マイルス・ディヴィス 1945年

Miles Davis 1945

 「ファースト・マイルス」CD・ジャケット

マイルス・ディヴィスは、1944年9月バードとディズのいるニューヨークに着き、ジュリアード音楽院への入学手続きをします。このジュリアードへ通うというのは、親に対する口実で、マイルスはバードを探し回りますが、なかなか見つかりませんでした。しかし2週間以上後にやっとディズと連絡が取れます。そしてついに「ヒートウエイヴ」というクラブでバードと遭遇するのです。「ヒートウエイヴ」や「ミントンズ」では、バードは王様として扱われていました。ミントンズでは、バードにセロニアス・モンクを紹介されます。しかしその頃はまだジュリアードにも通っていました。また、ミントンズにディズとバードが出る時は、席は満員で、席の奪い合いが激しく、ものすごい熱気だったそうです。マイルスは他にも、J.J.ジョンソンやマックス・ローチ、アート・ブレイキーとも親しくなります。
そして1945年。マイルス自身が、「人生の一大転機となった年」と語っているように、マイルスを取り巻く色々なことが動き始めます。たくさんのミュージシャンと出歩き、あちこちのクラブに行くうちに酒とたばこを覚えます。そんなことよりも重要なのは、「5月にハービー・フィールズのバンドで初めてのレコーディングを経験した」と述べていることです。ただしこの5月というのはマイルスの記憶違いで、実際には4月24日のことでしたが。
さては、まずこのマイルス・デイヴィスの初レコーディングを聴いていこう。しかし、もしマイルスがビッグにならなければ、永遠に埋もれてしまったかもしれないレコーディングでもありますが。このレコーディングの主役はブラック・コメディアンのラバーレッグズ・ウィリアムス。CD解説の油井正一氏は、ラバーレッグズが一流のジャズマンを伴奏者として新しいブルース歌唱を試みたものの一つとして理解すべきものと書いています。ラバーレッグズ自身はディジー・ガレスピーの参加を希望したようですが、ディズとバードの推薦によってマイルスが入ることになりました。マイルスに録音の経験をさせ少し稼がせてやろうという先輩の思いやりだと思われます。
ハービー・フィールズ ここでのマイルスはサイドマンであり、それも代役です。19歳の誕生日を1か月後に控えた若いマイルスは、尊敬する先輩フレディ・ウエブスターに連れられてスタジオに現れました。緊張して上がりっぱなしで、マイクが怖くてなるべく遠ざかって吹いたといいます。自身自伝において「消してしまいたい」と書いているくらい恥ずかしい思いを経験したようです。しかしテイクを重ねていくにつれ少しづつ力を発揮していく姿が微笑ましいと油井氏は書いています。
ところで油井氏によるとこの吹込みメンバーは最初からこのように判明していたものではなく、いろいろな議論が重ねられ、フィル・シャープがまとめた下記のメンバーが正確なものと認められたそうです。
実は僕はバンドのリーダー、ハービー・フィールズ(写真右)にいささか興味があります。詳しい経歴はアーティストの項に書きましたが、油井正一氏はCDの解説に「フィールズのプレイは、バップが分からずバップらしきでたらめを吹いている感じで、とてもジャズの未来を担う新人とは思えない」と厳しく批判し、さらに「エスクワイヤー誌ではニュー・スターのウィナーになっているが、バップは分からない。過大された評価と自分の実力に悲観して自殺して果てたのだった。」と身もふたもなく切り捨てています。ここまで厳しい批評は珍しいのではないでしょうか?ちなみにマイルが初レコーディングを経験したこの年にハービーは、エスクワイヤー誌ではニュー・スターのウィナーになっています。
ハービーは亡くなる時には、マイアミでレストランを経営し順調だったといいます。かつて音楽界で鳴らし、人気のレストランのオーナーで経済的にも安定している、そのような男が「バップが分からない」ということで自殺するでしょうか?今更真実を突き止めようもなく、まあ人生は色々なので、そういうこともあるのだろうと割り切らざる得ませんが。

 「ファースト・マイルス」CD・ジャケット

<Date&Place> … 1945年4月24日 ニューヨークにて録音

<Personnel> … ラバーレッグズ・ウィリアムス・ウィズ・ハービー・フィールズ・バンド(Rubberlegs Williams with Herbie Fields' band)

Vocalラバーレッグズ・ウィリアムスRubberlegs Williams
Band leader , Tenor sax & Clarinetハービー・フィールズHerbie Fields
Trumpetマイルス・ディヴィスMiles Davis
Pianoテディ・ブラノンTeddy Brannon
Bassレナード・ガスキンLeonard Gaskin
Drumsエディ・ニコルソンEddie Nicholson

<Contents> … 「マイルス・ディヴィス/ファースト・マイルス」(Savoy SJL1196 COCY-9822)

 「ファースト・マイルス」CD
CD-9.ザッツ・ザ・スタッフ・ユー・ゴッタ・ウォッチThat's the stuff you gotta watch (alternate take)
CD-10.ザッツ・ザ・スタッフ・ユー・ゴッタ・ウォッチThat's the stuff you gotta watch (alternate take2)
CD-11.ザッツ・ザ・スタッフ・ユー・ゴッタ・ウォッチThat's the stuff you gotta watch (master take3)
CD-12.ポイントレス・ママ・ブルースPointless mama blues
CD-13.ディープ・シー・ブルースDeep sea blues
CD-14.ブリング・イット・オン・ホームBring it on home(1st take)
CD-15.ブリング・イット・オン・ホームBring it on home(alternate take2)
CD-16.ブリング・イット・オン・ホームBring it on home( master take3
「ザッツ・ザ・スタッフ・ユー・ゴッタ・ウォッチ」
この時代はまだSP盤の時代であり、この曲とCD-12.「ポイントレス・ママ・ブルース」のカップリングで発売されたようだ。フィールズがソロを取っている。CD-10.マイルスのミュートでオブリガードなどを吹いているが、マイクが遠いのかよく聞き取れない。ラバーレッグズはトラックごとにかなり歌い方を変えている。フィールズはバックでは、そうでもないがソロになると俄然Honkerっぽくなるし、全くイカさないソロではある。
「ポイントレス・ママ・ブルース」
この曲ではマイルスのオブリガードがよく聞こえる。ソロはフィールズでフレージングはどうもいただけない。
「ディープ・シー・ブルース」
このこの曲とCD-16.「ブリング・イット・オン・ホーム」がカップリングで発売されたようだ。 ここでフィールズはクラリネットをプレイする。ソロもクラリネットで吹いている。
「ブリング・イット・オン・ホーム」
マイルスも大分音が出るようになってきている。この曲はヒットしたというのが信じられない。相変わらずフィールズのプレイはへんてこりんだ。似た題名の"Bring it on home to me"はR&B歌手サム・クックが作って大ヒットさせた別曲。

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