分からないが、発売後直ぐに発売中止となり、長年幻のレコードとされていたという。

<Date&Place> … 1937年10月29日 ニューヨークにて録音

<Personnel> … ベニー・グッドマン・トリオ・アンド・カルテット(Benny Goodman Trio and Quartet)

8月2日と同じ。

<Contents> … 「コンプリート・ベニー・グッドマン」(BMG BVCJ-7030)

CD7-11.いつか何処かでWhere or when
CD7-12.月光のシルエットSilhouetted in the moonlight
CD7-13.ヴィエニ・ヴィエニVieni , Vieni

この日はカルテットとトリオの演奏が録音された。
CD7-11.[いつか何処かで]
野口氏はこの録音ではこのバラッド演奏がベスト・トラックという。BGのClがほのぼのとした雰囲気を醸し出し、ウィルソンのエモーショナルなソロと聴き応えがある作品。
CD7-12.[月光のシルエット]
「聖林ホテル」の主題歌で、映画ではローズマリー・レインが歌っていたナンバーという。ここでは勿論ティルトンが歌っている。BGトリオのナンバーでヴォーカルが入るのは珍しいパターンだと思う。
CD7-13.[ヴィエニ・ヴィエニ]
元はティノ・ロッシが歌ってヒットしたシャンソンだという。カルテットによる演奏。

<Date&Place> … 1937年11月2〜9日 ニューヨークにて

<Contents> … 「ザ・キング・オブ・スイング」(CBS 36AP 1416-7)

Record1 A-2.ライディン・ハイRidin' high11月2日OrchestraCBS「キャメル・キャラヴァン」番組放送
Record2 B-2.タイム・オン・マイ・ハンズTime on my hand (in my arms)11月2日TrioCBS「キャメル・キャラヴァン」番組放送
Record2 A-7.アット・ザ・ダークタウン・ストラッターズ・ボールAt the darktown strutter's ball11月3日OrchestraCBS自主番組 ニューヨーク、マドハッタン・ルームより中継録音
Record2 B-8.サムディ・スウィートハートSomeday sweetheart11月9日OrchestraCBS「キャメル・キャラヴァン」番組放送

<Personnel>

ベニー・グッドマン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Benny Goodman and his orchestra) … 10月29日と同じ。
ベニー・グッドマン・トリオ(Benny Goodman Trio) … 6月29日と同じ。

ライディン・ハイ

コール・ポーター作でクリス・コナーのヴォーカルなどが知られる。BGとハリー・ジェイムスがバトルのような激烈なソロを取る。

タイム・オン・マイ・ハンズ

ヴィンセント・ユーマンスが1930年にミュージカル「スマイルス」のために書いた美しい主題歌で、その年の最大のヒット曲になったという。B・Gは後の1941年にエディー・ソーターの編曲でオーケストラによるレコーディングをしているが、このトリオによる録音はこれのみである。B・Gのバンドには、このような静かな雰囲気が多いのが一つの特色であったともいう。B・Gの美しいソロに加えてウィルソンのピアノも素晴らしい。

アット・ザ・ダークタウン・ストラッターズ・ボール

スパッド・マーフィーによるこの編曲は正式なレコーディングはされなかったにもかかわらず、非常にポピュラーになり、ダンス・バンドやスクール・バンドがこぞって真似をしたといわれる。後年メル・パウエルのアレンジによるものが42年にレコーディングされたが、全く別物になっているという。
エルマンとB・Gのソロ、グリフィン、B・G、ロリーニの3人によるデキシー風のパッセージは見事の一言に尽きる。

サムディ・スウィートハート

ジェリー・ロール・モートンの作った古いスタンダード・ナンバー。B・Gはトリオで正式録音をしており、オーケストラでの録音は他にはない。バラードとブラウンの2本のトロンボーンがテーマを奏し、サックス・セクションの16小節に渡るスイングするフレージングが素晴らしいと解説氏。続いてハリーのTp、B・Gのソロ、全合奏がクルーパのドラミングによって盛り上がり幕を閉じる。

<Date&Place> … 1937年11月12日 ニューヨークにて録音

<Personnel> … ベニー・グッドマン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Benny Goodman and his orchestra)

10月22日と同じ。

<Contents> … 「コンプリート・ベニー・グッドマン」(BMG BVCJ-7030)

CD7-14.君は奪いぬわが心をYou took the words right out of my heart
CD7-15.ザット・ムーン・イズ・ヒア・アゲインMama , that moon is here again
CD7-16.ロック・ロモンドLoch Lomond
CD7-17.キャメル・ホップCamel hop
CD7-18.真実の告白True confession
CD7-19.ライフかパーティーへ(テイク2)Life goes to a party (take2)
CD7-14.[君は奪いぬわが心を]
パラマウント映画「百万ドル大放送」の主題歌という。ともにティルトンのヴォーカル入り。
CD7-15.[ザット・ムーン・イズ・ヒア・アゲイン]
この曲もパラマウント映画「百万ドル大放送」の主題歌という。主題歌が2曲あるというのは変な感じもするが、野口久光氏はそう書いている。ティルトンのヴォーカル入り。
CD7-16.[ロック・ロモンド]
この曲を歌ってニュー・スターとなったマキシン・サリヴァンの出世作。元はスコットランドの民謡だというが、確かにそのようなメロディー・ラインである。アレンジはクロウド・ソーンヒル。
CD7-17.[キャメル・ホップ]
前回取り上げた「ロール・エム」同様メリー・ルー・ウィリアムスの作。なかなかの好演で、各人のソロ(Tp⇒Cl⇒Ts)も好調だ。
CD7-18.[真実の告白]
ティルトンのヴォーカル入り。”unissued”とあるので、SP盤では出ていなかったのだろうが、なかなかいい出来ではないかと思う。
CD7-19.[ライフがパーティーへ]
BG楽団の写真と記事が”Life”誌の”Life goes to a party”というレギュラー連載コラムに取り上げられたことを記念してBGとハリー・ジェイムスが合作したもので、アレンジはジェイムスのスインギーなナンバー。

<Date&Place> … 1937年11月16〜30日 ニューヨークにて

<Contents> … 「ザ・キング・オブ・スイング」(CBS 36AP 1416-7)

Record1 A-8.ナガサキNagasaki11月16日QuartetCBS「キャメル・キャラヴァン」番組放送
Record2 B-3.スターダストStardust11月19日OrchestraCBS「キャメル・キャラヴァン」番組放送
Record1 B-1.シュガー・フット・ストンプSugar foot stomp11月21日OrchestraCBS「キャメル・キャラヴァン」番組放送
Record1 A-3.うまくやれよNice work if you can get it11月23日TrioCBS「キャメル・キャラヴァン」番組放送
Record2 B-1.クラリネット・マーマレイドClarinet marmalade11月23日TrioCBS「キャメル・キャラヴァン」番組放送
Record1 A-9.セントルイス・ブルースSt.Louis blues11月30日OrchestraCBS「キャメル・キャラヴァン」番組放送
Record1 B-2.ムーングロウMoonglow11月30日QuartetCBS「キャメル・キャラヴァン」番組放送

<Personnel>

ベニー・グッドマン・カルテット(Benny Goodman Quartet) … 10月29日と同じ。
ベニー・グッドマン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Benny Goodman and his orchestra) … 11月12日と同じ。
ベニー・グッドマン・トリオ(Benny Goodman Trio) … 6月29日と同じ。

ナガサキ

ハリー・ウォーレンとモルト・ディクスンのコンビが1928年『マダム・バタフライ』にヒントを得て作った曲という。速いテンポで演奏される。
このカルテットは曲の取り扱いにも工夫を凝らしテンポを落としたコーダのプレイなど素晴らしいアイディアが凝縮されている。

スターダスト

ホーギー・カーマイケルの不朽の名作で実に様々な録音が行われているが、このフレッチャー・ヘンダーソンのような軽快なアレンジは珍しい。従ってこのようなスタイルには好き嫌いがあるだろうと解説氏はライナーに書いているが、ということは嫌いなのだろうと思う。
その解説氏によると第1と第3コーラスのバックのステイシーのピアノ・ソロ、最後のギター・ソロは注目に値する。B・Gは36年4月にレコーディングを行っているが、トミー・ドーシー楽団の同曲とカップリングでSP盤で発売されるという大変珍しいことであったという。

シュガー・フット・ストンプ

9月6日にスタジオ録音したナンバー。フレッチャー・ヘンダーソン自身1925年自己の楽団で吹きこんでいるが、37年9月にグッドマン楽団のために再アレンジを行いレコーディングしたものが大ヒットしたという。確かに見事なアレンジで今聴いても古臭さなど微塵もない。
ライナー・ノーツではキング・オリヴァーが1913年頃に作ったといわれる「ディッパ―マウス・ブルース」がその後改名されてこの題名になったというジャズの古典としているが、作られた年については疑問がある。 キング・オリヴァー自身の演奏は、初レコーディング・セッション2日目である1923年4月6日のものと6月23日のもの2種類残っているる。その時の題名はもちろん「ディッパ―マウス・ブルース」。ハリーはオリヴァーを手本にして吹いているが、それはこの曲を吹くトランぺッターに共通のことだったという。そう言われればそんな気もする。
さて、作られた年についてだが、本アルバムでもまたオリヴァーのCDでもオリヴァーとルイ・アームストロングの共作となっている。もしこの曲が1913年頃の作とすれば、オリヴァーは28歳でフレディ・ケパードの後釜としてオリンピアブラス・バンドに迎えられた翌年なので可能性はあるが、ルイはまだ13歳、ピストル事件を起こして感化院に入れられた年である。13年ではなく23年の誤りではないだろうか?

うまくやれよ
ジョージ・ガーシュインのあまり知られていない佳曲という。BGは当時のポップ曲をあまり取り上げなかったが佳い曲と思うと敢然と取り上げたという。

<Personnel> … ベニー・グッドマン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Benny Goodman and his orchestra)

トロンボーンはレッド・バラードとウィル・ブラッドレイ、テナーはロリーニとムッソである。
クラリネット・マーマレイド
O.J.D.B.(オリジナル・ディキシーランド・ジャズ・バンド)のクラリネット奏者ラリー・シールズがピアニストのヘンリー・ラガスと共作した古いナンバーで、小編成で奏されてきた。それを編曲者のジミー・マンディはディキシーのコレクティヴ・インプロヴィゼイションの要素をフル・バンドで見事に取り入れることに成功している。この曲も非常に人気のあったナンバーというがなぜか正式なレコーディングはなされていない。
B・G他に短いジェイムスのソロがあるが解説氏は「身の毛のよだつようだ」(?)としている。

セントルイス・ブルース

超有名な曲でこの2枚のLPの中でも白眉の出来という。この曲はもともとフレッチャー・ヘンダーソンのアレンジで36年8月21日に吹き込んでいる。
先ずBGがソロを取りアンサンブル演奏2コーラスの後ツギ―・エルマンが新鮮なアイディアで素晴らしいソロを披露する。これでバンドも聴衆もエキサイトしたので、演奏が終わりに近づいたにもかかわらずBGはすかさずバンドに演奏を続けるように合図を送った。そしてハリー・ジェイムスがすっと立ち上がってTpソロを吹き始めると、呼応してクルーパがロック・ビートのような2ビートをガッチリと送る、続いてジェス・ステイシーのPが2コーラス、そしてバンドの日の出るようなリフの連続で幕となる。フル・バンドでこのようなスポティニアスな長演奏が生まれるというのは、全くスイング時代ならではの嬉しい奇跡だとライナーの解説者は記している。

ムーングロウ

1934年ウィル・ハドソンが書いた曲で36年8月に1度録音している。大変美しい旋律を持つ曲で大ヒットしたという。BGも丁寧に吹いており、コンボも実にメロディアスに演奏しており、音楽性の高い名演と思う。

<Date&Place> … 1937年12月2、3日 ニューヨークにて録音

<Personnel> … ベニー・グッドマン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Benny Goodman and his orchestra)

11月30日から変更なし。

<Contents> … 「コンプリート・ベニー・グッドマン」(BMG BVCJ-7030)

CD7-20.張り切りおやじ(テイク1)I'm a ding dong daddy(take1)12月2日
CD7-21.張り切りおやじ(テイク2)I'm a ding dong daddy(take2)12月2日
CD8-1.イッツ・ワンダフルIt's wonderful12月2日
CD8-2.サンクス・フォー・ザ・メモリーThanks for the memory12月2日
CD8-3.ライフがパーティーへ(テイク3)Life goes to a party (take3)12月2日
CD8-4.夢がかなったらIf dreams come true12月3日
CD8-5.アイム・ライク・ア・フィッシュ・アウト・オブ・ウォーターI'm like a fish out of water12月3日
CD8-6.スイート・ストレンジャーSweet stranger12月3日
CD7-20、21.[張り切りおやじ]
この日の録音は、カルテット演奏から行われた。オーケストラと同日に録音を行うのは1936年の8月以来のことである。曲は1930年にフィル・バクスターが書いたノヴェルティー曲という。ルイ・アームストロングも録音している。カルテットとしてかなり速いテンポの曲。テイク1、2共にSP盤で出ていたという。
CD8-1.[イッツ・ワンダフル]
ジャズ・ヴァイオリンの名手スタッフ・スミスの作。オーケストラのナンバーでティルトンの歌入り。
CD8-2.[サンクス・フォー・ザ・メモリー]
パラマウント映画「百万ドル大放送」の中で、ボブ・ホープが歌い、その年のアカデミー賞主題歌賞を取った曲という。僕はミルドレッド・ベイリーの歌ったものが好きだなぁ。ティルトンはまだ少し硬い感じがする。
CD8-3.[ライフがパーティーへ]
11月12日録音の別テイク。どちらも甲乙つけがたい好演。
CD8-4.[夢がかなったら]
エドガー・サンプソンの作・編曲。
CD8-5.[アイム・ライク・ア・フィッシュ・アウト・オブ・ウォーター]
映画「聖林ホテル」で主演のディック・パウエルが歌っていたナンバー。オクラになっていたナンバーという。
CD8-6.[スイート・ストレンジャー]
映画「聖林ホテル」で主演のディック・パウエルが歌っていたナンバー。CD8-5.と共にオクラになっていたもの。

<Date&Place> … 1937年12月7日〜14日 ニューヨークにて

<Contents> … 「ザ・キング・オブ・スイング」(CBS 36AP 1416-7)

Record2 A-2.ジョーンズ嬢に会ったかいHave you met Miss Jones12月7日TrioCBS「キャメル・キャラヴァン」番組
Record2 B-7.キラー・ディラーKiller diller12月7日QuartetCBS「キャメル・キャラヴァン」番組
Record2 B-6.ジョセフィーヌJosephine12月14日OrchestraCBS「キャメル・キャラヴァン」番組
Record2 A-8.マイ・ギャル・サルMy gal Sal12月14日QuartetCBS「キャメル・キャラヴァン」番組

<Personnel>

ベニー・グッドマン・カルテット(Benny Goodman Quartet) … 11月30日と同じ。
ベニー・グッドマン・アンド・ヒズ・オーケストラ(Benny Goodman and his orchestra) … 11月12日と同じ。
Tenor sax … ヴィド・ムッソ ⇒ ベイブ・ラッシン(Babe Russin)
ベニー・グッドマン・トリオ(Benny Goodman Trio) … 11月23日と同じ。

ジョーンズ嬢に会ったかい

現在でもよく取り上げられるスタンダード・ナンバー。37年いロジャースとハートのコンビがミュージカル「I'd rather be right」に書いた曲で、B・Gは大変気に入っていて、早速取り上げて演奏したということだろう。その割にこのあと一度もレコーディングされていないので唯一の録音となる。ウィルソンの半コーラスのソロも素晴らしい。

キラー・ディラー

もともとタイトルのない放送用の曲であったようだが、B・Gとジミー・マンディの共作として後になってタイトルが付けられたものらしい。そのタイトルの「キラー・ディラー」とは、当時のB・Gのフル・オーケストラのホットなスイング・スタイルを云ったもので、ジタ―・バッグとともに当時流行したものという。その様なイージー・ゴーイング感あふれるタイトルではあるが、このカルテット演奏には相当アレンジメント跡が見られるという。

ジョセフィーヌ

元は1936年ガス・カーン作詞ウェイン・キング、バーク・ビヴェンス作曲のポップ・ナンバーだが、B・Gは唄抜きの純粋インスツルメンタルのナンバーとして、ジミー・マンディのアレンジのスイング・ナンバーに仕立て直した。流行歌をこのように扱うことはB・Gの得意とするところであったがここでも見事に成功している。
正式レコーディングは行われなかった曲ではあるが、ハリー・ジェイムスが立ち上がってソロを取る前に湧き起る拍手を聴けば、聴衆のエキサイト度合いがよく分かるという。

マイ・ギャル・サル

1905年にポール・ドレッサーが書いたこの曲はカルテットの十八番の一つになった。しかしこの曲は一度も正式な録音をされず、残っているエア・チェックのこの録音のみという。

<Date&Place> … 1937年12月21、29日 ニューヨークにて録音

<Personnel> … ベニー・グッドマン・カルテット(Benny Goodman Quartet)

1937年10月29日と同じメンバー

<Contents> … 「コンプリート・ベニー・グッドマン」(BMG BVCJ-7030)

CD8-7.素敵なあなた(パート1)Bei mir bist du schon (part1)12月21日
CD8-8.素敵なあなた(パート2)Bei mir bist du schon (part2)12月29日
CD8-7、8.[素敵なあなた]
2日に分けて録音が行われた。この曲はドイツ語っぽいタイトルが付いているが、ユダヤ人の作詞、作曲家の手によるミュージカルの中の1曲で、ヘブライ民族色の漂う曲であり、全BGの作品の中でもかなり異色の作品と言える。どちらもティルトンの歌入り。12月21日4人のスターとティルトンで1曲しか録音できなかったという書き方をモート氏はしている。そして8日後にTpのジギー・エルマンが呼ばれ録音に加わった。これが大正解でユダヤ人のエルマンは、明るさの中にも憂いのある印象的なプレイはいつまでも消えることのない特別な味わいをこの曲に与えた。先にアンドリュー・シスターズのレコードが出てヒットしていたが、SP盤両面にテイク1,2を収録したBGのレコードもヒットした。

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