ライオネル・ハンプトン 1937年

Lionel Hampton 1937

この年ライオネル・ハンプトンのレコーディングは、ベニー・グッドマンのカルテットで口火を切る。しかしその5日後の2月8日からは、自身がリーダーを務めるセッション・シリーズがスタートする。テディ・ウィルソンと同様ベニー・グッドマンと共演したことで知名度が格段に上がったことが大きな要因であろう。勿論両者とも才能豊かなミュージシャンであるが、世に出るきっかけというのは必要だと思わざるを得ない。

<Date&Place> … 1937年2月3日 ニューヨークにて録音

<Personnel> … ベニー・グッドマン・カルテット(Benny Goodman Quartet)

Clarinet & Band Leaderベニー・グッドマンBenny Goodman
Vibraphoneライオネル・ハンプトンLionel Hampton
Pianoテディ・ウィルソンTeddy Wilson
Drumsジーン・クルーパGene Krupa

1936年12月2日と同じメンバー。この年最初のカルテットでの録音。

<Contents> …「コンプリート・ベニー・グッドマン」(BMG BVCJ-7030)

CD6-2.美わしのアイダIda , sweet as apple cider
CD6-3.二人でお茶をTea for two
CD6-4.ランニン・ワイルドRunnin' wild
CD6-2.[美わしのアイダ]
20世紀初頭のポピュラー・ソングで、リラックスしたミディアム・スロウの演奏の中ハンプトンのソロの時だけテンポを速め変化をつけている。SP盤としてはぎりぎりの3分43秒と長尺の演奏である。
CD6-3.[二人でお茶を]
現代でもよく奏されるスタンダード・ナンバー。リラックス感あふれる素晴らしい演奏である。
CD6-4.[ランニン・ワイルド]
ジーン・クルーパは、BGのために行ったスタジオ録音の中では自分のベストであると述べている作品。確かに素晴らしいブラシ・ワークである。

テディ・ウィルソンのブランズウィック・セッションと並び称せられるスイング時代の花形セッション、ライオネル・ハンプトンの「オール・スター・セッション」は1937年2月8日から録音が開始された。ハンプトンは、1930、31年にルイ・アームストロングと共演歴はあるものの全米中に名前を知られているという状況ではなく、地元西海岸で活動しているローカル・ミュージシャンであった。そのハンプトンがベニー・グッドマンと出会ったのは、1936年の夏のことであった。BG側の記載としてBG達が西海岸に公演に行った時、偶然ハンプトンを見出し、カルテットのメンバーとしてBGの公演やレコーディングに同伴するようになる。しかしこれは本当だろうか?勉強熱心なBGのことである、ルイのレコードなどを聴きヴァイブラフォンを演奏するハンプトンのことは知っていたのではないかと思う。しかし面識はなかったので、西海岸に公演に赴いた時に聴きに行き、気に入ったのであろう。
それはともかくBGがハンプトンと出会い共演を行うようになったのは、1936年の夏のことである。それからまだ半年しか経っていないのである。そんなハンプトンを主役にしたセッション・シリーズをレコード化するというのはいかにも異例のことと思われる。一体どのようにしてこのセッション・シリーズが始まることになったのだろうか?
この連作セッション音源の集大成『RCAジャズ栄光の遺産シリーズ 第16巻/ライオネル・ハンプトン/オール・スター・セッション」(RCA RA-90〜95)の解説によれば、1937年初頭のある日、RCAヴィクターのレコーディング・ディレクター、イーライ・オーバーステイン(Eli Oberstein)から、「いつでも気が向いた時にレコーディングしてくれないか。色々違ったタイプのミュージシャンを自由に組んで、君がニューヨークにいる時ならいつでもスタジオを都合するよ」という夢のような申し入れを受けたというのである。グッドマン・コンボの先輩メンバーで同僚のテディ・ウィルソンは、これより先ブランズウィックからオールスター的メンバーによるシリーズ・レコーディングを既に開始しており、ジャズ・ファンの注目を集めていた。オーバーステインは、コロンビア系ブランズウィックで成功しているテディ・ウィルソンの連作しリーに対抗する意図だったのであろう。BGカルテットの同僚ハンプトンのライヴァル意識を駆り立てようという魂胆だったのだろう。ともかくリーダー吹込みをしたことのないハンプトンにとっては実に嬉しい話であった。
こうして第1回セッションが行われることになったのである。
第1回はグッドマンのバンドのメンバー9名を誘い合わせて実施された。グッドマン・バンドの直近前の録音は、1月14日新トランぺッターとしてハリー・ジェイムスを迎えて行われていたがそれにはハンプトンは参加していない。そして2月3日にはハンプトンも加わったカルテットによる録音は2月3日に行われている。
その5日後にBGバンドのメンバー9名を起用してのセッション、BGはどう思ったのだろうか?きっと面白くないと思ったから、それが側近的なモート・グッド氏に伝わったからこのセッションを無視するような記述になったのであろう。
音源は「RCAジャズ栄光の遺産シリーズ第16巻 ライオネル・ハンプトン/オール・スター・セッション」(RCA RA-90〜95レコード)で、このボックスはハンプトンのオールスター・セッションの全曲を初めて集大成した画期的なボックスだという。

<Date&Place> … 1937年2月8日 ニューヨークにて録音

<Personnel> … ライオネル・ハンプトンと彼のオーケストラ(Lionel Hampton and his orchestra)

Band leader , Vibraphone , Drums & Vocalライオネル・ハンプトンLionel Hamton
Trumpetジギー・エルマンZiggy Elman
Alto saxハイミー・シャーツァーHymie Schertzerジョージ・ケーニヒGeorge Koenig
Tenor saxアート・ロリーニArt Rolliniヴィド・ムッソVido Musso
Pianoジェス・ステイシーJess Stacy
Guitarアラン・リュースAllan Reuss
Bassハリー・グッドマンHarry Goodman
Drumsジーン・クルーパGene Krupa

<Contents> … 「RCAジャズ栄光の遺産シリーズ第16巻 ライオネル・ハンプトン/オール・スター・セッション」(RCA RA-90〜95)

record1 A-1.マイ・ラスト・アフェアMy last affair
record1 A-2.ジャイヴィン・ザ・ヴァイブスJivin' the vibes
record1 A-3.ザ・ムード・ザット・アイム・インThe mood that I'm in
record1 A-4.ストンプStomp

レコード解説に拠れば、このセッションの話がヴィクターからハンプトンに寄せられたのは、1937年の初頭だというからほぼ1か月で実現までこぎつけたことになる。そういったこともあってかメンバーは全て当時のベニー・グッドマンのバンド・メンバーで占められている。このことから絶対にBGにもこのレコーディングの話は通っているはずである。この直前のBGオーケストラの録音は1月14日で、その時のトランペット・セクションは、ハリー・ジェイムス、ジギー・エルマン、クリス・グリフィンであった。そこからエルマンだけが参加していることになる。
record1 A-1.[マイ・ラスト・アフェア]
元はポピュラー歌曲だという。ミディアム・テンポで、アンサンブルとハンプトンのヴァイブが絡む第1コーラス、続いてハンプトンのヴォーカル、ピアノがブリッジして再びアンサンブルとヴァイブの合奏となる。肩慣らし的な堅さが感じられると野口氏は書いている。アンサンブルの響きがさすがにBGっぽい。
record1 A-2.[ジャイヴィン・ザ・ヴァイブス]
ハンプトンのオリジナルでヴォーカルは無し。やや速めのテンポでハンプトン、エルマン、ムッソとソロが続く。
record1 A-3.[ザ・ムード・ザット・アイム・イン]
甘いポピュラー・ソングでハンプトンのヴァイブとヴォーカルが大きくフューチャーされている。
record1 A-4.[ストンプ]
これもハンプトンのオリジナル。32小節形式のリフ・ナンバー。ここではハンプトンはドラムを叩いている。速いテンポで、ドラムのイントロからエルマンのリードする合奏に入り、ロリーニ、ステイシーがフル・コーラスのソロを取り、さらにロリーニ、ハリー・グッドマン、リュース、ハンプトンが半コーラスのソロを取り合奏に入る。弟ベニーのバンドでフューチャーされたことのないハリーのソロは大変珍しい。ハンプトンのドラムはバッキング、ソロともに素晴らしい。リム・ショットらしき音がするがこの時代からあったのだろうか?

<Date&Place> … 1937年4月14日 ニューヨークにて録音

<Personnel> … ライオネル・ハンプトンと彼のオーケストラ(Lionel Hampton and his orchestra)

Band leader , Vibraphone & Vocalライオネル・ハンプトンLionel Hamton
Trumpetクーティー・ウィリアムスCootie Williams
Tromboneローレンス・ブラウンLawrence Brown
Clarinetメズ・メズロウMezz Mezzrow
Alto saxジョニー・ホッジスJohnny hodges
Pianoジェス・ステイシーJess Stacy
Guitarアラン・リュースAllan Reuss
Bassジョン・カービーJohn Kirby
Drumsコージー・コールCozy Cole
初吹込みから2か月後の2回目の吹込みは、俄然豪華なメンバーとなる。これはある程度1回目のレコードが売れヴィクターが手応えを掴んだということなのだろう。
エリントン楽団から3名、BG楽団から2名、ヘンダーソン楽団からラッキー・ミリンダーに移り直後自楽団を率いるジョン・カービー、これもヘンダーソン楽団にいたコージー・コール、そしてシカゴ・スタイルの中心人物メズ・メズロウというメンバーで、白黒混成九重奏団である。しかし何故かメズロウにはソロ・スペースが与えられていない。

<Contents> … 「RCAジャズ栄光の遺産シリーズ第16巻 ライオネル・ハンプトン/オール・スター・セッション」(RCA RA-90〜95)

record1-A面5バズィン・ラウンド・ウィズ・ザ・ビーBuzzin' round with the bee
record1-A面6ウォー・ベイブWhoa babe
record1-A面7ストンポロジーStompology
record1 A-5.[バズィン・ラウンド・ウィズ・ザ・ビー]
蜂がブンブンという感じのヴァイブ・イントロからそのままハンプトンがリードする合奏、続いてステイシーとホッジスの絡み、クーティーのグロウル・スタイルのTpの間に短いハンプトンのヴォーカルを挟み、再びホッジス、ブラウン、ハンプトンとホットなソロをリレーして合奏に戻している。野口久光氏は、RCAのハンプトンの最初の快作と評している。
record1 A-6.[ウォー・ベイブ]
ラリー・クリントンがリフを素に書いたミディアム・ナンバー。合奏コーラスのサビはステイシー、次いでハンプトンのヴォーカル、そしてホッジスとブラウンがコーラスを分け合い、ヴァイブを絡ませたアンサンブルで締め括っている。
record1 A-7.[ストンポロジー]
ハンプトンのオリジナル。これも32小節形式。ホッジス、ブラウン、クーティーというエリントニアンが取る1コーラスずつのソロが聴きものだが、その後のハンプのソロも負けてはいない。最後は合奏リフで盛り上げるバックにハンプトンのソロで盛り上げて締め括る。

<Date&Place> … 1937年4月26日 ニューヨークにて録音

<Personnel> … ライオネル・ハンプトンと彼のオーケストラ(Lionel Hampton and his orchestra)

Band leader , Vibraphone , Drums , Piano & Vocalライオネル・ハンプトンLionel Hamton
Clarinetバスター・ベイリーBuster Bailey
Alto saxジョニー・ホッジスJohnny hodges
Pianoジェス・ステイシーJess Stacy
Guitarアラン・リュースAllan Reuss
Bassジョン・カービーJohn Kirby
Drumsコージー・コールCozy Cole
第3回録音は、前回から約2週間後にエリントニアン2人とメズロウが抜け、クラリネットにバスター・ベイリーが入りセプテットで行われる。

<Contents> … 「RCAジャズ栄光の遺産シリーズ第16巻 ライオネル・ハンプトン/オール・スター・セッション」(RCA RA-90〜95)

record1-B面1明るい表通りでOn the sunny side of the street
record1-B面2リズム・リズムRhythm , rhythm
record1-B面3チャイナ・ストンプChina stomp
record1-A面4あなたはご存じねI know that you know
record1 B-1.[明るい表通りで]
ジミー・マクヒュー作のスタンダード・ナンバー。しかし実際の作曲者はファッツ・ウォーラーでマクヒューに権利を売ったもの。名人ホッジスを大きくフューチャーしたこのRCAセッション中屈指の傑作。先ずホッジスが第1コーラスをアルトで歌い、ハンプのヴォーカルとなる。ホッジスは引き続きステイシーとバックに絡み、ギターのブリッジからハンプトンのヴァイブとなり、後半ホッジスがまた加わる。ホッジスはこの吹込み以来エリントン楽団でも彼のソロ・ナンバーとして度々演奏するようになった。全オール・スター・セッション中屈指の名演。
record1 B-2.[リズム・リズム]
こういうタイトルになっているが、実はガーシュイン作の「アイ・ガット・リズム」である。ソロはホッジスが先発しフル・コーラスを取る。次にステイシー、リュースがコーラスを分け、ベイリーが1コーラス、そしてハンプトンのヴァイブ、合奏となる。ホッジス、ベイリーが圧巻である。
record1 B-3.[チャイナ・ストンプ]
これも本来のタイトルは「チャイナタウン・マイ・チャイナタウン」である。多くのジャズ・マンに好まれてきたというジェローム・シュワルツの合作曲。ハンプトンはピアノをステイシーと連弾で弾いている。ハンプトンのピアノは、2本指を使ったヴァイブ方式でものすごいテクニックを見せる、とても指二本で弾いているとは思えないほどだ。ホッジス、ベイリーはお休みで最後にちょっとだけ現れる。 record1 B-4.[あなたはご存じね]
ミュージカル『おゝプリーズ』のためにヴィンセント・ユーマンスが作曲したナンバー。BGはクインテット、オーケストラでも録音している。ハンプトンはここではドラマーとして登場する。ホッジスが珍しくまともにメロディーを吹き、ベイリーが絡む第1コーラスの後、ホッジス、ベイリーのソロがよく歌う。後半はハンプトンのドラム・ショウとなる。

<Date&Place> … 1937年7月30日、8月2日 ハリウッドにて録音

<Personnel> … ベニー・グッドマン・カルテット(Benny Goodman Quartet)

1937年2月3日と同じメンバー

<Contents>

CD6-16.アヴァロン(テイク1)Avalon(take1)7月30日
CD6-17.アヴァロン(テイク2)Avalon(take2)7月30日
CD6-18.ハンドフル・オブ・キーズ(テイク1)Handful of keys(take1)7月30日
CD6-19.ハンドフル・オブ・キーズ(テイク2)Handful of keys(take2)7月30日
CD6-20.私の彼氏The man I love7月30日
CD6-21.スマイルズSmiles8月2日
CD7-1.ライザLiza8月2日
CD6-16、17.[アヴァロン]
カルテットの十八番となった曲で、テイク1は未発表だったもの。
CD6-18、19.[ハンドフル・オブ・キーズ]
ファッツ・ウォーラーの作。アップ・テンポで演奏される。
CD6-20.[私の彼氏]
ガーシュインの作で現在もよく歌われ、演奏されるスタンダード・ナンバー。全員しっとりしたソロを取っている。メランコリーなナンバーである。
CD6-21.[スマイルズ]
第1次大戦頃のアメリカのヒット曲だという。
CD7-1.[ライザ]
ガーシュインの作で現在もよく歌われ、演奏されるスタンダード・ナンバー。

1937年8月から新しい歌手が加わることになる。マーサ・ティルトンである。彼女は、マイヤー・アレクサンダー合唱団の一員として8月第2週と3週に<キャメル・キャラヴァン>の放送に参加した。BGはグループの一員としてしか聞いたことがなかったが、彼女の声が気に入ってオーディションを受けないかと誘い、大いに満足して彼女と契約した。左は1937年BGバンドで歌うティルトン。

<Date&Place> … 1937年8月16日 ハリウッドにて録音

<Personnel> … ライオネル・ハンプトンと彼のオーケストラ(Lionel Hampton and his orchestra)

Band leader , Vibraphone , Drums , Piano & Vocalライオネル・ハンプトンLionel Hamton
Trumpetジョナ・ジョーンズJonah Jones
Clarinetエディ・ベアフィールドEddie Barefield
Pianoクライド・ハートClyde Hart
Guitarボビー・ベネットBobby Bennett
Bassマック・ウォーカーMack Walker
Drumsコージー・コールCozy Cole

<Contents> … 「RCAジャズ栄光の遺産シリーズ第16巻 ライオネル・ハンプトン/オール・スター・セッション」(RCA RA-90〜95)

record1-B面5コンフェッシンConfessin'
record1-B面6ドラム・ストンプDrum stomp
record1-B面7ピアノ・ストンプPiano stomp
record1-B面8アイ・サレンダー・ディアI surrender , Dear
この回はハリウッドでの録音となった。7月初めからハリウッドに出たBGに帯同したハンプトンが現地ハリウッドで録音したのだと思われる。因みにBGは7月6日から9月6日までハリウッドで録音を残している。場所がハリウッドということでメンバーはかなり変わることとなった。
Tpのジョナ・ジョーンズ、Pのハートは当時スタッフ・スミス(Vi)のバンドに、Clのベアフィールドは後にヘンダーソン楽団に加入するが、この当時はハリウッドのクラブで自己のトリオを率いていた。
record1 B-5.[コンフェッシン]
1930年に作られたポピュラー・ソングだが、ハンプトンは以前ルイ・アームストロングの吹込みに加わって演奏したことがある。ここではハンプトンのヴァイブとヴォーカルの後、ジョーンズ(tp)のソロが入る。シャッフル・ビートで盛り上げるコールのDsは古風な良さを感じる。
record1 B-6.[ドラム・ストンプ]
バンド・リーダーのロジャー・ウルフ・カーンとジョゼフ・マイヤーが1938年に作曲したダンス・バンドに人気があった曲だという。ここはハンプトンのショウ・ケースだがハート(P)とベアフィールド(Cl)、ジョーンズ(Tp)のソロが光る。
record1 B-7.[ピアノ・ストンプ]
このようなタイトルになっているが原曲は「シャイン(Shine)」。しかしこの「シャイン」というのも誤りで、正確には”S-H-I-N-E”というのが正しいとは野口久光氏。では何と読んだらよいのだろう?
1924年作という古い曲だが、ミルス・ブラザーズ、エラ・フィッツジェラルドによって30年代でもヒットした。ここではピアニスト、ハンプトンが登場する。ヴァイブのマレットに代わって2本指奏法の妙技が披露される。ハート(P)も加わり、後半はブラス、ホーンも加わり火の吹くような熱演となる。
record1 B-8.[アイ・サレンダー・ディア]
ビング・クロスビーが1924年に歌ってヒットした曲。ジョナのミュートTp(サビはベアフィールド)からハンプトンのヴァイブ、そして倍テンポで全員合奏となり、スロウに戻して終わる。

<Date&Place> … 1937年9月5日 ハリウッドにて録音

<Personnel> … ライオネル・ハンプトンと彼のオーケストラ(Lionel Hampton and his orchestra)

Band leader , Vibraphone , Drums & Vocalライオネル・ハンプトンLionel Hamton
Trumpetジギー・エルマンZiggy Elman
Clarinet & Tenor saxヴィド・ムッソVido Musso
Tenor saxアート・ロリーニArt Rollini
Pianoジェス・ステイシーJess Stacy
Guitarアラン・リュースAllan Reuss
Bassジョニー・ミラーJohnny Miller
Drumsコージー・コールCozy Cole
前セッション同様ハリウッドでの録音。BGは翌日9月6日に同じくハリウッドで録音を行っている。その関係でBGバンドのメンバーが多いのは当然と言える。まずテナーのムッソがクラリネットを吹いているのが珍しい。ベースのジョニー・ミラーは拙HP初登場であるが、後にナット・キング・コールのトリオで名が知られるようになった人物。

<Contents> … 「RCAジャズ栄光の遺産シリーズ第16巻 ライオネル・ハンプトン/オール・スター・セッション」(RCA RA-90〜95)

record2-A面1ぼくのお目当て テイク1I'm object of my affection take1
record2-A面2ぼくのお目当て テイク2I'm object of my affection take2
record2-A面3ジュディJudy
record2-A面4家へ帰らないかBaby , won't you please come home
record2-A面5エヴリバディ・ラヴズ・マイ・ベイビーEverybody loves my baby
record2-A面6君去りし後After you've gone
record2-A面7アイ・ジャスト・クドント・テイク・イット・ベイビーI just couldn't take it baby
record2 A-1、2.[ぼくのお目当て]
SP盤で当時発売されたのはテイク2の方だが、演奏パターンも同じで甲乙つけがたい。ハンプトンのレイジーなヴォーカルの前後にロリーニ(Ts)、エルマン(Tp)のソロを配している。ヴォーカルのバックのClはムッソで、ラスト・コーラス前にステイシーとリュースの短いソロが入る。
record2 A-3.[ジュディ]
ホーギー・カーマイケルが1934年に合作したカントリー調の曲で、”ジュディ・ガーランド”という芸名はこの曲からつけられたという。ヴァイブのリードする合奏からギターのブリッジを経てハンプトンのヴォーカルとなり、ステイシーとムッソがバックに絡む。後半エルマンのミュートTpとヴァイブとの合奏で終わる。
record2 A-4.[家へ帰らないか]
クラレンス・ウィリアムスが1919年に書いた小唄で、ジャズ・バンドに好まれディキシー・ナンバーとしてよく愛奏されているという。快適なミディアム・テンポでTsとアンサンブル・コーラスからハンプトンの粋なヴォーカルとなり、その後エルマンとハンプトン(Vib)ソロ、そして合奏で終わる。後半シャッフル・ビートを強調するコールのドラミングが印象的だという。
record2 A-5.[エヴリバディ・ラヴズ・マイ・ベイビー]
これもこの時代よく取り上げられたナンバーで、コールのイントロからエルマンのソロとアンサンブル、ヴォーカルの後ドラム・ブレイクを経て再び今度はエルマンのミュート・ソロそしてハンプトンのヴァイブとソロが受け渡される。心なしかこのセッションでのエルマンはのびのびと吹いているような気がする。素晴らしい演奏である。
record2 A-6.[君去りし後]
1918年アル・ジョルソンが歌ってヒットしたナンバーで、スイング時代よく歌われ、演奏されたナンバー。ここではハンプトンがしっとりと曲本来の良さを引き出すヴォーカルを聴かせる。ここでのハンプトンはDsを担当している。ロリーニのTs、ステイシーとソロを取るが、ステイシーのソロは出色のでき。その後テンポ・アップしてエルマンのホットなソロ、ハンプトンのドラムスでクライマックスを作る。
record2 A-7.[アイ・ジャスト・クドント・テイク・イット・ベイビー]
1934年にできた軽いラヴ・ソング。冒頭エルマンのミュート・ソロが聴けるが、ハンプトンのヴォーカルとヴァイブ・ソロを中心にしたナンバー。

<Date&Place> … 1937年10月29日 ニューヨークにて録音

<Personnel> … ベニー・グッドマン・トリオ・アンド・カルテット(Benny Goodman Trio and Quartet)

8月2日と同じ。

<Contents> … 「コンプリート・ベニー・グッドマン」(BMG BVCJ-7030)

CD7-11.いつか何処かでWhere or when
CD7-12.月光のシルエットSilhouetted in the moonlight
CD7-13.ヴィエニ・ヴィエニVieni , Vieni

この日はカルテットとトリオの演奏が録音された。
CD7-11.[いつか何処かで]
野口氏はこの録音ではこのバラッド演奏がベスト・トラックという。BGのClがほのぼのとした雰囲気を醸し出し、ウィルソンのエモーショナルなソロと聴き応えがある作品。
CD7-12.[月光のシルエット]
「聖林ホテル」の主題歌で、映画ではローズマリー・レインが歌っていたナンバーという。ここでは勿論ティルトンが歌っている。BGトリオのナンバーでヴォーカルが入るのは珍しいパターンだと思う。
CD7-13.[ヴィエニ・ヴィエニ]
元はティノ・ロッシが歌ってヒットしたシャンソンだという。カルテットによる演奏。

<Date&Place> … 1937年10月29日 ニューヨークにて録音

<Personnel> … ベニー・グッドマン・トリオ・アンド・カルテット(Benny Goodman Trio and Quartet)

8月2日と同じ。

<Contents>

CD7-11.いつか何処かでWhere or when
CD7-12.月光のシルエットSilhouetted in the moonlight
CD7-13.ヴィエニ・ヴィエニVieni , Vieni

この日はカルテットとトリオの演奏が録音された。 CD7-11.[いつか何処かで]
野口氏はこの録音ではこのバラッド演奏がベスト・トラックという。BGのClがほのぼのとした雰囲気を醸し出し、ウィルソンのエモーショナルなソロと聴き応えがある作品。
CD7-12.[月光のシルエット]
「聖林ホテル」の主題歌で、映画ではローズマリー・レインが歌っていたナンバーという。ここでは勿論ティルトンが歌っている。BGトリオのナンバーでヴォーカルが入るのは珍しいパターンだと思う。
CD7-13.[ヴィエニ・ヴィエニ]
元はティノ・ロッシが歌ってヒットしたシャンソンだという。

<Date&Place> … 1937年12月21、29日 ニューヨークにて録音

<Personnel> … ベニー・グッドマン・カルテット(Benny Goodman Quartet)

1937年10月29日と同じメンバー

<Contents>

CD8-7.素敵なあなた(パート1)Bei mir bist du schon (part1)12月21日
CD8-8.素敵なあなた(パート2)Bei mir bist du schon (part2)12月29日
CD8-7、8.[素敵なあなた]
2日に分けて録音が行われた。この曲はドイツ語っぽいタイトルが付いているが、ユダヤ人の作詞、作曲家の手によるミュージカルの中の1曲で、ヘブライ民族色の漂う曲であり、全BGの作品の中でもかなり異色の作品と言える。どちらもティルトンの歌入り。12月21日4人のスターとティルトンで1曲しか録音できなかったという書き方をモート氏はしている。そして8日後にTpのジギー・エルマンが呼ばれ録音に加わった。これが大正解でユダヤ人のエルマンは、明るさの中にも憂いのある印象的なプレイはいつまでも消えることのない特別な味わいをこの曲に与えた。先にアンドリュー・シスターズのレコードが出てヒットしていたが、SP盤両面にテイク1,2を収録したBGのレコードもヒットした。

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