ビックス・バイダーベック 1927年

Bix Beiderbeck 1927

ビックス・バイダーベック1927年の吹込みを聴いていこう。音源は、CD“An introduction to Bix Beiderbecke 1924-1930”と『ビックス・バイダーベック物語』(LPレコード3枚組)である。

まずこのレコード・セットであるが、油井正一氏による全24頁にもわたる詳しい解説付きでとてもありがたいものである。しかし気になるのはボックスに“The Bix Beiderbecke story Vol.1”とあることである。“Vol.1”ということは“Vol.2”以降があるということでろう。しかし帯には第1集とは記載されていない。この『ビックス・バイダーベック物語』には続編があるのだろうか?因みに僕は“Vol.2”以降を見たことがない。ネットで調べると3枚組の1枚レコード番号がSOPB 55017がVol.1、SOPB 55018がVol.2、SOPB 55019がVol.3ということらしい。ボックスの扉の記載が紛らわしい。こういう全体的なレコード・ボックスの構成も監修油井氏の責ではないかと思う。油井氏は実に多くの知識と鋭い審美耳を持っておられるが、性格が杜撰なのかこういう所の配慮に欠ける面が多々ある。
さらにレコードを見ると、SOPB 55017がVol.1で副題が“Bix and his gang”、SOPB 55018がVol.2で副題が“Bix and Tram”、SOPB 55019がVol.3で“Whiteman days”となっており、それぞれテーマごとに1927〜29年までの録音が散りばめられている。しかし今の趣旨は年代ごとに聴いていこうということなので、各Volume1〜3から1927年のものを拾い出して聴いていこう。

僕の持っているレコード、CDに収録された1927年録音のものを表にまとめると以下のようになる。

収録No.曲名録音日バンド名録音場所収録箇所原盤
CD-5.マイ・プレティ・ガール(My pretty girl)1927年2月1日Jean Goldkette and his orchestraNew YorkCDのみVictor
record2 A-1、CD-6.シンギン・ザ・ブルース(Singin' the blues)1927年2月4日Frankie Trumbauer and his orchestraNew YorkCD+Record boxOkeh
record2 A-2クラリネット・マーマレード(Clarinet marmalade)1927年2月4日Frankie Trumbauer and his orchestraNew YorkRecord boxOkeh
CD-7.スロウ・リヴァー(Slow river)1927年5月6日Jean Goldkette and his orchestraNew Jersey CamdenCDのみVictor
record2 B-2オストリッチ・ウォーク(Ostrich walk)1927年5月9日Frankie Trumbauer and his orchestraNew YorkRecord boxOkeh
record2 B-6、CD-8.リヴァーボートシャッフル(Riverboat shuffle)1927年5月9日Frankie Trumbauer and his orchestraNew YorkCD+Record boxOkeh
record2 A-3、CD-10ニューオリンズへの道(Way down yonder in New Orleans)1927年5月13日Frankie Trumbauer and his orchestraNew YorkRecord boxOkeh
record2 A-5、CD-11フォー・ノー・リーズン・アット・オール・イン・C(For no reason at all in C)1927年5月13日Tram , Bix and EddieNew YorkRecord boxOkeh
record2 B-1、CD-9私はヴァージニアへ(I'm coming Virginia)1927年5月13日Frankie Trumbauer and his orchestraNew YorkRecord boxOkeh
record3 A-2、CD-12イン・ア・ミスト(In a mist)1927年9月9日Bix BeiderbeckeNew YorkCD+Record boxOkeh
CD-13.クレメンタイン(Clementine)1927年9月15日Jean Goldkette and his orchestraNew YorkCD onlyVictor
record2 B-4リンギン・アンド・ツイスティン(Wringin' and twistin')1927年9月17日Tram , Bix and EddieNew Yorkrecord boxOkeh
record2 B-5クライング・オール・ディ(Crying all day)record…1927年9月17日
Discography…10月25日
Frankie Trumbauer and his orchestraNew Yorkrecord boxOkeh
record1 B-2、CD-14アット・ザ・ジャズ・バンド・ボール1927年10月5日Bix Beiderbecke and his GangCD+Record boxOkeh
record1 B-1ロイヤル・ガーデン・ブルース1927年10月5日Bix Beiderbecke and his GangNew YorkRecord boxOkeh
record1 A-3、CD-16ジャズ・ミーブルース1927年10月5日Bix Beiderbecke and his GangCD+Record boxOkeh
record1 A-3、CD-16ソーリー(Sorry)1927年10月25日Bix Beiderbecke and his GangNew YorkCD+Record boxOkeh
record1 B-3、CD-17シンス・マイ・ベスト・ギャル・ターンド・ミー・ダウン(Since my best gal turned me down)1927年10月25日Bix Beiderbecke and his GangNew YorkCD+Record boxOkeh
record1 B-5グース・ピンプルズ(Goose pimples)1927年10月25日Bix Beiderbecke and his GangNew YorkRecord boxOkeh
record2 B-3善男は少ないものよ(A good man is hard to find)1927年10月25日Frankie Trumbauer and his orchestraNew YorkRecord boxOkeh

<Date & Place> … 1927年2月1日 ニュー・ヨークにて録音

<Personnel> … ジーン・ゴールドケット・アンド・ヒズ・オーケストラ(Jean Goldkette and his orchestra)

Band leaderジーン・ゴールドケットJean Goldkette
Cornetビックス・バイダーベックBix Beiderbecke
Trumpetファジー・ファラFuzzy Farraレイ・ロドウィッグRay Lodwig
Tromboneビル・ランクBill Rank“シュピーグル”・ウィルコックス“Spiegle”Willcox
Reedsフランク・トランバウアーFrank Trumbauer“ドク”・ライカ―“Doc” Rykerダニー・ポロDanny Polo
Violinジョー・ヴェヌーティJoe Venutiエディー・シアズビーEddie Sheasby
Pianoイッツィー・リスキンItzy Riskin
Banjo“ハウディ”・クイックセル“Howdy” Quicksell
String bassスティーヴ・ブラウンSteve Brown
Drumsチャウンシー・モアハウスChauncey Morehouse
Arrangementビル・チャリスBill Challis

ディスコグラフィーによれば、ビックスがジーン・ゴールドケットの楽団でプレイしたのは1924年11月7日が最初である。その後も1926年にも何度か吹込みに参加している。なぜこれらがレコードにもCDにも収録されなかったかは不明だが、きっとレコード会社の関係で版権が障害になったためかもしれない。25、26年の吹込みはヴィクターに行われたので、CBSの3枚組レコードへの収録は無理であろうが、CDに収録の1927年2月1日の録音もヴィクターなので、その前の吹込みが収録されていないということは、出来栄えの関係であろうか?ともかく順番に聴いていこう。
右は撮影年は不明だが、ジーン・ゴールドケット楽団の写真。左から4人目の真ん中分けの人物が”ビックス”、右から2人目屋根の上でしゃがんでいるのがトランバウアーである。また上記はCD記載のパーソネルだが、ディスコグラフィーでは、ピアノはリスキンではなく、ポール・メルツ(Paul Mertz)としている。またこの日の録音にエディ・ラングが参加しているが、この曲では演奏していない。

<Contents> … “An introduction to Bix Beiderbecke 1924-1930”(Best of jazz 4012)

CD-5.マイ・プレティ・ガール(My pretty girl)
まずこれは完全に「ニューオリンズ・ジャズ」ではないということである。「スイング」時代が始まったという感じだ。一番驚くのはベースで、単なるリズムのキープなどではなく、アンサンブルの一角としてバンバン弾きまくっていて、それがビンビン響いてくる。”ビックス”はアンサンブルをリードしている個所があるとのことだが、残念ながら全く目立たない。極めて短いが鋭い斬り込みを見せるトランバウアーが異彩を放っている。
油井正一氏によれば重要なのは、1926年秋からこのバンドのアレンジをビル・チャリスが担当していることである。油井氏によればチャリスこそが”ビックス”の才能をゴールドケット楽団で発揮させた重要人物であるという。

<Date & Place> … 1927年2月4日 ニュー・ヨークにて録音

<Personnel> … フランキー・トラムバウアー・アンド・ヒズ・オーケストラ(Frankie Trumbauer and his orchestra)

Band leader & C melody saxフランク・トランバウアーFrank Trumbauer
Cornetビックス・バイダーベックBix Beiderbecke
Tromboneミフ・モール> Miff Mole
Clarinet & Alto saxジミー・ドーシーJimmy Dorsey
Alto sax“ドク”・ライカ―“Doc” Ryker
Pianoイッツィー・リスキンItzy Riskin
Banjo & Guitarエディー・ラングEddie Lang
Drumsチャウンシー・モアハウスChauncey Morehouse

<Contents> … 『ビックス・バイダーベック物語』(CBS SOPB 55017〜19)&“An introduction to Bix Beiderbecke 1924-1930”(Best of jazz 4012)

record2 A-1、CD-6.シンギン・ザ・ブルースSingin' the blues
record2 A-2クラリネット・マーマレードClarinet marmalade

まずパーソネルについて。上記の<パーソネル>は、3枚組レコードに記載されている「シンギン・ザ・ブルース」のものだ。CDでは、トロンボーンがミフ・モールではなくビル・ランク、ピアノがリスキンではなくポール・メルツ、ディスコグラフィーでは、アルトの“ドク”・ライカ―は参加しておらず、ピアノはリスキンではなくポール・メルツであるとなっている。
またレコード解説の油井正一氏は、同日録音ながら「クラリネット・マーマレード」では、ミフ・モール⇒ビル・ランク、エディ・ラング⇒ハウディ・クイックセルと交替すると述べている。

record2 A-1、CD-6.シンギン・ザ・ブルース
この録音は”ビックス”のレコード中、傑作中の傑作として名高いものである。ジャズ愛好家としても知られる村上春樹氏も「ビックスの偉大な才能を知るには、たった2曲を聴くだけで十分だ。”Singin' the blues”と”I'm comin' Virginia”である。(中略)この2曲を超える演奏はどこにもない。たった3分間の演奏の中に宇宙がある」と絶賛している。
油井正一氏は、このレコードが発売されるや、今までジャズになかった新しさのゆえに、全ジャズ界にショックを与えた。黒人リーダー、フレッチャー・ヘンダーソンでさえ、レックス・スチュアートを起用して、一音一音模倣したレコードを吹き込んだくらいである。トランバウアーのソロも素晴らしいが、その後に出るビックスのソロは、同時代のミュージシャンがみな暗唱するほど立派な構成とバランスを持っていた。ビックスの好きな人で、このフレーズを記憶していない人はあるまい。ソロと同時に、グループ全体の調和の良さも見逃すことができない。ジャズ史上、最も重要な一作と言われている」とまで述べる。
一方アメリカの音楽家であり評論家でもある毎度おなじみのガンサー・シュラー氏は”ビックス”の項で、「”Singin' the blues”における元気溢れるリップ奏法のような激情的爆発は、ルイ・アームストロングの演奏にはしばしば登場するが、バイダーベックではまれである」と述べるのみで、「ジャズ史上」などという大げさな表現は使われていない。
では、素人の僕はどう聴いたか?
僕は粟村師が「これに感動せぬ奴は人間ではない」とまで言い切ったジョー・スミスの”Stampede”(ルイが真似して吹いたという説もある)を聴いて感動しなかった人間である。正直感動しなかった。僕は以前油井氏が言うようにこのソロを覚えようと、MDに録音し毎晩寝る前に2週間くらい聞いたのである。でも覚えられなかった。僕が感じるのは、まずこの演奏の斬新さである。イントロの後突然エディー・ラングのGtだけをバックにしたトランバウアーのソロ、そして同様に”ビックス”のソロ、そしてClのソロとアンサンブルに入る、こういう新しさはこの時代誰にもできない構成だと思う。そしてそれをやらせたのはトランバウアーだと思うのである。
record2 A-2.クラリネット・マーマレード
”Singin' the blues”と同日の録音であるが、Tbのミフ・モールがビル・ランクに、ギターのエディー・ラングがバンジョーのハウディ・クイックセルに交替している(解説の油井氏は録音データではこのように記載しながら解説文章では逆に書いている。この杜撰さ!)。この意味は何だろう?なぜ交替する必要があったのか?僕はここにトランバウアーの粘着気質を感じる。彼の感性の中では、”Singin' 〜”は、ミフ・モール、エディー・ラングでなければならなかったし、”Clarinet 〜”はビル・ランク、ハウディ・クイックセルでなければならなかったのだ。
ただ僕なんかが、ミフ・モールとビル・ランクの違いが分からず、ラングとクイックセルの違いが分からないだけで、トランバウアーにはきっちりした区分けがあったのであろう。
出来栄えは前曲”Singin' the blues”に劣らない素晴らしいものだと思う。タイトルに「クラリネット」と付くが、アンサンブルをリードするのは”ビックス”のコルネットである。ここではTb、Pのソロも聴ける。Pのソロの後のCorがリードするアンサンブルが素晴らしい。トランのソロも、Clソロも素晴らしく、当時の完全に新しい音楽という感じがする。ジャズの本などではやはり”ビックス”がもて囃されるが、僕はトランバウアーという人の才能の豊かさを感じてしまう。

<Date & Place> … 1927年5月6日 ニュージャージー州キャムデンにて録音

<Personnel> … ジーン・ゴールドケット・アンド・ヒズ・オーケストラ(Jean Goldkette and his orchestra)

Band leaderジーン・ゴールドケットJean Goldkette
Cornetビックス・バイダーベックBix Beiderbecke
Trumpetファジー・ファラFuzzy Farraレイ・ロドウィッグRay Lodwig
Tromboneビル・ランクBill Rank“シュピーグル”・ウィルコックス“Spiegle”Willcox
Reedsフランク・トランバウアーFrank Trumbauer“ドク”・ライカ―“Doc” Rykerドン・マレイDon Murray
Violinエディー・シアズビーEddie Sheasby
Pianoイッツィー・リスキンItzy Riskin
Banjo“ハウディ”・クイックセル“Howdy” Quicksell
String bassスティーヴ・ブラウンSteve Brown
Drumsチャウンシー・モアハウスChauncey Morehouse
Arrangementビル・チャリスBill Challis

ジーン・ゴールドケットでは前回2月から約3か月後の録音となる。メンバーは前回から2人変わっている。サックスのダニー・ポロが外れドン・マレーが加入し、ヴァイオリンのジョー・ヴェヌーティが抜けエディー・シアズビー1人になっている。またこの録音からWeb版ディスコグラフィーもCDもピアノはリスキンで統一される。

<Contents> … “An introduction to Bix Beiderbecke 1924-1930”(Best of jazz 4012)

CD-7.スロウ・リヴァー
まず1曲目はCDにしか収録されていないジーン・ゴールドケット楽団での吹込みである。「スロー・リヴァー」とは、ミシシッピ川のことではないかと思うが、アンサンブルの後に出てくるビックスのソロは短いが存在感を発揮する。速いテンポにもかかわらず悠久な流れを感じさせる渡った素晴らしい編曲であると思う。

<Date & Place> … 1927年5月9日 ニュー・ヨークにて録音

<Personnel> … フランキー・トラムバウアー・アンド・ヒズ・オーケストラ(Frankie Trumbauer and his orchestra)

Band leader & C melody saxフランク・トランバウアーFrank Trumbauer
Cornetビックス・バイダーベックBix Beiderbecke
Tromboneビル・ランクBill Rank
Clarinetジミー・ドーシーJimmy Dorsey
Clarinet & Alto saxドン・マレーDon Murray
Alto sax“ドク”・ライカ―“Doc” Ryker
Pianoイッツィー・リスキンItzy Riskin
Banjo & Guitarエディー・ラングEddie Lang
Drumsチャウンシー・モアハウスChauncey Morehouse

<Contents> … 『ビックス・バイダーベック物語』(CBS SOPB 55017〜19)&“An introduction to Bix Beiderbecke 1924-1930”(Best of jazz 4012)

record2.B-2.オストリッチ・ウォークOstrich walk
record2 B-6、CD-8.リヴァーボートシャッフルRiverboat shuffle

こちらもトランバウアーのバンドとしての吹込みは約3か月ぶりとなる。3か月前とメンバーの移動はClのジミー・ドーシーがドン・マレイに替わったことであるが、この移動は前5月6日からの派生のためと思われる。どちらのナンバーも短いが様々な楽器のソロが散りばめられており、聴いていた楽しい。もしかすると名前のクレジットはないが、アレンジはビル・チャリスが手を貸したのかもしれない。
record2.B-2.オストリッチ・ウォーク
O.D.J.B.のナンバーで、1918年に吹込みを行っている。”ビックス”がヴィクトーラの前に陣取り練習していたナンバーで、高校生時代から”ビックス”のレパートリーだった。O.D.J.B.の録音については「オリジナル・ディキシーランド・ジャズ・バンド 1918年」をご覧ください。ともかくオリジナルのO.D.J.B.の演奏はクラリネットをフューチャーしたものだった。比べて聴いてみるとこちらの方がビックスのリードするアンサンブルのまとまりもあり、ソロも”ビックス”のCorやTbを交え変化に富んでいる。格段に聴き応えが上がっている。
record2 B-6、CD-8.リヴァーボート・シャッフル
はウォルヴェリンズ時代に一度吹き込んでいるナンバー。このHPでも前々回取り上げた。もともとこのナンバーは、”ビックス”と親しくなったホーギー・カーマイケルがウォルヴェリンズのために作り提供してくれたナンバーだという。ウォルヴェリンズの演奏はガンサー・シュラー氏が譜例を上げて解説するくらい、”ビックス”のソロの構成力の素晴らしさが発揮された演奏だった。演奏自体の基本的な組み立てはウォルヴェリンズと同じであり、ソロの構成も大きな違いはないが、こちらはこちらで聴き応えのソロである。

<Date & Place> … 1927年5月13日 ニュー・ヨークにて録音

<Personnel> … フランキー・トラムバウアー・アンド・ヒズ・オーケストラ(Frankie Trumbauer and his orchestra)

前回5月9日と同じ。

<Contents> … 『ビックス・バイダーベック物語』(CBS SOPB 55017〜19)&“An introduction to Bix Beiderbecke 1924-1930”(Best of jazz 4012)

record2 B-1、CD-9.私はヴァージニアへI'm coming Virginia
record2 A-3、CD-10.ニューオリンズへの道Way down yonder in New Orleans
record2 A-5、CD-11.フォー・ノー・リーズン・アット・オール・イン・CFor no reason at all in C

record2 B-1、CD-9 私はヴァージニアへ
前回取り上げた「シンギン・ザ・ブルース」と並ぶ”ビックス”の傑作として村上春樹氏も取り上げているナンバーである。テンポは遅くないがゆったりとした感じの演奏で、多分ここまでで最長のソロを”ビックス”が吹いている。ともかく構成がユニークで当時としては斬新極まりない演奏だったのではないかと思う。もしサッチモがこの曲を吹いていたらもっと、もっと吹き上げていたように思う。”ビックス”もエモーショナルに吹いているがそれでも、内省的でクールな感じがする。
record2 A-3、CD-10 ニューオリンズへの道
ここでも”ビックス”の長めのソロが聴ける。こちらは”ビックス”のリードするアンサンブルの後まずトランバウアーが長尺のソロを取る、非常にクールなソロである。後のレスター・ヤングに影響を与えたといわれるのも最もである。
record2 A-5、CD-11.フォー・ノー・リーズン・アット・オール・イン・C
CDによれば、バンド名は「トラム、ビックス・アンド・エディ」(Tram , Bix and Eddie)で、”ビックス”、トランバウアー、ラングのトリオによる吹込みである。何故かトランバウアー(Trumbauer)の略が”Tram”になっている。誤りかそれともわざとそう名乗ったのか?
問題作だろう。まずトリオによる吹込みということで興味が惹かれる。そして当然ラングがギターでリズムを担当し、”ビックス”のCorとトランバウアーのCメロディ・サックスがフロントを構成すると思って聴くとピアノの音が聴こえるので、クレジットのミスかと思うがそうではない。何と”ビックス”は大半ピアノを弾いているのだ。
油井氏の解説に拠ると、チャリスがゴールドケット楽団のために書いた”I'd climb the highest mountain”の編曲ヴァリエーションだという。”ビックス”はラストだけコルネットに持ち替えている。
この”ビックス”のピアノがどうかは僕には判断がつかない。エディ・ラングと二人になるところはどうもちぐはぐな感じがする。何といっても聴き処はレスター・ヤングを思わせるようなトランバウアーのソロであろう。この辺りの録音を聴くと、余り取り沙汰されないがトランバウアーという人の才気がひしひしと伝わってくる。ただものではないという感じだ。もっとこの人を評価すべきだろう。ジャズの本などではやはり”ビックス”がもて囃されるが、僕はトランバウアーという人の才能の豊かさを感じてしまう。

<Date & Place> … 1927年9月9日 ニュー・ヨークにて録音

<Personnel> … ビックス・バイダーベック(Bix Beiderbecke)

record3 A-2、CD-12.イン・ア・ミスト (In a mist)
レコードにもCDにも収録されている有名曲。“ビックス”によるピアノ・ソロで、別題は「ピクソロジー」(英文表記不明)というと油井正一氏は記している。
ガンサー・シュラー氏は、当時大半のジャズマンの語法を超えた半音階的な音楽言語を使用しているということに加えて、ビックスが何組かの「不協和音の進行」の実験(実際は、11thと13thに過ぎないが)に夢中になっていたということもうかがわせるナンバーであるとしている。
そもそもこの当時コルネット奏者が、ピアノで吹込みをしたことがあるとはいえ、他の録音のついでではなく、単独でピアノ・ソロをレコーディングしたというのは他の例はないであろう。ディスコグラフィーを見ても同日他の録音はないのである。ということはこの録音のためだけに”ビックス”はスタジオに赴き、録音スタッフの集合したということである。これはどういうことであろうか?どんな意味合いを持つのであろうか?ということにどの評論家の先生が触れないのが解せないし、ここに拘る僕というのが変なのかもしれぬと気になって仕方がない音源である。
聴いた感じは、確かに当時はストライド奏法が主流の時期であり、ちょっと変わったピアノ・ソロ演奏ではある。

<Date & Place> … 1927年9月15日 ニュー・ヨークにて録音

<Personnel> … ジーン・ゴールドケット・アンド・ヒズ・オーケストラ(Jean Goldkette and his orchestra)

Trombone … “シュピーグル”・ウィルコックス ⇒ ロイド・ターナー Lloyd Turner
以外5月6日と同じ。
またCDでは、レイ・ミュラー(Ray Muerer)、ディスコグラフィーではルイス・ジェイムズ(Lewis James)という歌手が加わっていると書いてあるがヴォーカルのパートはない。

CD-13.クレメンタイン(Clementine)
前半の”ビックス”がリードするアンサンブル部そしてソロを挟んでのリードによるアンサンブルはとても見事である。これがビル・チャリスのアレンジの賜物であろうか?

<Date & Place> … 1927年9月17日 ニュー・ヨークにて録音

<Personnel> … トラム・ビックス・アンド・エディ(Tram , Bix and Eddie)

Band leader & C melody saxフランク・トランバウアーFrank Trumbauer
Piano & Cornetビックス・バイダーベックBix Beiderbecke
Guitarエディー・ラングEddie Lang

record2 B-4リンギン・アンド・ツイスティン(Wringin' and twistin')
5月13日録音の「フォー・ノー・リーズン・アット・オール・イン・C 」と同様トランバウアー、”ビックス”、ラングによるトリオ演奏である。今回も、いや前回以上に”ビックス”はほとんどピアノを弾いており、コルネットに持ち替えて吹くのは終了間際の2小節のみである。ここでの”ビックス”は全くといっていいほど目立たない。トランバウアーとラングのデュオのようだ。

この1週間後の9月24日にゴールドケット楽団が解散するのである。9月24日のゴールドケット楽団が解散から、10月31日にポール・ホワイトマン楽団(写真右)に加入するまで、35日間ある。この35日間が重要であると油井氏は記している。まずこの間”ビックス”やトランバウアーは、エイドリアン・ロリーニが集めたバンドに入り、「ニューヨーカー・クラブ」に出演していたのだが、この35日の間に吹込みも積極的に行われている。
ディスコグラフィーによれば、“ビックス”のゴールドケット楽団最後の吹込みは1927年9月15日の「クレメンタイン」で、9月17日“Tram , Bix & Lang”のトリオで1曲「リンギン・アンド・ツィスティン」を吹込み、9月24日ゴールドケット楽団が解散、次の吹込みは4日後9月28日“Frankie Trumbauer and his Orchestra”名義でOkeh へ“Humpty Dumpty”、“Krazy cat”、“Baltimore”の3曲が吹き込まれる。
この内“Humpty Dumpty”は重要だとガンサー・シュラー氏は記すが、残念ながらレコードにもCDにも収録されていない。
その後幾つかの吹込みに参加しているが、10月5日に初めて“ビックス”の名を冠した「ビックス・バイダーベックと彼のギャング(Bix Beiderbecke and his gang)」という楽団名で吹込みが行われる。正確に書くと自己名義の録音は既に1925年に”Bix and his Rhythm Jugglers”というバンド名で行っているが、”Bix Beiderbecke and his gang”名義は初めてということになる。
このバンドは今で言うところのセプテット(七重奏団)だが、ベースがいないのが珍しい。といってリズムが弱いという感じはしない。ベースの代わりをロリーニのバス・サックスが務めているのだろうが、リズムに徹するだけではなくアンサンブルをリードしたりいい活躍を見せる。なお、レコードの解説にはBanjoに“ハウディ”・クイックセルが記載されているが、ディスコグラフィーには記載がない。音を聴く限りバンジョーのとは聞こえないのだが…。
出来栄えを最初に書いてしまうと、この10月5日と25日に吹き込まれた6曲はいずれも素晴らしいもので、ドン・マレイのCl、ロリーニのBass saxも良く、それに何といっても“ビックス”が素晴らしい。当時の一流バンドの一つであったろうと思うのである。

<Date & Place> … 1927年10月5日 ニュー・ヨークにて録音

<Personnel> … ビックス・バイダーベック・アンド・ヒズ・ギャング(Bix Beiderbecke and his gang)

Cornet & Band leaderビックス・バイダーベックBix Beiderbecke
Tromboneビル・ランクBill Rank
Clarinet & Alto saxドン・マレーDon Murray
Bass saxエイドリアン・ロリーニAdrian Rollini
Pianoフランク・シニョレリFrank Signorelli
Banjo“ハウディ”・クイックセル“Howdy” Quicksell
Drumsチャウンシー・モアハウスChauncey Morehouse

上記はレコード解説によるパーソネル。CDとディスコグラフィーでは“ハウディ”・クイックセル(Banjo)は加わっていない。

<Contents> … 『ビックス・バイダーベック物語』(CBS SOPB 55017〜19)&“An introduction to Bix Beiderbecke 1924-1930”(Best of jazz 4012)

Record1. B-2. CD-14.アット・ザ・ジャズ・バンド・ボールAt the jazz band ball
Record1. A-1. CD-15.ジャズ・ミー・ブルースJazz me blues
Record1 B-1.ロイヤル・ガーデン・ブルースRoyal garden blues

10月5日の録音を聴く限り、半音階的進行に興味を持っていたなどとは到底思えず、やはり演りたかったのはディキシーランドだったのではないかと思えるように水を得た魚ように嬉々としてコルネットを吹く姿が想像される。

Record1. B-2. CD-14.アット・ザ・ジャズ・バンド・ボール
ガンサー・シュラー氏はエイドリアン・ロリーニのバス・サキソフォーンと繰り広げる活気あふれるインタープレイが素晴らしいと記載している。まずバス・サックスのソロ自体が珍しい。現代ではほとんど聞かれないし、当時としても珍しいのではないか。“ビックス”がリードするニューオリンズ・ブラス・バンド風のアンサンブルの後ロリーニ、マレイのソロが聴ける。その後ピアノのソロが入りアンサンブルをバックにした”ビックス”のソロとなる。シュラー氏の言うように特にバス・サックスとのインタープレイというのは感じられないが確かに好調を感じさせる活気あるソロである。
Record1. A-1. CD-15.ジャズ・ミー・ブルース
1924年ウォルヴェリンズ時代に初レコーディングし、そのソロが師エメット・ハーディを感激させたという曲の再演。ウォルヴェリンズでも20小節のソロを吹いたというがそれは未聴。ここでも数は同じ20小節を吹いている。
この時期は本当に好調さを感じる。アンサンブルのリード、そしてソロと素晴らしい。アンサンブルに登場する3連符のパッセージ、ソロの組み立てなど実にスムースで素晴らしい。ビックス以外のソロも良い。
Record1 B-1.ロイヤル・ガーデン・ブルース
こちらもウォルヴェリンズ時代に一度吹き込みを行っている。2度あるブレークのトリルのフレーズは難しそうで、マレイのClは2度ともトチるが、“ビックス”は難なく吹き切る。ソロも堂々たるものである。

<Date & Place> … 1927年10月25日 ニュー・ヨークにて録音

<Personnel> … ビックス・バイダーベック・アンド・ヒズ・ギャング(Bix Beiderbecke and his gang)

前回10月5日と同じメンバー。

<Contents> … 『ビックス・バイダーベック物語』(CBS SOPB 55017〜19)&“An introduction to Bix Beiderbecke 1924-1930”(Best of jazz 4012)

Record1. B-5.グース・ピンプルズGoose pimples
Record1. A-3. CD-16.ソーリーSorry
Record1. B-3. CD-17.シンス・マイ・ベスト・ギャル・ターンド・ミー・ダウンSince my best gal turned me down

Record1. B-5.グース・ピンプルズ
こちらもディキシーランド風の演奏で、この日も相変わらず好調を維持していたようだ。随所に聴かれるブル―ス・フィーリング溢れるフレーズが印象的である。
Record1. A-3. CD-16ソーリー
この演奏に関して、シュラー氏は「“ビックス”は非凡なアタックと輝かしくて楽しい非凡なソロを行うことがしばしばあった。この場合がそうである」と非常に高く評価し次のように詳しく解説している。
「ソロ・コーラスの中央部には、不可解なまでに素晴らしい、本物の素晴らしさが姿を現している。この場合、何年間も毎日練習していたように、自然で、小節区切りを挟んで非対称な楽句(譜例3―右)が見られる。」
まずマレイのClがアンサンブルをリードし、続いて”ビックス”がニュー・オリンズの伝統を維持してClと絡みながらアンサンブルが続く。そのあと“ビックス”のソロになって終わる。僕はシュラーの解説を読むまでそれほどまでに素晴らしいソロということが分かっていなかった。読んだ後もわかっていない。これは単に僕の聴き取る力がないためであろう。ぜひ皆さんも挑戦して感じてみていただきたいソロである。
Record1. B-3. CD-17シンス・マイ・ベスト・ギャル・ターンド・ミー・ダウン
アンサンブルをリードする“ビックス”がまず力強く輝かしい。ソロはまずロリーニ、続いて“ビックス”となるが4か所ほどテンポを1/2に落としたりと変化をつけている。

また同日10月25日フランキー・トランバウアーの吹込みも2曲行われている。

<Date & Place> … 1927年10月25日 ニュー・ヨークにて録音

<Personnel> … フランキー・トラムバウアー・アンド・ヒズ・オーケストラ(Frankie Trumbauer and his orchestra)

Band leader & C melody saxフランク・トランバウアーFrank Trumbauer
Cornetビックス・バイダーベックBix Beiderbecke
Tromboneビル・ランクBill Rank
Clarinet & Alto saxドン・マレーDon Murray
Clarinet & tenor saxピー・ウィー・ラッセルPee Wee Russell
Alto sax“ドク”・ライカ―“Doc” Ryker
Bass saxエイドリアン・ロリーニAdrian Rollini
Violinジョー・ヴェヌーティJoe Venuti
Piano(Record liner note)アーサー・シャットArthur Shutt
Guitarエディ・ラングEddie Lang
Drumsチャウンシー・モアハウスChauncey Morehouse

<Contents> … 『ビックス・バイダーベック物語』(CBS SOPB 55017〜19)&“An introduction to Bix Beiderbecke 1924-1930”(Best of jazz 4012)

Record2. B-5.クライング・オール・ディCrying all day
Record2. B-3.善男は少ないものよA good man is hard to find

パーソネルについて、まずこの2曲はCDには収録されておらず当然記載がない。ディスコグラフィーとレコード解説では2か所ほど記載が異なる。一つはピアニストで、ディスコグラフィーではフランク・シニョレリとしているのに対しレコード解説で油井氏は「アーサー・シャット」と記している。僕にはもちろん決め手はないが、油井氏が正しいとすれば、油井氏も同日の“ビックス”のバンドでは、ピアノをフランク・シニョレリとしているのでフランキーの録音ではアーサー・シャットに替わったことになる。もちろん変わったのかもしれないが、どうであろう。油井氏に言わせればどちらも大勢に影響ないということかもしれないが。
もう一つは、油井氏はこの2曲中1曲“Crying all day”の録音日をレコード裏面では9月17日としている。しかし20頁ものの「ビックス・バイダーベック物語」では10月25日となっている。これは単純に油井氏の記載ミスだろう。ということでディスコグラフィー、「ビックス・バイダーベック物語」通り“Crying all day”は10月25日と解釈しよう。
因みに「ビックス・バイダーベック物語」Vol.2“Bix and Tram”レコード2面において、「イギリスで出された『ビューグルス・フォア・バイダーベック』という書物で“A good man is hard to find”におけるパーソネルにピー・ウィー・ラッセルの名が落ちている。こんなところから、たとえ後で出版されたものでも無条件に信用できない」と怒っておられるが、この言葉はそのまま油井氏にも当てはまるのではないかと思う。
不思議なのは、トランバウアーがリーダーを務めるバンドにはビックスが必ず加わっているが、ビックスがリーダーのバンドにはトランバウアーが加わっていない。これはどういうことなのだろうか?

Record2 B-5.クライング・オール・ディ
こちらのトランバウアー名義の録音は全くディキシー風がなく完全にスイング時代の演奏となっており、盟友二人のコンセプトの違いが浮き彫りになる。「一日中泣いている」というタイトルのように暗い曲ではないが、ゆったりとしたテンポで、アンサンブルが美しい。“ビックス”のソロも相変わらず好調で、ピー・ウィーの短いソロを挟んでディキシー風の合奏で終わる。
Record2 B-3.善男は少ないものよ
トランバウアーをフューチュアーしたナンバー。こういった録音を聴くと彼がのちのレスター・ヤングに多大な影響を及ぼしたことがよく分かる。ヴェヌーティーのViとロリーニのBass saxの絡みがあったりと変化に富んだ仕上がりとなっている。

このトランバウアー楽団での吹込みを持って、僕の所有する”ビックス”の1927年の吹込みは底をつくが、ディスコグラフィーを見ると、翌10月26日にはほぼトランバウアーのメンバーと共に「ラッセル・グレイ楽団(Russell Gray and his orchestra)の名義の録音に参加し、10月31日のポール・ホワイト楽団加入後の11月18日には楽団の一員として一面分の録音に参加している。その後もホワイトマン楽団で11月23日、25日と録音に参加し実り多かった1927年を終え、1928年を迎えるのである。

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