ベッシー・スミス 1924年

Bessie Smith 1924

ベッシー・スミス

1924年ベッシー・スミスは前年に引き続き多くの吹込みを行っている。「ベッシー・スミス物語」第2集「エニィ・ウーマンズ・ブルース」1枚目のB面に4曲(1924年1月8日〜1月10日録音)、「ベッシー・スミス物語」第3集「エンプティ・ベッド・ブルース」1枚目の全16曲(1924年4月4日〜9月26日録音)合わせて20曲あるが、ディスコグラフィーを見ると12月13日までさらに7曲のレコーディングを行っている。しかし僕は前回書いたように第2集と第3集しか持っておらず、9月26日以降の録音については全くの未知である。
ディスコグラフィーを見ると、ベッシーはコロンビアに1923年に32曲(うち14曲を紹介)、24年に27曲、25年に33曲、26年に15曲、27年18曲、28年21曲、29年17曲、30年8曲、31年6曲、32年はなし、33年4曲計181曲の録音を行っていることになっている。よく「ベッシー・スミス物語」の油井正一氏の解説を見ると、実際の吹込みは180曲だが、20曲は未発売のまま原盤も失われたという。
前年「ダウン・ハーテッド・ブルース」で大当たりを取ったベッシーだが、この年の年間ヒット・チャートにランク・インしているナンバーはない。

<Date & Place> … 1924年1月8日 ニューヨークにて録音

<Personnel>

Vocalベッシー・スミスBessie Smith
Pianoジミー・ジョーンズJimmiy Jones
Guitarハリー・レザーHarry Reser

<Contents> … 「ベッシー・スミス物語第2集/エニー・ウーマンズ・ブルース」(CBS SONY SOPB 55026)

B面-5.フロスティ・モーニング・ブルースFrosty morning blues

1924年最初の録音は1月8日で、前回録音から1か月少し空いている。1月8〜10日の録音は一つのセッションに括っていいかと思われるが、伴奏者が変わるので別々の扱いとした。1月8日の伴奏がジミー・ジョーンズとギターのハリー・レザーが務めているが、翌1月9日はドン・レッドマンとフレッチャー・ヘンダーソン、そして1月10日にまたジミーとハリーがバックに付いている。
B面-5.フロスティ・モーニング・ブルース
実にゆったりとしたテンポのブルース。ピアノとギターのシンプルな伴奏で恋人に去られた女性のさびしい気持ちを切々と歌っている。

「ベッシー・スミス/エニー・ウーマンズ・ブルース」レコード・ジャケット

<Date & Place> … 1924年1月9日 ニューヨークにて録音

<Personnel>

Vocalベッシー・スミスBessie Smith
Clarinetドン・レッドマンDon Redman
Pianoフレッチャー・ヘンダーソンFletcher Henderson

<Contents> … 「ベッシー・スミス物語第2集/エニー・ウーマンズ・ブルース」(CBS SONY SOPB 55026)

B面-6.幽霊屋敷のブルースHaunted house blues
B面-7.立ち聞きのブルースEavesdropper’s blues

B面-6.幽霊屋敷のブルース
イントロに前回取り上げた1923年9月録音の「セメンタリー・ブルース」のイントロのバンド版が出てくる。クラリネットを効果音的に使っている。ベッシーが歌って、タイトルにブルースが付いているが、いわゆる12小節のブルースではない。
B面-7.立ち聞きのブルース
油井氏の解説によると、歌の大意は「自分に関する悪い噂を立ち聞きしてしまった、さんざん悪いことを言われている。しかし自分は悪い噂を聴くために立ち聞きを続けよう。立ち聞きのブルースのとりつかれてしまった」といものだという。「ブルース」っていったい何だろうと改めて考えてしまう。

「ベッシー・スミス/エニー・ウーマンズ・ブルース」1枚目B面

<Date & Place> … 1924年1月10日 ニューヨークにて録音

<Personnel>

Vocalベッシー・スミスBessie Smith
Pianoジミー・ジョーンズJimmiy Jones
Guitarハリー・レザーHarry Reser

<Contents> … 「ベッシー・スミス物語第2集/エニー・ウーマンズ・ブルース」(CBS SONY SOPB 55026)

B面-8.イージー・カム・イージー・ゴー・ブルースEasy come , easy go blues

イージー・カム・イージー・ゴー・ブルース
「イージー・カム・イージー・ゴー・ブルース」とは、「得やすいものは失いやすい」という諺で、普通お金まつわる諺として言われるが、ここではここでは恋愛、女性から見れば「男」のことである。これも実は典型的なブルースではない。

「ベッシー・スミス/エンプティ・ベッド・ブルース」レコード・ジャケット

<Date & Place> … 1924年4月4〜9日 ニューヨークにて録音

<Personnel>

Vocalベッシー・スミスBessie Smith
Violinロバート・ロビンズRobert Robbins
Pianoアーヴィング・ジョンズIrving Johns
Guitarジョン・グリフィンJohn Griffin

<Contents> … 「ベッシー・スミス物語第3集/エンプティ・ベッド・ブルース」(CBS SONY SOPB 55031)

A面-1.悲しいブルースSorrowful blues1924年4月4日
A面-2.ピンチバックス、テイク・ゼム・アウェイPinchbacks take them away1924年4月4日
A面-3.ロッキン・チェア・ブルースRocking chair blues1924年4月4日
A面-4.ティケット・エイジェントTicket agent ease your window down1924年4月5日
A面-5.ボウィーヴィル・ブルースBoweavil blues1924年4月7日
A面-6.ヘイトフル・ブルースHateful blues1924年4月8日
A面-7.フランキー・ブルースFrankie blues1924年4月8日
A面-8.ム−ンシャイン・ブルースMoonshine blues1924年4月9日

A面1〜3は4月4日同日の録音。伴奏者としてロバート・ロビンズ(ヴァイオリン)、ジョン・グリフィン(ギター)、アーヴィング・ジョンズが呼ばれての録音で、曲によっていろいろな組み合わせ吹込みは行われたのであろう。
解説の油井氏によれば当時の技術では録音後すぐプレイバックして聞くということはできなかったという。そのため1曲に付き最低3つのテイクを録り、それらの盤は、金属マスターに移し替えられてテスト盤を作るという順序を踏んだ。そのためベッシーの場合にも多くの別テイクが存在するという。にもかかわらず「ベッシー・スミス物語」に一切収録しなかったのは、ベッシーの場合インプロヴィゼーションを許されておらず、どのテイクを聴いてもインプロヴィゼーションによる面白さといったものが見られないためであるという。
しかしその別テイクというのは、例えばテイク1をアーヴィング・ジョンズだけ、テイク2はジョンズとグリフィン、テイク3はロビンズとグリフィンというように録ったらしい。そして後にそのうちのどのテイクを正式発売するかというような選択が行われたのだろう。
このセッションではヴァイオリンが伴奏に加わっているところが特徴的である。ヴァイオリン、ジャズなどではフィドル(Fiddle)と呼ばれるを担当しているロバート・ロビンズという人物についてはほとんど情報がなく不明。しかしシュラー氏は「多くのジャズ・マニアたちは、ジャズにおけるヴァイオリンの存在を重視したことがなく、そのためここでヴァイオリンを用いたのはベッシーの判断ミス出るとみなして、ロビンズの演奏を軽視してきた。しかし私はロビンズの演奏が大変合っていて効果的であると考えている」と述べています。その理由は「ロビンズのスタイルが、ポール・オリヴァーが正しく指摘しているように「路地のフィドル」と形容されてきたものでそれまでのどの伴奏者よりもベッシーが育った「民族的伝統に近いもの」になっているからである」という。

「ベッシー・スミス/エンプティ・ベッド・ブルース」1枚目A面

A面-1.悲しいブルースは、シュラー氏は「ピアノレスでロビンズ(Vln)とハリー・レザー(Gt)のみ伴奏のせいで、埃にまみれた田舎のブルースの響きがする。このレコードが南部への郷愁を当て込んだ市場向けに作られたことは間違いない」と述べているが、レコードに記載されたデータではギターはジョン・グリフィンである。イントロがよく分からない。基になった原盤が傷ついているのであろうか?
A面-2.ピンチバックス、テイク・ゼム・アウェイは、一転してアーヴィング・ジョンのピアノだけの伴奏。「ピンチバック(Pinchbach)」とは「穴を開けるドリル」のことでここでは男性の卑猥な表現で要は「穴を開けるしか能のない男」ということらしい。「結婚するなら働き者が良い。ピンチバックはあっちへお行き!」という歌詞らしい。ブルースではないし、ピアノがブルースっぽくない。
A面-3.ロッキン・チェア・ブルースは伴奏がロビンズのヴァイオリンとジョンズのピアノという組み合わせになる。歌詞は全く見当もつかないという。レコードから歌詞を再録した外人も首をひねっていたと油井氏は書いている。
A面-4.ティケット・エイジェントは、翌4月5日の録音で伴奏はロビンズのヴァイオリンとジョンズのピアノという組み合わせ。シュラー著『初期のジャズ』には「ティケット・エイジェント」(Ticket agent)と「イーズ・ユア・ウィンドウ・ダウン」(Ease your window down)でロビンズは最良の演奏を示すと記載しているが、上記に示す通りこれは一つの曲である。シュラー氏の原本を見ると”Robbins is at his best on Ticket Agent , Ease your window down”となっている。”Ticket Agent , Ease your window down”で一つの曲なのだが、訳者は”Ticket Agent ”と”Ease your window down”の2曲と間違えたのだろう。ということは訳者はベッシーのこのレコードを聴いていないのではないかと想像される。
いずれにせよ第2コーラスにおけるロビンズの「汚い(dirty)響き」の屈曲するダブル・ストップ(2つの弦を同時に弾くこと)は、ベッシーの嘆願のブルースに対する敬意の表現であるという。またジョンズのダブル・タイムのバックにおける演奏も同様のことがいえるという。
シュラー氏の指摘のように、初期ブルースにおけるヴァイオリン(フィドル)の位置づけについては是非とも研究が必要だと思われる。
A面-5.ボウィーヴィル・ブルースベッシーの師ともいうべきマ・レイニーの作ったブルースで、レイニー自身1924年2月にレコーディングしたばかりだった。伴奏はジョンズのピアノのみ。「ボウィーヴィル」とは綿畑を食い荒らすゾウムシのことで、南部の農民から非常に恐れられていたという。このゾウムシと農民の対話は古くからフォーク・ソングのモチーフとして用いられ、大概はゾウムシが「お前らこそここから出て行け!」と怒鳴って終わるユーモラスなものだそうだが、ここでのゾウムシは「女を食い荒らす男ども」のことだという。

「ベッシー・スミス/ヘイトフル・ブルース」新聞広告

A面-6.ヘイトフル・ブルースこの曲とA-7はカップリングで発売された。そして黒人新聞「シカゴ・ディフェンダー」に載せた広告(右写真)が残っている。「このレコードを持たずに蓄音機を持っていることは、グレイヴィー・ソースをかけずにポーク・チョップを食べるようなもの」という広告コピーが見える。
伴奏はロビンズ(Vln)とジョンズ(P)。ここでの「ヘイトフル」は最近よく糾弾されるものとは異なり、去って行った男に対する「憎しみ」である。ここでもロビンズのダブル・ストップが聴かれる。僕にはそれほど効果的とは思えないが、これが当時のカントリー・ブルースではよく行われたものだというなら、そういう認識で聴かなければならないだろう。ともかくベッシーの歌唱は迫力満点で素晴らしい。20世紀初頭のアメリカ黒人と21世紀の日本人とでは感覚が異なるのは当然であろう。
A面-7.フランキー・ブルース前曲と同じロビンズ(Vln)とジョンズ(P)の伴奏。「皆はフランキーはいい奴というけれど、フランキーと別れた私はとってもブルー」という珍しく分かりやすい曲。これもベッシーの歌唱に圧倒される。
A面-8.ム−ンシャイン・ブルースこれもベッシーの師マ・レイニーの作ったブルースで、レコーディングは1923年で1924年2月に発売されたようだ。”Moonshine”とは、禁酒法下の闇ウィスキーのことだという。ジョンズ(P)のみの伴奏

「ベッシー・スミス/エンプティ・ベッド・ブルース」レコード・ジャケット裏面

<Date & Place> … 1924年7月22日 ニューヨークにて録音

<Personnel>

Vocalベッシー・スミスBessie Smith
Alto saxドン・レッドマンDon Redman
Pianoフレッチャー・ヘンダーソンFletcher Henderson

<Contents> … 「ベッシー・スミス物語第3集/エンプティ・ベッド・ブルース」(CBS SONY SOPB 55031)

B面-1.ルージアナ・ロウ・ダウン・ブルースLou’siana low down blues1924年7月22日
B面-2.マウンテン・トップ・ブルースMountain top blues1924年7月22日

4月に続く録音は3ヵ月半後の7月下旬に行われた。伴奏はヘンダーソンとレッドマンが務めた。
B面-1.ルージアナ・ロウ・ダウン・ブルース 作詞、作曲ともスペンサー・ウィリアムズ(Spencer Williams:1889〜1965)。スペンサー・ウィリアムズと言えば、「ベイズン・ストリート・ブルース」、「ロイヤル・ガーデン・ブルース」、「いい娘を見つけた(I've found a new baby)」等の作者として知られるニュー・オリンズ出身の黒人作曲家である。ここでレッドマンはアルト・サックスを吹いている。
B面-2.マウンテン・トップ・ブルース油井正一氏は、絶望を歌ったブルースというのは実は少ないのだという。そしてその数少ない一つがこの曲で、副題を”Blue Mama's suicide wait”(ブルーな女の自殺号泣)というのだという。確かにイントロは「葬送行進曲」が使われており、明るい曲ではないはずだが、レッドマンの吹くオブリガードが余り暗さを感じさせない。詞、曲とも前曲同様にスペンサー・ウィリアムズの作。

「ベッシー・スミス/エンプティ・ベッド・ブルース」1枚目B面

<Date & Place> … 1924年7月23日〜8月8日 ニューヨークにて録音

<Personnel>

Vocalベッシー・スミスBessie Smith
Tromboneチャーリー・グリーンCharlie Green
Pianoフレッチャー・ヘンダーソンFletcher Henderson

<Contents> … 「ベッシー・スミス物語第3集/エンプティ・ベッド・ブルース」(CBS SONY SOPB 55031)

B面-3.ワーク・ハウス・ブルースWork house blues1924年7月23日
B面-4.ハウス・レント・ブルースHouse rent blues1924年7月23日
B面-5.ソルト・ウォーター・ブルースSalt water blues1924年7月31日
B面-6.レイニー・ウェザー・ブルースRainy weather blues1924年8月8日

前録音のレッドマンに代わって同じヘンダーソンの楽団からトロンボーンのチャーリー・グリーンが参加した録音。グリーンはベッシーのお気に入りだったらしく、ベッシーとしばしば録音を行ったが、どんなレコードでも見事な演奏が聴けるとはシュラー氏。確かに見事なミュートによるオブリガードによるベッシーとのコラボレイションが素晴らしい。名手と言って差し支えないだろう。
B面-3.ワーク・ハウス・ブルースの「ワーク・ハウス(Work house)」とは、作業所ではなく刑務所のことだという(油井氏)。
B面-4.ハウス・レント・ブルースB面-6.レイニー・ウェザー・ブルースにおいて、ベッシーのレコードとしては珍しく、グリーンの1コーラスに渡るソロが入る。グリーンのソロはこの時代としては先を言っているフレージングのような気がする。

<Date & Place> … 1924年9月26日 ニューヨークにて録音

<Personnel>

Vocalベッシー・スミスBessie Smith
Cornetジョー・スミスJoe Smith
Tromboneチャーリー・グリーンCharlie Green
Pianoフレッチャー・ヘンダーソンFletcher Henderson

<Contents> … 「ベッシー・スミス物語第3集/エンプティ・ベッド・ブルース」(CBS SONY SOPB 55031)

B面-7.ウィーピング・ウィロー・ブルースWeeping willow blues
B面-8.ザ・バイ・バイ・ブルースThe bye bye blues

この録音では、ヘンダーソン楽団からベッシーのもう一人のお気に入りジョー・スミスが加わっている。
B面-7.ウィーピング・ウィロー・ブルース油井氏によればベッシーの代表的な名唱の一つと言われているらしい。確かにブレークにおける歌唱など素晴らしい。
B面-8.ザ・バイ・バイ・ブルース1コーラス、ジョー・スミスとチャーリー・グリーンの掛け合いのようなソロが入るが、既にディキシーランド風ではなくなっているところが注目である。

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